第37回 エチレンジアミン
誌面掲載:2020年9月号 情報更新:2024年8月
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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)
1.1 化学物質名/ 別名
IUPACの系統的名称では、炭素数2 個の飽和炭化水素エタン(Ethane:CH3-CH3)の2 個の炭素のそれぞれに結合していた水素2 個が2 個のアミン(Amine:-NH2)に置き換わったものということで、エタン-1,2- ジアミン(Ethane-1,2-diamine: H2N-CH2-CH2-NH2)という。アミンの結合位置を示す1,2- を最初に入れて1,2- エタンジアミン(1,2-Ethanediamine)としても同じ物質を指す。-NH2 の部分は接頭語ではアミノ(Amino)というので1,2- ジアミノエタン(1,2-Diaminoethane)ともいえる。一般にはエチレンジアミン(Ethylenediamine:EDA)という名称がよく使われる。エチレン(Ethylene)とは、エタンから水素2 個が取れた不飽和炭化水素(CH2=CH2)の名称であるが、-CH2-CH2– の部分構造もエチレンという。これに2 個のアミンが結合していると考えた名称である。エチレンジアミンに1,2- をつけて1,2- エチレンジアミン(1,2-Ethylenediamine)等ということもできるが、1,2- はなくても同じ物質を指す。
図表1 エチレンジアミンの特定
名称 | エチレンジアミン
Ethylene diamine |
IUPAC名 | エタン-1,2-ジアミン
Ethane-1,2-diamine |
別名 | 1,2-エタンジアミン
1,2-Ethanediamine 1,2-ジアミノエタン 1,2-Diaminoehtane 1,2-エチレンジアミン 1,2-Ethylenediamine |
略称 | EDA |
化学式 | C2H8N2
H2NCH2CH2NH2 |
CAS No. | 107-15-3 |
化審法(安衛法) | 2-150 |
EC No. | 203-468-6 |
REACH | 01-2119480383-37-xxxx |
*: xxxxは登録者番号
1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
CAS No. は107-15-3 で、化審法官報公示整理番号は2-150 である。化審法の第2 類で「有機鎖状低分子化合物」という分類である。安衛法は既存物質として化審法番号で公表されている。EU のEC 番号203-468-6である。EU の化学物質の基本的な法規制のREACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)施行以前から既存化学物質としてEINECS(European Inventory of Existing Commercial Chemical Substances)に登録されていた物質である。REACH 登録番号は01-2119480383-37-xxxx(xxxx は登録者番号)である。
2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質(図表2)
無色から少し黄色を帯びた、透明で吸湿性のある揮発性液体で、アンモニア臭がある。常温では液体であるが8.5 ℃以下では凝固する。沸点は水の沸点より少し高い。引火性があり、34 ℃以上では蒸気/ 空気の爆発性混合気体を生じることがある。液体の比重や水より少し軽い。蒸気は空気より重い。水と混和する(どんな割合でも均一な液体になる)。水溶液はアルカリ性を示し、25 %、25 ℃ でpH は約12 である。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)は–1.2 で生物濃縮性はないと考えられる。
図表2 エチレンジアミンの主な物理化学的性質(ICSC による)
融点(℃) | 8.5 |
沸点(℃) | 117 |
引火点(℃) | 34 (c.c.) |
発火点(℃) | 385 |
爆発限界(vol %) | 2.5-16.6 |
蒸気密度(空気=1) | 2.1 |
比重(水=1) | 0.9 |
水への溶解度 | 混和する |
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) | -1.2 |
2.2 有害性(図表3)
経口や吸入で体内に吸収される。皮膚からも吸収される。体内に取り込まれた後、そのまま、又は代謝物に変化して多くは尿や糞中に排泄される。一部は代謝されて二酸化炭素として呼気に含まれて排出される。皮膚や眼、鼻、喉に対して強い刺激性や腐食性を示す。蒸気やミストを吸入すると肺水腫を起こすことがある。GHS ではアルカリ性物質の場合pH≧ 11.5 で皮膚や眼に対して腐食性を示す(区分1)としている。繰り返し皮膚への接触や吸入によりアレルギー性の皮膚炎、喘息、呼吸困難を起こすことがある。喘息の症状は遅れて現れることが多く、曝露後安静にして、経過観察が必要である。日本産業衛生学会は気道及び皮膚に対する感作性物質の第2 群に分類している。飲み込んだ場合も口やのどの熱傷や咽頭痛、灼熱感、腹痛、ショック/ 虚脱症状が現れることもある。胃の中では胃液中の塩酸により中和され、アルカリ性物質としての有害性はなくなる。低濃度での経口投与や緩衝液で希釈した試験では、エチレンジアミン塩での試験と同様になる。致死率で見る急性毒性は特に高いというほどではない。長期的な曝露では肝臓や腎臓のほか眼への影響が見られる。遺伝子への影響を調べる変異原性試験では陰性のデータが多い。発がん性試験では陰性の結果があるが、IARC(国際がん研究機関: International Agency for Research on Cancer)、日本産業衛生学会とも評価していない。米国のACGIH(米国産業衛生専門家会議: American Conference of Governmental Industrial Hygienists)はA4、EPA(環境保護庁: Environmental Protection Agency)はDといずれも「分類できない」としている。生殖毒性に関して親動物に影響が出る用量で胎児への影響が見られている。
水生生物に対して有害性を示す。急速分解性があり、生物濃縮性は低いので慢性的影響は小さいと考えられる。
図表3 エチレンジアミンのGHS分類(NITE による)
GHS分類 | 区分 |
物理化学的危険性 | |
引火性液体 | 3 |
金属腐食性 | – |
健康有害性 | |
急性毒性(経口) | 4 |
急性毒性(経皮) | 3 |
急性毒性(吸入:蒸気) | 4 |
皮膚腐食/刺激性 | 1 |
眼損傷/刺激性 | 1 |
呼吸器感作性 | 1 |
皮膚感作性 | 1 |
生殖細胞変異原性 | 区分外 |
発がん性 | – |
生殖毒性 | 2 |
特定標的臓器(単回) | 1(呼吸器) |
特定標的臓器(反復) | 2(肝臓、腎臓、視覚器)、 |
誤えん有害性 | – |
環境有害性 | |
水生環境有害性(短期/急性) | 2 |
水生環境有害性(長期/慢性) | 3 |
3. 主な用途
キレート剤及びその合成原料、エポキシ樹脂硬化剤及びその合成原料のほか殺菌剤、繊維加工剤(防しわ剤、染料固着剤)、可塑剤、ゴム薬品の合成原料に使用される。伸縮性衣料のポリウレタン弾性繊維(スパンデックス)の原料に使われる。EDA から製造される代表的なキレート剤としてエチレンジアミンテトラ酢酸{Ethylenediaminetetraacetic acid: EDTA, (HOOCCH2)2NCH2CH2N(CH2COOH)2}がある。
4. 事故等の例
・ EDA 及びその類縁化合物の製造工場で出火。野外の配管等約20 m2 が焼損した。
(https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento116_20_fuzoku_02_01.pdf)
・ EDA の有害性を調査した資料で、事故で漏洩したEDAを浴びて(曝露量は不明)、55 時間後に死
亡したという例等が紹介されている。
国際化学物質簡潔評価文書(CICADs)
No.15(1999)( http://www.nihs.go.jp/hse/cicad/full/no15/full15.pdf)
化学物質有害性評価書 Vol.1.0 No.55 (2007)
(https://www.chem-info.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/pdf/CI_02_001/hazard/hyokasyo/No-55.pdf)
5. 主な法規制(図表4)
化学物質管理促進法で第1 種指定化学物質に指定されている。PRTR の報告(環境中への放出量等)及び1 % 以上含有する製品を販売/ 譲渡する場合はSDS 提供の義務がある。労働安全衛生法でも名称等表示、通知対象物に指定されており、0.1 % 以上含有する場合はSDS の提供、1 % 以上含めば容器・包装等に名称、GHS絵表示、有害性情報、取扱注意事項等のラベル表示が必要である。GHS分類で皮膚や眼の刺激性、皮膚感作性で区分1、皮膚吸収性物質にも挙げられており、皮膚等障害化学物質である。1%以上含有する製品を取り扱う場合は保護眼鏡、不浸透性の保護衣、保護手袋等適切な保護具を使用しなければならない。作業環境基準は定められていないが、屋内作業場での濃度は基準値10ppm(8時間の加重平均濃度)以下にしなければならない。日本産業衛生学会は作業環境許容濃度を10 ppm(25 mg/m3)に設定している。アメリカのACGIH のTLV(Threshold Limit Value)やOSHA(Occupational Safety and Health Administration: 労働安全衛生庁)のPEL(Permissible Exposure Limits)もTWA(Time-Weighted Average:1 日8 時間・週40 時間の時間加重平均濃度)を10 ppm に設定している。労働基準法で「疾病化学物質」に指定されている。業務上の取扱いで皮膚障害や前眼部障害、気道障害を起こした場合、雇用者は療養等の補償を行わなければならない。
急性毒性(経皮)、皮膚及び眼に対する腐食性から、2018 年に毒物劇物取締法の劇物に指定されている。製剤を含むとあるので混合物も対象になる。引火点が34 ℃なので消防法の危険物第4 類引火性液体、第二石油類の水溶性液体に該当する。国連危険物輸送勧告で「エチレンジアミン」(ETHYLENEDIAMINE)という品名で国連番号1604 がある。EDAは国連分類のクラス3(引火性液体)とクラス8(腐食性物質)の両方に該当する。クラス3 としては容器等級Ⅲ、クラス8 としては容器等級Ⅱに相当する。この場合クラス8 が優先され、国連分類はクラス8(腐食性物質)で、副次危険性としてクラス3(引火性液体)がついている。容器等級はⅡである。特に環境に有害な物質の「個品輸送の海洋汚染物質」には該当しないが、海洋汚染防止法の有害液体物質のY類に該当する。引火性液体ということで労働安全衛生法の「危険物・引火性の物」及び海洋汚染防止法の「引火性の物質」に該当する。
大気汚染防止法で、揮発性有機化合物(VOC)であり、有害大気汚染物質の可能性があるとして環境省が挙げた248 物質の中に含まれている。水質の環境基準は定められていないが、水生生物に対する有害性から要調査項目に挙げられている。
EDAを原料の一つとして製造されるポリアミド、ポリウレタン、エポキシ樹脂、メラミン樹脂等は食品に接触する器具や容器等に使用されることがある。食品衛生法の食品用器具・容器包装ポジティブリストの基ポリマーのプラスチックやコーティング樹脂の原料物質や架橋剤等にEDAの記載がある。2025年6月1日以後はポジティブリストが整理され、基ポリマーはまとめて「基材」のリストに含まれている。
EU のREACH で、呼吸器感作性があるという理由で認可対象物質(認可用途以外は禁止)の候補物質(Candidate)として高懸念物質(SVHC: Substances of Very High Concern)に指定されている。成形品も含め物理的に分離できる均一な材料単位あたり0.1%以上含む製品をEDA として1 企業当たり年間1 t 以上EU に持ち込む場合、輸入者はECHA(欧州化学品庁: European Chemicals Agency)へ届出義務がある。直接EUに輸出しない中間製品でも、最終製品がEUに持ち込まれる可能性があれば、サプライチェーンを通じて含有情報伝達が必要である。
図表4 エチレンジアミンに関係する法規制
法律名 | 法区分 | 条件等 | |
化学物質管理促進法 | 第1種指定化学物質 | ≧1% | (59*1) |
労働安全衛生法 | 危険物・引火性の物 | 30℃≦引火点<65℃ | (4の4) |
名称等表示/通知対象物 | (83*2) | ||
表示 | ≧1% | ||
通知 | ≧0.1% | ||
濃度基準値設定物質 | 10ppm | ||
皮膚障害化学物質 | ≧1%
(皮膚刺激性/吸収性) |
||
労働基準法 | 疾病化学物質 | 皮膚障害、前眼部障害、気道障害 | |
作業環境許容濃度 | 日本産業衛生学会 | 10ppm(25mg/m3)(皮膚) | |
ACGIH TLV-TWA | 10ppm(Skin) | ||
OSHA PEL-TWA | 10ppm(25mg/m3) | ||
毒物・劇物取締法 | 劇物 | 含製剤 | (11の2) |
消防法 | 危険物第4類引火性液体 | 第二石油類水溶性液体 | |
国連危険物輸送勧告 | 国連分類 | 8(腐食性物質)
副次危険性3(引火性液体) |
|
国連番号 | 1604 | ||
品名 | エチレンジアミン
ETHYLENEDIAMINE |
||
容器等級 | Ⅱ | ||
海洋汚染物質 | 非該当 | ||
海洋汚染防止法 | 有害液体類 | Y類 | |
引火性物質 | 該当 | ||
大気汚染防止法 | 揮発性有機化合物(VOC) | 排気 | 該当 |
有害大気汚染物質(248物質) | 排気 | 該当(27) | |
環境基本法水質 | 要調査項目 | 該当(水生生物) | |
食品衛生法
食品用器具・容器包装ポジティブリスト |
基ポリマー*3 |
プラスチック
コーティング 微量モノマー |
17. エポキシポリマーの架橋体等の原料物質 2. アミノポリマー等の原料物質 10. 有機窒素化合物 |
基材*4 | エポキシ化合物の架橋重合体(任意の物質)等 | ||
EU: REACH | SVHC | ≧0.1% | (呼吸器感作性) |
*1: 2023年度より管理番号、政令番号は1-079
*2: 2025年3月31日まで。以後の政令番号は273
*3: 基ポリマーのプラスチックとしては17. エポキシポリマー架橋体、28. 熱硬化性ポリウレタンの原料物質、コーティングとして2. アミノポリマー(メラミン樹脂や尿素樹脂等)の副原料、6. ポリアミド、7. ポリウレタンの原料物質及び18. 架橋剤としてエチレンジアミンの記載がある。それぞれ適用可能な食品/温度条件が定められている。
*4: 2025年6月1日以後ポジティブリストが整理され、基材のリストにエポキシ化合物の架橋重合体の他、ウレタン結合、エステル結合、アミド結合を主とする重合体の原料物質(任意の物質)、イオン交換能及び/又は吸着能を有する重合体の「必須モノマー」、被膜形成時に化学反応を伴う塗膜用途の重合体の原料物質(有機窒素化合物)としてEDAの記載がある。
6. 曝露等の可能性と対策
6.1 曝露可能性
引火点34 ℃以上では蒸気は空気と混合して引火・爆発の危険がある。燃えたとき燃焼ガスに有害な窒素酸化物(NOx)が含まれる。人体へは経口や吸入が主と考えられるが皮膚からの吸収もある。室温でも気化して比較的速く有害な濃度に達することがある。呼吸器や皮膚感作性があるので繰り返し曝露すると感作されて低濃度でも喘息やアレルギー性の皮膚炎等の症状が現れることがある。通常は閉鎖系で取扱われるので曝露して健康に影響することは少ないと考えられる。それでも、容器の移し替え、計量、投入、サンプリング、漏洩等のトラブル等では曝露するおそれがある。直接消費者が取扱う用途はないと考えられ、消費者が曝露するおそれは小さいと考えられる。
6.2 曝露防止
可能な限り閉鎖系で取扱う。サンプリング等で曝露するおそれがある場合は局所排気/ 全体換気下で取扱う。蒸気は空気より重いことを考慮して換気する。火気厳禁。防爆型の電気設備、換気装置、照明機器を使用する。飛沫からの眼の保護のため(ゴーグル)を着用する。コンタクトレンズの使用は勧められない。レンズと角膜の間に入ると痛みを生じ、場合によってはレンズが固着するおそれがある。ゴム又は樹脂製の保護手袋や保護衣を着用する。換気が不充分な場合や漏洩等の一時的な対応の際は有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスク、空気呼吸器等を使用する。皮膚からの吸収もあるので保護手袋や保護衣を着用し、皮膚の露出を防ぐ。取扱い後は手や露出していた部分をよく洗う。喘息の症状を生じた場合は、以後この物質に接触しない。
6.3 廃棄処理
廃棄の前に中和する。都道府県知事等の許可を受けた産業廃棄物処理業者(又は処理を行う地方公共団体)に、産業廃棄物管理票(マニフェスト)を交付して処理を委託する。
可燃性溶剤に溶解して、アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で焼却する。分子中に窒素(N)を含むので、燃焼により窒素酸化物(NOx)が生成する。窒素酸化物は水に溶解するので、燃焼ガスからスクラバー等により水系に回収できる。施設からの排水には窒素(アンモニア/ 窒素酸化物)含有量等の排水基準がある。
水生生物に有害であるが生分解性があるので、希薄な水溶液であれば活性汚泥による処理が可能である。
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