第70回_EUにおける有害化学物質の必須用途について

2024年4 月22日、欧州委員会は、極めて有害な化学物質におけるエッセンシャルユース(以下必須用途)概念に関する指針や原則を説明するコミュニケーション文書(以下文書)1)を採択しました2)。必須用途という概念は、社会的な観点から、極めて有害な物質を使用することが正当化される場合の評価の根拠となるものです。今回のコラムでは、本文書の内容について説明します。

1.本文書の根拠

今回の文書が採択に至った根拠は、2020年10月に発表された「持続可能性のための化学物質戦略」3)に示されています。「持続可能性のための化学物質戦略」の2.2. 「切迫した環境と健康に関する諸問題に対処するための、より強力なEUの法的枠組み」では、必須用途の概念の必要性について言及しています。
このなかで、リスク管理に関する包括的アプローチを拡大することで、消費者、社会的弱者、自然環境がより一貫して保護されることを保証すると同時に、社会にとって必須であることが証明された場合には、極めて有害な化学物質の使用を認めることになるとしています。

リスク管理に関する包括的アプローチとは、化学物質の危険な特性やばく露に関する一般的な考慮事項(広範な用途、子供向け製品への使用、ばく露の制御が困難など)に基づき、あらかじめ決められたリスク管理措置(包装要件、制限、禁止など)を自動的に発動するものです。EUの化学物質に関する法的枠組みでは、特定の考慮事項(危険有害性の特性、特定の集団の脆弱性、制御不能または広範なばく露など)に基づいて適用されています。

さらに、化学物質の必須用途の基準は、EUの法律全体にわたって首尾一貫した適用を確保するために適切に定義されなければならず、特にグリーンおよびデジタル移行を達成するためのニーズを考慮する必要があるとしています。

以上により、極めて有害な化学物質の使用が、健康、安全、または社会の機能にとって不可欠であり、環境と健康の観点から許容できる代替物質がない場合にのみ許可されるようにするため、欧州委員会は必須用途の基準を定めると明示しています。これらの基準は、すべての関連EU法における必須用途の適用の指針となるものとしています。

2.必須用途の概念

本文書では、必須用途の基準、必須用途の概念を理解するための用語、必須用途の基本原則の3つ項目にまとめられています。それぞれを簡潔に説明します。

(1)必須用途の基準

本文書における必須用途の基準は以下の通りです。
次の2つの基準を満たす場合、極めて有害な化学物質の使用は社会にとって不可欠である:

(i)その使用が健康や安全のために必要であるか、社会の機能にとって重要である、そして
(ii)受け入れ可能な代替手段がない。

本文書の目的は、このような基準を明確にすること、また、どのようにすれば法律を越えてこの基準を実施できるようになるかを明らかにすることです。

必須用途の基準は、すでにオゾン層破壊物質に関するモントリオール議定書 4)において、定義されており、同議定書は最も成功した多国間環境協定のひとつとみなされています。ただし、モントリオール議定書は、比較的少数の化学物質を対象として、世界規模で適用されるものであるため、同議定書で使用されている必須用途の基準は、化学物質を扱うEUのすべての関連法規制に適用できるほど一般的なものではないとしています。

また、現状のEU法では、代替の特定をするための条件が多様であるものの、欧州委員会は、このような立法分野において、必須用途の概念の導入を提案する場合、技術的・経済的な実現可能性評価に関する既存の表現を変更するつもりはないとしています。ただし、異なる分野で必須用途の概念の導入を検討する際には、その表現が法制上の背景に照らして適切かどうかを考慮するとしています。

(2)必須用途の概念を理解するための用語

必須用途の概念に関する主な用語を説明したもので、関連するEU法において適宜適用される方向性を示しています。「極めて有害な化学物質」、「健康または安全のために必要」、「社会を機能させるために不可欠」、「受け入れ可能な代替」、「物質の使用」、「物質の技術的な機能(使用時における)」、「最終製品」、「サービス」の8つの用語の定義が明記されています。

(3)必須用途の基本原則

必須用途の概念における基本原則は以下の通りです。

・この概念の目的は、極めて有害な物質の用途のうち、必要不可欠でないものの段階的廃止を促進したうえで、必要不可欠なものについては、その代替のための時間を提供することによって、健康と環境の保護を強化することである。
・この概念は、特定の技術的機能を持つ極めて有害な物質を使用することが社会にとって必須であるかどうかを判断することを意図しており、その物質は最終製品に含まれるか、その製品の生産やサービスの提供に使用される。すべての場合において、最終製品によって提供される用途と、その製品が社会や利用者(消費者など)に対して果たすサービスや目的の背景を考慮する必要がある。ある物質の使用は、ある状況下では社会の機能にとって重要であったり、健康や安全にとって必要であったりするものの、異なる状況ではそうではない場合がある(例えば、ある技術的機能を提供する物質を病院の手術用ランプに使用する必要性は、家庭や商店でランプに使用する必要性とは異なる場合がある)。
・この概念は、ある物質、製品、製品群、サービスが社会にとって不可欠であるかどうか、また、個々の消費者や企業がその使用を自分たちにとって不可欠であるとみなしているかどうかを判断することを意図したものではない。
・用途とその背景の評価が必要である。どのような分野でも、極めて有害な物質の特定の用途は、上述(i)の基準を満たすか満たさないかのどちらかである(例えば、安全性に必要な技術的機能を提供する航空機のエンジンへの物質の使用と、純粋に装飾を目的とした技術的機能を持つ航空機の座席やカーペットへの物質の使用)。
・使用が必須であると証明されるためには、上述の両方の基準を満たさなければならない。評価を簡素化し効率化するために、適切であれば、評価対象となる用途はより広範な製品分類を網羅する場合があり、基準の評価は体系的(1つずつ)に行われる場合がある。
・必須であることが証明された用途については、通常、ヒトや環境への排出やばく露を最小化するような条件が設定されるべきであり、特に、有害化学物質のばく露に敏感な小児、妊産婦、高齢者などの社会的に弱い立場の人々へのばく露を回避または最小化することが重要である。
・それぞれの必須用途における性質は固定的なものではなく、危険性に関する新しい情報、新たな社会的課題とニーズ、新しく出てきた革新的な代替品などの機能により、時とともに進化するものである。合理的な投資期間、市場浸透の見込みによる安全な代替物質の技術革新へのインセンティブ、そして特に消費者製品において最も有害な物質の使用を最小限に抑えるという一般的な目的とのバランスを考慮すると、ほとんどの場合、期限を定め、適切な時点で必須用途の許認可を見直すことが有効である。
・このような必須用途の発展的性質を考慮して、必須とみなされる物質の用途については、代替物質への移行に向けた合意、スケジュール、ステップを盛り込んだ代替計画が必要となる可能性がある。また研究・技術革新の課題に含めることも検討される可能性がある。

3.まとめ

本文書で示された概念の目的は、当局、投資家、産業界がより高い規制効率と予測可能性を達成し、非必須用途における極めて有害な物質の段階的廃止を早める一方で、社会にとって不可欠な用途の段階的廃止においてはより多くの時間を確保することです。また、産業界による革新的で持続可能な化学物質への投資や優先順位の決定にも役立ち、金融や研究・技術革新などの自発的な取り組みのもとでインセンティブを与え、より安全で持続可能な製品や方法への移行を促進することも期待されています。

さらに、本文書は、化学物質を扱うEUの法規制に必須用途の概念を導入する際の検討の指針となることを意図しています。したがって、将来的に提案、施行されるEUの化学物質に関する規制内容を理解するためにも本文書の内容は重要な要素であると考えられます。

(一社)東京環境経営研究所 柳田 覚 氏

1) EUの化学物質に関する法律における必須用途概念の指針となる基準と原則
https://environment.ec.europa.eu/publications/communication-essential-uses-chemicals_en

2) 欧州委員会プレスリリース2024 年4月22日
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_2151

3) 持続可能性のための化学物質戦略
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_20_1839

4) モントリオール議定書締約国決定書IV/25
https://ozone.unep.org/treaties/montrealprotocol/meetings/fourth-meeting-parties/decisions/decision-iv25-essential-uses

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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