第17回_続REACHにまつわる話(2) ~初心者のための、化学物質管理での物質の考え方について~

新年度になり、新入社の方、あるいは、人事異動で新たに化学品の管理の業務に携われる方が多くおられると思います。化学品には「化学物質」( 以降“物質”と記載します)と複数の「物質」からなる「混合物」があります。化学物質管理のアドバイス等をさせていただいて経験しました中から、初心者の方には是非基礎知識として理解しておいていただきたい「物質」の考え方について紹介させていただきます。経験者の方には、今更の話題で申し訳ありませんが、ご容赦ください。

1.登録する物質について

我々の生活は「物質」に依存することが大変大きいのが現状です。一方では物質は人や環境に悪影響を与えることがあります。
そのため、人の健康や生態系への悪影響を防止するために、物質の製造、輸入及び使用を規制する法規制が設けられています。その中の一つに、物質の登録制度があります。

例として、“メタノール”を取り上げてみます。
メタノールは、有機化合物の中でも、特に一連のアルコールの中で、最も単純な分子構造を持つ化学物質で、分子式はCH3OHと記載します。
メタノールは、お酒の成分であるエチルアルコールと違い、有毒な物質です。70年以上前になりますが、終戦後混乱期の食料に困窮する時代には、メタノールとエタノールを混ぜた安価な変性アルコールを蒸留した密造酒を飲み、中毒事件が多発し、失明や死者を出す事件が起こっていました。

市場に出される「メタノール」を、EUのREACHの登録やCLPの分類の情報で見てみます。
REACH規則では、EU域内で製造または輸入する、年間1トン以上の「物質」の登録が必要です。製造または輸入された化学品の主成分が「メタノール」でしたら、その「化学品」は「メタノール」として、混合物中の成分として「メタノール」を1トン以上含有していれば、登録する必要があります。ここで年間1トンという数値は、一企業当たりの量です。EU域内の製造者または輸入者は、年間1トン以上になれば、それぞれ登録を行う必要があります。

REACH規則では、複数の登録者がいても、OSOR(one substance, one registration;一物質一登録)の原則のもと、同じ「物質」の登録情報は、一つに纏められ、公開されています。なお、個々の登録者は、登録する「メタノール」がどのようなものかを明確にする必要があります。
メタノールの登録情報は、ECHA(EUの化学物質の管理を行っている機関)のホームページで確認できます(1)。

これによれば、メタノールは300件以上の登録があります。
この登録データから、登録されたメタノールの組成を見ますと、多くは組成に関しての記載がありませんが、幾つかについては、純度と不純物が含まれていることが示されています(#は筆者が便宜的に付したもの、数値は純度、不純物の名称です)。

#a:82%≤~≤100%(w/w)、不純物;ブタノール
#b:95%≤~≤99%(w/w)、不純物;テトラハイドロフラン、3-クロロプロペン
#c: 95%≤~≤100%(w/w)、不純物;2-メトキシエタノール
#d: 99.85%≤~≤100%(w/w)、不純物;アセトン、エタノール、トリメチルアミン
#e :90≤~≤ 94.5 % (w/w)、不純物;テトラハイドロフラン
#f: 99<~≤ 100 % (w/w)、不純物;ベンゼン
#g :82≤~≤ 100 % (w/w)、不純物;γ-ブチロラクトン

純度が異なる、すなわち不純物を含有する物質でも、メタノールとして登録されています。その理由は、REACH規則及びCLP規則では、「物質」は下記のように定義されて、取り扱われることによります(2)。

REACH規則、CLP規則での物質の定義;
物質とは、化学元素及び自然の状態で又は何らかの製造プロセスから得られる化学元素の化合物をいい、安定性を保つために必要なあらゆる添加物や、使用するプロセスから生じるあらゆる不純物が含まれる。ただし、物質の安定性に影響を及ぼさないで、又はその組成を変えずに分離することのできるあらゆる溶剤を除く。
さらに、物質は下記のように分類して登録することになっています。

1)明確に組成が決定される物質
1-1)単一成分物質:一つの成分(主成分)が 少なくとも80% (w/w)の濃度で存在し、最大 20% (w/w) の不純物を含む物質。主成分の名称が、登録物質名となる。
1-2)多成分物質:二つ以上の成分からなる物質で、一つの成分は10%以上で80%未満の物質。「物質」の主な成分の名称を用い、物質名称とすることになっています。例えば、m-キシレンとo-キシレンの組成が、それぞれ50%からなる物質である場合の名称は、「m-キシレンとo-キシレンからなる反応生成物」となります。

2)明確に組成が決定することが出来ない物質(UVCB物質)
組成が不明または可変の物質、複雑な反応生成物、または生体物質で、下記により、化学組成によって十分に識別できないことから、UVCB 物質(Substances of Unknown or Variable composition, Complex reaction products or Biological materials)として、扱われます。

・構成成分の数が比較的多い
・成分の大部分が不明である
・組成のばらつきが比較的大きく、予測しにくい

UVCB物質として登録する場合は、その化学組成に加えて、その物質と特定するための分析データの提出が必要になります。UVCB物質として登録する場合の名称としては、下記のような例が挙げられています。

「亜硝酸、4-メチル-1,3-ベンゼンジアミン塩酸塩との反応生成物」

例に挙げたメタノールは単一成分物質です。
また、「明確に組成が決定される物質においては、10%未満の物質が不純物となり、含有する不純物を特定する必要があります。ただし、開示すべき不純物の下限値については、その不純物の有害性により異なりますので、注意が必要です。
メタノールの登録情報で、不純物が示されている場合は、不純物成分がメタノールの「分類」に寄与する限界濃度値(労働安全衛生法の裾切値に相当する値)以上含有する有害性成分ということになります(分類はCLP規則の基準に従って行われます)(3)。

また、前記のメタノールの登録において、不純物が示されていない例では下記のケースが考えられます。

・登録物質には開示が必要な不純物を含有しない
・輸入している混合物中のメタノール

以上、「メタノール」のように、広く製造・販売されている物質には、何か違う事があることになります。
これらの違いを確認する一つの手段としては、「分類」を確認する方法があります。分類は、化学品管理の上では、重要な情報ですので、必ず注意頂きたいと思います。

2.化学品の分類について

化学品による、災害の防止や人の健康や環境の保護ついて、その危険有害性を世界的に統一された基準に従って分類し、ラベルやSDSにより分かりやすく情報伝達するルールをGHS(The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals;化学品の分類および表示に関する世界調和システム)で定められています。このシステムを、日本をはじめ、ほぼ全ての国(地域)で、許されている範囲内でルールを部分的に選択して、導入されています。
GHSでは、化学品の危険有害性の分類の基準、化学品の危険有害性の情報伝達のための表示や安全性データシート(SDS)について定められています。EUではCLP規則に分類と表示を、REACH規則にSDSを導入しています

GHSにおいては化学品の危険有害性の分類は下記の三つの視点から行うことになっています。

・物理化学的危険性:爆発性、引火性、反応性等の危険性
・健康に対する有害性:急性毒性、腐食性、刺激性、発ガン性等の有害性
・環境に対する有害性:水生生物に対する有害性

分類の方法の詳細の説明は省略させていただきますが、混合物の危険性については試験で確認する以外が、公表されている情報を利用して分類することも許されています。
EU域内で、化学品の製造者、輸入者および川下ユーザーが採用しなければならない、調和された分類と表示の物質をCLP規則の付属書VIに収載しています(4)。このリストには、加盟国が合意した調和分類の物質は順次追加されていきます。

また、CLP規則では、REACH規則で登録する物質、または、量には関係なく製造または輸入する危険有害性の物質、あるいは、混合物に含有する危険有害性の物質で、混合物を危険有害性に分類される濃度限界値以上含有する場合に、その物質の分類と表示をECHAに届出が必要です。これらのデータがECHAのホームページにC&Lインベントリーとして公表されています(5)。

なお、C&Lインベントリーには、調和された分類と表示の情報と届出の情報を確認することが出来ます。
メタノールについて、分類の情報は次のようになっています(6)。

メタノールの調和された分類
・引火性液体         区分2
・急性毒性(経口)区分3
・急性毒性(経皮)区分3
・急性毒性(吸入)区分 3
・特定標的毒性(単回ばく露)区分 1

メタノールの届出された分類
多くの届出は上記の調和された分類と同じですが、その他に下記の異なる危険有害性があるとして届出がされています。
#1:皮膚刺激性 区分2、眼に対する刺激性 区分 2
#2:水生環境有害性 区分1
#3:眼に対する重篤な損傷性 区分1
#4:生殖毒性 区分2

この理由は、不純物として含まれる物質によると考えられます(申し訳ありませんが、これらの分類データと、先の不純物を含有するメタノールで登録された分類との対応の確認できていません)。
このようにメタノールであっても、不純物により分類が異なる場合があります。取り扱う場合にこの点の注意も必要になります。

因みに、日本では、政府によって多くの物質のGHS分類が行われています(7)。参考情報の扱いで、その分類を使用しなければならないものではありません。

日本政府によるメタノールのGHS分類結果
・引火性液体     区分2
・急性毒性(経口) 区分4
・眼に対する刺激性 区分2
・生殖毒性     区分1B
・特定標的臓器毒性(単回ばく露)区分1(中枢神経系、視覚器、全身毒性)
・特定標的臓器毒性(単回ばく露)区分3(麻酔作用)
・特定標的臓器毒性(反復ばく露)区分1(中枢神経系、視覚器)

健康に対する有害性分類が、EUの調和分類と日本政府の分類で異なります。この原因は、試験に用いられた物質の違い、分類の検討した試験報告書が何であったかにによるものと考えられます。
このため、お困りになることが多く出てくることと思います。現状では、これらの状況に対処することが必要となります。

3.法令で規制する物質について

REACH規則のCLS(時にはSVHCとも書かれています)や制限物質、あるいはRoHS指令の特定有害物質については、このコラムで取り上げられています。

CLSは、REACH規則で、EU域内で使用するのに認可を取得しなければならなくなる懸念のある物質の候補リスト(Candidate List of substances of very high concern for Authorisation)に収載された物質のことです(8)。成形品中に0.1%以上CLSを含有する場合は、提供先には成形品を安全に取り扱うための情報の提供する必要があります。さらに、SVHCが登録されていない場合は、年間1トン以上になりますと、ECHAへの届出が必要になります。このため国内の成形品を輸出される関係者の方は、SVHCに注意をしておられます(さらに、SVHCについては、EUの廃棄物枠組み指令のSCIP届出への対応が必要ですが、省略させていただきます)。

REACH規則制定の準備段階では、SVHCは凡そ1,500物質であるとの情報がありました。現時点では(2023年4月18日)、CLSには233件あります。さらに、詳しく見ますと、474物質となります。この理由は、SVHCとする場合に、個別の物質として検討されたケースとグループ化して検討されたケースがあることによります。ここで留意頂きたいことは、REACH規則の成形品に対する義務やRoHS指令の特定有害物質の含有の制限では、対象物質そのものでなくても、不純物として含まれる場合も対象となることです。このための情報伝達のツール、例えばchemSHERPA®(9)が使用されています。

以上、管理しなければ物質は、対応が必要な「物質」の考え方について、一端を紹介しました。対象とする法令に従って、何を調べればならないかの参考になれば幸甚です。

参考情報
(1)https://echa.europa.eu/registration-dossier/-/registered-dossier/15569
(2)https://echa.europa.eu/documents/10162/2324906/substance_id_en.pdf/ee696bad-49f6-4fec-b8b7-2c3706113c7d?t=1525879053278
(3)https://echa.europa.eu/documents/10162/2324906/clp_en.pdf/58b5dc6d-ac2a-4910-9702-e9e1f5051cc5?t=1499091929578
(4)https://echa.europa.eu/information-on-chemicals/annex-vi-to-clp
(5)https://echa.europa.eu/information-on-chemicals/cl-inventory-database
(6)https://echa.europa.eu/information-on-chemicals/cl-inventory-database/-/discli/details/37212
(7)https://www.nite.go.jp/chem/ghs/ghs_index.html
(8)https://echa.europa.eu/regulations/reach/candidate-list-substances-in-articles
(9)https://chemsherpa.net/

(一社)東京環境経営研究所 林 譲 氏

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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