第5回 o-トルイジン
誌面掲載:2017年12月号 情報更新:2023年2月
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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)
1.1 化学物質名/ 別名
IUPAC名は1- アミノ-2- メチルベンゼン(1-amino-2-methylbenzene)で基本骨格ベンゼン(C6H6)の隣り合わせの水素がメチル基(-CH3)とアミノ基(-NH2)に置き換わったものである。アミノベンゼン(C6H5-NH2)は古くから染料の原料として知られた「アニリン」なのでこれを基本に名称を付けると2- メチルアニリンとかo- メチルアニリンとなる。一方ベンゼンにメチル基が結合した「トルエン」(C6H5-CH3)も石油留分の一つで溶剤や火薬の原料として知られており、これを基本構造とすれば2- アミノトルエン、o- アミノトルエンと呼ぶこともできる。芳香族アミンの一種である。キシレンの一つのメチル基がアミノ基に変わったものである。
化学式はC7H9N 又はCH3C6H4NH2 である。-CH3 と-NH2 の相対位置の違いで、キシレンと同じようにo-トルイジンの他にm-トルイジン、p-トルイジンがある。
名称(慣用名) | o-トルイジン(o-Toluideine) | m-トルイジン(m-Toluideine) | p-トルイジン(p-Toluideine) |
IUPAC名 | 1-アミノ-2-メチルベンゼン
1-Amino-2-methylbenzene |
1-アミノ-3-メチルベンゼン
1-Amino-3-methylbenzene |
1-アミノ-4-メチルベンゼン
1-Amino-4-methylbenzene |
別名 | 2-メチルアニリン
2-Methylaniline o-メチルアニリン o-Methylaniline 2-アミノトルエン 2-Aminotoluene Benzenamine,2-methyl |
3-メチルアニリン
3-Methylaniline m-メチルアニリン m-Methylaniline 3-アミノトルエン 3-Aminotoluene Benzenamine,3-methyl |
4-メチルアニリン
4-Methylaniline p-メチルアニリン p-Methylaniline 4-アミノトルエン 4-Aminotoluene Benzenamine,4-methyl |
化学式 | C7H9N / CH3C6H4NH3 | ||
CAS No. | 95-53-4 | 108-44-1 | 106-49-0 |
化審法(安衛法) | 3-186 | 3-186 | 3-186 |
EC No. | 202-429-0 | 203-583-1 | 203-403-1 |
REACH | 01-2119432712-46-xxxx | 01-2119432357-40-xxxx
(01-2119932304-46-xxxx) |
01-2119432711-48-xxxx |
図表1 トルイジンの特定
1.2 CAS No.、化審法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号
o- トルイジンのCAS No. は95-53-4 である。m- トルイジン、p- トルイジンもそれぞれ異なる番号がある。
化審法では「トルイジン」として官報公示整理番号3-186 である。3 種の異性体の区別はしていない(安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている)。
CASは3 種の異性体の区別ができない又は混合物の場合、Toluidine として別の番号26915-12-8 がある。法規制や有害性等の情報で異性体を区別していないことがあるので、CAS No. で検索するときは注意が必要である。
EU では異性体が区別され、o-Toluidine のEC 番号は202-429-0 である。REACH 登録番号は01-2119432712-46-xxxx(xxxx は登録者番号)。
1.3 国連番号(UN No.)
UN No. 1708 で、品名は「トルイジン(液体)」である。国連番号は輸送時の安全な容器等のためにあるので、o-, m-, p- という分け方ではなく液体と固体で分けている。「トルイジン(固体)」という品名でUN No.3451がある。(o-, m- は常温では液体だがp- は固体)。国連分類はクラス6.1(毒物類)で容器等級はⅡ。
2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)
2.1 物理化学的性質(図表2)
無色から黄色の揮発性液体(VOC)である。空気や光にあたると赤みがかかった茶色になる。m- トルイジンも液体であるが、p- トルイジンは室温では固体である。これはp- トルイジンは分子の対称性がよく、結晶化しやすいためである。キシレンのメチル基が親水性であるアミノ基に代わることにより極性が高くなり、分子間の引き合う力が強くなるので気体(蒸気)になりにくくなる。このためトルイジンはキシレンより60 ℃くらい沸点が高くなっている。引火点もキシレンより50 ℃以上高い。極性が高くなるというのは水との親和性が高くなるということでもある。キシレンに比べると水に少し溶解し弱い塩基性を示す。酸性の水にはイオン化して溶解する。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)も約1.4 とキシレン(約3.1)に比べると小さい。
2.2 有害性
GHS分類例をm-, p- もあわせて図表3 に示す。飲み込んだり蒸気を吸い込んだりしたときの症状としてチアノーゼ(血液の異常で、皮膚、爪、唇等が紫色になる)、呼吸困難、頭痛、疲労感、眩暈、吐き気、血尿、意識喪失等がある。長期的にも血液に異常(メトヘモグロビン血症: 酸素を運ぶことができない)を起こす。皮膚からも吸収される。皮膚に対する刺激性は強くはないが、条件によっては影響が強い場合がある。眼に対しては強い刺激性がある。感作性についてはo- トルイジンでは情報がないが、p- トルイジンでは皮膚感作性が認められている。
発がん性については、評価機関による分類を図表4に示す。国際がん研究機関(IARC)はグループ1、日本産業衛生学会は第1 群、米国の国家毒性計画(NTP)はK(Known to beHuman Carcinogens)といずれも人にも発がん性の証拠があるとしている。そのほかEU CLP(Classification,Labelling and Packaging)規則によるGHS分類はカテゴリー1B(主に動物試験の証拠からヒトに対しておそらく発がん性がある)、ACGIH はA3(動物試験で発がん性有)と人に関しての証拠は十分ではないが発がん性があるとしている。多くの変異原性試験結果から遺伝毒性はあると考えられる。
作業環境許容濃度について日本産業衛生学会は1 ppm(4.4 mg/m3)、ACGIHは2 ppm(8.8 mg/m3)に設定している。いずれも皮膚からの吸収の注意が付いている。ACGIH はo- トルイジンはm-, p-ともにメトヘモグロビン産生物質であるとして、BEI(Biological Exposure Indices: 生物学的曝露指標= 生物学的許容値)として血中のメトヘモグロビン濃度がヘモグロビンの1.5 % を勧告している。
環境中の生物に有害である。生物濃縮性は高くないと考えられるが、生分解性は低い(難分解性)。
図表2 トルイジンの主な物理化学的性質(ICSC による)
物理化学的性質 | o-トルイジン | m-トルイジン | p-トルイジン |
融点(℃) | -16(β)、-24.4(α) | -30 | 44~45 |
沸点(℃) | 200 | 203 | 200 |
引火点(℃) (c.c.) | 85 | 85 | 87 |
発火点(℃) | 480 | 480 | 480 |
爆発限界(vol %) | 1.5~7.5 | 1.1~6.6 | 1.1~6.6 |
比重(水=1.0) | 1.00 | 0.99 | 1.05 |
水への溶解度 | 1.62 g/100 ml (20 ℃) | 0.1 g/100 ml (25 ℃) | 0.75 g/100 ml
(20 ℃) |
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) | 1.43 | 1.40 | 1.39 |
図表3 トルイジンのGHS分類(NITE による)
GHS分類 | o-トルイジン (2014年度) |
m-トルイジン(2017年度) | p-トルイジン(2014年度) |
物理化学的危険性 | |||
引火性液体 | 4 | 4 | 対象外 |
可燃性固体 | 対象外 | 対象外 | – |
自然発火性液体 | 区分外 | 区分外 | 対象外 |
自然発火性固体 | 対象外 | 対象外 | 区分外 |
金属腐食性 | – | 区分外 | – |
健康有害性 | |||
急性毒性(経口) | 4 | 4 | 4 |
急性毒性(経皮) | 区分外 | – | 3 |
急性毒性(吸入:粉塵/ミスト) | 4 | – | – |
皮膚腐食/刺激性 | 区分外 | 2 | 区分外 |
眼損傷/刺激性 | 2A | 2 | 2A |
皮膚感作性 | – | – | 1 |
生殖細胞変異原性 | 2 | – | – |
発がん性 | 1A | – | 2 |
生殖毒性 | – | 2 | – |
特定標的臓器毒性(単回) | 1(中枢神経系、血液系、膀胱)
3(麻酔作用) |
1(血液) | 1(中枢神経系、血液系、腎臓、膀胱)
3(気道刺激性) |
特定標的臓器毒性(反復) | 1(血液系、膀胱) | 2(血液)
2(腎臓) |
1(血液系、膀胱) |
誤えん有害性 | – | – | – |
環境有害性 | |||
水生環境有害性(短期・急性) | 1 | 1 | 1 |
水生環境有害性(長期・慢性) | 1 | 1 | 1 |
図表4 o-トルイジンの発がん性評価
分類機関 | 分類 |
IARC | Group 1 |
日本産業衛生学会 | 第1群 |
ACGIH | A3 |
NTP | K |
EU(CLP) | 1B |
EPA | – |
IARC: Group 1: Carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す)
日本産業衛生学会: 第1群: ヒトに対して発がん性があると判断できる物質
ACGIH A3: Confirmed Animal Carcinogen with Unknown Relevance to Humans
(動物に対して発がん性が確認された物質であるが、人への関連性は不明)
NTP K: Known to be Human Carcinogens (ヒト発がん性があることが知られている物質)
3. 主な用途
アゾ系及び硫化系染料やその他の化学物質の合成原料として使われる。
4. 事故等の例
2015 年o- トルイジン等を使用して染料・顔料の中間体を製造していた工場で膀胱がんが多発していることが報告された。その後の調査で取扱っている国内76 業者中9 事業所で20 人が膀胱がんを発症していたことがわかった。各工程と作業者の曝露量が調べられた。作業環境中の濃度は許容濃度(1 ppm)よりずっと低く(平均0.003 ppm)吸入による摂取より、保護手袋の取扱いや工程中でのo- トルイジン含有物質の取扱いが不適切なこと等による、皮膚からの吸収の方が大きかったと考えられた(作業用ゴム手袋を有機溶剤で洗浄・再使用を繰り返したため、手袋の内側まで汚染していた。有機溶剤に溶解しての使用で、過去には溶液が皮膚や衣服に付着してもあまり気にしなかった。等)。
欧米では1980 年代からo- トルイジンに曝露していた作業者で膀胱がんの発生の報告が何件かあった。それらはo- トルイジン以外の物質にも同時に曝露(複合曝露)しており、因果関係を明確にするのは困難だった。2000 年以後は疫学的な調査も行われた。(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000126109.html他)
図表5 o-トルイジンに関係する法規制
法律名 | 法区分 | 条件等 | m- | p- | ||
化学物質管理促進法 | (特定) *1第1種指定化学物質*1 | ≧1%
(≧0.1%)*1 |
(299)*1 | ○ | ○ | |
労働安全衛生法 | 名称等表示/通知物 | ≧0.1% | (406) | ○ | ○ | |
特化則 | 特定化学物質第2類物質 | 特定第2類
特別管理物質 |
– | – | ||
作業環境評価基準 | 管理濃度 | 1ppm | – | – | ||
労働基準法 | 疾病化学物質 | 該当*2 | ○ | ○ | ||
作業環境許容濃度 | 日本産業衛生学会 OEL | 1ppm (4.4mg/m3) (皮) |
– | – | ||
ACGIH TLV | TWA | 2ppm (skin) | – | – | ||
OSHA PEL | TWA | 5ppm(skin) | – | – | ||
生物学的許容値 | ACGIH BEI | BEIM*3 | ○ | ○ | ||
毒物劇物取締法 | 劇物 | 原体 | 該当 | ○ | ○ | |
消防法 | 危険物第4類、引火性液体 | 第三石油類、非水溶性液体 | ○ | – | ||
大気汚染防止法 | 揮発性有機化合物(VOC) | (排気) | 該当 | ○ | ○ | |
国連危険物輸送勧告 | 国連分類 | 6.1(毒物) | ○ | ○ | ||
国連番号 | 1708(液体)
3451(固体) |
|||||
容器等級 | Ⅱ | |||||
海洋汚染防止法 | 有害液体物質 | Y類 | – | – | ||
有害家庭用品規制法 | アゾ染料(特定芳香族アミン生成) | (30μg/g) | 特定芳香族アミン | – | – |
○は法区分がm-トルイジン又はp-トルイジンも含んでいることを示す。
*1: 2023年度からは特定第1種指定化学物質、≧0.1%、そして299は管理番号(政令番号は346)になる。
*2:症状/障害は溶血性貧血又はメトヘモグロビン血
*3: Methemoglobin inducers (メトヘモグロビン産生物質)としている。許容値は血中メトヘモグロビン濃度がヘモグロビンの 1.5 %
5. 主な法規制(図表5)
労働安全衛生法の特定化学物質予防規則(特化則)の「特定化学物質第2 類物質、特定第2 類物質、特別管理物質」である。o- トルイジン及びその混合物(1 % 以下を除く)を取扱うには作業主任者を置き、作業環境の測定・結果の評価を行い、必要に応じて設備の検査、整備、健康診断(特に尿路系腫瘍の予防・早期発見項目を含む)を6 ヶ月に1 回(配置転換後も)等が必要である。密閉化するか局所排気(又はプッシュプル型換気)等による発散抑制が必要。作業環境評価基準は管理濃度1 ppm である。測定、評価は6 ヶ月に1 回。保護具の着用、洗浄設備の設置、汚染時の洗浄の義務がある。取扱い場所に有害性、取扱注意、保護具等を掲示し、作業記録を取る。作業環境測定結果、健康診断結果、作業記録等は30 年保管義務がある。他者に提供する場合はSDS を発行し、容器等にはラベル表示しなければならない。化学物質管理促進法の第1種指定化学物質でPRTR報告及びSDS発行の義務がある。2023年度からは特定第1種指定化学物質となり、年間取扱量0.5t以上、0.1%以上含有製品が対象となる。純品の場合は毒劇物取締法の劇物でもあるので製造、輸入、販売等するために登録しなければならない。消防法の危険物第4 類引火性液体第三石油類、非水溶性液体で、指定数量は2,000 L である。取扱うためには危険物取扱者の資格が必要で製造、貯蔵、取扱い場所には市町村長の認可を受けなければならない。
国連分類は6.1(毒物類)で国際輸送時の容器には毒物を示す標識が必要である。また海洋汚染物質でもあるので、海上輸送時には海洋汚染物質の標識も必要である。
家庭用品規制法で皮膚に接触する繊維製品や革製品に対し、発がん性芳香族アミンを生成するアゾ染料の使用が禁止されている。この芳香族アミンの中にo- トルイジンが含まれている。この規制はEU で始まり、日本ではEU 向け繊維製品の対応から業界自主基準を経て、2016 年から家庭用品規制法で規制されるようになった。皮膚に接触する繊維製品や革製品に対し、基準は特定芳香族アミン(24 種)に換算した含有量で30 μg/g 以下である。規制が間接的で分かりにくいが、特定芳香族アミンの測定法は省令(平成27 年厚生労働省令第124 号)で示され、JIS L 1940-1, -3: 2019 (ISO 14362-1, -3: 2017)がある。特定芳香族アミンを生成するアゾ染料等の例は日本繊維産業連盟(http://www.jtfnet.com/shiryo/index.htm)が公開している。
6. 曝露等の可能性と対策
6.1 曝露可能性
沸点が200 ℃くらいあるので室温で蒸気を吸入するおそれは低いが、高温で発生する蒸気や、飛沫、ミスト等を吸入するおそれがある。皮膚から吸収されやすい。直接皮膚に付着するほか蒸気やミストが皮膚から吸収される。保護具を着用していても使用後脱衣/脱着時や使用後の保護具の取扱いで曝露するおそれもある。また、o- トルイジンの塩エンや反応物でo- トルイジンが再生する物質もある。その物質が固体(粉末)の場合、粉塵として空気中に浮遊して吸入することもある。摂取した後体内で分解して生成する。上記アゾ染料を使用した製品に長期間または反復して接触しているうちに、分解生成したo- トルイジン等の芳香族アミンに少しずつ曝露するということもある。
6.2 曝露防止
設備を密閉化し、取扱いは遠隔操作によるのがよい。計量・投入・サンプリング・製品取出し・精製・容器や設備の洗浄等で密閉/ 遠隔操作ができず、作業者に曝露のおそれがある場合でも、できるだけ身体に直接接触しない方法を取る。作業場所では局所排気またはプッシュプル型の換気を行う。溶液で使用する場合は飛沫やミストが発生しないように気を付ける。取扱後は体の露出していた部分や衣類等は石鹸を使って大量の水でよく洗う。石鹸は皮膚からの吸収を促進するおそれがあるので使いすぎないようにする。揮発性溶剤の場合、飛沫や溶液が皮膚等に付着しても溶剤は揮散して見えなくなるがo- トルイジンは残っていると考えられる。保護具が汚染されるおそれがあるので使用後の保護具の取扱いに注意し、再使用するには洗浄しておく必要がある。上記のアゾ染料を用いた繊維製品等については、原材料調達時に確認し、製品販売時にその情報をユーザーに伝える(サプライチェーンでの情報伝達)必要がある。法規制以前から業界の自主基準があり、現在直接肌に接触する用途では国内にはほとんどないと思うが、エコマーク(日本環境協会:https://www.ecomark.jp/nintei/)やエコテックス(ニッセンケン: http://nissenken.or.jp/service/oeko.html)では認証基準にこれらのアゾ染料を添加していないことを挙げている。
6.3 廃棄処理
アフターバーナー/ スクラバー付きの焼却炉で焼却する。可燃性溶剤に溶解して火室に噴霧するか、珪藻土等に吸収させて少しずつ焼却する。分子中に窒素(N)を含むので、燃焼ガスには窒素酸化物(NOx)が含まれる。燃焼ガスから窒素酸化物等の回収・中和処理が必要である。施設からの排水には窒素(アンモニア/窒素酸化物)含有量の排水基準がある。処理施設がない等で処理できない場合は都道府県知事の認可を受けた産業廃棄物処理業者に処理を委託する。
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