第34回 ジクロロベンゼン
誌面掲載:2020年6月号 情報更新:2024年7月
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1. 名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)
1.1 化学物質名/ 別名
ジクロロベンゼン(Dichlorobenzene:DCB)は芳香族炭化水素の基本骨格であるベンゼン(Benzene:C6H6)の2個の水素(H)が塩素(Chlorine:Cl)に置き換わったもので、化学式はC6H4Cl2 である。クロロ(Chloro-)は塩素が結合していることを示し、ジ(di)は2 個置き換わったことを示す接頭辞である。ベンゼンは6 員環構造で塩素の相対的な位置の違いで3 種類の異性体がある。塩素が隣接している場合、オルソ(又はオルト、ortho)、一つ挟んだ場合メタ(meta)、二つ離れてちょうど反対側の場合をパラ(para)という接頭辞を付けて区別する。頭文字をとってo-, m-, p- で表すこともある。p- ジクロロベンゼン(PDCB)はIUPAC名では塩素の位置を番号で示して、1,4- ジクロロベンゼン(1,4-Dichlorobenzene)という。o- 及びm- ジクロロベンゼン(ODCB, MDCB)はそれぞれ1,2- 及び1,3- ジクロロベンゼンである。
1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
化審法官報公示整理番号3-41 は「ジクロロベンゼン」という名称で登録されており、o-, m-, p- の異性体の区別をしていない。全て同じ番号が使われる。安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。CAS No. やEUのEC No. は異性体により区別され、PDCBのCAS No. は106-46-7 で、EC No. は203-400-5 で、REACH の登録番号は01-2119472312-46-xxxx(xxxx は登録者番号)である。ODCB, MDCBもそれぞれ別の番号がある。CAS No. やEC No. には異性体を区別しない「DCB」としてもCAS No.25321-22-6 及びEC No. 246-837-7 がある。
図表1 ジクロロベンゼンの特定
名称 | p-ジクロロベンゼン
p-Dichlorobenzene |
o-ジクロロベンゼン
o-Dichlorobenzene |
m-ジクロロベンゼン
m-Dichlorobenzene |
別名 | 1,4-ジクロロベンゼン1,4-Dichlorobenzene
パラジクロロベンゼン para-Dichlorobenzene p-フェニレンジクロリド p-Phenylene dichloride |
1,2-ジクロロベンゼン1,2-Dichlorobenzene
オルトジクロロベンゼン ortho-Dichlorobenzene o-フェニレンジクロリド o-Phenylene dichloride |
1,3-ジクロロベンゼン1,3-Dichlorobenzene
メタジクロロベンゼン meta-Dichlorobenzene m-フェニレンジクロリド m-Phenylene dichloride |
略称 | PDCB, p-DCB | ODCB, o-DCB | MDCB, m-DCB |
化学式 | C6H4Cl2 | C6H4Cl2 | C6H4Cl2 |
CAS No. | 106-46-7 | 95-50-1 | 541-73-1 |
化学物質審査規制法(化審法)
労働安全衛生法(安衛法) |
3-41 | 3-41 | 3-41 |
EC No. | 203-400-5 | 202-425-9 | 208-792-1 |
REACH | 01-2119472312-46-xxxx | 01-2119451167-40-xxxx | 01-2119433950-41-xxxx |
国連番号 | 3077(固体)/3082(液体) | 1591 | 2810 |
2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質(図表2, 3)
DCB の異性体の物理的化学的性質は似ているが異なるところもある。ODCB やMDCBは無色~淡黄色、透明で特有の芳香のある揮発性液体であるが、PDCBは室温では無色~白色の固体である。昇華性(固体⇔気体の変化)があって、室温でも強い臭気がある。粉末や顆粒状で空気と混合すると、粉塵爆発のおそれがある。融点が53 ℃なのでこれ以上の温度では液体になり、沸点は174 ℃とOCDB, MCDBの沸点173 ~183 ℃とほぼ同じである。引火点も同様で63 ~ 66 ℃である。室温での引火はないが、引火点を超えると蒸気は空気と爆発性の混合気体を生じる。DCB は分子中に塩素を含んでいて少し重い。PDCB の密度は1.2 g/cm3 と水より重い。ODCB やMCDB もほぼ同じで水の約1.3 倍の重さである。蒸気の重さはほとんど同じで空気の5 倍を超える。また燃焼時や高温では塩化水素(HCl)、塩素(Cl2)、ホスゲン(Phosgene:COCl2)等の有毒で腐食性のフューム・ガスが生成する。アルミニウムや強酸化剤と反応し、火災や爆発の危険がある。親油性でアルコールや有機溶剤にはよく溶けるが水にはほとんど溶けない。溶解度は20 ℃で0.005 ~0.015 %程度である。n-オクタノール/水分配係数は3.3~ 3.6 と少し大きい。ICSC では「魚類で生物濃縮が起こることがある」としている。しかし、経産省の化学物質安全性点検での魚を用いた生物濃縮性試験では濃縮倍率(BCF)はいずれも200 倍以下であった。GHSではBCF ≧ 500 で、もしBCF データがない場合はlogPow ≧ 4 で、また化審法ではlog Pow ≧ 3.5 で濃縮性が疑われ、濃縮度試験を行いBCF ≧ 5,000 で「高濃縮性」と判断する。DCBはGHSや化審法では「高濃縮性」とは判断されない。
2.2 有害性(図表3、図表4)
主に蒸気の吸入や経口により体内に取り込まれ、その後大部分は代謝物に変化して尿に含まれて排泄される。致死量で見る急性毒性は特に高いということはない。PDCB は曝露経路によらず区分外であるがODCBはこれより少し毒性が高く、経口摂取及び蒸気の吸入で区分4 である。MDCB はさらに少し毒性が高く、経口では区分4 であるが、蒸気の吸入では区分3 とされている。区分3 は毒物劇物取締法で劇物と判定されるレベルである。毒物劇物取締法の毒物・劇物は急性毒性の強さだけで指定されるわけではないので、MDCBは劇物には指定されてはいない。皮膚、眼、気道に刺激性がある。
感作性について、PDCB は皮膚感作性があるという報告があるが、ODCB, MDCBについては情報がない。PDCB は摂取したとき血管に影響し、溶血性貧血を生じることがある。 中枢神経系に影響を与えることがある。長期的にも神経系や肝臓、血液及び肺や腎臓に影響を及ぼし、肝機能障害、神経障害、貧血を生じることがある。ODCBは中枢神経系に影響し、意識低下を引き起こすことがある。肝臓や腎臓への影響もある。長期的な曝露で、肝臓や血液に影響が出る。MDCBは情報が少ないが中枢神経抑制作用がある。急性的にも長期的にも肝臓に悪影響があると考えられる。遺伝子への影響については、各異性体とも陰性の結果が多いが陽性の結果もあり、GHSの分類はできていない。発がん性についてPDCB はIARC(国際がん研究機関)がGroup 2B、日本産業衛生学会は第2 群B といずれもヒトに発がん性の可能性があるとしている。GHS の区分では2 である。EU CLP(Classification, Labelling and Packaging 規制: REGULATION (EC) No 1272/2008)はGHSの分類基準と同じである。PDCBは旧法(Directives 67/548/EEC)ではCarc. Category 3 に挙げられていたもので、CLP に引き継がれている。 ODCB やMDCB については、IARC はGroup 3、米国EPA(Environmental Protection Agency: 環境保護庁)が、IRIS(Integrated Risk Information System) でD(Not classifiable as to human carcinogenicity)といずれもヒトに対する発がん性に分類できないとし、日本産業衛生学会では分類されていない。生殖毒性に関しては、PDCB は親動物に毒性影響のある用量で仔動物の出生数の減少・成長遅延などの影響が見られる。日本産業衛生学会は証拠不十分として第3 群(人に対し生殖毒性の疑いがある)に分類している。ODCB, MDCBはNITE はどちらも生殖毒性に関する情報が不充分なため、「分類できない」としている。
2.3 環境有害性(図表2, 3)
DCBは水生生物に対して有害である。生分解性がなく、長期的な有害性もある。生物濃縮性に関してはn-オクタノール/ 水分配係数log Pow が3.37 ~ 3.53 と少し高いが、特に高濃縮性というほどではない。
図表2 ジクロロベンゼンの主な物理化学的性質(ICSC による)
物理化学的性質 | PDCB | ODCB | MDCB |
融点(℃) | 53 | -17 | -24.8 |
沸点(℃) | 174 | 180-183 | 173 |
引火点(℃) | 66 | 66 | 63 |
発火点(℃) | 640 | 648 | – |
爆発限界(vol %) | 1.7~5.9 | 2.2~9.2 | – |
蒸気密度(空気=1) | 5.08 | 5.1 | 5.1 |
密度(g/cm3)/比重(水=1) | 1.2g/cm3 | 1.3 | 1.288 |
水への溶解度(mg/l)(20℃) | 49(ほとんど溶けない)
70.9*1 |
非常に溶けにくい
100, 130*2 |
溶けない
131*2 |
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) | 3.37 | 3.38 | 3.53 |
*1: 優先評価化学物質リスク評価書, *2: 環境省環境リスク初期評価
図表3 ジクロロベンゼンのGHS分類(NITE による)
GHS分類 | PDCB | ODCB | MDCB |
物理化学的危険性 | |||
引火性液体 | 対象外 | 4 | 4 |
可燃性固体 | – | 対象外 | 対象外 |
金属腐食性 | – | – | – |
健康有害性 | |||
急性毒性(経口) | 区分外 | 4 | 4 |
急性毒性(経皮) | 区分外 | – | 区分外 |
急性毒性(吸入) | 区分外(粉塵) | 4(蒸気) | 3(蒸気) |
皮膚腐食/刺激性 | 区分外 | 2 | 2 |
眼損傷/刺激性 | 2 | 2B | 2A |
皮膚感作性 | 1 | – | – |
生殖細胞変異原性 | – | – | – |
発がん性 | 2 | – | – |
生殖毒性 | 2 | – | – |
特定標的臓器(単回) | 1(中枢神経系、血液系、肝臓)、3(気道刺激性) | 1(肝臓、腎臓)
3(気道刺激性、麻酔作用) |
1(肝臓)
3(気道刺激性、麻酔作用) |
特定標的臓器(反復) | 1(神経系、肝臓、血液系)
2(呼吸器、腎臓) |
1(神経系、呼吸器、肝臓、血液系) | 2(肝臓) |
誤えん有害性 | – | – | – |
環境有害性 | |||
水生環境有害性(短期/急性) | 1 | 1 | 2 |
水生環境有害性(長期/慢性) | 1 | 1 | 1 |
オゾン層への有害性 | – | – | – |
図表4 ジクロロベンゼンの発がん性評価
PDCB | ODCB | MDCB | |
IARC | 2B | 3 | 3 |
日本産業衛生学会 | 2B | – | – |
ACGIH | A3 | A4 | – |
NTP | RAHC | – | – |
EU(CLP) | Carc. 3 (Category 2) | – | – |
EPA | – | D | D |
IARC: Group 2B: Possibly carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)
Group 3: Not classifiable as to its carcinogenicity to humans
(ヒトに対する発がん性について分類できない)
日本産業衛生学会 2B: 証拠十分とは言えないが、ヒトに対しておそらく発がん性があると判断できる
ACGIH A3: Confirmed animal carcinogen with unknown relevance to humans
(ヒトとの関連が不明な動物発がん性が確認されている)
A4: Not classifiable as a human carcinogen
(ヒト発がん性物質として分類できない)
NTP RAHC: Reasonably Anticipated to be Human Carcinogens
(ヒト発がん性物質であると合理的に予測される)
EU (67/548/EEC) Carc. 3: Possible human carcinogenic, but insufficient information
(ヒト発がん性が疑われるが証拠が十分ではない)
(CLP = GHS) Category 2: Suspected human carcinogens (ヒトに対する発がん性が疑われる)
EPA D: Not classified as human carcinogenicity (ヒト発がん性物質に分類できない)
3. 主な用途
PDCB は防虫・防臭剤(衣料用防虫剤、トイレの防臭剤)やポリフェニレンスルフィド(Polyphenylene sulfide: PPS)の原料のほか、農薬・樹脂添加剤(紫外線吸収剤)の中間体合成原料に使われている。PPS は化学式では{-(C6H4S)n-}、CAS No. 9016-75-5 又は25212-74-2 で、耐熱性、化学的安定性がよく、電気・電子部品(ソケット等)、自動車部品(排ガス処理装置等)、機械部品(バルブ等)に使われている。ODCB は農薬合成原料、溶剤、防虫剤、染料・顔料・医薬合成原料、洗浄剤、反応溶媒、媒体、MDCBは有機溶媒、医薬・染料中間体として使われる。
4. 事故などの例
・ 樹脂製造工場でPDCB の保管タンクが爆発した。作業者1 人死亡1 人重傷。2 人はタンクの上で溶接作業をしていた。火花が内部のガスに引火した可能性がある。
(https://www.dic-global.com/ja/news/2018/other/20180906000000.html)
・ 日本産業衛生学会の許容濃度提案理由の中で、PDCBの職業曝露等による中毒例が挙げられている。PDCBの防虫剤製造で眼と咽喉の刺激、貧血血液の異常、神経症状等が認められた。
(https://www.chem-info.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/pdf/CI_04_002/OEL_106467.pdf)
・ PDCB は防虫剤として一般にも使用されるため、家庭での事故例がある。日本中毒情報センターの「中毒事故の問い合わせが多い家庭内の化学製品」の中に防虫剤としてPDCBが挙げられている。
(https://www.j-poison-ic.jp/general-public/response-to-a-poisoning-accident/chemical-products/)
NITEのGHS 分類結果で、3 歳の男児の経口摂取による黄疸、貧血などの事例が挙げられている。
(https://www.nite.go.jp/chem/ghs/15-mhlw-0082.html)
(https://www.chem-info.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/pdf/CI_02_001/risk/pdf_hyoukasyo/140riskdoc.pdf)
厚生労働省の「家庭用品等に係る健康被害病院モニター報告」で防虫剤の使用・誤用などによる健康被害の発生の事例が報告されている。防虫剤のPDCBを自宅室内に設置していたら口腔内の違和感、悪心、呂律が回らないなどの症状が出た(平成24 年度報告)。寝室にあるタンス及び衣装箱(15 箱)に防虫剤(PDCB)を入れた。当初から強い臭いを感じていたが、そのうち、息苦しさ、咳、舌のしびれなどの症状が出た(平成25 年度報告)。防虫剤(PDCB)を入れて保管していた毛布を出してそのまま使ってのどの痛み、悪心、頭痛が発生した(平成26 年度報告)など。
(http: / /www.nihs.go. jp/mhlw/chemical /katei /monitor (new).html)
・ 即席カップ麺(カップヌードル)を食べたところ、薬品臭がしたり、嘔吐などの症状が出たりする事件が相次いだことがある。残品を検査したところPDCBが検出された。製造工程での混入ではなく、防虫剤を入れたタンスなどの近くに保管していたために防虫剤が移ったもの(移り香)と考えられる。
(https://www.nissin.com/jp/news/1473)
5. 主な法規制(図表5)
PDCB, ODCBは化学物質審査規制法(化審法)で、優先評価化学物質に指定されている。これは環境中で検出されるが、ヒトや生物に影響を及ぼすおそれが確認できていないので、長期的な影響の評価を優先的に行う物質ということである。製造・輸入者は毎年前年度の製造・輸入量を経済産業大臣に届け出なければならない。化学物質管理促進法ではDCB は全て第1 種指定化学物質で、環境中への排出量等を報告(PRTR)しなければならない。またそのために1 % 以上含む製品を提供(販売、譲渡)するときはその危険有害性や取扱いに関する情報を記した文書(SDS)を提供しなければならない。
労働安全衛生法でPDCB, ODCB は名称等通知及び表示対象物に指定されている。ODCBは1 % 以上含まれる製品を提供する際にSDS の情報提供及び容器等へのラベル表示が必要である。PDCB は発がん性の懸念があるため0.1 % でSDS の提供、0.3 % 以上でラベル表示が必要になる。2025年4月1日以後はMDCBも、1%以上で表示/通知義務対象物質となる。PDCBは発がん性の懸念があるため0.1%でSDSの提供、0.3%以上(2025年4月1日以後は1%)でラベル表示が必要になる。そして健康障害防止指針で、曝露防止措置を講ずることや作業環境の測定、教育の実施などが示されている。発がん性についてGHSでは区分2で、作業記録や曝露状況(及びこれに基づく健康診断記録)の30年間保存義務のある発がん性物質には挙げられていない。皮膚感作性区分1に区分されていることから皮膚障害化学物質に指定されている。作業環境評価基準は設定されていないが、屋内作業場での濃度基準値が10ppmに設定されているので、8時間の加重平均濃度をこれ以下にしなければならない。ODCBは溶剤として使われ、有機溶剤中毒予防規則の第2種有機溶剤に挙げられている。皮膚から吸収されて障害を及ぼすとして皮膚障害化学物質に指定されている。蒸気の曝露防止に設備の密閉化や局所排気装置等の設置、作業環境の管理などが求められている。そして作業環境評価基準の管理濃度が25 ppm とされている。日本産業衛生学会はODCBの作業環境許容濃度を25 ppm、PDCB は10 ppm に設定している。ACGIH も同様の設定をしている。労働基準法でベンゼンの塩素化物が疾病化学物質とされているので、DCBは異性体全てがこれに該当する。業務上角膜炎や結膜炎等の眼の障害、気管支炎、喘息等の気道障害、肝炎等の肝障害を生じた場合、使用者は療養、休業等に対する補償を行わなければならない。
引火性物質は消防法など主にその引火点によって区分されて規制されている。DCB は図表2 に示したとおりいずれも引火点の近い物質であるが、異性体によって法区分が一部異なる。PDCBは引火点があるが、20 ℃では固体なので消防法では危険物第4 類の引火性液体には該当せず、指定可燃物の可燃性固体に該当する。指定可燃物は危険物には該当しないが、火災の際に拡大しやすく、消火活動を困難にするということで指定されている。ODCB, MDCBは消防法危険物第4 類引火性液体である。引火点が、21 ℃以上70 ℃未満の第二石油類に該当する。どちらも非水溶性の液体で指定数量1,000 L である。GHSではODCB, MDCBとも引火点が60 ℃を超えて93 ℃以下の範囲内なので、引火性液体区分4 に分類されるが、国連危険物輸送勧告の引火性液体は引火点が60 ℃以下の物(GHS区分1 ~ 3 に相当) なのでこれには該当しない。労働安全衛生法の危険物・引火性の物は引火点が65 ℃未満の物なので、MDCBは該当するがODCBやPDCB は該当しない。
毒物劇物取締法の毒物や劇物には指定されていない。ODCBは国連危険物輸送勧告でオルトジクロロベンゼン(o-DICHLOROBENZENE)という品名で国連番号1591 があり、国連分類ではクラス6.1(毒物)である。MDCBは個別の物質名での国連番号はないが、急性毒性(吸入: 蒸気)が国連分類クラス6.1(毒物)に該当すると考えられる。この場合の品名は「その他の毒物、液体、有機物、他に品名が明示されていないもの」(TOXIC LIQUID, ORGANIC, N.O.S.)で、国連番号は2810 である。容器等級はともにⅢである。PDCBは国連分類のクラス6.1 には該当しない。他のクラス1 ~ 8 にも該当しないが環境有害性はクラス9 に該当する。固体と液体で異なる番号がある。固体の場合は国連番号3077 で品名は「環境有害物質、固体、他に品名が明示されていないもの」(ENVIRONMENTALLYHAZARDOUS SUBSTANCE, SOLID, N.O.S.)、液体の場合は国連番号3082 で、品名は「環境有害物質、液体、他に品名が明示されていないもの」(ENVIRONMENTALLY HAZARDOUS SUBSTANCE,LIQIUD, N.O.S.)ということになる。容器等級はⅢ。国連分類のクラス9 はほかに分類されない場合のみ分類されるので、ODCB, MDCBはクラス9 には分類されない。しかし、全てクラス9 の環境有害物質に該当するので、海洋汚染物質の標識は必要である。DCBはGHSでも容器・包装に環境有害性の絵表示が必要である。輸送時の最外の包装の表示は国連分類による標識が優先され、GHSの環境有害性絵表示は省略できる。
環境に対して特に環境基準は設定されていない。大気汚染防止法では揮発性有機化合物(VOC)としてオキシダント生成の原因になるということで大気中への排出削減が要請されている。大気中に排出されたとき人の健康を損なうおそれがあるとして環境省が挙げた248 物質にPDCB, ODCBは含まれている。MDCBはこのリストにはないが、大気中に排出されれば同様と考えられる。PDCB は一般家庭で防虫剤等として使用されており、シックハウス症候群の原因物質の一つとも考えられるため、厚生労働省から、室内の濃度指針値240 μg/m(30.04 ppm)が示されている。指針値はヒトが1 日24 時間、一生曝露し続けても影響が出ないであろうという値で、1 日8 時間の成人労働者の曝露を想定した作業環境許容濃度よりずっと低い値に設定されている。水質に関して、PDCB は「要監視項目」の人の健康の保護にかかる項目に挙げられており、公共用水域(河川や海等)や地下水に対して0.2 mg/L 以下という指針値が定められている。また、水生生物への影響が懸念されることから異性体の区別なく「ジクロロベンゼン類」という名称で「要調査項目」に挙げられている。PDCB は公共用水域に大量に排出されると被害を生ずるおそれがあるということから、水質汚濁防止法で、指定化学物質に指定されている。海洋汚染防止法では有害液体物質(固体物質も対象になっている)で異性体の区別なくジクロロベンゼンとしてX類に挙げられている。成分係数は25,000 で、ほかに有害な物質がなくても1 %以上の含有でX類物質の扱いとなる。海洋汚染防止法は主にばら積み輸送(船倉に直接積載する)に対する規制であるが、PDCB は海洋生物への影響が大きいと考えられ、コンテナ輸送に対しても漏洩時には届け出などの義務がある。個品運送「P」は船舶安全法の「船舶による危険物の運送基準等を定める告示(略称: 危告示)」の「品名リストに肩文字P がついている物質」を指す。
ODCBは食品衛生法で牛、豚以外の食肉等の食用部分に対して残留農薬基準値0.01 ppmがある。この基準値0.01 ppmは食品中の残留農薬のポジティブリストが定められたとき(2006年)、特に残留基準値が定められていない農薬等に対する暫定基準であったが、2022年にこの値で濃度基準値が定められた。食品衛生法の器具・容器包装ポジティブリストにPDCBから製造されるポリフェニレンスルフィド(PPS)という合成樹脂及び微量モノマーとしてPDCBが記載されている。その樹脂の適用範囲、使用条件等が定められている。
図表5 ジクロロベンゼンに関係する法規制
法律名 | 法区分 | 条件等 | PDCB | ODCB | MDCB | |
化学物質審査規制法 | 優先評価化学物質 | (53) | (52) | – | ||
化学物質管理促進法 | 第1種指定化学物質 | ≧1% | (181)*1 | (181)*1 | (181)*1 | |
労働安全衛生法 | 健康障害防指針 | >1% | ○ | – | – | |
危険物引火性の物 | – | – | ○ | |||
名称等表示/通知物質 | (441) | (122) | – | |||
表示 ≧0.3%*2 | 表示 ≧1% | 表示 ≧1%*3 | ||||
通知 ≧0.1% | 通知 ≧1% | 通知 ≧1%*3 | ||||
濃度基準設定物質 | 10ppm | – | – | |||
皮膚障害化学物質 | ≧1% (皮膚感作性) |
1% (皮膚吸収性) |
– | |||
有機溶剤中毒予防規則 | 第2種有機溶剤 | >5% | – | (10) | – | |
作業環境評価基準 | 管理濃度 | – | 25ppm | – | ||
労働基準法 | 疾病化学物質 | *4 | *4 | *4 | ||
作業環境許容濃度 | 日本産業衛生学会 | 10ppm
(60mg/m3) |
25ppm
(150mg/m3) |
– | ||
ACGIH TLV | TWA 10ppm | TWA 25ppm
STEL 50ppm |
– | |||
消防法 | 危険物 | – | 第4類引火性液体、第二石油類非水溶性液体
指定数量1000L |
第4類引火性液体、第二石油類非水溶性液体
指定数量1000L |
||
指定可燃物 | 可燃性固体類
指定数量 3000kg |
– | – | |||
国連危険物輸送勧告 | 国連分類 | 9 | 6.1 | 6.1 | ||
国連番号 | 3077/3082*5 | 1591 | 2810 | |||
品名 | *5 | オルトジクロロベンゼン | *6 | |||
容器等級 | Ⅲ | Ⅲ | Ⅲ | |||
海洋汚染物質 | ○ | ○ | ○ | |||
大気汚染防止法 | 揮発性有機化合物(VOC) | 排気 | ○ | ○ | ○ | |
有害大気汚染物質 | 排気 | 〇 | 〇 | |||
(シックハウス)
厚生労働省 |
室内濃度指針値 | 240μg/m³
(0.04ppm) |
– | – | ||
環境基本法 水質 | 要監視項目(人健康) 公共用水域、
地下水 |
≦0.2mg/L ≦0.2mg/L |
– – |
– – |
||
要調査項目(水生生物) | ○ | ○ | ○ | |||
水質汚濁防止法 | 指定物質 | 〇 | – | – | ||
海洋汚染防止法 | 有害液体物質 | X類 | X類 | X類 | ||
個品運送 | P | – | – | |||
食品衛生法 | 残留農薬基準値 | – | 0.01ppm*7 | – | ||
食品用器具・容器包装ポジティブリスト | 基ポリマー(樹脂)
(微量モノマー) |
59.PPS*8
1,4-DCB |
– | – |
*1: 管理番号、政令番号は1-208
*2: 2025年3月31日まで、4月1日以後は1%
*3: 2025年4月1日施行
*4: ベンゼンの塩化物:前眼部障害、気道障害または肝障害
*5: 個別の品名での国連番号はないが、環境有害性物質(GHS区分1)として国連番号3077又は3082がある。品名は
3077:「環境有害物質、固体、他に品名が明示されていないもの」
(ENVIRONMENTALLY HAZARDOUS SUBSTANCE, SOLID, N.O.S.)
3082:「環境有害物質、液体、他に品名が明示されていないもの」
(ENVIRONMENTALLY HAZARDOUS SUBSTANCE, LIQIUD, N.O.S.)
*6: 個別の品名での国連番号はないが、包括品名で国連番号2810がある。
品名は「その他の毒物、液体、有機物、他に品名が明示されていないもの」
(TOXIC LIQUID, ORGANIC, N.O.S.)
*7: 牛、豚以外の陸棲哺乳類動物(羊、馬、鹿、山羊等)の筋肉、脂肪、肝臓、腎臓、その他の食用部分
*8: Polyphenylene sulfide(ポリフェニレンスルフィド)の原料
2025年6月1日以後はポジティブリストが整理され、PPSは「基材」の「スルフィド結合を主とする重合体」に該当する。PDCBはPPSの主な出発原料の一つであるが、「必須モノマー」ではなく「任意の物質」に挙げられている。
6. 曝露などの可能性と対策
6.1 曝露可能性等
DCB は可燃性である。PDCB は粉末や顆粒状で空気と混合すると、粉塵爆発のおそれがある。DCB は60 ℃を超えると蒸気/ 空気の爆発性の混合気体を生ずることがある。燃焼や高温で分解すると塩化水素やホスゲンなどの腐食性・有害性のガス・フュームが発生する。人体内への吸収は主に蒸気の吸入及び経口摂取による。PDCB は固体だが昇華性があるので、粒子及び蒸気の両方の状態での吸入のおそれがある。室温では蒸気は徐々に有害濃度に達する。蒸気は空気より重く、低いところに滞留しやすい。漏出した場合、排水管や下水に通じて離れた場所で火災や中毒のおそれがある。PDCB は家庭でも防虫剤などで使われ、過剰使用や換気が悪い室内での使用などによる健康障害や食品(及びプラスチック製容器)への移行、乳幼児の誤飲による事故のおそれがある。
6.2 曝露防止等
設備の密閉化、遠隔操作で取り扱うのがよい。できなければプッシュプル型の換気、蒸気発生源付近の局所排気を行う。蒸気は空気より重いことを考慮して換気・排気装置を設置する必要がある。PDCB は粉塵の発生を抑え、堆積を防ぐ。防爆型の電気設備を使用する。個人の曝露防止には、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスク(PDCB の場合は粒子用フィルター付き)や送気マスク、空気呼吸器等を使用する。吸収缶を用いた防毒マスクは少量曝露、短時間の使用に限られる。吸収缶には限界(破過時間)があるので、日常の管理も重要である。有機物に対する浸透性が高いので保護衣、保護手袋は不浸透性を確認して使用する。家庭等での防虫剤などの使用では取扱注意をよく読んで、適正に取り扱う。排水管や下水に通じていないところで保管する。食品の近くで使用・保管しない。乳幼児の届くところに置かない。
6.3 廃棄処理
都道府県知事などの許可を得た産業廃棄物処理業者にマニュフェストを付けて処理を委託する。水にほとんど溶解せず水生生物に有害で、生分解性もないので活性汚泥処理では分解できない。焼却する場合、燃えにくいので、可燃性溶剤とともに火室に噴霧する。アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で、ダイオキシン等の生成を抑えるため、できるだけ高温(850 ℃以上)で焼却する。分子中に塩素を含むので、燃焼ガスには塩化水素などが含まれる。燃焼ガスから塩化水素等の回収・中和処理が必要である。
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