第6回_欧米のPFAS規制の動向
2019年のストックホルム条約(POPs条約)のCOP9(第9回締約国会議:Conference of the Parties)で、PFOA(Per Fluoro Octanoic Acid:C=8)が附属書A(廃絶物質)に特定されました。PFOAに関する対応などで多くの日本企業の関心がこの決定の前後に一気に高まりました。類似物質のPFOS(Per Fluoro Octane Sulfonic acid:C=8)は2009年のCOP4で附属書B(制限物質)に特定されています。さらに、2022年のCOP10でPFHxS(Per Fluoro Hexane Sulfonic acid:C=6)が附属書Aに追加されました。このPOPs条約の動向を加速するように、アメリカやEUでは、より広範囲にPFAS(Per and Polyfluoroalkyl Substances)とその塩及び関連物質の規制強化がされてきています。PFASに関する規制の動きが速く、物質名も類似しており、戸惑いが広がっています。改めて、このところの動向を整理してみます。
1.国際条約の動向
POPs条約の規制物質は次の手順で決定されます。
1.残留性有機汚染物質審査委員会(POPRC):POPRCは、締約国の提案を受けて、
(1) スクリーニング
(2) リスクプロファイルの作成
(3) リスク管理評価書の作成
を行い、締約国会議に提案します。
2.COP(締約国会議):締約国会議でPOPRCの提案を審議し採択します。
3.通知:COPの採択を受けて、国連事務総長が、加盟国に通知します。
4.加盟国の国内法整備:加盟国は国連事務総長の通知を受けて1年以内に国内法整備を行います。
日本は、廃絶物質を化審法の第1種特定化学物質に指定しています。
POPs条約のCOP9でPFOAとその塩及びPFOA関連物質がPOPs条約の附属書A(廃絶)に追加する決定がされ、2019年12月3日に国連事務総長は各締約国にこの決定を通知し、1年後に発効としました。
この通知では、
(i)半導体製造におけるフォトリソグラフィ又はエッチングプロセス
(ii)フィルムに施される写真用コーティング
などのエッセンシャルユース(5年間の適用除外要件)などがあります。「廃絶物質」ですが、POPs条約の前文の「共通だが差異のある責任」の原則により、約180ヶ国の締約国の国情を考慮し、エッセンシャルユースが採用されますので、世界一律基準ではありません。COP10(2022年6月)で、第15回残留性有機汚染物質審査委員会(POPRC 15)の検討結果を受けて、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)とその塩及び PFHxS 関連物質が附属書A(廃絶)への追加が採択されました。
2023年1月中旬時点での進捗状況は次です。
(1)POPRCリスクプロファイルの作成中
(i)クロルピリホス(農薬)2023年10月のPOPROC 19で議論予定
(2) POPRCリスク管理評価書の作成中
(i)MCCP(中鎖塩素化パラフィン)
(ii)LC-PFCA
POPRC 18(2022年9月26日~30日)で、C9~C21の LC-PFCAs(Long-chain Per and Polyfluoroalkyl Substances)とその塩および関連化合物のリスクプロファイルの草案が検討されました。今後、2023年10月のPOPROC 19(*1)で議論予定です。なお、アメリカは、POPs条約を批准していなく、締約国会議にはオブザーバとして参加しています。
2.EUの動向
EUでは、2014年10月にドイツとノルウェーからPFOAをREACH規則の制限物質とする提案がされ、2017年6月に附属書XVII No.68に収載し、2020年7月施行としました。一方、EUでは、POPs条約の附属書収載物質は、POPs規則(EU)(2019/1021)(*2)で規制することになっています。
POPs条約COP9の決定により、REACH規則の制限物質からPOPs規則の附属書I(禁止物質)とする改定を2020年6月に行いました。なお、PFOSは2010年8月に旧POPs規則で禁止になっています。
REACH規則の附属書XVII No.68のPFOAは削除され、空欄となりましたが、2022年3月に次のPFCAsを収載する改正が告示(*3)されました。
(1) C9-C14 直鎖状および/または分枝状ペルフルオロカルボン酸(C9-C14 PFCAs)及びその塩と関連物質
(2)以下の塩、およびそれらの任意の組合せを含む;
i.CnF2n +1-のペルフルオロ基を有するC9-C14 PFCAs関連物質であって、n = 8~13であり、それらの塩およびそれらの任意の組合せを含め、他の炭素原子に直接結合しているもの;ii.Cn = 9~14であり、それらの塩およびそれらの任意の組合せを含め、別の炭素原子に直接結合していない式CnF2n+1を有するペルフルオロ基を有する任意のC9-C14 PFCAsC9-C14 PFCAs 関連物質は、その分子構造に基づいて、C9-C14 PFCAs に分解または変換される可能性があると考えられる物質としています。
適用条件は以下です。
1. 2023 年 2 月 25 日以降、それ自体を物質として製造または上市してはならない
2. 2023年2月25日以降は使用及び上市してはならない:
(a)別の物質の成分
(b) 混合物
(c) 成形品
ただし、物質、混合物又は成形品中の濃度が、C9-C14のPFCAとその塩の合計では25ppb以下、C9-C14のPFCA関連物質の合計では260ppb以下である場合を除く(途中略)。
9. 2030年12月31日以降、2023年12月31日以前に上市された完成電子機器の予備部品または交換部品に使用される半導体については、第2項(c)を適用する。
10. 2024年8月25日までの間、ペルフルオロアルコキシ基(CF3(CF2)n)を含有するフルオロプラスチックおよびフルオロエラストマー中のC9-C14 PFCAの合計について、2項で言及される濃度限度は2,000ppbである。
2024年8月26日から、ペルフルオロアルコキシ基を含有するフルオロプラスチックおよびフルオロエラストマー中のC9-C14 PFCAの合計について、濃度限界は100ppbである。ペルフルオロアルコキシ基を含有するフルオロプラスチックおよびフルオロエラストマーの製造および使用中のC9-C14 PFCAの全ての放出は回避され、可能であれば、技術的および実用的に可能な限り低減されるものとする。この適用除外は、2(c)に規定する条には適用しない。EU委員会は、遅くとも2024年8月25日までに見直す。
11. 2に規定する濃度限界は、イオン化照射または熱分解によって製造されたPTFE微粉末中に、ならびにPTFE(polytetrafluoroethylene ポリテトラフルオロエチレン)微粉末を含有する工業用および専門用の混合物および物品中に存在する。C9-C14のPFCAの合計が1,000ppb(1ppm)である。PTFE微粉末の製造および使用中のC9-C14 PFCAのすべての排出は回避され、技術的および実用的に可能な限り低減されるものとする。委員会は遅くとも2024年8月25日までにこの見直す。
POPs規則によるPFOA(C=8)の濃度規制は、非意図的副生の場合は25ppbですが、REACH規則の制限は、意図的非意図的を問わずC=9~14の合計濃度が1,000ppbとなっています。POPs条約で、C9-C14 PFCAが附属書Aに収載された場合が気になるところです。
3.アメリカの動向
3.1 新たな取り組み
アメリカはPFASを自然界や体内で分解されにくく、一度生成されると蓄積されやすいとして、「永遠の化学物質(forever chemicals)」と呼び、ある意味でEU以上に幅広くPFAS規制を厳しく行っています。2021年10月18日にEPA(U.S. Environmental Protection Agency)は「PFAS戦略ロードマップ:EPAの行動コミットメント2021-2024」(*4)を発表し、PFASの規制の方向性を明確にしました。「戦略ロードマップ」は、2019 年の行動計画で特定された政策行動に基づいて構築された大胆な新しい政策に取り組みとしています。
「戦略ロードマップ」は、次の 3 つの中心的な指令に焦点を当てています。
(1)研究:研究、開発、イノベーションに投資し、PFASのばく露と毒性、人間の健康と生態学的影響、利用可能な最善の科学を組み込んだ効果的な介入の理解を深める。
(2)制限:PFASが人間の健康と環境に悪影響を及ぼす可能性のあるレベルで空気、土地、水に侵入するのを積極的に防止するための包括的なアプローチを追求する。
(3)修復:PFAS汚染の拡大と浄化を加速し、人間の健康と生態系を保護する。
ホワイトハウスは同じ日に、「パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)の規制を強化するとの科学的知見に基づく概要書(ファクトシート)(バイデン・ハリス政権、PFAS汚染対策計画を開始)」(*5)を公表しました。
この概要書では、8つの機関が、PFASへの取り組みとクリーンな空気、水、食料の推進に向けた包括的なアプローチをとるための、新しいEPAロードマップを含むステップを説明しています。
i. EPA は、2021 年から 2024 年までの新しい PFAS ロードマップを立ち上げている。
ii. 国防総省(DOD)は、PFASが使用された国防総省の施設等の浄化評価を実施する。
iii. 食品医薬品局 (FDA) は、食品からの PFAS への食事ばく露の推定作業を進める。
iv. 農務省 (USDA) は、食品システムにおける PFAS汚染の防止措置を講じる。
v. 国土安全保障省(DHS)は、緊急時対応者の保護のイニシアティブを推進する。
vi. 保健社会福祉省は、人間の健康と PFAS に関する急速に進化する科学の見直しをする。
vii. 主要な科学機関は、必要とされる技術革新を進める。
viii. ホワイトハウス環境品質評議会(CEQ)は、PFASの活動の省庁間調整力を発揮する。
同時に、以下の法規制の見直しがされる。
i.TSCA
ii.緊急事態計画及び地域住民の知る権利法(Emergency Planning and Community Right-to Know Act :(EPCRA)
iii.飲料水安全法(SDWA)
iv.水質浄化法(Clean Water Act)
v.包括的環境対処補償責任法(CERCLA)(スーパーファンド法)
vi.大気浄化法(Clean Air Act)
3.2 物質特定
「統合リスク情報システム“Integrated Risk Information System” IRIS」(*6)で、優先的に規制すべき物質の評価も進めています。IRISについて、主管するEPAは次の説明をしています。EPAの使命は、人間の健康と環境を保護することで、このためIRISプログラムは、環境中に含まれる化学物質の健康被害を特定して特徴付けることで使命を果たす。
ステップ1.ドラフト開発
評価を開始すると、EPAの研究開発局(ORD)は、製品が評価を要求するEPAプログラムまたは地域事務所の科学的ニーズを満たしていることを確認するために、スコーピングと問題策定を行う。これらの活動は、ばく露経路、潜在的な健康への影響、研究の種類、および評価で考慮すべき主要な科学的問題を説明することにより、評価に焦点を合わせるのに役立つ。
ステップ2:EPAレビュー
EPAのプログラムオフィスと地域の科学者が評価草案をレビューする。
ステップ3.省庁間科学協議
EPA ORDは、評価草案のレビューにおいて他の連邦機関や部門を主導する。
ステップ4:パブリックコメントと外部ピアレビュー
エージェンシーおよびエージェンシー間のコメントに基づいて改訂した後、評価と料金の質問の草案がパブリックコメントとピアレビューのためにリリースされる。
ステップ5:評価の修正
評価は、パブリックコメントとピアレビューの推奨事項に対処するために改訂され、ピアレビュアーとパブリックコメントの処分が作成される。
ステップ6:最終機関レビュー/省庁間科学ディスカッション
改訂された評価は、EPAのプログラムオフィスと地域、およびその他の連邦機関と部門によってレビューされる。
ステップ7:最終評価
最終的なIRIS評価は、IRISのウェブサイトに掲載されます。2022年10月の報告書(*7)では、次の5つのPFASが掲載されています。
i.Perfluorobutanoic Acid (PFBA)
ii.Perfluorodecanoic Acid (PFDA)
iii.Perfluorohexanoic Acid (PFHxA)
iv.Perfluorohexanesulfonic Acid (PFHxS)
v.Perfluorononanoic Acid (PFNA)
これらのPFASは、「EPA 2021 戦略ロードマップ」(*8)の 1つの取り組みとしています。
4. アメリカの州法
4.1 Maine州法(ペル(パーともいう)フルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の汚染防止法)(*9)
主要条項は以下となります。
(1)届出
意図的にPFASが添加された製品の製造業者は、2023年1月1日から、それらの製品に意図的に追加されたPFASの存在を報告することが必要です。
(2)意図的にPFASを添加した製品の販売が禁止されます。
・2023年1月1日以降、意図的にPFASが追加されたカーペットや敷物の販売、およびファブリック処理(車のシートなど)販売を禁止
・2030年1月1日より、意図的に追加されたPFASを含む製品は、製品でのPFASの使用が部門によって現在避けられない仕様として具体的に指定されていない限り、メイン州で販売できなくなります。
(3)対象PFAS
「PFAS」とは、少なくとも 1 つの完全にフッ素化された炭素原子を含むフッ素化有機化学物質のクラスのメンバーを含む物質を意味すると定義しています。なお、Maine州は FAQのなかでEPAの約12,000物質を収載している“PFAS Master List of PFAS Substances:ToxCast”(*10)をFAQで紹介しています。注;ToxCastは、環境中化学物質の毒性試験プログラムです。
4.2 COLORAD州法(ペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル化学品消費者保護法)(*11)
規制事項は、意図的に添加された PFAS 化学物質を含む特定の消費者製品の販売または流通の禁止です。具体的には、2024 年 1 月 1 日から、製品に意図的に添加された PFAS 化学物質が含まれている場合、次の製品カテゴリのいずれかの製品を州内で販売、販売の申し出、販売のための配布、または使用のために配布が禁止となります。
(a) カーペットまたは敷物
(b) 生地の処理
(c) 食品包装
(d) 未成年向け製品
(e) 石油およびガス製品
4.3カルフォルニア州法(安全飲料水及び有害物質取締法 Prop65)
カルフォルニア州法のProp65(*12)は、日本企業ではお馴染み規制です。Prop65は “The Proposition 65 List”に収載されている物質について、“Safe Harber Lebel”を超えると警告表示の義務があります。2022年2月公開の“The Proposition 65 List”では、“PFOS”“PFOA”“PFNA”が収載されています。“Safe Harber Lebel”は規定されていなく、自ら設定する必要があります。追加物質として、PFDA とその塩、PFHxS とその塩、PFNA とその塩、およびPFUnDA とその塩を検討しています。(*13)
まとめ
このところPFOSとPFOAの地下水汚染について、テレビニュースなどで取り上げられています。ニュースでは、汚染の原因は特定されていませんが、PFOSは泡消火器の成分と利用されており、その関連が取り沙汰されています。火災対策と環境汚染防止の“risk trade-off”という悩ましいことも課題になります。
【参考文献】
*1:POPROC 19
http://chm.pops.int/TheConvention/POPsReviewCommittee/Meetings/POPRC18/Overview/tabid/9165/Default.aspx
*2:POPs規則(EU)(2019/1021)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A02019R1021-20221213
*3:REACH規則の附属書XVII(制限) No.68
https://www.sangyobunseki.co.jp/sys/wp-content/uploads/2022/02/5220f4f52da71818d97d89788335d5d3.pdf
*4:「PFAS戦略ロードマップ:EPAの行動コミットメント2021-2024」
https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/13214-Persistent-organic-pollutants-POPs-perfluoroctanoic-acid-PFOA-_en
*5:パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)の規制を強化するとの科学的知見に基づく概要書
https://www.epa.gov/pfas/pfas-strategic-roadmap-epas-commitments-action-2021-2024
*6:統合リスク情報システム“Integrated Risk Information System” IRIS
https://www.epa.gov/iris/basic-information-about-integrated-risk-information-system
*7:IRIS2022年10月報告書
https://www.epa.gov/iris/iris-recent-additions
*8:「EPA 2021 戦略ロードマップ」
https://www.epa.gov/system/files/documents/2021-10/pfas-roadmap_final-508.pdf
*9:Maine州法
http://www.mainelegislature.org/legis/bills/getPDF.asp?paper=HP1113&item=5&snum=130
*10:ToxCast
https://comptox.epa.gov/dashboard/chemical-lists/pfasmaster
*11:COLORAD州法
https://www.leg.colorado.gov/sites/default/files/2022a_1345_signed.pdf
*12:Prop65
https://oehha.ca.gov/proposition-65
*13:Prop65検討リスト
https://oehha.ca.gov/media/downloads/crnr/dartchemicalsdatacall-innotice2021.pdf
(一社)東京環境経営研究所 松浦 徹也氏
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。
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