第23回 炭素(活性炭、カーボンブラック、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブ、炭素繊維)

誌面掲載:2019年7月号 情報更新:2023年11月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

炭素(Carbon)は非金属元素で元素記号は「C」である。非常に多くの化合物を形作るが、地球上では多くは炭素そのものや炭化水素として石炭や石油、天然ガス、炭酸塩として石灰岩などの岩石や、海に溶解して存在する。生物(Organisms: 有機体)を構成する基本材料でもある。以前は生物にしか作れない特別な物質と思われていて、鉱物などの無機物と区別して有機(化合)物(Organic substance)と名付けられた。現在では生物でなくても製造できるので「有機(化合)物」は炭素を含む化学物質といった意味で使われている(炭素を含む物質でも二酸化炭素や炭酸塩などは有機化合物とは呼ばれない)。

炭素は単独(単体)でも自然界にいくつかの物質(同素体)が存在する。ダイヤモンド(Diamond: 金剛石)は炭素が3 次元的に規則的に固く結合した結晶である。無色透明、天然に存在する物質の中で最も硬い物質とされる。その他の炭素のみでできた物質は全て黒か黒に近い色である。グラファイト(Graphite: 石墨、黒鉛)は炭素原子が平面に六角網(蜂の巣状)に並んだシート状のグラフェン(Graphene)と呼ばれる物質が多層に積み重なった結晶で、非常に柔らかい鉱物である。無定形の炭素同素体もある。石炭や木炭等は主に無定形の炭素でできている。石炭は古代の植物が地中で炭化したもので「化石燃料」とも呼ばれる。炭素の含有量の違いで名称が異なるが、一般に燃料などに使われる石炭といえば炭素含有量が80 ~ 90 % の瀝青炭(Bituminous coal)を指している。炭素含有量が90 %を超えるものを無煙炭(Anthracite coal)という。石炭をさらに蒸し焼き(乾留)にしてほぼ炭素のみにしたものがコークス(Coke)である。コークスは乾留中に石炭中の揮発分が抜けるので多孔質になっている。石油コークスという石油由来のものもある。製造方法によりいくつかの種類がある。木材を蒸し焼き(乾留、焼成、炭焼き)して炭化したものが炭(木炭:Charcoal)である。木炭の炭素含有率は約80 % 以上で、炭化温度が高くなると上がり、1,000 ℃で炭化した場合は95 %くらいになる。木炭は元の木材の構造を残しているだけでなく、製造時に揮発分が抜けるので多孔質になっている。ヤシ殻などを原料として炭化後水蒸気など(賦活剤)と高温で処理(賦活又は活性化という)して生成する微細孔を持つ炭素が活性炭(Activated carbon)である。炭化の際に賦活剤を添加して炭化と同時に活性化する活性炭もある。活性炭の炭素含有量は90 %以上である。有機物が不完全燃焼したときに生成する煤(Soot)は主に炭素の微粒子の集合体である。この煤は不純物が多く炭素含有率も低いが、工業的に品質制御して生産されている黒色顔料のカーボンブラック(Carbon black)は、炭素含有率も90 % を超える。原料や製造方法の違いでいくつかの物質がある。油の不完全燃焼で得られるランプブラックのカラーインデックス(C.I.)名はピグメントブラック-6(C.I.Pigment black-6)である。そのほかファーネスブラック(Furnace black)やアセチレンブラック(Acetyleneblack)などはピグメントブラック-7(Pigment black-7)である。煤の中から発見されたのがフラーレン(Fullerene)という分子で炭素の同素体である。最初に発見されたものは炭素数が60 個(C60)でサッカーボールと同じ形(六角形と五角形が組み合わさって球状になった形)をしていた。その後炭素数がより多いC70, C76, C82, C84 など多数存在していることが知られた。煤の中には球状のフラーレンのほかに、カーボンナノチューブ(Carbon nanotube: CNT)と呼ばれる管状の物質もある。グラフェンのシートを管状に丸めた単層のものと複数の太さの異なる管が同軸管状になった多層のものがある。単層のものをシングルウォールナノチューブ(Single-walled carbon nanotube 又はSingle wall nanotube: SWCNT又はSWNT)、多層のものをマルチウォールナノチューブ(Multi-walled carbon nanotube又はMulti wall nanotube: MWCNT又はMWNT)という。チューブの末端はフラーレンのように丸く閉じていることが多く巨大フラーレンの1 種ともいえる。片方が閉じて円錐状のものもありカーボンナノホーン(Carbon nanohorn: CNH)と呼ばれる。多数集まってウニのような集合体で発見された。カーボンナノチューブの直径は0.4 ~ 40 nmほどで、長さは 数mm である。多層カーボンナノチューブでより直径が大きいものはカーボンナノファイバー(Carbon nanofiber: CNF)と呼ばれる。直径が大きくなると各層の重なりはグラファイトに近づく。カーボンナノファイバーは長い管状の分子ではなく底の抜けたカップが積み重なったような形をしている。炭素ではなくセルロース(Cellulose)によるナノファイバーもあってその優れた物性で注目されているが、これもCNF(Cellulose nanofiber)と呼ばれており紛らわしい。一般に炭素繊維(Carbon fiber)と呼ばれている繊維も90 % 以上炭素でできているがCNF とは異なる。有機繊維を加熱炭化処理して得られるもので、その直径は1 本の繊維でも5 ~ 10 μmと桁違いに太い。さらに実際に繊維としては何万本もの集合体で使われる。原料としてポリアクリロニトリル(Polyacrylonitrile: PAN)繊維を使ったものとピッチ(Pitch)を使ったものがあり、それぞれPAN 系、ピッチ系と呼ばれる。そのほか、繊維(不織布)状の活性炭(Activated carbon fiber: ACF)もある。セルロースやフェノール樹脂などの繊維を原料として、炭素化の後賦活して活性炭素化して製造される。

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法()官報公示整理番号、その他の番号

元素としての炭素にはCAS No. はない。天然物の炭素に化審法の番号はない。しかしCAS No. は天然物でも「物質」として扱われる場合は番号が付されているので、ダイヤモンド、グラファイト、活性炭、カーボンブラックなど多くの炭素による物質に番号が付されている。同等の物質であっても原料や製造方法が異なると結晶構造、不純物などに違いがあるため、区別が必要な場合は別の番号が付される。このため図表1 に記されている番号が全てではない。石炭は瀝青炭、無煙炭で違い、コークスは石炭由来とタール由来で別になっている。フラーレンはC60, C70 などは個別に番号が振られているが異性体が多く、複数の物質を含む場合もある。カーボンナノチューブのCAS No.308068-56-6 は単層、多層の区別をしていない。カーボンブラックは、黒色顔料として化学反応させて製造されているということで化審法番号がある。ピグメントブラック-6 (C.I. Pigment black-6)は5-5222 であり、ピグメントブラック-7(C.I. Pigment black-7)は5-3328 である。

 

1.3 国連番号(UN No.)

炭素に関して国連分類は区分4.2(自然発火性物質)で国連番号1361 と1362 がある。国連番号1361 の品名は「炭素、動物又は植物から製造されたもの」、容器等級はⅡ又はⅢである。木炭は該当するが石炭は該当しない。カーボンブラックも動植物由来のものはこれに該当する。国連番号1362 の品名は「活性炭」である。容器等級はⅢであるが、自然発火性物質といっても容器等級Ⅱ , Ⅲでは自己発熱性物質も含まれる。これは大量(数 kg)の物質を空気中に置いたとき、数時間から数日間後に発火するおそれがある物質である。空気との接触で徐々に酸化・発熱して、その熱がこもって昇温するものである。炭素や活性炭であっても自己発熱性の判定基準に合致しない場合はこれ等の国連番号には該当しない。

 

図表1 炭素でできた物質の特定

名称 別名、例 Name CAS No. EC No.
炭素 Carbon
無定形 活性炭 Activated carbon 7440-44-0 231-153-3

931-328-0

931-334-3

(煤)

カーボンブラック

 

 

ファーネスブラック

アセチレンブラック

 

ランプブラック

Soot

Carbon black

Furnace black

Acetylene black

(Pigment black-7)

Lamp Black

(Pigment black-6)

 

1333-86-4

 

215-609-9

木炭 (炭、備長炭等) Charcoal 16291-96-6 240-383-3
石炭  

褐炭

瀝青炭

無煙炭

Coal

Lignite

Bituminous coal

Anthracite

129521-66-0

308062-82-0

8029-10-5

 

603-338-2

921-592-5

617-045-2

コークス Coke(coal)

Coke(coal tar), high-temperature pitch

65996-77-2

140203-12-9

266-010-4

310-221-7

結晶 グラファイト 石墨、黒鉛 Graphite 7782-42-5 231-955-3
ダイヤモンド 金剛石 Diamond 7782-40-3 231-953-2
微粒子・結晶 フラーレン

C60フラーレン

その他のフラーレン

バックミンスターフラーレン

バッキーボール

Fullerene

Buckminster fullerene

Buckyball

C60フラーレン Fullerene C60 99685-96-8 628-630-7
C70フラーレン Fullerene C70 115383-22-7 634-223-5
その他のフラーレンC76, C82, C84,C90, C96, C240, C540など C76 135113-15-4
C78 136316-32-0
C84 135113-16-5
カーボンナノチューブ Carbon nanotube(CNT) 308068-56-6 608-533-6
単層 Single walled nanotube (SWCNT) 943-098-9

922-749-0

多層 Multi walled nanotube (MWCNT)  

936-414-1

919-206-5

(カーボンナノファイバー) Carbon nanofiber (CNF)
カーボンナノホーン Carbon nanohorn (CNH)
成形品 炭素繊維 Carbon fiber (CF) 308063-56-1 926-722-4
(PAN系)

(ピッチ系)

308063-67-4 893-876-6
活性炭素繊維 Activated carbon fiber (ACF)

 


2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

炭素の融点は全元素の中で最も高い。空気中で加熱すると500 ℃以上で発火するので、酸素のない真空状態で試験する。グラファイトやカーボンブラックなど炭素でできた物質は固体で、巨大な分子のようなもので、約3,500 ℃以上では一部炭素- 炭素間の結合が切れて小さい分子やその集合体になって液化(溶融)・気化(昇華)する。約4,000 ℃以上では気体状態になる。室温でも微粒子が空気中に拡散すると爆発性の混合気体となる。炭素含有率が高く、高密度で表面積(空気との接触面積)が小さいと燃えにくいが、燃えたときの発熱量は大きい。

カーボンブラックは球状の粒子がくっついた複雑な構造をしている。この大きさは1 μm以下であるが、さらに集まってより大きな凝集体や塊状になっている。ほとんど炭素でできているが表面には炭素以外の元素も含まれていて水酸基やカルボキシル基などになっている。カーボンブラックはナノマテリアル(大きさが1 ~ 100 nmの微粒子やその凝集体)である。フィルムや繊維状の場合もその厚さや直径がその大きさのものであればナノマテリアルと呼ばれるのでカーボンナノチューブ、ナノファイバー、グラフェンもナノマテリアルに該当する。

ダイヤモンドは無色透明の固体で、密度は炭素材料の中で最も大きい3.51 g/cm3 である。宝石としての輝きは、屈折率が高く内部で全反射を起こしやすいためである。天然に存在する物質の中で最も硬いことで知られている。しかし衝撃にはそれほどではなく強い衝撃で割れる。電気絶縁体であるが固体物質の中で最も熱伝導性が高い。ダイヤモンドも空気中では600 ℃以上で黒鉛化し、800 ℃以上では燃える(酸化されて二酸化炭素になる)。

グラファイトはダイヤと違い、爪よりも柔らかで、導電性のある黒色の固体である。金属並みの熱伝導性がある。

C60 フラーレンは黒色の粉末で融点は1180 ℃である。酸素の存在下では100 ~ 300 ℃まで安定で、酸素非存在下では500 ℃付近で昇華し始める。水にはほとんど溶けないが、有機溶剤には少し溶解する。

カーボンナノチューブは繊維状の物質であるが多数の凝集体では黒い粉末状である。密度も一本の繊維では1.3 ~ 1.9 g/cm3 あるが嵩密度は0.2 g/cm3 と小さい。高強度(鋼鉄の100 倍)、高導電性(銅の1,000 倍)、高熱伝導性(ダイヤモンドより高い)、高耐熱性(無酸素状態では融点は3,000 ℃以上)、化学的にも安定な物質である。弾性率は高いが非常に柔軟で、曲げ伸ばしにも強い。水にも有機溶剤にもほとんど溶けないが、カテキンなどの可溶化剤の存在で少し溶解する。

炭素繊維の密度は約1.8 と鉄の約1/4 でアルミやガラス繊維より軽い。高強度高弾性率で、重量当たりにすると強度(比強度)は鉄の約10 倍、弾性率(比弾性率)は鉄の約7 倍ある。導電性があり熱伝導性もよい。

 

図表2 炭素の主な物理化学的性質(職場のあんぜんサイトモデルSDS, ICSC, REACH 登録物質データ、理科年表等による)

物理化学的性質 活性炭 カーボンブラック グラファイト ダイヤモンド C60フラーレン SWCNT*
(CAS No.) 7440-44-0 1333-86-4 7782-42-5 7782-40-3 99685-96-8 308068-56-6
融点(℃) >3500

(3652-3697:昇華)

1180

(500-1000:昇華)

400
沸点(℃) 4200 4800
自然発火温度(℃) >500
密度(g/cm3) 1.8-3.51 1.8-2.1 2.09-2.23 3.51 1.729 1.877
水への溶解度(mg/L) 不溶
熱伝導率(W/m・K) 1.5 (0℃) 80-230(0℃) 1000-2000 0.4(室温) 3000-5500

熱伝導率(W/m・K)、(0℃):銅:403、鉄:83.5、炭素繊維: ~800

 

2.2 有害性(図表3)

炭素材料の急性毒性は低いと考えられている。活性炭や木炭(竹炭)は食品衛生法で食品添加物として認められている。皮膚や眼への刺激性も特にない。大気中に拡散した微粒子を反復又は長期的に吸い込んだ場合、肺が冒されることがある。動物試験では肺腫瘍の発生が確認されているが、ヒトについては発がん性の証拠は明確ではない。カーボンブラックをIARC はグループ2 B、日本産業衛生学会も同様に第2 群B に分類している。NITE はこれに基づいてGHS区分2 としているが、動物試験での作用機構はヒトへの関連性が低いとして分類すべきでないともいわれている。

フラーレンについてはほとんどデータがない。データはないが眼や呼吸器への刺激性のおそれがあると考えられる。

カーボンナノチューブもデータは少ないがEU のREACH 登録物質の情報では眼刺激性区分2 としている。発がん性については、石綿との類似性から懸念されている。多層カーボンナノチューブの1 種(MWCNT-7)について動物試験で発がん性が認められた。IARC はこの種類に関して、ヒトに対する発がん性の証拠は不十分としてグループ2 B とし、そのほかの多層及び単層カーボンナノチューブについては証拠が不十分としてグループ3 としている。日本産業衛生学会は暫定として多層カーボンナノチューブに生殖毒性第3群に分類した。

 


3.主な用途

昔から木炭、石炭は主に燃料として使用されてきた。そのほかに木炭は脱臭剤、除湿剤のほか農業用に土地改良剤などとしても使われている。石炭はセメント製造用や鉄鋼製造用のコークスの原料である。コークスは酸化鉄である鉄鉱石を還元して鉄にする。鉄鉱石などの原料を溶融するための熱源でもある。

活性炭は食品や化学工場での脱臭、脱色、薬品製造時の精製、浄水製造時の脱臭、カイロ、下水排水処理、有機溶剤蒸気の回収、触媒担体、ガス吸着剤などとして使われる。薬物中毒の際の毒物の吸収抑制剤として投与されることもある。

カーボンブラックはタイヤやベルトなどのゴム補強剤、樹脂・印刷インキ・塗料・トナーなどの黒色顔料、電線・通信ケーブルの紫外線防止被覆材、帯電防止繊維、フィルムの導電性付与材、乾電池の導電材料などに使われている。

「墨」は油や松脂の不完全燃焼で生成する煤と膠を混ぜた物である。燃料などに用いられる「炭」は木材などを高温で処理して水分などを除き「炭化」したものである。

グラファイトは鉛筆の芯、潤滑剤、原子炉の中性子減速剤として使われる。

ダイヤモンドは宝飾品であるが、その硬さのためにダイヤモンドカッター、研磨剤、レコード針などとして使われ、工業的にも生産されている。

フラーレンは化粧品や潤滑油の添加剤等の例がある。カーボンナノチューブ、ナノファイバーは優れた性質から電池の電極材料、導電性の膜/ 塗料/ 樹脂、高強度の構造材料など多くの用途が期待されている。量産化も始まり価格も下がってこれから広がっていくと思われる。二次元材料のグラフェンもその導電性からセンサーや電極材料などへの応用が期待されている。

炭素繊維は主にエポキシ樹脂と複合化して炭素繊維強化樹脂(CFRP)として使用されている。CFRP はスポーツ用品(ゴルフ、釣竿など)から航空機、自動車、土木・建築材料などに使われている。最近では風力発電の風車とか義足など応用範囲が広がっている。

 

図表3 炭素のGHS分類(NITE, REACH 登録物質情報* による)

GHS分類 活性炭 カーボンブラック SWCNT
7440-44-0 1333-86-4 308068-56-6
物理化学的危険性
可燃性固体
自然発火性固体 区分外 区分外
自己発熱性化学品 1-2(動植物系)

-(その他)

金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 区分外
急性毒性(経皮)
急性毒性(吸入:粉塵)
皮膚腐食/刺激性 区分外
眼損傷/刺激性 区分外 2*
皮膚感作性
生殖細胞変異原性
発がん性 2
生殖毒性
特定標的臓器(単回)
特定標的臓器(反復) 2(肺)* 1(呼吸器)
誤えん有害性
環境有害性
水生環境有害性(短期/急性) 区分外
水生環境有害性(長期/慢性)

-:分類できない

 


4.事故などの例

・ 石炭は明治以後の日本の近代化を支えた。しかし地下に掘った炭鉱では明治時代以来、度々炭塵やガスによる爆発事故を起こしていた。1920 年頃以後は湿潤化などの安全対策を取られ、事故は起こらなくなっていたが1960 年頃から再び事故が起き始めた。1963 年の三井三池鉱業所で起きた炭塵爆発は戦後最大との炭鉱災害となった。爆風、炎、落盤とその後の坑内の一酸化炭素中毒により死者458 人、重軽傷者555 人の被害者を出した。石油の台頭で石炭産業が厳しくなって大規模な合理化が行われ、安全対策がおろそかになっていた。

(http://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000611.html)

・ 活性炭製造工場でヤシ殻の焼成中、設備の不具合のため副産物(活性炭の粉と灰)が蓄積した。副産物を掻き出していたところ、高温の活性炭の粉末が舞い上がり、空気との接触で着火し、火の粉によって作業員が火傷を負った。原因として掻き出した副産物が空気に触れる状態で、装置を止めないで作業し、掻き出した副産物に対する散水冷却が不十分だったことなど原因で、作業者が着用していた衣類や保護具は耐火性でなかったことなどが挙げられている。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=100847)

・ ピッチ系炭素繊維製造設備で、ピッチ繊維を高温焼成して炭素繊維化する電気黒鉛化炉で火災が発生した。冷却水設備に割れが生じて冷却水が炉内に漏れて反応、水性ガス(一酸化炭素と水素)が発生、着火して炉外でも燃焼して火災となった。炉内温度は2,530 ℃にもなり、冷却水(工業用水)中の塩素(~ 20 ppm)がステンレスの腐食を促進、応力集中で割れが生じた。

(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0200035.html)

・ 2010 年に起きたメキシコ湾原油流出事故は、11 人が死亡というものだったが大規模な環境汚染を引き起こした。原油とともに噴出した天然ガスに引火し、黒煙をあげて燃えた。このとき発生した煤もヒトや生物の健康や地球温暖化にも影響すると考えられた。

(https://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=6570)

 

5.主な法規制及び作業環境許容濃度(図表4)

炭素材料はもともと地球上にある物質なので環境を通じての影響を規制する化審法や化学物質管理促進法などには該当しない。労働安全衛生法ではカーボンブラックが表示及び文書交付(通知)対象物に挙げられている。0.1 % 以上含有する場合はSDS の提供、1 % 以上含まれる場合はラベル表示などの義務がある。炭素を主成分として含む材料や製品の粉砕、研削などで粉塵を発生させたり、微粒子を取扱ったりするときは粉じん障害防止規則(粉じん則)の対象にある。湿潤な状態での取扱いや密閉化による粉塵発生の防止、局所排気、プッシュプル型換気などによる曝露防止を行う。曝露防止策が十分でない場合は、有効な呼吸用保護具を使用しなければならない。屋内の場合、作業環境測定基準に従って作業環境を測定(1 回/6 ヶ月)し、労働基準監督署長に提出して許可をもらう必要がある。粉塵に対する作業環境管理濃度は以下の式で算出される。

  E = 3.0 / (1.19 Q+1)

  E: 管理濃度(mg/m3), Q: 当該粉塵の遊離ケイ酸含有率(%)

 炭素材料の場合ケイ酸は含んでいないのでQ=0 で管理濃度は3.0 mg/m3 である。日本産業衛生学会の作業環境許容濃度は活性炭やグラファイトは第1 種粉塵に挙げられ吸入性粉塵で0.5 mg/m3、 総粉塵2 mg/m3、カーボンブラックは第2 種粉塵に挙げられており吸入性粉塵1 mg/m3、総粉塵4 mg/m3 である。ACGIH(米国産業衛生専門家会議)の許容濃度(TLV-TWA)でもグラファイトの吸入性粒子(Respirable particle)で2 mg/m3とカーボンブラックは3 mg/m3 としている。また、じん肺法に基づいて作業者のじん肺健康診断を行い、必要な場合は曝露低減を行う。作業環境測定・評価や健康診断の結果は7 年間保存しなければならない。ある多層カーボンナノチューブに動物試験で発がん性が認められたことから厚生労働省はこの物質を「がんを生じさせるおそれがある危険物質」として健康障害防止指針対象物に追加している。

( https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/kouji/K160331K0012.pdf)

カーボンブラックやカーボンナノチューブなどのナノマテリアルを含む物質に対し、生体影響が十分に解明されていないので予防的な措置として、作業環境や作業の管理、保護具の確認や労働者の安全教育などの曝露防止対策を求めている。

(https://www.jaish.gr.jp/horei/hor1-50/hor1-50-8-1-2.html)

労働基準法でがん原性物質にかかわって発がんした場合の補償を決めている。コークスの製造工程で肺がん、煤やタール、ピッチ、アスファルトにさらされて皮膚がんを生じた場合、その労働者の使用者は療養費用の補償、療養中の休業、障害が残った場合の補償、死亡した場合遺族に対し遺族補償を行わなければならない。

石炭や木炭類は消防法では危険物には該当しないが、指定可燃物に該当する。指定数量は10 t である。コークスもこれに該当するが、カーボンブラックは該当しない。

国連分類は4.2(自然発火性物質)である。航空法では国連番号1361 のものや湿性の木炭、熱を持つコークスなどは輸送禁止になっている。

 

 

図表4 炭素に関係する法規制及び作業環境許容濃度

法律名 法区分 条件など 対象
労働安全衛生法 名称等表示/通知物 表示 ≧1% カーボンブラック(130)
通知 ≧0.1% カーボンブラック(130)
粉じん障害防止規則 粉じん 炭素の粉じん

カーボンブラック、

アセチレンブラック

じん肺法 粉じん作業
作業環境評価基準 管理濃度(mg/m3)=3.0/(1.19Q+1)

Q=当該粉塵の遊離けい酸含有率%

健康障害防止指針 >1% 多層カーボンナノチューブ*1
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会(粉塵) (暫定)吸入性粉塵: 0.01mg/m3 多層カーボンナノチューブ
第1種粉塵:

吸入性粉塵: 0.5mg/m3

総粉塵   2mg/m3

活性炭、黒鉛
第2種粉塵:

吸入性粉塵: 1mg/m3

総粉塵    4mg/m3

カーボンブラック、石炭
第3種粉塵:

吸入性粉塵: 2mg/m3

総粉塵   8mg/m3

その他の無機粉塵

(フラーレン等)

ACGIH TLV TWA  

0.4mg/m3(respirable)

0.9mg/m3(respirable)

炭塵(coal dust)

Anthracite

Bituminous, lignite

2mg/m3(respirable particulate) グラファイト(黒鉛)
3mg/m3 (inhalable particulate) カーボンブラック
労働基準法 がん原性(物質、因子、工程) 製造工程(肺がん) コークス
さらされる業務(皮膚がん) すす、タール、ピッチ、アスファルト
消防法 非危険物 指定可燃物 石炭・木炭類
航空法 輸送禁止 国連番号1361(炭素) 動植物系で不活性のもの
湿性 木炭、木炭屑
熱を有するもの コークス、高沸点ピッチコークス(石炭タール)
可燃性物質類・自然発火性物質 国連番号1362(活性炭) 蒸気活性化活性炭以外
船舶安全法 可燃性物質類・自然発火性物質 国連番号1361(炭素) 、

 

動植物由来粉状又は粒状の不活性炭素、自己発熱性
国連番号1362(活性炭) 蒸気活性化活性炭以外
港則法 その他の危険物・可燃性物質類(自然発火性物質) 国連番号1361(炭素)

容器等級Ⅲを除く

動植物由来粉状又は粒状の不活性炭素、自己発熱性
海洋汚染防止法 有害でない物質 規制なし 石炭
食品衛生法 食品添加物 既存添加物 活性炭、木炭(竹炭)、

植物炭末色素、骨炭、骨炭色素

容器包装ポジティブリスト 添加剤 炭素*2

炭素繊維*3

グラファイト*4

活性炭*5

ダイヤモンド*6

煆焼石油コークス*7

法区分の( )内の数値は政令番号

*1: 厚生労働省労働基準局長指定、該当品は既に製造禁止

*2: 炭素繊維以外、使用制限10%~35%(合成樹脂区分により異なる)
トルエン抽出物≦0.1%, ベンゾ[a]ピレン≦25mg/kg

*3: 使用制限30%~50%(合成樹脂区分により異なる)

*4: 使用制限 30%

*5: 使用制限0%~3%(合成樹脂区分により異なる)

*6: 合成樹脂区分1(エンジニアリングプラスチック等:消費係数<0.1, ポリマー中塩化ビニル/塩化ビニリデン<50%, ガラス転移温度≧150℃)に対してのみ使用制限5%

*7: 煆焼石油コークス:石油由来のコークスをさらに高温で焼成したもので黒鉛性に優れる。合成樹脂区分1に対してのみ使用制限30%

 


6.曝露などの可能性と対策

6.1 事故や曝露の可能性

密度が高く、空気との接触面積が小さい炭素材料は容易には着火しないが、微粉末や活性炭のような多孔質の場合は、空気との接触面積が大きく、保管中に空気と徐々に反応する。タンクなど密閉された設備で保管すると、内部の酸素が消費され、酸素濃度の低下や一酸化炭素濃度の上昇のおそれがある。量が多いと昇温して発火するおそれがある。燃えた場合、酸素不足で不完全燃焼して一酸化炭素を発生する。炭素微粉末は着火温度が高く、空気と混ざっても容易に着火することはないが、揮発性の有機物などを吸着・含有していると着火・爆発を起こすおそれがある。カーボンブラックなど導電性粉塵の場合、電気設備の絶縁不良によるショートのおそれがある。爆発や火災では、高温になるだけでなく、一酸化炭素などの有害ガスの発生や空気中の酸素濃度の低下もある。

炭素材料は非水溶性の固体で、飲み込んでも消化吸収されず、皮膚に付着したり眼に入ったりしても吸収されない。微粉末は吸入のおそれがある。特に小さな粒子は空気中に長く浮遊する。粒径が5 μm程度より大きい粉塵は、鼻の粘膜で侵入を防ぐことができるが、小さい場合は気管支から肺の奥の肺胞まで達し、沈着してじん肺を起こし易くなる。特に小さい粒子は浮遊していても見えない。ナノマテリアルの細かなものは防塵マスクでは防げない場合がある。木炭、コークス、カーボンブラック、炭素繊維などを製造する際、原料物質を酸素不十分な中で高温に加熱して炭素化するが、そのとき一酸化炭素や低分子の有機化合物を含む有害ガスや液体のタールなどが発生する。回収して燃料や原料として利用されることもあるが、大気中に放出されたり、設備から排出されたりして作業者に曝露するおそれがある。

 

6.2 事故や曝露の防止

粉塵を発生させない。粒径の大きなものを使い、輸送中や取扱い中に粒子が破壊したり削れたりしてしないようにする。水や油などで分散液、スラリーや湿潤状態にして取扱う。粉末が漏出した場合、集塵装置などで吸引するか、霧状水を散水して湿らせて処理する。炭素の粉末は水をはじくので水に少量の洗剤又はアルコールを添加する。微粒子を樹脂に練り込む場合、予め高濃度で練り込んだマスターペレットを利用する。

微粒子の輸送・保管・取扱設備は極力密閉化する。完全密閉化できない場所や工程では局所排気又はプッシュプル型換気を行う。発生した粉塵は発生源で除去する。屋内では浮遊粉塵濃度を下げるために全体換気を行う。排気・換気はHEPAフィルターあるいはそれと同等以上の性能を有するフィルターで捕集し、清浄化した空気を場外へ排出する。

保管・取扱場所は火気厳禁。近くでは火花などの着火源を発生する機械を使用しない。日光や酸化剤との接触を避ける。電気設備は防爆構造のものを用いる。

個人用保護具としては送気マスク等の給気式呼吸用保護具、粒子補集効率99.9 % 以上の防塵マスク(RS3)や粒子捕集効率99.97 % 以上の電動ファン付き呼吸用保護具(PS3)で国家検定合格品を用いる。タンクなどの保管設備内など酸欠や一酸化炭素等の有害ガスの存在が懸念される場所では予め酸素濃度や一酸化炭素濃度等を測定し、必要なら空気呼吸器を使用する。顔面とマスクとの密着性を確認して使用する。また、防塵眼鏡、ビニール又はゴム製手袋、保護衣を着用する。取扱い後は保護具に付着した粉塵が再飛散しないよう取扱い、洗濯する。うがいをして、シャワーなどで体を洗う。皮膚に付着したり眼に入ったりした場合は、擦らずに水で洗い流す。

 

6.3 廃棄処理

都道府県知事などの許可を受けた産業廃棄処理業者に産業廃棄物として処理する。微粒子の場合、廃棄物から粉塵が飛散しないように処理する。焼却処理する場合には、可燃性溶剤に溶解又は混合した後、アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で焼却する。炭素繊維や炭素繊維強化プラスチック(CFRP)など炭素繊維を含む製品は焼却しない。炭素繊維は一般ごみの焼却炉では完全には燃えない。燃え残った炭素繊維が飛散して電気集塵機等電気設備の短絡事故を起こすおそれがある。炭素繊維は環境中では分解しない。多くのエネルギーを使って製造されており、できればリサイクルを考える。

 

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