第3回 1,4-ジオキサン
誌面掲載:2017年10月号 情報更新:2022年11月
1.名称(その物質を特定するための名称や番号)
1.1 化学物質名/別名
・慣用名:1,4-ジオキサン(1,4-Dioxane)
IUPACはこの慣用名を認めているが、シクロヘキサンの1,4位の炭素を酸素に置き換えた形なので、1,4-ジオキサシクロヘキサン(1,4-Dioxacyclohexane)ということができる。別名としてp-ジオキサン、エチレングリコールエチレンエーテル、ジエチレンオキシドなどがある。脂肪族環状エーテル化合物である。
・化学式:C4H8O2
同じ分子式で酸素の位置の違いにより1,2-ジオキサン、1,3-ジオキサンがある。構造異性体という。一般に使われているのは1,4-ジオキサンである。ダイオキシン(Dioxin)とは炭素4個と酸素2個で環状という化学構造上の共通点があるため名称も似ているが、これはポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(Polychlorinateddibenzo-p-dioxin)の略称で、全く異なる物質である。
1.2 CAS No.、化審法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
1,4-ジオキサンはCAS No.123-91-1である。化審法官報公示整理番号は5-839で、安衛法は既存物質として化審法番号で公表されている。
EUのEC番号は204-661-8である。REACH以前は既存化学物質のEINECS番号だった。REACH登録番号は01-2119462837-26-xxxx( xxxxは登録者番号)。
1.3 国連番号(UN No.)
UN No.1165 である。正式輸送品名はジオキサンである。国連分類はクラス3(引火性液体)で容器等級はⅡ。
図表1 ジオキサンの特定
名称 | 1,4-ジオキサン(1,4-Dioxane) |
別名(IUPAC) | 1,4-ジオキサシクロヘキサン(1,4-Dioxacyclohexane) |
その他の名称 | ジエチレンエーテル(Diethylene ether)
1,4-ジエチレンオキシド(1,4-Diethyleneoxide) |
化学式 | C4H8O2 |
CAS No. | 123-91-1 |
化審法 | 5-839 |
EC No. | 204-661-8 |
REACH | 01-2119462837-26-xxxx |
KECL* | KE-10463 |
*: 韓国化学物質の登録及び評価等に関する法律による既存化学物質番号
2.特徴的な物理化学的性質/人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質
無色透明の揮発性液体(VOC)である。沸点は水とほぼ同じ101℃で、親水性で水とどんな割合でも均一な溶液になる(混和する)。水溶液は共沸(ジオキサン約82%で共沸点87.8℃)し、一度水と混ざると分離が難しい。引火点が12℃で室温でも引火、蒸気は空気より重い(空気の約3.0倍)ので地面又は床に沿って流れ遠距離で引火するおそれがある。蒸気は空気と混ざり20℃の飽和蒸気圧のときの相対密度では空気の1.08倍ほどである。ジエチルエーテル(C2H5-O-C2H5)やテトラヒドロフラン(THF;C4H8O)など他のエーテル結合(-C-O-C-)を持つ化合物と同様、空気と接触すると爆発性の過酸化物を生じることがある。水にも油にもよく溶ける。n-オクタノール/水分配係数(logPow)は–0.27で、生物濃縮性はないと考えられる。
図表2 1,4-ジオキサンの主な物理化学的性質(ICSCによる)
1,4-ジオキサン | |
融点(℃) | 12 |
沸点(℃) | 101 |
引火点(℃) (c.c.) | 12 |
発火点(℃) | 180 |
爆発限界(vol %) | 2.0~22.0 |
比重(水=1.0) | 1.03 |
水への溶解度 | 混和する |
n-オクタノール/水分配係数
(log Pow) |
-0.27 |
2.2 有害性
GHS分類例を図表3 示す。懸念される反応性の特性基を持っておらず、経口、経皮による急性毒性はGHS区分外であるが、飲み込むと嘔吐することがあり、皮膚からも吸収されて中毒症状を起こすことがある。吸入では区分4で吸入すると気道(鼻や喉)に刺激性があり、麻酔作用及び眩暈/眠気/意識喪失と中枢神経系に影響する。作業環境の許容濃度(OEL)は日本産業衛生学会では1ppm(3.6mg/m3)と厳しい値に設定している。皮膚や眼に刺激性がある(GHS区分2及び2A)。発がん性について国内外の分類機関の分類は図表4に示す。国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer; IARC)でGroup 2B、EU(CLP)で1B、日本産業衛生学会も第2群B に分類しており、いずれもヒトに発がん性があることを示唆していることによる[アメリカのACGIH (American Conference of Governmental Industrial Hygienists; 米国産業衛生専門家会議)、NTP(National Toxicology Program: 国 家 毒 性 計 画)や、EPA(Environmental Protection Agency: 環 境 保 護 庁)で も 同様の判断をしている]。厚生労働省の動物試験においても発がん性が確認されている。GHS 区分1Bは、人を対象としての発がん性の証拠はないが、複数の動物試験で発がん性が示唆されていることや厚生労働省が動物試験に基づきヒト発がん性の懸念から健康障害防止指針を出したことによる。長期的にまたは反復して曝露すると中枢神経系や肝臓や腎臓に影響することがある。
図表3 1,4-ジオキサンのGHS分類(NITEによる)
GHS分類 | 区分 |
物理化学的危険性 | |
引火性液体 | 2 |
自然発火性液体 | 区分外 |
金属腐食性 | – |
健康有害性 | |
急性毒性(経口) | 区分外 |
急性毒性(経皮) | 区分外 |
急性毒性(吸入:蒸気) | 4 |
皮膚腐食/刺激性 | 2 |
眼損傷/刺激性 | 2A |
皮膚感作性 | – |
生殖細胞変異原性 | 区分外– |
発がん性 | 1B |
生殖毒性 | – |
特定標的臓器(単回) | 1(中枢神経系)
3(気道刺激性/麻酔作用) |
特定標的臓器(反復) | 1(腎臓、肝臓、中枢神経系)、
2(呼吸器) |
誤えん有害性 | – |
環境有害性 | |
水生環境有害性(短期・急性) | 区分外 |
水生環境有害性(長期・慢性) | 区分外 |
図表4 1,4-ジオキサンの発がん性評価
1,4-ジオキサン | |
IARC | 2B |
日本産業衛生学会 | 2B |
ACGIH | A3 |
NTP | R |
EU(CLP) | 1B |
EPA | L |
IARC:
Group 2B: Possibly carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)
日本産業衛生学会:
2B: 証拠十分とは言えないが、ヒトに対しておそらく発がん性があると判断できる
ACGIH
A3: Confirmed animal carcinogen with unknown relevance to humans(ヒトとの関連が不明な動物発がん性が確認されている)
NTP:
R: Reasonably Anticipated to be a Human Carcinogen (合理的にヒト発がん性因子であることが予測される)
EPA:
L: Likely to be carcinogenic to humans (ヒト発がん性である可能性が高い)
3.主な用途
水にも油にもよく溶けるので溶剤として使われている。親水性なのに水酸基(-OH)を持たない(非プロトン性溶媒)ことから有機合成反応の溶剤としてよく用いられる。また水に溶けない物質の水中の分散安定化(分散剤)などに使われている。1,4-ジオキサンはエチレングリコール(HOCH2CH2OH)2分子から水2分子取れて(脱水されて)生成することから、同じように多数のエチレングリコールから脱水する工程のある非イオン系の界面活性剤「ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテルなど」の製造時の副生成物でもある。非イオン活性剤の原料のエチレンオキサイド(C2H4O:エチレングリコール1分子から1分子の水が脱離)やエチレングリコールの製造時及びこれを用いたポリエステルなどの製造時にも副次的に発生する(ポリエステルはエチレングリコールとテレフタル酸から脱水して製造する)。
4.これまでに起きた事件/事故などの例
・ 地下水(浄水場の水源井戸)から検出され、水道の取水が一時停止されたことがある。(https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/dl/k14.pdf)
・ 浄水場で検出され調査した結果、廃棄物処理業者からの排水が汚染源だった。非イオン系の界面活性剤工場の廃液中に含まれていた。排水は活性汚泥処理されていたが、ジオキサンは活性汚泥では浄化処理できなかったためと考えられている。(https://www.env.go.jp/council/content/i_07/900428966.pdf)
・ ジオキサンが入った反応容器中に紛体を投入したとき、反応容器内でジオキサンの蒸気が爆発した。紛体の投入の際空気も混入し、反応容器内で爆発性の混合気体が形成されていたことと、紛体の投入により紛体容器との間で静電気が発生し、放電したと考えられた(職場のあんぜんサイト労働災害事故例: https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=100830)。
5.主な法規制(図表5)
引火点が21℃未満の水溶性の液体なので、消防法の危険物第4類引火性液体第一石油類水溶性液体に該当する。製造・貯蔵・取扱いに市町村長の許可が必要で、許可を受けた危険物倉庫でも指定数量(単独なら400L)以上の保管はできず、取扱いには危険物取扱者の資格が必要である。国連危険物輸送勧告の国連分類のクラス3(引火性液体)で船舶や航空機での輸送では表示や容器の規制がある。労働安全衛生法でも「危険物・引火性の物(0℃≦引火点<30℃)」に該当する。労働安全衛生法に関して有機溶剤中毒予防規則(有機則)の第2種有機溶剤に指定され、発がん性等の懸念から「化学物質健康障害予防指針(がん原性指針)」が示されていたが、現在は「特定化学物質障害防止規則(特化則)第2類物質、特別有機溶剤等」で「特別管理物質」に指定されている。1,4-ジオキサン又は1%を超えた混合物を屋内で有機溶剤として使用する場合は、
・ 蒸気などの発散抑制(発散源の密閉化、局所排気装置、プッシュプル型換気装置)
・ 特定化学物質作業主任者を有機溶剤作業主任者から選任
・ 作業場所には化学物質名、人への有害性、取扱注意、必要な保護具の掲示
・ 1か月以内毎に作業記録(労働者名、作業概要と期間、事故時の概要と応急措置)作成
・ 6か月に1回は作業環境の測定と健康診断の実施
をしなければならない。
作業記録、作業環境測定及びその評価の記録や健康診断個人票は30年間保存が必要。1%以下でも有機溶剤として5%を超えると有機則が適用され、有機溶剤以外の業務でも健康障害予防指針が適用される場合がある。屋外作業でも作業環境管理ガイドラインがある。作業環境評価基準で管理濃度:10ppmに定められている。0.1%以上含有する製品を他社に提供する際、SDSの提供(文書交付義務)及び1.0%以上で容器等へのラベル表示義務がある。また、環境影響に対しては、化学物質管理促進法の第1種指定化学物質に指定されており、環境中への排出報告(PRTR)義務がある。健康保護に関する水質環境基準、地下水環境基準及び水道法の水質基準は0.05mg/L、水質汚濁防止法及び下水道法の排水基準は0.5mg/L以下に設定されている。化学物質審査規制法(化審法)で優先評価物質に指定されており、製造/輸入するとその量や用途の届出をしなければならない。また、毒性試験等の資料の提出を求められることがある。国は人や環境への影響を調査することになっている。環境中でも検出され、大気汚染防止法では長期的に摂取すると健康障害をおこす有害大気汚染物質の可能性がある物質として挙げられている。揮発性有機化合物として大気中への排出削減が求められている。EUのREACH(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals: 化学品の登録、評価、認可及び制限に関する規則)でSVHC(Substances of Very High Concern: 高懸念物質)に挙げられている。0.1%を超えて含有する製品(成型品を含む)をEUに供給する際には受領者(要求があった場合は消費者も)に安全な取扱い情報を提供する。SVHCそのものやEUの分類基準(CLP規則:Regulation on Classification, Labelling and Packaging of substances and mixtures)に従って分類して危険有害性に分類される混合物の場合はEU内ではSDS提供義務があるので、必要情報の提供が必要である。SVHCはREACの認可対象の候補物質なので、今後認可対象物質になった場合は原則使用禁止、使用したい場合は用途毎に申請が必要となる。
図表5 1,4-ジオキサンに関係する法規制
法律名 | 法区分 | 条件等 | ||
化学物質審査規制法 | 優先評価化学物質 | (80) | ||
化学物質管理促進法 | 第1種指定化学物質 | ≧1% | 150* | |
労働安全衛生法 | 危険物・引火性の物 | 0℃≦引火点<30℃ | (4の3) | |
名称等表示/通知物質 | 表示≧1%、 通知≧0.1% |
(227) | ||
健康障害防止指針 | >1% | 該当 | ||
特化則 | 特定化学物質第2類物質 | >1% | 特別有機溶剤
特別管理物質 |
|
作業環境評価基準 | 管理濃度 | 10ppm | ||
労働基準法 | 疾病化学物質 | 該当** | ||
作業環境許容濃度 | 日本産業衛生学会 OEL | 1ppm(3.6mg/m3)(皮膚) | ||
ACGIH TLV | TWA | 20ppm (Skin) | ||
OSHA PEL | TWA | 100ppm (360mg/m3) | ||
消防法 | 危険物第4類引火性液体 | 第一石油類水溶性液体 | ||
国連危険物輸送勧告 | 国連分類 | 3(引火性液体) | ||
国連番号 | 1165 | |||
品名 | ジオキサン
DIOXANE |
|||
容器等級 | Ⅱ | |||
海洋汚染物質 | 非該当 | |||
海洋汚染防止法 | 有害液体類
係数 |
Y類(206)
25 |
||
引火性物質 | (23のイ) | |||
大気汚染防止法 | 揮発性有機化合物(VOC) | 排気 | 該当 | |
有害大気汚染物質(248物質) | (71) | |||
環境基本法 環境基準 | 水質(人健康) | ≦0.05mg/L | ||
地下水 | ≦0.05mg/L | |||
土壌 | ≦0.05mg/L | |||
水質汚濁防止法 | 排水基準 許容濃度 | 0.5mg/L(2021年改訂) | ||
水道法 | 水質基準 | ≦0.05mg/L | ||
下水道法 | 排水基準 許容濃度 | 0.5mg/L |
*:政令番号は2022年度までは1-150で2023年度より1-173となるが、2024年度のPRTR届出以後物質固有の番号として管理番号150が使用される。
**: 症状/障害: 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状、前眼部障害又は気道・肺障害
6.曝露などの可能性と対策
6.1 曝露可能性
融点が12℃、沸点が約101℃で、常温では液体だが冬は固体になることがある。蒸気と空気の混合気体は爆発性である。保管は密閉容器に入れ(液体の上の空間の空気を窒素ガスで置き換えておくとよりよい)、加熱/蒸留するときは事前に過酸化物をチェックし、検出された場合は亜硫酸水素ナトリウムなどの還元剤で除去する。引火の他、作業者が吸入したり皮膚から吸収したりするおそれがある。室内や閉鎖された場所では滞留して危険である。
6.2 曝露防止
発散抑制:容器や設備を密閉化し、遠隔操作での取扱いが望ましい。
局所排気/換気:空気の流れを考慮して設置する必要がある。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスクなどを使用する。大量に漏洩した場合など大量に吸収するおそれがある場合は空気呼吸器などを使用する。
6.3 廃棄処理
一般には焼却による。低濃度で水に含まれている場合は処理が難しい。難分解性で微生物による分解処理が難しく、活性炭などによる吸着分離は吸着効率があまり良くない。オゾンによる酸化は低減効果がある。過酸化水素と鉄による処理(フェントン法)、活性炭表面に生物を付着させた生物活性炭処理でより高い除去率が得られている。
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