第112回_EU・REACH規則における6価Cr化合物に対する制限提案一式文書
6価Cr化合物は酸化剤、メッキ、金属表面処理、顔料等、多くの工業用途に供されていましたが、その強い酸化作用のためDNAを損傷し易く、発がん性等の人体への有害性があるので各国において法規制の対象となっています。EUのREACH規則 (Regulation (EC) 1907/2006)1) でも附属書XIVにて、entry 16~22および28~31の計11の物質あるいは物質群を認可対象に指定して規制してきました。
最近これらを認可から制限対象物質に変更する方向で検討が進められてきました。その経緯については2024年5月31日付コラム 2) で紹介されていますので、それをご参照ください。その後の動きとして、本年4月に欧州化学物質庁(以下ECHA)より制限提案一式文書が公表されました3)。
本稿ではその内容の概要を紹介します。
1.REACH規則において新たな制限を設けるための手順
REACH規則における新たな制限を設定するための手順は同規則第69~73条に規定されていますが、制限提案一式文書の作成はその最初のステップです。欧州委員会(以下EC)は物質、混合物、または成形品に含まれる物質の製造、上市、または使用が人の健康や環境へのリスクが十分に管理されていず、対応の必要があると考えられる場合には、ECHAに対し、附属書XVに規定された要件に沿ってその制限を提案するための一式文書の作成を指示します。
これに基づいて作成された一式文書はECHA内部でのリスクアセスメント専門委員会(RAC)および社会経済分析専門委員会(SEAC)による附属書XVへの適合性のチェックを経た後、ECHAのHPで公表され、パブリックコメントを求めます。一方、RACおよびSEACの両委員会も提案内容に対する意見を公表し、ECHAはこれらを取り纏めてECに提出し、ECは寄せられたパブリックコメントやRACおよびSEACの両委員会より出された意見を踏まえて、制限の最終案を決定します。
2.制限提案一式文書の概要
今回公表された制限提案一式文書は、この後パブリックコメントに付されるものですが、全7章より成る本体 4) および付属書 5) より構成されています。この一式文書では、ECHAの収集したEU域内でのこれら6価Cr化合物の使用状況に関する情報に基づき、冒頭で現状の法規制に関する問題点を整理した後、それらへの制限を課す場合の選択肢、課した場合の代替物質、各方面に与える影響を分析、比較検討し、具体的な制限提案を提示しています。まずEU域内で登録された6価Cr化合物は、2010年の35,000tonより減少を続け、2022年には18,000tonにまで半減し、その約1/2が三酸化クロムとなっています。
6価Cr化合物は認可の下で今なお幾つかの用途に供されていますが、ECHAではこれまでその申請された情報に基づき、その用途を次の6つに分類しています。(1)は6価Cr化合物そのものの調合で、これらはその後、(2)~(6)に使用されます。最終用途としての使用は、めっきや表面処理のための(2)~(5)が大部分であり、(6)は用途としては特殊で、非常に少量です:
(1)認可対象となる6価Cr化合物から製造されるクロム酸および特殊混合物の調合。
(2)プラスチック基板への電気めっき。例えば自動車および衛生分野において部品への機能的かつ美的特性を付与するもの。
(3)金属基板への電気めっき。例えば機械部品の耐食性、硬度、耐久性向上ためのもの。
(4)プライマーおよびその他のスラリーへの使用(塗装、スプレー、ブラシ、ペンによる塗布を含む)。主に航空宇宙および防衛分野での用途。
(5)その他の表面処理。例えば不動態化(陽極酸化、化成皮膜)、エッチング、洗浄、シーリングなど、通常、電流は不必要、または低電流しか必要としないもの。
(6)機能性添加剤またはプロセス助剤。
そしてこれらの各々の用途毎にCr(VI)の環境中への放出量(大気中および水中)および人体へのばく露量(吸入および経口)の他、過剰生涯リスク(ばく露を受けた集団と受けない集団とにおける疾病の発症または死亡の割合の差)を推定しています。そして制限条件として、3通りのLV(Limit Value:労働者へのばく露濃度限界値)およびELV(Emission Limit Value:大気中および水中への年間放出限界値)を組合せた選択肢(規制の緩い順にRO1, RO2, RO3)を仮定し、各々について実施した場合のリスク低減および人の健康への影響、経済への影響等を評価し、実用性及び監視可能性、不確実性及び感度分析等を実施しました。そしてそれらの結果を踏まえて費用対便益の観点からの比例性分析を行っています。
この結果、かけた費用に対し比例した便益の得られるのはR01およびR02であるとしています。
そして全ての利害関係者が同等の配慮を享受できる点ではR01が望ましいが、一方、企業の負担するコストよりもCr(VI)にばく露される労働者や一般人の健康を重視するのであればR02の方が優れている可能性があると指摘しています。
3.提案された6価Cr化合物の制限条件
提案された制限条件は、RO1およびRO2に対応する2通りのオプションを設けた以下の様な内容です。ここでRO2に対応する制限条件は[ ]で示していますが、特に記載の無いものは両者共通です:
(1)対象物質:現在REACH規則附属書XIVにおける認可対象物質entry 16~22および28~31、並びにクロム酸バリウム、計12物質または物質群。クロム酸バリウムについては、認可対象物質ではないが、これが「残念な代替物質」(regrettable substitution)として利用される可能性があるので、これにも制限を設ける。
(2)含有濃度:上記6価Cr化合物およびこれらを0.01wt%以上含む混合物の使用を原則禁止する。
(3)適用除外:下記の場合は上記(2)は適用しない。
(i)中間体
(ii)Cr(VI)含有混合物の調合、金属表面へのCr被膜形成を目的とする電解メッキ、プラスチック表面への電解メッキ、その他計12件の用途において、Cr(VI)の環境中への放出量が大気中2.5kg/年 [0.25kg/年]、水中15kg/年 [1.5kg/年] 未満であって、業務中の労働者へのCr(VI)8時間加重平均ばく露濃度が所定の限界値未満である場合。ここで所定の限界値とは、前記用途に対して各々設定されているもので、5あるいは1μg/m3 [5, 1あるいは0.5μg/m3] である。
(4)その他:上記(ii)の複数の用途において操業している事業所は、Cr(VI)へのばく露をもたらす活動が厳密に隔離されていない限り、それらのうち最も厳しい制限値を遵守する。
おわりに
以上、現在EU内での課題として検討されている6価Cr化合物の制限提案一式文書について解説しました。
前記の様に、具体的な制限条件として2つのオプションが提示されていますが、今後は全ての利害関係者は6月18日に開始予定の半年間のパブリックコメント期間中に確実な証拠に裏付けられた情報提出の機会が与えられます。その後前記したプロセスに従い、ECはEU加盟国と共に制限とその条件について決定を下すことになります。 制限提案報告書の冒頭にはこの制限は2028年の発効を想定していることが述べられており、今後の動向を注視していきたいと思います。
なおREACH規則における6価Cr化合物に対する制限については、現状、附属書XVIIにおいてentry 47として対象に指定されています。ただし制限条件としては。セメントやセメント含有混合物、および皮膚に接触する皮革製品中に含まれるCr(VI)の許容濃度を規定するものです。これに対して今回の制限提案は、具体的な6価Cr化合物に対し、それらの労働者へのばく露低減のためその使用を規制するもので、entry 47のような製品中の非含有を求めるものとは趣旨を異にします。今回の制限提案が正式決定されても現行のentry 47には影響はなく、そのまま存続するものと思われます。
(一社)東京環境経営研究所 福井 徹 氏
参考URL
1)consolidated version
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A02006R1907-20250422&qid=1748441892565
2)https://johokiko.co.jp/chemmaga/tkk0071/tkk/
3)https://echa.europa.eu/-/echa-proposes-restrictions-on-chromium-vi-substances-to-protect-health
4)https://echa.europa.eu/documents/10162/17233/rest_chromium_vi_axreport_public_en.pdf/8c817b18-0d30-e64f-1d2a-1c90b94ffbe3
5)https://echa.europa.eu/documents/10162/17233/rest_chromium_vi_axreport_appendix_public_en.pdf/7963a4aa-cbb4-d06d-9fd0-26e542acb822
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。