第95回_統合規制戦略の報告書(2024年版)について(その2)
前回のコラムでは「統合規制戦略 2019-2023」の総括として主な成果について紹介しました。今回はこれまでの活動を通じてみえてきた統合規制戦略の課題と今後の展望についてみていきたいと思います。
◆統合規制戦略の課題
統合機戦略報告書の2024年版(*1)では、これまでの成果とともに、5つの項目を課題としてあげています。
(i)グループ内物質の再グループ化と有害性評価の反復
報告書内ではこれまでの規制ニーズの評価結果について、その次のステップであるリスク管理処置に進むかどうかを判断するにあたり、情報精度にバラつきがあることを指摘しています。これまでに多数のデータが生成されているものの、有害性評価を行いリスク管理処置の必要性を判断するには、更なるデータが必要な化学物質も多くあるというのが現状です。追加されたデータによっては、有害性評価の再評価やグループの境界について再設定が必要としており、データの生成と有害性評価は反復して行っていく必要があることが指摘されています。
(ii)適切な危険有害性とばく露データの欠如
報告書は適切なデータの欠如が最も適切なリスク管理手段を決定することにおいて、障害となっていることを指摘しています。統合規制戦略の活動によりデータの必要性を特定し、データ生成を強化していますが、テストには数年かかるのが通常です。過去5年間に要求されたデータの中には今後、提供および評価されるものもあり、リスク管理処置に影響を与える可能性があるとしています。
(iii) 加盟国、ECHA事務局、ECHA委員会のリソースの制約への対応
報告書では規制リスク管理を必要とする(潜在的に)物質の数に対し、対応する加盟国、ECHA 事務局、ECHA 委員会のリソースが限られていることを指摘しています。この対処としては対象物質を優先順位付けしていくことと当局間の⾏動の調整をあげています。対象物質の優先順位付けについては、潜在的な規制リスク管理措置として特定された物質(のグループ)の情報確度とその影響を明確にすることがあげられています。また、⼤規模で複雑な物質(のグループ)を扱うことに関して専門知識と経験が必要でそのためのリソースが限られることから、当局間の専門知識の情報交換と協力の促進を探る必要があるとしています。
(iv)最も適切なリスク管理手段の選択
報告書では関連する物質(のグループ)の規制リスク管理を効果的に行うには、関係する用途を考慮して、最も適切な規制リスク管理措置またはそれらの組み合わせを検討する必要があることを指摘しています。これには、REACH規則でカバーされる用途が含まれ、場合によっては、他の法律で規制される用途(化粧品、玩具など)も含むとしています。REACH規則(高懸念物質の特定、附属書XIVの優先順位付けと制限)およびCLP規則(統一された分類と表示)の下で、当局が利用できるさまざまなリスク管理手段がありますので、これらのリスク管理手段が基本になるものと考えられます。また、ECHAは近年、EU飲料水指令や産業排出指令、EU電池規則の下で新たな責任を引き受けており、追加の規制手段をもたらしていますので、これらの法規制における規制手段も選択肢に入るものと考えられます。
(v) REACHデータベースの更新
産業の進展に伴いREACHのデータベースは更新されていきます。高生産量の物質に着目してデータ生成したのが、統合規制戦略の成果の一つですが、新しい登録物質が提出され、その影響で既存の登録内容が更新されて数量範囲が増減し、登録者が製造を中⽌して、その結果物質が欧州市場から排除されることも想定されます。近年の推移では毎年約70の物質が新規登録または生産量のアップグレードで⾼トン領域に入り、約40の物質が⾼トン領域ではなくなると推定されています。報告書ではこうしたREACHデータベースの更新状況へ対応することも課題としてあげています。
◆今後の展望:統合規制戦略:2024-2028年
2024〜2028年の統合規制戦略を作成するにあたり、ECHAをはじめとする関係者はワークショップを開催し、得られた成果などをもとに今後の戦略を策定しています。
策定された「統合規制戦略 (IRS): 2024 2028」は、以下の4つの目標を中心に構成しています。
(i)リスク管理のための物質の優先順位付けと規制に向けた協調的なアプローチを実施する
この目標は当局間で計画や優先事項を共有して、重複を避けることで当局の計画された活動の調整を強化し、行動を同期させて成果の最大化を狙ったものとなります。
具体的な取り組みとして、潜在的な規制リスク管理措置の対象として特定された物質(のグループ)について、成熟度と影響を明らかにし、リスク管理の準備が整った物質(のグループ)のショートリストを作成することがあげられています。
(ii) ECHA の化学物質データベースに十分な知識を維持する
前述の課題「(v) REACHデータベースの更新」に関連した目標と考えられます。この目標を達成するために今後数年間のスクリーニングの優先事項として以下のような物質をあげています。
•2018年以降に登録された100トン以上のすべての物質(数量がアップグレードされたものと新規登録の物質)
•10~100トンで複数登録されている物質のうち、総トン数が最大のもの
また、1~10トンレベルの物質および中間体は、より⾼トン数の物質とグループ化されていない限り、スクリーニングの優先順位を下げることも記載されています。
(iii)統合規制戦略の活動に関する協力と透明性を高める
この目標は情報システムを活用し、当局間の情報共有と利害関係者への情報提供を強化するものです。当局間の情報共有を促進し強化する方策としてはRiME+ (Risk Management and Evaluation) の強化をあげています。RiME+は非公式のリスク管理と評価のプラットフォームで得られた提案、アドバイス、共通の見解、結論は拘束力を持ちませんが、個々の加盟国とECHAの作業を支援するために活用されています。利害関係者への情報提供については、年次報告書などを通じて、当局の作業に対する可視性を提供するとともに、新しいデータ可用性システム 「ECHA CHEM」の提供をあげています。ECHA CHEMはECHAが受け取ったすべてのREACH登録からの情報を利用可能にするもので、規制プロセスに関する情報も含まれるように拡張されていく計画です。このシステムには、PACT ツールによって提供されている情報が組み込まれ、物質に関する進行中および完了した規制活動の概要を利害関係者に提供します。最初の規制プロセスについては 2025 年にシステムに組み込まれる予定で、時間の経過とともに規制リストが追加され、範囲が拡大していく予定です。
(iv)新しいタスクとの相乗効果を模索する
EUでは「1 つの物質、1 つの評価」構想の下、科学的および技術的な作業の統合や共通データプラットフォームの確立による情報の共有化をすすめています。こうした作業の進展による相乗効果が期待されています。
また、ECHAがすでに引き受けている「飲料水指令」、「産業排出指令」、「EU 電池規則」 などとEU委員会から引き継がれる「地下水および水枠組み指令」などには内容の重複があり、相乗効果が期待されています。
◆最後に
2015年より開始された統合規制戦略は、2024年内中に影響の大きい高生産量領域のデータ生成に目処がつき、一つの節目を迎えました。これまで、ECHA は統合規制戦略の進捗状況について年次の「統合規制戦略報告書」と「Chemical Universe」を通じて報告してきましたが、今後は、ECHAの通常の報告チャネルである単一プログラミング文書と年次報告書に統合される予定となっています。公表された「統合規制戦略:2024-2028年」では、次のフェーズとして生成したデータをもとにリスク管理処置の検討に入ることが示されていますので、企業の関係者においては、今後もその動向について注目しておくべき戦略になると考えられます。
(一社)東京環境経営研究所 長野 知広 氏
(*1) 統合規制戦略の報告書(2024年版)
https://echa.europa.eu/documents/10162/5641810/irs_annual_report_2023_en.pdf/7e4be30a-fbec-5c62-894e-45c89c75d046
(*2) リスクマネジメント&評価プラットフォーム(RiME+)
https://echa.europa.eu/rime
(*3) ECHA CHEM
https://chem.echa.europa.eu/
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。