第25回 石油エーテル

誌面掲載:2019年9月号 情報更新:2024年1月

免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。


1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

石油エーテル(Petroleum ether)は飽和炭化水素[脂肪族炭化水素、アルカン(Alkane)又はパラフィン(Paraffin)ともいい化学式は一般的にCnH2n+2 の一種で、石油から沸点範囲が約30 ~ 60 ℃ の留出分を指し、炭素数は5 ~ 6 個(上式のn=5 ~ 6)である。化学物質としては主にペンタン(Pentane:C5H12)やヘキサン(Hexane:C6 H14)の混合物である。エーテルという名称が付いているが化学物質としてエーテル(Ether)結合(R-O-R)を含んだ物質ではない。エーテルは、元は宇宙に充満している物質として考えられた物質に付けられた名称だった。ジエチルエーテル(Diethyl ether:C2H5OC2H5)が発見されたとき、沸点が低くすぐ蒸発してしまうので、エーテルという名称が付けられた。石油エーテルも同様に揮発性が高いためにこう呼ばれたが、化学的な関連性はない。単にエーテルというときはジエチルエーテルを指す。

石油は天然に存在する炭化水素を主成分とする液体で、炭素数の少ないものから多いものまで含んでいる。炭化水素の気体は天然ガスで、固体は石炭である。石油は地下から汲み出された後、沸点の違いで石油ガス(Petroleum gas)、ガソリン(Gasoline, Petrol)・ナフサ(Naphtha)、灯油(Kerosene)、軽油(Light oil)、重油(Heavy oil)及びアスファルト(Asphalt)に別けられる。石油由来の油を鉱物油(Mineral oil)と呼ぶこともある。現在、鉱物(Mineral)は固体に限られるが、これは過去に石油を鉱物に分類していたことがあったためである。実際には単純な蒸留だけではなく、高沸点成分を分解して用途の多い低沸点成分を増やしたり、その過程で硫黄などの除去精製を行ったりしている。石油エーテルは石油留分としてはガソリン・ナフサの部類である。

石油ガスは、常温では気体だが、圧縮により容易に液化できる。液化石油ガス(Liquefied petroleumgas:LP ガス又はLPG)をボンベに充填して供給される。「プロパンガス」として知られているが、プロパン(Propane:C3H8)とブタン(Butane:C4H10)を主成分としている。同様に気体で供給される天然ガスの主成分はメタン(Methane:CH4)である。これらのガスは無色無臭であるが、少量のメルカプタン等分子中に硫黄を含む、臭いの強い物質が微量添加されていることが多い。これは空気と混ざると爆発性混合気体になるので、漏洩したときに感知できるようにするためである。「ガス臭い」という臭いはこの添加物質の臭いである。

ガソリンは炭素数4 ~ 10 の炭化水素の混合物で、沸点は30 ~ 220 ℃ある。揮発性が高いので「揮発油」と呼ばれることもある。燃料用と工業用に別けられる。燃料用ガソリンは灯油や軽油と区別するためにオレンジ色に着色されている。ガソリンスタンドで販売されるガソリンはガソリンエンジンがトラブルなく運転できるよう設計された石油化学製品でJIS 規格(JIS K 2202)がある。アメリカではGas と呼ばれるが、気体のgas ではなく、Gasoline の省略語である。工業用ガソリンも JIS K 2201 の規格があり、 沸点30 ~210 ℃の石油留分で用途により、1 号: ベンジン(洗浄用)、2 号: ゴム揮発油(ゴム、塗料の溶剤)、3 号: ダイズ揮発油(抽出用溶剤)、4 号: ミネラルスピリット(塗料用溶剤)、5 号: クリーニングソルベント(ドライクリーニング用、塗料用溶剤)に別けられている。ベンジン(Benzine)は沸点30 ~ 120 ℃程度のもので、炭素数5 ~ 10 の飽和炭化水素の混合物である。衣類などのしみ抜きに使われる。ベンゼン(Benzene:C6H6)と名称は似ているが別物質である。ベンゼンは炭化水素という点では同じだが、飽和炭化水素ではなく「芳香族」炭化水素と呼ばれる。リグロイン(Ligroin)と呼ばれる物質も工業用ガソリンの一種で、沸点が60 ~ 120 ℃の飽和炭化水素である。試薬としての石油エーテル、石油ベンジン、リグロインはいずれも低沸点の飽和炭化水素混合物でありJIS K 8593, K 8594, K 8937 の基準がある。ナフサも石油から蒸留によって得られるもので、沸点範囲が30 ~ 180 ℃のものをいう。ガソリンとほぼ重なるが、燃料や溶剤としてではなく石油化学工業で製造される種々の化学物質の原料のときの名称である。沸点範囲が35 ~ 80 ℃のものを軽質ナフサ、80 ~ 180 ℃のものを重質ナフサという。重質ナフサは芳香族炭化水素を多く含む。

石油留分で次に沸点の高い成分は灯油で沸点範囲は約170 ~ 250 ℃である。ジェット機やロケットの燃料に使われるケロセン又はケロシン(Kerosene, Kerosine)も石油留分で沸点が150 ~ 280 ℃で灯油と重なる。軽油(Light oil)は沸点範囲240 ~ 350 ℃である。350 ℃以上のものは重油(Heavy oil)と呼ばれる。ほかの石油留分より比重(密度)が大きいので重油と呼ばれるが、1 g/cm3 より小さく水に浮く。パラフィンを多く含むが、ほかの物質も多く含むため黒い。精製して無色透明の液体の流動パラフィン(Liquid paraffin)や蝋状のパラフィンワックスが得られる。流動パラフィンは環状のシクロアルカン類を多く含む。ベビーオイルとして知られているが、ホワイトオイル(White oil)、ミネラルオイル(Mineral oil)、ヌジョール(Nujol)と呼ばれることもある。

プラスチックのポリエチレン(Polyethylene)やポリプロピレン(Polypropylene)は石油からの精製物ではないが、飽和炭化水素の一種である。

なお沸点範囲とその名称は厳密な関係ではなく、法規制や用途などによって定義範囲が異なることがある。

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)の官報公示整理番号、そのほかの番号

石油エーテルやリグロインのCAS No. は 8032-32-4である。天然物から化学反応を経ず、蒸留によって分離した低沸点の飽和炭化水素で複数成分を含み化審法官報公示整理番号はない。類似の石油ベンジンやナフサには別のCAS No.8030-30-6 が充てられている。沸点の高い成分は環状炭化水素(ナフテン系、芳香族)が含まれる。(図表1 で石油エーテル、石油ベンジンの別名として挙げた物質はそれぞれ同じCAS No. の物質である。これらは全く同じ物質の別名というわけでなく、沸点範囲や成分組成が同じとは限らない。) 石油蒸留物の「天然ガソリン」のCAS No. は8006-61-9 など、分子量や組成等の違いにより多くのCAS No. がある。

石油エーテルを構成するペンタンやヘキサンにはそれぞれ化審法の官報公示整理番号がある。ペンタンは2-5、ヘキサンは2-6 である。ペンタンには異性体が3 種類あり、ヘキサンには5 種類あるが、化審法ではこれらの異性体の区別はしていない。これは化審法成立時に異性体はいずれも既存物質だったためである。化審法の類別番号2 は飽和炭化水素化合物であることを示している。CAS No. やEUのEC No. は個々の物質に個別番号がある。

 

1.3 国連番号(UN No.)

石油エーテルは引火点の低い引火性液体で、国連分類はクラス3(引火性液体)である。石油エーテルという名称では国連番号はないが、「石油蒸留物、ほかに品名が明示されていないもの又は石油製品、ほかに品名が明示されていないもの」(PETROLEUMDISTILLATES, N.O.S. or PETROLEUM PRODUCTS,N.O.S.)という名称で国連番号1268 がある。この名称では石油ベンジンなど石油エーテル以外も含み容器等級はⅠ~Ⅲの場合があるが、石油エーテルの場合は容器等級Ⅰと考えられる。石油エーテル中の成分のペンタンやヘキサンにはそれぞれ国連番号がある。国連番号1265 の品名は「ペンタン、液体のもの」(PENTANES,liquid)である。n- ペンタン、イソペンタンが該当する。ペンタンのもう一つの異性体2,2- ジメチルプロパン[2,2-dimethylpropane, C(CH34]は、沸点が9.5 ℃で室温では気体で、国連分類はクラス2.1(引火性ガス)である。この品名で国連番号2044 がある。ネオペンタン(Neopentane)ともいう。ヘキサンはこの品名で国連番号は1208、容器等級はⅡである。ヘキサンのすべての異性体を含む。

他に石油の成分で国連分類3(引火性液体)に該当するが、国連番号がない物質には「炭化水素類、液体、他に品名が明示されていないもの」(HYDROCARBONS, LIQUID, N.O.S.)という品名で国連番号3295 がある。容器等級は引火点によりⅠ~Ⅲがある。

 

図表1 石油エーテル及びその類縁物質の特定

名称 石油エーテル

(Petroleum ether)

石油ベンジン

(Petroleum benzine)

(天然)ガソリン

(Natural gasoline)

n-ペンタン

(n-Pentane)

イソペンタン

(Isopentane)

n-ヘキサン

(n-Hexane)

その他の名称 リグロイン

(Ligroin)

低沸点ナフサ

(Low boiling point naphtha)

ナフサ

(Naphtha)

石油ナフサ

(Petroleum naphtha)

2-メチルブタン

(2-methylbutane)

エチルジメチルメタン

(Ethyl dimethylmethane)

ノルマルヘキサン

(normal hexane)

ジプロピル

(Dipropyl)

化学式 CnH2n+2

n = 5~6

CnHm

 

C5H12 CH3(CH2)3CH3 C5H12

(CH3)2CHC2H5

C6H14 CH3(CH2)4CH3
CAS No. 8032-32-4 8030-30-6 8006-61-9 109-66-0 78-78-4 110-54-3
化学物質審査規制法(化審法) 2-5 2-5 2-6
EC No. 232-453-7 232-443-2 232-349-1 203-692-4 201-142-8 203-777-6
REACH 01-2119474695-24 01-2119556797-19 01-2119480183-41- 01-2119459286-30 01-2119475602-38 01-2119480412-44
国連分類 3
国連番号 1268 1203 1265 1208
 品名 石油蒸留物、他に品名が明示されていないもの又は石油製品、他に品名が明示されていないもの モータースピリット、ガソリン又はペトロール ペンタン、液体のもの ヘキサン
 容器等級 Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ

CAS No. 8032-32-4の物質には、リグロイン(Ligroin)、低沸点ナフサ(Low boiling point naphtha)等がある。CAS No. 8030-30-6の物質にはナフサ(Naphtha)、石油ナフサ(Petroleum naphtha)等がある。

 


2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2, 3)

石油エーテルは無色透明で特有の臭いのある液体である。石油の蒸留によって得られる製品は複数の成分を含み、油田や精製場所によって組成が同じとは限らない。このため物理化学的性質も一定とは限らない。石油エーテルの定義から沸点は30 ~ 60 ℃である。融点は–70 ℃以下であるが、構成成分の融点からは< –90 ℃と予想される。同様成分の物質がガソリンなど燃料として使われるほど燃えやすい。引火点は非常に低く< –20 ℃とあるが、成分中の引火点の低い成分の影響が大きい。比重は石油分留液体では最も小さい。石油分留物は沸点が低いほど密度(比重)は低い。炭化水素では分子の形状にもよるが水素の含有率が高くなると沸点が下がり、密度は低くなる傾向がある。水にはほとんど溶けない。オクタノール水分配係数(log Pow)は個別物質でないと測定できないので石油エーテルにデータはないが、ペンタンやヘキサンは2 ~ 4 である。

 

図表2 石油エーテル及びその構成成分の主な物理化学的性質(ICSC 等による)

石油エーテル* n-ペンタン イソペンタン n-ヘキサン
融点(℃) <-70 -129 -160 -95
沸点(℃)(範囲) 30~60 36 28 69
引火点(℃) (c.c.) <-20 -49 < -51 -22
発火点(℃) 220~260 260 420 225
爆発限界(vol %) 1~7 1.5~7.8 1.4~7.6 1.1-7.5
比重(水=1.0) 0.62~0.66(20℃) 0.63 0.6 0.7
水への溶解度 ほとんど溶けない 0.004g/100ml 不溶 0.0013g/100ml
log Pow 3.39 2.3 3.9
粘度(mm2/s) 0.36 0.3(20℃)

*: NITEなどより

 

図表3-1 石油エーテル及びその類縁物質のGHS分類(NITE による)

GHS分類 石油エーテル 石油ベンジン リグロイン

(低沸点ナフサ)

Ligroine

(CLP*/REACH)

石油ナフサ

(2006)

石油ナフサ**

(2009)

ガソリン
物理化学的危険性
引火性液体 1 1 2 1 1 3 2
自然発火性液体 区分外 区分外 区分外 区分外 区分外 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 区分外 区分外 区分外 区分外 区分外
急性毒性(経皮) 区分外 区分外 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 4 4
皮膚腐食/刺激性 3 3 2 2 2 2 2
眼損傷/刺激性 2B 2A-2B 2 区分外 2 2B
皮膚感作性 区分外 区分外
生殖細胞変異原性 1B* 区分外 区分外
発がん性 区分外 1B* 2
生殖毒性 2 区分外
特定標的臓器(単回) 3(気道刺激性、麻酔作用) 3(麻酔作用) 3(気道刺激性、麻酔作用) 3(麻酔作用) 3(気道刺激性) 1(肺、肝臓)

3(麻酔作用)

特定標的臓器(反復) 2(神経系) 1(神経系) 1(神経系) 1(神経系)

2(血管)

誤えん有害性 1 1 1 1* 1 1 1
環境有害性
水生環境有害性(短期/急性) 2
水生環境有害性(長期/慢性) 2 2

*: CLP、EUのその他はREACH 登録物質の情報

**:職場のあんぜんサイトモデルSDS

 

図表3-2 石油エーテルの主な成分のGHS分類(NITE による)

GHS分類 n-ペンタン イソペンタン n-ヘキサン 2-メチルペンタン
物理化学的危険性
引火性液体 2 1 2 2
自然発火性液体 区分外 区分外 区分外 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 区分外 区分外
急性毒性(経皮) 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 区分外 区分外
皮膚腐食/刺激性 区分外 区分外 2 2
眼損傷/刺激性 2B 2 2
皮膚感作性 区分外 区分外
生殖細胞変異原性
発がん性
生殖毒性 2
特定標的臓器(単回) 3(気道刺激性、麻酔作用) 3(気道刺激性、麻酔作用) 3(気道刺激性、麻酔作用)
特定標的臓器(反復) 1(神経系)
誤えん有害性 1 1 1
環境有害性
水生環境有害性(短期/急性) 2 2 2
水生環境有害性(長期/慢性) 区分外 区分外 区分外

 

 

2.2 有害性

石油エーテル及びその類縁物質のGHS 分類例を図表3 に示す。化学的に反応性に乏しいので有害性は比較的低い。皮膚や眼、気道を刺激する。眼に入ると発赤、痛みを生ずる。吸入すると眩暈、嗜眠、頭痛、吐き気を生じ、大量に吸い込むと意識低下を起こすこともある。揮発しやすいので急速に有害濃度に達するおそれがある。飲み込んだとき、吸い込んで肺を損傷する(誤嚥性肺炎)おそれがある。皮膚の脱脂を起こし、乾燥やひび割れを生じることがある。長期的には皮膚炎を起こすことがある。感作性を示す情報はない。遺伝子への影響を調べる多くの変異原性試験では陰性であるが、変異原性がないとの判断は難しい。発がん性を示す明らかな証拠はない。IARC などの機関では評価していない。ガソリンについてACGIH がA3(ヒトでの証拠は不十分だが、動物試験で発がん性有)に分類している。EU CLPではガソリン、リグロイン、ナフサなど多くの石油留分に対し変異原性、発がん性とも区分1Bに分類している。生殖・発生毒性については、n-ヘキサンで影響が見られている。EU CLP ではn-HexaneをGHS区分2 としている。

 

2.3 環境有害性

石油エーテルとしてはデータが不十分だが、構成成分のペンタンやヘキサンの情報から水生生物に毒性があると考えられる。生分解性があり、生物濃縮性も低いと考えられる。水に対する溶解度が低く揮発性が高いので環境中に排出した場合、大部分は大気中に拡散すると考えられる。大気中では太陽光により分解すると考えられるが、光化学オキシダントやSPM(Suspended particulate matters)の原因になる可能性がある。

 


3.主な用途

石油エーテルは主に抽出や洗浄用の溶剤として用いられている。石油由来の低沸点飽和炭化水素は石油エーテルと成分が重なる。用途によって沸点範囲も違い、異なる名称で呼ばれる。自動車等の燃料はガソリン、しみ抜き剤など洗浄用はベンジン、石油化学製品の原料の場合はナフサと呼ばれる。

 


4.これまでに起きた事件/ 事故等の例

石油エーテルと同じ成分を含むガソリンやナフサは大量に使用されており、引火性が高いため火災、爆発の事故例がある。

・ 東日本大震災など大地震とそれに伴って発生した津波等により石油コンビナートで原油タンクなどが火災を起こした。1964 年の新潟地震(http://www.shippai.org/fkd/hf/HB0012035.pdf)や2003 年の十勝沖地震などでも被害が出ている。十勝沖地震では、地震でも火災が起きていたが、地震でナフサタンクの浮き屋根が沈んで、2 日後浮き屋根の上に滞留したナフサに引火して全面火災となった。(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0300013.html)

・ 石油精製工場で定期修理工事を行い、運転再開に向けた作業中に火災が発生した。バルブ操作を誤り、改質用の水素を主成分とした可燃性ガスが窒素ガスの代わりに熱交換機に入り、引火した。(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=000642)

・ コンタクトレンズ製造工場で、レンズの洗浄液として家庭用ベンジン(n- ヘキサン98 %)を用いていた。レンズの払拭作業等に従事していて中毒した。換気不十分な室内で、洗浄液を含浸した布でレンズを拭いたり、研磨時の固定用テープ除去に直接振り掛けて放置したりしていた。(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=000821)

 


5.主な法規制(図表4)

石油エーテルは化審法優先評価化学物質や化学物質管理促進法の指定化学物質に対象になっていないが、含有成分のn- ヘキサンは対象である。対象物質の量として年間1 t 以上製造・輸入した場合その数量の届出が必要である。取扱量が1 t/ 年以上あればPRTR の報告も必要である。労働安全衛生法では名称等表示及び通知対象物に石油エーテルのほか石油ベンジン、ガソリン、石油ナフサや含有成分であるペンタンやヘキサンなどが挙げられている。1 % 以上含有する製品を他者に提供する際、容器等のラベル表示やSDS 提供義務がある。ただし、ガソリンやヘキサンはGHSのカットオフ値が0.1 % の発がん性や生殖毒性のおそれがあるため、SDS の提供義務も0.1 % 以上になっている。この義務は一般消費者への提供に対しては適用されないのでガソリンを一般消費者に販売する場合などは対象外である。有機溶剤中毒予防規則(有機則)で石油エーテルは石油ベンジン、ガソリン、石油ナフサ等とともに第3 種有機溶剤に指定されている。作業主任者の選任、有機溶剤に関する注意等の掲示、タンク内での作業の場合に排気や作業者の健康診断等の義務があるが、それだけではない。石油エーテル等の中に含まれるn- ヘキサンは第2 種有機溶剤に指定されている。n-ヘキサンを5 % 以上含んでいると第2 種有機溶剤になる。タンク内だけでなく屋内での作業で蒸気発生源の抑制又は局所排気等の曝露防止、作業環境の測定とその結果に対する対応、健康診断の実施と結果の5 年間保存等の義務がある。n- ヘキサンの作業環境基準の管理濃度は40 ppm である。日本産業衛生学会の作業環境許容濃度も40 ppm である。石油エーテルの成分の一つであるn- ペンタンに対し300 ppmに設定している。ACGIHはTWA(Time-Weighted Average:1 日 8 時間、週40 時間の時間荷重平均濃度) でn- ヘキサンを50 ppm、そのほかのヘキサンに対し500 ppm、ペンタンは全異性体合計で1000 ppmに設定している[ACGIH はn- ヘキサン以外のヘキサンに対しては短時間のSTEL(Short-Term Exposure Limit:15 分間平均)でも1,000 ppmとしている]。労働基準法で化学物質による疾病に関する職業病リストに「がん原性物質」として「すす、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト、パラフィン」が皮膚がんに関係するとされている。石油エーテルは「鉱物油」及び「パラフィン」の一種なのでこれに該当すると考えられる。疾病化学物質にn- ヘキサンが挙げられている。労働者がn- ヘキサンによる末梢神経障害を患った場合、使用者は療養や休業などの補償をしなければならない。消防法の危険物第4 類引火性液体で石油エーテルは第一石油類非水溶性液体に該当する。GHSの引火性液体区分1 であり、国連危険物輸送勧告の国連分類はクラス3(引火性液体)である。これに基づいて航空法、船舶安全法、港則法などに規定がある。労働安全衛生法の「危険物、引火性の物」、海洋汚染防止法でも「危険物」である。海洋汚染防止法で石油エーテルは「油」(揮発油)に該当し、船舶によりばら積み(船倉に直接積込)輸送される場合、船舶からの排出禁止などの規制がある。ヘキサンやペンタンは有害液体物質のY類に該当している。ヘキサンを除く炭素数6 ~ 26 のアルカンや重油、軽油は有害液体物質のX類とされている。ナフサやガソリンなどもこれに該当すると考えられる。

石油エーテル等は揮発性の炭化水素であり、大気中に放出されるとオキシダントの原因の一つとなるので大気汚染防止法で排出抑制が要請されている。特に含有成分のn- ヘキサンは有害大気汚染物質に該当する可能性があるとして排出抑制が求められている。

食品衛生法、既存添加物にヘキサン(主としてn-ヘキサン)が食用油脂製造の際の油脂抽出用剤として最終製品に残らないことを条件に認められている。他に製造用剤としてナフサ(石油ナフサ)などが挙げられている。

 

図表4 石油エーテル及びその関連物質に関係する法規制

法律名 法区分 石油エーテル ペンタン n-ヘキサン 2-メチルペンタン 3-メチルペンタン 2,3-ジメチルブタン
化学物質審査規制法(化審法) 優先評価化学物質 ○(n)
化学物質管理促進法 指定化学物質 ○(n)
労働安全衛生法 危険物・引火性
名称等表示/通知対象物 表示≧1% 表示≧1% 表示≧1%
通知≧1% 通知≧1% 通知≧0.1%
有機則 有機溶剤等 第3種

>5%

第2種>5%(n)
作業環境評価基準 管理濃度 40ppm(n)
労働基準法 疾病/がん原性物質 がん原性*1 疾病*2(n)
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 300ppm

880mg/m3

(n)

40ppm

140mg/m3

(皮)

ACGIH

(TLV)

TWA 1,000ppm

(all)

50ppm

(skin)(n)

500ppm(n以外)
STEL 1000ppm(n以外)
消防法 危険物第4類

引火性液体

第一石油類

非水溶性液体

特殊引火物 第一石油類

非水溶性液体

大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) 排気 排気 排気
有害大気汚染物質 ○(207)
海洋汚染防止法 有害液体物質 (油) Y類(375: ペンタン) Y類(365:ヘキサン)

個品運送P

危険物*3 ○(23) ○(21) ○(19)
食品衛生法 食品添加物

既存添加物

 

ヘキサン(主としてn-ヘキサン)、ナフサ(石油ナフサ)

*1: がん原性物質:22:すす、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト、パラフィン

他に疾病として「鉱物油等」による皮膚疾患が挙げられている。

*2:末梢神経障害

*3: 政令番号 6:ガソリン、14:灯油、16:ナフサ、19: ヘキサン、21: ペンタン、23のイ(20℃、1気圧において液体又は固体で、引火点≦60℃)に該当

(n)はnormalでn-ヘキサン、n-ペンタンなど、(all)は異性体すべてを指す。

n-ヘキサンには生物学的許容値(Biological Exposure Indices: BEI)も設定されている。

日本産業衛生学会:尿中2,5-ヘキサンジオン(週末の作業終了時) 3mg/g (酸水分解後)、0.3mg/g(加水分解なし) いずれもクレアチニン補正

ACGIH: 尿中2,5-ヘキサンジオン(2,5-Hexanedion) (作業終了時) 0.5mg/L(加水分解無し)

 


6.曝露などの可能性と対策

6.1 事故や曝露の可能性

引火点が低く、揮発性が高い。タンクや換気のよくない倉庫、低いところなどに蒸気が滞留して爆発などのおそれがある。床に沿って移動するので離れた場所でも危険なことがある。

蒸気やミストの吸入のおそれがある。皮膚からも吸収される。室温でも短時間で有害濃度に達する。飲み込んだとき気道に入りやすく誤嚥性肺炎等を起こすことがある。

 

6.2 事故や曝露防止

火気厳禁、禁煙。近くでは火花や静電気放電が起こるような作業はしない。容器や設備はアースを取る。設備は防爆型を使用する。容器や設備を密閉化、遠隔操作などによる蒸気やミストの発散を防止する。取扱いにおいても飛沫の発生を抑え、移し替えなどの作業ミスやバルブからの漏れのないように気を付ける。使用の都度、容器の栓を閉める。一日や季節の温度差により容器内部の圧力に差が生じ、蒸気の漏れが起きるおそれがあるので、確実に閉める。日光を避け、涼しく換気のよいところで、密閉して保管する。局所排気又はプッシュプル型換気などを行う。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた簡易防毒マスクなどを使用する。吸収缶の適切な管理が必要である。長時間又は大量曝露のおそれがある場合は空気呼吸器などを使用する。皮膚からの吸収もあるので皮膚を露出しない。保護手袋はゴム手袋では膨潤、透過するので耐溶剤性の物で不浸透性を確認してから用いる。貯蔵場所や取扱い場所近くに洗身シャワー、手洗い、洗眼設備を設置する。取扱った後は手や顔などをよく洗う。

 

6.3 廃棄処理

珪藻土等に吸収させて開放型の焼却炉で焼却するか、少量ずつ火室に噴霧して焼却する。これらの処理ができない場合は、許可を受けた産業廃棄物処理業者に委託する。

 

免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。