第7回_電気電子機器とDPPによる情報開示

EU エコデザイン規則で「デジタル製品パスポート」(DIGITAL PRODUCT PASSPORT :DPP)の要求が示されましたが、理念は理解するもののどこまで情報を開示すべきか、営業秘密は守られるのかなど分からなくて、企業の対応が具体化できなく苦慮しています。
「von der Leyen 2.0」も1年が経過し、「Trump2.0」の影響で若干の修正はあるものの2050年目標や2030年中間目標を動かすことなく、具体的施策が徐々に明確になってきています。
2025年12月12日のEU官報(Official Journal of the European Union:OJ)で新玩具規則((EU)2025/2509 Toy Safety Regulation:TSR)(*1) が告示されました。TSRは附属書VIでDPPに、以下を含めることが規定されています。

(g) 当該玩具が適合しているすべての連合(EU)法への参照。
(h) 該当する場合、DPPが、規則 (EU) 2024/1689(注 人工知能に関する統一規則)、(EU) 2024/2847(注 サイバーレジリエンス規則)、指令 2011/65/EU(注 RoHS指令)、2014/30/EU(注 EMC指令)、2014/35/EU(注 低電圧指令)、2014/53/EU(注 無線機器指令)、または委任規則 (EU) 2019/945(注 無人航空機システム(ドローン)) に基づくEU適合宣言書に代わるものである旨の記載。
(i) 使用された関連する整合規格への参照、または適合が宣言されている共通仕様(コモン・スペシフィケーション)への参照。

DPPは従来のCEマーキングのDoC(Declaration of Conformity :EU適合宣言書)より明確に製品の身分証明書となり、関連する情報が「デジタルシステム」でトレースできる仕組みであることが見えてきています。また、DPPでは修理の可能性スコアやカーボンフットプリント情報の開示が求められています。電気電子機器に関連するこれらの事項を中心にDPPに関する情報を整理してみます。

1.DPPのツールとなるEN規格

EUにおけるDPPの技術的な詳細を定める「規格(Standard)」の策定は、CEN(欧州標準化委員会)とCENELEC(欧州電気標準化委員会)の合同技術委員会24(JTC 24)が中心となってドラフト(prEN)の作成・審議を進めています。これらは「整合規格(Harmonized Standards)」と呼ばれ、法的拘束力のある規則(ESPRやTSR)を技術的に実装するための「公式なマニュアル」となるものです。ITツール規格ですので、技術的に理解できない面が多々ありますが、構成は3層になっています。

(i)一意の識別子(Unique Identifiers: UID)に関する規格:製品を特定するためのIDのルール
(ii)データキャリア(Data Carriers)に関する規格:IDを物理的に製品に表示する方法のルール
(iii) ITアーキテクチャと相互運用性(Interoperability)に関する規格:最も複雑で重要な、データ交換のルール

1.1 EN規格の作成状況

8EN規格の2026年1月末の状況をお示しします。

(i)識別子(Identifiers):製品、経済事業者、施設を識別するためのユニークIDのルール
ドラフト(prEN)のパブリックコメント期間を終え、最終発行フェーズ

(ii)データキャリア:QRコードやRFIDなど、IDを物理的に保持・伝達する媒体の要件
既存の国際規格(ISO/IEC等)との整合化を完了し、発行プロセス

(iii)リンク(Links):データキャリアとパスポートデータ(クラウド等)を紐付ける仕組み
システム間の相互運用性を確保するための技術仕様の確定

(iv)データセキュリティ:データの改ざん防止、暗号化、サイバーセキュリティ基準
最重要項目としてサイバーレジリエンス規則(CRA)との整合を確認中

(v)アクセス管理:誰が(当局、修理業者、消費者)どのデータにアクセスできるかの権限管理
ロールベースのアクセス制御(RBAC)の定義を策定済み

(vi) 相互運用性:異なるプラットフォーム間でデータをやり取りするための共通プロトコル
分散型アーキテクチャに基づくAPI仕様の標準化

(vii)データ処理・保存:データの保管期間、バックアップ、バックアップサービス提供者の要件
サービスプロバイダー向けの運用基準として詳細を確定中

(viii)ライフサイクル管理:パスポートの作成、更新(修理情報の追加等)、削除のルール
動的なデータ更新に関するライフサイクル・フローを定義

今後のスケジュールは以下が見込まれています。
(i)2025年12月31日: JTC 24に課された「規格提供の期限」が経過していますが、現在はこれに基づいた最終調整が進んでいます。
(ii)2026年~: 発行されたEN規格が「整合規格(Harmonised Standards)」としてEU官報に掲載され、適合性の法的根拠を持つようになります。
(iii)2027年初頭: 電池(バッテリー)パスポートの義務化が開始されます。この8つの共通規格は、電池固有の要件と組み合わせて最初に使用される実例となるとされています。

2.DPPと営業秘密

ESPR(エコデザイン規則)のルールでは、「営業秘密(Trade Secrets)」や「知的財産権(IP)」を不当に侵害してはならないと明記されています。当局が法執行のためにどうしても詳細なデータ(例:特定の化学物質の配合比率など)を必要とする場合でも、それは一般に公開されることはなく、高度な秘匿性が保たれたルートでのみやり取りされます。このため、DPPはGS1 Digital Link標準を採用しています。
GS1 Digital Linkは、数字データをWebアドレス(URL)の形に埋め込むもので、世界中の小売業界は2027年末までに、レジで読み取るコードを「1次元バーコード」から「2次元コード(QRコード等)」へ移行する計画(Sunrise 2027)を進めている標準です。この「URLの書き方」が世界で統一されているため、日本で作った製品をEUで上市しても、現地のスキャナーやスマホで正しく認識されます。DPPは営業秘密を保護するため、GS1 Digital Linkという標準により、単に一つのWebサイトに飛ばすのではなく、「リゾルバー(振り分け機)」という仕組みを通して開示情報を振り分けます。リゾルバーの機能のイメージは次になります。

(i)一般消費者がスキャンした場合:商品説明や取扱説明などのパンフレット(公開用Webサイト)」を案内します。
(ii)修理業者がスキャンした場合:リゾルバーは一般人には見せない技術データベースへ案内します。
(iii)規制当局がスキャンした場合:法令遵守の証明データが置かれた安全な場所に案内します。

QRコード自体は一つですが、「誰が、どんなアプリで、何の目的で読み取ったかによって、リゾルバーが案内する情報の深さを変えてくれるのです。GS1 Digital Linkを使って、「誰がスキャンしたのか」を判定する仕組みは、主に「どのアプリで読み取ったか」と「読み取った後の認証(ログイン)」の2段階で判断されます。

(1) 判定の仕組み
チェック1:使っている「道具(アプリ)」で判断する
スキャンに使う「アプリ」自体が、自分が誰であるかを証明する役割を果たします。
(i)消費者の場合: スマホの標準カメラや、一般的なQRコード読み取りアプリを使います。これらは「匿名の一般客」として扱われます。
(ii)当局や業者の場合: 規制当局やリサイクル業者は、専用の「業務用アプリ」や「管理システム」を使ってスキャンします。このアプリは、最初から「当局用」という情報を持ってリゾルバーにアクセスします。

チェック2:「身分証(ログイン)」で判断する
より機密性の高い情報(当局しか見られないデータなど)にアクセスしようとすると、IDとパスワードが要求されます。

一般消費者は、誰でも使える「普通のカメラ」で読み取りますので、 公開情報だけ見えるようにします。当局や専門業者は、許可された「専用アプリ」で読み取り、さらに「ログイン」する ことで、 秘密の情報まで見えるようにします。GS1 Digital Linkの核心である「リゾルバー」は、スキャンされた瞬間に「 アクセス元の情報」「リンクの種類(Link Type)」「認証の有無」などを確認します。このように、「入り口(QRコード)は同じでも、持っている鍵(アプリやID)によって通れるドアが変わる」というのが、GS1 Digital Linkの賢い仕組みです。
DPPはEU固有の規格ではなく、世界共通(グローバル標準)の規格のGS1 Digital Linkを採用します。GS1は、世界中のスーパーやコンビニで使われている「バーコード(JANコード)」を管理している国際標準団体「GS1」が策定した次世代の標準ルールです。商品パッケージに「消費者用」「業者用」「DPP用」と複数のコードを印刷する必要がありません。GS1 Digital Linkを「魔法の仕組み」と称して紹介されていることもありますが、期待できる仕組みに思えます。

3.電気電子機器に組み込む部品への要求

電気電子機器は、製品単体だけでなく、多くの製品に共通する「横断的(Horizontal)要件」の対象として非常に重視されています。一部の製品(スマートフォン、タブレット、ディスプレイなど)は旧エコデザイン指令から先行して規制されていますが、ESPRでは「修理可能性スコア(Repairability Score)」や「リサイクル材の使用」に関する共通ルールが2026年から段階的に導入されます。

(i)修理可能性(Repairability):スペアパーツの入手可能性(最低5〜10年間など)。
(a)一般ユーザーや修理業者が分解・修理するためのマニュアル公開。
(b)ソフトウェア・アップデートの提供期間の保証。
(c)分解の容易性: 鉄鋼やアルミニウムの筐体・部品が、接着ではなくネジ止めなど「非破壊的」な方法で固定されているかがスコアリングに影響します(規格 EN 45554 ベース)。

(ii)耐久性と信頼性: 製品が早期に故障(計画的陳腐化)しないための設計基準。

(iii)DPP: 基板に含まれる希少金属(クリティカル・原材料)の含有量や、廃棄時のリサイクル方法の明記。

電気電子機器に組み込まれる鉄鋼やアルミニウム部品は「中間製品」として、最終製品のサステナビリティに大きな影響を与えるため、最も早い段階で規制が導入されます。鉄鋼は(a)最優先製品として、2026年中に「委任規則(Delegated Act)」が採択される予定です。これにより、2027年後半から2028年にかけて実質的な義務化(DPPの付随など)が始まります。

(a)アルミニウム: 鉄鋼に次ぐ優先順位で、2027年〜2028年頃の規制導入が計画されています。
(b)カーボンフットプリントの開示: 製造プロセス(高炉 vs 電炉など)におけるCO2排出量の正確なデータが求められます。これはCBAM(国境カーボン調整措置)とも密接に連動します。

素材の識別が重要で、 将来のリサイクルを容易にするため、特にアルミニウム合金などの種類を明確にし、DPP上で「どの部位にどの素材が使われているか」をデジタルデータとして管理することが求められます。製品が完成品としてEU市場に出る場合、CBAM(国境カーボン調整措置)との連動で、組み込まれている鉄鋼・アルミニウム部品がEU域外から輸入される場合、それ単体でのカーボン価格の支払いや報告が必要になるケースがあります。

(a)再生材(リサイクル材)の含有率: 鉄鋼やアルミニウムの中に、どれだけスクラップ(二次原料)が使用されているかの証明が必要です。
(b)物質の透明性: 合金に含まれる微量元素や懸念物質の特定。

このような状況を踏まえて、企業対応の準備として次項が求められます。

(i)LCA(ライフサイクルアセスメント)の精緻化: 素材単位でのCO2排出量データをデジタル化しておく必要があります。
(ii)設計変更: 「修理しやすい構造(モジュール化)」や「単一素材化(モノマテリアル化)」への設計変更。
(iii)サプライヤーとの連携: 下流(メーカー)がDPPを作成するために、上流(素材メーカー)がデータを提供する仕組み作り。

4.カーボンフットプリント(CFP)と修理可能性スコア(Repairability Score)

既存の欧州規格(EN)や国際規格(ISO)をベースにしつつ、ESPRの下でより厳格な「製品群別ルール」の策定が進んでいます。

(1)カーボンフットプリント(CFP)の計算規格

これまでCFPは任意開示の側面が強かったですが、ESPRや電池規則、CBAM(国境カーボン調整措置)との連動により、「法的根拠となる計算方法」が厳密に定められています。

(i)EN ISO 14067:製品のカーボンフットプリントに関する国際規格。これが大原則となります。
(ii)PEF (Product Environmental Footprint):EUが推奨する環境フットプリント手法CFPだけでなく、資源利用や汚染など16のカテゴリーをカバーします。
(iii)鉄鋼・アルミニウム: CBAM(国境カーボン調整措置)の計算ルールが実質的な標準となります。計算対象はCradle-to-Gate(原料採掘から工場出荷まで)の排出量となります。電力の排出原単位は、所在国の電力網の平均値、またはPPA(電力直接購入契約)による証明が必要です。

(iv)電気電子機器: EN 50693(電子電気製品の環境影響評価)がベース使用段階(Use phase)のエネルギー消費の重みが大きく、製品ごとの「標準的な使用シナリオ」に基づいた計算が求められます。

(2)修理可能性スコア(Repairability Score)の計算規格

フランスで先行導入されていた制度をモデルに、EU全域で共通の「EU修理可能性ラベル」の導入が進んでいます。ベースとなる主要規格はEN 45554:2020: 「エネルギー関連製品の修理、再利用、アップグレード能力の評価方法」を定めた一般規格です。これがスコアリングのバイブルです。スコア算出の5つの主要項目があり、修理可能性スコアは、通常10点満点(またはA〜Eランク)で算出されます。

(i)分解の容易さ:必要なステップ数、接合部の種類(ネジ vs 接着剤)、使用ツールの汎用性
(ii)スペアパーツの入手性:パーツの提供期間(例:5〜10年)、配送にかかる日数
(iii)スペアパーツの価格:製品本体価格に対するスペアパーツ価格の比率(安価なほど高スコア)
(iv)修理情報の提供:修理マニュアル、回路図、診断ソフトウェアが公開されている
(v)製品特有の項目:(例:スマホなら)OSアップデート期間、バッテリーの交換容易性

このように、電気電子機器はRoHS指令やREACH規則などによる特定有害物質の非含有宣言だけでなく、DPP対応として従来のBOM(部品構成表)に、環境負荷データ(CFP、再生材率)を紐付けて管理できるIT基盤の整備が求められることになります。

化学物質法規制研究会 松浦 徹也 氏

引用
*1:新玩具安全規則(TSR)
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2025/2509/oj/eng

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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