第19回_EU 修理する権利指令(案)
欧州化学物質庁(ECHA)は、3月22日「修理する権利指令」(案)を公表しました1)。
この指令(案)2) は、欧州グリーンディール3)の「持続可能な消費」を実現する手段のひとつとして位置づけられています。
すでに同じ目的で、供給側(生産者)に対しては、製品設計の段階から修理しやすい設計や修理の際に入手しやすい部品を使用するなどのフレームワークを要求する「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation:ESPR)」(案)4)が示されています。需要側(消費者)に対しては、製品の耐久性と修理可能性に関する情報を提供することにより持続可能な消費を促す「環境への移行に向けた消費者のエンパワーメントに関する指令(Empowering Consumers for the Green Transition:ECGT)」(案)5)が提示されています。
「修理する権利指令」(案)は、上記2つの(案)を補完する指令であり、消費者が実際に修理を希望するときに必要な情報の提供や条件を明らかにすることにより修理を加速して、結果として資源の有効活用と廃棄物の削減をめざすものです。
この指令(案)が施行されることにより、日本からの適用製品のEUへの輸出にあたり対応が必要になることと、今後の成形品の規制動向を考えるときに重要な要素となりうることから、以下に概略を説明します。
1.指令(案)の構成
本指令(案)の構成は、19条からなる本文と2つの付属書で構成されています。各条と附属書のタイトルは次のようになっています。
第1条:主題、目的及び範囲(Subject matter, purpose and scope)
第2条:定義(Definitions)
第3条:調和のレベル(Level of harmonisation)
第4条:欧州修理情報フォーム(European Repair Information Form)
第5条:修理義務(Obligation to repair)
第6条:修理義務に関する情報(Information on obligation to repair)
第7条:修理及び改修対象製品のオンラインプラットフォーム(Online platform for repair and goods subject to refurbishment)
第8条:執行(Enforcement)
第9条:消費者情報(Consumer Information)
第10条:強制力(Mandatory nature)
第11条:罰則(Penalties)
第12条~第14条:各々指令(EU)2019/771、指令(EU)2020/1828、及び規則(EU)2017/2394 の改正
第15条:委任事項の行使(Exercise of the delegation)
第16条:経過措置(Transitional provisions)
第17条:移行措置(Transposition)
第18条:発効(Entry into force)
第19条:発行先(Addresses)
附属書Ⅰ:欧州修理情報フォーム
附属書Ⅱ:修理対象要件リスト
2.内容の詳細
本指令(案)では、第1条で高レベルの消費者と環境の保護を目的として、EU域内で製品の修理を促進する共通規則を規定していると述べられています。つまり域内市場でどこでも適切に修理を受けられる共通基盤の整備をめざしています。また、従来の法制度のもとで行われる販売者による初期不良対応や保証期間内の修理対応だけではなく、販売者の責任範囲外(保証期間外や使用者側の責任による故障など)で発生又は明らかになった故障に対する修理のプラットフォームを確立することもめざしているところが特徴です。
具体的には、第4条で修理業者に附属書Ⅰの「欧州修理情報フォーム」への記入・提出を義務づけています。「欧州修理情報フォーム」には、以下の情報を記載する必要があります。
・修理サービスを提供する修理業者の身元と連絡先・連絡手段
・修理サービスの内容(修理可能内容、修理の方法、修理料金、推定修理期間、代替品の用意、修理場所、付帯サービスの有無 など)
このような標準的なフォームで修理業者の情報を提供することにより、消費者が容易に業者の比較検討が行え、適切な価格で適切な修理サービスを受けられるようになることをめざしています。
第5条では、附属書Ⅱに示す製品に関して販売者の責任範囲外で生産者が修理を行う義務を導入しています。附属書Ⅱには、エコデザイン規則等のEU法律行為で修理可能性要件が確立されている製品が列挙されています。
たとえば、EU規則に準拠した
1.家庭用洗濯機・洗濯乾燥機、2.家庭用食器洗い機、3.自動販売機の冷蔵機器、4.冷蔵庫、5.電子ディスプレイ、6.溶接装置、7.掃除機、8.サーバー及びデータストレージ製品、9.携帯電話・コードレス電話・タブレット等
の9種類の製品群が対象です。
この修理義務のもとでは、消費者は直接生産者に修理を依頼することができます。生産者は有償を含め修理義務がありますが、製品が修理不能なほど損傷を受けている場合にのみ修理義務が免除されます。
生産者がEU域外の場合には、域内の権限を与えられた代表者が義務を履行します。代表者がいない場合には輸入者が、輸入者がいない場合には流通業者が代わって義務を履行することになります。
生産者は、修理を下請に出すことができますが、独立の修理業者が修理のために予備部品及び修理関連情報・ツールにアクセスできるようにしなければなりません。
なお、附属書Ⅱの対象製品リストは欧州委員会によって見直しが行われて追加・削除等が行われる可能性があります。
生産者は、修理義務がある製品に関する情報を消費者に提供し、同時に修理サービスに関する情報も提供することが第6条で求められています。
第7条では、加盟国が少なくともひとつの修理に関する国内情報オンラインプラットフォーム(国内プラットフォーム)を提供し、消費者が修理業者を比較検討して新しい製品を購入するのではなく修理を選択する動機を与えることが義務づけられています。国内プラットフォームで提供する情報は、概ね前出の欧州修理情報フォーム(附属書Ⅰ)の情報と同じです。また、消費者は他国の修理業者に対して直接欧州修理情報フォームを請求することもできます。
さらに、加盟国は信頼できる修理業者に対して、品質基準を遵守していることをあらわす特別なラベルを表示できるようにすることが求められています。
3.まとめ
本指令(案)に関しては、これまでにオンラインでの公開協議(2022年1月~4月)、利害関係者との目的を絞った二国間協議(随時)、加盟国とのワークショップ(2022年4月)などや、影響評価のための調査及びそれをもとにした影響評価などが行われ、その結果を反映して修正されてきました。
ほとんどの関係者が、欠陥があった場合に新しい製品を購入するよりは代わりに修理をするインセンティブを提供することには賛成でした。
利害関係者の過半数が、新しい製品を購入するより修理の方が安い場合には修理を優先すること、及び修理を促進する自主的な取り組みが効果的だと回答しましたが、消費者団体と環境団体の過半数はこれに同意しませんでした。
このように、利害関係者の意見はまだ集約されているとは言えませんが、大筋では今回の指令(案)で纏まるのではないかと思われます。
施行後には、EUに輸出をしている本邦企業も何らかの対応を迫られることになりますので、注意が必要です。
参考文献:
1)「修理する権利指令」(案)のプレスリリース
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_1794
2) 「修理する権利指令」(案)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52023PC0155
3) 欧州グリーンディール
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
4) 「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation:ESPR)」(案)
https://environment.ec.europa.eu/publications/proposal-ecodesign-sustainable-products-regulation_en
5) 「環境への移行に向けた消費者のエンパワーメントに関する指令(Empowering Consumers for the Green Transition:ECGT)」(案)
https://www.beuc.eu/sites/default/files/publications/BEUC-X-2022-105_Empowering_consumers_for_the_green_transition.pdf
(一社)東京環境経営研究所 杉浦 順 氏
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