第27回_EUにおけるSDGsの進捗について

2023年5月23日、欧州連合(European Union:EU)の統計局であるユーロスタット1)は、「欧州連合における持続可能な開発—EUの現状におけるSDGsに向けた進捗状況のモニタリング報告書、2023年版」2)を発表しました3)。本報告書は、欧州グリーンディール4)や欧州社会的権利の柱行動計画5)などの欧州委員会の主要政策分野に沿って、過去5年間の持続可能な開発目標(SDGs)に向けたEUの進捗状況を説明しています。 今回のコラムでは本報告書の内容についてご紹介します。

1.報告書の概要

2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ(以降 2030アジェンダ)」とその17のSDGsは、持続可能な開発を達成するための世界的な取り組みに新たな影響を与えており、EUの諸条約や政策においても確実に組み込まれています。

本報告書は、2030アジェンダの期間を考慮して、EUが過去15年間にSDGsに向けて前進したかどうかについての客観的な評価を提示することを目的としており、EUの現状におけるSDGsに向けた進捗状況をモニタリングする7回目の定期報告書となります(過去の報告書についてはユーロスタットのウェブサイト内にて確認頂けます6))。

さらに本報告書は、多数の関係者の協力を得て開発されたSDG指標に基づき、17のSDGsの進捗状況を分析しており、過去5年間 (短期) および、十分なデータが入手可能な場合は過去15年間 (長期) のEUにおけるSDGsに関連する傾向を統計的に提示しています。

2.EUのSDGs達成状況

EUにおけるSDGsの進捗状況を統計的に概観すると、多くの指標について長期的な評価ができないため、目標レベルの進捗は、直近5年間(短期)の進捗を評価しています。

そのなかでは、EUは働きがい(ディーセント・ワーク)と経済成長の確保(SDG8)、貧困の削減(SDG1)、ジェンダー平等の改善(SDG5)に向けて大きく前進し、その他の目標も概ね良好な進捗をみせていると説明されています。いっぽうで、環境領域における傾向はあまり芳しくなく、気候変動対策(SDG13)、陸の豊かさを守る(SDG15)、パートナーシップで目標達成(SDG17)の3つの目標については、さらなる進展が期待されています。

気候変動対策(SDG13)に関して、EUは2030年に向けて、非常に野心的な気候変動目標を設定しており、過去の傾向と比較すると、より多くの努力が必要となると予測しています。ただし、EUは、すでにFit for 55 7)を通じて、こうした取り組みを実現するための政策措置を講じています。

Fit for 55とは、2050年までにより持続可能で気候変動に左右されない経済への移行を加速させるために、EUが導入した包括的な法律案と政策措置のパッケージであり、エネルギー、運輸、建築、産業、農業など、幅広い分野と政策分野を網羅しています。その主な目的は、EUの政策や規制を長期的な気候目標に合致させることであり、Fit for 55という名称は、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比で少なくとも55%削減するという目標に由来しています。

陸の豊かさを守る(SDG 15)については、2013年以降、陸上の生物保護地域が増加しているものの、生態系の劣化を改善させるためにはさらなる努力が必要であるとしています。

パートナーシップで目標達成(SDG17)に関しては、EUの開発途上国への融資が2016年以降大きく減少しており、EUの国民総所得(GNI)に対する政府開発援助(ODA)の比率についても、2030年の目標である0.7%に向けて前進していないとしています。さらに財務ガバナンスにおいては、EU全体の債務対GDP比が、COVID-19に関連する公共支出の結果として2020年に記録的な高水準に達した後に低下したとはいえ、2022年はパンデミック以前の水準を上回った状態にあるとしています。

なお、選択した指標に従って、EUが17の目標それぞれに対してどのようなペースで進捗したかを一覧できる図表が報告書内にて示されています。さらに、その評価や集計に関する方法については、附属書Ⅰで説明されています。

3.ロシアのウクライナ侵攻やCOVID‑19パンデミックの影響

本報告書では、ロシアとウクライナの紛争に起因するエネルギー危機やパンデミックの残存影響など、現在も進行している危機がSDGsに及ぼす短期的な影響を検証しています。

本報告書では、COVID-19パンデミックの影響はほとんどの指標で確認できるものの、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻による影響などは入手可能なデータには部分的にしか反映されていないとしています。

ロシアの侵攻に対するEUの対応には、ウクライナから逃れてきた人々を一時的に保護する人道的支援、ウクライナへの財政支援、ロシア政府・企業・個人に対する経済制裁の実施などが含まれます。入手可能な短期統計によれば、EUの天然ガス需要全体の減少とともに、EUのエネルギー輸入に占めるロシアの割合もかなり減少しています。EUがエネルギー源を多様化し、ロシアへの依存度を下げようと努力しているなかで、EU経済はエネルギー価格の高騰に直面し、それが住宅価格、最近では食料品の価格にも影響を及ぼしています。

いっぽう、COVID-19のパンデミックとそれに関連する封鎖措置は、エネルギー使用量や温室効果ガス(GHG)排出量(SDG7およびSDG13)など、気候変動の緩和を監視するために使用されるいくつかの指標に短期的な改善をもたらしています。

COVID-19パンデミック後の経済復興を考えると、EUのGHG排出量は、2022年第3四半期に前年同期比で2%増加しています。しかし、このGHG排出量は、パンデミック流行前(2019年第3四半期)のレベルを4%下回っています。2021年第3四半期から2022年第3四半期にかけてGHG排出量が増加したのは、輸送・貯蔵(9%)、電力・ガス供給(5%)、輸送・貯蔵を除くサービス(4%)であり、同期間中、農業、製造業、水供給からのGHG排出量は1%以下の微減となっています。

EU全体のGHG排出量は、2022年の開始以来減少しており、景気回復にもかかわらず、EUはGHG排出量の長期的な減少傾向を継続できたことを示しています。

他方で、COVID-19パンデミックは、使い捨てプラスチック(マスク、手袋、持ち帰り用食品容器など)による汚染の増加という形で、環境に負の影響(SDG12とSDG15)をもたらしています。

本報告書では、ロシアのウクライナ侵攻が1年経った現在も続いているため、EUの経済や社会構造への長期的な影響はまだわからないと説明しています。そして、さらに多くのデータが入手可能になれば、今後のモニタリング報告書では、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻の影響について、より詳細で現状とは異なる構造が提示されるかもしれないとしています。

4.まとめ

欧州グリーンディールは、EUにおける持続可能な経済成長と環境保護のための枠組みを提供し、いっぽうアジェンダ2030は、世界全体での持続可能な開発を推進するための目標を設定しています。これらは互いに補完的な関係にあるため、EUにおけるSDGsの進捗状況を把握することは、今後のEUの環境領域における政策の動きを理解することに繋がると考えられます。

【参考情報】
1)ユーロスタット
https://ec.europa.eu/eurostat

2)欧州連合における持続可能な開発—EUの現状におけるSDGsに向けた進捗状況の監視報告書、2023年版
https://ec.europa.eu/eurostat/documents/15234730/16817772/KS-04-23-184-EN-N.pdf/845a1782-998d-a767-b097-f22ebe93d422?t=1684844648985&download=true

3)欧州委員会のニュースリリース
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_2887

4)欧州グリーンディール
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en

5)欧州社会的権利の柱行動計画
https://ec.europa.eu/social/main.jsp?catId=1607&langId=en

6)ユーロスタットウェブサイト内の過去の報告書リンク
https://ec.europa.eu/eurostat/en/web/products-flagship-publications/w/ks-04-23-184

7)Fit for 55
https://www.consilium.europa.eu/en/policies/green-deal/fit-for-55-the-eu-plan-for-a-green-transition/

(一社)東京環境経営研究所 柳田 覚 氏

免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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