第20回_EUにおけるナノマテリアルに関する最近の動向
2022年6月10日、欧州委員会によりナノマテリアルの定義に関する勧告2022/C 229/01 1) が採択され、EUにおけるナノマテリアルの新しい定義が公表されました(定義の内容については2022年7月12日のコラム 2)参照)。新しい定義は、様々な規制分野に広く適用され、ナノマテリアル自体やナノマテリアルを含む、あるいはナノマテリアルを用いて製造された製品に関して、政策、立法、研究の面で役立つ可能性があるとしています。また、本勧告のリサイタル条項(8)では、欧州委員会の共同研究センター(The European Commission’s Joint Research Centre:JRC)に対して、ガイダンスを作成することを要求しています。ガイダンスでは、推奨される測定方法と例示的な事例を含むベストプラクティスツールを明示することによって、新しい定義の実施を支援するよう求めています。今回のコラムでは、2023年5月2日にJRCより公開された 3)新しい定義の実施に関するガイダンスを中心に最近のEUにおけるナノマテリアルに関する動向を説明します。
1.欧州委員会 勧告2022/C 229/01の実施に関するガイダンス
上記リサイタル条項(8)では、本定義とその主要な用語は、適用可能であれば、国際的な団体(ISO・CEN)が採用した既存の科学的に定義された用語、および標準化された用語に基づくものとすることが望ましいとしています。さらに定義に使用される主要な用語は、十分に具体的であり、EU規制の文脈内で定義を実用化できるようにする必要があるとしています。そのため、本ガイダンスは定義の実用化を支援することを目的としています。
本ガイダンスはナノマテリアルの新しい定義(EC NM定義)と技術的・科学的進歩に加えて、2019年に公表された「欧州委員会のナノマテリアルの定義で使用されている概念と用語の概要」5)と「測定によるナノマテリアルの同定」6)といった2つの報告書に基づき、作成されています。さらに、経済協力開発機構(OECD)が発行したテストガイドライン、および国際標準化機構(ISO)と欧州標準化委員会(CEN)が開発した文書規格を参照しており、経済事業者や規制当局に向けて、ナノマテリアルの定義を深く理解するために詳細な説明を行い、主要な用語や概念を明確にしています。
本ガイダンスでは、主要な用語と基本概念の定義、ナノマテリアルの識別に役立つデシジョンツリー、粒子状物質の評価で考慮すべき測定オプションなどを解説しています。具体的には、ナノスケール、粒子および粒子外形寸法、材料、凝集体および識別可能な構成粒子、固体、単一分子、体積比表面積、粒子数ベースの粒度分布、製品中のナノマテリアルといった用語や概念が取り上げられています。なお、本ガイダンスは、法的アドバイスを提供するものではなく、技術的・科学的進歩に照らして、必要に応じて更新される予定となっています。
今回のガイダンスでは、EC NM定義の基本原則として以下のように説明されています。
・マテリアルは、天然素材、偶発的なもの、製造されたもののいずれかを問わない。
・EC NM定義は、固体粒子の形をしたマテリアルにのみ適用される。
・EC NM定義は、すべてのナノマテリアルに共通する唯一の特徴である、粒子の外形寸法(ナノスケール)に基づいており、構成粒子の50%以上が以下の条件の少なくとも1つを満たす場合、マテリアルをナノマテリアルと分類している。
(a)粒子の1箇所または複数の外形寸法が、1nm~100nmの範囲にある。
(b)棒状、繊維状、管状などの細長い形状を有し、2箇所の外形寸法が1nmより小さく、他の寸法が100nmより大きい粒子。
(c)1箇所の外形寸法が1nmより小さく、他の寸法が100nmより大きい、板状の形状を有するもの。
・EC NM定義では、体積比表面積(Volume-Specific Surface Area:VSSA)が6m2/cm3未満のマテリアルはナノマテリアルではないと規定している。
・EC NM定義だけでは、有害なナノマテリアルと無害なナノマテリアルを区別することはできない。
また、ナノマテリアルを含む製品については以下のように説明されています。
・EC NM定義は、ナノマテリアルが組み込まれた(消費者)製品または部品には適用されない。
・製品にナノマテリアルが成分として含有している場合や使用中または経年変化でナノマテリアルが放出される場合において、EC NM定義の基準を満たす粒子状物質として存在しない限り、製品そのものはナノマテリアルではない。
2.EUにおけるナノマテリアルに関するその他の動き
2023年4月21日、JRCは「化学的安全性に関するEUの規制要件に対応したナノマテリアルの試験の調和に向けて‐さらなる行動のための提案」という報告書を公開7)しています。この報告書では、EUの各法規制(REACH規則、化粧品規則、殺生物性製品規則など9つの法規制)のなかで要求されるナノマテリアルの情報要件に対して、既存のテストガイドラインやガイダンス文書による適用について評価しています。
近年、ナノマテリアルの規制における試験に関するテストガイドラインやガイダンス文書を開発・調整するための国際共同活動(OECD、EUプログラム、ISOなど)が行われており、これらの取り組みは、ナノマテリアル試験に関するEUの規制ニーズの一部に適合しています。ただし、いくつかの規制上の問題が残されており、これらを特定するために、本報告書では、EUの異なる規制分野の規制要件を比較したうえで、共通点を見出し、各規制要件について、さらなる対策が必要と思われるナノマテリアルに関連する科学的な問題を特定しています。さらに、複数の規制分野にまたがる優先的な課題として以下のような点を明記しています。
(1)ヒト健康エンドポイントの毒性試験におけるナノマテリアルの分散安定性と投与量
(2)ナノマテリアルの分解に関する試験・ガイダンスのさらなる開発
(3)ナノマテリアルの細胞反応性を測定する試験・ガイダンスのさらなる開発
これらの3つの課題に焦点を当てることで、ナノマテリアルに関する科学的および規制的な問題のいくつかを解決することができるとしています。
また、EUナノマテリアル監視機関(European Union Observatory for Nanomaterials:EUON)は、今後実施する研究の提案募集を開始しました 8)。EUONは、欧州化学物質庁(ECHA)により運営される機関で、EUにおけるナノマテリアルの透明性を高め、安全な利用を促進することを目的として、ウェブベースでナノマテリアルの情報を公開しています。EUONは消費者や規制当局、産業界などを対象として、ナノマテリアルに関する情報を提供しており、そのなかにはナノマテリアルの物理的・化学的特性、人の健康や環境に対する潜在的リスク、EUにおける規制状況などのデータを含む、ナノマテリアルの安全性、規制、用途に関連するさまざまな情報が含まれています。
EUONは通常、ナノマテリアルに関する知識のギャップに対処するために、毎年2件の研究を実施しています。研究の提案募集は、ナノマテリアルの健康と安全性の側面(ハザードとリスク評価、ナノマテリアルへのばく露、労働者の安全と保護など)、ナノマテリアルの使用をめぐる特定の問題、またはナノマテリアルの市場に関する情報(例:グラフェンなどの特定のマテリアル市場や特定の市場分野)に関連するテーマを求めています。
3.まとめ
ナノマテリアルはすでに多くの分野に利用されていますが、EU規制の枠組みのなかではまだまだ十分に対応できているとはいえません。しかし、EC NM定義が確立されたことで、法規制の間で統一的な解釈が進められ、さらに規制に適合したテストガイダンスやガイダンス文書が開発されることにより、ナノマテリアルにおける規制の枠組みも徐々に整備されていくことが予想されます。
いっぽう、「化学的安全性に関するEUの規制要件に対応したナノマテリアルの試験の調和に向けて‐さらなる行動のための提案」のなかでは、この20年間のナノテクノロジーの進歩により、新しい機能を持ち、複雑化した多くのナノマテリアルが開発されていることに言及しています。現在では、異なる材料や化学物質を1つの構造体に組み合わせた、より複雑で高度なマテリアルが出現しています。
一般的に個々の物質を評価し、単純なナノ構造体に焦点を当てている現行の化学物質に関する法制度およびリスクアセスメントが、こういった先進的なマテリアルに対して、今後どのように対応していくのかといった点についても注目されるところです。
(一社)東京環境経営研究所 柳田 覚 氏
【参考情報】
1)ナノマテリアルの定義に関する勧告
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32022H0614(01)
2)2022年7月12日のコラム
https://www.tkk-lab.jp/post/reach20220721-2
4)ナノマテリアルの定義に関する委員会勧告 2022/C 229/01 の実施に関するガイダンス
https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC132102
5)欧州委員会のナノマテリアルの定義で使用されている概念と用語の概要
https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC113469
6)測定によるナノマテリアルの同定
https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC118158
7)化学的安全性に関するEUの規制要件に対応したナノマテリアルの試験の調和に向けて‐さらなる行動のための提案
https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC130178
8)欧州連合ナノマテリアル観測所(EUON)研究提案の募集
https://euon.echa.europa.eu/view-article/-/journal_content/title/call-for-study-proposals
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。