第38回_続REACHにまつわる話(3)~初心者のために;化学品の危険有害性の情報伝達制度について~
化学物質管理における重要な決まりごとの一つに、化学品の危険有害性の情報をサプライチェーンに伝達することがあります。これに関しては、国際的に調和されたルールとしてGHSが国際連合でまとめられています。GHSとは「The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals」を簡略したもので、「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」のことです。GHSについては多くの解説が出ています。このコラムではGHSの概要を簡単に説明し、EUと我が国にGHSがどのように導入されているかを、ご紹介したいと思います。
なお、上記では「化学物質」と「化学品」の異なる言葉を使いましたが、筆者のコラムでは、法的な内容を説明するときには上記のように「化学物質管理」、具体的に化学物質を取り扱いについて話題とする時は「化学品」を使用することにしています。
ちなみに、上記で使用しました化学品に関連する用語については、GHS等の定義から下記のように整理できます。
・化学物質(substance)(単に、物質とも訳されていることがあります)天然に存在するか製造によって得られる化学元素及びその化合物。
・混合物(mixture)反応を起こさない二つの以上の化学物質の混合物。(なお、合金は混合物。)
・化学品(chemicals)化学物質又は混合物。
GHSの内容については、国連GHS文書(表紙が、紫色であることから「パープルブック」と呼ばれています)で公開されています。パープルブックは2年毎に更新されています。最新のものとしては、改訂第10版が2023年7月に国際連合欧州経済委員会(UNECE)のウエブサイトに公表されていました(1)。また、経済産業省のウエブサイトには改訂9版の日本語訳が提供されています(2)。
改訂10版では、定義や試験方法等の明確化等幾つかの改定点はありますが、GHSの内容の基本についての改訂9版からの変更はありません。
1.GHSで調和させた内容
GHSでは、下記について調和させたシステムです。
・化学品の、物理化学的危険性、健康有害性および環境有害性を分類するための調和した判定基準
・化学品の調和された危険有害性の情報を伝えるための「ラベル」と安全データシート(SDS)の調和した要求事項
2.GHSの分類について
GHSの分類は、「危険有害性クラス」の名称で、物理化学的な危険性、健康に対する有害性および環境に対する有害性の面から分類されます。
物理化学的な危険性は爆発物や引火性液体等の17種類のクラス、健康に対する有害性は急性毒性や発ガン性等の10種類のクラス、環境に対する有害性は水生環境有害性とオゾン層への有害性の2種類のクラスが設けられています。
なお、化学物質や混合物の分類に当たって必ずしも試験を行うことは必要でありません。公開されている情報を利用することが許されています。混合物については、類似の混合物や混合物の成分のデータを使用して分類することが可能です。危険有害性がある成分のデータを使用して混合物の分類を行う場合、混合物がその危険有害性となる成分の混合物中の最低濃度が設けられています(以下「限界濃度」)。通常、限界濃度未満では、混合物はその危険有害性はないと判断されます。
危険有害性クラスの中には、相対的な危険有害性の程度により「危険有害性区分」、例えば「区分1」や「区分2」等に細分化されます。「区分1」の方が「区分2」より危険有害性程度は大きくなります。
危険有害性クラスおよび危険有害性区分には、化学品の危険有害性の性質およびその程度を記述する文言「危険有害性情報」が割り当てられています。
また、危険有害性を簡潔に伝えることを目的に、炎やどくろ等の9種類のシンボル(図形)が決められており、各危険有害性クラスおよび危険有害性区分に割り当てられています。黒いシンボルを正方形の赤い外枠で囲んだもの(絵表示)としてラベル等に用います。
3.GHSラベルと安全データシート(Safety Data Sheet: 以下SDS)について
ラベルは、化学品の危険有害性情報や適切な取り扱い方法などを簡潔に分かりやすく伝えるために、記載すべき項目(ラベル要素)が決められています。その内容を容器、外部梱包に貼付や印刷します。GHSのラベルには、下記の項目(ラベル要素)を記載することを定めています。
(a) 危険有害性を表す絵表示
(b) 注意喚起語(化学品の潜在的な危険有害性の相対的な重大性を知らせる、高い場合は「危険」、低い場合は「警告」、あるいは、より低い場合は記載しない)
(c) 危険有害性情報
(d) 注意書き(危険有害性のある化学品へのばく露、不適切な貯蔵や取扱いから生じる被害を防止する又は低くするための措置を記載した文言)
(e) 化学品の名称
(f) 供給者を特定する情報
SDSは、化学品の安全な取り扱いを確保するために、化学物質名・製品名・供給者・危険有害性・安全上の措置・緊急時対応などの情報を記載した文書のことで、事業者間の化学品の取引時に添付し、化学品の危険有害性や適切な取り扱い方法に関する情報を供給側の事業者から受取り側の事業者に提供するものです。GHSのSDSでは、下記の16項目について記載します。
(1)化学品および提供者の情報
(2)危険有害性の要約
(3)組成および成分情報
(4)応急措置
(5)火災時の措置
(6)漏出時の措置
(7)取扱いおよび保管上の注意
(8)ばく露防止および保管上の措置
(9)物理的および化学的性質
(10)安定性および反応性
(11)有害性情報
(12)環境影響情報
(13)廃棄上の注意
(14)輸送上の注意
(15)適用法令
(16)その他の情報
4. 化学物質管理体系にGHSを導入するに場合の要件
自国あるいは地域は、化学物質管理体系にGHSを導入する場合、GHSの必要な部分を選んで導入することが出来ます。しかし、GHS一部分を導入した場合には、調和されている内容を変えることは出来ず、その適用範囲は一貫性を持たせる必要があります。
例えば、規制の対象とする法令の中に、必要なGHSの危険有害性クラスだけを採用することが出来ます。労働安全に関する分野では、物理化学的な危険性と健康有害性の危険有害性クラスを導入し、環境有害性のクラスは導入しないことが出来ます。また、危険有害性クラスの中で、最も危険有害性の高い区分は採用すること、複数の区分がある場合は、途切れのない区分を採用することが必要です。この方式を「選択可能方式(Building block approach)」と呼んでいます。
なお、自国の化学物質管理に必要な内容や項目を、GHSで調和されていなくても、法令等で追加することが出来ます。
5.EUと日本のGHSの導入の状況
EUでは、GHSの分類とラベルをCLP規則(3)で、SDSをREACH規則(4)で導入されています。
CLP規則の分類では選択可能方式により、幾つかの危険有害性クラス、例えば、引火性液体や急性毒性等では危険有害性が最も低い区分は採用されていません。EU独自の危険有害性クラスとして、新たに以下の4種類の危険有害性クラスが設けられています(5)。
・健康に対する有害性:「ひとの健康に対しての内分泌かく乱性」
・環境に対する有害性:「環境に対しての内分泌かく乱性」「PBT(難分解性・生物蓄積性・毒性)、vPvB(極めて難分解性・極めて高い生物蓄積性)」「PMT (難分解性・移動性・毒性)、 vPvM (極めて難分解性・極めて高い移動性)」
CLP規則の対象となる化学品は、CLP規則の分類基準に該当する化学品です。いくつかの化学物質についてはEU域内で調和された分類がされ、CLP附属書VI(6)に収載されています。これらの化学物質については、ラベルやSDSの作成に当たっては、調和された分類結果を使用することが必要です。REACH規則でSDSの提供の対象は、CLP規則の対象となる化学品と同じですが、上記のCLP規則に新たに追加されたPBT、vPvB、PMT、vPvMの危険有害性の物質については、既にREACH規則ではSDS提供が求められていました。
なお、皮膚感作性と呼吸器感作性の物質を含有する混合物については、危険有害性に分類されない濃度の下限値の十分の一以上含有する場合でもラベル・SDSの対応が、また、発ガン性、生殖毒性や誤えん有害性の化学物質を含有する混合物が危険有害性に分類されない場合でも、要求があればSDSの提供が必要になることがありますので注意が必要です。
日本では、GHSを導入した下記2件のJISが作成されています。
・JISZ7252 GHS に基づく化学品の分類方法
・JISZ7253 GHS に基づく化学品の危険有害性情報の伝達方法-ラベル,作業場内の 表示及び安全データシート(SDS)
これらのJISは、パープルブックの改訂6版を基づいて作成されています。
JISZ7252でも、EU CLP規則と同じように選択可能方式により、急性毒性や皮膚刺激性、誤えん有害性等危険有害性が最も低い区分は採用されていません。
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)には、日本政府のよるGHS分類結果が提供されています(7)。この分類結果は参考として利用するために提供されているもので、この分類を必ず使用する必要はありません。
各法令の、GHSと法令要求事項の比較を分かり易く説明した冊子が、経済産業省・厚生労働省の合同で作成されいます(8)。
「労働安全衛生法(以降、安衛法)」および「毒物及び劇物取締法 (以降、毒劇法)」、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(以降、化管法)」ではSDSは義務、ラベルは努力義務とされています。各法令では、ラベル・SDSの要求内容が定められていますが、上記のJISZ7252およびJISZ7253に準拠したラベル・SDSであれば、各法令に適合しているとされています。
上記法令の対象化学物質が各法令で指定されています。上記EUのCLP規則やREACH規則とは適用範囲の決め方が異なっています。
化管法の対象物質は、令和3(2021)年に改正公布、令和5(2023)年4月から施行され、現在は649物質が対象です(9)。
毒劇法の対象物質は適宜改定されていますのでご注意ください(10)。
安衛法の対象物質は、現在は安衛法施行令別表9で指定されています。この指定の方法を改定する安衛法施行令が令和5(2023)年8月30日に公布されてました(11)。公布された改正施行令の概要を簡単にまとめますと、下記の通りです。
・令和3年3月31日までに国が行ったJISZ7252による化学品の分類の結果、危険性又は有害性があるものと区分された全ての化学物質を対象とする(施行は令和7年4月1日施行)。
・安衛法施行令別表第9に個々の物質名を列挙する方法から、対象物質の性質や基準を包括的に示し、規制対象の外枠を規定した上で、当該性質や基準に基づき個々の物質名を厚生労働省令で列挙する方法へ改正し、ラベル・SDS対象物質の追加等を行う(施行令和7年4月1日)。
・改正施行令の別表9には、包括的に指定している33物質を指定(令和7年4月1日施行)。
・現在別表9に収載されている酸化アルミニウムやポルトランドセメント等7物質が公布日(令和5年8月30日)に削除。
・その結果、別表9の収載物質は現時点で667物質、令和6年4月1日には234物質が追加される(12)。
なお、毒劇法のラベルには、JISZ7253には定められていない下記の情報の記載が必要です。
・「医薬用外毒物」または「医薬用外劇物」かの表示
・毒物又は劇物の含量
・毒劇法施行規則で定める毒物及び劇物について、その解毒剤の名称など
参考資料
(1)https://unece.org/transport/dangerous-goods/ghs-rev10-2023
(2)https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/int/ghs_text.html
(3)https://echa.europa.eu/regulations/clp/legislation
https://echa.europa.eu/regulations/clp/understanding-clp
(4)https://echa.europa.eu/regulations/reach/legislation
https://echa.europa.eu/regulations/reach/understanding-reach
(5)https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32008R1272
(6)https://echa.europa.eu/information-on-chemicals/annex-vi-to-clp
(7)https://www.nite.go.jp/chem/ghs/ghs_nite_download.html
(8)https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/131003-01-all.pdf
(9)https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/msds/2.html
(10)http://www.nihs.go.jp/mhlw/chemical/doku/tuuti.html
(11)https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001139741.pdf
(12)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000099121_00005.html
(一社)東京環境経営研究所 林 譲氏
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。