第119回_EUにおける環境法に関連する行政要件の簡素化及び合理化の動き

EUは気候変動対策や循環型経済(サーキュラーエコノミー)の推進など、さまざまな分野で厳格な規制を整備してきました。そのいっぽうで、「法律や規制が複雑過ぎることにより対応が難しい」「報告や手続きに多くの時間やコストがかかる」という意見が、企業や行政、市民等から上がっています。こうした状況を受けて、EUは現在、環境法の簡素化に向けた取り組みを進めています。この取り組みは、欧州委員会委員長の2024年から2029年までの政治指針に基づき、EU法の有効性を高め、事業が繁栄できる規制環境を創出することを目的としています。このような動きのなかで、欧州委員会は、2025年7月22日、環境関連法規における行政負担の簡素化の提案 1)を公表し、同年9月10日までの意見募集 2)を行いました。今回のコラムでは、提案の内容を中心に環境法に関連する行政要件の簡素化及び合理化の動きをご紹介します。

1.背景と問題の定義

今回の提案は、EUの競争力コンパス(A Competitiveness Compass for the EU)3)とも関連しています。EUの競争力コンパスは、欧州委員会が直面する新たな現実に適応し、協力体制を再構築することで、EUの立法提案の政治的妥当性を確保するために策定された文書です。今後のEUの競争力向上と持続可能な成長の継続への危機意識がその基盤にあり、変革の必要性を打ち出しています。この文書のなかで行政負担をすべての企業で少なくとも25%、中小企業(SMEs)で少なくとも35%削減するという目標が設定されています。さらに、クリーンでデジタルな経済への移行期にある分野において、許認可プロセスを加速することも求めています。

また、2024年の中小企業を対象としたユーロバロメーター調査(No. 549)4)では、EUの中小企業の93%が、省エネルギー、廃棄物の最小化、リサイクルなど、少なくとも1つの資源効率対策を実施していることを明らかにしました。いっぽうで、そのような対策の課題として、中小企業の35%が複雑な行政・法的手続きに直面し、26%が(企業が行う)環境報告の複雑さについて指摘していることが明らかになりました。こうした行政手続きの複雑さや累積的な負担は、中堅・大企業にも影響を与えています。

現在、欧州委員会は、環境法を精査し、行政負担を簡素化できる可能性のある法案を特定しています。これは、EUの環境目標や人間の健康保護水準を低下させることなく、より効果的に目標を達成し、企業(特に中小企業)や行政、市民の不必要なコストを削減することを目的としています。EUはすでに、ネットゼロ産業法 5)や産業排出指令の改定 6)を通じて、一部の産業施設の許認可プロセスを合理化するための法整備を進めています。

2.提案されている措置と期待される効果

今回の提案は、2023年に実施された報告要件の合理化に関する意見募集 7)、自発的なステークホルダーの意見、環境法に関する会議などを通じて収集された広範な意見に基づいて、簡素化の可能性のある分野を特定しています。2025年2月13日には、環境報告に関するオンラインワークショップが開催され、300人以上の参加者から意見が寄せられました。また、2025年4月10日には、環境アセスメントと許認可に関する実施対話が行われ、手続きの加速化にはデジタル化、データ品質、データ共有が鍵となるとの指摘がありました。

今回の取り組みは、ステークホルダーからの意見募集後に、循環型経済、産業排出、廃棄物管理の分野における環境法から生じる行政負担の軽減を目指しています。具体的な措置として、以下の可能性が挙げられています。

・報告や通知義務の合理化:廃棄物枠組み指令に基づくSCIP(製品中の懸念物質)データベースの廃止など
・拡大生産者責任(EPR)の調和::対象製品を販売する各加盟国におけるEPRの承認された代表者の規定の調和、およびEPR報告の円滑化
・報告義務の合理化:報告の二重要件を排除し、循環型経済、産業排出、廃棄物管理の分野における報告のさらなるデジタル化を推進すること
・許認可の課題への対処:ネットゼロ産業法などで最近得られた経験に基づき、環境影響評価に関連する許認可の課題に取り組むこと

これらの措置は、ステークホルダーからのフィードバックやさらなる分析によって変更される可能性があります。

提案されている政策措置は、関連する法令が追求する環境目標を損なうことなく、行政負担を軽減するように設計されます。これにより、報告、監視、通知、監査などの行政義務のコストが削減され、行政手続きが合理化されると期待されています。また、これらの措置により、EUの環境法がより効果的かつ費用対効果の高い方法で目標を達成できるようになり、EU産業の法令順守が容易になるとともに、環境政策の有効性が向上するでしょう。さらに、加盟国の管轄当局の負担も軽減され、より良い執行と実施が可能になることが見込まれます。簡素化措置の効果は、関連する政策の評価と監視を通じて評価される予定です。

3.意見募集で寄せられた意見

EUの環境法簡素化に関する意見募集には、関連する産業・経済関係者、中小企業、公的機関(環境法の実施を担当する行政機関など)、非政府組織、国際機関、学術界など、幅広い関係者から関心を集めるものであり、すべての関係者の意見を歓迎するとしています。現在までに、多様な立場から200件以上の意見が寄せられていますが、企業や業界団体などの産業側からの意見と、市民や環境団体などの公共側の意見では、大きく方向性が異なっています。

企業や業界団体においては、SCIPやEPREL(欧州エネルギーラベリング製品レジストリ)といったデータベース、炭素国境調整メカニズム規則(CBAM) 8)や欧州森林破壊防止規則(EUDR) 9)のような規則が過度に複雑でコスト負担を増やしていると指摘し、報告義務や認可手続きの簡素化、EU全体で統一されたデジタルプラットフォーム導入などを求めています。特に現状のEUDRの負担に関する意見が多く、中小企業や森林所有者からは、過剰な官僚手続きが競争力を削ぐとの懸念が強調され、森林破壊リスクが無視できる国について、ゼロリスクカテゴリーの導入や許認可の迅速化が提案されています。

いっぽう、市民や環境団体は、規制緩和が環境保護を後退させる規制緩和に繋がるとの懸念が上がっています。さらに、SCIPやEUDRの廃止は循環型経済や健康保護を損ない、違法伐採や有害物質の再流入を招くと警告しています。また、手続きの不透明化やオムニバス法案による拙速な法改正は民主的統制を弱めるとの批判もあります。全体として、行政負担の軽減と環境保護の維持のバランスが最大の争点となっており、簡素化は効率化の一環として歓迎されるいっぽうで、環境基準の後退を招かないかが強く問われています。なお、今回の意見募集に対してフィードバックが求められており、欧州委員会は、専門家グループやフォーラムなどの通常の協議活動を通じて、引き続きステークホルダーと協議していく予定です。

4.まとめ

EUの環境法は、環境保護の先進的な仕組みであるいっぽうで、その複雑さが企業や社会の負担になっていました。今回の環境法の簡素化の動きは、規制を弱めるのではなく、同じ環境目標をより効率的に達成するための措置といえます。ただし、規制を弱めないという点においては、市民や環境団体などを納得させる根拠をいかに提示できるかが注目されるところです。将来的に、報告や許認可の手続きが合理化されれば、企業は新しい環境技術や持続可能な取り組みに集中でき、EU全体の成長に貢献していくことが考えられます。

(一社)東京環境経営研究所 柳田 覚 氏

1)欧州委員会ニュース記事
https://environment.ec.europa.eu/news/feedback-request-simplification-environmental-legislation-2025-07-22_en

2)環境関連法規における行政負担の簡素化の提案における意見募集
https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/14794-Simplification-of-administrative-burdens-in-environmental-legislation-_en

3) A Competitiveness Compass for the EU
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex:52025DC0030

4)ユーロバロメーター調査(No. 549)
https://europa.eu/eurobarometer/surveys/detail/3221

5)欧州委員会のネットゼロ産業法における説明記事
https://single-market-economy.ec.europa.eu/industry/sustainability/net-zero-industry-act_en

6)欧州委員会の産業排出指令の改定における説明記事
https://environment.ec.europa.eu/topics/industrial-emissions-and-safety/industrial-and-livestock-rearing-emissions-directive-ied-20_en

7)報告要件の合理化に関する意見募集
https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/13990-Administrative-burden-rationalisation-of-reporting-requirements_en

8)炭素国境調整メカニズム規則
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/956/oj/eng

9)欧州森林破壊防止規則
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32023R1115&qid=1687867231461

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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