第15回_EUのデュー・ディリジェンス指令案について

2022年2月23日に、欧州委員会より、デュー・ディリジェンス指令案(*1) が採択されました。この指令案の正式名称は「欧州議会および欧州評議会の企業の持続可能性デュー・ディリジェンス と (EU)2019/1937指令の改正に関する指令案 (Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937) 」ですが、グローバルなバリューチェーンを通じて持続可能で責任ある企業行動を促進することを目的 (*2) としています。デュー・ディリジェンス指令が提案された背景として、欧州グリーンディールに則った気候中立なグリーン経済への移行、また、国連のSDGsの達成と言ったことの実現のためには、あらゆる業種の企業の行動が重要であると考えられていることがあります。このためには、バリューチェーンにおける人権および環境面の影響を軽減するプロセス、つまり、企業ガバナンスやマネジメントシステムに持続可能性を組み込み、ビジネスの決定に人権や環境の観点や長期にわたる企業の強靭性という観点を取り入れることが必要です (*1) 。こういった取り組みをバリューチェーン全体にわたって企業に実施させることが、デュー・ディリジェンス指令案のねらいです。

1.デュー・ディリジェンスとは

デュー・ディリジェンスは英語ではdue diligenceですが、そのまま単語を日本語に訳しても意味がよくわかりません。英英辞典 (*3) で調べると、”action that is considered reasonable for people to be expected to take in order to keep themselves or others and their property safe”という説明があり、「自分自身や他人、財産の安全を守るために、人が取ることが期待される合理的と考えられる行動」という意味になります。
環境分野におけるデュー・ディリジェンスの意味を理解するには、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」 (*4) を参考にするとよいでしょう。このガイダンスには、「デュー・ディリジェンスは、自らの事業、サプライチェーンおよびその他のビジネス上の関係における、実際のおよび潜在的な負の影響を企業が特定し、防止し軽減するとともに、これら負の影響へどのように対処するかについて説明責任を果たすために企業が実施すべきプロセスである。効果的なデュー・ディリジェンスとは、企業が責任ある企業行動(RBC)を企業方針および経営システムに組み込む努力によって支えられるべきであり、企業が原因となったり助長したりする負の影響を是正できるようにすることを目指している。」と解説されています。簡単に言えば、デュー・ディリジェンスとは、バリューチェーンを通して企業活動が原因となる負の影響 (例. 土壌汚染、生態系悪化、有害廃棄物、大気汚染、水質汚染など) を特定した上で、防止または是正し、その努力を経営方針等により継続することです。また、デュー・ディリジェンスの対象となる項目は、環境だけではなく、人権、労働者、贈賄等の防止、消費者利益、情報開示など (*4) もあります。

2.デュー・ディリジェンス指令案の対象

デュー・ディリジェンス指令案は、企業活動でのバリューチェーンを通した人権および環境への悪影響に関する義務やその義務に違反した場合の責任について定められていますが、この指令案のルールが適用されるのは以下の通り、主に大企業 (*2) です (中小企業には直接は適用されません)。

EU企業
・グループ1:従業員500人以上、全世界の純売上高が1億5000万ユーロ以上EUの有限責任会社
・グループ2:グループ1の両方の基準には満たないが、従業員数が250人以上、全世界での純売上高が4,000万ユーロ以上であり、定義された高影響部門を運営するその他の有限責任会社 (グループ1よりも2年遅れて規則が適用)

非EU企業
・EU域内で活動する非EU企業で、グループ1およびグループ2の基準値に沿った売上高がEU域内で発生する企業

デュー・ディリジェンス指令案では、企業に対して、国際条約で規制されている人権および環境に関する悪影響の軽減・是正を促進し、人権や環境の保護を推進することが目指されています。対象となるのは、企業だけでなく、その子会社やバリューチェーンまで含まれ、以下のデュー・ディリジェンスに関する義務 (*2) を順守することが要求されています。
-デュー・ディリジェンスの経営方針への組み込み
-人権や環境への実際または潜在的な悪影響の特定
-潜在的な負の影響の防止または軽減
-負の影響の阻止または最小化
-苦情処理手続きの確立および維持
-デュー・ディリジェンス方針および対策の有効性の監視
-デュー・ディリジェンスに関する周知

また、本指令案に従い、各加盟国の行政当局がデュー・ディリジェンスに関するルールを監督する責任を負い、違反した場合には罰金を科すことができ、被害者は、適切なデュー・ディリジェンス措置によって回避できたはずの損害について、法的措置を取る機会を得ることができるようになります (*2)。

3.デュー・ディリジェンス指令案の化学物質管理への影響

デュー・ディリジェンス指令案の化学物質管理への影響に関しては、附属書のパートIIとして、国際的に認知された目的及び環境条約に含まれる禁止事項に違反する行為がリストされています。この中には、生物多様性条約、ワシントン条約 (CITES)、水俣条約、POPs条約、国際貿易における特定の有害化学物質及び農薬の事前情報提供同意手続きに関する条約 (UNEP/FAO)、モントリオール議定書、バーゼル条約 (*1) などが含まれています。つまり、POPs条約で禁止または制限されている残留性有機化合物の製造および使用や、バーゼル条約で規制されている有害廃棄物の輸入といった行為についても、デュー・ディリジェンス指令案の対象となります。
デュー・ディリジェンス指令案では、バリューチェーン全体にわたる環境への実際または潜在的な負の影響への軽減または是正といった対応が求められるようになり、負の影響に対応しない場合には、罰金や損害賠償といった経済的なリスクの可能性があります。化学物質管理の分野においても、これらのリスクに対処するためには、適切にデュー・ディリジェンスを実施することが必要になると考えられます。この指令案の施行に向けて、今後、EU企業およびEUでの事業に関わっている企業は、デュー・ディリジェンスによる人権および環境へのさらなる取り組みが期待されることになるでしょう。

引用
*1 デュー・ディリジェンス指令案
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52022PC0071

*2 欧州委員会プレスリリース (2022年2月23日) “Just and sustainable economy: Commission lays down rules for companies to respect human rights and environment in global value chains”
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1145

*3 Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/due-diligence

*4 責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf

(一社)東京環境経営研究所 岡本 麻代 氏

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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