第31回 4級アンモニウム塩類

誌面掲載:2020年3月号 情報更新:2024年5月

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1. 名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

アンモニア(Ammonia:NH3)の水素(H)が炭化水素(脂肪族のアルキル基(Alkyl group)や芳香族のアリール基(Aryl group)に置き換わったものをアミン(Amin)という。アルキル基等が1 個の場合1 級アミンといい、2 個や3 個の場合それぞれ2 級アミン、3 級アミンという。アルキル基等をR で表すとそれぞれNH2R, NHR2, NR3 ということになる。窒素(N)に結合できるのは通常3 個までであるが、アンモニアを塩酸(HCl)で中和すると生じる塩化アンモニウム(Ammonium chloride:NH4Cl)という塩(えん)ができる。このときのアンモニウムイオン(NH4+)のように4 個目が結合する場合もある。3 級アミンにさらにもう1 個のアルキル基等を結合させたものを4 級アンモニウム(イオン)という。カチオン(+ の電荷を持つイオン)としてのみ存在する。アンモニウムイオン(NH4+)の水素(H)が四つともアルキル基等に置き換わったもので、塩酸塩の場合NR4Cl と書ける。アニオン(– イオン)は塩素イオン(Cl–)に限らない。四つのアルキル基等は同じものとは限らないので区別して書くとN(R1)(R2)(R3)(R4)Cl ということになる。このアルキル基等の中の1 ~ 2 個が長鎖のものがよく使われている。代表的な物質が、アルキル基の一つが炭素数16 個のヘキサデシル基(Hexadecyl:-C16H33)で、残り三つがメチル基(-CH3)の塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(Hexadecyltrimethylammoniumchloride:HTAC)である。化学構造が分かるように書くと(CH33 N+ (CH215CH3Clとなる(N+, Cl は電荷がどの元素に集中しているかを示している)。炭素数16 個の炭化水素ヘキサデカン(Hexadecane:C16H34)を慣用的にセタン(Cetane)ということから、塩化セチルトリメチルアンモニウム(Cetyltrimethylammonium chloride)とも呼ばれ、セトリモニウムクロリド(Cetrimoniumchloride)という名称もある。ヘキサデカンは分岐した構造を含めば多数の異性体があるが、もとは動物の脂肪や植物油から得られる高級脂肪族アルコール(高級とは「長鎖の」という意味)に由来しており、直鎖状でその末端で結合している。ヘキサデカン-1- イル(トリメチル)アンモニウムクロリド(Hexadecan-1-y(l trimethyl)ammonium chloride)の -1- はヘキサデカンの末端の炭素で結合していることを示している。IUPAC では窒素(N)の接頭辞は「アザ(aza)」といい、そのカチオンは「アザニウム(azanium)」という。これに従うと塩化ヘキサデシルトリメチルアザニウム(Hexadecyltrimethylazanium chloride)ということになるが、実際にはこの名称はほとんど使われていない。アミン(Amine)のカチオン(Cation)ということでアミニウム(Aminium)ともいうので、ヘキサデシル(トリメチル)アミニウムクロリド(Hexadecyl(trimethyl)aminium chloride)とも呼ぶことができる。さらにアルキル基が結合しているのは窒素(N)なので、これを表すとN- ヘキサデシル-N,N,N- トリメチルアミニウムクロリド(N-Hexadecyl-N,N,Ntrimethylaminiumchloride)ということになる。他にもN,N,N- トリメチル-1- ヘキサデカナミニウムクロリド(N,N,N-Trimethyl-1-hexadecanaminium chloride) やN,N,N- トリメチルヘキサデカン-1- アミニウムクロリド(N,N,N-trimethylhexadecan-1-aminium chloride)と呼ぶことができる。これもN以外に結合している物質は特に製造・使用されていることはないのでN- をつけなくても同じ物質を指す。塩化物イオンは英語では…chloride という接尾語が使われるが、日本語ではそのまま…クロリド(または発音に合わせてクロライド)とするか、接頭辞の「塩化…」を用いている。なお炭素数16 個の炭化水素の名称セタン(Cetane)は、鯨から得られるセチルアルコール(Cetyl alcohol)に由来するが、現在セチルアルコールは同じ物質がパーム(Palm)油から得られるパルミチン酸(Palmitic acid)から製造されており、パルミチルアルコール(Palmityl alcohol)と呼ばれている。

類似物質として長鎖アルキル基が2 個の塩化ジデシルジメチルアンモニウム(Didecyldimethylammoniumchlorid:DDAC)がある。長鎖アルキル基は両方とも炭素数10 個である。化学式は(CH32N+ (C10H212 Cl と書ける。また消毒液で知られる塩化ベンザルコニウム(Benzalkonium chloride:BAC)も長鎖アルキル鎖を持つ4 級アンモニウム塩である。長鎖アルキル基1 個と芳香族のベンジル基(Benzyl group:-CH2C6H5)1 個が結合している。長鎖アルキル鎖は単一ではなく、炭素数8 個から18 個の物質を含む混合物である。化学式はC6H5CH2N+ (CH32RCl, R=C8H17 – C18H37 と表される。日本薬局方では、消毒薬(原薬)としての名称は「ベンザルコニウム塩化物」(Benzalkonium chloride)で、主としてR=C12H25, C14H29 からなるとされている。「オスバン」(Osvan)は商品名である。

 

図表1 4 級アンモニウム塩類の特定

名称 塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム

Hexadecyltrimethylammonium chloride

塩化ジデシルジメチルアンモニウム

Didecyldimethylammonium chloride

塩化ベンザルコニウム

Benzalkonium chloride

その他の名称 ヘキサデカン-1-イル(トリメチル)アンモニウムクロリド

Hexadecan-1-yl(trimethyl)ammonium chloride

塩化セチルトリメチルアンモニウム

Cetyltrimethylammonium chloride

セトリモニウムクロリド

Cetrimonium chloride

塩化ヘキサデシルトリメチルアザニウム

Hexadecyltrimethylazanium chloride

N,N,N-トリメチル-1-ヘキサデカナミニウムクロリド

N,N,N-Trimethyl-1-hexadecanaminium chloride

ジデシル(ジメチル)アンモニウム=クロリドDidecyl(dimethyl)ammonium chloride

ジデカン-1-イル(ジメチル)アンモニウムクロリド

Didecan-1-yl(dimethyl)ammonium chloride

 

塩化アルキルジメチルベンジルアンモニウム

Alkyldimethylbenzylammonium chloride

オスバン

Osvan

ベンジルアルキル(C8-18)ジメチルアンモニウムクロリド

Quaternary ammonium compounds, benzyl-C8-18-alkyldimethyl, chlorides

略称 HTAC, CTAC DDAC BAC
化学式 C19H42ClN

(CH3)3N+(CH2)15CH3Cl

C22H48ClN

(CH3)2N+(C10H21)2Cl

C17-27H30-50ClN

C6H5CH2N+(CH3)2RCl,

R=C8H17 – C18H37

CAS No. 112-02-7 7173-51-5 63449-41-2

(8001-54-5)

化学物質審査規制法(化審法) 2-184, 9-795, 9-1971 *1

1-218

2-184, 9-1971 *1 (3-326, 3-2694) *2

1-218

EC No. 203-928-6 230-525-2 264-151-6

(616-786-9)

REACH 01-2119970558-23-xxxx 01-2119945987-15-xxxx

*1: 化審法番号2-184: N, N, N, N-テトラアルキル(又はアルケニル,アルキル又はアルケニルの1個以上はC = 8~24で他はC = 1~5)第4級アンモニウム塩
9-795: セチルトリメチルアンモニウムブロミド
9-1971: 脂肪族アルキル(少なくとも1個はC = 8~24, 他はC = 1~5)第4級アンモニウム塩
1-218: 塩化アンモニウム

*2: 化審法番号3-326: [ヒドロキシ,カルボキシ,アルキル又はアルケニル(C=10~26)]トリアルキル又はアルケニル(C = 1~20)(又はヒドロキシアルキル,ベンジル)アンモニウム ハライド(Cl, Br)
3-2694: トリアルキル(又はアルケニル, C = 1~20) ベンジルアンモニウム塩

◆塩化ベンザルコニウムに含まれる物質の例

CAS No. 139-07-1 EC No. 205-351-5, C21H38ClN, C6H5CH2N+(CH3)2C12H25Cl, Benzododecinium chloride, Benzyldodecyldimethylammonium chloride, Lauryldimethylbenzylammonium chloride

CAS No. 139-08-2 EC No. 205-352-0, C23H42ClN, C6H5CH2N+(CH3)2C14H29Cl, Miristalkonium chloride, Benzyldimethyltetradecylammonium chloride, Myristyldimethylbenzylammonium chloride

CAS No. 122-18-9 EC No. 204-526-3, C25H46ClN, C6H5CH2N+(CH3)2C16H33Cl, Cetalkonium chloride, Benzyldimethylhexadecylammonium chloride, Cetyldimethylbenzylammonium chloride

CAS No. 122-19-0 EC No. 204-527-9, C27H50ClN, C6H5CH2N+(CH3)2C18H37Cl, Stearalkonium chloride, Benzyldimethyloctadecylammonium chloride, Stearyldimethylbenzylammonium chloride

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制(化審法)の官報公示整理番号、その他の番号

HTAC のCAS No. は 112-02-7、EC No. は203-928-6と固有の番号があるが、化審法ではこの物質固有の官報公示整理番号はない。化審法が施行されたとき、それまでに製造・輸入されていた物質は「既存化学物質」として公示された。このとき類似物質はまとめて一つの番号で公示された。その中に2-184 がある。公示物質の名称は「N, N, N, N- テトラアルキル(又はアルケニル, アルキル又はアルケニルの1 個以上はC=8~24で他はC=1~5)第4 級アンモニウム塩」である。これは脂肪族の4 級アンモニウム塩で、窒素に結合している炭化水素の1 個が長鎖で残り3 個が短鎖のものであることを示している。HTACはテトラアルキルの1 個が炭素数16 個(C=16)、残り3 個がメチル基(C=1)の4 級アンモニウムの塩酸塩で、これに含まれる。また化審法番号9-1971(物質名は「脂肪族アルキル(少なくとも1 個はC=8~24, 他はC=1~5)第4 級アンモニウム塩」)も登録されており、これにも含まれることになる。これとは別に化審法ではこの物質のような塩(オニウム塩という)ではカチオン部分とアニオン部分でそれぞれ既存化学物質であればその組み合わせが違っても既存化学物質とみなされる。化審法番号9-795 はセチルトリメチルアンモニウムブロミド(Cetyltrimethylammonium bromide, CAS No. 57-09-0, (CH33N+ (CH215CH3Br)であり、カチオン部分がHTAC と同じで、アニオン部分がブロミド(Br)という物質である。アニオン部分が同じものは例えば化審法番号1-218 の塩化アンモニウム(Ammoniumchloride, CAS No. 12125-02-9, NH4Cl)がある。これによりHTACは既存化学物質とみなされ、化審法の新規物質としての届出は不要となり独自の番号はないことになる。これらの重複は化審法施行時の既存物質の届出の際に別々に届け出られたためと思われる。なお、化審法番号の構造別分類番号の第2 類は有機鎖状低分子化合物、第9 類は構造不明等の化合物を示している。第9 類でも必ずしも構造不明といえないような物質もあるが、届出されたときに確認できなかったものと思われる。DDACも2-184, 9-1791 の範疇に入る。長鎖は2 個で、炭素数10 個(C=10)、残り2 個がC=1 の4 級アンモニウム塩酸塩である。BACは、単一物質ではないが、CAS No. 63449-41-2 がある。これは「Quaternary ammonium compounds, benzyl-C8-18-alkyldimethyl, chlorides」(炭素数が8 ~ 18 個のアルキル基を含む4 級アンモニウムの塩酸塩)という名称でBACが該当する。また、CAS No. 8001-54-5 は「Quaternary ammonium compounds, alkylbenzyldimethyl,chlorides」とアルキル鎖が特定されていないのでこれにも該当するといえる。CAS No. は個別の物質に付されており、BACに含まれる物質に、例えば長鎖アルキル基の炭素数12 個の場合CAS No.139-07-1、14 個で139-08-2、16 個で122-18-9、18 個で122-19-0 がある。BAC はEU でREACH に登録番号がないのは、医薬品など他の法律で規制されている場合はREACHの対象外のためと考えられる。REACH は市場への投入の規制であるのに対し、化審法は工場での製造も対象になる。

 


2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

長鎖アルキル鎖を持つ4 級アンモニウム塩は界面活性剤で、親水性基がカチオン(+イオン)なので陽イオン界面活性剤である。一般に使われる石鹸や洗剤などの界面活性剤がアニオン(–イオン)なので「逆性石鹸」と呼ばれることもある。HTACは無色又は白色~淡褐色の固体(粉末)で、融点は230 ℃を超えている。しかし、凝固点58 ℃という情報もある。REACH登録物質の公開データでは99 ℃とあり、ヘキサデシル基の分岐状態等により違う。測定時間や融点と凝固点の測定法の違いが影響しているかもしれない。水より少し軽い。界面活性剤なので水にも油にも親和性がある。水に対する溶解度は0.1 %(約1,000 mg/L)以下と低いが、溶解度を超えても、均一な液体になる。ミセル(集合してできる微粒子)を作って分散・溶解する(コロイド溶液という。微粒子は小さくて目には見えないが光を散乱する)。n-オクタノール/水分配係数log Powは約3.2で、少し親油性であるが、生物濃縮性は低いと考えられる。DDACも同様である。無色の結晶又は白色~淡黄色のペースト状固体で、融点は220 ℃を超えているが、94 ~ 100 ℃という情報もある。沸点については> 180 ℃で沸騰前に分解する。引火点の情報も熱分解と関係していると思われる。吸湿性があり、水に対する溶解度は0.1 %(約1,000 mg/L)以下である。BACは結合している炭化水素が単一でないこともあり融点は低く、吸湿性の白色~黄白色の粉末又は無色~淡黄色透明のゼラチン状固体、もしくはゼリー状流動体である。特異な臭いがある。水によく溶け、振ると泡立つ。消毒薬としては水溶液で販売されている。

 

図表2 4 級アンモニウム塩類の主な物理化学的性質

HTAC DDAC BAC
融点(℃) 232-234℃*1,

58℃(凝固点)*1

99℃*3

222.81℃*2

94℃~100℃*4

241.02℃*2

29-34℃*5

沸点(℃) 248℃*3 >180℃(decompose)*3,4
引火点(℃) (c.c.) >100℃*3,4, 26.4℃*3
発火点(℃) 195℃*3
爆発限界(vol %)
比重(水=1.0) 0.8713(25℃)*1

0.96g/cm3(20℃)*3

0.9216g/cm3(25℃)*2

0.87*4, 0.902(20℃)*3

水への溶解度 440mg/L(30℃)*1

240mg/L(25℃)*3

可溶*2

390mg/L(25℃)*3,4

微溶(0.65g/L(20℃)*4

よく溶ける*5
オクタノール水分配係(log Pow) 3.23, 3.18*1, 3.08*3 2.59*3,4

*1: 経産省有害性評価書 Ver.10, No.303

*2: 職場のあんぜんサイトモデルSDS

*3: EU REACH 登録物質データ(ECHA)

*4: 厚労省毒物劇物部会資料(平成30年)

*5: ICSC

 

2.2 有害性(図表3)

HTACの急性毒性について、経口摂取のデータではそれほど高くはないがDDAC やBAC のほうが少し強い。ラットにおけるBAC のミストの4 時間吸入試験でLC50 は0.053 mg/L というデータがありGHS 区分は2 である。HTAC, DDACはデータがない。なお、いずれも皮膚や粘膜に接触すると影響がある。特に眼に入った場合は影響が大きく、3 週間後でも回復しないことがある。吸入による呼吸器への影響も見られる。HTACでは確認されていないが、DDACやBACでは感作性がある(アレルギー反応を起こす)とされている。生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性はデータが不十分で分類できていない。殺菌剤や消毒剤などに使われているのは細胞膜を破壊したり、酵素蛋白を変性させたりするためで、微生物に対しては強い毒性を持っている。BACは消毒薬として使われ、その副作用として消化器系(嘔吐、咽頭痛等)、中枢神経系(昏睡、精神錯乱等)、循環器系(低血圧等)、呼吸器系(チアノーゼ、肺水腫等)等が挙げられている。

2.3 環境有害性

水生生物に対して強い毒性を示す。GHS 分類でM=100 というのは、毒性が強いので、混合物のGHS評価の際、成分濃度を100 倍に換算して加算するということを示している。M=10 なら10 倍である。生分解性はあまりないので有害性は持続すると考えられる。低濃度で順化すれば分解するという情報もある。生物濃縮性はないと考えられる。

 

図表3 4 級アンモニウム塩のGHS分類(NITE, REACH 登録物質による)

GHS分類  HTAC DDAC BAC
物理化学的危険性
可燃性固体
自然発火性固体
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 4, 4*1 3 3
急性毒性(経皮) 区分外(5)-*1 区分外 3
急性毒性(吸入:ミスト) 2
皮膚腐食/刺激性 2, 1C*1 1C 1
眼損傷/刺激性 1, 1*1 1 1
呼吸器感作性 1
皮膚感作性 区分外 1 1
生殖細胞変異原性
発がん性
生殖毒性
特定標的臓器(単回) 3(気道刺激性) 1(全身毒性) 2(呼吸器)
特定標的臓器(反復)
誤えん有害性 1
環境有害性
水生環境有害性(短期/急性) 1 (M=100, 10*1) 1 (M=10) 1 (M=10)
水生環境有害性(長期/慢性) 1 (M=1*1) 1 1

*1: REACH登録物質情報(他はNITE[による分類])

 


3. 主な用途

HTACは繊維の帯電防止・柔軟剤、化粧品(リンス)、消毒剤、業務用洗浄剤や試薬として使われている。DDACは病院・食品工業などの殺菌剤、家畜用消毒剤、木材防腐剤として使われ、BACは医薬品(殺菌消毒剤)、医薬部外品添加物(化粧品等)である。長鎖アルキル鎖を持つ4 級アンモニウム塩は水にも水に不溶の有機溶媒にも親和性があるので、相間移動触媒(水と水に不溶の有機溶媒のそれぞれに溶けた物質を反応させる)として使われることもある。

 


4. これまでに起きた事件/ 事故等の例

・ BAC は消毒液として使用されており、誤飲、誤使用の例がある。

・ 病院でBACを含む消毒液が入院患者の点滴に混入され、患者が死亡した。看護師が殺人容疑で逮捕・起訴された。事件発覚当時(2016 年)「点滴異物混入事件」としてマスコミで大きく報じられた。

(https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/kishanote/kishanote40/

https://www.sankei.com/article/20240312-3OP3VEKBRRPJRFFXBIKVRS6IXA/

https://www.tokyo-np.co.jp/article/314799 )

・ 誤飲により口腔咽頭浮腫、糜爛により呼吸困難、チアノーゼを起こした。幼児では死亡例もある。菌によっては殺菌できない場合があり、汚染された消毒薬を使用して感染したという例もある。

(白石: 消毒薬の有用性と有害性に対する評価, 山形医学 2009; 27:135-146)

 


5. 主な法規制(図表4)

化審法で優先評価化学物質に、ヘキサデシル(トリメチル)アンモニウム、ジデシル(ジメチル)アンモニウム及びアルキル(C=12 ~ 16)(ベンジル)(ジメチル)アンモニウムの塩が指定されている。それぞれHTAC,DDAC及び一般に塩化ベンザルコニウム(BAC) と呼ばれている物質はこれらに含まれる。法律では「塩」とあるので塩化物以外の臭素化物なども該当する。また、BAC のCAS No. として63449-41-2 や8001-54-5があるが、このCAS No. の定義範囲は化審法優先評価化学物質の指定範囲より広い。一方CAS No. 139-07-1, 139-08-2, 122-18-9 の物質は指定範囲に含まれる。人や生活環境動植物への影響のおそれがあるので、優先的にそのリスク評価を行うために、製造・輸入量の届出が必要である。

HTACおよびDDAC、BACも2023年以降は化学物質管理促進法第1 種指定化学物質である。年間1 t 以上の取扱いで環境中への排出量や外部への処理委託量(移動量)などを毎年届出、製品に1 % 以上含む場合は提供先に性状や安全な取扱情報をSDS 等で提供しなければならない。

HTAC、DAC、BACいずれも労働安全衛生法で皮膚障害化学物質であるとされ、適切な保護具の着用が義務付けられた。ただしHTACは政府によるGHS分類(NITEによる分類と同じ)では眼損傷性区分1で「眼に対する保護具の使用のみ」となっている。皮膚に関しては法規制に該当するとはいえないというだけで、皮膚に対する保護具が不要としているわけではない。

DDACは2019年に毒物劇物取締法の「劇物」に指定された。「製剤」を含むので混合物も「劇物」であるが、含有率が0.4 % 以下のものは除外されている。

国連危険物輸送勧告では、いずれも国連分類に該当すると考えられ、船舶安全法、港則法、航空法などで容器、包装の制限、標識の表示などの義務がある。HTAC は急性毒性や腐食性では分類されないが、水生生物に対する有害性が高く、国連分類はクラス9(環境有害物質)に該当する。個別の品名では指定されていないので、国連番号は3077 で輸送品名は「環境有害物質、固体、他に品名が明示されていないもの」(ENVIRONMENTALLY HAZARDOUS SUBSTANCE,SOLID, N.O.S.)ということになる。DDACは皮膚腐食性及び急性毒性物質に該当する。皮膚腐食性は容器等級Ⅲ(EU CLP 分類を採用すれば容器等級Ⅱに該当)、急性毒性は経口摂取で容器等級Ⅲに該当するデータがある。この場合、腐食性が優先され、国連分類はクラス8(腐食性)で副次危険性としてクラス6.1(毒物)となる。国連番号は2923、品名は「その他の腐食性固体、毒性、他に品名が明示されていないもの」(CORROSIVE SOLID, TOXIC, N.O.S)である。環境有害性もあるが、クラス9 はほかに分類されないときだけ分類されるので、DDACはこれには分類されない。しかし、海洋汚染物質として国際輸送の際は環境有害性の標識が必要である。BACも急性毒性物質で腐食性がある。ミストの吸入による急性毒性は容器等級Ⅱに相当する。この場合、国連分類はクラス6.1(毒物)で、クラス8(腐食性)は副次危険性になる。品名は「その他の毒性固体、腐食性、有機物、 他に品名が明示されていないもの」(TOXIC SOLID, ORGANIC, N.O.S.)である。BAC もDDAC と同様、クラス9 には分類されないが、海洋汚染物質で環境有害性の標識が必要である。

HTACは薬機法の医薬部外品に指定されており、薬用石鹸、シャンプー、リンス、育毛剤、その他の薬用化粧品の成分として配合基準が定められている。BACは殺菌消毒剤医薬品及び希釈液が医薬部外品として認められている。HTAC 及びBACは環境基本法の水質基準で要調査項目に挙げられている。DDACは食品衛生法で食品(肉や鶏卵)中の残留農薬基準が定められている。HTACは食品用器具・容器包装ポジティブリストで一部の樹脂への添加剤として挙げられている。DDACは木材の防腐剤として使用され、製材の農林規格(JAS)に保存処理薬剤としてほう素や銅製剤とともに挙げられている。銅・N- アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロリド剤も挙げられており、BAC剤が該当する。

 

図表4 4 級アンモニウム塩に関係する法規制

法律名 法区分 HTAC DDAC BAC
化学物質審査規制法 優先評価化学物質 (166) (167) (184)
化学物質管理促進法(PRTR) 第1種指定化学物質 ≧1% ≧1% ≧1%-
労働安全衛生法 皮膚等障害化学物質 ≧1%(眼) ≧1% ≧1%
毒物劇物取締法 劇物 >0.4%
国連危険物輸送勧告 国連分類 9(環境有害物質) 8(腐食性), 副次危険性6.1(毒物) 6.1(毒物), 副次危険性8(腐食性)
国連番号 3077 2923 2928
品名 *1 *2 *3
容器等級
海洋汚染物質 該当 該当 該当
薬機法 医薬品 該当
医薬部外品の成分 該当 該当
食品衛生法 食品中残留農薬残留基準 (134)*4
容器包装ポジティブリスト 添加剤(1085)*5
環境基本法 水質要調査項目 該当(水生生物) 該当(水生生物)
農林規格(JAS) 製材 *6 *7

( )内の数値は政令番号

*1: 「環境有害物質、固体、他に品名が明示されていないもの」
(ENVIRONMENTALLY HAZARDOUS SUBSTANCE, SOLID, N.O.S.)

*2: 「その他の腐食性固体、毒性、他に品名が明示されていないもの」(CORROSIVE SOLID, TOXIC, N.O.S)

*3: 「その他の毒性固体、腐食性、有機物、 他に品名が明示されていないもの」(TOXIC SOLID, ORGANIC, N.O.S.)

*4: 基準値は牛、豚、鶏の肉、脂肪、肝臓、腎臓、食用部分、鶏卵で0.05ppm

*5: N, N, N-トリメチル-アルキルアンモニウムの塩化物(直鎖飽和C=16, 18): 合成樹脂区分2,3(ポリエチレン、ポリプロピレン、PET、塩ビ、塩化ビニリデン、高耐熱性ポリマー(熱硬化性、架橋性ポリマー等)以外のポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド等)の樹脂に対し0.004%

*6: 薬剤名: ジデシルジメチルアンモニウムクロリド (DDAC) 剤、 ほう素・DDAC剤、銅・DDAC剤

*7: 薬剤名: 銅・N-アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロリド剤

 


6. 曝露などの可能性と対策

6.1 事故や曝露の可能性

揮発性、引火性はないので火災や爆発などのリスクは低い。曝露経路は主に経皮吸収である。粉塵やミストとして空中に浮遊して吸入するおそれもある。飲料などと間違えて経口摂取することはある。希釈されたHTACは身近な化粧品や消毒剤に使われるので、一般消費者が曝露するおそれがある。DDACは一般消費者が直接扱うことは少ないが、消毒剤や防腐剤として使われた製品の取扱いで曝露するおそれがある。BACは医薬品や医薬部外品として管理されているが、誤用、誤飲による事故がある。殺菌、消毒剤として使われるが、全ての菌に効果があるわけではなく、結核菌やウイルスには効果が期待できない。この間違いによる事故もある。通常の手指などの消毒には濃度10 % の消毒剤を100 ~ 200 倍(0.05 ~ 0.1 %)に希釈して使われるが、濃すぎると有害性が効能を上回ったり、逆に薄すぎて殺菌・消毒効果が不足したりするおそれがある。管理が悪いと、効果のない菌が繁殖するおそれがある。また、石鹸などと混ざると殺菌効果が弱まる。

6.2 事故や曝露防止

できれば密閉化した設備で取り扱う。取扱い場所の近くに安全シャワー、手洗い・洗眼設備を設ける。曝露のおそれのある取扱いでは、防塵マスク(又は防毒マスク)、保護手袋、保護眼鏡(側板付き又はゴーグル型)又は保護面、長袖作業衣を着用する。粉塵やミストの発生を抑える。粉塵やミスト(エアゾール)が発生する場合は局所排気を行う。取扱い後は手や顔などをよく洗う。環境中に排出しないように気を付ける。殺菌・消毒剤は、その取扱いの注意を守って使う。濃厚液を直接手指等の消毒に使用しない。0.02 ~ 0.1 % のものも市販されている。眼や口に入れたり、傷や炎症のあるところに使用したりしない。長時間接触したままにしない。誤飲事故のおそれがあるので保管にも注意する。消毒液が汚染することもあるので使用管理にも注意する。消費者製品は、有害な影響は小さいと考えられるが、注意事項を守って使う。乳幼児等が誤って飲み込んだりしないよう、手の届かないところに保管する。

6.3 廃棄処理

許可を受けた産業廃棄物処理業者に産業廃棄物管理票(マニフェスト)を交付し、有害性等を充分告知の上で処理を委託する。可燃性の溶剤で希釈してアフターバーナー及びスクラバー付き焼却炉で焼却する。

 

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