第113回_製品関連規制等を対象とした「オムニバスIV」の概要
EUでは、2025年1月に現政権の政策枠組みを示した「競争力コンパス」1)を公表しました。競争力コンパスでは、イノベーションや脱炭素化、安全保障の3つの中核分野に対する主要な対策を示すとともに、それら3つの中核分野の実現に向けた共通的な5つの施策が示されていました。この5つの施策の1つとして規制および行政や中小企業の負荷を大幅に削減するための「簡素化」が挙げられており、2029年までに規則を簡素化し、企業の行政負担を25%、中小企業の行政負担を35%削減することを目指して、各種法規制の簡素化やデジタル化を図る「オムニバスパッケージ」が順次公表されています。その第4弾としてRoHS指令や電池規則等の製品関連規制等を対象としたオムニバスIVが5月に公表されましたので、今回はその概要を取り上げます。
1.これまでのオムニバスパッケージ
まず2月に公表された最初の簡素化パッケージ「オムニバスI」2)では、企業持続可能性報告指令(CSRD)企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)、タクソノミー規則、炭素国境調整メカニズム(CBAM)といった持続可能性に関する法規制を対象に、義務対象企業範囲の縮小や義務適用時期の延期、報告内容等の簡素化が提案されました。また同日に投資プログラムを対象とした「オムニバスII」もあわせて公表され、その後5月に農業分野を対象とした「オムニバスIII」3)が公表されました。
2.オムニバスIVの概要
5月に公表された「オムニバスIV」4)による改正案5)では、製品関連規制を中心に30弱の既存の規則および指令を対象に、主に次の6つの簡素化が図られています。
1)中堅中小企業(SMC)枠の新設
これまで従業員数が250人以上となると大企業と見做され、多くの義務対象となっていました。このことが中小企業の成長を阻害し、競争力を制限する可能性があるとして、従業員数が750人未満かつ売上高が1億5,000万ユーロ以下、または総資産が1億2,900万ユーロ以下の企業を新たに「中堅中小企業(SMC)」として位置づけるものです。これにより、一般データ保護規則((EU) 2016/679)や電池規則((EU) 2023/1542)などの法規制において、大企業に課される義務の免除や要件が緩和される企業が拡大することになります。なお、電池規則では人権侵害や環境リスクの特定・評価・防止等を図る「デューデリジェンス」義務の免除企業の拡大に加え、デューデリジェンス義務の情報開示頻度を1回/年から1回/3年に緩和する等の変更も図られています。
2)Fガス登録の免除
Fガス規則((EU) 2024/573)では、Fガスを含む製品のすべての輸出入者に登録が義務付けられていますが、改正案では、登録対象の大半を占める中古車の輸出入を行う小規模自動車販売店の登録を免除する内容となっています。
3)リスクベースの記録管理
一般データ保護規則(GDPR)((EU) 2016/679)では、個人データの処理の記録管理を義務付けていますが、改正案では、「高リスク」と見做される処理を除き、中堅中小企業(SMC)未満の企業では記録管理の義務が免除される内容となっています。
4)紙からデジタルへ
低電圧指令(2014/35/EU)やRoHS指令(2011/65/EU)、持続可能な製品のエコデザイン規則(ESPR)、電池規則等の各種の製品関連規制では、現状、紙ベースでの適合宣言書や取扱説明書の提出が求められています。改正案ではこれらの要件をデジタル化する内容となっています。RoHS指令を例に挙げると、製造者や認定代理人、輸入者、流通者等の義務や適合宣言書等に関する条文や附属書の改正によって、適合宣言書や当局要請に基づく適合性を示す資料提出の電子化や製造・輸入者の電子的な連絡先の提供、他法規制によってデジタル製品パスポート(DPP)が適用される場合は適合宣言書をDPPで提供すること、適用除外用途の申請や適合宣言書に電子的な連絡先を追加する等、デジタル化に関する変更を図る内容となっています。
5)共通仕様の新設
RoHS指令等の製品関連規制では、指定されたEU整合規格に対応することで法規制を順守していると見做されますが、EU整合規格がない場合の対応に苦慮することがあります。そのため、今回の改正案では、EU整合規格がない、または整合規格では適合性評価が困難な場合等に、必須要求事項への適合判定を容易にするため、欧州委員会が実施法によって適合と見做される「共通仕様」を導入する内容となっています。なお、この「共通仕様」に関しては、近年制定された電池規則やESPR、包装及び包装材規則(PPWR)等ではすでに導入されているものです。
6)電池規則によるデューデリジェンス義務の段階的導入の円滑化
電池規則では、コバルト、天然グラファイト、リチウム、ニッケルについて、サプライチェーン全体で人権侵害や環境リスクを特定・評価し、これらを防止・軽減するとともに、第三者の検証を受けて、その報告書を公開するデューデリジェンス義務を課しています。このデューデリジェンス義務は2025年8月から適用される予定でしたが、改正案では、2年間延期する内容となっています。
3.最後に
オムニバスパッケージはIV以降も継続して発表される予定であり、次回は防衛分野、その後には見直しが遅れていたREACH規則等の化学分野も予定されています6)。「簡素化」は法規制の目的達成は維持しつつも、行政や企業の負担軽減を図る内容であるため、企業に新たな義務を課す意図ではないものの、REACH規則等の主要法規制の今後の動向が注目されます。
(一社)東京環境経営研究所 井上 晋一 氏
1)EC プレスリリース(競争力コンパス)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_339
2)EC プレスリリース(オムニバスIおよびII)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_614
3)EC プレスリリース(オムニバスIII)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_1205
4)EC プレスリリース(オムニバスIV)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_1277
5)EC オムニバスIVによる各種改正案等関連文書
https://single-market-economy.ec.europa.eu/publications/omnibus-iv_en
6)EC 簡素化のページ
https://commission.europa.eu/law/law-making-process/better-regulation/simplification-and-impl
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。