第2回_Toxic Substances Control Act (TSCA) その1

アメリカの有害物質規制法(TSCA:Toxic Substances Control Act)は、国内で製造・輸入・加工される化学物質が、人の健康や環境に「不当なリスク(unreasonable risk)」をもたらさないよう管理するための法律です。 2016年の改正(LCSA:21世紀ローテンバーグ化学安全法”The Frank R. Lautenberg Chemical Safety for the 21st Century Act”)により、EPA(米国環境保護庁)の権限が大幅に強化されました。2026年現在の主要な要旨は以下の通りです。

(i)TSCAインベントリー(既存化学物質名簿):米国内で流通する約10万種の化学物質を管理するリストです。これに載っていない物質は「新規化学物質」とみなされます。新規化学物質の事前届出(PMN): 新規物質を製造・輸入する場合、開始の90日前までにEPAへ届け出(PMN:Premanufacture Notice)を行い、安全性審査を受ける必要があります。
(ii)重要新規利用規則(SNUR):インベントリー収載済みの既存物質であっても、EPAが指定した「新しい用途」で使用する場合には、事前に重要新規利用届出(SNUN)を提出する義務があります。
(iii)既存化学物質のリスク評価:EPAは優先順位の高い化学物質を特定し、体系的にリスク評価を実施します。2026年にも複数の化学物質について科学諮問委員会(SACC)による審査が予定されています。
(iv)リスク管理措置:リスクがあると判断された物質に対し、EPAは製造・加工の制限、禁止、警告ラベルの義務化などの規制を課すことができます。
(v)PBT物質およびPFASへの対応
PBT物質の規制: 難分解性・生物蓄積性・毒性(PBT)を持つ特定の5物質(PIP(3:1)やデカBDEなど)について、成形品(製品)への含有を含めた厳しい流通制限・禁止措置が進行しています。
(vi)PFAS報告義務:2011年以降に製造・輸入されたPFAS(有機フッ素化合物)に関する詳細なデータ報告が義務付けられており、2026年5月22日が一部のデータ提出期限となっています。
(vii)成形品(Articles)への適用:化学物質そのものだけでなく、それを含む完成品(PCや自動車部品など)を輸入する事業者も規制対象になるケースが増えており、サプライチェーン全体での管理が求められています。
(viii)審査プロセスの厳格化:2016年改正以降、EPAはすべての新規化学物質について何らかの安全性決定を下すことが義務付けられており、審査の長期化や追加データの要求が一般的になっています。

1.TSCAの構成

TSCA(Toxic Substances Control Act:有害物質規制法)は、1976年10月に公布し、1977年1月発効しました。日本の化審法は1968年のPCBによるカネミ油症事件が契機となり1973年の公布され、EU(当時はEC)は67/548/EEC(危険物質指令)によるEINECS(EU既存商業化学物質リスト)やELINCS(European List of Notified Chemical Substances:欧州届出化学物質リスト)(1981年)と、TSCA公布時は化学物質登録、評価の黎明期でした。

TSCAは、2016年6月に「21世紀のためのFrank R. Lautenberg化学物質安全法」(以下21世紀法と略記)(*1.1)で大改正が行われました。この改正はFrank R. Lautenberg上院議員が尽力しましたので改正法に同氏の名前が付けられています。
この改正で注目されるのが、EPA(U.S. Environmental Protection Agency:環境保護庁)の権限を強化とリスクベースによる安全基準の導入などです。EUはREACH規則の前身の指令67/548/EEC(1967年6月)、日本は化審法(1973年10月)がTSCAに前後して有害物質規制法が制定されています。当時は、化学物質による健康被害、環境影響が大きな社会問題となっていました。
TSCAはEPAが所管する法律ですが、U.S.C.(United States Code連邦法典)のTitle15 (Commerce And Trade)CHAPTER 53(TOXIC SUBSTANCES CONTROL)SUBCHAPTER I(CONTROL OF TOXIC SUBSTANCES)にSection
(§)2601 から2629(*1.2)に記載されています。

日本の政省令にあたる下位規定は、e-CFR(electronic Code of Federal Regulations e-CFR:連邦規則集)(*1.3)のTitle 40に収載されています。1976年の公布時の名称(Long title)は、“An Act to regulate commerce and protect human health and the environment by requiring testing and necessary use restrictions on certain chemical substances, and for other purposes.”(特定の化学物質の試験及び必要な使用制限を義務付けることにより、商業を規制し、人の健康及び環境を保護する法律)で、Section 1(第1条)に記載されていました。この名称は1992年に“Toxic Substances Control Act”となり、削除されました。
しかし、EPAは、空行ながら第1条を残して以降の条項番号はそのままとしていますので、 U.S.C. Title15 CHAPTER 53の§2601(15 U.S.C. 2601)は、EPAでは第2条になっています。

2.第5条(製造及び加工届出)(§2604:15 U.S.C. 2604)の仕組みとSNUR規制

TSCAは、TSCA Inventoryに収載されていなければ90日前までに届出しなくてはならないと知られています。手順はe-CFR のTitle 40 /Chapter I /Subchapter R /Part 720(*1.4) に示されています。§2604の記述は、上記が分かっていると理解がしやすくなります。

(1)総則 パラグラフ(1) (A)本パラグラフのサブパラグラフ(B)及び(h)に定める場合以外は、以下を行えない。

(i)EPA長官が第8条(b)によるリストを公表後30日以内に新規化学物質を製造する。第8条(b) (*1.5)によるリストがInventoryで、詳細はPart710(*1.5)に示されています。

分かり難い表現ですが、Inventoryに収載されて30日経過後に既存物質となり、PMNの対象外して製造できるという意味です。

(ii) EPA長官がパラグラフ(2)により重要新規利用(Significant New Use)と決定した要件で化学物質の製造または加工する。

TSCAInventoryは、“How to Access the TSCA Inventory”のWebページ(*1.6)からダウンロードできます。

注1:FLAGの意味

‐PMNと記載
・PMN提出とEPAの審査を経て登録
・インベントリー登録前にPMN審査が行われた
‐PMN不記載
・1979年のTSCA施行時に既存物質として報告され登録
・インベントリー登録時にPMN審査は行われていない
‐S
・Significant New Use Rule(SNUR)の対象となる物質
‐5E
・TSCA第5条(e)項(Sec2604(e))の命令の対象となる物質
・他のFLGは“How to Access the TSCA Inventory”で確認してください。
‐Active/Inactive
・Active: 過去10年間(2006年6月21日から2016年6月21日まで)で実際に商業活動に使用された化学物質。特別な手続きなく使用を継続できる。
・Inactive: 過去10年間で商業活動に使用されたという報告がなかった化学物質。再利用する際には、事前にEPAへの通知が必要となる。

注2:化学物質の命名ルール

アメリカのTSCAとEU(REACH/CLP)では、化学物質を特定するための「命名ルール(Nomenclature)」に明確な差異があります。

(a) 採用している標準体系の差異

アメリカ (TSCA): 主にCAS命名法(CA Index Name)を採用しています。CAS(Chemical Abstracts Service)のルールに基づき、インベントリー登録時に特定の名称が割り当てられます。構造が確定している「Class 1」物質と、組成が複雑な「Class 2 / UVCB」物質に分類して管理されます。EU (REACH/CLP)は、主にIUPAC命名法を推奨・採用しています。
・国際純粋・応用化学連合(IUPAC)の規則に基づいた体系的な名称が公式な識別子として使用されます。
・あわせて、EC番号(EINECS/ELINCS等)による管理が並行して行われます。

(b)秘密保持と「一般名称」の扱い

企業秘密(CBI)として物質名を伏せる際、両制度では「一般名称(Generic Name)」の作成ルールに違いがあります。

(i)TSCA:物質の特定の構造を一つだけ伏せ、残りの構造を記述的に示す「構造的に記述的な一般名称(Structurally Descriptive Generic Names)」の作成がガイドラインで求められます。
(ii)EU: REACHでは「代替名称(Alternative Chemical Name)」の申請制度がありますが、特定の成分を隠すための命名ルールはCLP規則に基づき、より厳格な安全データシート(SDS)上の表記ルールが適用されます。

(c)高分子(ポリマー)の取り扱い

(i)TSCA:ポリマーもインベントリーの対象であり、構成するモノマーに基づいた名称が登録されます。
(ii)EU:REACHでは原則としてポリマー自体は登録免除されており、ポリマーそのものに対する詳細な命名・登録義務はTSCAほど一般的ではありません(ただし、構成モノマーの登録は必要です)。
(iii)4. 物質特定のアプローチ
(iv)TSCA: EPAによる事前のインベントリー照合やPMN(事前製造届出)審査を通じて、政府主導で名称が確定されます。
(v) EU:「一物質一登録(One Substance, One Registration)」の原則に基づき、企業間(SIEF等)で合意した名称で共同登録を行う業界主導のアプローチをとります。

(2) パラグラフ(2)

化学物質の使用がパラグラフ(1)により、EPA長官の重要新規利用の決定は、次の全ての要因を考慮する。

(A)化学物質の製造、加工の計画数量
(B)使用による人または環境へのばく露の状況や状態の変化の程度
(C)使用による人または環境へのばく露の規模や期間が増加する程度
(D)化学物質の製造、加工、商業的流通、廃棄の当然予想される様式や方法

詳細手順がPart721に示されており、SNUR(Significant New Use Rule)(*1.7)として知られているものです。
重要新規利用の要件は、Part721のSubpart E(Significant New Uses for Specific Chemical Substances)に示され、約2,400物質が特定(*1.8)されています。この中には Part721.10536にPFOAとその塩が特定されています。

(5)で成形品について以下を規定しています。
EPA長官は、(1)(A)(ii)に基づく成形品または成形品の区分の一部としての化学物質の輸入または加工について、本条に基づく通知を要求できる。ただし、EPA長官が、(2)に基づく規則において、規則の対象となる成形品または成形品のカテゴリを通じて、化学物質への合理的なばく露の可能性を正当化できる場合に限る。
成形品中の化学物質は、Part721.45(*1.9)で以下の免除があります。

§721.5で特定される者は、次の場合を除き、本パートのサブパートEで特定される化学物質についての§721.25の通知要件の対象とならない:
(f) 成形品の一部として化学物質を輸入または加工する者

しかし、Part721.45の規定はありますが、(5)によりSNURは成形品にも適用される場合があります。

(3)パラグラフ(3)

前項の審査決定は以下とする。第18条(3)によりSNUR指定はEPA長官の優先権とされています。
審査及び決定に従うことを条件として、適用される審査期間内に、管理者は届出内容を再検討し、次の事項を決定する。

(A) コストまたは他の非リスク要因の考慮なく、関連する化学物質または重要新規利用が、使用条件下でEPA長官によって関連すると特定された潜在的にばく露された、または、感受性のある亜集団に対する不当なリスクを含めて、健康または環境に対する不当なリスクを提示すること。この場合、管理者は(f)に基づいて要求される措置を講じなければならない。

(B) 以下であること
(i) 管理者が利用できる情報が、関連する化学物質の健康及び環境への影響、または重要新規利用の合理的な評価を可能にするには不十分である。
(ii)
(I) コストまたは他の非リスク要因の考慮なしにEPA長官が、その物質の評価、製造、加工、商業的流通、使用、もしくは廃棄、またはそのような活動の任意の組み合わせを行うことを可能にするための十分な情報がない場合、EPA長官によって関連すると特定された潜在的にばく露された、もしくは感受性のある亜集団に対する不合理なリスクを含めて、健康または環境への不合理なリスクを提示できる。
(II) その物質は、相当な量で製造されているか、または製造される予定の物質は、相当な量で環境中に入るか、または環境中に入ることが合理的に予想されるか、またはその物質に著しいもしくは実質的な人体ばく露があるか、またはその可能性があるか、その場合、EPA長官は、(e)に基づいて必要とされる措置を講じなければならない。

(C) 費用または他の非リスク要因を考慮することなく、その化学物質または重要新規利用が、使用条件下でEPA長官によって関連すると特定された潜在的にばく露されているか、または感受性のある亜集団に対する不当なリスクを含む健康または環境に対する不当なリスクを提示する可能性がないこと。この場合、届出の提出者は、重要新規利用のための化学物質の製造または加工を開始できる。

注:「製造」の定義には、「輸入者」を含みます。「亜集団」の定義では、「幼児」「児童」「妊婦」「労働者」「高齢者」等を含みます。

(4)引用している規定

(D)情報作成中の規則

EPA長官は、以下により費用または他の非リスク要因を考慮することなく、物質の製造、加工、商業的流通、利用、廃棄の禁止若しくは制限するために、使用条件での関係があるとしてEPA長官が特定した潜在的にばく露される、または感受性の高い亜集団に対する不当なリスクを含めて、健康または環境への不当なリスクから保護するために、必要な範囲でその活動のあらゆる組み合わせの禁止や制限を命令できる。

(i) EPA長官が利用できる情報が、(a)による届出物質の健康及び環境影響の正当な評価するに十分でない
(ii)(I)EPA長官が評価を行うに十分な情報がない場合で、その物質の製造、加工、商業的流通、使用若しくは廃棄、またはそれらの活動のあらゆる組み合わせが健康または環境への不当なリスクの恐れがある
(II)その物質は、相当な量で製造されているか、または製造される予定の物質は、相当な量で環境中に入るか、または環境中に入ることが合理的に予想されるか、またはその物質に著しいもしくは実質的な人体ばく露があるか、またはその可能性がある

(E) 不合理なリスクに対する保護

(1) (a)の 使用条件に基づきEPA長官が該当すると特定した潜在的にばく露された亜集団に対する不当なリスクを含めて、費用またはその他の非リスク要因を考慮することなく、届出が必要な化学物質または重要新規利用が健康または環境への不当な被害のリスクをもたらすと判断した場合、EPA長官は、審査期間の満了前に、そのリスクから保護するために必要な範囲で、(2)または(3)により承認された措置を講じる。

(2) EPA長官は、(1)に基づいて認定された化学物質に適用するために、第6条(a)に基づく規則案を発行できる。
(A) 商業的に製造、加工または頒布できる当該物質の量を制限する要件、
(B) 第6条(a)(2), (3), (4), (5), (6)または(7)に記載される要件、または(C) (B)に規定する要件の組み合わせ。

「費用または他の非リスク要因を考慮することなく(without consideration of costs or other nonrisk factors)」が幾度も出てきますが、21世紀法で追加されたものです。
従前は環境、経済及び社会的影響を考慮した不当なリスク(unreasonable risk)のみでしたが、without consideration of costs or other nonrisk factorsが追加されました。EPAの権限が強化されたものです。

3. 第5条(h) PMN免除

PMN免除は(h)(1)で試験販売目的、(3)少量(Part723.50で10トン以下と規定)と試験研究、(4)低リスク(Part723.250  ポリマー)が免除されます。なお、第2条(定義)(2)(B)(vi)で、連邦食品、医薬品、化粧品法で定義する「食品」「食品添加物」「医薬品」「化粧品」「医療機器」の製造、加工または商業的に流通させる場合は対象外となります。

(その2に続く)

化学物質法規制研究会 松浦 徹也 氏

*1.1 :21世紀法
https://www.congress.gov/114/plaws/publ182/PLAW-114publ182.pdf
*1.2:TSCA
https://uscode.house.gov/browse/prelim@title15&edition=prelim
*1.3:CFR
https://www.ecfr.gov/
*1.4:e-CFR
https://www.ecfr.gov/current/title-40/part-720
*1.5:第8条(b)
https://www.ecfr.gov/current/title-40/chapter-I/subchapter-R/part-710
*1.6:TSCA Inventory
https://www.epa.gov/tsca-inventory/how-access-tsca-inventory
*1.7:SNUR
https://www.ecfr.gov/current/title-40/chapter-I/subchapter-R/part-721
*1.8:SNUR物質リスト
https://www.ecfr.gov/current/title-40/chapter-I/subchapter-R/part-721/subpart-E?toc=1
*1.9:成形品中の化学物質の免除
https://www.ecfr.gov/current/title-40/chapter-I/subchapter-R/part-721/subpart-A/section-721.45

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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