第37回_リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドライン(案)
掲題、「リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドライン (案)」1) が、2023年8月30日に厚生労働省から公表されています。
労働安全衛生法令における化学物質の危険性、有害性に関して、近年事業者の自律的な取組みが求められるようになっており、本ガイドライン (案) もその一環として重要なものと考えられます。以下にその概要をご紹介します。
1.趣旨、目的
このガイドラインは、労働安全衛生法規則 (以降「安衛則」) 第577条の2第3項および第4項の医師または歯科医師による健康診断 (以降「RA対象物健診」) に関して、事業者、労働者、産業医、健康診断実施機関及び健康診断実施に関わる医師又は歯科医師 (以降「医師等」) が、RA対象物健診の趣旨・目的を理解し、適切な実施が図られるよう、基本的な考え方及び留意事項を示したものとなっています。
2.基本的な考え方
RA対象物健診のうち、安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断 (以降「第3項健診」) は、特定業務に常時従事する労働者に対して一律に健康診断の実施を求めるものではなく、事業者による自律的な化学物質管理の一環として、労働安全衛生法第57条の3第1項に規定する化学物質の危険性又は有害性等の調査 (以降「RA」)といい、化学物質等による危険性又は有害性等に関する指針の結果に基づき、当該化学物質のばく露による健康障害発生リスクが高いと判断された労働者に対し、医師等が健康障害発生リスクの程度及び有害性の種類に応じた頻度で実施するものとされています。
化学物質による健康障害防止には、工学的対策、管理的対策、保護具の使用等により、ばく露をなくす、又は低減する措置 (以降「ばく露防止対策」) を講じなければならず、ばく露防止対策が適切に実施され、労働者の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えないと事業者が判断すれば、RA対象物健診を実施する必要はありません。ばく露防止対策を十分に行わず、RA対象物健診で労働者のばく露防止対策を補うという考え方は適切とはいえません。
3 .留意事項
1 RA対象物健診の種類と目的
(1)安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断 (第3項健診)
第3項健診は、RA対象物に係るRAにおける健康障害発生リスクの評価結果が、そのリスクの許容範囲を超えると判断された場合に、関係労働者の意見を聴取し、必要な者に対し、当該RA対象物による健康影響の確認のために実施するものです。
なお、RA対象物を製造、又は取り扱う事業場においては、安衛則第577条の2第1項により労働者が当該物質にばく露される程度を最小限度にしなければならないとされており、労働者の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えるような状態で労働者を作業に従事させることは避けるように留意することが求められています。
(2)安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断 (第4項健診)
第4項診断は、安衛則第577条の2第2項に規定する厚生労働大臣が定める濃度基準 (以降「濃度基準値」) があるRA対象物について、濃度基準値 (注1)を超えてばく露したおそれのある労働者に対し、当該リスクアセスメント対象物による八時間濃度基準値を超えてばく露した恐れのある場合は、主として急性毒性以外の健康影響、短時間濃度基準値を超えてばく露したおそれがある場合は主として急性の健康影響について健康影響を速やかに確認するために実施するものとなっています。
(注1) 濃度基準値とは、労働安全衛生規則第五百七十七条の二第二項の規定に基づいて、厚生労働大臣が定める物及び厚生労働大臣が定める濃度の基準 (令和5年厚生労働省告示第177号。以下「濃度基準告示」という) に規定している八時間濃度基準値又は短時間濃度基準値です。
第4項健診は、安衛則第577条第2項の規定により、当該RA対象物について基準濃度を超えてばく露することはあってはならないため、局所排気装置が正常に稼働していない又は呼吸用保護具が使用されてないなど、何らかの異常事態が判明し、労働者が濃度基準を超えて当該RA対象物にばく露したおそれが生じた場合に実施する趣旨となっています。
2 RA対象物健診の実施要否の判断方法
RA対象物健診の実施の要否は、労働者の化学物質のばく露による健康障害発生リスクを評価して判断する必要があります。
(1)第3項健診の実施の要否の判断の考え方
第3項健診実施の要否の判断は、RAにおける以下の状況を勘案して労働者の健康障害発生リスクを評価し、健康障害発生リスクが許容できる範囲を超えるか否か検討することが適当とされています。
・当該化学物質の有害性とその程度
・ばく露の程度 (呼吸用保護具を使用していない場合は労働者が呼吸する空気中の化学物質濃度、呼吸用保護具を使用している場合は、呼吸用保護具内側の濃度や取扱量)
・労働者のばく露歴 (作業時間、作業頻度、作業 (ばく露) 時間)
・作業の負荷の程度
・工学的措置 (局所排気装置等) の実施状況 (正常に稼働しているか等)
・呼吸用保護具の使用状況
・取扱方法 (皮膚等障害化学物質等を取り扱う場合、不浸透性の保護具の使用状況、直接接触のおそれの有無や頻度)
(2)第4項健診の実施要否の判断の考え方
以下のいずれかに該当する場合は、労働者が濃度基準値を超えてばく露したおそれがあるため速やかに実施する必要です。
・リスクアセスメントにおける実測、数理モデルによる呼吸域の濃度の推計値又は定期的な濃度測定による呼吸域の濃度が濃度基準値を超えているため、労働者のばく露の程度を濃度基準値以下に抑制するために局所排気装置等の工学的措置の実施又は呼吸用保護具の使用等の対策を講じる必要があるにも関わらず、以下のような状況が生じた場合
A:局所排気装置等が正常に稼働していない場合等工学的措置が実施されていないことが判明した場合
B:労働者が必要な呼吸用保護具を使用していないことが判明した場合
C:労働者による呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数が満たされない考えられる場合
D:工学的措置や呼吸用保護具のばく露の制御が不十分な状況が生じていることが判明した場合。
・漏洩事故等により、濃度基準値がある物質に大量ばく露した場合
(注) この場合、まずは医師等の診察を受けることが望ましいとされています。
3 RA対象物健診を実施する場合の対象者の選定方法等
(1)対象者の選定方法
原則的には個人ごとに健康障害発生リスクの評価を行い、健康診断の実施の要否を判断することになりますが、同様な作業を実施している労働者についてはまとめて評価・判断することも可能です。
また、漏洩事故等によるばく露の場合は、ばく露した労働者のみを対象として可能です。
なお、安衛則第577条の2第3項に規定される「RA対象物を製造し、又は取り扱う業務に常時従事する労働者」には、当該業務に従事する時間や頻度が少なくても、反復される作業に従事している者も含まれます。
(2)労働者に対する事前説明
RA対象物健診の検査項目は法令で定められていないため、当該健康診断の対象労働者に対し、設定した検査項目についてその理由を説明することが望ましいとされています。また、健康障害の早期発見のためにも、必要な労働者に対し事業者はあらかじめその旨を説明しておくことが望ましいとされています。
ただし、事業者は当該健康診断対象労働者が受診しないことを理由に、当該労働者に対して不利益な取扱いをしてはなりません。
4 RA対象物健診の実施頻度及び実施時期
(1)第3項健診の実施頻度
第3項健診の実施頻度は、健康障害発生リスクの程度に応じて、産業医または医師等の意見に基づき判断します。具体的な実施頻度は、例えば以下のように設定することが可能です。
A:急性毒性による健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合 : 6月以内ごとに1回
B:がん原性物質又は国が行うGHS分類の結果、発がん性の区分が区分1に該当する化学物質にばく露し、健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合 : 1年以内ごとに1回
C:急性以外の健康障害 (歯科領域の健康障害を含み、発がん性の健康障害を除く)の発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合 : 3年以内ごとに1回
ばく露低減対策により、健康障害発生リスクが許容範囲を超えない状態に改善した場合には、必ずしも第3項健診を継続する必要はありません。
急性以外の健康障害 (遅発性健康障害を含む) が懸念される場合には、産業医を選任している事業場においては、産業医、専任していない事業場においては、医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に第3項健診の実施を検討するよう求められています。
(2)第4項健診の実施時期
第4項健診は、濃度基準値を超えて暴露した恐れが生じた時点で、事業者及び健康診断実施機関等の調整により合理的に実施可能な範囲で実施することが必要です。
さらに、濃度基準値以下となるような有効なリスク低減措置を講じた後においても、急性以外の健康障害 (遅発性健康障害を含む) が懸念される場合には、事業者は産業医もしくは医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に健康診断の実施を検討することが求められています。
5 RA対象物健診の検査項目
(1)検査項目の設定に当たって参照すべき有害性情報
RA対象物健診を実施する医師等は、検査項目を設定する場合には、濃度基準値がある物質の場合は、濃度基準値の根拠となった一次文献等における有害性情報 (注2) を参照しなければなりません。
(注2) 厚生労働省ホームページに順次追加される「化学物質管理に係る専門家検討会報告書」から入手可能。
濃度基準値がない物質も含めてSDSに記載されたGHS分類に基づく有害性区分及び有害性情報を参照しなければなりません。
なお、GHS分類に基づく有害性区分のうち、「生殖細胞変異原性」及び「誤えん有害性」については、その検査項目の設定が困難であるため、検査項目から除外されます。
歯科領域のRA対象物健診は、GHS分類において歯科領域の有害性情報があるもののうち、職業性ばく露による歯科領域への影響が想定され、既存の健康診断の対象となっていないクロルスルホン酸、三臭化ほう素、5,5-ジフェニル-2,4-イミダゾリジンジオン、臭化水素及び発煙硫酸の5物質を対象とします。
(2)検査項目の設定
RA対象物健診を実施する医師等は、検査項目の設定について以下の点に留意することが求められています。
A:特殊健康診断の一次健康診断及び二次健康診断の考え方を参考として、スクリーニング検査として実施する検査と、確定診断等を目的とした検査との目的の違いを認識し、RA対象物健診としてはスクリーニングとして必要と考えられる検査項目を実施します。
B:労働者にとって過度な侵襲となる検査項目や事業者にとって過度な経済的負担となる検査項目は、その検査の実施の有用性等に鑑み慎重に検討、判断すべきであること。
以上を踏まえ、具体的な検査項目の設定に当たっては、以下の考えを参考として設定します。
(ア)第3項健診の検査項目
業務歴の調査、作業条件の簡易な調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施する。必要と判断された場合には、標的とする健康影響に関するスクリーニングに係る検査項目を設定します。
(イ)第4項健診の検査項目
「八時間濃度基準値」を超えてばく露した場合で、ただちに健康影響が発生している可能性が低い場合は、業務歴の調査、作業条件の簡易調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施します。ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効である場合は、その実施も推奨されます。また、長期ばく露があるなど、健康影響の発生が懸念される場合には、急性影響以外の標的影響 (遅発性健康障害を含む。) のスクリーニングに係る検査項目を設定します。
「短時間濃度基準値 (天井値を含む。) 」を超えてばく露した場合は、主として急性の影響に関する検査項目を設定します。ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効であると判断される場合は、その実施も推奨されます。
(ウ)歯科領域の検査項目
スクリーニングとしての歯科領域に係る検査項目は、歯科医師による問診及び歯牙・口腔内の視診となります。
6 配置前及び配置転換後の健康診断
RA対象物健診には、配置前の健康診断は含まれていませんが、配置前の健康状態を把握しておくことが有意義であるため、一般健康診断で実施している自他覚症状の有無の検査等健康状態を把握する方法が考えられます。
また、化学物質による遅発性健康障害が懸念される場合には、配置転換後であっても、一定期間経過後等、医師等の判断に基づき定期的に健康診断を実施することが望まれます。
7 RA対象物健診の対象外労働者に対する対応
RA対象物健診の対象とならない労働者としては以下ケースが該当します。
A:RA対象物以外の化学物質を製造し、又は取り扱う業務に従事する労働者
B:RA対象物に係るRAの結果、健康障害発生リスクが許容される範囲を超えないと判断された労働者
これらの労働者については、安衛則第44条第1項に基づく定期健康診断で実施されている業務歴の調査や自他覚症状の有無の検査において、化学物質を取り扱う業務による所見等の有無について留意することが望ましい。また、Bの労働者について業務による健康影響が疑われた場合は、当該労働者については早期の医師等の診察を促し、また、同様の作業を行っている労働者については、RAの再実施及びその結果に基づくRA対象物健診の実施を検討することとされています。
なお、これらの対応が適切に行われるよう、事業者は定期健康診断を実施する医師等に対し、関係労働者に関する化学物質の取扱い状況の情報を提供することが求められます。また、健康診断を実施する医師等が、同様の作業を行っている労働者ごとに自他覚症状を集団的に評価し、健康影響の集積発生や検査結果の変動等を把握することも、異常の早期発見の手段の一つと考えられます。
8 RA対象物健康診断の費用負担
RA対象物健診は、RA対象物を製造し、又は取り扱う業務による健康障害発生リスクがある労働者に対して実施するものであるため、その費用は事業者が負担しなければなりません。また、派遣労働者については、派遣先事業者にRA対象物健診の実施義務があることから、その費用は派遣先事業者が負担しなければなりません。なお、RA対象物健診の受診に要する時間の賃金についは、労働時間として事業者が支払う必要があります。
9 既存の特殊健康診断との関係について
特殊健康診断実施が義務付けられている物質及び安衛則第48条に基づく歯科健康診断の実施が義務付けられている物質については、RA対象物健診を重複して実施する必要はありません。
まとめ
RA対象物を製造し、取り扱う事業者においては、今回提案されています「ガイドライン (案)」の趣旨、目的、基本的な概念をはじめ、留意事項の細部にわたり理解を深め、自社の作業者 (労働者) が健全で良好な状態で働ける職場環境を維持できるように努めることが重要であると思われます。
(一社)東京環境経営研究所 瀧山 森雄氏
引用
1)https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000258188
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。
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