第4回 1,2-ジクロロプロパン

誌面掲載:2017年11月号 情報更新:2023年2月

免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。


1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/別名

IUPAC名は1,2-ジクロロプロパン(1,2-Dichloropropane)で炭素数3個の飽和炭化水素(プロパン)の1個目と2個目の炭素に結合する水素が塩素に置き換わったものであることを示している。他に「二塩化プロピレン」(Propylene dichloride)ともいう。これはプロピレン(プロパンから水素2個を取って炭素–炭素が2重結合になったもの)に塩素が2個付加したと考えた場合の呼び名である。結果は同じ構造の物質になる。有機塩素化物、脂肪族ハロゲン化炭化水素の一つである。

分子式はC3H6Cl2であるが、同じ分子式の化合物でも塩素(Cl)の結合位置の違いで4種の化合物(異性体)がある。1,2-ジクロロプロパンはCH3CHClCH2Clと書くことができる。他に1,1-ジクロロプロパン(CH3CH2CHCl2)、1,3-ジクロロプロパン(CH2ClCH2CH2Cl)、2,2-ジクロロプロパン(CH3CCl2CH3)がある。一般には1,2-ジクロロプロパンのみ利用されている。1,2-ジクロロプロパンは石油精製で得られるプロピレン(プラ容器等のポリプロピレンの原料)に塩素を付加させるだけで製造できるためである。

図表1 1,2-ジクロロプロパンの特定

名称(IUPAC) 1,2-ジクロロプロパン 1,2-Dichloropropane
別名 二塩化プロピレン

Propylene dichloride

化学式 C3H6Cl2 ,又はCH3CHClCH2Cl
CAS No. 78-87-5
化審法(安衛法) 2-81
EC No. 201-152-2
REACH 01-2119557878-16-xxxx

 

ところで、通常の合成1,2-ジクロロプロパンは3次元構造の異なる2種類の物質(立体異性体)の混合物である。CH3CHClCH2Clと書くと同じだが、右手と左手のように互いに重ならない物質(鏡像体)が同数存在していて容易には分離できない。左右が違うだけで融点や沸点等ほとんどの物理化学的な性質は同じで、工業的には分離することなく使われている。

 

1.2 CAS No.、化審法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号

CAS No.は78-87-5である。化審法官報公示整理番号は2-81で、安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。

EUのEC番号は201-152-2である。REACH以前は既存化学物質のEINECS番号だった。REACH登録番号は01-2119557878-16-xxxx(xxxx は登録者番号)。

 

1.3 国連番号(UN No.)

UN No.1279で国連危険物名は1,2-ジクロロプロパン[二塩化プロピレン]である。国連分類はクラス3(引火性液体)で容器等級はⅡ。


2.特徴的な物理化学的性質/人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

無色透明の揮発性液体(VOC)である。沸点は水に近い(96℃)が融点は–100℃と低い。水への溶解度は低い(約0.3%)。一般に炭化水素の水素を塩素(Cl)や臭素(Br)に換える(置換する)と他の有機化合物との親和性が高くなる。プロパンはメタノール等にはあまり溶解しないが、1,2-ジクロロプロパンはほとんどの有機溶媒とはどんな割合でも均一溶液になる(混和する)。塩素や臭素の含有量が高くなると燃えにくくなるが、1,2-ジクロロプロパンは引火性がある。引火点は16℃で、室温で引火する(GHS区分は2)。燃焼すると塩素(Cl2)や塩化水素(HCl: 水溶液は塩酸)を含む有毒で腐食性の物質(ガス、フューム)を生成する。比重は1.16と水より重く、蒸気は空気の約3.9倍と重い。親油性ではあるが、n-オクタノール/ 水分配係数logPowは約2.0で、生物濃縮性は高くはないと推定される。

図表2 1,2-ジクロロプロパンの主な物理化学的性質(ICSCによる)

物理化学的性質 1,2-ジクロロプロパン
融点(℃) -100
沸点(℃) 96
引火点(℃) 16 (c.c.)
発火点(℃) 557
爆発限界(vol %) 3.4~14.5
蒸気密度(空気=1) 3.9
比重(水=1.0) 1.16
水への溶解度 0.26g/100mL(20℃)
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) 2.02

 

2.2 有害性

GHS分類例を図表3に示す。急性毒性は経口で区分4であるが、経皮、吸入ともGHSでは区分されない。皮膚、眼、気道に刺激性がある。反復又は長期の接触により、皮膚感作(アレルギー反応)を引き起こすことがある。発がん性のGHS分類は、印刷工場での胆管がんの発症例(後述)により、2018年度の再分類で区分1Aに変更されている。日本産業衛生学会やIARCもヒトで発がん性の十分な証拠があるとそれぞれ第1群、Group 1に分類している。評価機関の判断を図表4に示す。経口又は吸入等により体内に入ると血液(溶血性貧血等)や肝臓、腎臓に障害を起こし、中枢神経系に影響(麻酔作用等)することがある。長期的にも血液、肝臓、腎臓への影響が報告されている。親動物の摂取で新生児発生にも影響する。

 

図表3 1,2-ジクロロプロパンのGHS分類(NITE による)

GHS分類 区分
物理化学的危険性  
引火性液体 2
自然発火性液体 区分外
金属腐食性 –
健康有害性  
急性毒性(経口) 4
急性毒性(経皮) 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 区分外
皮膚腐食/刺激性 2
眼損傷/刺激性 2A
皮膚感作性 1
生殖細胞変異原性 区分外
発がん性 1A*
生殖毒性 2
特定標的臓器(単回) 1(肝臓、血液、腎臓)

3(気道刺激性/麻酔作用)

 特定標的臓器(反復) 1(腎臓、肝臓、血液)

2(呼吸器)

誤えん有害性 –
環境有害性  
 水生環境有害性(短期・急性) –
水生環境有害性(長期・慢性) –

 

図表4 1,2-ジクロロプロパンの発がん性評価

分類機関 分類
IARC Group 1
日本産業衛生学会 第1群
ACGIH A4
NTP –
EU(CLP) 1B
EPA –

IARC: Group 1: Carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す)

日本産業衛生学会: 第1群: ヒトに対して発がん性があると判断できる物質

ACGIH A4: Not Classifiable as a Human carcinogen
(
人に対する発がん性物質としては分類できない)
(
胆管がん症例は評価に含まれていない)


 3. 主な用途

塩素を含む炭化水素は他の有機化合物と親和性が高く、溶剤や洗浄剤として使われているものが多い。1,2-ジクロロプロパンは金属洗浄剤、樹脂、ゴム等の溶剤、他の有機塩素化合物等の原料として使われる。


4. 事故等の例

2012年、校正印刷会社の工場で校正印刷部門の男性労働者70人中 16人が胆管がんを発症、7人が死亡していた(日本人男性の約1,200 倍の罹患率)。胆管がんを発症した16名全員、校正印刷業務で洗浄剤として多量に使用していたジクロロプロパンに曝露していた。またこれに伴う…発症例があり、2014年12月時点で35件(うち3件はジクロロメタン曝露)が労災に認定されている。これは曝露防止の対策が十分取られていなかったことによると考えられる。取扱者は法規制がないので比較的安全なものと思い込んだのかもしれない(7. 炭素数1 ~ 2 個の塩素化炭素の例(図表6)参照)。

(参照元)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002x6at.html
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002x6at-att/2r9852000002x6zy.pdf
https://joshrc.net/archives/3516


5. 主な法規制

関連する法規制を図表4 に示す。引火点が21 ℃未満の非水溶性の液体なので消防法の危険物第4 類引火性液体第一石油類非水溶性液体に該当する。国連危険物輸送勧告のクラス3(引火性液体)、容器等級Ⅱに従い、船舶や航空機での輸送では表示や容器の規制がある。労働安全衛生法でも「危険物・引火性の物(0 ℃≦引火点< 30 ℃)」に該当する。印刷業での胆管がん事件の反省から、法規制が強化された。0.1 % 以上含有する製品を他社に提供する際SDS の提供(文書交付義務)に加え容器等へのラベル表示を義務付けた。発がん性等の懸念があるとして「特定化学物質第2 類物質、特別有機溶剤等」で「特別管理物質」に指定され、作業環境の測定や健康診断が義務付けられている。作業環境評価基準で管理濃度:1 ppm に定められている。日本産業衛生学会の作業環境許容濃度も1 ppm(4.6 mg/m3)である。環境影響に対しては、化学物質管理促進法の第1 種指定化学物質に指定されており、環境中への排出報告(PRTR)及びSDS提供義務がある。2023年度からは特定第1種指定化学物質になるので、年間取扱量0.5t以上、0.1%以上含有製品が対象となる。化学物質審査規制法(化審法)で優先評価物質として環境リスクを評価した結果、取扱状況から環境リスクは大きくないとして2017 年3 月末で指定から外された。大気汚染防止法では有害大気汚染物質の可能性があるので、揮発性有機化合物(VOC)として大気中への排出削減が求められている。水質汚濁防止法指定物質で、環境基準/ 排水基準は定められていないが要監視項目の指針値として公共用水域/ 地下水で0.06 mg/L 以下とされている。

 

図表5 1,2- ジクロロプロパンに関係する法規制

法律名 法区分 条件等
化学物質管理促進法 (特定)*1第1種指定化学物質 ≧1%

(≧0.1%)*1

(178) *1

 

労働安全衛生法 危険物・引火性の物 0℃≦引火点<30℃ (4の3)
名称等表示/通知物 ≧0.1% (254)
健康障害防止指針 >1% 該当
特化則 特定化学物質第2類物質 >1% 特別有機溶剤等

特別管理物質

作業環境評価基準 管理濃度 1ppm
労働基準法 がん原性物質 (胆管がん) (11)
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 OEL 1ppm(4.6mg/m3)
ACGIH TLV TWA 10ppm (46mg/m3)
OSHA PEL TWA 75ppm (350mg/m3)
消防法 危険物第4類引火性液体 第一石油類非水溶性液体
国連危険物輸送勧告 国連分類 3(引火性液体)
国連番号 1279
品名 1,2-ジクロロプロパン
1,2-DICHLOROPROPANE
容器等級 Ⅱ
海洋汚染物質 非該当
海洋汚染防止法 有害液体物質

係数

Y類(230)

1

引火性物質 (23のイ)
大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) (排気)
有害大気汚染物質(248物質) (81)
環境基本法 水質 要監視項目(人健康) 公共用水域

地下水

指針値

≦0.06mg/L

≦0.06mg/L

水質汚濁防止法 指定物質 (17)

*1: 2023年度より特定第1種指定化学物質、≧0.1%、そして178は管理番号となる。(政令番号は206)


6. 曝露等の可能性と対策

6.1 曝露可能性

蒸気は空気と爆発性混合気体をつくる。漏洩したとき地下室に滞留したり下水溝に流れ込んだりすると危険である。また地下に浸入すると回収や土壌の浄化が難しくなる。蒸気は地表近くを拡散し、排水溝等を通じて離れたところで引火のおそれもある。漏洩したとしても排水管や下水管へ流入しない場所で保管する。人体内への取り込みは主に蒸気の吸入によると考えられる。上記の印刷工場での胆管がんも換気のよくない場所で使用して蒸気の吸入による影響と考えられている。

6.2 曝露防止

使用条件や作業工程を工夫して曝露の機会を減らす。設備の密閉化、遠隔操作を進める。全体換気とともに投入やサンプリング等曝露のおそれがある場合は局所排気を行う。蒸気は空気より重いので、空気の流れを考慮して設置する必要がある。換気が不十分な場合、有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスク等を使用する。大量に漏洩した場合等大量に吸収するおそれがある場合は送気マスクや空気呼吸器等を使用する。有機物に対する浸透性が高いのでゴムやビニル製の手袋では浸透してしまう。不浸透性の保護衣、保護手袋を着用する。保護衣や保護手袋にはJIS T8115やJIS T8116 の規格があるので、使用前にその不浸透性の確認をする。作業位置や姿勢でも曝露量は異なる。曝露のおそれがある時間を短くする。

6.3 廃棄処理

水に溶解せず生分解性もないので活性汚泥処理では分解できない。廃棄は焼却による。アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉でできるだけ高温(850 ℃以上)で焼却する。分子中に塩素を含むので、燃焼ガスには塩化水素等が含まれる。燃焼ガスから塩化水素等の回収・中和処理が必要である。


7. 炭素数1 ~ 2 個の塩素化炭素の例

低分子の塩素化炭化水素は、水への溶解性は低いが他の物質との親和性、溶解性は高い。塩素の割合が大きくなると難燃性・不燃性となり、四塩化炭素は消火剤として使われたこともある。このような特性により、溶剤/ 洗浄剤として利用されてきた。図表6 に炭素数1, 2 個の主な例を示す。致死量で見る急性毒性はそれほど高くない(GHSで区分4 ~区分外)が中枢神経系や麻酔作用、肝臓や腎臓への影響がある。クロロホルムは麻酔薬として使われたこともある。長期的には中枢神経系や肝臓、腎臓への影響のほか、発がん性や生殖毒性がある。多く使われるとその有害性が顕著になって法規制により使用が制限されて、規制のない又は緩い類似物質に代替される。その代替物質も多く使われるようになるとその有害性が明らかになって制限されるという循環が起きる。1,2- ジクロロプロパンもそうした代替物質の一つと考えられる。現在では労働安全衛生法特定化学物質第2 類、特別有機溶剤、特別管理物質に指定されて特別の管理が必要になっているものが多い。環境中の生物にも有害で化審法の第2 種特定化学物質に指定され、試験用や他の物質の原料として以外の製造/ 使用はできなくなっている。四塩化炭素、1,1,1- トリクロロエタンが製造禁止になっているのは、オゾン層破壊物質としてモントリオール議定書に載っているためであるが、四塩化炭素は発がん性その他の有害性から製造/ 使用が制限されている。

 

図表6 炭素数1 ~ 2 個の塩素化炭化水素例

名称 塩化メチレン クロロホルム 四塩化炭素 メチルクロロホルム トリクレン パークレン
別名 ジクロロメタン トリクロロメタン テトラクロロメタン 1,1,1-トリクロロエタン トリクロロエチレン テトラクロロエチレン
化学式 CH2Cl2 CHCl3 CCl4 CH3CCl3 CHCl=CCl2 C2Cl4
CAS No. 75-09-2 67-66-3 56-23-5 71-55-6 79-01-6 127-18-4
主な用途 金属の洗浄、溶剤、

塗料剥離剤

代替フロン原料、

溶剤

(製造禁止)

他の化学物質原料、試薬

(製造禁止)

他の化学物質原料、試薬

溶剤、代替フロン原料、

洗浄剤

代替フロン原料、溶剤、

洗浄剤

物理化学的性質
融点(℃) -97 -64 -23 -30 -86 -22
沸点(℃) 40 62 76.5 74 87 121
引火性 (可燃)* 不燃 不燃 (可燃)* (可燃)* 不燃
比重(水=1) 1.3 1.48 1.59 1.34 1.5 1.62
logPow 1.25 1.97 2.64 2.49 2.42 3.4
管理濃度(ppm) 50  3 5 200 10 25
許容濃度(ppm)
日本産業衛生学会 50 3 5 200 25 (検討中)
ACGIH TLV-TWA

STEL

50 10 5 350 10 25
– – 10 450 25 100
GHS分類
急性毒性(経口) 4 4 区分外(5) 区分外 区分外 区分外
急性毒性(吸入:蒸気) 区分外 3 4 4 4 4
皮膚腐食/刺激 2 2 2 – 2 2 2
眼損傷/刺激 2A 1 2 – 2B 2A 2B
皮膚感作性 – – 1B 区分外 1 –
生殖細胞変異原性 – 2 区分外 区分外 2 区分外
発がん性 1A 2 1B 1B 1A 1B
生殖毒性 2 2 1B 1B 2 2, 授乳
特定標的臓器毒性(単回) 1(中枢神経系、呼吸器)、

3(麻酔)

1(呼吸器、心血管、肝・腎臓)、

3(麻酔)

1(中枢神経系、消化管、肝・腎臓) 1(心血管系)

3(麻酔)

1(中枢神経系)

 

3(麻酔、気道)

1(中枢神経系、呼吸器、肝臓)、

3(麻酔)

特定標的臓器毒性(反復) 1(中枢神経系、肝臓、生殖器(男性)) 1(中枢神経系、呼吸器、肝・腎臓) 1(中枢神経系、消化管、肝・腎臓)、

 

1(中枢神経系 1(中枢神経系、肝臓) 1(神経系、肝臓、呼吸器)、2(腎臓)
環境 短期(急性) 3 3 1 1 2 1
環境 長期(慢性) 3 1 2 1 区分外 1
オゾン層 – – 1 1 – –
法規制
労働安全衛生法
表示/通知 該当 該当 該当 該当 該当 該当
特化物 第2類

特別有機溶剤

特別管理物質

第2類

特別有機溶剤

特別管理物質

第2類

特別有機溶剤

特別管理物質

– 第2類

特別有機溶剤

特別管理物質

第2類

特別有機溶剤

特別管理物質

毒劇物取締法 – 劇物 劇物(製剤) – – –
化審法 – 優先評価 第2種特定 – 第2種特定 第2種特定
化管法 第1種指定 第1種指定 第1種指定 第1種指定 第1種指定

(2023年度より特定第1種)

第1種指定

*: 特定の条件下(高酸素濃度、火災時の高温下等)で可燃。


免責事項:掲載の内容は著者の見解、執筆・更新時期の認識に基づいたものであり、読者の責任においてご利用ください。