第80回_EUの制限ロードマップの更新
2020年10月に公表された持続可能な化学物質戦略(Chemicals strategy for sustainability:CSS)に基づき、2022年4月にREACH規則で制限が検討されている、または今後検討が想定される物質を整理した「制限ロードマップ」が公表されていました。初版公開時には原則1回/年での更新が予定されていたものの、その後の更新が滞っていましたが、2024年7月に「2024年7月1日版」として更新版が公表されました1)。
今回は、更新された「制限ロードマップ」について概要をご紹介します。
1.制限ロードマップの構成
制限ロードマップは次のような物質リストで構成されています。
・プール0:すでに制限提案意向が示されている物質等
・プール1:制限提案意向は示されていないが予定されている物質等
・附属書I:現在、ECHAの意見やECの意思決定の検討が進められているまたはECが決定した制限の例
・附属書II:制限提案意向の前段階である規制管理オプションにおいて「制限」の可能性が議論されている物質等
・附属書III:REACH規則第69条(2)に基づく評価状況
2.制限の検討可能性がある物質
<プール0>
プール0には、すでに制限提案意向が示され、制限提案に向けた検討が進められている次の4物質が示されています。
・育児用品中の発がん性・変異原性・生殖毒性(CMR)物質
・六価クロム化合物
・1,4-ジオキサン
・オクトクリレン
これらの物質は欧州化学品庁(ECHA)の制限意向登録簿(Registry of restriction intentions until outcome)2)にすでに収載されており、現在の状況を確認することができます。なお、「育児用品中の発がん性・変異原性・生殖毒性(CMR)物質」については、制限提案文書が不要なREACH規則第68条(2)に基づく手続きとなっているため、制限意向登録簿には掲載されておらず、2023年11月に報告書が公表3)され、すでに欧州委員会(EC)で法案が検討されています。
<プール1>
プール1には、まだ制限提案意向は示されていないものの、欧州委員会(EC)や加盟国が制限提案意向の提出に向けて準備が進められている物質が収載されており、一部物質については、現時点のおける次のアクションの時期も併せて明記されています。
・ポリ塩化ビニル(PVC)およびその添加物:2024年Q3
・難燃剤:2024年Q4~2025年Q1に制限検討の要否を決定
・3種の有機りん系難燃剤(TCEP、TCPP、TDCP):未定
・オルト-フタル酸エステル類(C4~C6):2025年Q4以降
・ヒドロカルビルシロキサン類:2025年以降
・ビスフェノール類:未定
・感熱紙中の物質:未定
・認可対象物質である3種のクロム酸鉛類(クロム酸鉛、クロムイエロー、モリブデンレッド):未定
・ビスフェノールAおよび構造的に関連するビスフェノール類(誘導体を含む):未定
<附属書II>
附属書IIには、制限提案意向の前段階である規制管理オプションにおいて「制限」の可能性が議論されている物質が収載されています。現時点では制限の要否や制限提案文書の作成者なども決定していませんが、今後の制限検討にあたり優先度が高いとみなされている物質と言えます。
・ホルムアルデヒドおよびホルムアルデヒド放出物
・消費者向け成形品中の鉛
・消費者向け混合物中の皮膚感作性物質
・ハイドロカルビルフェノール類
・一般消費者用または業務用の混合物に使用される石油系物質
・肥料中の物質
・多環芳香族炭化水素(PAH)類
・ホルムアミド
・皮膚に直接かつ長時間接触することを意図した成形品中のニッケル
・繊維製品中のCMR物質
・消費者向け製品中のテトラヒドロフラン(THF)
・繊維状物質(アスベストを除く)
・無水フタル酸類および水素化無水フタル酸類
・光重合開始剤
・分岐カルボン酸およびその塩
・認可対象物質であるフェノール性ベンゾトリアゾール類(UV-327、UV-350、UV-320)
・ピラゾール類
・マンガン化合物
・バナジウム化合物
・アクリレートおよびメタクリレート類
・イミダゾール類
・樹脂およびロジン酸とその誘導体
・認可対象物質であるアラルキルアルデヒド類
3.制限に関する参考情報
<附属書I>
附属書Iには、現在ECHAの意見やECの意思決定の検討が進められている、またはECが決定した制限対象物質が収載されています。これらの状況はECHAの制限意向登録簿でも確認することができます。
・ECHAの意見検討中:PFAS類
・ECが法制化検討中:カルシウムシアナミド、繊維・皮革製品中の皮膚腐食性/刺激性、皮膚感作性物質等
・最近の附属書XVII改正:環状シロキサン類(D4、D5、D6)4)、マイクロプラスチック等
<附属書III>
附属書IIIにはREACH規則第69条(2)に基づくこれまでの評価状況が整理されています。REACH規則第69条(2)では、日没日を経過した認可対象物質について成形品への使用や含有による健康や環境へのリスク評価を行い、必要に応じて成形品を対象とした制限提案を行うことをECHAに義務付けています。附属書IIIにはREACH規則附属書XIVに収載された認可対象物質ごとの評価状況や、結果となる制限提案の要否が整理されています。
4.最後に
更新された制限ロードマップもこれまで同様、「スタッフ作業文書」として位置づけられており、法的拘束力を有する文書ではなく、制限検討に関連する利害関係者への透明性の向上を目的にしたものです。また、あくまでも公表当時の状況や予定であるため、初版で公表されていた予定どおりには検討が進んでいない例も散見されます。しかしながら、今後変更される可能性はあるものの、プール1や附属書IIはECHAの制限意向登録簿に収載される前段階の情報であり、企業が制限の可能性がある物質等に関する情報を早期に把握する上では有用な資料と言えます。
(一社)東京環境経営研究所 井上 晋一 氏
1)EC 制限ロードマップ(2024年7月1日版)
https://ec.europa.eu/docsroom/documents/60674
2)ECHA 制限意向登録簿
https://echa.europa.eu/registry-of-restriction-intentions
3)ECHA ニュースリリース
https://echa.europa.eu/-/echa-s-investigation-finds-toxic-chemicals-present-in-childcare-products
4)EU官報 (EU) 2024/1328
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1328/oj
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。