第12回_三酸化クロム(六価クロム)のREACH規則の認可物質から制限物質への変更の状況
1. 2023年4月20日の判決
EU司法裁判所(CJEU)は2023年4月20日、EU委員会が7社グループによるREACH規則の認可申請を認めた決定に対し、その決定を無効とする判決(事件番号 C-144/21、EU議会 対 EU委員会)(*1)を下しました。
(1)背景
対象物質の三酸化クロムは、発がん性や生殖毒性を有する高懸念物質(SVHC)の六価クロム化合物であり、原則として使用が禁止されています。ただしREACH規則に基づき、特定の条件下で例外的に「認可」を受けることが可能です。 争点となったのは、EU委員会が2020年12月18日に下した実施決定(C(2020) 8797)(*2)であり、7社の申請者に対し、5つの用途(認可番号:REACH/20/18/0~REACH/20/18/34の計35件)で認可が与えられていました。用途は、5通りとなっています。
(i)Formulation of mixtures(混合物の調製):認可番号:REACH/20/18/0 ~ 6
(ii)Functional chrome plating(機能的クロムめっき):認可番号:REACH/20/18/7 ~ 13
(iii)Surface treatment for applications in the aeronautics and aerospace industries(航空宇宙産業における表面処理):認可番号:REACH/20/18/14 ~20
(iv)Surface treatment for applications in architectural, automotive, metal manufacturing etc.(建築、自動車、金属製造等における表面処理):認可番号:REACH/20/18/21~27
(v)Passivation of tin-plated steel (ETP)(ブリキ鋼板(ETP)の不活性化):認可番号:REACH/20/18/28~34
EU議会が、この認可決定はREACH規則に違反しているとして、決定の取り消しを求めてEU委員会を提訴したのが発端でした。
なお、三酸化クロム(CrO3)は、六価クロムですが、鉄板の防錆表面処理としてクロメート処理、電気クロムめっき液と使用されています。電気クロムめっき液で、めっき処理をしても、めっき後の製品には、三酸化クロムは残らなく、めっき後は金属クロム(ゼロ価)になっています。電気クロムめっきは、めっき後の洗浄を行うことで、六価クロムは非含有となります。
2.判決のポイント
CJEUは、EU委員会の認可決定の一部を無効(取り消し)とする判決を下しました。主な理由は以下の通りです。
(1)代替物質の検討不足(REACH規則60条4項)
REACH規則の下で認可を与えるには、「社会経済的な便益がリスクを上回ること」に加え、「適切な代替物質や技術が存在しないこと」をEU委員会が確認しなければなりません。
CJEUは、本件においてEU委員会が「代替物質が存在するかどうか」について十分な確信を持たずに認可を与えたと判断しました。
(2)認可の前提条件の誤り
EU委員会は「認可後に代替物質の有無を確認するプロセス(レビュー等)を設ければよい」というスタンスでしたが、CJEUは、認可を出す時点で代替案がないことが立証されていなければならないと厳格に解釈しました。
(3)不確実性の扱い
代替物質の有無について科学的・技術的に「不確実性」がある場合、それは申請者(企業側)に不利に働くべきであり、安易に認可を正当化する理由にはならないことが示されました。
3.判決の意義と影響
(i)認可基準の厳格化
この判決により、EU委員会が有害化学物質の認可を出す際の手続きがより厳格になりました。企業は、代替物質が本当に存在しないことをより緻密に証明する必要に迫られます。
(ii)暫定的な効力の維持
判決では認可決定を取り消しましたが、直ちに使用が停止されると混乱が生じるため、EU委員会が新たな決定を下すまでの間(判決から最大1年以内)、取り消された決定の効力を一時的に維持することも認められました。
(iii)川下ユーザーへの影響
この判決によって認可が取り消されたため、1,000社を超える7社の川下ユーザーが、法的には「認可のない状態」に陥るリスクが生じました。しかし、前述の通りCJEUが「判決から1年間(または新決定が出るまで)」の効力維持を認めたため、これらの企業は現在、CTACSub2という後継のコンソーシアム(約300社が直接関与)などを通じて、改めて厳格な認可申請やレビュープロセスを進めている状況にあります。川下ユーザー(めっき企業)は、合法的な流通経路で入手した「在庫のめっき液」であれば、REACH規則第66条の届出を行い、認可条件(ばく露監視やリスク管理措置)を遵守している限り、在庫が尽きるまで、あるいは暫定期間が終了するまでは使用可能と解釈されます。
一方、最終製品メーカーが、将来の法的責任やイメージを考慮し、「三酸化クロム不使用(Chrome VI Free)」を納入条件とするケースが増えており、業者は在庫の有無にかかわらず、代替技術への移行を迫られているようです。EU域内の業者は、第66条の届出等の「形式的な合法性」は維持しつつも、「在庫があるから使い続ける」という楽観的な姿勢ではなく、別項でご説明しますが、「2027〜2028年の完全な制限開始までに、いかにスムーズに代替技術へ完全移行するか」という出口戦略に注力しているっことが伺えます。
4.規制移行の背景と目的
EU委員会は、六価クロムの管理方式をREACH規則の附属書XIV(認可)から附属書XVII(制限)へと切り替える方針です 。背景として、 申請件数が想定を大幅に超え、ECHA(や委員会の審査が滞っているため、より包括的な「制限」による管理へ移行します 。
個別企業ごとの認可ではなく、EU全体で一括したルール(原則禁止だが、特定用途に限り条件付きで認める)にすることで、行政・産業界双方の負担を軽減し、代替物質への移行を促進する効率的なリスク管理とします。対象物質は、主にREACH附属書XIVに掲載されている六価クロム化合物(エントリー16–22、28–31等)計12物質が対象です。
(i)三酸化クロム(1333-82-0)
(ii)三酸化クロムおよびそのオリゴマー(比較的少数のモノマーが結合した重合体)から生成される酸)に含まれる六価クロム物質
(iii)二クロム酸ナトリウム(10588-01-9, 7789-12-0)
(iv)二クロム酸カリウム(7778-50-9)
(v)二クロム酸アンモニウム(7789-09-5)
(vi)二クロム酸カリウム(7789-00-6)
(vii)クロム酸ナトリウム(7775-11-3)
(viii)三クロム酸ジクロム(24613-89-6)
(ix)クロム酸ストロンチウム(7789-06-2)
(x)ハイドロキシオクタオキソジンク酸ジクロム酸カリウム(11103-86-9)
(xi)クロム酸ペンタジンクオクタヒドロキシド(49663-84-5)
(xii)クロム酸バリウム(10294-40-3)
※()内はCAS RN®
不適切な代替(残念な代替)を防ぐため、クロム酸バリウム(barium chromate)も対象に含まれる一方、鉛クロム酸塩(Entries 10–12)は今回の対象から外されています。ECHA提案では、対象となる用途・範囲は以下です。
(i)混合物の製剤化
(ii)プラスチック基材への電気めっき
(iii)金属基材への電気めっき
(iv)プライマー等スラリーコーティング
(v)その他の表面処理
(vi)機能性添加剤・プロセス助剤用途
制限の考え方は、全面禁止ではなく、一定の用途を残しつつ、作業者曝露限界値やサイト(工場)単位の排出限界値を満たすことを条件に使用を認める方向です。成形品(製品)への影響は、物質そのものや混合物としての「使用」が主対象ですが、成形品中に活性な六価クロムが残っている場合も対象になり得ます。新制度への移行に伴い、企業の負担を軽減するための措置が取られています。
(i)認可企業の継続使用: 判決(2023年4月)から最長1年間、または委員会が再決定を行うまで、認可済み企業は継続使用が可能です 。
(ii)レビュー報告期限の延長: 委員会は、今後3年間に期限が来るレビュー報告の提出期限を 2029年1月1日まで延長 する決定を2026年Q1までに行う予定です。
(iii)現行制度の維持: 制限が適用されるまでは、現行の認可制度がそのまま維持されます。
5.日本企業が求められる新たな対応
REACH規則はEU域内で適用されるものであり、域外である日本では直接の法的拘束力はありません。しかし、三酸化クロムを用いた六価クロムめっきは、その優れた品質から代替が困難な分野が多く、EU域外でその使用が継続される一方、域内企業のみが厳しい制限を受けることは、産業競争力の観点から「逆差別」となる懸念が指摘されてきました。この状況下で、規制適用のバウンダリ(境界)を大きく変える動きが加速しています。その中心となるのが、ESPR(エコデザイン規則)に基づくDPP(デジタル製品パスポート)です。
DPPでは「最終製品に規制物質が残留しているか」という従来の基準に加え、「製造工程でどのような規制物質を使用し、環境負荷を与えたか」というライフサイクル全体の透明性が問われるようになります。DPPを運用するための標準規格は、現在CENおよびCENELECの合同技術委員会「JTC 24」で策定が進められています。これらは将来的にISO規格、そしてJIS規格へと展開される計画です。
(i)prEN 17103: DPPアーキテクチャ(共通原則、概念、用語)
(ii)prEN 17104: 識別子(製品・経済主体・施設)の構造
(iii)prEN 17105: データキャリア(QRコード・RFID等)の物理的要件
(iv)prEN 17107: データ通信プロトコル
(v)prEN 17108: アクセス制御、セキュリティ、認証
(vi)prEN 17109: システムの相互運用性
これらの規格は、日本政府が推進する資源循環基盤「CMP構想(Clean Material Pass)」および、その実データ連携基盤である「ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)」の運用標準となる見込みです。EUの求める「情報の開示」に対し、日本企業はウラノスを通じてグローバル標準に準拠したデータを送ることで、EU市場からの排除を防ぐという座組みが構築されつつあります。六価クロムを例に挙げれば、日本国内で法的に使用可能であっても、EUの主要メーカー(自動車・家電等)が自社のDPPスコア向上を目的に、「工程内での六価クロム不使用」を調達条件にするリスクがあります。法規制という「見える壁」だけでなく、サプライチェーンを通じた調達要件という「見えない壁」に直面する中で、工程内の使用履歴をデジタルで証明できる体制構築が急務となっています。
化学物質法規制研究会 松浦技術士事務所 松浦 徹也 氏
引用先
*1:無効判決
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:62021CJ0144
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex:62021CJ0144
*2-1:C(2020) 8797)
https://ec.europa.eu/docsroom/documents/44374
*2-2:C(2020) 8797)概要
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv%3AOJ.C_.2020.447.01.0005.01.ENG&toc=OJ%3AC%3A2020%3A447%3AFULL
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