第65回_水銀の光と影(化学物質管理 よもやま話)
1.水銀とは
水銀は、原子番号80の元素で、元素記号は Hgであり、地球の地殻によく見られる天然の金属元素です。水銀は、常温(20℃ )で液体であるただ一つの金属元素です。揮発しやすく、一度環境中に出されると、分解 されずに自然界を巡り、時には海の生き物の体内に取り込まれたりします1)。
2.社会経済的便益
金属は合金をつくりますが、水銀の場合も同様です。水銀の合金は特に「アマルガム」2)と呼ばれます。 アマルガムの大きな特徴は、水銀の融点が低いため、その合金が低融点(場合によっては常温で液体)となることであり、現在、その特異性を利用した多くのアマルガムが知られています。アマルガム法とは、水銀と他の金属との合金をつくる製錬法です。この金アマルガム法の使用例として、特に有名なものとして8世紀に建立された奈良東大寺の大仏への金メッキです。
また、水銀は、水銀ランプとして照明器具、水銀電池、計測器などに利用されていました。
3.人の健康または環境へのリスク
水銀は常温で液体である唯一の金属元素で、揮発しやすく、様々な排出源から排出されて地球上を循環し、分解されることなく環境中に蓄積します。水銀及びその化合物の中には神経毒性等を有するものもあり、人の健康に有害な影響を及ぼします。
水銀の毒性として代表的なものには、メチル水銀3)で神経の発達への影響があることが知られています。メチル水銀は、有機水銀化合物の一種でメチル基と水銀原子が結合したものです。健康上の影響としては、食物を通じて母親が大量のメチル水銀を体内に取り込むことにより、おなかの中の胎児へばく露した結果、胎児の神経の発達に影響することです。また、発育中の幼児が大量のメチル水銀を体内に取り込むことによって神経の発達に影響することが挙げられます。なお、メチル水銀は、体に取り込んでその量が半分になる期間(半減期)は、約2か月といわれています。脂溶性・生体濃縮性(脂に溶けやすく、濃縮しやすい性質)が高く、人の体の中にも容易に取り込まれる性質を持ち、非常に強い毒性があります。
また、金属水銀は、常温で銀色の液体金属で、気化しやすく、ガスを吸いすぎると、肺、腎臓、脳などが冒されます。
水銀の有害性が知られている例として、有名なものが日本での水俣病があげられます。これが、水銀に関する水俣条約の制定のきっかけになりました。水俣病とは、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物を、魚、エビ、カニ、貝などの魚介類が直接エラや消化管から吸収して、あるいは食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積し、これを日常的にたくさん食べた住民の間に発生した中毒性の神経疾患です。熊本県水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸で発生し、始めは原因の分からない神経疾患として扱われていました。その後、新潟県阿賀野川流域においても発生が確認されました。
4.規制法の動向
水銀については、EU等の先進国を中心に、その使用や環境への排出を規制したり、包装廃棄物指令やRoHS指令、ELV指令、REACH規則附属書XVII等のように特定の製品やリスクが高いと判断された用途を規制する等、順次規制が強化されてきました。
しかし、先進国では水銀の使用量は減っているものの、途上国では依然として水銀が利用されており、環境汚染や健康被害が生じるリスクが高いことから、水銀汚染は世界規模での対策が必要な問題となりました。そのため、水銀の世界的な汚染を防止するために制定されたのが「水銀に関する水俣条約」4)です。水銀に関する水俣条約とは、2013年10月に熊本市・水俣市で開催された外交会議において「水銀に関する水俣条約」が採択され、採択・署名が行われました。そして、2017年5月18日付けで、締約国数が我が国を含めて50か国に達し、規定の発効要件が満たされたため、本条約は2017年8月16日に発効されました。水銀の一次採掘から貿易、水銀添加製品や製造工程での水銀利用、大気への排出や水・土壌への放出、水銀廃棄物に至るまで、水銀が人の健康や環境に与えるリスクを低減するための包括的な規制を定める条約です。この水俣条約に対応するための国内法として、日本では「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」5)、EUでは水銀規則6)が運用されています。
5.今後の水銀条約の動向
2023 年10 月30 日から同年11 月3日まで、スイス連邦・ジュネーブにおいて「水銀に関する水俣条約第5回締約国会議」7)が開催されました。
1)水銀添加製品(附属書A)等の見直し
2)水銀の供給と貿易
3)零細小規模金採掘(ASGM)
4水銀の大気排出
5)水銀の水・土壌への放出
6)水銀廃棄物のしきい値
7)条約の有効性評価
8)国別の条約実施状況報告
9)運営にかかる事項
以上のような項目が討議され、水銀添加製品の規制の見直し、規制の対象となる水銀汚染廃棄物のしきい値等に関する議論が行われ、蛍光ランプの製造等をその種類に応じ2027年末までに禁止することに決定されたほか、水銀に関する水俣条約上の水銀汚染廃棄物のしきい値について、水銀含有濃度1kg当たり15mgとすることが決定されました。第6回締約国会議は、2025年11月3日から7日まで、スイス・ジュネーブで開催される予定です。
【参考文献】
1)不思議な水銀の話
https://www.env.go.jp/content/900414795.pdf
2)水銀とは
https://www.env.go.jp/content/900414877.pdf
3)水銀と健康
http://nimd.env.go.jp/kenko/kenko_04.html
4)水銀に関する水俣条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000070111.pdf
5)水銀による環境の汚染の防止に関する法律
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=427AC0000000042
6)水銀規則
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2017/852/oj
7)経済産業省「水銀に関する水俣条約第5回締約国会議」の結果について
https://www.meti.go.jp/press/2023/11/20231109001/20231109001.html
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。