第1回 化学物質の基礎知識

誌面掲載:2017年8月号 情報更新:2022年11月

はじめに

化学物質による被害を防止するために多くの法規制がある。しかし従来の法規制遵守というだけでは不十分で、最近では、法律でも自主的な管理を要請している。化学物質に関する法規制情報や危険・有害性情報は、予備知識が必要だったり、断片的だったりして分かりにくいことがある。本連載では、これまであまり「化学」に馴染みがなかった方々を対象に、世間で話題になったり法規制が改正されたりした化学物質(群)について解説する。第1回はそのための予備知識として、基礎知識(化学記号、化学式、化学物質の名称、CAS No. と化審法(安衛法)番号、SDSで使われる主な物理化学的な性質、有害性)について簡単に解説する。

具体的物質(群)については第2回から解説する。

 


1. 化学物質の特定

1.1 元素記号と化学式

化学物質は110種類余りの元素でできている。元素記号は化学物質を表す文字、化学式は言葉ともいえるものである。元素記号はアルファベット12文字で表される。昨年113番目の元素が日本で発見されたことから「ニホニウム」と名付けられ、元素記号はNhとされた。

金属を除けば、身近な物質を構成する元素は数種類だけ。「有機物」は炭素(元素記号:C)を含む物質で、ほとんどが水素(H)・酸素(O)・窒素(N)との組み合わせでできている。この他ハロゲンと呼ばれるフッ(弗)素(F)・塩素(Cl)・臭素(Br)・ヨウ(沃)素(I)や、岩石やガラス・陶磁器の主要成分で半導体の主役でもあるケイ(珪)素(Si)、生命に欠かせないリン(燐)(P)、温泉でなじみのイオウ(硫黄)(S)、ガラスや陶磁器の釉薬に使われるホウ(硼)素(B)などがある。またアルカリ/アルカリ土類と呼ばれるナトリウム(Na)・カリウム(K)・カルシウム(Ca)・リチウム(Li)・マグネシウム(Mg)がある。純物質は金属であるが、普通は酸化物や塩(イオン)状態になっている。金属は金(Au)・銀(Ag)・銅(Cu)・鉄(Fe)・ニッケル(Ni)・コバルト(Co)・アルミニウム(Al)・鉛(Pb)・亜鉛(Zn)・水銀(Hg)・白金(Pt)・錫(Sn)・アンチモン(Sb)など多くの種類がある。

元素記号は、炭素がC、水素はHで英語名がCarbon,Hydrogenなのでわかり易いが、多くはラテン語名からきており金(Au)、銀(Ag)など英語名の頭文字とは合わないものもある。それぞれの元素の最小単位は「原子」で、いくつかの原子が結びついて特定の物理的、化学的性質を示す最小単位を「分子」という。例えば水1分子は、水素(H)原子2個と酸素(O)原子1個でできている。化学式(分子式)ではH2Oと書く。「ブドウ糖」(Glucose)は炭素(C6個、水素(H12個、酸素(O6個なのでC6H12O6 で表される。金属は、分子で存在するのではなく、通常原子が規則的に多数並んだ結晶(塊)で存在するので、元素記号だけで表現される。

また「食塩」(塩化ナトリウム:Sodium chloride)などの塩(えん)類も「分子」という単位では存在せず、原子が一定の割合で存在するので、各原子の最少繰り返し単位の整数比で表される。食塩の場合、ナトリウム(Na)と塩素(Cl1:1が交互に規則的に並んだ「結晶」で存在し、NaClと表す。この塩は水に溶けるときナトリウムは+の電荷、塩素は–の電荷をもって、それぞれNa+イオン、 Clイオンとして水分子に取り巻かれて分散する(複雑な塩やガラスでは整数比で表せない場合もある)。

 

1.2 分子の大きさ(分子量/モル)

各原子には固有の重さがある。1 個の重さは軽すぎて扱いにくいので炭素(12)を基準として相対的な重さ(原子量)を決めた。それはアボガドロ数と呼ばれる約6×1023個分を1単位としている。水素原子1(×6×1023)個で約1gになる。通常水素ガスは水素原子2個で水素分子の形で存在し、分子式はH2である。アボガドロ数個の分子を1単位として1モル(mol)といい、水素分子1 モルで約2gである(分子量という)。酸素原子で16g、酸素分子はO2で約32g、水の分子式はH2O1モルは約18gということになる。ブドウ糖(分子式C6H12O6)の分子量は約180gになる。

 

1.3 化学物質の名称{基本的な分類、慣用名、系統的な呼び方(数、位置など)}

化学物質を取扱う際に悩ましいのがその名称である。あまりにも種類が多いうえ、1つの物質にも多くの名称がある。固有の名称を付けるのが困難で、IUPACInternational Union of Pure and Applied Chemistry)が統一ルールを作成しているが、それでも1つの分子に多くの呼び名が可能である。古くから知られた物質には「水」、「ブドウ糖」などそれぞれ固有の名称(慣用名)がある。

炭素と水素だけでできた炭化水素(分子式はCnHm)の最も小さいものはメタン:methane(炭素数1個、化学式はCH4)で、天然ガスの主成分。炭素数2個でC2H6 (エタン:ethane)、C2H4 (エチレン:ethylene又はエテン:ethene)、炭素数3 個でC3H8 (プロパン:propane)、

C3H6 (プロピレン:propylene 又はプロペン:propene)。エチレン、プロピレンはポリエチレンやポリプロピレンの原料。さらに炭素数が多いブタン、ペンタン、ヘキサン…と続く(図表1)。この系統を脂肪族炭化水素(CnH2n+2 をアルカン(alkane)、CnH2n: アルケン(alkene))という。炭素数4個以上では、同じ分子量の分子でも炭素が直鎖上に並んでいる他に枝分かれした分子(異性体という)が存在し、炭素数が増えるに従い増加する。一方、炭素数6個で安定な環状構造を持つ「ベンゼン:benzene」(C6H6)を基本構造とする一連の物質があり、その独特の匂いから「芳香族炭化水素」という。接頭語ではフェニル:phenylという。ベンゼンの水素の1個(-H)を(-CH3:メチル基)で置き換えた「トルエン:toluene」(C6H5CH3)、2個で「キシレン:xylene」(C6H4 CH32 )、ベンゼンが2個結合したナフタレン(C10H8)などがある。

1.4 IUPAC命名法

これらの慣用名に対し、系統的な名称(IUPAC名)がある。IUPACでは基本的な炭化水素の名称に部分構造(特性基という)を接頭語や接尾語の形で付与して分子の名称を付ける。トルエンはその構造からメチル基を接頭語としてメチルベンゼンと呼ぶ。IUPACでもトルエンのようによく知られた慣用名は使用を認めている。

炭化水素以外の特性基にもそれぞれ名称がある(図表2)。特性基には複雑な分子のために接頭語と接尾語が用意されている。水酸基(-OH)が結合しているアルコール類は…アルコール(alcohol)又は接尾語として… オール( …ol)とする。メタン、エタンの水素1個を-OH 基に置き換えるとメタノール(methanol)、エタノール(ethanol)となる。接頭語としてヒドロキシ(hydroxy-)ということもある。ハロゲン(塩素や臭素など)で置き換えた場合は接頭語でクロロ:chloro、ブロモ:bromoo、接尾語ではクロライド(又はクロリド):chloride、ブロマイド(又はブロミド):bromide という。ベンゼンの水素(-H)をカルボン酸(-COOH)に置き換えた場合、慣用名で安息香酸(英語ではbenzoicacid)というが、さらに別の水素(-H)を(-OH)基で置き換えた場合、ヒドロキシ安息香酸(hydroxybenzoicacid)という。

置換基の位置は基本となる炭化水素の炭素に番号を付けて示す。基本炭化水素は最も長い炭化水素鎖でその端から番号を付与する。例えばブタノール(C4H9OH)では基本炭化水素はブタン(C4H10)で、C(4)H3-C(3)H2-C(2)H2-C(1)H2-OH1-ブタノール、C(4)H3-C(3)H2-C(2)H(OH)-C(1)H3 2-ブタノール、(C(3)H3)2-C(2)H-C(1)H2-OH2-メチル-1-プロパノールと呼ぶ。ベンゼンの場合は番号の他隣接(1,2-)をortho-(オルト又はオルソ)、1つ隔てた場合(1,3-)をmeta-(メタ)、2つ離れて対角線にある場合(1,4-)をpara-(パラ)と呼ばれることが多い。同じ置換基が複数ある時はこれと区別するため図表3に示すような接頭語を付ける。キシレンはジメチルベンゼンとも呼ばれるが、2 個のメチル基の相対位置の違いで1,2-ortho-, 1,3-meta-, 1,4-para-)の3種類のキシレンが存在する。ヒドロキシ安息香酸にもo-,m-,p-3 種の異性体がある。o-体はサリチル酸と呼ばれ、アスピリン(鎮痛剤)などの原料、p- 体はパラベン(保存料)の原料である。

 

1.5 CAS No. と化審法(安衛法)番号、その他の国のインベントリーの番号

1.5.1 CAS No.

名称による化学物質の特定には限界があり、同一物質に複数名があって検索を困難にしている。CAS No.Chemical Abstracts ServiceACS:アメリカの化学会)が、抄録誌「Chemical Abstracts」で個別物質に付けている番号である。ハイフンで3つの部分に区切られてXXX-XX-Yという形をしている。左の部分は2桁~7桁の数値で、YCheck digitといってミスタイプ防止用の数値である。例えばエタノールのCAS No.64-17-5で、最後の5は、6417に右から1,2,3,4をかけて足し合わせ、その和の1の位の数値(6×4+4×3+1×2+7×1=45)である。この番号に化学的な意味はない。

この番号は法規制とは無関係に付けられたものだが、アメリカのTSCAToxic Substances Control Act:有害物質規制法)では既存化学物質、届出物質リストに化審法の官報公示整理番号のような固有の番号はなく、CAS No.が使われている。

1.5.2 官報公示整理番号(化審法、安衛法)

日本の化学物質審査規制法(化審法)や労働安全衛生法(安衛法)では既存化学物質/届出物質リストがあり、それぞれ官報公示整理番号がある。化審法番号はA-Xの形式でA19の数値で、化学構造などによる分類番号で1は無機物、2は有機の鎖状低分子で35は有機環状低分子、6,7は高分子(ポリマー)で、8は天然物由来物、9は医薬など。安衛法は法交付(1979年)以前の既存物質には独自の番号はなく、以後届け出られた物質にはA-B-X の形で番号を振られている。A-B)は構造分類番号で、A は化審法のA とほぼ同じで(B)はAの中の細分類である。

1.5.3 その他の化学物質番号

EUでも類似のEC No.がある。AXXX-XXX-Yという形をしており、A2, 3の場合、旧EINECSEuropean Inventory of Existing Commercial Chemical Substances:既存化学物質)、4の場合、旧ELINCSEuropean List of Notified Chemical Substances:届出物質)に収載されていた物質。5 NLPと呼ばれる物質で、ポリマーの定義には入らないが既存化学物質として扱われた物質、69REACHRegistration,Evaluation,Authorization and Restriction of Chemicals)で「予備登録」された物質に付けられている。また、右端のYCheck digitである。REACHが施行されて、その登録番号もある。AB-xxxxxxxxxx-yy-zzzzの形で、AB01の場合、REACH登録物質、02CLPClassification,Labelling and Packaging)で届出のあった物質の番号である。そしてyyが確認用のcheck sumと呼ばれる数値である。右端の4 桁の数値(zzzz)は登録者識別番号で、非開示である(法律で届出者のみの権利のため)。

中国では「新化学物质环境管理办法」で登録された物質は「中国现有化学物质名录」に収載されている。このリストにはCAS No.が記載されているが、ない場合はシリアル番号(流水号)が付けられている。

韓国でも「化学物質登録及び評価等に関する法律「化学物質登録及び評価等に関する法律화학 물질 등록 및 평가 등에 관한 법률」(K-REACH 又は「化評法」)で既存化学物質番号(기존물질)がある。

1.5.4 国連番号

国連危険物輸送勧告で貨物輸送時の危険性を9種類のクラスに分類(国連分類)し、国連番号が付けられている。国連番号は個別の物質の他、総称名や物性などで定義され、「物質名で挙げられていないもの」という番号もある。このため混合物でも該当する場合や、同じ製品で複数の番号もありうる。

 


2. 主な物理化学的な性質

2.1 物理的状態が変化する温度

融点(melting point)は固体⇔液体、沸点(boiling point)は液体⇔気体の相転移温度である。特に沸点は圧力の影響が大きいので通常は1気圧での温度を示す。液体の蒸気圧(vapor pressure)が1気圧になる温度が沸点である。

 

2.2 引火点(flash point/発火点(auto-ignition temperature/爆発限界(Flammability limit

引火点は可燃性の蒸気の空気中濃度が爆発限界に達する温度で、着火源があると燃焼が始まる。発火点はさらに高温で、着火源なしでも空気中で自発的に発火する温度。ガソリンエンジンは引火点以上のガソリン/空気混合気体にプラグで着火させ、ディーゼルエンジンは燃料(軽油/重油)が発火点以上に高温で自然発火することを利用している。引火点以上でも空気中の濃度が低すぎたり逆に高すぎたりすると引火(爆発/燃焼)しなくなる。爆発/燃焼する範囲を爆発限界といい、上限値と下限値があり普通vol%で表示する。

 

2.3 n-オクタノール/水分配係数(logPow又はlogKow

生体内に蓄積される(水中では濃縮される)性質がある化学物質は、環境中の濃度が低くても、生体内での濃度が高くなって有害性を示すおそれがある。生体内蓄積(濃縮)は体内の脂肪分の中に蓄積され、尿や汗(水溶液)として排泄されにくいことによることが多い。脂肪分の代用のn-オクタノール(n-Octanol)と水(Water)との分配係数(Partition coefficient)が生体蓄積(濃縮)性と相関があるとされる。この分配係数は通常、常用対数値(logPow)で示されている。logPowlogKowということもあるが、Partition coefficientPか、平衡定数としてよく使われるKを使うかの違いで、両者は同じである。化審法ではlogPow3.5GHSでは4)以上で生物濃縮性があると推定されている。魚などで水中濃度に対し生体内の濃度を測定し、その比(生物濃縮係数BCF)が化審法では5000GHSでは500)以上で生物濃縮性があるとされる。

 


3. 主な有害性

3.1 急性毒性(Acute toxicity

1回又は短時間の摂取で引き起こす毒性である。症状は様々であるが、GHSでは最終的に死亡する量{体重1kg当たりの半数致死用量(LD50)又は半数致死濃度(LC50)}でその毒性の強さを示す。単位はmg/kg-体重、ppm(又はmg/L)。この量は摂取(曝露)経路によって異なる。同じ物質でも影響の大きさは、吸入(Inhalation)による場合の方が飲み込んだ場合(経口;Oral)より強く、経口より皮膚からの吸収(経皮; Dermal)の方が弱い傾向がある。医薬品などでは静脈(IV:intravenous)や腹腔内(IP:intraperitoneal)への注射による影響が調べられるが、一般の化学物質ではこれらの経路での摂取は考えない。

死亡には至らないが体に異常をきたすような毒性に対しては、GHSでは特定標的臓器毒性といい急性(単回曝露)と慢性(反復曝露)にわけて分類している。

 

3.2 皮膚・眼刺激性/ 感作性

皮膚に付着したり、眼に入ったりしたときに皮膚や眼に損傷を起こす性質を皮膚腐食性/刺激性、眼損傷性/刺激性という。腐食性、損傷性は回復しないような強い影響。影響があっても回復する場合を「刺激性」と呼んでいる。吸入による呼吸器も同様の影響があるが、GHSでは特定標的臓器毒性として取り扱っている。

感作性というのは接触したときに抗体反応が起きて、接触を繰り返した時に過敏症やアレルギー反応を起こす作用のこと。感作されると、ごく微量でも影響を受け、死亡に至る重大な影響(アナフィラキシーショック:anaphylaxis)が出る場合もある。

 

3.3 用量活性相関/最大無毒性量(NOAEL/耐容1日摂取量(TDI

有害性の強さは一般に摂取量と相関(用量相関)がある。動物試験で半数致死量(LDC50)から投与量を下げていくと毒性が見られなくなる濃度{最大無毒性量(NOAEL:No Observed Adverse Effect Level)}がある(図表4)。一般にNOAELをもとに動物種の違い、ヒトと動物、人の個人差などを考慮して耐容1日摂取量(TDI:Tolerable Daily Intake)が決められる。TDIの他ADIAcceptable Daily Intake:許容一日摂取量)やRfDReference Dose:参照用量)も、使用している機関が違うだけで同じ意味である。

3.4 発がん性(Carcinogenicity/変異原性(Mutagenicity/生殖毒性(Reproductivetoxicity

発がん性はがんを引き起こす性質で、発症までの期間が試験動物の寿命より長い場合など低用量での動物試験が難しく、NOAELが決められない。最近は、高濃度での用量相関から外挿して、生涯発がん率を105くらいで実質安全量(VSD:Virtually Safe Dose)とすることもある。

変異原性は遺伝物質(DNA、染色体)の構造変化を起す性質で、突然変異や発がんと関係があるとされる。特に生殖細胞(卵子、卵細胞、精子、精細胞、胞子)での変異原性は生物の次の世代への影響があるということで重要視されている。発がん性や生殖毒性の試験は難しいので、その簡易試験法として、変異原性は多くの試験方法が提案されている。最初は細菌(サルモネラ菌、大腸菌)を用いた復帰突然変異試験(開発者の名からAmes testと呼ばれる)。当初は変異原性の強さも評価でき、発がん性との相関があると注目されたが、その後その価値は低下し、現在では生殖細胞変異原性の判断はできないとされている。それでも試験が容易であるため、化学物質の安全性のスクリーニングとして試験されることが多い。細菌や細胞培養での試験をin vitroといい、生体での試験をin vivoという。

生殖毒性は成体の生殖能力への悪影響や発生毒性、胎児毒性、催奇形性、母乳を通しての子への毒性などを指す。子の生殖能力まで関係するので、動物試験は3世代にわたる。

以上3種の有害性は頭文字をとってCMRと呼ばれ、世代間の影響などから重要視されている。

 

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