第28回  トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン

誌面掲載:2019年12月号 情報更新:2024年3月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

IUPAC 名は1,1,2- トリクロロエテン(1,1,2-Trichloroethene)で、化学式はC2HCl3 (化学構造を反映した書き方だとCHCl=CCl2)である。炭化水素のエテン(Ethene: 化学式はC2H4 又はCH2=CH2)の水素(H)3 個が塩素(Cl)3 個に置き換わったものである。トリ(tri)は3 個置き換わったことを示す接頭辞である。エテンはエチレン(Ethylene)ともいうので1,1,2- トリクロロエチレン(1,1,2-Trichloroethylene)ともいう。トリクロロエチレンはこの物質しかないので塩素の結合位置を示す1,1,2- はなくても同じ物質を指す。慣用的にトリクレン(Triclene)と呼ばれる。エテンの水素4 個が全て塩素に置き換わった物質は接頭辞テトラ(tetra)を付けてテトラクロロエチレン(Tetrachloroethylene)又はテトラクロロエテン(Tetrachloroethene)で、化学式はC2Cl4 又はCCl2=CCl2 である。塩素の位置を示すと1,1,2,2- テトラクロロエテンということになるが、全ての水素を塩素に置き換えており、ほかに異性体は存在しないので、塩素の置換位置を示す1,1,2,2- はなくても同じ物質を指す。全ての水素が塩素に置き換わっているので「全ての」という意味の接頭語のパー又はペル(Per)を付けてパークロロエチレン又はペルクロロエチレン(Perchloroethylene)とも呼ばれる。慣用的にはパークレン(Perclene)と呼ばれている。

エチレンの水素1 個が塩素に置き換わった物質は塩化ビニル(Vinyl chloride:CH2=CHCl)でプラスチックのポリ塩化ビニル(Polyvinyl chloride: 一般に「塩ビ」と呼ばれる)の原料である。ビニル(Vinyl)というのはCH2=CHX の構造を持つ物質で、X が塩素(Cl)の場合は塩化ビニル、X=-OCOCH3 の場合は酢酸ビニル(Vinyl acetate)である。2 個置き換わった物質に塩化ビニリデン(Vinylidene chloride:CH2=CCl2)がある。食品用ラップフィルムのポリ塩化ビニリデン(Polyvinylidene chloride)の原料である。

炭素数2 個の飽和炭化水素(エタン、Ethane:C2H6)で、塩素が3 個の1,1,2- トリクロロエタン(1,1,2-Trichloroethane:CH2ClCHCl2)や4 個の1,1,2,2-テトラクロロエタン(1,1,2,2-Tetrachloroethane:CHCl2CHCl2)も溶剤などで使われている(図表1)。トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンと異なり、塩素の置換位置の異なる異性体があるので正確には1,1,2- や1,1,2,2,- を付ける必要がある。1,1,2- トリクロロエタンには1,1,1- トリクロロエタン(1,1,1-Trichloroethane:CH3CCl3)という異性体がある。別名をメチルクロロホルム(Methyl chloroform)というが、クロロホルム(Chloroform:CHCl3)の水素(H)をメチル(Methyl:CH3)に置き換えたとみなした呼び方である。

トリクロロエチレンの略称としてTCE が使われるが、この名称ではテトラクロロエチレン、トリクロロエタン、テトラクロロエタンも同じになってしまい紛らわしい。テトラクロロエチレンはTCE ではなくPERCやPCE と略されることがある。

炭素数2 個の炭化水素の塩素化物はほかにも多くあり、図表2に名称等とその主な用途をまとめた。

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号(図表1)

トリクロロエチレンのCAS No. は79-01-6 である。化審法官報公示整理番号は2-105 で、安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。EUのEC 番号は201-167-4 で、REACH 以前は既存物質とされていた。REACH の登録番号は01-2119490731-36-xxxx(xxxx は登録者番号)である。テトラクロロエチレンも安衛法は既存化学物質として化審法の官報公示整理番号で公表されている。1,1,2,2- テトラクロロエタンは既存化学物質でEC 番号201-197-8 があるがREACHの登録番号がなく登録されていないようである。

 

図表1 トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンの特定

名称 トリクロロエチレン

Trichloroethylene

テトラクロロエチレンTetrachloroethylene 1,1,2-トリクロロエタン

1,1,2-Trichloroethane

1,1,2,2-テトラクロロエタン1,1,2,2-Tetrachloroethane
別名 1,1,2-トリクロロエテン

1,1,2-Trichloroethene

1,1,2-トリクロロエチレン

1,1,2-Trichloroethylene

トリクレン

Triclene

トリクロロエテン

Trichloroethene

三塩化エチレン

Ethylene trichloride

1,1,2,2-テトラクロロエテン

1,1,2,2-Tetrachloroethene

パークレン

Perclene

パークロロエチレン

Perchloroethylene

四塩化エチレン

Ethylene tetrachloride

ビニルトリクロライド

Vinyl trichloride

β-トリクロロエタン

β-Trichloroethane

 

四塩化アセチレン

Acetylene tetrachloride

略称 TCE PERC, PCE
化学式 C2HCl3

CHCl=CCl2

C2Cl4

CCl2=CCl2

C2H3Cl3

CH2Cl-CHCl2

C2H2Cl4

CHCl2-CHCl2

CAS No. 79-01-6 127-18-4 79-00-5 79-34-5
化学物質審査規制法(化審法)/

労働安全衛生法(安衛法)

2-105 2-114 2-55 2-56
EC No. 201-167-4 204-825-9 201-166-9 201-197-8
REACH 01-2119490731-36-xxxx 01-2119475329-28-xxxx 01-2119458770-34-xxxx
国連番号 1710 1897 1702

 

図表2 炭素数2 個の塩素化炭化水素類とその主な用途

化学式 名称(別名) CAS No. 化審法番号 主な用途
CH3CH2Cl クロロエタン

(塩化エチル)

75-00-3 2-53 エチルセルロース原料,ポリスチレン発泡助剤,オレフィン重合触媒原料,有機金属化合物原料
C2H4Cl2 ジクロロエタン 1300-21-6 2-54
CH3CHCl2 1,1-ジクロロエタン 75-34-3 2-54 溶剤
CH2ClCH2Cl 1,2-ジクロロエタン

(二塩化エチレン)

107-06-2 2-54 塩化ビニルモノマー、エチレンジアミン、合成樹脂などの原料、溶剤
CH3CCl3 1,1,1-トリクロロエタン

(メチルクロロホルム)

71-55-6 2-55 試薬,合成原料(代替フロン原料)
CH2ClCHCl2 1,1,2-トリクロロエタン(1,1,2-三塩化エタン) 79-00-5 2-55 塩化ビニリデン原料,塩素化ゴム溶剤,油脂・ワックス・天然樹脂等溶剤,アルカロイド抽出剤,金属洗浄剤
CHCl2CHCl2 1,1,2,2-テトラクロロエタン 79-34-5 2-56 溶剤
CH2ClCCl3 1,1,1,2-テトラクロロエタン 630-20-6 2-56
CHCl2CCl3 ペンタクロロエタン

(ペンタリン)

76-01-7 2-57 溶剤
CCl3CCl3 ヘキサクロロエタン

(ペルクロロエタン)

67-72-1 2-57 発煙剤,アルミ鋳物脱ガス,脱酸剤用,切削油添加剤,塩ビ可塑助剤
CH2=CHCl クロロエチレン

(塩化ビニル)

75-01-4 2-102 ポリ塩化ビニル・塩化ビニル共重合体原料
C2H2Cl2 ジクロロエチレン 25323-30-2 2-103 溶剤
CH2=CCl2 1,1-ジクロロエチレン

(塩化ビニリデン)

75-35-4 2-103 ポリ塩化ビニリデン(家庭用ラップフィルム他、紙やプラスチックフィルム類のコーティング剤)原料
CHCl=CHCl 1,2-ジクロロエチレン 540-59-0 2-103 塩素系溶剤原料,染料・香料・樹脂などの抽出溶剤
HCCl=CHCl cis-1,2-ジクロロエチレン 156-59-2 2-103 フェノール類などの反応溶剤
HCCl=C(Cl)H trans-1,2-ジクロロエチレン 156-60-5 2-103 溶剤,塩素系溶剤原料
CHCl=CCl2 トリクロロエチレン

(トリクレン)

79-01-6 2-105 代替フロンガス合成原料,機械部品・電子部品等脱脂洗浄剤,羊毛・皮革洗浄剤,油脂・樹脂・ゴム工業用溶剤,染料・塗料溶剤
CCl2=CCl2 テトラクロロエチレン

パークレン

127-18-4 2-114 ドライクリーニング溶剤,金属洗浄溶剤,電子工業用溶剤,代替フロン原料
HC≡CCl クロロアセチレン 593-63-5
ClC≡CCl ジクロロアセチレン 7572-29-4 合成中間体

 

 


2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表3)

トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンとも物理的化学的性質はよく似ている。ともに無色透明の揮発性液体(VOC)である。融点、沸点はトリクロロエチレンの方が低い。分子中の塩素の割合が高くなると重くなる。液体では水の1.5 倍を超え、蒸気では空気の4 倍を超える。ともにテトラクロロエチレンの方が重い。炭化水素は可燃性で燃料にもなるが、分子中の水素が塩素に置き換わると燃えにくくなり、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンは通常の条件下では燃えることはなく引火点もない。しかし、高温や高酸素濃度などの場合は引火、爆発することもある。発火点は熱分解によるものと思われる。火災などの高温では分解して塩化水素(HCl)、塩素(Cl2)、ホスゲン(Phosgene:COCl2)等の刺激性、腐食性、毒性のガスが発生する。強アルカリと接触すると分解し、火災の危険が増す。水と接触すると徐々に分解して塩酸を生じ、金属を腐食する。これを防ぐためにフェノール化合物等の安定剤が少量添加されていることが多い。マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バリウム(Ba)などの金属粉末と激しく反応し、火災・爆発の危険がある。GHSの2007年度の分類で、トリクロロエチレンは自己反応性化学品の区分外とされていたが、2017年度の再分類でタイプGに変更されている(図表4)。これは分子中に自己反応性に関連する不飽和結合を含むが、自己反応性の試験では爆発性が観測されないものという分類である。テトラクロロエチレンも同様に不飽和結合を含むが、2009年度の分類で区分外として以後再分類されていない。他の物質との親和性が高く、有機物をよく溶かすので優れた溶剤になる。粘度や表面張力が小さく浸透性が高いので、脱脂力が大きく、様々なものからの油分の除去能力に優れている。親油性で水には極わずかしか溶けない。オクタノール/ 水分配係数は2.4 ~ 3.4 と少し大きいが、生物濃縮性が特に高いというほどではない。

1,1,2- トリクロロエタンや1,1,2,2- テトラクロロエタンの物理化学的性質もこれらと似ている。

 

2.2 有害性

GHS分類例を図表4に示す。有害性もトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンは似ている。体内には吸入や経口によるほか皮膚からも吸収される。致死性で見る急性毒性は高くなく、吸入では区分4 に分類されているが、経口摂取や皮膚からの吸収では区分外に分類されている。皮膚、眼、気道に刺激性がある。吸入による気道過敏性を引き起こす呼吸器感作性については明確なデータはない。皮膚感作性について、トリクロロエチレンは日本産業衛生学会がヒトに明らかに感作性があるという第1 群に分類しており、NITE のGHS 分類でも区分1 としている。テトラクロロエチレンはデータが不十分で判断できない。摂取したとき中枢神経系に影響して、頭痛、眩暈がして、量が多いと意識喪失を引き起こすことがある。飲み込んだ場合、嘔吐して、誤嚥性肺炎を起こすおそれがある。長期的にも中枢神経系や肝臓等に影響を及ぼす。発がん性について(図表5)トリクロロエチレンはIARC(国際がん研究機関)がGroup 1、日本産業衛生学会は第1 群といずれもヒトに発がん性の証拠があるとしておりGHS区分も1A である。テトラクロロエチレンについては、ヒトでの発がん性の証拠は十分でないが、動物試験データなどからヒトに発がん性があると考えられるとしてIARC はGroup 2Aに分類している。日本産業衛生学会は動物試験データも十分とはいえないとして第2 群Bに分類している。NITE のGHS分類では、IARC の判断や厚生労働省からがん原性試験結果による「健康障害防止指針」が出ていることなどから区分1B としている。生殖毒性に関しては、どちらも親動物にも影響するような高濃度では生殖毒性が見られるということでGHSは区分2 とされている。テトラクロロエチレンには母乳による乳児への影響も見られている。

1,1,2- トリクロロエタンや1,1,2,2- テトラクロロエタンの急性毒性は少し高い傾向があるが、そのほかは比較的似ている。1,1,2,2-テトラクロロエタンの発がん性について動物試験での新たな知見及び厚生労働省の健康障害防止指針の対象物質に追加されたため、GHS区分を見直し2021年に区分1Bとした。

 

図表3 トリクロロエチレン及び類似化合物の主な物理化学的性質(ICSC による)

物理化学的性質 トリクロロエチレン テトラクロロエチレン 1,1,2-トリクロロエタン 1,1,2,2-テトラクロロエタン
融点(℃) -86 -22 -36 -42.5
沸点(℃) 87 121 114 146
引火点(℃)
発火点(℃) 410 > 650
爆発限界(vol %) 7.9~100 6~15.5
蒸気密度(空気=1) 4.5 5.7 4.6 5.8
比重(水=1.0) 1.5 1.62 1.4 1.59
水への溶解度(20℃) 0.1g/100ml 0.015g/100ml 0.45g/100ml 0.29g/100ml
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) 2.42 3.4 2.35 2.39

 

図表4 トリクロロエチレン及び類似化合物のGHS分類(NITE による)

GHS分類 トリクロロエチレン テトラクロロエチレン 1,1,2-トリクロロエタン 1,1,2,2-テトラクロロエタン
物理化学的危険性
引火性液体 区分外 区分外
自己反応性化学品 タイプG 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 区分外 区分外 4 4
急性毒性(経皮) 区分外 区分外 区分外 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 4 4 3 3
皮膚腐食/刺激性 2 2 2 2
眼損傷/刺激性 2A 2B 2B 2A
皮膚感作性 1
生殖細胞変異原性 2 -(区分外) 2
発がん性 1A 1B 2 1B
生殖毒性 2 2(追加区分:授乳)
特定標的臓器(単回) 1(中枢神経系)

3(気道刺激性、麻酔作用)

1(中枢神経系、呼吸器、肝臓)

3(麻酔作用)

1(肝臓、腎臓)

3(気道刺激性、麻酔作用)

1(中枢神経系、肝臓、腎臓)

3(気道刺激性、麻酔作用)

 特定標的臓器(反復) 1(中枢神経系、肝臓) 1(神経系、呼吸器、肝臓)、2(腎臓) 1(神経系、呼吸器、消化管、肝臓、腎臓) 1(中枢神経系、肝臓)
誤えん有害性
環境有害性
 水生環境有害性(短期/急性) 2 1 3 2
水生環境有害性(長期/慢性) 区分外 1 区分外 区分外
オゾン層への有害性

 

図表5 トリクロロエチレン及び類似化合物の発がん性評価

分類機関 トリクロロエチレン テトラクロロエチレン 1,1,2-トリクロロエタン 1,1,2,2-テトラクロロエタン
IARC Group 1 Group 2A Group 3 Group 2B
日本産業衛生学会 第1群 第2群B 第2群B
ACGIH A2 A3 A3 A3
NTP Known RAHC
EU(CLP: GHS) 1B 2 2
EPA CaH L C L

IARC: Group 1: Carcinogenic to humans(ヒトに対して発がん性を示す)

Group 2A: Probably carcinogenic to humans (ヒトに対しておそらく発がん性を示す)

Group 2B: Possibly carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)

Group 3: Not classifiable as to its carcinogenicity to humans(ヒトに対する発がん性について分類できない)

日本産業衛生学会: 第1群: ヒトに対して発がん性があると判断できる物質

第2群: ヒトに対して発がん性があると判断できる物質(Aは動物実験からの証拠が十分でBは十分ではない)

ACGIH A2: Suspected Human Carcinogen(ヒト発がん性が疑われる物質)

A3: Confirmed Animal Carcinogen with Unknown Relevance to Humans
(動物実験で発がん性が認められた物質、ヒトとの関連は不明)

NTP Known: Known to be Human Carcinogens(ヒト発がん性があることが知られている物質)

RAHC: Reasonably Anticipated to be Human Carcinogens
(ヒト発がん性があると合理的に予測される物質)

EPA CaH: Carcinogenic to humans(ヒト発がん性物質)

L: Likely to be carcinogenic to humans(ヒト発がん性の可能性が高い物質)
C: Possible human carcinogen(ヒト発がん性がある可能性がある物質)

 

2.3 環境有害性

水生生物に対して有害で、生分解されにくい。オクタノール/ 水分配係数log Pow は2.42 ~ 3.4 と少し高いが、生物濃縮性は高いというほどではない。トリクロロエチレンの水生生物に対する急性毒性は区分2 である。長期については、NITE の2017 年の分類では藻類、甲殻類、魚類でそれぞれNOEC(No Observed Effect Concentration: 無影響濃度)が求められ、いずれも1 mg/L を超えているので区分外と判定している。テトラクロロエチレンの急性毒性は区分1 である。長期に関してはデータがなく、生分解性がないことから急性と同じ区分1 と推定できる。環境中に漏出すると、揮発性があるが水より重いので地下深く浸透して地下水や井戸水に混入する。飲用水に交じって長期間飲用すると健康に影響が出るおそれがある。

1,1,2- トリクロロエタンや1,1,2,2- テトラクロロエタンも同様と考えられる。1,1,2- トリクロロエタンの異性体1,1,1- トリクロロエタンはオゾン層を破壊する物質としてモントリオール議定書B に挙げられ、現在は製造、使用禁止となっている。

 


3. 主な用途

有機塩素化合物は他の物質との親和性が高いことから溶剤や洗浄剤として使われる。トリクロロエチレンは機械部品や電子部品の脱脂洗浄剤、羊毛や皮革の洗浄剤、油脂・樹脂・ゴム工業用溶剤、染料や塗料の溶剤、フロンガスや代替フロンガスの原料である。以前はドライクリーニングの溶剤に使われていたが、発がん性が問題となってテトラクロロエチレンに置き換えられた。

テトラクロロエチレンはドライクリーニングの溶剤、代替フロンの原料、金属機械部品の脱脂洗浄剤、電子工業用溶剤、香料・ゴム・塗料等の溶剤である。

 


4. 事故などの例

・ トリクロロエチレンは金属の脱脂・洗浄剤として広く使われていて、洗浄槽の清掃作業などで洗浄槽に入って中毒を起こした事故例が厚生労働省の職場のあんぜんサイトに8 例紹介されている。いずれも槽内にトリクロロエチレンが残っていたり、作業で使用したりしていて、窒息及び蒸気の吸入による中毒と考えられる。換気が不十分で、防毒マスクを使用していなかったり、蒸気吸入の危険性に関する知識が不足したりしていた。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/saigaijirei.htm)

・ 1980 年代にトリクロロエチレンを使用する事業所周辺で地下水汚染が発見され問題となった。テトラクロロエチレンとともに全国調査したところ広く汚染が確認され、以後定期的なモニタリングが行われている。

(https://www.env.go.jp/water/chikasui/conf/mizen_boushi/com03/mat03.pdf)

テトラクロロエチレンも職場のあんぜんサイトに事故例が紹介されている。

・ ドライクリーニングの脱脂洗浄用にテトラクロルエチレン(= テトラクロロエチレン)を使用していて、冷却水配管が腐食して発生した孔からテトラクロロエチレンが冷却管内に流入した。冷却管が加圧になっていたので、冷却水ストレーナを開いたところ冷却水とともに噴出して作業者が蒸気を吸入して中毒を起こした。

(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=100776)

 


5. 主な法規制(図表6)

トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンとも化学物質審査規制法(化審法)で、第2 種特定化学物質に指定されている。これは既に環境中に残留していて、ヒトや生物に影響を及ぼすおそれがあるという物質で、製造・輸入者は毎年製造・輸入量及び予定量を経済産業大臣に届け出なければならない。化学物質管理促進法では両物質とも第1 種指定化学物質で環境中への排出量等の把握と報告(PRTR)が必要である。製品に1 % 以上含まれる場合はSDS の提供義務がある。

労働安全衛生法でも両物質とも発がん性等から特定化学物質第2 類物質で、特別有機溶剤、特別管理物質に指定されている。発散抑制(設備の密閉化、局所排気、プッシュプル換気など)、作業主任者の選任、6か月ごとの作業環境測定、健康診断の実施、労働状

況や健康診断の記録の30 年間保存などが義務付けられている。また、作業環境評価基準の管理濃度はトリクロロエチレンで10 ppm、テトラクロロエチレンで25 ppm とされている。日本産業衛生学会はトリクロロエチレンの作業環境許容濃度を25 ppm に設定しているが、テトラクロロエチレンは検討中ということで設定していない。ACGIHは両物質にTWA及びSTELを設定している。トリクロロエチレンの方が少し低い濃度に設定している。両物質とも名称等表示及び通知対象物に指定されている。発がん性のおそれがあるので0.1 % 以上含む場合は有害性等について容器等へのラベル表示及びSDS による情報提供しなければならない。皮膚や眼に障害を及ぼしたり、皮膚からの吸収により健康障害を生じさせたりするおそれのある物質を取り扱う際は不浸透性の適切な保護具着用が2024年4月より義務付けられた。両物質共対象。

両物質とも毒物劇物取締法の毒物や劇物には指定されていないが、国連危険物輸送勧告ではクラス6.1(毒物)である。それぞれトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンという品名で、国連番号1710, 1897 がある。容器等級はともにⅢである。テトラクロロエチ

レンは、GHSの水生環境有害性(長期)が区分2 であれば海洋汚染物質マークの表示が必要である。

大気中の環境基準が年平均でトリクロロエチレンは0.13 mg/m3 以下、テトラクロロエチレンは0.2 mg/m3 以下とされている。大気汚染防止法では揮発性有機化合物(VOC)として大気中への排出削減の優先取組物質に指定されている。大気中から検出されるので、早急に排出抑制を行わなければならない物質(指定物質)として、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが指定され、排出施設に対して排出抑制基準が定められている。精製・回収用の蒸留施設では150 mg/m3、その他の施設では300 mg/m3 である。水質に関してはどちらも環境基準0.01 mg/L 以下とされ、地下水の環境基準や水道法の水質基準も同じ値に設定されている。水質汚濁防止法の排水基準や下水道法の水質基準はその10 倍の0.1 mg/L 以下とされている。

土壌の環境基準はトリクロロエチレン0.03 mg/L 以下、テトラクロロエチレンは0.01 mg/L 以下で土壌汚染対策法でも特定有害物質として基準が設けられている。海洋汚染防止法では有害液体物質でいずれもY類に挙げられている。成分係数も両物質ともに25 で、ほかに有害な物質がなくても1 % 以上の含有でY類物質の扱いとなる。

トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンは有害家庭用品規制法で有害物質に指定されている。0.1 % を超えて含まれている家庭用品(これらの物質の場合、家庭用洗浄剤や家庭用のエアロゾル製品)を販売・授与及びその目的で陳列してはいけない。

トリクロロエチレンはEUのREACHで2010年にSVHCに挙げられ、その後認可対象物質に指定され、2016年4月1日(Sunset Date)以後は上市するためには認可を受けなければならない。

図表6 には比較のため1,1,2- トリクロロエタンや1,1,2,2- テトラクロロエタンも載せた。

 

図表6 トリクロロエチレン及び類似化合物に関係する法規制

法律名 法区分 条件等 トリクロロエチレン テトラクロロエチレン 1,1,2-トリクロロエタン 1,1,2,2-テトラクロロエタン
化学物質審査規制法 第2種特定化学物質 (1) (2)
化学物質管理促進法 第1種指定化学物質 ≧1% (281)*1 (262)*1 (280)*1 (522)*1
労働安全衛生法 健康障害防止指針 >1%
名称等表示/通知物質 (384) (359) (383) (357)
表示 ≧0.1% ≧0.1% ≧1% ≧1%
通知 ≧0.1% ≧0.1% ≧0.1% ≧0.1%
皮膚等障害化学物質 ≧1%

(特化則等)

≧1%

(特化則等)

≧1%

(皮膚吸収性)

≧1%

(特化則等)

特定化学物質

第2類物質

特別有機溶剤

特別管理物質

>1% (22の5) (22の4) (22の3)
作業環境評価基準 管理濃度 10ppm 25ppm 1ppm
労働基準法 疾病化学物質 *2 *3 *4 *5
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 25ppm (検討中) (皮) 10ppm

(皮)

1ppm (皮)
ACGIH TLV

TWA

STEL

(skin) (skin)
10ppm 25ppm 10ppm 1ppm
25ppm 100ppm
生物学的許容値 日本産業衛生学会 *6
ACGIH BEI *7 *8
国連危険物輸送勧告 国連分類 6.1 6.1 *9 6.1
国連番号 1710 1897 *9 1702
品名 トリクロロエチレン テトラクロロエチレン *9 1,1,2,2-テトラクロロエタン
容器等級 *9
海洋汚染物質
環境基本法
 大気 環境基準 1年平均 ≦0.13mg/m3 ≦0.2mg/m3
水質 環境基準(人健康) ≦0.01mg/L ≦0.01mg/L ≦0.006mg/L
地下水 環境基準 ≦0.01mg/L ≦0.01mg/L ≦0.006mg/L
土壌 環境基準 ≦0.03mg/L ≦0.01mg/L ≦0.006mg/L
大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) 排気
有害大気汚染物質
指定物質・抑制基準 排気 施設毎に150, 300 mg/m3
優先取組物質 排気 (10) (13)
水質汚濁防止法 排水基準 ≦0.1mg/L ≦0.1mg/L ≦0.06mg/L
下水道法 排水基準 ≦0.1 mg/L ≦0.1mg/L ≦0.06mg/L
水道法 水質基準 ≦0.01mg/L ≦0.01mg/L
海洋汚染防止法 有害液体物質 Y類 Y類 Y類 Y類
土壌汚染対策法 特定有害物質 (溶出基準)

≦0.03mg/L

(溶出基準)

≦0.01mg/L

(溶出基準)

≦0.006mg/L

廃棄物処理法 特別管理産業廃棄物 (5)*10 (5) *10 (5) *10
有害家庭用品規制法 有害物質 ≦0.1%*11 ≦0.1%*11
REACH 認可対象物質

(Sunset date)

(SVHC)

2016/4/1

(2010)

*1: 管理番号(政令番号はそれぞれ1-325, 1-301, 1-324, 1-300

*2: 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状、中枢神経系抑制、前眼部障害、気道・肺障害、視神経障害、三叉神経障害、末梢神経障害または肝障害

*3: 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状、中枢神経系抑制、前眼部障害、気道障害または肝障害

*4: 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状、前眼部障害または気道障害

*5: 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状、中枢神経系抑制または肝障害

*6: 尿中、トリクロロ酢酸(Trichloroacetic acid)(週後半の作業終了時) 10mg/L

血液、呼気中、トリクロロエチレン(週後半の作業終了時) 定性に用いる。

*7: 尿中、トリクロロ酢酸(Trichloroacetic acid)(週末作業終了時) 15mg/L、血中、トリクロロエタノール(Trichloroethanol)(加水分解無し)(週末作業終了時) 0.5mg/L、いずれも非特異的(他の物質によっても検出されることがある)

*8: 最終呼気中、テトラクロロエチレン(作業前:曝露を終えて16時間後) 3ppm、血中、テトラクロロエチレン(作業前) 0.5mg/L

*9: 1,1,2-トリクロロエタンの国連分類/国連番号

1,1,2-トリクロロエタンという名称では国連番号はない。NITEの分類では急性毒性(吸入:蒸気)で区分3としており、その根拠情報から国連分類ではクラス6.1(毒物)の容器等級Ⅱに該当すると考えられる。もしそうであれば、国連番号は2810、品名「その他の毒性液体、有機物、他に品名が明示されていないもの」と考えられる。

*10: 特別有害産業廃棄物

*11: 対象家庭用品は家庭用エアゾル製品、家庭用洗浄剤

 


6. 曝露などの可能性と対策

6.1 曝露可能性等

トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンは難燃性で火災や爆発などのリスクは小さいが、高温では分解して有害ガスが発生し、爆発、火災の危険がある。炎や溶接など高温になるところの近くで使用してはならない。人体内へは主に蒸気の吸入によるが皮膚からの吸収もある。室温でも蒸気濃度は許容濃度を超える。そしてその許容濃度を超えても臭気として感じにくい。蒸気は重く、低いところに滞留して、吸入による中毒のほかに窒息の危険もある。特にタンク内や地下室などでの作業で事故が起きている。洗浄作業後の製品に残留した溶剤、洗浄機の清掃、ピット内の清掃、スプレー缶による塗布、タンク内調合時にのぞき窓の開放などでの事故もある。井戸水や水道水から検出されて問題となり、予防的に規制が強化された。なお、水道水を直接飲んでも有害な影響が出ることはないと考えられる。

6.2 曝露防止等

設備の密閉化、遠隔操作で取扱う。これが難しい作業などではプッシュプル型の換気、蒸気発生源付近では局所排気を行う。排気はそのまま大気中に放出するのではなく、活性炭などにより吸着回収する。蒸気は空気より重いことを考慮して換気・排気装置を設置する必要がある。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスクや送気マスク、空気呼吸器等を使用する。防毒マスクは酸素濃度18 % 以上、少量曝露、短時間の使用に限られる。吸収缶には限界(破過時間)があるので注意が必要である。また、日常の管理も重要である。送気マスクや空気呼吸器は酸素濃度が18 % 以下でも使えるが、送気マスクは正常な空気を必要量供給すること、空気呼吸器は酸素ボンベの酸素残量に注意することが必要である。有機物に対する浸透性が高いので保護衣、保護手袋は不浸透性を確認して使用する。作業位置や姿勢でも曝露量は異なる。曝露のおそれがある時間を短くする。

6.3 廃棄処理

廃棄物処理法の特別管理産業廃棄物に該当するので、処理基準に基づいて廃棄する。都道府県知事などの許可を得た産業廃棄物処理業者にマニュフェストを付けて処理を委託する。水に溶解せず生分解性もないので活性汚泥処理では分解できない。焼却する場合、燃えにくいので、可燃性溶剤とともに火室に噴霧する。アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で、ダイオキシン等の生成を抑えるため、できるだけ高温(850 ℃以上)で焼却する。分子中に塩素を含むので、燃焼ガスには塩化水素などが含まれる。燃焼ガスから塩化水素等の回収・中和処理が必要である。

 


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