第115回_労働安全衛生法における濃度基準値とその運用について
はじめに
現在進められている労働安全衛生法(昭和47年法律第57号、以下安衛法)1) を中心とした化学物質管理関連の法改正は、各事業所の管理水準の向上を図るため、具体的要求事項を法令により規定し、それを遵守させる従来の「法令遵守」型から、国により定められた一定の管理基準に対し、その達成手段は各々の事業者の裁量を許容する「自律的管理」型への転換を図ることが基本的な考え方となっています。
その流れの中で屋内作業場における空気中の有害物質の定量的管理の強化を図るべく濃度基準値が2024年4月1日施行で導入されました。その概要は2023年11月17日および2024年6月7日の当コラム 2) で紹介しましたが、その後の対象物質の追加や本年5月の安衛法の改正等、更なる動きもありますので、本稿ではそれらも含めて再度採りあげ、解説します。
1.濃度基準値の概要
濃度基準値とは、2024年4月1日施行の労働安全衛生規則第577条の二第2項に基づくもので、安衛法で規制対象とされているリスクアセスメント対象物と呼ばれる危険有害性物質群の屋内作業場における製造あるいは取り扱う労働者へのばく露程度をそれ以下とすることを義務付けた基準値です。具体的な義務対象物質は当初案では67物質或いは物質群とされていましたが、その後の追加等により2024年4月1日適用で74,2025年10月1日適用で121、計195物質或いは物質群となっています。
その具体的な運用等については、技術上の指針(令和5年4月27日公示第24条、改正令和6年5月8日公示第26号、以下本指針)に示されていますが、主要な内容は以下の通りです3)。
1.1 濃度基準値の特徴
濃度基準値で要求されるのは、作業者の呼吸域での濃度であり、この点がこれまで特化則や有機則等の特別規則で義務付けられてきた作業環境測定での定点測定(場の測定)とは異なり、個人ばく露測定となります。したがって実測する際の試料採取は、作業環境測定で一部の物質に対して認められているC測定およびD測定のような、作業を行う労働者自身の身体に試料採取機器等を装着して行う個人サンプリング法によります。また測定結果に基づき管理区分を決定することを求めるものではありません。
濃度基準値には8時間濃度基準値、短時間濃度基準値および天井値があり、これは米国・ACGIH(the American Conference of Governmental Industrial Hygienists)でばく露限界値として設定している3種のTLV(Threshold Limit Value)、すなわち労働者がばく露されてもほとんどすべての労働者に健康上の悪影響を与えないと考えられる1日 8時間、 1週間40 時間の時間荷重平均濃度であるTLV-TWA (Time-Weighted Average)、1日の作業時間のどの15分間における平均濃度においても超えてはならないTLV-STEL(Short-Term Exposure Limit)、および作業中のいかなる場合でも超えてはならないTLV-C (Ceiling)の各々と定義は類似しています。
どの濃度基準値が設定されているかは個々の物質によりますが、短時間濃度基準値は急性健康障害を起こす物質、天井値は特に非常に短時間で急性障害を起こす物質に対して設定されています。物質によっては特異的な設定をされているものがあります。
例えば「すず及びその化合物」として指定されている物質群では具体的なすずの化合物の種類によって5通りの8時間濃度基準値が設定されています。
また塩化ベンジル他計9物質については、具体的な濃度基準値の数値は設定されていません。これらは発がん性が明確ではあるものの、長期的な健康への影響が生じない閾値が決定できていないもので、それらについては、事業者に対し、労働者へのばく露程度を最小限度にすることが要請されています。濃度基準値の単位は、物質によって、主に蒸気としてばく露するものにはppm、ミストまたは固体粒子としてばく露するものにはmg/m3を使用しています。
なお本指針には各物質に対する標準的な試料採取法および分析法が示されています。
試料採取法では、蒸気を捕集する物質には固体捕集法、粒子を捕集するものにはろ過捕集法が指定されていますが、ε-カプロラクタム等7物質については、蒸気および粒子を捕集すべきであることから双方の捕集法を指定しています。
1.2 濃度基準値運用の手順
本指針では濃度基準値の運用の手順等に関するポイントが述べられています。指針とは法令に基づく管理を推進するための基本的な方向性や方法等を示すもので、法的な拘束力を有するものではありませんが、労働基準監督署の立入等において本指針に基づいた指導等がなされる可能性はあります。一方、濃度基準値の遵守は法的義務です。このため本指針中で述べられていますが、濃度基準値の達成状況の確認方法は事業者において決定されるべきものであり、ただし労基署等に対しては、それを達成していることを明らかにできる必要があるとしています。本方針では、具体的にはリスクアセスメントのプロセスとして以下の様な進め方が述べられています:
(i)リスクの見積り
先ず対象物質の危険有害性を特定した上で、適切な方法により労働者がそれにばく露される程度を見積ります。その方法としては数理モデルの活用を含めるとしていますが、それ以上の具体的な言及はありません。
数理モデルとしては、現在厚労省より公開されているCREATE-SIMPLEもその代表的なものの1つです。4) ただしその定量性は粗いものであり、特に現場の詳細な化学物質の取扱方法や条件まで反映することは困難なことには留意すべきです。したがって状況により検知管等の簡易測定、他物質での結果や現場の作業経験等も適宜活用して進めることが必要と考えられます。
(ii)確認測定
上記リスクの見積もりの結果、呼吸域濃度が8時間濃度基準値の1/2を超えると評価された場合には、ばく露程度が最も高いと想定される均等ばく露作業における最も高いばく露を受ける労働者に対して確認測定を実施するとしています。
その結果によって執る対応として以下の様に述べられています:
各労働者の測定値が全労働者の測定値の平均値の1/2~2倍の範囲に収まらない場合は、次回以降の確認測定は均等ばく露作業を細分化して行うのが望ましい。
測定結果>8時間濃度基準値の場合は、少なくも6ヵ月に1回の確認測定の実施が必要。
8時間濃度基準値>測定結果>8時間濃度基準値*1/2の場合は、一定頻度での確認測定が望ましい。その頻度は事業者側で判断する。なお測定結果<8時間濃度基準値の場合、局所排気装置の整備等による作業環境の安定的管理や定点の連続的モニタリング等により
濃度に大きな変動が無いことが確認されているのであれば確認測定の定期的実施は要しない。なお短時間濃度基準値や天井値に対する確認測定の実施については、本指針では上記の8時間濃度基準値の様な具体的な目安は述べられていません。
しかし作業環境中の物質の濃度変動は一般に大きく、対数正規分布に従うことが知られており、このため例えば前記CREATE-SIMPLEでは、現在のver3.1では短時間ばく露濃度は、作業内容のばく露濃度の変動の大小に応じて8時間ばく露濃度推定値の6倍または4倍を推定値としていますので、こうした考え方を適用して対応することも可能であると考えられます。
(iii)リスク低減措置
確認測定の結果、労働者へのばく露の程度が濃度基準値を超える場合には、代替物質の採用、局所排気等設備的な対応、作業方法の改善の優先順位でリスク低減措置を検討することとなりますが、それらが不可能、あるいは効果が十分でない場合は、適切な呼吸法保護具を使用することとなります。その際には確認測定の結果等に基づき、要求防護係数を上回る指定防護係数の保護具を選定することが必要です。
2.最近の安衛法および作業環境測定法の改正
本年5月に労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)が公布されました5)。
その中で2026年10月1日施行で、個人ばく露測定を作業環境測定の一部として位置づけ(作業環境測定法第2条第3項)、作業環境測定には労働者の有害な因子へのばく露の程度を把握することを目的とするものも含まれる(安衛法第2条第4項)としました。
そして安衛法第57条の三第1項の規定によるリスクアセスメントにおいて、必要に応じて作業環境測定を行うとしました。(安衛法65条の三第3項)
これらは前節までに述べたリスクアセスメント対象物に設定された濃度基準値の遵守義務に伴い実施する確認測定等に対し、法的な根拠付けを与えるものと考えられます。
おわりに
濃度基準値は2023年4月に告示され、翌年4月より施行が開始されました。前節に述べた様に、作業環境測定としての位置付け等、法的な整備も進められており、今後更に具体的な内容が通達等の形で公表されることも予想されますので、引き続き注意していきたいと思います。
(一社)東京環境経営研究所 福井 徹 氏
参考URL
1)https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057/20220617_504AC0000000068
2)https://www.tkk-lab.jp/rohsreach-archive
3)https://www.jawe.or.jp/topics/2024/240508ssn.pdf
4)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07.htm#h2_2
5)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/an-eihou/index_00001.html
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。
<化学物質情報局> 化学物質管理の関連セミナー・書籍一覧 随時更新!
<関連セミナー>9月9日 日本の化学物質法規制および具体的な管理方法の実務研修 化審法・労働安全衛生法(安衛法)
<関連セミナー>9月26日 化学物質のリスクアセスメントとその対策