第39回 THF

誌面掲載:2020年11月号 情報更新:2024年10月

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1.名称(その物質を特定するための名称や番号)(図表1)

1.1 化学物質名/ 別名

THF はテトラヒドロフラン(又はテトラハイドロフラン、Tetrahydrofuran)の略称である。テトラ(Tetra)は4 という意味で、フラン(Furan)に4 個の水素が結合していること(接頭語はヒドロ- 又はハイドロ-、hydro-)を示している。フランはTHF が知られる以前から知られていた物質で、炭素4 個と酸素1 個で5 員環の複素環式化合物である(環状の物質で環の構成元素に炭素以外の元素を含む場合「複素環」という)。フランの化学式はC4H4Oで、これに水素を付加することでTHFが得られる。化学式はC4H8Oである。IUPACではTHFのような5 員環の複素環をolane といい、炭素以外の元素が酸素の場合接頭語でOxa-(オキサ)というので、合わせてOxolane(オキソラン)という。炭素数5 個の環状脂肪族炭化水素はシクロペンタン(Cyclopentane)なので、その炭素の1 個が酸素に置き換わったということでオキサシクロペンタン(Oxacyclopentane)ともいう。またメチレン(Methylene、-CH2-)が4 個つながって両端を酸素で繋いだと考えてテトラメチレンオキシド(Tetramethylene oxide)という名称もある。一般には略称のTHFがよく使われている。

 

図表1 THFの特定

名称 テトラヒドロフラン(Tetrahydrofuran)
別名(IUPAC) オキソラン(Oxolane)
その他の名称 オキサシクロペンタン(Oxacyclopentane)

テトラメチレンオキシド(Tetramethylene oxide)

略称 THF
化学式 C4H8O
CAS No. 109-99-9
化審法 5-53
EC No. 203-726-8
REACH 01-2119444314-46-xxxx*

*: xxxxは登録者番号

 

1.2 CAS No.、化審法(安衛法)官報公示整理番号、その他の番号

THF のCAS No. は109-99-9 である。化審法官報公示整理番号は5-53 で安衛法は既存物質とし化審法番号で公表されている。化審法の分類番号5- は第5 類、有機複素環低分子化合物であることを示している。

EU のEC 番号は203-726-8 である。REACH 以前は既存化学物質のEINECS 番号だった。REACH登録番号は01-2119444314-46-xxxx(xxxx は登録者番号)。

 


2.特徴的な物理化学的性質/ 人や環境への影響(有害性)

2.1 物理化学的性質(図表2)

無色透明で、エーテル臭のある揮発性液体(VOC)である。沸点は66 ℃。引火点が–14.5 ℃と非常に低く室温でも引火する。蒸気は空気より重いので地面又は床に沿って流れ、遠距離で引火するおそれがある。空気と接触すると爆発性の過酸化物を生成することがある。水にも油にもよく溶ける。水とどんな割合でも均一な溶液になる(混和する)。n- オクタノール/ 水分配係数(log Pow)は0.46 で、生物濃縮性はないと考えられる。

 

図表2 THFの主な物理化学的性質(ICSC による)

融点(℃) -108.5
沸点(℃) 66
引火点(℃) (c.c.) -14.5
発火点(℃) 321
爆発限界(vol %) 2~11.8
蒸気密度(空気=1) 2.5
比重(水=1) 0.89
水への溶解度 混和する
n-オクタノール/水分配係数(log Pow) 0.46

 

 

2.2 有害性(図表3)

体内へは蒸気の吸入、経口による摂取が主で、皮膚からも吸収される。その後は血液に溶解し、脳関門も通過して全身に分布する。そして一部はそのまま肺から呼気中へ排出される。尿中にも排泄される。一部は代謝される。蒸気は眼や皮膚、気道を刺激する。経口摂取や吸入により、咳、眩暈、頭痛、吐き気、咽頭痛を生じる。高濃度では中枢神経系に影響し、意識喪失、昏睡することもある。反復又は長期的な接触により、皮膚炎を引き起こすことがある。また、頭痛、眩暈等の中枢神経系、呼吸困難等の呼吸器、肝臓及び腎臓に影響を与えることがある。遺伝子への影響を見る変異原性試験では陽性を示すデータは得られていない。ヒトで発がん性を示す可能性がある。国際がん研究機関(IARC)は2019 年にグループ2B、日本産業衛生学会も2019 年に第2 群B に分類しており、いずれもヒトでの証拠は十分ではないが動物試験からヒトに発がん性があることを示唆している。アメリカのEPA(Environmental Protection Agency: 環境保護庁)や、ACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists: アメリカ合衆国産業衛生専門官会議)も同様に分類している。生殖毒性に関し、催奇形性は認められていないが、母動物に毒性が見られる用量では胎児の生存率の低下が見られている。

 

図表3 THFのGHS分類(NITE による)

GHS分類  区分
物理化学的危険性
引火性液体 2
自然発火性液体 区分外
金属腐食性
健康有害性
急性毒性(経口) 4
急性毒性(経皮)
急性毒性(吸入:蒸気) 4
皮膚腐食/刺激性 2
眼損傷/刺激性 2A
皮膚感作性
生殖細胞変異原性
発がん性 2
生殖毒性 2
特定標的臓器(単回) 1(中枢神経系)

3(気道刺激性/麻酔作用)

特定標的臓器(反復) 1(中枢神経系、呼吸器、肝臓)
誤えん有害性
環境有害性
水生環境有害性(短期/急性) 区分外
水生環境有害性(長期/慢性) 区分外

 

図表4 THFの発がん性評価

評価機関 評価
IARC Group 2B
日本産業衛生学会 第2群B
ACGIH A3
NTP
EU(CLP:GHS) 2
EPA S

IARC Group 2B: Possibly carcinogenic to humans (ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)

日本産業衛生学会 第2群B: ヒトに対しておそらく発がん性があると判断できるが、動物試験での証拠不十分

ACGIH A3: Confirmed animal carcinogen with unknown relevance to humans(ヒトとの関連性は不明だが動物試験で発がん性が認められた)

EPA S: Suggestive evidence of carcinogenic potential(発がん性を示唆する)

 


3. 主な用途

多くの有機化合物や高分子化合物をよく溶かすので主に溶媒として使われている。ポリ塩化ビニルの溶解性が高いので合成皮革のコーティング、ポリ塩化ビニル樹脂製フィルムの製膜に使われている。そのほかビニル系やエポキシ系樹脂接着剤、印刷インキ、感光性樹脂等の溶媒、医薬や農薬等の製造時の反応、精製溶媒として使われる。ポリテトラメチレンエーテルグリコール(Polytetramethylene ether glycol、略称:PTMG、 CAS No. 25190-06-1)の原料である。PTMGはポリウレタン弾性繊維(スパンデックス)や熱可塑性エラストマーなどの原料である。

 


4.これまでに起きた事件/ 事故などの例

・ THF 入りの接着剤を用いてプラスチック製品の接着作業を行っていて、THF の蒸気を吸入して有機溶剤中毒を起こした。作業室は10 m × 16 m高さ5.5 m で2 か所に換気扇があり、稼働していたが局所排気設備はなく、窓は閉まっていた。作業を始めて約1 時間後吐き気、腹痛を感じた。

(https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=000859)

・ 化学工場でTHF をドラム缶から工場内のタンクへ加圧移送中、爆発・火災を起こした。ドラム缶の爆発でTHF が室内に飛散し炎上した。THFの帯電による静電気火花が発生。空気加圧だったためドラム缶内の混合気体が着火、爆発したと考えられる。静電気防止対策はなされていたが不完全、不適切だった。移送管にはアースを付け、作業者は帯電防止靴着用していたが、移送管のドラム缶内に差し込んだノズルはポリエチレン製、アースは空気配管に接続していて接地不充分だった。

(http://www.shippai.org/fkd/cf/CC0200089.html)

・ 化学工場で暴走反応が起こり、溶媒のTHF が引火・爆発、炎上した。重傷1 名、軽傷1 名。反応容器内で異常反応が起きて温度及び圧力が上昇、溶媒のTHF が漏洩して爆発した。

(https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/46/3/46_173/_pdf/-char/ja)

 


5. 主な法規制(図表5)

化学物質審査規制法(化審法)で、優先評価化学物質に指定されている。ヒトや生物に対し、環境を通じて影響を及ぼす懸念があることから、優先的にその影響評価を行う物質である。製造・輸入者は毎年前年度の製造・輸入量を経済産業大臣に届け出なければならない。化学物質管理促進法の第1種指定化学物質に指定されている。PRTR の報告(環境中への放出量等)及び1 % 以上含有する製品を販売/ 譲渡する場合はSDS 提供の義務がある。

労働安全衛生法で名称等通知及び表示すべき危険・有害物質に指定されている。発がん性の懸念があるため0.1 % 以上でSDS の提供、1 % 以上でラベル表示が必要になる。皮膚から吸収されて健康障害を及ぼすおそれがあると考えられるため、1%以上含有する製品を取り扱う場合は保護眼鏡、不浸透性の保護衣、保護手袋等適切な保護具を使用しなければならない。有機溶剤中毒予防規則の第2 種有機溶剤に挙げられている。5 % を超えて含有する混合物、溶液もこの規制に該当する。設備の密閉化や局所排気装置等の設置、作業環境の管理などが求められている。そして作業環境評価基準の管理濃度が50 ppm とされている。日本産業衛生学会は作業環境許容濃度を50 ppm(=148 mg/m3)に設定している。ACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists: 米国産業衛生専門家会議)のTLV-TWA(Threshold Limit Value-Time Weighted Average)も同じ50 ppm に設定している。ACGIH はSTEL(Short Term Exposure Limit)として100 ppmとしている。米国のOSHA(Occupational Safety and Health Administration: 労働安全衛生庁)の許容濃度 PEL(Permissible Exposure Limit: 許容ばく露限界)は200 ppm(590 mg/m3)である。また、作業環境に関する生物学的許容値として、日本産業衛生学会は作業終了時の尿中のTHF濃度を2mg/Lとしている。ACGIHも同じ値に設定している。労働基準法で疾病化学物質とされており、頭痛、めまい、嘔吐等の症状又は皮膚障害を生じた場合、雇用主は療養、休業等に対する補償を行わなければならない。

引火点が低く、消防法では危険物第4 類引火性液体の第一石油類、水溶性液体に該当する。指定数量は400 L である。国連危険物輸送勧告でテトラヒドロフラン(TETRAHYDROFURAN)という品名で国連番号は2056 がある。国連分類はクラス3 の引火性液体で、容器等級はⅡである。これはGHS分類では引火性液体区分2 であることに符合している。労働安全衛生法の危険物・引火性の物及び海洋汚染防止法の引火性物質に該当する。

大気汚染防止法では、揮発性の有機化合物(VOC)として、オキシダントの原因となるので、大気中への排出抑制が求められている。海洋汚染防止法では有害液体物質のZ 類に挙げられており、船舶からの排出が禁止されている。

THF及びこれから得られる1,4-ブタンジオール(1,4-Butanediol; CAS No. 110-63-4)及び PTMGは食品に接触する器具や容器用のポリマー(ポリウレタン、ポリエステル、ポリアミド)のモノマーとして使われることがあるため、食品衛生法の食品用器具・容器包装ポジティブリストに記載がある。THFは添加剤としても記載されている。

 

図表5 THFに関係する法規制

法律名 法区分 条件等
化学物質審査規制法 優先評価化学物質 (135)
化学物質管理促進法 第1種指定化学物質 ≧1%  (674)*1
労働安全衛生法 危険物・引火性の物 -30℃≦引火点<0℃ (4の2)
名称等表示物質 表示 ≧1%

通知 ≧0.1%

(367)

(1278)*2

皮膚障害化学物質 ≧1%  (皮膚吸収性物質)
有機則 第2種有機溶剤 >5% (34)
作業環境評価基準 管理濃度 50ppm
労働基準法 疾病化学物質 頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状又は皮膚障害
作業環境許容濃度 日本産業衛生学会 50ppm(148mg/m3)(皮膚)
ACGIH TLV TWA 50ppm(Skin)
STEL 100ppm(Skin)
OSHA PEL TWA 200ppm(590mg/m3)
生物学的許容値 日本産業衛生学会 作業終了時、尿中 THF 2mg/L
ACGIH BEI 作業終了時、尿中 THF 2mg/L
消防法 危険物第4類引火性液体 第一石油類水溶性液体
国連危険物輸送勧告 国連分類 3(引火性液体)
国連番号 2056
品名 テトラヒドロフラン

TETRAHYDROFURAN

容器等級
海洋汚染物質 非該当
海洋汚染防止法 有害液体類 Z類
引火性物質 該当
大気汚染防止法 揮発性有機化合物(VOC) 排気 該当
食品衛生法

食品用器具・容器包装ポジティブリスト

 

基ポリマー*3

 

プラスチック

 

コーティング

添加剤

 

26. 熱可塑性ポリウレタン

28. 熱硬化性ポリウレタン

7. ポリウレタン

THF

基材*4

 

 

 

添加剤

 

 

11. ウレタン結合重合体

12. エステル結合重合体

17. アミド結合重合体

21. 塗膜用途重合体

THF

( )内の数値は政令番号
*1: 管理番号、政令番号は302

*2: 2025年4月1日より、対象物質は労働安全衛生規則別表第2に列挙され、THFの政令番号は1278

*3: 基ポリマーのプラスチックに26. 熱可塑性ポリウレタン、28. 熱硬化性ポリウレタン、コーティングに7. ポリウレタンの原料モノマー及び添加剤としてTHFの記載がある。それぞれ適用可能な食品/温度条件が定められている。

*4: 2025年6月1日以後ポジティブリストが整理され、基材のリストにウレタン結合、エステル結合を主とする重合体の必須モノマー;アルコール類、アミド結合を主とする重合体の原料物質(任意の物質)、被膜形成時に化学反応を伴う塗膜用途の重合体の原料物質(有機化合物)としてTHFの記載がある。添加剤としてもTHFの記載があり、使用制限がある。

 


6. 曝露などの可能性と対策

6.1 曝露可能性等

引火点が低く、蒸気は空気より重いため、低いところや閉鎖されたところに滞留しやすい。漏出した場合、排水管や下水に通じて離れた場所で火災や中毒のおそれがある。空気と接触して爆発性の過酸化物を生成することがある。安定剤(BHT* 等の酸化防止剤)が添加されていることが多いが、蒸気には含まれていない。長期保管したり蒸発乾固させたりすることは危険である。蒸留時原液を濃縮すると過酸化物が濃縮されて危険性が増す。人体内へは蒸気の吸入のリスクが高い。室温でも蒸気は有害濃度に達する。許容濃度を超えても、臭気として十分に感じない。通常の取扱工程では閉鎖系で取扱っていても計量、投入や移し替え、サンプリング、メンテナンス、設備の故障時等では蒸気の吸入や経皮での曝露のおそれがある。溶剤や洗浄等で閉鎖系でない取扱工程の場合もある。一般消費者に接触する用途はないので曝露の可能性はほとんどない。環境中へ放出されることもほとんどないが、微量に放出されても環境中で分解され生体蓄積性もないので、環境を通じての曝露のおそれも高くはないと考えられる。

 

*: 2,6- ジ-tert- ブチル-p- クレゾール(2,6-di-tert-butyl-p-cresol)、略称BHT は別名のブチル化ヒドロキシトルエン(Butylated Hydroxy Toluene)による。CAS No. 128-37-0。安定剤としてはp- クレゾール(p-Cresol, CAS No. 106-44-5)、ヒドロキノン(Hydroquinone,CAS No. 123-31-9)等もある。

 

6.2 曝露防止等

設備の密閉化、遠隔操作で取扱う。もしできない場合プッシュプル型の換気、蒸気発生源付近での局所排気を行う。加熱/ 蒸留するときは事前に過酸化物の有無をチェックし、検出された場合は亜硫酸水素ナトリウムなどの還元剤で除去する。反応溶媒等に使用する際、安定剤や水分を除去するために蒸留することがあるが、原液を蒸発乾固させてはいけない。蒸留途中で長時間放置したり、原液を追加して蒸留を続けたりするのは危険である。防爆型の電気設備を使用する。サンプリングや漏洩等で曝露するおそれがある場合は個人用保護具を着用する。有機ガス用の吸収缶を用いた防毒マスクや送気マスク、空気呼吸器等を使用する。吸収缶を用いた防毒マスクは少量曝露、短時間の使用に限られる。吸収缶には限界(破過時間)があるので、使用記録、保管場所、予備品等日常の管理も重要である。有機物に対する浸透性が高いので保護衣、保護手袋は不浸透性を確認して使用する。

 

6.3 廃棄処理

都道府県知事等の許可を得た産業廃棄物処理業者にマニフェストを付けて処理を委託する。焼却する場合、アフターバーナー及びスクラバーを備えた焼却炉で焼却する。少量ずつ火室に噴霧する。引火性が高いので十分注意する。生分解性があるので希薄な水溶液であれば活性汚泥処理も可能であるが、揮発性が高いので曝気による大気中への揮散に注意する。

 

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