第103回_中国の危険化学品安全法案

中国における危険有害性を有する化学品に対する法的規制は、2011年12月にそれまでの国務院令第344号から改正施行された危険化学品安全管理条例(国務院令第591号、以下現行条例)1) を基礎としています。
現行条例は危険化学品の製造、輸入から販売、貯蔵、輸送、使用等に至るサプライチェーンの全般における管理を規定したものです。これに対し、ここ数年にわたって「危険化学品安全法」として改定する作業が進められてきており、先に2020年10月、その法案が公表され、意見募集も実施されました2)。これに続く動きとして、2024年12月、修正された法案(以下本法案)が全国人民代表大会で公表され、本年1月23日までの意見募集が行われました3),4)。本稿ではその概要について、特に現行条例との相違にポイントを置いて解説します3),4)。

1.全体構成と基本事項

公表された法案は、全9章124条より成り、以下の様な構成となっています:

第1章 総則(第1条~14条)
第2章 計画および配置(第15条~第21条)
第3章 生産および保管の安全性(第22条~第44条)
第4章 使用の安全性(第45条~第50条)
第5章 経営の安全性(第51条~第61条)
第6章 輸送の安全性(第62条~第82条)
第7章 危険化学品の登記および事故時の緊急対応(第83条~第94条)
第8章 法的責任(第95条~第117条)
第9章 附則(第118条~第124条)

まず法令の目的(本法案第1条)、適用範囲(同第2条)、危険化学品の定義および危険化学品インベントリーの編集・公表(同第3条)といった基本事項を規定する条項は現行条例をほぼ踏襲し、重要な変更はありません。
一方、現行条例第4条では危険化学品の管理の基本方針として「予防を中心に総合的な対策をとる方針の堅持と共に企業の主体的な責任の強化」が述べられているのに対し、本法案第4条では「人命第一、安全第一、予防第一、総合管理」を遵守すべき4原則として明記し、更に「ユニット*の主体責任と政府の監督責任を強化・実行し、ユニットの責任、従業員参加、政府監督、業界の自主規律、社会監督の仕組みを確立する」と述べている様に、本法案の基本スタンスとして、政府や各ユニットにて担うべき安全管理責任が一段と強調されています。*「ユニット」とは、企業、学校、研究機関等、実際に危険化学品の製造、貯蔵、使用、取扱い及び輸送を担う各々の社会的な主体を意味します。そしてこれらユニットに対し、安全管理のためには安全リスク分類と潜在的危険の調査との二重予防メカニズムの構築を要求しています(本法案第5条)。

2.主要行政機関の安全管理と監督責任

危険化学品のサプライチェーン全般に渡る安全管理を図るため、現行条例ではその監督責任を8つの主要行政機関に割り当てていました。
これに対し、本法案第7条ではそれが危険化学品安全監督管理を担う9部門(応急管理部門、公安当局、市場監督管理部門、生態環境主管部門、交通輸送主管部門、衛生健康主管部門、天然資源主管部門、産業・情報主管部門、および税関)に見直され、各々の職責を規定すると共に、その他の部門については、各々の責任に従って危険化学品の安全監督管理の職務を遂行するとしています。
それと共に危険化学品の安全管理の責任が明確でない新興産業および分野については、県クラス以上の人民政府がその監督管理部門を決定するとされています。

3.ITの活用

本法案第11条では、県クラス以上の人民政府の上記危険化学品安全監督管理部門に対し、危険化学品に対するITに基づく監督を強化し、危険化学品のライフサイクル全体にわたって電子ラベル化とIT化による管理およびモニタリングの実施を要求しており、危険化学品安全管理へのITの応用が強調されています。これは現行条例には見られない新たに織り込まれた内容です。

4.製造および貯蔵に関する総合的計画と合理的配置

危険化学品の製造および貯蔵に関する総合的計画と合理的配置については、現行条例では第11条でその必要性を規定していますが、本法案では第2章をそのための専用の章として設け、具体的事項を規定しています。
特に化学工業団地に対しては、安全管理の強化のための様々な規定がなされていますが、主なものは以下の通りです:

(1)危険化学品の安全な貯蔵、積載、輸送に関連する必要な計画の策定(本法案第15条)
(2)少なくも3年に1回の総合的安全リスク評価とリスク低減措置の提案および実施(同第18条)
(3)各種施設における安全距離の確保や土地利用に関する必要な配慮(同第19~21条)

5.製造および貯蔵における安全性管理

本法案第33条では、現行条例には無い規定として、危険化学品を製造、貯蔵する企業は、安全リスク分類管理及び制御システムを確立し、安全リスクの識別と評価を行い、安全リスク分類に応じて相応の管理及び制御措置を講じることを要求しています。
また同第49条では、危険化学品を取扱うユニットでは、職場で使用するそれらのSDSとGHSラベルを労働者に提供し、正しい使用方法と緊急時に取るべき措置を知らせることが明記されました。
危険化学品のSDS提供およびGHSラベル表示については、現行条例では第15条でそれを化学品の製造企業に対して要求し、第37条ではそれらの無い危険化学品を取扱うことを禁じていましたが、本法案第30条ではそれを危険化学品の輸入企業にも拡大しています。

6.輸送や経営の安全性に関する事項

危険化学品の輸送時には、現行条例第63条では、荷送人は輸送者に対して輸送を委託する危険化学品の種類、数量、危険有害性情報等の説明を求めていましたが、本法案第80条ではSDSおよびGHSラベルをその中に含めることとされました。
その他同第61条ではインターネットを通じた毒性の強い、あるいは爆発性のある危険化学品の販売や購入を禁止しています。

7.登録の免除その他

新たな規定として、本法案第85条では、研究開発、試作、試販売の過程にある少量で、低放出、低暴露の危険化学品に対しては登録を免除すること、またその具体的な方法は国務院応急管理部門が関連他部門と共同で定めるとしています。
その他、新たな規定として同第121条では、化学品の危険性がまだ確定していない場合、いかなる組織または個人も許可なく化学物質の製造、貯蔵、使用、操作、輸送等を行ってはならないことが明記されました。

おわりに

以上、最近公表された中国の危険化学品安全法案について解説しました。
法令としての目的や主旨といった基本条項は現行条例からの重要な変更は無いものの、全般的により高度な安全性を達成すべく、規制の強化や新たな考え方、技術等が導入されていることは注目されます。
既に意見募集も終了し、今後は具体的な公布、施行に向けた動きが予想されます。それに伴い、現行条例は廃止されると思われますが、その際の移行に伴う措置や、より具体的なレベルでの規定を目的とした下位法令等が整備されていく可能性もありますので、これらには引き続き注意していきたいと思います。

(一社)東京環境経営研究所 福井 徹 氏

参考URL

1)https://www.gov.cn/zwgk/2011-03/11/content_1822783.htm
2)https://www.mem.gov.cn/gk/tzgg/tz/202010/t20201002_368140.shtml
3)https://npcobserver.com/wp-content/uploads/2024/12/Hazardous-Chemicals-Safety-Law-Draft.pdf
4)http://www.npc.gov.cn/npc/c2/kgfb/202412/t20241225_442053.html

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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