第38回  メルカプト酢酸

誌面掲載:2020年10月号 情報更新:2024年10月

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1. 名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

メルカプト酢酸(Mercaptoacetic acid:HSCH2COOH)は酢酸(Acetic acid:CH3COOH)のメチル基(Methyl group:CH3-)の水素(H)の1 個が硫黄(Sulfur:S)を含むチオール基(Thiol group:-SH)に置き換わったものである。チオール(R-SH)とはアルコール(Alcohol:ROH)の酸素(O)を硫黄(S)に置き換えた物質である。チオール基は接頭語では硫黄のギリシア語名に由来するチオ(Thio)という。チオールはチオアルコール(Thioalcohol)ともいう。2- チオグリコール酸(2-Thioglycolic acid)はグリコール酸(Glycolic acid:HOCH2COOH)の酸素を硫黄に置き換えたとした場合の呼び名である。略称のTGAはこの名称による。2- はカルボン酸(R-COOH)の炭素から数えて二つ目の炭素に-SH が結合していることを示している。カルボン酸の酸素が硫黄に置き換わった1- チオグリコール酸ともいえる異性体(2-Hydroxyethanethioic acid:HOCH2COSH, CAS No.247255-56-7)もありうるが、一般には存在しないので2- はなくても同じ物質を指す。チオールは古くからメルカプタン(Mercaptan)と呼ばれている。これはチオールが水銀(Mercury:Hg)と不溶性の物質を作ることからMercury(水銀)+Capture(捕捉)という意味のラテン語に由来する。接頭語としてはメルカプト(Mercapto)というのでメルカプト酢酸と呼ばれる。IUPAC の系統的命名法では接頭語としてはメルカプトやチオではなくスルファニル(Sulfanyl)を推奨している。水(H2O)の酸素を硫黄に置き換えた硫化水素(Hydrogen sulfide:H2S)をスルファン(Sulfan)というためである。メルカプト酢酸は2- スルファニル酢酸(2-Sulfanylacetic acid)である。酢酸は系統的名称ではエタン(Ethane:C2H4)のカルボン酸ということでエタン酸(Ethanoic acid)というので本来は2- スルファニルエタン酸(2-Sulfanylethanoic acid)ということになるがあまり使われていない。似た名称のチオ酢酸(Thioacetic acid, CAS No.507-09-5)という物質があるが、これは酢酸の酸素が1 個硫黄に置き換わった物質で、化学式ではCH3COSH と書かれる別物質である。この物質はエタンチオ酸(Ethanethioic acid)、アセチルメルカプタン(Acetyl mercaptan)とも呼ばれる。

 

図表1 メルカプト酢酸の特定

名称 メルカプト酢酸

Mercaptoacetic acid

IUPAC名 2-スルファニル酢酸

2-Sulfanylacetic acid

別名 2-チオグリコール酸

2-Thioglycolic acid

2-メルカプトエタン酸

2-Mercaptoethanoic acid

略称 TGA
化学式 C2H4O2S

HSCH2COOH

CAS No. 68-11-1
化審法(安衛法) 2-1355
EC No. 200-677-4
REACH 01-2119494933-24-xxxx

*: xxxxは登録者番号

 

1.2 CAS No.、化学物質審査規制法(化審法)、労働安全衛生法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号

CAS No. は68-11-1 で、化審法官報公示整理番号は2-1355 である。化審法の2-…は第2 類で「有機鎖状低分子化合物」という分類を示している。安衛法は既存物質とし、化審法番号で公表されている。EUのEC 番号200-677-4 である。REACH 登録番号は01-2119494933-24-xxxx(xxxx は登録者番号)である。

 


2. 特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

激しい悪臭と刺激臭のある無色の粘稠な液体である。中程度の強酸で、還元性がある。空気中で容易に酸化されてジスルフィド結合(R1-S-S-R2)によりジチオジグリコール酸(2,2-ditiodiglycolic acid:HOOCCH2SSCH2COOH,CAS No.505-73-7)を生ずる。水が安定剤となり、70 ~ 75 % の水溶液が最も安定である。酸化剤、アルカリ、有機化合物と反応する。鉄やアルミニウムなど多くの金属に腐食性を示す。NITE のGHS 分類では金属腐食性は、データがなく分類できないとしている(図表3)。国連分類ではクラス8 の腐食性物質である(図表4)。国連分類のクラス8(腐食性物質)には金属腐食性のほかに皮膚腐食性も含まれており、NITE は皮膚腐食性/ 刺激性はGHS で区分1 としている。可燃性で、126 ℃以上の高温では爆発性混合気体を生成することがある。加熱すると分解する。沸点の測定は熱分解を伴っている。燃えると有毒な硫黄酸化物(SOx)や熱で分解して硫化水素を生成する。水と混和する。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)は0.05で生物濃縮性はないと考えられる。

 

図表2 メルカプト酢酸の主な物理化学的性質(ICSCによる)

融点(℃) -16.5
沸点(℃) 120 (20mmHg)*1, 207.9(101.3kPa)*2,

220*3

引火点(℃) 126 (o.c.)
発火点(℃) 350
爆発限界(vol %) 5.9~?
蒸気密度(空気=1) 3.2
比重(水=1) 1.3
水への溶解度 混和する
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) 0.05

*1: ICSCでは120℃とあるが、減圧下(20mmHg≒2.7kPa)での沸点である。

*2: REACH登録物質、*3: 職場のあんぜんサイトモデルSDS

 

2.2 有害性(図表3)

経口による摂取や蒸気の吸入により体内に吸収される。皮膚からの吸収性も高い。その後はジスルフィド体や硫酸塩等になって多くは尿中に排出される。皮膚や眼、気道に対して腐食性がある。皮膚に付着すると薬傷を起こし、眼に入れば角膜混濁から結膜浮腫を起こす。蒸気を吸入した場合は急性肺水腫等の肺障害を起こす。経口で摂取した場合も口腔、咽頭、食道粘膜の腐食を起こすなど接触部位粘膜の潰瘍を生ずる。曝露により振戦、痙攣、呼吸困難、多臓器不全を起こし、死亡することもある。影響は遅れて現れることがあるので曝露後は医学的な経過観察が必要である。肺水腫は2 ~ 3 時間経過するまで現れないことがあるだけでなく、安静を保たないと悪化する。接触による腐食性等の影響はTGAが酸であるためで、アンモニウム塩等中和された状態では酸としての影響はなくなる。ヒトに皮膚感作性を示し、アレルギー性皮膚炎を起こすことがある。長期的な曝露では血液系、肝臓や腎臓に影響する。遺伝子への影響を調べる変異原性試験では陽性のデータは得られていない。発がん性があるというデータはなくIARC 等の評価機関では評価していない。生殖毒性に関して判断できる十分なデータはない。

水生生物に対し有害性を示す。生物濃縮性はない。生分解性があり、長期的な影響は小さいと考えられる。

 

図表3 メルカプト酢酸のGHS分類(NITE による)

GHS分類 区分
物理化学的危険性
引火性液体 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 3
急性毒性(経皮) 3
急性毒性(吸入:ミスト) 4
皮膚腐食/刺激性 1
眼損傷/刺激性 1
皮膚感作性 1
生殖細胞変異原性
発がん性
生殖毒性
特定標的臓器(単回) 1(中枢神経系、呼吸器、全身毒性)
 特定標的臓器(反復) 2(血液系、肝臓、腎臓)、
誤えん有害性
環境有害性
 水生環境有害性(短期/急性) 3
水生環境有害性(長期/慢性)

 

 


3. 主な用途

ポリ塩化ビニル樹脂やゴムの安定剤、医薬品の中間体、動物繊維の加工剤、鉄の比色分析用試薬、重金属の除去剤、防錆剤(除錆剤)として使われている。パーマネント液のウェービング剤にTGA やそのアンモニウム塩(CAS No.5421-46-5)等、除毛剤としてTGA のカルシウム塩(CAS No.814-71-1)等が使われている。

 


4. 事故等の例

・パーマネントに使用されるチオグリコール酸アンモニウムと臭素酸ナトリウム(Sodium bromate, CAS No. 7789-38-0, NaBrO3)等の工業薬品の小分け/販売事業場で爆発事故が起きた。取り扱っていたパーマ液が混触発火したものと思われる。
(https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/houkoku/houkoku_2020_05.html)
・ パーマ液は誤飲等の事故がある。日本中毒予防センターでは「中毒事故の問い合わせが多い家庭内の化学製品」で取り上げている。

(https://www.j-poison-ic.jp/general-public/response-to-a-poisoning-accident/chemical-products/)

・ 除毛剤としての使用で皮膚障害事故により注意が呼びかけられている。

(https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20191219_2.html)
(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_060/assets/consumer_safety_cms205_220531_01.pdf)
・ 皮膚や眼の障害、消化器、呼吸等への影響、死亡例等が紹介されている。

(化学物質安全性(ハザード)評価シート 2001-10

(https://www.cerij.or.jp/evaluation_document/hazard/F2001_10.pdf
要約版: https://www.cerij.or.jp/evaluation_document/hazard/S2001_10.pdf

化学物質の初期リスク評価書 Ver. 1.0 No.31 2008

https://www.chem-info.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/dt/pdf/CI_02_001/risk/pdf_hyoukasyo/345riskdoc.pdf)


5. 主な法規制(図表4)

化学物質審査規制法(化審法)では特に規制はなく「一般化学物質」として扱われている。化学物質管理促進法の指定化学物質にも指定されていない。労働安全衛生法では名称等を表示及び通知すべき有害物に指定している。0.1 % 以上含有する製品を提供する際SDS を発行、1 % 以上含む場合は容器・包装等にGHSによる絵表示、有害性、取扱注意等を表示しなければならない。これにはアンモニウム塩等の塩は該当しない。GHS分類で皮膚や眼の刺激性、皮膚感作性で区分1、皮膚吸収性物質にも挙げられており、皮膚等障害化学物質である。1%以上含有する製品を取り扱う場合は保護眼鏡、不浸透性の保護衣、保護手袋等適切な保護具を使用しなければならない。作業環境基準は定められていない。作業環境許容濃度について、ACGIH はその塩も含めてTLV-TWAで1 ppm に設定している。皮膚からの吸収もあるとしている。日本産業衛生学会は許容濃度を設定していない。毒物劇物取締法で劇物に指定されている。GHSの急性毒性(経口、経皮) 区分3 及び皮膚腐食性/刺激性区分1 が劇物の基準に該当する。製剤を含むとあるので混合物も該当するが1 % 以下の場合は劇物から除外されている。製造・輸入・販売のためには登録が必要である。取扱う場合も盗難や曝露防止に努めなければならない。ナトリウムやアンモニウム等との塩は劇物には該当しない。引火点が126 ℃(open cup)の液体なので、消防法の危険物第4 類引火性液体の第三石油類水溶性液体に該当する。指定数量は4,000 L である。引火点が60 ℃を超えており、国連分類のクラス3(引火性液体)には該当しない。しかし、クラス8(腐食性物質)に該当し、「チオグリコール酸」という品名で国連番号1940 がある。容器等級はⅡである。国際輸送での海洋汚染物質の標識が必要な海洋汚染物質には該当しないが、他の物質との混合物での輸送に限り、海洋汚染防止法の有害液体物質のY類物質と同等と環境大臣が指定している。係数は1 なので25 % 以上含有するとほかに有害液体物質がなくてもY類物質と判定される。大気中に排出されると大気汚染防止法の対象にもなるが、臭いが強いので悪臭防止法にかかると考えられる。

薬機法の医薬部外品として、パーマネントの毛髪のウェーブ付与等頭髪の外用剤としての使用が認められている。有効成分としてTGA又はその塩(アンモニウム液、モノエタノールアミン液)が挙げられ、目的により配合割合が定められている。また、除毛剤としてTGAのカルシウム塩等の配合が認められている。

食品衛生法の指定添加物に香料として認められた物質に18 種類の類番号でまとめられた物質群がある。類番号6 は脂肪酸類で、その中にメルカプト酢酸が含まれている。着香の目的にのみ使用できる。

 

図表4 メルカプト酢酸に関係する法規制

法律名 法区分 条件など
労働安全衛生法 名称等表示/通知対象物(602*1) 表示 ≧1%
通知 ≧0.1%
皮膚障害化学物質 ≧1% (皮膚刺激性/吸収性)
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 設定されていない
ACGIH TLV-TWA 1ppm*2(Skin)
毒物劇物取締法 劇物(製剤を含む) > 1%
消防法 危険物第4類引火性液体 第三石油類水溶性液体
国連危険物輸送勧告 国連分類 8(腐食性物質)
国連番号 1940
品名 チオグリコール酸

THIOGLYCOLIC ACID

容器等級
海洋汚染物質 非該当*
海洋汚染防止法 有害液体物質 Y類同等
薬機法 医薬部外品:

パーマネント・ウェーブ用剤

除毛剤

 

TGA又はその塩類

TGAのカルシウム塩等

食品衛生法 指定添加物 香料(類番号6: 脂肪酸類)

*1: 2025年3月31日までの政令番号。以後は2197

*2: Thioglycolic acid and salts

 


6. 曝露等の可能性と対策

6.1 曝露等の可能性

室温で引火・爆発の危険はないが、着火すれば燃え、高温では空気と爆発性の混合気体を生ずる。人体へは経口や皮膚からの吸収及び蒸気の吸入による。蒸気は室温でも急速に有害濃度に達する。パーマネントの処理液に使われており、直接皮膚への接触、蒸気やミスト、飛沫の吸入のおそれがある。また、パーマネントの後半で使われる臭素酸カリウム等の酸化剤と混ざると急速に反応・発熱して火災・爆発の危険もある。除毛剤は直接皮膚に接触する。

6.2 曝露防止

閉鎖系で取扱う。蒸気やミストの吸入を防ぐため局所排気、全体換気を行う。曝露のおそれがある場合は送気マスク、自給式呼吸器を着用する。保護手袋、保護眼鏡及び顔面シールド等を用い、取扱い時に皮膚の露出を防ぐ。保護手袋等にはニトリルゴム製や塩ビ製

は不適切でネオプレン製が推奨される。不浸透性を確認して使用する。飛沫を浴びるおそれがある場合は全身の化学用保護衣(耐酸性)を着用する。取扱い場所近くに安全シャワー、手洗い、洗眼設備を設置する。取扱い後は体の露出していた部分をよく洗い、うがいをする。使用後の保護具は再汚染が起きないよう取扱う。医薬部外品としての使用では取扱いの注意を守る。

6.3 廃棄処理

都道府県知事等の許可を受けた産業廃棄物処理業者(又は処理を行う地方公共団体)に委託して処理する。廃棄の前に中和処理を行う。可燃性溶剤に溶解して、アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉の火室に噴霧して焼却する。分子中に硫黄(S)を含むので、燃焼により硫黄酸化物(SOx)が生成する。大気中に排出されると、酸性雨の原因となるので大気汚染防止法で排出規制基準がある。燃焼ガスからスクラバー等により水系に回収する。硫黄酸化物は水に溶解すると強い酸性を示す。硫黄酸化物を含む排水はpH 調整を行い、水質汚濁防止法に従って排出する。

生分解性があるので、低濃度の水溶液であれば活性汚泥による処理も可能である。

 

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