第7回 ビスフェノールA
誌面掲載:2018年2月号 情報更新:2023年4月
免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。
1. 名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)
1.1 化学物質名/ 別名
ビスフェノールA は慣用名である。フェノール(C6H5OH)はベンゼン(C6H6)の1 個の水素がヒドロキシ基(-OH)に置き換わったもので、「ビス」フェノールで、フェノールが2 個あることを示している。最後の「A」はこの物質の原料の一つであるアセトン(Acetone:C3H6O, (CH3)2C=O 又はCH3COCH3)の頭文字A である。すなわちフェノール2 分子とアセトン1 分子から水が1 分子脱離する形でビスフェノールAが1 分子生成する。同じ分子式でも結合位置の違いで多くの物質が存在しうるが、製造の容易さから、アセトン(IUPAC 命名法ではプロパン-2- オン: Propan-2-one)由来の3 個の炭素の中央の炭素に2 個のフェノールの4 位が結合しているもののみを指している。単に「ビスフェノール」というだけの場合はこのビスフェノールA を指していると考えてよい。IUPAC 名[4,4ʼ-(プロパン-2,2- ジイル)ジフェノール]の4 はフェノールの4 位を示し、「4,4ʼ-」と4ʼ になっているのは2 個あるフェノールのそれぞれのフェノールの4 位であることを示している。ジフェノールはビスフェノールと同じくフェノールが2 個であることを意味している。プロパン-2,2- ジイル: Propan-2,2-diyl というのはプロパン(C3H8)の2 番目の炭素にフェノールが2 個結合していることを示している。同じ炭素なので2,2ʼ にはなっていない。別名が多く、2,2- ビス(4- ヒドロキシフェニル)プロパンはプロパンを基本にフェノール(接頭語ではヒドロキシフェニル)が結合したもの。プロパン-2,2- ジイルはイソプロピリデンともメチルエチリデンともいえる。アセトンの代わりにホルムアルデヒド(Formaldehyde: H2C=O)を用いても同様の物質が生成し、ビスフェノールFと呼ばれる。図表1 にはビスフェノールA とF のみを載せているが、他にもブタノン、シクロヘキサノンなどを用いたものや、炭素でなく硫黄のスルホン(-SO2–)のビスフェノールS、フェノールの代わりにクレゾール(フェノールにメチル基が結合)を用いた物など多くの類似構造を持った物質がある。
図表1 ビスフェノールAの特定
名称 | ビスフェノールA
Bisphenol A |
ビスフェノールF
Bisphenol F |
IUPAC名 | 4,4′-(プロパン-2,2-ジイル)ジフェノール4,4′-(propane-2,2-diyl)diphenol | 4,4′-ジヒドロキシジフェニルメタン4,4′-dihydroxy diphenylmethane |
別名 | 2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン
2,2-bis(4-hydroxyphenyl)propane 4,4’-イソプロピリデンジフェノール 4,4′-isopropylidenediphenol 4,4’-(1-メチルエチリデン)ビスフェノール 4,4′-(1-Methylethylidene)bisphenol |
ビス(4-ヒドロキシフェニル)メタン
Bis(4-hydroxyphenyl)methane 4,4’-メチレンジフェノール 4,4′-methylenediphenol 4,4’-メチレンビスフェノール 4,4′-Methylenebisphenol |
略称 | BPA | BPF |
化学式 | C15H16O2又は(CH3)2C(C6H4OH)2 | C13H12O2又はCH2(C6H4OH)2 |
CAS No. | 80-05-7 | 620-92-8 |
化審法(安衛法) | 4-123 | 4-90 |
EC No. | 201-245-8 | 210-658-2 |
REACH | 01-2119457856-23-xxxx | – |
*: xxxxは登録者番号
1.2 CAS No.、化審法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
CAS No. は80-05-7 で、化審法官報公示整理番号は4-123 である。化審法の4-…は第4 類で「炭素による環が複数ある低分子化合物」という分類を示している。安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。EU のEC 番号は201-245-8 である。REACH 登録番号は01-2119457856-23-xxxx(xxxx は登録者番号)である。ビスフェノールF はREACH で登録されていないので番号がない(ビスフェノールF を含むエポキシ化合物での登録はある)。
1.3 国連番号(UN No.)
国連危険物輸送勧告の危険物には該当しないので国連番号はない。
2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質(図表2)
白色の固体(粉末/ 顆粒/ 薄片)である。可燃性で、空気と混合すると粉塵爆発の可能性がある。親油性で油には溶けるが水にはほとんど溶けない。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)は3.32 と少し大きいが、生物濃縮性があるというほどではない(他にデータがなければ、化審法では≧3.5、GHSでは≧ 4を生物濃縮性の目安としている)。
図表2 ビスフェノールA の主な物理化学的性質(ICSCによる)
物理化学的性質 | ビスフェノールA |
融点(℃) | 150-157 |
沸点(℃) | 250-252 (1.7kPa) |
引火点(℃) | 227 (c.c.) |
発火点(℃) | 510-570 |
爆発限界(vol %) | – |
蒸気密度(空気=1) | – |
比重(水=1.0) | 1.2 (25℃) |
水への溶解度(g/100ml) | 0.03 |
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) | 3.32 |
2.2 有害性(図表3)
GHS で分類される物理化学的危険性はない。ビスフェノールA は部分的にフェノールの構造を持っているが、「フェノール:C6H5OH」という物質は蛋白質を侵し、毒性も強い、皮膚浸透性の物質である。類似のクレゾール(メチルフェノール:CH3C6H4OH)は防腐剤、消毒剤、殺虫剤としても使われ、高濃度の場合は皮膚障害を起こす。ビスフェノールAにはGHSで分類されるような急性毒性はないが、接触した細胞には影響がある。特に眼に入った場合は影響が大きく容易には回復しない影響を及ぼすこともある。吸入した場合も鼻や喉に炎症を起こすおそれがある。興奮したり眠くなったりするかもしれない。また、皮膚に付着したというだけではあまり影響は大きくないが、繰り返し接触するとアレルギーを起こすおそれがある。遺伝子に対する影響は陰性のデータが多いが陽性のデータもあり、人の遺伝子に影響するかどうかは判断できていない。発がん性についてはIARC や日本産業衛生学会では評価されていない。発がん性があるというデータはないが、データが少なく発がん性がないとは言い切れない。動物試験で人の生殖能力や胎児の成長に影響するおそれがあることが示されている。長期的には動物試験で経口では消化管(結腸など)、吸入では呼吸器(鼻腔)に影響するという報告がある。1998 年頃から注目された内分泌撹乱作用のおそれがある物質(環境省のSPEEDʼ98)の一つにビスフェノールA があった。その後の調査/ 検討の結果、弱い内分泌撹乱作用[エストロゲン(女性ホルモン)受容体結合性など]が認められたが、直ちに新たな法規制が必要とはされなかった。SPEEDʼ98 のリストは2005 年に廃止されている。FDAは2013 年に「現在の曝露レベルでは安全である」との見解を発表している。しかし、EU で生殖毒性、内分泌撹乱作用の懸念から禁止物質の候補物質に挙げられている。水生生物に対する有害性はGHS で急性区分2、長期区分3 であるが、ラベルの絵表示が必要なほどではない。生物濃縮性についてはlogPow = 3.32であるが、実際の魚を用いた生物濃縮性試験では100倍未満とそれほど高くはない。水への溶解性が低いので試験が難しいが、生分解性では良好と考えられている。
図表3 ビスフェノールA のGHS分類(NITE による)
GHS分類 | 区分 |
物理化学的危険性 | |
引火性液体 | 対象外 |
可燃性固体 | – |
自然発火性固体 | 区分外 |
金属腐食性 | – |
健康有害性 | |
急性毒性(経口) | 区分外 |
急性毒性(経皮) | 区分外 |
急性毒性(吸入:粉塵) | – |
皮膚腐食/刺激性 | 区分外 |
眼損傷/刺激性 | 1 |
皮膚感作性 | 1 |
生殖細胞変異原性 | – |
発がん性 | – |
生殖毒性 | 1B |
特定標的臓器(単回) | 1(呼吸器)、3(麻酔作用) |
特定標的臓器(反復) | 2(消化管、呼吸器) |
誤えん有害性 | – |
環境有害性 | |
水生環境有害性(短期・急性) | 2 |
水生環境有害性(長期・慢性) | 2 |
3.主な用途
主にポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂など合成樹脂の原料として使われている。ポリカーボネート樹脂はビスフェノールA とホスゲン(COCl2)(又はジフェニルカーボネート)を反応させて製造する熱可塑性樹脂である。ガラスに等しい透明性を持ち、プラスチックの中では衝撃に最も強い。耐熱性(電子レンジ使用可)、寸法安定性(溶融して成型したとき収縮が少なく精密な成型可能)、耐候性(光や雨に強く屋外で使用可)などに優れている。電化製品、電子機器(DVD、IC カード) 自動車部品(ヘッドランプ、風防)、保護眼鏡、建築資材(窓や屋根)、食器類などに使われている。
エポキシ樹脂は、末端に反応性のエポキシ基(-C2H3O)を持った液状の半製品(プレポリマーという)を、使用時に硬化剤と反応させて3 次元構造の不融不溶の硬化物となる。金属や磁器との接着力が強く、耐熱性、電気絶縁性が高い。繊維強化プラスチック(FRP)、塗料、接着剤、電子回路基板やIC パッケージの封入剤、缶の内面コート剤などに使われている。このほか難燃剤の原料、感熱紙の顕色剤(色素と混ぜて使い、熱により色素と反応して発色させる)などにも使われている。
4. 事故などの例
取扱い時の中毒事故などは知られていないが、粉塵爆発例が少しある。ポリマー重合設備で原料のビスフェノールA粉末投入時に静電気により粉塵爆発が発生し、作業員が負傷した(国立環境研究所化学物質データベース:Webkis-plus、https://www.nies.go.jp/kisplus/dtl/chem/YOT00358)。
5. 主な法規制
物理化学的な危険性や人や環境への急性的な有害性もあまり高くないので、取扱いを制限するような法規制はない(図表4)。化学物質審査規制(化審)法で優先評価化学物質なので、年間1 t 以上製造/ 輸入した場合翌年度経済産業大臣にその数量などの届出が必要である。化学物質管理促進法で第1 種指定化学物質なので、PRTR の報告(環境中への放出量など)及びSDS の提供が必要である。EUの総合的な化学物質規制(REACH)で、認可対象物質(認可用途以外は禁止)の候補物質: SVHCとしてビスフェノールAが挙げられている。この法律は成形品(最終製品)も対象で、認可対象物は0.1 % 以上が禁止になる。この0.1 % というのは製品全体に対してではなく、その部品(物理的に分離できる均一な材料単位)に対してである。EUの規制だが、直接EUに輸出しない中間製品を製造する会社にも影響するので、サプライチェーンでの含有情報伝達が必要である。最終的に認可物質に指定されるときにこの閾値が変わる可能性はあるが、現在の「候補物質:Candidate」ではポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂などは樹脂中に未反応や分解により微量のビスフェノールAが含まれているものの、その濃度が0.1 % 未満であれば、樹脂や製品での輸出では対象にならない。
ビスフェノールAを用いたポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂の食品容器や乳幼児用の玩具への使用には法規制がある。(図表5) 食品容器や包装等食品に接触する用途に使われた場合、食品中に移行するおそれがある。日本の食品衛生法ではポリカーボネート製の器具や容器・包装樹脂中に、ビスフェノールAの濃度を500ppm以下、食品中への移行量(水、油、アルコール等の食品疑似溶媒による溶出試験で測定して)2.5ppm以下とされている。(樹脂中濃度に対してはポリカーボネートの業界自主規制で250ppm以下としている。) EUでは食品中(食品疑似溶媒での試験)への移行量として0.05mg/kgとし、哺乳瓶、3歳未満の乳幼児用のカップ、ボトルには使用禁止となっている。ビスフェノールAを用いたエポキシ樹脂を食品用缶等のコーティングに使用する場合も、同様の規制がある。さらに3歳未満の乳幼児対象または口に入れることを目的とした玩具に対して、水への移行量として0.04mg/L以下としている。アメリカでは溶出試験で、樹脂中の濃度として0.15%以下としている。やはりポリカーボネート製の哺乳瓶は禁止されている。ビスフェノールAを用いたエポキシ樹脂等の乳児用調整粉乳包装材へのコーティングも禁止されている。これらの規制は、現状の取扱状況で特に有害性が確認されたわけではないが、懸念される影響が次世代に影響するので、予防的な措置として進められている。ビスフェノールAの用途としてはごくわずかだが、感熱紙への添加はビスフェノールAそのもので、感熱紙使用時に使用者が曝露するおそれがある。EUでは感熱紙への使用濃度を0.02%未満に制限(REACH 制限物質:ANNEX XVII)されている。
図表4 ビスフェノールA に関係する法規制
法律名 | 法区分 | 条件等 |
化学物質審査規制法 | 優先評価化学物質(75) | – |
化学物質管理促進法 | 第1種指定化学物質 (37) * | ≧1% |
労働安全衛生法 | 名称等表示/通知物質(42の2) | 表示≧0.3%
通知≧0.1% |
大気汚染防止法 | 有害大気汚染物質(248物質) | (排気) |
環境基本法 | 要調査項目(水生生物)(168) | |
水道法 | 要検討項目 | 目標値:0.1mg/L(暫定) |
EU: REACH | ANNEX XVII (制限物質) | 感熱紙で<0.02% |
SVHC(生殖毒性、内分泌撹乱作用) | ≦0.1% |
( )内の数値は政令番号
*: 2023年度より(37)は管理番号
図表5 ビスフェノールAを用いたポリカーボネート樹脂に関する規制
法律 | 対象 | ビスフェノールA規制値 | |
日 | 食品衛生法
厚生省告示第370号 |
食品に接触する器具や容器・包装
溶出試験規格基準 材料中 |
≦2.5μg/ml(2.5ppm) ≦500ppm |
(業界自主基準):ポリカーボネート樹脂技術研究会 | 材料中 | ≦250ppm | |
EU
|
REGULATION 2018/213
REGULATION 321/2011 |
食品包装・容器など:移行量
哺乳瓶、3歳以下用カップ・ボトル (ワニス、コーティングも同様)* |
≦0.05mg/kg(食品)
使用禁止 |
玩具指令: Directive 2009/48/EC (改訂2017/898/EU) | 3歳未満の乳児用又は口に入れることを意図した玩具:移行量
(試験法EN71-10, 11) |
≦0.04mg/L | |
米 | 連邦食品医薬品化粧品法(FFDCA) 間接食品添加物
Title 21 CFR 177.1580 (ポリカーボネート) Title 21 CFR 175.300 (コーティング)* |
容器など:全抽出量 哺乳瓶等 乳児用調整粉乳包装材 |
≦0.15%(樹脂) 使用禁止 使用禁止 |
*: ビスフェノールAを用いたエポキシ樹脂等
6. 曝露などの可能性と対策
6.1 曝露可能性
固体で、引火性もなく物理化学的な危険性は比較的小さい。粉末状の固体の場合、粉塵になると粉塵爆発のおそれがあり、吸入するおそれもある。皮膚刺激性がGHS 区分外なのは固体で皮膚に固着したり皮膚から吸収されたりする可能性が低いためかもしれない。しかし、溶液で使用した場合は付着したりミストを吸入したりするおそれがある。沸点が高いので溶剤は揮発した後も皮膚上に残ると考えられる。皮膚浸透性の高い溶剤と混ぜた場合は、ともに浸透するかもしれない。日常生活で身の回りの製品中に極微量に含まれていることがあるが、量も少なく、樹脂中に含まれている状態では通常の取扱いで特に有害な影響が出るというようなことはないと思われる。ポリカーボネート樹脂製の食品容器・包装にはビスフェノールAの含有量や食品への移行量の基準がある(図表5)。乳幼児用の製品(哺乳瓶や玩具など)は欧米では使用禁止になっている。日本では哺乳瓶や口に入れることを想定した玩具等にはビスフェノールAを含む製品はほぼ流通していない。日本玩具協会のST マークでもビスフェノールAに関する基準は特に定められてはいない。缶詰などの缶の内面の防錆のためのエポキシコーティングは、業界の自主規制でポリエステルなどビスフェノールAを含まない材料への代替などが進められている。
6.2 曝露防止
ビスフェノールAを取扱う際は、粉塵の発生を抑制し、換気や防塵マスクなどで吸入を防ぐ。溶液の場合は皮膚などへの接触の他ミストの発生を抑制し、吸入を避ける。プラスチック製品からの人の体内への移行については、ビスフェノールAを含む樹脂に限らず、現状の使用状況で特に健康に有害な影響を及ぼすということはないと思うが、食品容器・包装材でないプラスチック製品をむやみに口の中に入れたり、食品を入れる容器・包装に使うことは避けるべきである。プラスチック製の食品容器・包装や、金属缶(内面樹脂コート)でも目的外の使用や過度な利用は避けるべきである。特に油性食品やアルコール食品は樹脂成分が溶出するリスクが高くなる。調理や滅菌での高温加熱、長期間の保管は溶出、分解のリスクが高まる。食品包装用として認められているプラスチックでも、上限温度が設定されていることが多い。
6.3 廃棄処理
ビスフェノールA及びビスフェノールAを含む樹脂の廃棄は焼却による。可燃性溶剤に溶解して少しずつ焼却し、アフターバーナーで完全燃焼させる。完全燃焼すると二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になる。ビスフェノールAは生分解性もあるが、水に対する溶解性が悪いので、生分解は効率が悪いおそれがある。
免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。