第6回_SDS「第3項.組成及び成分情報」の記載範囲とは?

SDS「第3項.組成及び成分情報」の記載範囲について。弊社の製品は固形物に該当するため、安衛法、化管法、毒劇法いずれも製品上対象外との認識のもと、使用している材質名のみを記載し、化学物質名や含有量は記載しておりません。安衛法の改正などが行われましたが、この対応で差し支えないでしょうか、それとも最低限どの程度まで含有情報を記載すべきか、ご教授いただけますでしょうか。

1. SDS3法とGHS制度の役割

日本国内において化学物質の適正な管理を行う上で、中核となるのが「SDS3法」と呼ばれる法律群です。これらは、化学物質の危険性や有害性に関する情報を、供給者から利用者へ確実に伝えるための仕組みを規定しています。

労働安全衛生法(安衛法):職場での労働者の安全と健康を確保することが目的。
化学物質排出把握管理促進法(化管法/PRTR法):環境への排出抑制と化学物質の適切な管理を促すことが目的。
毒物及び劇物取締法(毒劇法):公衆衛生上の見地から、急性毒性の強い物質による危害を防止することが目的。
これら3つの法律は、それぞれ目的や主管官庁が異なりますが、情報伝達の方法については国際的なルールであるGHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に準拠しています。日本国内では、GHS第9版に準拠したJIS Z 7252-2025(分類方法)およびJIS Z 7253(表示・SDS作成方法)として標準化されており、これにより各法間で共通のフォーマットを用いた運用が可能となっています。

2. 混合物における記載基準:足切り値(閾値)の詳細

混合物の中に含まれる特定の化学物質をSDSに記載し、その有害性を評価するかどうかの判断基準となるのが「足切り値(カットオフ値)」です。これは、成分の含有量が一定の濃度未満であれば、混合物全体としての有害性に大きく寄与しないという考えに基づいています。しかし、この足切り値は一律ではなく、有害性の種類(クラス)によって厳格さが異なります。

2.1 健康有害性に基づく区分

健康に対する影響が不可逆的、あるいは微量でも深刻な影響を与えるものについては、足切り値が低く設定されています。

(1)0.1%以上で記載が必要な有害性:
発がん性:わずかなばく露でもがんを誘発する恐れがあるため。
生殖細胞変異原性:次世代への遺伝的影響が懸念されるため。
生殖毒性:胎児の発育や生殖機能に悪影響を及ぼすため。
呼吸器感作性・皮膚感作性:アレルギー反応は極微量でも発症するリスクがあるため。

(2)1.0%以上で記載が必要な有害性:
急性毒性:経口、経皮、吸入による致死性など。
皮膚腐食性・眼に対する重篤な損傷性: 化学火傷などの物理的損傷。
特定の標的臓器毒性(単回ばく露・反復ばく露):肝臓や腎臓など特定の臓器への影響。
水生環境有害性:魚類や水生生物への影響。

2.2 実務上の留意点

安衛法における「表示・通知対象物質」については、物質ごとに「裾切値(すそきりち)」が設定されています。多くは上記の1.0%または0.1%に準じていますが、中には個別に設定されているものもあるため、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」などで検索し、正確な値を確認することが不可欠です。 また、複数の成分が同じ有害性(例:皮膚刺激性)を持つ場合、各成分が足切り値未満であっても、それらを合算して混合物全体の分類を決定する「合算則」が適用されるケースがあることにも注意が必要です。

3. 「固形物」の解釈と適用除外の境界線

化学物質管理において最も判断が分かれるのが、金属板や加工パーツなどの「固形物」の扱いです。原則として「固形物」は、通常の取り扱いにおいて労働者がその物質にばく露(吸入や接触)するリスクが低いため、規制の除外対象となることが多いですが、その条件は厳密に規定されています。

3.1 安衛法における解釈

安衛法では、固形物の形状によってラベル表示が免除されるケースがありますが、SDSの交付については「加工の有無」が重要な鍵となります。FAQのQ8.1やQ8.2(*1)で以下の解説(要旨)があります。純物質の金属(塊、板、棒など): アルミニウム、銅、ニッケル、鉛など、特定の20種類の金属単体については、粉状以外(インゴットや板状など)であればラベル表示は不要です。SDSは必要です。

混合物の固形物: 貯蔵中や運搬中に固体以外の状態にならず、かつ粉状にならないもので、かつ物理的危険性や皮膚腐食性がないものはラベル表示が免除されます。
「加工」が予定されている場合のSDS交付義務: ここが実務上の重要なポイントです。例えばアルミニウムのインゴット自体は固形物ですが、販売先で「研磨(削る)」「切断」「溶融(溶かす)」が行われる場合、労働者が粉塵やヒュームを吸入するリスクが生じます。このため、加工が予定されている場合は、ラベル表示が免除されていてもSDSの交付は必要であると解釈されます。

3.2 化管法における除外要件

化管法においても、以下の「固形物」の定義に合致すればSDS・ラベルの対象外となります。FAQ 問18(*2)、問30(*3)と問31(*4)で以下の解説(要旨)があります。

「事業者による取扱いの過程において固体以外の状態にならず、かつ、粉状又は粒状にならない製品」

例えば、そのままの形で組み込まれる部品(ネジやパッキンなど)は除外されますが、溶接して使用する金属管や、切断して使用するホース、研磨される工具などは、加工工程で微粒子が環境中に排出されるため、除外対象にはならず、SDSの提供義務が生じます。

4. 2025年 安衛法改正:自律的化学物質管理への転換

日本の化学物質管理は今、大きな転換期を迎えています。2025年(令和7年)から本格施行される安衛法の改正により、これまでの「法令で指定された物質だけを守る」体制から、「事業者が自らリスクを判断して管理する(自律的管理)」体制へと変わります。

4.1 規制対象物質の爆発的増加

これまでは、安衛法で個別に物質名が指定された「通知対象物質(約640物質)」が規制の中心でした。しかし、この方法では新しく開発される化学物質のスピードに対応できません。 改正後は、GHS分類で「危険性・有害性あり」とされる全ての物質が段階的に対象となります。2026年(令和8年)4月には、一気に約2,900物質(*5)まで拡大されることが決定しており、最終的には数千種類の物質について、SDSの提供とリスクアセスメントの実施が義務化されます。

4.2 基発0830第1号が示す方向性

厚生労働省の局長通知(基発0830第1号)(*6)では、包括的な規定方法への改正が明示されました。これは、「国がリストを作ってくれるのを待つ」のではなく、「JISの基準に照らして有害性があるならば、それは全てSDS提供の対象である」という考え方への移行を意味します。

5. グローバルな潮流とリスクベースの情報開示

日本国内の法規制だけでなく、国際的な視点での対応も求められています。

EU CLP/REACH規則の例

EUでは、合金(Alloy)は「混合物」として明確に定義されています。そのため、合金の塊であっても成分の有害性に基づいた分類とSDS交付が一般的です。製品仕様書とアレルギー対応など。

例えば、宝飾品や腕時計などのアクセサリに使用される金属について、法的には固形物であっても、ニッケルなどの感作性(アレルギー)物質が含まれている場合、業界基準や顧客からの要求によって詳細な成分開示(SDSに準ずる情報提供)が求められるケースが増えています。

6.これからの事業者に求められる対応

SDSは単なる「法律で決まった添付書類」ではありません。その本質は、「使用者が適切なリスクアセスメントを行い、労働者の健康障害を防止するための情報源」です。今後の実務においては、以下の3点が重要となります。

〇固形物だから不要という予断を捨てる
納入先での加工プロセス(溶接、切削、研磨)を把握し、粉塵やヒュームの発生リスクがある場合は、積極的に情報伝達を行う必要があります。

〇営業秘密と情報開示のバランス
成分濃度の詳細は営業秘密であっても、有害性情報や足切り値を超える成分の有無については、法に基づき適切に開示しなければなりません。

〇リスクコミュニケーションの推進
「法令遵守」という受動的な姿勢から、自社の製品を安全に使ってもらうための「リスク情報の提供」という能動的な姿勢へのシフトが、企業の社会的責任(CSR)としても求められています。

*1:FAQ Q8.1 Q8.2
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11237.html
*2:FAQ 問18
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/qa/3.html#q18
*3:FAQ 問30
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/qa/3.html#q30
*4:FAQ 問31
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/qa/3.html#q31
*5:規制対象物質
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/gmsds640.html
*6:基発0830第1号
https://jsite.mhlw.go.jp/okinawa-roudoukyoku/content/contents/001645048.pdf

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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