第17回 1-ブロモプロパン

誌面掲載:2018年12月号 情報更新:2023年8月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

IUPAC 名は1- ブロモプロパン(1-Bromopropane)で化学式はC3H7Br である。炭化水素のプロパン(Propane,CAS No.74-98-6、化学式はC3H8)の水素(H)1 個が臭素(Bromine, Br)に置き換わったものであることを示している。1- ブロモプロパンはCH3CH2CH2Br と3 個の炭素の端の炭素に臭素が結合していることを示している。中央の炭素に結合している物質は2- ブロモプロパン(2-Bromopropane)といい、化学式はCH3CHBrCH3 と書かれる。1- ブロモプロパンを臭化n- プロピル(n-Propylbromide)ともいい、2- ブロモプロパンは臭化イソプロピル(Isopropyl bromide)という。臭化プロピルをプロピルブロマイドやプロピルブロミドと書く場合があるがPropyl bromide をそのままカタカナで表記したもので、意味は同じである。

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、そのほかの番号

1- ブロモプロパンのCAS No. は106-94-5 である。化審法官報公示整理番号は2-73 で安衛法は既存物質として化審法番号で公表されている。EU のEC 番号は203-445-0 である。2- ブロモプロパンはCAS No.75-263-3、化審法番号は2-76, EC No.200-855-1 である。いずれも古くから知られている物質である。REACH登録番号は1-ブロモプロパンは年間10t未満の物質として登録された01-2119519252-48-xxxx (xxxxは登録者番号)があるが、その他の番号および2-ブロモプロパンは中間物としてのみの登録である。

 

図表1 ブロモプロパンの特定

名称(IUPAC) 1- ブロモプロパン

1-Bromopropane

2- ブロモプロパン

2-Bromopropane

別名 臭化プロピル

プロピルブロマイド(ブロミド)

Propyl bromide

臭化n- プロピル

n- プロピルブロマイド(ブロミド)

n-Propyl bromide

臭化1- プロピル

1- プロピルブロマイド(ブロミド)

1-Propyl bromide

臭化イソプロピル

イソプロピルブロマイド(ブロミド)

Isopropyl bromide

臭化2- プロピル

2- プロピルブロマイド(ブロミド)

2-propyl bromide

化学式 C3H7Br, CH3CH2CH2Br C3H7Br, CH3CHBrCH3
CAS No. 106-94-5 75-26-3
化学物質審査規制法(化審法)/

労働安全衛生法(安衛法)

2-73 2-76
EC No. 203-445-0 200-855-1
REACH 01-2119519252-48-xxxx

01-2120850331-65-xxxx

01-2119695210-43-xxxx

01-2120056191-65-xxxx

01-2119451456-37-xxxx

01-2119983784-19-xxxx

 


2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

1- ブロモプロパンは無色透明の揮発性液体(VOC)で、甘いにおいがする。融点が約–110℃ 、沸点は約70 ℃である。沸点は同じ炭素数のアルコール(1- プロパノール)が97 ℃であるのに比べ少し低く炭素数1 個のメタノール(65℃)などに近い。臭素はハロゲンの一種で、塩素と似た性質があるが塩素より重い元素である。ブロモプロパンの比重は1 より大きく、蒸気の密度も空気の4 倍にもなる。水にはほとんど溶けない。ほとんどの有機溶媒にはよく溶ける。臭素化炭化水素で、臭素の割合が高いと燃えにくくなるが、1 分子中に臭素原子1 個の1- ブロモプロパンは可燃性で、引火点が–10 ℃と引火性が高い。空気との混合気体は約4.6 % 以上で爆発性があるが濃度の上限については情報がない。高温で分解して臭化水素(HBr)等を含む有毒で腐食性の物質を生成する。親油性であるが、n- オクタノール/ 水分配係数logPow は約2.1 と生物濃縮性は高くはないと推定される。2- ブロモプロパンもほぼ同様であるが、少し揮発性が高く沸点、引火点が約10 ℃低い。

 

図表2 ブロモプロパンの主な物理化学的性質(ICSC 及び化学物質のあんぜんサイトモデルSDSによる)

物理化学的性質 1- ブロモプロパン 2- ブロモプロパン
融点(℃) –110 –89
沸点(℃) 71 59-60
引火点(℃) –10 (c.c.) –20 (c.c.)
発火点(℃) 490
爆発限界(vol %) 下限4.6 下限4.6
蒸気密度(空気=1) 4.3 4.52
比重(水=1.0) 1.35 1.31
水への溶解度(20 ℃) 0.25 g / 100 ml 0.32 g / 100 ml
n- オクタノール/

水分配係数(log Pow)

2.1 2.14

 

2.2 有害性

GHS 分類例は図表3に示す。1- ブロモプロパンの急性毒性は、蒸気の吸入で区分4 に分類されているが、ほかの曝露経路では区分外である。皮膚刺激性は弱いが、眼、気道に刺激性がある。感作性(アレルギー反応)については明確なデータがない。体内に入ると中枢神経系に影響して意識低下を起こすことがある。長期的にも感覚異常、麻痺、歩行障害、記憶障害などの神経障害の他肝臓や呼吸器(鼻腔、喉頭、気管支等)に影響を及ぼす。発がん性については、ヒトでの証拠は十分ではないが動物試験では発がん性があるとされ、IARC(国際がん研究機関: (International Agency for Research on Cancer) はGroup 2B、日本産業衛生学会も第2群B ACGIH(アメリカ合衆国産業衛生専門官会議:American Conference of Governmental IndustrialHygienists)はA3、NTP(米国毒性プログラム: National Toxicology Program)はRAHCにそれぞれ分類している。NITE のGHS分類も2015 年の改訂で区分2 としている。生殖毒性に関しては、生殖機能の異常、出生児の生存率の低下などが見られる。日本産業衛生学会は生殖毒性物質の第2 群に分類しているが、NITE はGHS 分類区分を2015 年の改訂で1 B とした。2- ブロモプロパンは1- ブロモプロパンと似ている。急性毒性(吸入)は区分外、眼刺激性は区分外 と1- ブロモプロパンより少し低いが、生殖毒性に関しては、精子数減少、月経異常と精巣、卵巣への影響が見られ、日本産業衛生学会は生殖毒性物質の第1 群に分類しており、 NITE のGHS 分類は区分1 Aと1- ブロモプロパンより高い。発がん性について日本産業衛生学会が第2BACGIHA31-ブロモプロパンと同程度との判断であるが、IARCGroup 2Aとよりヒト発がん性が確実としている。長期的にはほかに血液にも影響(赤血球や白血球の減少など)する。

 

図表3 ブロモプロパンのGHS分類(NITE による)

GHS分類 1-ブロモプロパン 2-ブロモプロパン
物理化学的危険性
 引火性液体 2 2
 金属腐食性
健康有害性
 急性毒性(経口) 区分外 区分外*1
 急性毒性(経皮) 区分外
 急性毒性(吸入: 蒸気) 4 区分外
 皮膚腐食/ 刺激性 区分外 区分外
 眼損傷/ 刺激性 2 区分外*1
 皮膚感作性 区分外*1
 生殖細胞変異原性
 発がん性 2 1B
 生殖毒性 1B 1A
 特定標的臓器(単回) 3(気道刺激性、麻酔作用) 2(神経系)
 特定標的臓器(反復) 1(神経系)、2(肝臓、呼吸器) 1(造血系、生殖器)
 誤えん有害性
環境有害性
 水生環境有害性(短期/急性) 3 3
 水生環境有害性(長期/慢性) 3 区分外*1
 オゾン層への有害性

*1: 「分類に該当しない」

 

図表4  ブロモプロパンの発がん性評価

分類機関 1-ブロモプロパン 2-ブロモプロパン
IARC Group 2B Group 2A
日本産業衛生学会 2B 2B
ACGIH A3 A3
NTP RAHC
EU(CLP: GHS)
EPA

IARC: Group 2A: Probably carcinogenic to humans (ヒトに対しておそらく発がん性を示す)

Group 2B: Possibly carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)

日本産業衛生学会: 2B: ヒトに対して発がん性があると判断できる物質(動物実験からの証拠が十分ではない)

ACGIH A3: Confirmed Animal Carcinogen with Unknown Relevance to Humans
(
動物実験で発がん性が認められた物質、ヒトとの関連は不明)

NTP RAHC: Reasonably Anticipated to be Human Carcinogens
(
ヒト発がん性があると合理的に予測される物質)

 

2.3 環境有害性

1- ブロモプロパンは水生生物に対して有害である。急速分解性があるとはいえない。水中で徐々に分解して1- プロパノールを生じ、1- プロパノールは分解する。n- オクタノール/ 水分配係数 logPow=2.1 より生物濃縮性は低いと考えられる。水に溶解しにくく、揮発性があるので大気中に揮散して徐々に分解すると考えられる。2- ブロモプロパンも同様と考えられるが、生分解性は良好であると考えられる。それは水中で2- プロパノールへの変換が比較的早く、2- プロパノールは生分解性があるためである。ブロモプロパンはどちらもオゾン層破壊のおそれがある物質には挙げられていない。


3.主な用途

1- ブロモプロパンはフロンに代わる工業用洗浄剤として金属や電子部品の洗浄・脱脂工程に使われるほか、スプレー式接着剤、ドライクリーニングなどに用いられる。フロン代替物質として注目されたが、生殖毒性や発がん性が指摘され、見直しが求められている。一方、2- ブロモプロパンは、1- ブロモプロパンより先に使われ始めたようであるが溶剤としての安全性や有害性の問題などから、現在は溶剤や洗浄剤としてはあまり使われていない。その反応性を利用して医薬品や農薬などの原料・中間体として使われている。

 


4.事故などの例

・ 自動車部品塗装用の治具の洗浄・乾燥中に作業者が蒸気を吸入して吐き気を催す。換気が不十分で呼吸用防毒マスクの着用・管理も不徹底であったためと考えられている。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=101550)

・ 工場のピット内で鋼製容器洗浄中、換気が不十分で作業者が死亡した。自然換気が不十分な場所なのに強制換気を行っていなかった。有機ガス用防毒マスクを着用していたが、吸収缶の管理不十分で、不適切だったと考えられている。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=101510)

・ 電子部品工場で2- ブロモプロパンを溶剤として用いていた。作業者は頭痛、眩暈などを訴え、女性は月経停止、男性は精子減少/ 無精子症が認められた。元はフロンを用いていたがオゾン層保護のために使用中止になってその代替溶剤として用いていた。フロンに比べ人体に対して直接の有害性が高いにもかかわらず局所排気設備など曝露防止対策が不十分だったためと考えられる。

(https://www.env.go.jp/chemi/report/h17-21/pdf/chpt1/1-2-2-15.pdf)

 


5.主な法規制(図表5)

1-ブロモプロパンはフロン代替物質として洗浄剤などに多く使われるようになってきたが、上記のように生殖毒性や発がん性が指摘され、化学物質審査規制法(化審法)で、2018年4 月優先評価化学物質に指定された。2- ブロモプロパンもフロン代替として考えられたが、その生殖毒性が知られ、洗浄剤や溶剤としてはあまり使われていないので一般化学物質のままである。1- ブロモプロパンは化学物質管理促進法では第1 種指定化学物質である。年間1 t 以上取扱えば環境中への排出量などを報告、1 % 以上含有する物を提供するときは相手にその情報を伝えなくてはいけない。2- ブロモプロパンは生殖毒性が知られており、特定第1 種指定化学物質である。年間0.5 t以上の取扱いで届出、0.1 %以上の含有でユーザーに情報を知らせる。混合物のGHS 分類で生殖毒性は国連文書では0.1 % 以上で混合物も同じ分類になる(濃度限界)ことと対応している。ブロモプロパンはどちらも労働安全衛生法の名称等表示/ 通知対象物である。0.1 %以上含有する場合にSDS による情報伝達義務がある。ラベル表示は1- ブロモプロパンは1 % 以上、2- ブロモプロパンは0.3 % 以上で表示義務がある。0.3 % というのは生殖毒性の濃度限界がJIS Z7252.2014 では0.3 % であることによると考えられる。ブロモプロパンは労働基準法で疾病化学物質に指定されている。疾病としては1- ブロモプロパンは末梢神経障害、2- ブロモプロパンは生殖機能障害とされている。作業環境基準は定められていない。日本産業衛生学会は許容濃度を1- ブロモプロパン、2- ブロモプロパンとも0.5 ppm に設定している。ACGIH は1- ブロモプロパンに対し0.1 ppm に設定している。引火点が–10 ℃~–20 ℃の液体なので、消防法では危険物第4 類引火性液体、第一石油類の非水溶性液体である。GHSでは区分2で国連危険物輸送勧告ではクラス3(引火性液体)、容器等級はⅡ、労働安全衛生法の危険物・引火性の物である。揮発性の液体なので大気中に蒸気として排出されると大気汚染防止法の揮発性有機化合物(VOC)であり、特に有害性が懸念される物質として環境省がリストアップした248 物質の中に含まれている。水質に関して特に規制はない。今のところリスクが高いとはいえないが、水環境を経由して人の健康に有害な影響を及ぼすおそれから「要調査項目」としてブロモプロパン類が挙げられている。

 

図表5 ブロモプロパンに関係する法規制

法律名 法区分 1-ブロモプロパン 2-ブロモプロパン
化学物質審査規制法 優先評価化学物質 (228)
化学物質管理促進法 指定化学物質 第1種(384)*1≧1% 特定第1種(385) *1≧0.1%
労働安全衛生法 危険物・引火性
名称等表示/通知物質 (503-2) 表示≧1%

通知≧0.1%

(504) 表示≧0.3%

通知≧0.1%

変異原性物質
労働基準法 疾病化学物質 末梢神経障害 生殖機能障害
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 0.5ppm (2.5mg/m3) 0.5ppm (2.5mg/m3)
ACGIH TLV TWA 0.1ppm
消防法 危険物 第4類引火性液体、

第一石油類非水溶性液体

第4類引火性液体、

第一石油類非水溶性液体

国連危険物輸送勧告 国連分類 クラス3 (引火性液体)
国連番号 2344
品名 ブロモプロパン
容器等級
大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) (排気) (排気)
有害大気汚染物質 (200) (201)
環境基本法

水質環境基準

 

要調査項目(人の健康)

 

ブロモプロパン類(172)

*1: 2023年度からは384, 385は管理番号(政令番号はそれぞれ427, 428)

 


6.曝露などの可能性と対策

6.1 曝露可能性等

引火性の液体で火災や爆発などのリスクが高く、燃焼などの高温で分解して臭化水素(HBr)等の有害ガスが発生する。人体内へは主に蒸気の吸入によって入ると考えられる。室温でも蒸気は急速に有害濃度に達することがある。蒸気は重く、低いところに滞留するおそれがある。そのため工場で換気が不十分なための吸入による事故が起きている。また、皮膚からの吸収もあると考えられる。オゾン層を破壊するおそれはフロンより小さいと考えられ、フロン代替物質といわれることもあるが、人や環境中の生物への影響が小さいというわけではない。

6.2 曝露防止等

設備の密閉化、遠隔操作、プッシュプル型の換気を行う。蒸気が発生するところには局所排気を行う。それでもサンプリング、仕込み、製品の取出しなどのほか何らかのトラブルで作業者が曝露するおそれがある。吸入のおそれがある場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスクなどを使用する。吸収缶は吸収量に限界があるので、少量曝露、短時間の使用に限られる。必要なときに機能を果たせるよう管理する必要がある。大量に漏洩した場合など送気マスクや空気呼吸器などを使用する。保護衣、保護手袋は不浸透性を確認して使用する。作業工程を見直して曝露のおそれのある時間を短くする。曝露量は作業位置や姿勢でも異なる。

6.3 廃棄処理

都道府県知事などの許可を得た産業廃棄物処理業者に処理を委託する。焼却する場合、アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で、できるだけ高温(850 ℃以上)で焼却する。分子中に臭素を含むので、燃焼ガスには臭化水素等が含まれる。燃焼ガスから臭化水素等の回収・中和処理が必要である。

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