第32回 イソプレン

誌面掲載:2020年4月号 情報更新:2024年6月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

イソプレン(Isoprene)は化学式C5H8で表される炭素数5 個の炭化水素で、IUPAC に認められた慣用名である。IUPAC による体系的な名称では2- メチルブタ-1,3- ジエン(2-Methylbuta-1,3-diene)である。炭素数5 個の飽和炭化水素のペンタン(Pentane:C5H12)に比べ水素が4 個少ない。ペンタンには直鎖状のn- ペンタン(CH3CH2CH2CH2CH3)、メチル分岐のあるイソペンタン{Isopentane:(CH32 CH2CH2CH3)、別名:2-メチルブタン(2-Methylbutane)}、さらに分岐したネオペンタン{Neopentane:(CH34C、別名:2,2- ジメチルプロパン(2,2-Dimethylpropane)}の3 種の異性体がある。イソプレンの炭素鎖のつながりはイソペンタン、つまり2-メチルブタンと同じである。飽和炭化水素から水素が少ないものを不飽和炭化水素という。炭素数4 個で直鎖状のn-ブタン(C4H10)より水素が2 個少ないもの(C4H8)をブテン(又はブチレン)(Buteneor Butylene)といい、不飽和結合(二重結合ともいう)の位置により1- ブテン(1-Butene:CH2=CHCH2CH3)と2-ブテン(2-Butene:CH3CH=CHCH3)及び2-メチルプロペン{2-Methylpropene:CH2=C(CH32}がある。2-ブテンにはさらにシス(cis)型(cis-2-Butene†1)とトランス(trans)型(trans-2-Butene†2)の2 種類の幾何異性体がある。さらに2個少ない、二重結合を2つ含むもの(C4H6)をブタジエン(Butadiene)という。化学構造はCH2=CH-CH=CH2 で不飽和の位置は書かなくても特定できるが、1,3-ブタジエン(1,3-Butadiene)と書くこともある。不飽和結合が二つあるのでジエン(diene)という。IUPAC の体系的命名法ではブタ-1,3-ジエン(Buta-1,3-diene)である。イソプレンの分子構造が分かる名称としては2-メチル-1,3- ブタジエン(2-Methyl-1,3-butadiene)ということになる。天然に存在する物質で、植物からも放出される。テルペン(Terpene)はイソプレンが数個結合した炭化水素{(C5H8)n}である。その名称はテレピン油(ターペンタイン:Turpentine)に由来する。テルペンはもともと炭素数10 個の炭化水素を指していたので、炭素数10 個のものをモノテルペン、20 個でジテルペン、30個でトリテルペン等と呼ばれるが、15 個のものもありセスキテルペンと呼ばれる。炭化水素以外にヒドロキシ基等の官能基がついた一連の物質群があり、テルペノイド(Terpenoid)と呼ばれる。基本単位がイソプレンなので、イソプレノイド(Isoprenoid)とも呼ばれる。モノテルペン類は香料や医薬品に使われ、より大きなものは生理活性物質として重要である。カロテン、ビタミンA, D, E, K、コエンザイムQ、スクアレン、コレステロール等のステロイド類、クロロフィル、ヘモグロビン等もテルペノイドに由来している。天然ゴムはイソプレンが多数結合した高分子である。環境中で樹木等から微量に発散されて、健康によいとされるフィトンチッド(Phytoncide)の主要な成分はテルペノイドといわれている。テルペノイドには殺菌力を持つ成分があり、植物が昆虫などの食害を受けたとき、病原菌に感染するのを防いでいるといわれている。防虫剤などに使われる「樟脳」(Camphor)は樟(楠)から得られ、モノテルペノイドの一種(C10H16O)である。イソプレンは工業的には天然ゴムの熱分解のほか、石油精製過程やナフサからの合成によって得られる。

図表1 イソプレンの特定

名称 イソプレン

(Isoprene)

IUPAC体系的名称 2-メチルブタ-1,3-ジエン

(2-Methylbuta-1,3-diene)

その他の名称 2-メチル-1,3-ブタジエン

(2-Methyl-1,3-butadiene)

2-メチルブタジエン

(2-Methylbutadiene)

β-メチルブタジエン

(β-Methylbutadiene)

2-メチルジビニル

(2-Methyldivinyl)

化学式 C5H8

CH2=C(CH3)-CH=CH2

CAS No. 78-79-5
化学物質審査規制法(化審法) 2-20
EC No. 201-143-3
REACH 01-2119457891-29-xxxx
国連番号 1218(安定化)

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号

CAS No. は 78-79-5 である。化審法では天然物は対象にしていないが、天然物と同じ物質であっても化学反応を伴って工業的に製造される場合は対象になる。化審法の官報公示整理番号は2-20 である。分類番号2は有機鎖状低分子化合物であることを示している。安衛法も天然物そのものは対象にならないが、天然に存在する状態から分離精製して得られる場合は届出の対象になり、既存物質として化審法番号で公表されている。

EU のEC 番号は201-143-3である。REACH 登録番号は01-2119457891-29-xxxx(xxxx は登録者番号)である。

 


2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

無色透明で弱い芳香臭がある液体である。引火点が–54℃(ICSC では<–20℃)と極めて引火性が高い。沸点が34℃と揮発性が高い。蒸気と空気の混合気体は爆発性である。燃焼性はガソリンに近い。蒸気は空気より重い。熱や多くの物質の影響で重合する。爆発性過酸化物を生成しやすい。GHSの自己反応性化学品でタイプGに分類されている (図表3)。これは分子内に自己反応性に関わる原子団(不飽和結合)を含むが、爆発性が観測されないものという分類である。通常安定剤(p-tert-butylcatechol等)が添加されて流通しているためである。国連危険物輸送勧告でもイソプレン(安定剤入り)として国連番号1218がありクラス3(引火性液体)である。水にはほとんど溶けず水に浮くが、多くの有機溶剤に可溶である。

 

図表2 イソプレンの主な物理化学的性質(ICSC による)

イソプレン
融点(℃) -146
沸点(℃) 34
蒸気圧(kPa) 53.2(20℃)
相対蒸気密度(空気=1) 2.4
引火点(℃) (c.c.) <-20
発火点(℃) 220
爆発限界(vol %) 1~9.7
比重(水=1.0) 0.7
水への溶解度(g/100ml) 0.0642(25℃)
オクタノール/水分配係数(log Pow) 2.30

 

2.2 有害性(図表3)

イソプレンは主に蒸気の吸入や経口で体内に入り、呼吸器や消化管から吸収される。イソプレンは人の体内でも、コレステロールの合成過程で生成されるため、もともと血中や呼気の中に極微量存在している。体内に吸収された後、そのままの形で呼気に含まれて吐き出されるか、血液や肝臓、皮下脂肪組織に一時的に分布した後代謝物に変化し、尿や便に含まれて排泄される。致死量で見る急性毒性は低い。蒸気は眼に軽度の刺激性がある。吸入した場合、気道に対し刺激性があり、眠気やめまいを起こすおそれがある。飲み込んだとき気道に入って、誤嚥性肺炎を起こすことがある。遺伝子への影響に関する試験(変異原性試験)では陽性の場合と陰性の場合がある。発がん性については、国際がん研究機関(IARC)はGroup 2B、日本産業衛生学会は第2 群B と、いずれも動物試験では発がん性の証拠があるが人に対しては明確ではないという判断である。米国国家毒性計画(National Toxicology Program: NTP)はRAHC(Reasonably Anticipated to be HumanCarcinogens: ヒトに発がん性があると考えられる)、EU のCLP(Classification Labelling & Packaging)ではCategory 1B と十分とはいえないがヒトにも発がん性がある可能性が高いとしている。NITE のGHS 分類ではIARC や日本産業衛生学会の判断に基づいて区分2としている。生殖毒性に関しては、動物試験で仔の発生に悪影響は見られなかったというデータはあるが、親動物の生殖機能については不明である。反復又は長期的な吸入により上気道に影響を及ぼす。また、脊髄の変性及びこれによる後肢の麻痺が生じることがある。

 

2.3 環境有害性

水生生物に対する急性毒性は、甲殻類(オオミジンコ)に対する有害性によりGHS 区分2 とされている。魚類では区分3 レベル、藻類では区分外に相当するデータがある。長期的にも甲殻類(オオミジンコ)で区分2 に相当するデータがある。水への溶解性は低く、急速分解性はない(BOD による分解率は28 日後で2 %)。オクタノール水分配係数(log Pow)は約2.30、生物濃縮係数(BCF)は20 倍以下で、蓄積性は低いと考えられる。

 


3. 主な用途

イソプレンはポリイソプレンゴム、ブチルゴムの原料である。他に香料や医薬品の原料として使われる。天然ゴムはポリcis-1,4-イソプレン-{-CH2-C(CH3)=C(H)CH2-}n3 であるが、合成ポリイソプレンは通常ポリtrans-1,4- イソプレン- {-CH2-C(CH3)=CH(CH2-)}n†4 やポリ1,2- イソプレン-{-CH2-C(CH3)(CH=CH2)}n†5、ポリ3,4- イソプレン-[-CH2-CH{C(CH3)=CH2}-]n†6を含み、平均分子量も低い。最近はほぼ100% シス型のポリcis-1,4- ポリイソプレンも製造されている。天然ゴムは機械的強度に優れ、自動車のタイヤ(特にトラックやレーシングカー)に多く使われている。天然ポリイソプレンにはグッタペルカ(Gutta Percha)というトランス型のポリイソプレンもあるが、熱可塑性の樹脂で、天然ゴムのような弾性はない。

図表3 イソプレンのGHS分類(NITE による)

GHS分類
物理化学的危険性
引火性液体 1
自己反応性化学品 タイプG
自然発火性液体 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 区分外(区分5)
急性毒性(経皮)
急性毒性(吸入:ガス)
急性毒性(吸入:蒸気) 区分外
皮膚腐食性/刺激性 区分外(区分3)
眼損傷性/眼刺激性 2B
皮膚感作性
生殖細胞変異原性 2
発がん性 2
生殖毒性
特定標的臓器毒性(単回曝露) 3(麻酔作用、気道刺激性)
特定標的臓器毒性(反復曝露) 1(神経系、上気道)
誤えん有害性
環境有害性
水生環境有害性 短期(急性) 2
水生環境有害性 長期(慢性) 2

-は分類できない

 


4. これまでに起きた事件/ 事故等の例

・ 石油樹脂プラントの廃水処理設備に凝集沈殿装置を追加する工事をした。廃水処理で曝気しながら配管取り付け工事を行ったところ、溶接の火花で着火し爆発した。廃水中に僅かに含まれていたC5 留分(イソプレン等)が曝気により蒸発して可燃性混合気体を形成していたと考えられる。油/ 水分離槽の水相の排水だったので、火災に対して安全だと思って火器使用工事を行ってしまった。(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0000081.html)

 


5. 主な法規制(図表4)

イソプレンは化審法優先評価化学物質に指定されている。環境を通じての有害性が懸念されるため、優先的にそのリスクを検討するために、毎年の製造量を調査している。年間1 t 以上製造(輸入)した場合、経産省にその量を届け出なければならない。化学物質管理促進法の第1 種指定化学物質である。こちらは毎年環境中への排出量を調査し、公表している。取扱量が年間1 t 以上あれば、環境中への排出量を報告(PRTR)する。そのために調達品中の含有量を知る必要があるので、1% 以上含む製品を販売又は提供する者は、その含有量をユーザーに知らせなければならない。労働安全衛生法の名称等表示及び通知すべき有害物に指定されている。0.1 % 以上含有する製品を販売(提供)する際にはSDS 等により危険・有害性情報を提供し、1 %以上含有する場合は容器包装に名称や有害性等を表示しなければならない。取扱うときはSDS 等で危険・有害性を調査して労働者の安全を確保し、健康障害防止に努めなければならない。労働安全衛生法施行令の改正で、屋内作業場の濃度基準値(3ppm:8時間曝露濃度平均値がこの濃度を超えてはならない)が定められた。日本産業衛生学会で作業環境許容濃度を3 ppm(8.4 mg/L)に設定している。ACGIHは設定していない。

引火点が低く、消防法の危険物第4 類引火性液体特殊引火物である。指定数量は50 L である。労働安全衛生法の「危険物・引火性の物」、海洋汚染防止法の「危険物」に該当する。国連危険物輸送勧告の国連番号は1218 で、国連分類はクラス3(引火性液体)である。輸送品名は「イソプレン、安定剤入りのもの」(Isoprene,stabilized)で容器等級はⅠである。航空法、船舶安全法や港則法等で規制がある。海洋汚染防止法の有害液体物質Y類物質に挙げられており、船舶から海域に排出してはいけない。また、ばら積み以外(コンテナや容器等)での輸送でも海洋への排出があった場合に通知しなければならない。大気汚染防止法では、揮発性有機化合物(VOC)であり、有害大気汚染物質の可能性がある物質としても挙げられ、大気中への排出削減が求められている。

食品衛生法の食品用器具・容器包装ポジティブリストの基ポリマーやポリマー添加剤の共重合成分として挙げられており、制限範囲内で使用できる。

図表4 イソプレンに関係する法規制

法律名 法区分 条件等
化学物質審査規制法(化審法) 優先評価化学物質 (5)
化学物質管理促進法 第1種指定化学物質 ≧1% (36*1)
労働安全衛生法 危険物・引火性 (4の1)
名称等表示/通知対象物 表示 ≧1%(42)
通知 ≧0.1%(42)
濃度基準設定物質 3 ppm
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 3ppm (8.4mg/L)
消防法 危険物第4類 引火性液体 特殊引火物
国連危険物輸送勧告 国連番号 1218
国連分類 3 (引火性液体)
品名 イソプレン、安定剤入りのもの

(Isoprene, stabilized)

容器等級
大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) 該当
有害大気汚染物質 (17)
海洋汚染防止法 危険物 (23のイ)
有害液体物質 Y類(72)
海洋汚染物質 個品運送P*2(≧10%)
食品衛生法

食品用器具・容器包装ポジティブリスト

 

基ポリマー(樹脂)

(コーティング)

(微量モノマー)

 

スチレンとのブロック共重合体等*3

イソプテンとの共重合体等*3
イソプレン
添加剤 イソプレンを主成分とする重合体等*4

( )内の数値は政令番号

*1: 2023年度から管理番号、政令番号は1-054

*2: 船舶安全法: 船舶による危険物の運送基準等を定める告示(危告示)の別表第1肩文字「P」
国連番号1218による。

*3: 使用可能な樹脂/コーティング材それぞれに対し食品及び使用条件が定められている。

*4: ポリマー添加剤として適用可能な樹脂とその使用制限が定められている。

 


6. 曝露等の可能性と対策

6.1 事故や曝露の可能性

揮発性が高く引火点が低いので、室温でも蒸気/ 空気の爆発性混合気体を生じやすい。蒸気は空気より重いので床面に沿って移動したり排水溝に入ったりして、遠く離れたところで着火するおそれがある。流動、撹拌等により静電気が発生することがある。酸化されて爆発性の過酸化物を生じやすい。加熱や多くの物質の影響下で重合し、強酸化剤、強還元剤、強酸、強塩基、酸塩化物、アルコール等と反応して、火災や爆発のおそれがある。通常重合禁止剤 (安定剤)が添加されているが、蒸気には含まれていないので貯蔵タンクの排気孔や火災防止装置等で重合して塞ぐことがある。蒸留時に原液側で過酸化物が濃縮され、留出液には重合禁止剤が含まれていないと考えられる。

曝露は主に蒸気の吸入によると考えられる。室温でも蒸気濃度は急速に有害濃度に達する。閉鎖系で取扱われる場合でも計量、投入、サンプリング等の際に蒸気に曝露するおそれがある。イソプレンを原料としたゴム製品等の取扱いで、未反応イソプレンに曝露するおそれは小さいと考えられる。天然のイソプレン重合物の天然ゴム製品でアレルギー反応を起こすことがあるが、これは天然ゴムに含まれるたんぱく質によるものである。イソプレンは閉鎖系で取扱われるので環境中に放出されることもほとんどなく、微量に放出された場合も大気中で速やかに分解すると考えられる。天然にも植物などから微量に放出されるが、これによって有害な影響はないと考えられる。

 

6.2 事故や曝露の防止

密閉された設備、装置、機器を使用する。密閉できない場合は局所排気/ 全体換気下で取扱う。容器内が蒸気で加圧になっているおそれがあり、栓を開けるときは注意が必要である。高温物、火花、火気等の着火源を近づけない。防爆型の設備を使用し、静電気対策を行う。工具も火花が発生しないものを使う。蒸留前や出荷前に過酸化物の有無、安定剤の含有を確認する。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスク、送気マスク、空気呼吸器等を使用する。不浸透性の耐薬品性保護手袋、保護衣、保護長靴を使用し、眼の保護にはゴーグル型の保護眼鏡(又は保護面)を使用する。飛沫、ミスト、蒸気の発生を抑える。屋外での取扱いは換気のよいところで風上側から作業する。漏洩防止対策を講じ、漏洩時にも排水溝や側溝、下水溝、地下室や閉鎖場所等への流入を防ぐ。輸送時には運転手に緊急措置カード(イエローカード)を携行させる。保管場所は換気をよくし、保管や取扱い場所の近くに、身体洗浄用のシャワー、洗眼設備を設ける。

 

6.3 廃棄処理

許可を受けた産業廃棄物処理業者に危険性、有害性を充分告知の上処理を委託する。焼却する場合はアフターバーナー及びスクラバー付き焼却炉を用いて焼却する。引火性が高いので、可燃性の溶剤等とともに少量ずつ火室に噴霧したり、珪藻土やおがくずなどに吸収させたりして焼却する。

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