第27回 無水酢酸、無水マレイン酸、トリメリット酸無水物

誌面掲載:2019年11月号 情報更新:2024年2月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

無水酢酸(Acetic anhydride: CH3COOCOCH3)は水を含まない酢酸(Acetic acid: CH3COOH)という意味ではなく、酢酸2 分子から1 分子の水が取れて酢酸2 分子が結合したものである。単に水分を含まない純酢酸は氷酢酸とも呼ばれる別の物質である。調味料の酢(食用酢: Vinegar)の主成分は酢酸を3 ~ 5 %含む水溶液である。「無水」(Anhydride)は「無水エタノール」等のように水分を含まないことを示す場合や、結晶水を含まない結晶などにも使われる。無水酢酸のような場合は「酸無水物」(Acid anhydride)と呼ばれる。酢酸のようなカルボン酸(Carboxylic acid: R-COOH)のほか、硫酸(Sulfuric acid: H2SO4)やリン酸(Phosphoric acid:H3PO4)等のオキソ酸も酸無水物になる。酢酸はIUPACの体系的名称ではエタン酸(Ethanoic acid)なので無水エタン酸(Ethanoic anhydride)ということになる。カルボン酸無水物ではほかに無水マレイン酸(Maleicanhydride: C4H2O3)、無水フタル酸(Phthalic anhydride:C8H4O3)、トリメリット酸無水物(Trimellitic anhydride:C9H4O5)などがある。これらは1 分子内に隣り合って存在する2 個のカルボン酸から水が1 分子取れて結合したもので環状構造になっている。酸素1 個を含むフラン(Furan)という5 員環の誘導体ともいえる。無水マレイン酸はフラン-2,5- ジオン(Furan-2,5-dion)とも呼ばれる。トリメリット酸はベンゼンに3 個のカルボン酸を持つ物質のうちカルボン酸2 個が隣り合わせに存在するものである。トリメリット酸無水物は2 個のカルボン酸が酸無水物になり、1 個のカルボン酸はそのまま残っている。

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)及び労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号

無水酢酸のCAS No. は108-24-7 で、化審法の官報公示整理番号は2-690 である。化審法番号の2- は第2類で有機鎖状低分子化合物であることを示している。安衛法では化審法番号で公表されている。酢酸は別の物質なのでCAS No.64-19-7、化審法番号2-688 と違う。無水マレイン酸は炭素以外の原子を含む環状の化合物(複素環)であるが、化審法番号は第5 類の複素環化合物ではなく、2-1101 と第2 類に入っている。またトリメリット酸水物はベンゼン環と酸無水物の二つ環があるが化審法番号は3-1362 と第3 類(有機炭素単環低分子化合物)である。

 

1.3 国連番号(UN No.)

無水酢酸の国連分類はクラス8(腐食性物質)に副次危険性にクラス3(引火性液体)が付いている。無水酢酸(Acetic anhydride)の品名で、国連番号は1715である。酢酸の場合は濃度によって違う。純物質及び80 % を超える場合は「氷酢酸又は酢酸溶液、濃度が80 質量%を超えるもの」(ACETIC ACID, GLACIAL or ACETIC ACID SOLUTION, more than 80 % acid, by mass)という品名で国連番号2789、国連分類はクラス8(腐食性物質)に副次危険性にクラス3(引火性液体)が付いている。容器等級はⅡである。また濃度80 % 以下の酢酸(10 % 以下を除く)に対し国連番号2790 がある。水溶液が想定されており、国連分類はクラス8(腐食性物質)だけである。「酢酸溶液、濃度が50 質量% 以上80 質量% 以下のもの」(ACETICACID SOLUTION, not less than 50 % but not more than80 % acid, by mass)は容器等級Ⅱ、「酢酸溶液、濃度が10 質量% を超え50 質量% 未満のもの」(ACETICACID SOLUTION, more than 10 % and not more than50 % acid, by mass)は容器等級Ⅲである。

無水マレイン酸は国連番号2215、国連分類はクラス8(腐食性物質)である。容器等級はⅢとなっている。トリメリット酸無水物も酸無水物であるが国連番号はない。図表3に示すように眼損傷性/ 刺激性はGHS 区分1 と判断されているが、皮膚腐食性/ 刺激性は区分外とされている。皮膚に対しては腐食性があるというデータがないからかと思われる。GHSは眼損傷性(区分1)でも腐食性絵表示が必要であるが、国連危険物輸送勧告では金属の腐食性と皮膚腐食性のみから判断されている。

 

図表1 無水酢酸、酢酸等の特定

名称(IUPAC名) 無水酢酸

Acetic anhydride

酢酸

Acetic acid

無水マレイン酸

Maleic anhydride

トリメリット酸無水物

Trimellitic anhydride

IUPAC体系的名称 無水エタン酸

Ethanoic anhydride

エタン酸

Ethanoic acid

フラン-2,5-ジオン

Furan-2,5-dion

1,3-ジオキソ-1,3-ジヒドロ-2-ベンゾフラン-5-カルボン酸

1,3-Dioxo-1,3-
dihydrfo-2-benzofuran-5- carboxylic acid

別名 酢酸無水物

Acetic acid anhydride

アセチルアセテート

Acetyl acetate

メタンカルボン酸

Methane carboxylic acid

マレイン酸無水物

Maleic acid anhydride

2,5-ジヒドロ-2,5-ジオキソフラン

2,5-Dihydro-2,5-dioxofuran

cis-ブテン二酸無水物

cis-Butenedioic anhydride

1,2,4-ベンゼントリカルボン酸無水物

1,2,4-Benzenetricarboxylic anhydride

1,3-ジオキソ-1,3-ジヒドロイソベンゾフラン-5-カルボン酸

1,3-Dioxo-1,3-
dihydro-5-isobenzofuran carboxylic acid

略称 AcOH MAN TMA
化学式 C4H6O3

(CH3CO)2O

C2H4O2

CH3COOH

C4H2O3

(CHCO)2O

C9H4O5

HOOCC6H3(CO)2O

CAS No. 108-24-7 64-19-7 108-31-6 552-30-7
化学物質審査規制法(化審法)

労働安全衛生法(安衛法)

2-690 2-688 2-1101 3-1362
EC No. 203-564-8 200-580-7 203-571-6 209-008-0
REACH 01-2119486470-36-xxxx 01-2119475328-30-xxxx 01-2119472428-31-xxxx 01-2119489422-34-xxxx
国連危険物輸送勧告
 国連分類 8(腐食性物質)、

副3(引火性液体)

8(腐食性物質)、副3(引火性液体) 8(腐食性物質)
 国連番号 1715 2789** 2215
 品名 無水酢酸 氷酢酸又は酢酸溶液、濃度が80 質量%を超えるもの 無水マレイン酸
 容器等級

*:xxxxは登録者番号

**: 国連番号2790は国連分類8(腐食性物質)で、品名「酢酸溶液、濃度が50 質量%以上80質量%以下のもの」は容器等級Ⅱ、「酢酸溶液、濃度が10 質量%を超え50 質量%未満のもの」は容器等級Ⅲ

 


2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

無水酢酸は酢酸に似た刺激臭のある無色の液体である。水には少ししか溶けないが、水と反応(加水分解)して徐々に酢酸になり、溶解する。アルコール(ROH)に溶解し、徐々に反応して酢酸エステル(Alkylacetate: CH3COOR)になる。アミン、塩基、酸化剤と反応し、水分があると多くの金属を侵す。エチルエーテルやクロロホルムなど多くの溶剤には溶解する。親水性が高くオクタノール/ 水分配係数logPow = –0.27と小さい。49 ℃以上では、蒸気/ 空気の爆発性混合気体を生じることがある。

純酢酸は「酢」のような強い刺激性を持った無色透明の液体であるが、融点が16.7 ℃なので気温が低いときは固体になるので氷酢酸という名がある。水によく溶け(混和する)、水溶液は酸性を示す。濃度10 %でpH は約2 である。塩基、酸化剤と反応する。

無水マレイン酸は刺激臭のある白色固体で、可燃性、昇華性がある。53 ℃ 以上では液体で引火点102 ℃である。水と反応し、マレイン酸(Maleic acid)となって溶解する。トリメリット酸無水物は無臭の無色~白色の固体である。水と反応してトリメリット酸(Trimellitic acid)になるが、酸になっても溶解度は約2 % と高くない。酸無水物はアミン(R-NH)やアルコール(R-OH)と反応しアミド(R-NHCO-)やエステル(-COOR)となって結合する。

2.2 有害性(図表3)

無水酢酸は催涙性があり、皮膚や眼、気道に対して腐食性を示す。経口摂取でも腐食性を示す。吸入した場合喘息症状を起こすことがある。摂取して死亡する危険性はそれほど高くはない。皮膚の感作性は認められていない。低濃度では環境中や生体内で容易に分解し酢酸となる。酢酸は食品にも含まれており、中和・代謝される。酢酸も高濃度では皮膚や眼、気道に対し腐食性がある。無水マレイン酸、トリメリット酸無水物も酸無水物で、腐食性がある。これは生体内の蛋白や糖類、核酸等はアミン(-NH)やアルコール(-OH)の構造を持っており、これらとの反応性があるためと考えられる。また、皮膚や気道への感作性が認められている。無水マレイン酸は吸入による呼吸器への影響、経口摂取による消化管や肝臓、長期的には血液、腎臓への影響が認められている。トリメリット酸無水物は呼吸器のほか血液系や免疫系への有害性が認められている。GHSで感作性は区分1 のみであるが、呼吸器感作性で区分1A とされている。これは特にヒトで高頻度に呼吸器過敏症(喘息などのアレルギー呼吸器疾患)が見られるための判断である。

 

図表2 無水酢酸、酢酸の主な物理化学的性質(ICSC による)

無水酢酸 酢酸 無水マレイン酸 トリメリット酸無水物
融点(℃) -73 16.7 53

51.2~53.1*

161-163.5

165*

沸点(℃)(範囲) 139 118 202

185*

240-245

(1.87kPa)

390*

引火点(℃) (c.c.) 49 39 102 227(o.c.)
発火点(℃) 316 485 477
爆発限界(vol %) 2.7~10.3 6.0~17 1.4~7.1
比重(水=1.0) 1.08 1.05 1.5g/cm3
水への溶解度 反応する 混和する 反応する

(~400g/L)*

反応する1036mg/L*
オクタノール/水分配係数 (logPow) -0.27 -0.17 (-0.5, -2.61*) 1.95*

*: OECD HPV (High Production Volume) Chemicals (高生産化学物質)のSIDS(Screening Information Data Set) Initial Assessment Reportによる。無水マレイン酸の( )で示した水への溶解度及びlogPowはマレイン酸による。

 

2.3 水生環境有害性

無水酢酸の急性毒性についてはオオミジンコで24 時間のLC50 = 55 mg/L 等のデータからGHS区分は3とされている。長期的には加水分解及び生分解性があり、生体内では代謝されるため生体蓄積性もなくGHSで区分される有害性はないと考えられる。酢酸もほぼ同じである。無水マレイン酸も急性毒性はほぼ同じであるが、急速分解性がないとの判断で長期も区分3 としている。その根拠となった急速分解性試験では、易分解性と判断されていたが、NITE は完全には分解していない可能性があるとしての判断と思われる。しかし無水マレイン酸は水中では加水分解してマレイン酸となり、そのマレイン酸は急速分解性があるとされている。トリメリット酸無水物は急性毒性が小さく、急速分解性があり、生体蓄積性はないとの判断で急性、長期とも区分外としている。

 

図表3 無水酢酸、酢酸のGHS分類(NITE)

GHS分類 無水酢酸 酢酸 無水マレイン酸 トリメリット酸無水物
物理化学的危険性
引火性液体 3 3
可燃性固体
自己反応性化学品 タイプG
金属腐食性 – 1
健康有害性
急性毒性(経口) 4 区分外 4 区分外
急性毒性(経皮) 区分外*1 4 区分外 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 3
急性毒性(吸入:粉塵・ミスト) 区分外
皮膚腐食/刺激性 1 1 1 区分外
眼損傷/刺激性 1 1 1 1
呼吸器感作性 1 1A
皮膚感作性 1 1
生殖細胞変異原性 区分外*2
発がん性
生殖毒性 区分外
特定標的臓器(単回) 1(呼吸器) 1(呼吸器系) 1(呼吸器、消化管、肝臓) 1(呼吸器)
特定標的臓器(反復) 1(呼吸器) 1(呼吸器、血液系)、2(腎臓) 1(呼吸器、血液系、免疫系)
吸引性呼吸器有害性
環境有害性
水生環境有害性(急性) 3 3 3 区分外
水生環境有害性(長期) 区分外 区分外 3*3 区分外

-: 分類できない又は対象外

*1: 国連文書の区分では区分5(JISは区分5を採用していないので「区分に該当しない」(英語では「Not classified又はNo classification」で本稿では従来と同じ「区分外」と記載)

*2.: 2006年度の評価で、その後「分類できない」とされたが、JIS Z7252.2019では「区分に該当しない」としている(本稿では従来と同じ「区分外」と記載)。

*3: 経産省既存物質安全性点検(1975)結果で、BODによる分解度54.8%により急速分解性なしと判断。しかしこの試験でTOCでは85%である。

(https://www.nite.go.jp/chem/jcheck/detail.action?cno=108-31-6&mno=2-1101&request_locale=ja)

また加水分解したマレイン酸は14日間でBOD87%、TOC100%と易分解性である。

(https://www.nite.go.jp/chem/jcheck/searchresult.action?cas_no=110-16-7&request_locale=ja)

 


3. 主な用途

無水酢酸はアルコールやフェノールと反応して酢酸エステルを作ることから、パルプや綿などのセルロースと反応させて酢酸セルロースが製造される。酢酸セルロースはアセテート繊維、写真用のフィルム、煙草フィルター、水処理膜、メガネフレーム用プラスチック、塗料や接着剤のバインダーなど多くの用途に使われている。代表的な消炎、鎮痛薬医薬であるアスピリンはアセチルサリチル酸: acetylsalicylic acid で、その原料である。その他医薬品や香料等の原料である。酢酸は調味料の食用酢の主な成分である。工業的には酢酸ビニルの原料である。酢酸ビニルはポリ酢酸ビニルやポリビニルアルコールの原料で、ポリ酢酸ビニルは接着剤やチューインガムに使用。ポリビニルアルコールは合成繊維ビニロンの原料のほか糊剤、水溶性フィルムなどに使用されている。

無水マレイン酸は不飽和ポリエステル樹脂原料、樹脂改質剤、フマル酸・コハク酸原料として使われる。不飽和ポリエステル樹脂は熱硬化性の樹脂でガラス繊維を加えた繊維強化プラスチック(FRP)などとして浴槽などの住宅建築材料、ボートや自動車、電気部品など多方面に使用されている。フマル酸はマレイン酸の幾何異性体で生体内に存在する物質で、食品用酸味料等にも使われる。工業的には樹脂の原料など。コハク酸はマレイン酸やフマル酸に水素を結合して得られるが、生体内にも存在する物質で、調味料などに使われる。トリメリット酸無水物は水溶性塗料、ポリアミドイミド樹脂、耐熱性可塑剤、エポキシ樹脂硬化剤の原料などに使われている。

 


4. 事故等の例

・ 無水酢酸をタンクに注入中、予定量を超えて注入し流出した。中和作業中、ゴーグルを着用していたが、蒸気が眼に入って角膜損傷を起こした。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=101505)

・ ジケテンと無水酢酸からデヒドロ酢酸の合成実験中に爆発、火災に至った。原料中の不純物により異常反応が起きたと考えられる。

(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0000125.html)

・ 塩化メチレンと過酸化水素の溶液に無水酢酸を加えて撹拌中に爆発した。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0965.html)

・ 過酢酸の無水溶液の調整で、酢酸、過酸化水素、無水酢酸の混合液を蒸留中爆発が起こった。原因は、無水酢酸と過酢酸が急速に反応してアセチルパ- オキサイド(CH3CO2)O2 を生成したためと思われる。(同上)

・ ドラム缶入り無水酢酸をトラックで輸送中、追突事故を起こした。車両の電気配線の短絡により流出した燃料(軽油)及び無水酢酸に引火し、車両及び無水酢酸が炎上した。同時に破損したドラム缶から無水酢酸が漏洩し、路上及び水路に流出した。

(https://www.nies.go.jp/kisplus/dtl/chem/JPN00185)

・ 水道水殺菌用の滅菌タンク内に次亜塩素酸ソーダを補充する際、間違えて酢酸を注入したため塩素ガスが発生、室内に拡散した。作業者が塩素ガスを吸入して中毒に罹った。室内の換気が行われておらず、保護具も使用していなかった。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=100681)

・ エポキシ樹脂中間原料製造設備で無水マレイン酸の入った反応缶に、バルブ操作の誤りにより水酸化ナトリウムが逆流した。これが触媒となって無水マレイン酸が異常反応を起こし、缶内温度が上昇、爆発・火災に至った。

(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0200093.html)

 


5. 主な法規制及び許容濃度(図表4)

無水酢酸は化学物質審査規制法(化審法)の優先評価化学物質に指定されている。環境や環境を通じての長期的有害性を優先的に評価するため、毎年製造(輸入)量を届出なければならない。化学物質管理促進法の2021年度の改正で第1 種指定化学物質に指定された。2023年度分から取扱量が年間1t以上で、環境中への排出量や処理委託量(移動量)等の届出(PRTR)及び1%以上含む製品を販売又は提供する場合は、提供先にSDSを提供しなければならなくなった。労働安全衛生法(安衛法)の名称等表示、通知物質に指定されており、1 % 以上でSDS の発行、容器等に有害性や取扱注意の表示をしなければならない。2024年4月より皮膚や眼に障害を及ぼしたり(GHSで皮膚腐食性・刺激性、眼損傷・刺激性、呼吸器又は皮膚感作性で区分1に分類されたもの)、皮膚からの吸収により健康障害を生じさせたりするおそれのある物質を取り扱う際は不浸透性の適切な保護具着用が義務付けられた。酢酸や無水マレイン酸、トリメリット酸無水物も同じ。酢酸は腐食性物質にも指定されている。トリメリット酸無水物は皮膚吸収性物質にも挙げられている。作業環境基準は設定されていない。作業環境許容濃度については日本産業衛生学会が最大許容濃度として5 ppmに設定している。常時この濃度以下に保たなければならない。酢酸は1日8時間/週間40時間の平均の許容濃度として10 ppmに設定している。ACGIH のTLV(Threshold Limit Value)はTWA(8 時間のTime-Weighted Average)で1 ppm、STEL(Short-TermExposure Limit: 15 分間のTWA)で3 ppm に設定している。酢酸はそれぞれ10 ppm, 15 ppm である。毒物劇物取締法では無水酢酸は濃度が0.2 % を超える製剤(混合物)を含めて劇物に指定されている。販売や、そのための製造・輸入には登録が必要である。取扱いや保管でも、盗難・紛失、漏洩・流出防止措置を講じ、「医薬用外劇物」の表示が必要である。漏洩事故があった場合は保健所や警察署又は消防署に連絡し、被害防止措置を講じる。盗難・紛失があればすぐに警察署に連絡しなければならない。廃棄も中和等の処理が必要である。無水酢酸は麻薬向精神薬取締法の麻薬及び向精神薬原料とされている。50 % を超えて無水酢酸を含む場合が規制対象となる。麻薬等原料輸出入業者以外が輸出入するときはその都度厚生労働大臣に届出が必要である。消防法では無水酢酸は危険物第4 類引火性液体第二石油類の非水溶性液体に該当する。酢酸も同様第二石油類だが、水溶性液体である。

国連危険物輸送勧告で、無水酢酸は腐食性物質に分類され、航空法、船舶安全法、港則法等で規制されている。酢酸の場合は濃度によって異なる。酢酸及び80 % を超える水溶液、50 % 以上80 % 以下、10 % 以上50 % 未満に分けられている。10 % 未満の場合は規制の対象外である。道路法でも消防法の危険物第4 類第二石油類は車両の通行制限がある。

無水酢酸及び酢酸は海洋汚染防止法の有害液体物質Z 類物質に挙げられている。

食品衛生法の器具、容器・包装ポジティブリストで基ポリマーの架橋ポリエステルの材料として酢酸の記載がある。また、微量モノマーのリストに無水酢酸、酢酸がある。

無水マレイン酸は化学物質管理促進法の第1 種指定化学物質から第2種指定化学物質になったのでPRTRの義務はなくなったがSDSの提供は必要。労働安全衛生法の表示/ 通知対象物、皮膚等障害化学物質、毒劇物取締法の劇物である。日本産業衛生学会が設定している作業環境許容濃度は 0.4 mg/m3 (最大 0.8 mg/m3)、ACGIH のTLV はTWAで0.01 mg/m3 と無水酢酸より厳しい。海洋汚染防止法の有害液体物質ではY 類物質に挙げられている。

トリメリット酸無水物は化審法優先評価化学物質、化学物質管理促進法第1 種指定化学物質、労働安全衛生法の表示/ 通知対象物である。皮膚等障害化学物質(皮膚吸収性物質にも挙げられている)、日本産業衛生学会の作業環境許容濃度は 0.0005 mg/m3 (最大0.004 mg/m3)、ACGIH-TLV はTWA で0.0005 mg/m3、STEL で0.002 mg/m3 と厳しい値に設定している。

食品衛生法の器具、容器・包装ポジティブリストで基ポリマーのエポキシ、ポリエステル、ポリウレタンの材料として無水マレイン酸、トリメリット酸無水物の記載がある。これらはコート剤としても使用できる。微量モノマーのリストにも記載されている。

なおトリメリット酸無水物はEU-REACH(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of CHemicals: 化学物質の登録、評価、認可、制限)で、呼吸器感作性から認可物質(認可された用途以外原則製造取扱禁止)の候補として2018年にSVHC(Substances of Very High Concern: 高懸念物質)に指定されている。今後詳しい調査が行われて、認可物質になる可能性がある。

 

図表4 無水酢酸、酢酸に関係する法規制

法律名 法区分 無水酢酸 酢酸 無水マレイン酸 トリメリット酸無水物
化審法 優先評価化学物質 (93) (69)
化学物質管理促進法 指定化学物質 第1種(736)*1 第2種(414)*2≧1% 第1種(401)*3≧1%
労働安全衛生法 危険物・引火性の物 (4の4) (4の4)
名称等/通知物質 (552) (176) (554) (532)
表示 ≧1% ≧1% ≧1% ≧1%
通知  ≧1% ≧1% ≧0.1% ≧0.1%
腐食性液体
皮膚等障害化学物質 ≧1% ≧1% ≧1% ≧1% (皮膚吸収性)
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 5ppm*4(21mg/m3) 10ppm(25mg/m3) 0.1ppm(0.4mg/m3)

0.2ppm*4

(0.8mg/m3)

0.0005mg/m3 0.004mg/m3*4
ACGIH TLV-TWA

 

STEL

1ppm(4.2mg/m3)

 

3ppm(13mg/m3)

10ppm(25mg/m3)

 

15ppm(37mg/m3)

0.01mg/m3*5

(0.0025ppm)

0.0005mg/m3*5

 

0.002mg/m3*5

毒物劇物取締法 劇物 (98の2)

>0.2%

(98の3)

>1.2%

麻薬向精神薬取締法 麻薬向精神薬原料 (特定) >50%
消防法 危険物第4類引火性液体 第二石油類 非水溶性液体 水溶性液体
大気汚染防止法 有害大気汚染物質 (226) (212)
揮発性有機化合物(VOC)
海洋汚染防止法 有害液体物質 Z類(128) Z類(52) Y類(441)
食品衛生法

容器・包装ポジティブリスト

 

基ポリマー

(プラスチック)

 

(微量モノマー)

 

 

 

 

5.非芳香族有機酸類 (64)

 

 

20.架橋ポリエステル*6

5. 非芳香族有機酸類(35)

 

 

*7

 

5. 非芳香族有機酸類(67)

 

 

*7

 

7.芳香族酸類(25)

EU-REACH SVHC

“対象”の( )内の数値は政令番号

*1: 管理番号(政令番号は1-466)

*2: 管理番号(政令番号は2-119)

*3: 管理番号(政令番号は1-453)

*4: 最大許容値、常時この濃度以下

*5: Inhalable fraction and vapor

*6: モノマー、架橋剤にポジティブリストがあり、使用量や使用温度に制限あり。

*7: エポキシ、ポリエステル、ポリウレタン等のプラスチック及びコーティングの材料として条件の範囲内での使用が認められている。

 

 


6. 曝露等の可能性と対策

6.1 事故や曝露の可能性

無水酢酸は引火点が49 ℃なので室温では引火の危険はないが、49 ℃以上での使用や周辺での火災などで高温になると火災や爆発の危険がある。酢酸も同様であるが引火点は酢酸の方が少し低い。無水マレイン酸やトリメリット酸無水物は固体で蒸気による引火のリスクは低いが、可燃性で微粒子が空気中に拡散すると爆発性の混合気体を生じるおそれがある。金属に対する腐食性もあるので、容器、配管、バルブ等が腐食し、破損して漏洩するおそれがある。

無水酢酸など酸無水物は加水分解を避けるため閉鎖系で取扱われることが多く、作業者が曝露する可能性は低いと考えられる。計量、投入、サンプリング等の作業で吸入、皮膚や眼と接触する可能性がある。刺激性の臭いがあるので、漏洩に気づきやすいが、低濃度でも喘息などのおそれがある。

閉鎖系で取扱われるので環境中への排出も起こりにくいと考えられる。環境中に排出された場合、高濃度の場合は環境中の生物に影響するが、長期的には加水分解・希釈されて分解すると考えられる。

6.2 曝露防止

閉鎖系で取扱う。サンプリングなどで曝露のおそれがあるときは局所排気/ プッシュプル型換気装置を使用する。個人用の保護具として、吸入防止には有機ガス/ 酸性ガス用防毒マスク又は状況に応じて送気マスク、空気呼吸器を使用し、皮膚や眼の保護にはネオプレンゴムなど不浸透性保護手袋、保護衣、保護眼鏡(ゴーグル型)、顔面シールド(保護面)などを使用する。曝露したときのために取扱い場所近くにシャワー、洗眼装置を設置する。取扱い後は顔や手をよく洗う。こぼれた場合は砂や土等に吸収させて回収する。水で希釈した後ソーダ灰(炭酸ナトリウム:Na2CO3)等で中和して回収する。

6.3 廃棄処理

可燃性溶剤に溶解又は混合し、アフタバーナ及びスクラバ付き焼却炉の火室へ少量ずつ噴霧して焼却する。水に溶解・希釈して加水分解し、中和したあと活性汚泥による分解も可能である。都道府県知事等の許可を受けた産業廃棄処理業者に産業廃棄物として処理を委託する。