第116回_EU化学産業行動計画とオムニバスVIの概要

「EU化学産業行動計画」が7月8日に公表1)されました。これはEUの現政権の政策枠組みを示した「競争力コンパス」2)やEC委員長による化学業界との戦略対話等に基づき、EUの化学産業の国際競争力を確保し、生産基盤を維持・向上させるための具体的な措置を示したものです。またあわせて化学物質規制を対象とした簡素化オムニバスパッケージの第6弾(オムニバスVI)3)も公表されましたので、今回はこれらの概要についてご紹介します。

1.EU化学産業行動計画4)

化学産業はEUにおいて4番目に大きな製造業であるとともに、防衛やクリーン技術、デジタル技術といったEUの戦略的分野における幅広い用途で不可欠な「産業の核」として位置づけられています。しかしながらこの20年程度で市場シェアは大きく減少している状況であり、改めて化学産業の維持・向上を図りながら、クリーンな循環型経済への移行を進め、イノベーションを推進し、国際的な競争力を強化し、人々の健康と環境の保護を確実に実施する必要性が示されています。そのための主要な措置として次の4つの分野で、具体的な措置が示されています。

1)回復力(レジリエンス)の強化

重要な川下産業に化学品を提供する基盤となる戦略的な生産能力の維持や、脱炭素化、適切なスキルを持つ人材の確保等に向けて、加盟国や利害関係者ともに「重要化学物質アライアンス」を設立し、EUが推進する各種戦略上重要なサプライチェーンに関連する化学品の製造拠点を特定・支援し、第3国への依存度を下げることが示されています。また、EU域外との輸出入に関しても、化学産業の国際的な競争力の回復に向けて、原材料の確保や公正な競争を確保するための貿易防衛措置、化学品の輸入監視の強化等の措置が示されています。

2)手頃なエネルギー供給の確保、脱炭素化の支援

エネルギー価格の高騰がEUの化学品製造者の価格競争力を損なっていることから、手頃な価格のエネルギーの確保に向けて、設備の新設やインフラの改修等における許認可の迅速化やEU排出量取引制度(EU ETS)における化学産業向け補助の拡大といった措置が示されています。また、カーボンニュートラルや循環型経済への移行に向けた財政支援やインセンティブの強化等が挙げられています。

3)先行市場の創出とイノベーションの促進

グリーンな化学産業の実現に向けて、再生可能エネルギーの活用や脱炭素化に関連する先進的な投資を一層促進するための財政的なインセンティブや税制措置の導入、イノベーションの促進に向けた「EUイノベーション・代替ハブ」の設立、「1物質、1評価」の原則を踏まえた化学物質安全性評価の確立や安全で持続可能な代替化学物質の開発の促進等が挙げられています。

4)規制枠組みの簡素化と合理化

主要な化学物質規制であるCLP規則および化粧品規則、肥料製品規則を対象としたオムニバスVIやPFAS類への対応等、次のような規制関連の具体的な措置に言及しています。

・化学産業に関するオムニバス法案(オムニバスVI)の採択:2025年第3四半期
・タクソノミー規則5)に基づく汚染防止・管理に関する重大な悪影響(DNSH)基準の改正:2025年第3四半期
・REACH規則の簡素化を図るための特定分野に焦点をあてた改正案の採択:2025年第4四半期)
・ECHAのガバナンス強化や資金調達の持続可能性を高めるためのECHA規則案の採択:2025年第3四半期
・植物保護製品に関する簡素化オムニバス法案の採択:2025年第4四半期
・環境法規制における行政負担軽減に関するオムニバス法案の採択:2025年第4四半期
・ユニバーサルPFAS制限提案文書に対するECHAの意見に基づくPFAS制限に向けたREACH規則附属書XVII改正案の策定
・EU全体でのPFAS監視枠組みを策定し、データの集中管理およびEU産業の持続可能な移行を支援するための実践的かつ科学に基づく解決の促進:2026年第4四半期
・PFAS汚染に関連する課題の包括的な見解を支援するため、利害関係者を集めた対話を開始:2026年第2四半期

2.オムニバスVI

現在EUでは、行政や中小企業の負荷を大幅に削減するための「法規制の簡素化」が検討されており、複数の法規制を対象とした改正案(オムニバスパッケージ)が順次公表されています。
化学産業行動計画とともに、本行動計画で言及されているオムニバスVIもあわせて公表されました。オムニバスVIは次の2つの改正案で構成され、CLP規則および化粧品規則、肥料製品規則が対象となっています。

・化学品の特定要件および手順の簡素化に関するCLP規則および化粧品規則、肥料製品規則を改正する欧州議会・欧州理事会規則案(COM(2025)531)6)
・適用日および猶予期間に関するCLP規則改正((EU)2024/2865))を改正する欧州議会・欧州理事会規則案(COM(2025)526)7)

一般的な工業化学品を対象とし、両法案ともに対象となっているCLP規則の主な改正内容は次の通りです。

1)簡素化・デジタル化(COM(2025)531)

2024年11月のCLP規則の改正((EU)2024/2865)8)によって新たに規定された次の要件を撤回・変更する内容となっています。

・分類および表示に関する変更が生じた場合のラベル更新期限の撤回
・フォントサイズや行間、文字間隔、色等、ラベルの書式要件の撤回
・広告の記載要件を消費者向け化学品に限定し、ラベル記載事項の重複表示をなくし、記載すべき文言等を変更
・遠隔販売のラベル表示要件を消費者向け化学品に限定

また、各オムニバスで導入が検討されている電子的連絡先(Digital Contact)をラベルの供給者情報の項目への追加についても規定されています。

2)適用時期の延期(COM(2025)526)

2024年11月のCLP規則の改正((EU)2024/2865)の改正内容については、2026年7月1日または2027年1月1日から適用されることとなっていましたが、ラベルの更新期限や広告、遠隔販売の要件等の一部義務の適用時期を2028年1月1日まで延期する内容となっています。

3.最後に

このように公表された化学産業行動計画では、EU域内の化学産業の強化に向けた各種の施策や関連規制の見直しについて言及され、行政や中小企業の負担を軽減するためのCLP規則の見直しや適用時期の延期に関する改正案が公表されました。簡素化に関しては今回のCLP規則以外にも、REACH規則の見直しも2025年第4四半期に予定されており、今後の動向が注目されます。

(一社)東京環境経営研究所 井上 晋一 氏

1)EC プレスリリース(化学産業行動計画)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_1755
2)EC プレスリリース(競争力コンパス)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_339
3)EC オムニバスVI法案
https://single-market-economy.ec.europa.eu/publications/simplification-certain-requirements-and-procedures-chemical-products_en
4)EU官報 化学産業行動計画
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52025DC0530
5)タクソノミー規則
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2020/852/oj
6)EU官報 CLP規則・化粧品規則・肥料製品規則の改正案(COM(2025)531)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52025PC0531
7)EU官報 CLP規則改正((EU)2024/2865)の適用時期等に関する改正案(COM(2025)526)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52025PC0526
8)EU官報 CLP規則改正((EU)2024/2865)
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/2865/oj/eng

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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