第72回_労働安全衛生法における保護具使用の考え方について(その1)

1972年公布、施行された労働安全衛生法(昭和47年法律第57号、以下安衛法)1) は、労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保すると共に、快適な職場環境の形成の促進を目的としています。
その中で化学物質に起因する労働災害防止のための基本事項も規定されていますが、有害性化学物質による健康障害は、労働者がそれを取扱う作業中にばく露することによって起こります。
化学物質のばく露は作業中の空気中に浮遊あるいは放出される有害物質の呼吸器からの吸入による吸入ばく露と有害性の液体あるいはその飛沫の皮膚や眼への接触による経皮ばく露とがあります。
こうしたばく露の低減手段として、保護具があります。
前者の低減を目的とするものが呼吸用保護具であり、粉じん(固体粒子あるいはミスト)を除去する防じん機能を有するものと有害な蒸気を除去する防毒機能を有するものとに分けられますが、場合によっては双方の機能を備えた呼吸用保護具が必要となります。また後者に対するものが皮膚障害等防止用保護具で、不浸透性の保護衣、保護手袋、履物、保護眼鏡等がこれに含まれます。
そしてこうした健康障害を招く有害な業務に労働者を従事させる場合には、事業者は適切な保護具を備えることが義務とされています(労働安全衛生規則 2)、第593条および594条)。
その使用については、法的に義務付けられている場合と事業者の判断による場合とがあります。前者については従来の特別規則による規定の他、特にここ数年間進められてきている労働安全衛生法関連の改正の中で新たに指定されたカテゴリーの有害性物質の製造や取扱い作業時における義務化の動きもあります。また後者については、その化学物質の製造や取扱い作業に対するリスクアセスメントの結果に基づくものがあります。更に今回の改正では、保護具着用管理者の選任といった新たな管理体制の整備が求められています。
本稿では労働安全衛生法を中心とするこれらに対する考え方について2回に分けて解説します。

1.呼吸用保護具

1-1.特別規則によって使用が義務付けられる場合

安衛法の下位法令である粉じん障害防止規則(昭和54年労働省令第18号)、特定化学物質障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)、鉛中毒予防規則(昭和47年労働省令第37号)および有機溶剤中毒予防規則(昭和47年労働省令第36号)の4つの特別規則では、各々指定された作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具の使用を義務付けています。
この他に安衛法第65条に基づき管理対象とする物質を製造あるいは取り扱う屋内作業に対し、その作業環境測定に基づく管理が要求されています。
具体的な測定要領は作業環境測定基準 3) に従い、 測定頻度やその記録の保存期間は各規則の定めによります。
そしてその結果を各有害物質に対し定められた管理濃度(作業環境評価基準(昭和63年労働省告示第79号)4)による。)との関係に基づいて管理状態の程度を表す管理区分(第1~第3)を決定します。
決定された各管理区分に対しては、各々の規則の定めに従いますが、特に作業環境の管理が適切ではない状態とされる第3管理区分の場合には、必要な措置を執ることが求められ、第1管理区分もしくは第2管理区分への改善が困難であると判断される場合には、有効な呼吸用保護具を使用せねばなりません。特別規則の管理対象物質はいずれもリスクアセスメント対象物ですが、これは次節に述べるリスクアセスメントの結果に基づく措置としての保護具の使用よりも優先されます。

1-2.リスクアセスメントの結果に基づく場合

リスクアセスメントとは、2016年6月施行の改正安衛法において導入された、同法第57条の三に基づく危険有害性物質に起因する労働災害の低減のための施策で、SDS交付義務対象物質の製造あるいは取扱う事業場に対して、その化学物質(以下リスクアセスメント対象物。2024年5月現在896物質を指定。)の全てに対して危険性・有害性を特定し、それらによるリスクを見積もり、その結果に基づくリスク低減措置を検討する一連のプロセスです。
その後「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」報告書 5) が2021年7月に公表されました。そこでは従来の特別規則に代表される、指定された危険有害性物質毎に具体的要求事項を規定し、それを事業者に遵守させることによって労働災害の撲滅を図っていこうとする「法令遵守」型の政策から、危険有害性が確認された全ての物質について、国の定めた管理基準の達成を事業者に対し求めるが、その達成手段は限定しないとする「自律的管理」型への転換が示されています。リスクアセスメントはこうした自律的管理の基礎となるものです。
そして労働安全衛生規則第577条の二において事業者はリスクアセスメントの結果に基づき、リスクアセスメント対象物に労働者がばく露される程度を最小限とすることが要求されています。
リスク低減のための具体的な措置は同条に4項目が示されていますが、「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(令和5年4月27日改正)6) では、特に法令で指定されている場合はそれに従うが、それ以外は、以下の優先順位で検討することとしています:

(1)危険性または有害性のより低い物質への代替、化学反応プロセス等運転条件の変更、取り扱うリスクアセスメント対象物の形状変更等
(2)衛生工学的対策:危険有害性物質発散源の密閉化、局所排気装置または全体換気装置の設置および稼働
(3)管理的対策:作業手順の改善、立入禁止等の実施
(4)有効な保護具の使用

すなわちリスク低減のための保護具の使用については、最も優先度が低く、他の方法では限界がある場合に選択すべき措置として位置付けられています。

【濃度基準値設定物質】

2024年4月施行の労働安全衛生規則の改正で、その第577条の二第2項に基づき、リスクアセスメント対象物の中から計67物質が指定され、屋内作業時の空気中の濃度基準値が定められ、労働者のばく露される程度をこの値以下に管理することとされました。2025年10月には更に112物質が追加指定される予定です。なおこれらの指定物質は前記特別規則における作業環境測定の義務対象物質とは重複していません。
この濃度基準値は、長期的な健康障害防止の観点から、1日(8時間)の時間加重平均値が超えてはならない8時間濃度基準値と急性中毒等の健康障害防止の観点から、作業中のいかなる15分間の時間平均値が超えてはならない短時間濃度基準値とがあり、後者については、作業中のいかなるピーク値も超えてはならない濃度基準値(天井値)として設定される場合があります。そして指定された物質により、双方共設定されているものといずれか片方のみ設定されているものとがあります。
濃度基準値設定物質は、前記特別規則における管理区分の決定やそれに基づく保護具の使用を求めるものではありません。
これらの物質に対するリスクアセスメントは基本的に前記の手順に従って進めますが、「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」(令和6年5月8日改正)7) においてその具体的な要領が示されています。
それらの中で特に以下のポイントは重要です:

(1)労働者のばく露の程度とは、呼吸用保護具を使用している場合は、呼吸用保護具の内側の濃度、使用していない場合は労働者の呼吸域における濃度で表す。ここで呼吸域とはその労働者の呼吸用保護具の外側であり、両耳を結んだ直線の中央を中心とした半径30cmの顔の前方に広がった半球の内側を指す。
(2)リスク見積もりの過程において労働者へのばく露の程度が濃度基準値を超える可能性のある屋内作業を把握した場合には、労働者の呼吸域における濃度測定である確認測定を実施する。
(3)これらに対するばく露低減措置は、前記リスクアセスメント対象物に対する優先順位に従って実施する。労働者の呼吸域における物質の濃度が濃度基準値を上回っていても有効な保護具の使用により労働者のばく露の程度が濃度基準値以下となっている場合はこれを許容する。この場合、呼吸用保護具の内側の濃度の実測は困難であることから、労働者の呼吸域における濃度を呼吸用保護具の指定防護係数で除して呼吸用保護具の内側の濃度を算定することができる。
(4)労働者へのばく露の程度が濃度基準値以下であることを確認する方法は、上記確認測定以外の方法でも差支えなく、事業者において決定する。ただし労基署等に対しては、濃度基準値以下であることを明らかにできることが必要である。

(以下その2へ続く)

(一社)東京環境経営研究所 福井 徹 氏

参考URL

1)https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347AC0000000057_20220617_504AC0000000068&keyword=%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%AE%89%E5%85%A8%E8%A1%9B%E7%94%9F%E6%B3%95
2)https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347M50002000032_20240401_505M60000100022&keyword=%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%AE%89%E5%85%A8%E8%A1%9B%E7%94%9F%E8%A6%8F%E5%89%87
3)http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-18/hor1-18-1-1-0.htm
4)https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-18/hor1-18-2-1-0.htm
5)https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000945999.pdf
6)https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-14/hor1-14-6-1-0.htm
7)https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001252603.pdf

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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