第26回 モルホリン
誌面掲載:2019年10月号 情報更新:2024年2月
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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)( 図表 1)
1.1 化学物質名/ 別名
モルホリン(Morpholine)は慣用名で、IUPACでも認められている。IUPACの系統的な名称として、テトラヒドロ-1,4- オキサジン(Tetrahydro-1,4-oxazine)がある。オキサジンというのは炭素原子4 個と窒素、酸素それぞれ1 個でできた環状(6 員環)の物質(C4H5NO)の名称である[オキサ(oxa)で酸素、アザ(aza)で窒素にイン(ine)の接尾語が付いて不飽和化合物を示す]。オキサジンには酸素と窒素の相対的な位置の違いで異性体が存在するが、1,4- オキサジンは窒素と酸素が最も離れた位置にあるものを指す。テトラヒドロは水素原子が4 個結合していることを示している。これにより不飽和ではなくなって、シクロヘキサンの1,4 位の炭素を酸素と窒素に置き換えた形になっている。化学式はC4H9NOということになる。化学構造式はO(CH2CH2)2 NH と書くことができ、骨格は6 角形の環状であるが、平面構造ではない。炭素以外の元素を含む環は複素環という。別名としてジエチレンオキシミド(Diethylene oximide)、酸化ジエチレンイミド(Diethylenimide oxide)などがある。いずれも2 個のエチレン(-CH2CH2-)が酸素と窒素で繋がっていることを示した名称である。
窒素の代わりに酸素が入って酸素2 個の物質は1,4-ジオキサン(1,4-Dioxane: C4H8O2)、逆に窒素2 個の場合はピペラジン(Piperazine: C4H10N2)、炭素数が3 個の5 員環の物質はオキサゾリジン(Oxazolidine:C3H7NO)である。
1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
CAS No. は 110-91-8 である。化審法官報公示整理番号は5-859 で安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。分類番号5 は有機複素環低分子化合物であることを示している。
EU のEC 番号は203-815-1 である。REACH 登録番号は01-2119496057-30-xxxx(xxxxは登録者番号)である。
1.3 国連番号(UN No.)
国連番号は2054 である。正式輸送品名はモルホリンである。国連分類はクラス8(腐食性物質)で副次危険性クラス3(引火性液体)が付いている。容器等級はⅠ。
図表1 モルホリンの特定
名称 | モルホリン(Morpholine) |
別名(IUPAC) | テトラヒドロ-1,4-オキサジン(Tetrahydro-1,4-oxazine) |
その他の名称 | ジエチレンオキシミド
(Diethylene oximide) 酸化ジエチレンイミド (Diethylenimide oxide) |
化学式 | C4H9NO
O(CH2CH2)2NH |
CAS No. | 110-91-8 |
化学物質審査規制法(化審法) | 5-859 |
EC No. | 203-815-1 |
REACH | 01-2119496057-30-xxxx |
国連番号 | 2054 |
国連分類 | 8(腐食性)、副次危険性3 (引火性液体) |
容器等級 | Ⅰ |
2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質(図表2)
無色透明、アミン臭のある吸湿性の揮発性液体(VOC)である。35 ℃以上では蒸気に引火・爆発のおそれがある。蒸気は空気より重い(空気の約3 倍)。酸化剤と反応して火災の危険がある。水や多くの有機溶剤とどんな割合でも均一溶液になる(混和する)。水溶液は塩基性でpH は10.6(5 g/L 水溶液、20 ℃)である。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)は–0.86 で、生物濃縮性はないと考えられる。
図表2 モルホリンの主な物理化学的性質(ICSC による)
モルホリン | |
融点(℃) | -5 |
沸点(℃) | 129 |
引火点(℃) (c.c.) | 35 |
発火点(℃) | 310 |
爆発限界(vol %) | 1.4~11.2 |
比重(水=1.0) | 1.0 |
水への溶解度 | 混和する |
オクタノール/水分配係数(log Pow) | -0.86 |
2.2 有害性(図表3)
経口摂取や吸入、皮膚からの吸収などで体内に入った場合、多くはそのまま尿中に排泄される。しかし、致死量で見る急性毒性は経口でGHS区分4、吸入や経皮では区分3 と有害である。皮膚や眼、気道に対し腐食性を示す。蒸気を吸入すると灼熱感、咳、息苦しさ、息切れなどの症状があり、数時間遅れて肺水腫を起こすことがある。肺水腫は安静にしていないと悪化するので、安静と経過観察が必要である。室温でも蒸気は比較的早く有害濃度に達することがある。長期的には鼻腔の壊死を起こすことがある。皮膚に付着すると発赤、痛み、皮膚熱傷、水疱を起こすことがある。眼に入った場合、発赤、痛み、かすみ目、重度の熱傷を起こす。経口で摂取した場合、腹痛、灼熱感、咳、下痢、吐気、ショックあるいは虚脱、嘔吐を生じる。作業環境の許容濃度(OEL)はアメリカの合衆国産業衛生専門官会議(ACGIH)でTLV-TWA を20 ppm に設定している。データは十分とはいえないが、感作性があるというデータはない。発がん性に関して国際がん研究機関(IARC)はグループ3、ACGIH はA4 といずれもヒトに発がん性があるとは分類できないとしている。遺伝に関係する変異原性や生殖毒性についてもデータが不十分で判断できない。
図表3 モルホリンのGHS分類(NITE による)
GHS分類 | |
物理化学的危険性 | |
引火性液体 | 3 |
自然発火性液体 | 区分外 |
金属腐食性 | – |
健康有害性 | |
急性毒性(経口) | 4 |
急性毒性(経皮) | 3 |
急性毒性(吸入:蒸気) | 3 |
皮膚腐食/刺激性 | 1 |
眼損傷/刺激性 | 1 |
皮膚感作性 | – |
生殖細胞変異原性 | – |
発がん性 | – |
生殖毒性 | – |
特定標的臓器(単回) | 1(呼吸器) |
特定標的臓器(反復) | 1(呼吸器) |
誤えん有害性 | – |
環境有害性 | |
水生環境有害性(短期/急性) | 3 |
水生環境有害性(長期/慢性) | 区分外 |
2.3 環境有害性
水溶性が高いので環境中では水系に入る可能性が高い。生物濃縮性もない。活性汚泥による生分解性はほとんどない(14 日間のBOD による分解率は0 %)が、環境中では光や酸素などで徐々に分解されると考えられる。短期的には水生生物に有害であるが長期的な影響は大きくはならないと考えられる。
3. 主な用途
ゴム、染料、ワックス、樹脂等の溶剤、ポリッシュ、化粧クリーム、シャンプー、紙コーティング、塗料、殺虫剤、除草剤等の乳化剤の原料、切削油や潤滑油等の原料、防錆剤、ウレタンフォームの触媒、ガス吸収剤、pH 調整剤等、幅広い用途に使われている。
4. これまでに起きた事件/ 事故等の例
環境省化学物質の環境リスク評価結果のヒトへの影響の記述の中に、「ピペット操作で蒸気を吸入して激しい咽頭痛が起こり、粘膜が赤くなった」「指先に塗ると上爪皮及び爪下皮のひび割れ、刺すような激しい痛みを引き起こした」「低濃度で曝露した労働者で視野がぼやけ、光源の周りに虹輪が数時間見えるといった障害が現れ、作業終了後も数時間継続した」等の記述が見られる。
(https://www.env.go.jp/chemi/report/h16-01/pdf/chap02/02_2_55.pdf)
5. 主な法規制(図表4)
化審法で優先評価化学物質に指定されている。環境を通じての長期的な影響を国が優先的に評価している物質なので、年間1 t 以上製造(輸入)すると翌年経産省にその量を届け出なければならない。化学物質管理促進法第1種指定化学物質であったが、2021年の改訂で除外されている。労働安全衛生法で名称等表示及び通知すべき有害物に指定されている。1%以上含有する製品を販売(提供)する際SDSの提供及び容器包装へのラベル表示が必要である。
毒物劇物取締法の劇物に指定(施行2019 年1 月1 日)された。6 % を超えて含有する製剤も含む。動物試験の急性毒性(経皮、吸入)や皮膚腐食性、眼損傷性によって指定された。製造、輸入、販売のためには登録が必要である。取扱いには毒物劇物取扱責任者の設置、盗難・紛失・漏洩防止措置を講じ、容器包装や保管場所に「医薬用外劇物」の表示、事故時には保健所、消防署は警察署への届出及び応急措置を講じる義務がある。販売・譲渡には譲渡手続きが必要で、SDS を提供しなければならない。
消防法の危険物第4 類引火性液体、第二石油類水溶性液体に該当する。指定数量は2,000 L である。労働安全衛生法でも「危険物・引火性の物」に該当する。国連危険物輸送勧告の国連分類ではクラス8(腐食性物質)が主でクラス(引火性液体)は副次危険性として挙げられている。いずれにせよ航空法、船舶安全法や港則法などで規制がある。海洋汚染防止法の有害液体物質Y類物質に挙げられており、船舶から海域に排出してはいけない。大気汚染防止法では、大気中に排出されたときオキシダントの原因になるという揮発性有機化合物(VOC)であるだけでなく、有害大気汚染物質の可能性がある物質としても挙げられ、大気中への排出削減が求められている。水質環境基準に関して、以前(1998 年)要調査項目に挙げられていたが、2014 年にそのリストから外されている。
図表4 モルホリンに関係する法規制
法律名 | 法区分 | |
化学物質審査規制法(化審法) | 優先評価化学物質 | (81) |
化学物質管理促進法 | 第1種指定化学物質 | 除外 |
労働安全衛生法 | 危険物・引火性 | (4の4) |
名称等表示/通知対象物 | ≧1%(604) | |
作業環境許容濃度 | ACGIH(TLV) TWA | 20ppm(71mg/m3) |
毒物劇物取締法 | 劇物 | >6%(101の3) |
消防法 | 危険物第4類 引火性液体 | 第二石油類 水溶性液体 |
大気汚染防止法 | 揮発性有機化合物(VOC) | ○ |
有害大気汚染物質 | (244) | |
海洋汚染防止法 | 有害液体物質 | Y類(470) |
食品衛生法
容器包装ポジティブリスト |
添加剤 |
* |
法区分の( )内の数値は政令番号
*: 合成樹脂区分1 (消費係数0.1未満で、塩化ビニル又は塩化ビニリデン由来成分<50%、ガラス転移温度(Tg)≧150℃:エンジニアリングプラスチック等)の樹脂に対し≦5%。
合成樹脂区分1, 3(ポリエステル、ポリアミド等), 7(PET)に限り、40mg/m2以下で塗布可
6. 曝露などの可能性と対策
6.1 事故や曝露の可能性
引火性があり、35 ℃以上では蒸気/ 空気の爆発性混合気体を生じることがある。分子中に窒素を含むので、燃えたとき窒素酸化物(NOx)を含む有毒なガスやフュームが発生する。揮発性の液体なので、蒸気やミストの吸入や皮膚からの吸収によって体内に取り込まれる。不快な臭いや、咳が出るなどの症状が現れるので漏洩や曝露に気づくかもしれない。プラスチックやゴムなどを侵すので、保護手袋などを使用していても浸透して影響するおそれがある。
6.2 事故や曝露の防止
可能なら容器や設備を密閉化する。局所排気/ 換気下で取扱い、火気厳禁。特に35 ℃以上になるような場合は密閉系、防爆型の電気設備を使用する。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスクなどを使用する。大量に漏洩した場合など、大量に吸収するおそれがある場合は空気呼吸器などを使用する。保護具は不浸透性を確認して使用する。
6.3 廃棄処理
許可を受けた産業廃棄物処理業者に処理を委託する。アフターバーナー及びスクラバー付き焼却炉を用いて焼却する。燃焼ガスに窒素酸化物が含まれるので回収・中和する。回収後の排水に関しては、窒素含有量120 mg/L(1 日平均で60 mg/L)の排水基準を順守する必要がある。
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