物造りのヒント・粉体技術のネタ話:情報機構 講師コラム
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トップ講師コラム・取材記事 一覧> 物造りのヒント・粉体技術のネタ話:情報機構 講師コラム


講師コラム:伊藤 均 先生


『物造りのヒント・粉体技術のネタ話』




<関連図書>
各種微粒子調製方法と製品応用 〜実際の製造・評価事例とプロセス技術〜


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第1回 [粒子形状・その1](2008/9/2)


1.1[緒言]
 私はこれまでに約40年間、粉体に関わる仕事に従事してきました。今回コラムを担当させて頂くことになりましたので、粉体の製造、加工、評価、トラブル対策などの 観点から、最近感じていること、注目していること、あるいは解決のヒントなどを取り上げて読者の皆様のお役に立ちたいと思います。


1.2[“粉体”という捉え方と粉造りの進歩]
 固体・液体・気体の基本的な物質3態に加え、工業材料を粉体といういわば第4の状態分類の視点から研究し、新たな物造りの手段としたり、生産効率を改善したりする ことが軌道に乗ってきたのはつい最近のように思われます。事実、私が所有する広辞苑初版第10刷(昭和36年,岩波書店)にも、粉黛(ふんたい):おしろいとま ゆずみ、あるいは粉末:こな〜という記載はありますが “粉体”という言葉そのものが掲載されていないのです。日本の粉体工学創成期から活躍してこられた荒川正文 ・京都工芸繊維大学名誉教授の講話を伺った際、昭和25年ごろに通産省傘下組織の企画セミナーで、粒度分布測定の重要性について話題提供したことがあったそうです。

 その時の案内状(官報)に初めて意識して“粉体”という用語を記載したとの荒川先生のお話でしたから、本格的な粉体工学の歴史は戦後、それも高度経済成長期辺りから 官民で意識され始め、工業界各分野のコンセンサスを得てようやく“粉体”というものの見方が定着してきたものと思われます。

 その“粉体”の研究や実用化が急速に拡大した背景にはコンピュータリゼーションと通信技術の発展があることは疑う余地が有りません。微粒子の集合体である粉体の物性 や挙動は統計・確率的に扱われ、論じられ、計測され、あるいは管理されるので、高速で大容量の演算処理が出来るコンピュータは不可欠です。中でも粒度分布測定器をは じめとする粉体物性計測機器類の進歩は目覚しいものがあります。

 一方ハード面である粉造りも、粉体材料を扱うことの難しさ、使いこなせば素晴らしい効用をもたらすことが判明するにつれ、様々な装置上の改良が重ねられ、操作にも習 熟して精密な粉作りが行なわれるようになってきました。工業製品の大半は、少なくとも一度は、粉末/粉末を造粒した顆粒/あるいはペレットといった粒子状の材料形態を とって加工され、成型や焼成を経て物造りが行なわれます。粉砕は粉を生成する粉体工学的単位操作の中でも重要な操作ですが、最近では、単に微粉砕する、あるいはシャ ープな粒度分布にするといった粉砕だけでなく、生成される個々の粒子の形状をも、都合の良い粒子形状になるように調製して粉砕した材料を使用し、高機能・高付加価値 を有する製品製造の決め手とすることが多くなってきています。


1.3[球形に近い粒子を生成する粉砕方法の選定]
 ここで、資源リサイクルで回収されたペットボトルを材料として粉体塗料を製造する過程において、理想的な粉体塗料物性の粉末を製造するために、冷凍粉砕法を採用した時 の選定理由と評価事例の一部をご紹介します。

 粉体塗料を製造するための出発材料は回収ペットボトルから製造した直径3mmほどのPET(ポリエチレンテレフタレート)ペレットです。これを粉砕して塗料粉末を製造するの ですが、粉体塗料用PET粉末には次のような物性上の要求があります(あくまでも1例であり、関連する要点のみ抜粋します)。
  ● 粒度分布が60〜250μmの範囲に入ること
  ● 最大粒径は300μmを越えないこと
  ● 安息角は、目安として43度前後となること
  ● かさ密度が0.6〜0.65(kg/l)の範囲に入ること
 これら一つ一つの物性の要求は達成がそれほど難しくないのですが、全ての条件を同時に満たすには、粒子が球形に近くないとかなり困難なのです。一般に粉体塗料では微粉が 多いと塗膜が厚くボッテリした感じになって美観を損ね、微粉量が少なすぎるとピンホールが発生して未塗装部分が発生するなどの重大欠陥となります。したがって粗粉と微粉 の適度な配合割合(粒度分布)も要求されるので粒度分布と粒子形状を満足する高度な粉砕技術が要求されます。

 図1図2は、このような要求を受け、PETのペレットをピンミル相当の機械式粉砕機で常温粉砕した時と、同じ材料を液体窒素で冷却し、せん断式ミルで粉砕した時の生成粒子の 円形度を比較したデータです。円形度という評価基準は画像解析で用いられる評価法の一つで、その粒子の投影像がどの程度円に近いかを評価する方法であり、定義は、【そ の粒子像の投影面積と同じ面積の円周長を、その粒子画像の周囲長で除した値】です。したがって真円の円形度は1.0であり、粒子像がいびつな形になるほど数値は1より小さく なっていきます。画像としては2次元ですが、実体のある粒子では球形度に相当すると考えて適用します。ご参考までに図3に、円形度が0.8超/0.6超0.8以下/0.4超0.6以下/0.2 超0.4以下〜の範囲に入る粒子画像の1例を示しておきます。円形度が小さくなるにつれて形状がいびつになる様子がお分かりいただけると思います。

 画像法による計測では対象とした全ての粒子(図1,2の例では約2700個)の画像情報が保存され、形状を解析するソフトによってパラメータごとに瞬時に統計処理されます。図 1は粉砕生成粉末の画像を粒径区間別に処理し、円形度1.0〜0.8の範囲に入る粒子の数がどれぐらいの割合で含まれているかを、常温粉砕と冷凍粉砕で比較したもの、同様に図2は、 円形度が0.4超0.6以下の範囲の粒子の生成割合を、常温粉砕と冷凍粉砕で比較したものです。

 図1の比較から、冷凍粉砕による生成粒子は、塗装用の粒子として重要な、60μmから180μmの粒度域で、その粒度域に入る約30%の個数の粒子が球形に近い円形度0.8〜1.0を 占め、更に180μm以上の粒度域では球形に近い粒子が圧倒的に多数の割合を占めていることがわかります。それに対し常温粉砕では、90μm以上の粒度域で、円形度が0.8より大きな 粒子はその粒度域粒子の内数パーセント以下のごくわずかな個数割合に過ぎないことが読み取れます。続いて図2に目を転じると、冷凍粉砕粒子は全粒度域で、円形度0.4から0.6の いびつな粒子が10%強しか存在しないのに対し、常温粉砕粒子の90μmから350μmの粒度範囲では円形度0.4から0.6の粒子がほぼ半分を占めていることがわかります。

 この時の常温粉砕による粉末のかさ密度を測定したところ、粒度分布的には要求粒度の範囲に入っていても、かさ密度が基準値より小さく、また安息角が大きくなって不合格でした。 一方、冷凍粉砕した粉末は、かさ密度、安息角共に基準値範囲に入り合格品となりましたが、これは大多数が球形に近い粒子に粉砕され、粒度分布を満たしたことによる充填構造に 基づく粉体集合特性の結果だと判断しています。

 この例のような評価法に基づいて、他のいくつかの要素も勘案しながら、現在の再製PET粉体塗料の製造用には、冷凍粉砕法を採用しています。

 画像解析による粒子形状ならびに粒度分布の評価法を採用し、生成粉のサンプリング評価を繰り返しつつ粉体塗料の商業生産を行なっていますが、サンプリングエラーを回避する 大量の粒子画像データ計測を可能にしたコンピュータの処理能力アップとCCDカメラによる画像処理技術の向上は、今後も更に進化して、精密な粉砕技術を推進して行くツールになる ものと考えています。





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第2回 [粒子形状・その2〜世界の砂の形を比較した](2008/9/16)


2-1.[8.31サザンを聴いて]
 私のコラムも無事スタートできましたので、今回はちょっと夢のある話題を選びたいと思います。夏の終わりに砂のお話しです。
 今年8月31日午前1時から[サザン30thライブ]と題して、日本全国のFM53局ネットで、サザンオールスターズの30周年ライブの模様が放送されました。来年以降の活動休止が発表されたこともあって、ファンの多いサザンですから、さぞかし多くの老若男女が深夜のFMに耳を傾けたことと思います。かく言う私も、昔、深夜放送(AMですが)を聞きつつ受験勉強や夜更かしをした時代を思い出しました。アメリカンフォークのコピーの頃からフォークファンだった私は、南こうせつや吉田拓郎、井上陽水などのシンガーソングライターといわれるフォーク歌手が登場し、その曲を聞き、ようやく若者の文化としての音楽が定着したことを実感して嬉しくなったものでした。当時のほとんどの学生や若者はお金がなかった。餃子ライスがご馳走でしたし、飲み会は、安いのが取り柄の焼酎かポートワイン、どてらを着て下駄を履いて銭湯へ行くのが定判でしたが、自分達が時代を拓いていけるんじゃないだろうかと嬉しくなって、フォークソングやはしりのニューミュージックを口ずさみ、貧乏はあまり気にしなかったのです。少しやせ我慢だったかも知れませんけどね。

 ところがずっこけましたねえ。サザンが登場してしばらくは・・・。ユーミンがメジャーになりサザンがヒットし出してから若者の考え方やライフスタイルがガラリ変わったとはよく言われることですが、確かにリッチになってしまいました。自分の部屋に電話を引き、シャワーやエアコンがあるのは当たり前になりましたから、随分自分達の頃とは違うじゃないか!と不平も並べたくなったものです。サザンの歌にしたって、「やたら巻き舌の英語の歌詞が多いし、第一、意味不明な日本語歌詞も多くて何を言いたいのかわからないよ!」などと毒突いてみたものの、よくよく聞いてみるとメロディーラインが鮮烈で、何よりリズム感がある。「ちょっと悔しいが今までの俺達には無い感覚だし、ライフスタイルのセンスが良いよなあ」などと言いつつ、いつの間にか惹き付けられて行ったのです。

 その感覚が決定的になったのは、1983年の初夏だったと記憶していますが、TBSテレビで山田太一脚本の『ふぞろいの林檎たち』が放送された時でした。就職活動や進路で悩む落ちこぼれ大学生達の本音や不安をシリアスに、時に優しく描いた秀作でしたが、そのドラマのなかにサザンの音楽が沢山流れていたのです。中でも印象的だったのは高層ビルをバックに数個の林檎が何度も投げ上げられては落ちてくるドラマタイトルシーンでした。その影像と共に『いとしのエリー』が流れ、やはり間違いなく時代の象徴だったと思うのです。

2-2.[砂を測ったきっかけ]
 サザンには海、それも湘南の海がやはり一番似合いますね。そんな訳で私も、何度となく鎌倉・藤沢には足を運んでいますが、ある年の夏、稲村ヶ崎から七里ヶ浜へ散歩していて浜辺の砂を手ですくい上げた時、これから行く旅先で、砂を一握り持ち帰り、各国の砂がどんな具合にちがうのかを比べてみようと、ふと思い立ったのです。サザンの曲を聴くと今でもこの時のことを良く思い出します。この思い付きから随分時間が過ぎましたが、心掛けていたせいか、この時の稲村ケ崎の砂(鉄分が多いらしく黒い砂です)、サイパン島の海岸の砂(珊瑚の白い破片が多いようです)、釜山(プサン)の海岸の砂、エジプトのピラミッド前の砂、米国・グランドキャニオン渓谷の砂など、かなり異なる場所、浜辺と内陸の砂が手元に集まったので、粒度分布や粒子形状を比較してみることにしたのです。本格的な鉱物採集などではなく、組成分析は行なっていませんし、片方の手の平で足元からすくい取ったものがサンプルですから、その点はご了承ください。

2-3.[陸地の砂のほうが丸い!]
 さて、世界の5箇所で収集した砂ですが、測定は画像処理式粒度・形状分布測定器:PITA-1型を使用しました。採取した砂は、前処理として1mm目開きの乾式ふるいを通して最大粒径を調製し、ふるい通過分を測定して粒度分布と粒子形状(円形度)を求め、どのような違いが有るだろうかと比較してみたのです。図4に、《世界各地の砂5種の重量累積粒度分布》、図5に、《世界各地の砂5種の円形度》として、結果をまとめて示します。


図4 世界各地の砂5種の粒度分布


図5 世界各地の砂5種の円形度

 先ず粒度分布については、1mmのふるい通過成分に統一して測定したせいか、サイパンの砂がやや細かめの平均粒径255μmである以外は、他の4点とも380μmから460μmの平均粒径範囲に入り大きな差はありません。それに対し、砂の粒子の投影形状がどれぐらい円に近いかを判断する円形度に注目したところ、かなり特徴的な差が見出されました。円形度とは、試料粒子1個の投影像の面積を求め、その面積と同じ面積を有する円の円周長さを、試料粒子の外周の長さで除して求める値であり、粒子が真円であれば1.0になります。いびつな形状の粒子だったり、複雑に入り組んだ外周形状をしていると、円形度の値は1より小さくなります。円形度が小さくなると粒子の形がどのように見えるかは、私の第1回コラムのポリエチレン粒子の写真例を参照してください。

 画像解析式粒度・粒子形状測定器では、対象となる粉末を構成する粒子1個1個を撮像し、個々の粒子画像の面積に相当する円の直径(粉体工学では円相当径という)の粒子が何個ずつの割合で存在するかを扱う個数基準の粒度分布、個々の円相当径粒子像の面積を基準として分布を求める面積分布、同様に個々の円相当径粒子像の体積を基準として分布を求める体積分布(重量分布ともいう)が、いずれも瞬時に出力されます。更に、補足した粒子画像から、上記定義の円形度や、針状粒子の長径と短径の比(アスペクト比といいます)ほか、粒子の形に関する物性評価も同時に行なえるのです。

 産業界における物造りでは多くの場面で粉末やそれを造粒した顆粒が扱われますが、充填や成型されて最終製品への加工が行なわれるため、粒度と共に粒子や顆粒の形状はキーポイントになります。一般に、強度を高くするなどの高付加価値をもたらす高密度の成形体は、型に対する材料粉末を高密度充填することで得られ、その、型へ供給する粉末の高密度充填を達成するためには、粒度分布と粒子形状をコントロールした最密充填が決め手になります。粉体材料を使った物造りの高品質化や新機能の発現のヒントは、粒子形状という粉体物性への着目に有るかもしれません。

 ところで今回比較した世界の砂5種の測定結果は、粉砕畑を歩んできた私にとって少々予想外のものでした。私は当初、海の砂3種については湿式ボールミルを念頭に置き、寄せては返す波に洗われる砂粒は表面粉砕され、丸い砂粒になると思いました。又、内陸の砂2種は砂漠ですから、雨も降らず、風化で割れていき体積粉砕されて角張った粒子が多い結果になるのではないかなどと予想していたのです。しかし何と測定結果は全く逆でした。図5にその比較結果が出ているのですが、砂漠の砂であるピラミッド前の砂とグランドキャニオンの砂は個数基準で円形度0.96〜1の区間に頻度の大きなピークがあるのに対しサイパン、釜山、そして我が稲村ケ崎の3箇所の海辺の砂は、円形度0.8〜0.84区間にピークがきています。つまり、砂粒の個数で見る限り、砂漠の砂のほうが丸く、海辺の砂はいびつな砂が多いという結果でした。

 今回のような少量の測定で全体を論ずるのは乱暴ではありますが、内陸の砂のほうが球形に近いという意外な傾向の実例が得られたことは、先入観にとらわれずに材料は測定して見なければならない、特に粉体材料はそうであることを改めて認識する機会となりました。測定対象に“鳴き砂”なども加えてみると、砂が“鳴く”原因は砂粒の形状にあるといいますから、新たな発見があるかも知れないと考えています。

 この砂の例に拘らず、現在製造ラインで、例えば粒度分布だけを管理項目として測定し、物造りに使用している材料粉末についても、一度粒子の形状を測定してみると、意外に観念的にとらえていた粒子形状とは異なり、粒子の形状管理にまで踏み込めば、製品の品質向上につながるようなヒントが見つかることもあるかもしれませんね。

2-4.[500型といた夏]
   江ノ電500型(502号機)の写真

図6 昼下がりの稲村ヶ崎駅にて(1987.8.9)


 今回のコラムはサザンの音楽にかけて世界の砂粒の形を測定した話へとつなぎましたが、鉄道ファンでもある私は湘南海岸というと江ノ電のことにどうしても触れたくなります。

 昭和30年代末にマイカーブーム起きて収支が悪化し、廃止が検討された江ノ電だそうですが、併走する国道が大渋滞し、その定時運行性や利便性が見直されて存続が決まり、今では欠くことのできない交通機関として定着しているのは嬉しい事です。そして他の地方鉄道同様、鉄道車両や駅、その周辺施設を見ると、とても大切にメンテナンスされ、鉄道会社の人々はもちろん、住民に愛されている様子がよくわかります。駅のベンチや照明灯、柵などまで含めて同じものは一つもないといっていいほど、長期間大切に使われています。江ノ電の車両もそうです。他の地方鉄道から移籍してきた車両も多いので、車両の個性があって愛着が湧きます。写真は、今回のコラムの発端となった稲村ケ崎で砂を収集した日、江ノ電稲村ケ崎駅で鎌倉へ向かう500型(502号機)を撮影したものです。やけに暑い夏の日でしたが、500型はその丸顔の愛嬌がある車体でトコトコと極楽寺へと向かって行きました。列車が去った後には人影もなく、蝉の声と潮風だけが漂う中、ホームに佇んでいたことを想い出します。
 今回のコラムはサザンと江ノ電の話が半分を占めてしまいましたが、ちょっと一息、過ぎてゆく今年の夏の1ページとしてご容赦下さい。



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第3回 [簡単に測れるが、奥が深い安息角](2008/9/30)


3-1.[粉の集合体物性:安息角]
 前2回のコラムでは粉体を構成する個々の粒子の形状についてお話しましたので、今回は意外に身近で利用価値の高い、粒子集合体としての粉体物性:安息角(あんそくかく)の話題を提供しましょう。
 安息角とは、粉体工学的にはいくつかの定義と測定法があるのですが、代表的なものは、摩擦係数が大きな水平面に対し、漏斗などを使って上方から粉末を静かに落下させ、円錐状の堆積物を形成させます。その円錐の表面と水平面のなす角度を安息角(または休止角、あるいは単に息角)といいます。

 安息角は、堆積物の稜線が水平面と成す角度という、最も単純な評価物性でありながら、その粉末の粒度分布、粒子個々の形状、粒子の個々の表面粗さなどの複合的な要素が敏感に角度に反映されるので、物造りの際の材料粉末を使った研究開発用評価パラメータとして、また粉体材料による大量生産の品質管理パラメータとして大変重要で便利なものです。球形やそれに近い粒子で構成される粉末は流動性が良いので安息角が小さくなりますし、不定形や繊維状、鱗片状の粒子などのように、粒子同士の接触点が多く、接触面積が大きい形状の粒子の安息角は大きくなります。
 安息角を粉体物性として安定的に測定するためにはいくつかの工夫が重ねられてきましたが、多く見受けられるタイプは、次のようなものです。

 ・滑り止め加工を施した適当な大きさの円板を用意して水平に設置し、その円板の中心に上方から漏斗で試料粉末を供給します。
 ・円板を底面とする安定的な円錐状の堆積層が形成されたら粉末の供給を停めます。粉末はオーバーフローするまで充分に供給します。
 ・そして円錐状堆積物頂点と円板の縁とを結ぶ稜線と、底面円板のなす角度を測ります。稜線の角度を分度器などで目視しても計測できますが、読み取り誤差を生じ易いので、最近では側方からCCDカメラなどで撮像し、円板底辺と像の稜線の角度を求める、あるいは円錐体の投影面積を求め、底辺は円板の直径で一定していることから、円板の直径を底辺とする二等辺三角形を形成しているものとみなして、安息角を求める方法などがあります。



 図7(引用1)は、安息角を測定するために、円板に円錐状に堆積した粉末をイメージアナライザーで測定した例です。この、イメージアナライザーを使って安息角を測定することのメリットは、実は単に安息角という1次のパラメータを得るだけでなく、その粉末試料に含まれる流動性の良し悪しや附着性の大小の情報も得られることです。
 それは撮像された堆積粉体の投影面積に等しい二等辺三角形の稜線(直線)に対し、実際に撮像された投影像を重ねあわせ、両者の稜線の凹凸の差、稜線長さの相違を比較することで物性の差の情報が得られます。この情報を品質管理に用いれば、生産に供している粉末材料の物性の変化が生じたことを定量的に、ごく短い時間間隔で検出し、信号として取り出せます。粉体材料を扱う工程の上流で最初の品質管理を簡単、効果的に行うことができるので、工程管理のヒントにされてはいかがでしょう。


図7 安息角をイメージアナライザーで評価する

 なお、このような方法で安息角を測定する際、円板の下部にロードセルを置いて計量すれば、かさ密度(単位体積当たりの重量。単位はgr/cm3)を求めることができます。通常かさ密度は、容器に粉末を充填し、充填する時に加える操作によって、

 ・静かさ密度:容器の中に雪が降り積もるような状態で充填された密度
 ・横振動かさ密度:容器に横振動を加えつつ粉末を充填した時の密度
 ・タップ密度:粉末を入れた容器ごと、一定の落差で容器の底部をテーブルに
  向かって落下させる動作を繰り返し、内部の粉体層を圧縮して測る密度
 ・圧縮密度:容器に入れた粉体層の上部から荷重をかけて圧縮した時の密度
       ※厳密には、圧縮密度は、かさ密度には属さない
〜に大まかに分類されますが、いずれも容器に入った粉末の密度を求めるものなので 容器の大きさやプロポーションによる影響を少なからず受けた密度値です。

 その点、ここにご紹介した円板に安息角を成して堆積した、もっと自然な状態の、いわば非拘束状態のかさ密度を求めることは、粉体物性計測の幅を広げて、粉末材料の品質管理に役立てることができるものと思われます。
 安息角の測定で注意すべき点は、安息角測定値は粉末に含まれる水分の影響を非常に大きく受け、また、円板に粉末を堆積させる際に分散させながら粉末の供給を行うので、周辺の湿度の影響も大きく受けます。従って測定値判定の際は、粉末材の水分値を考慮することと、吸湿の影響が無いかについても併せて判断する必要があります。

 3-2.[枯山水庭園に安息角を観る]
 そろそろ秋の旅行シーズンですね。私もカメラ片手に、庭園鑑賞などに良く出かけます。社寺仏閣の山門をくぐり、庭園に対座すると背筋がしゃんとして、心安らぐ自問自答ができます。中でも枯山水庭園の要素は、白砂と石組み、わずかな苔や小植物、背景の土塀や控えめな借景などが基本であり、作庭者の訴えが表面的には強くない分、来訪者を受け入れてくださる視覚的な空間と精神的なゆとりを感じてほっとするのは私だけでしょうか。


図8 無から有を感じる盛り砂(1984.12.31,筆者撮影)

 さて、枯山水庭園を拝観していると白砂は海原を表すものといわれますが、ごく単純な造形物の中に、凝縮された美しさ、単純であるが故の存在感を感じさせるものがあります。図8は京都、大徳寺の大仙院を拝観した際に私が接した風景です。1対の円錐状の盛り砂ですが、最も単純な形でありながら存在感に溢れ、無から有が生ずる瞬間を強く感じさせられます。この盛り砂の安息角は約39度です。風に飛ばされたり雨に流されたりしないように、この白砂と盛り砂の粒度はあつらえてあるのだと推測します。人々の営みの歴史を、二つの盛り砂はいつもと同じおだやかな稜線を見せながら見守ってきたのかも知れませんね。

 また、安息角の観点で拝観すると、さらに興味深い作庭物に接することが有ります。
 図9は銀閣寺(慈照寺)の銀砂灘(ぎんしゃだん)と独特な台形をした向月台(こうげつだい)を私が拝観時に撮影したものです。中秋の名月の時、東山から昇る月の光がこの向月台と銀砂灘に降り注ぎ、方丈や書院の東求堂(とうぐどう)に反射光が差し込むとガイドの方に聞きましたから、その美しさは筆舌に尽くしがたいのではないかと思われます。一度でいいから満月の夜に拝観してみたいものですね。

  

 ところでこの向月台の持つ量感と質感は、訪問するたびに、季節によって、天候によって異なった印象を受けるので、ほぼ同じアングルで以前写した写真と比較してみました。その結果、その時々でプロポーションが異なることがわかりました。
 1981年9月に撮影したときの写真(図9)では稜線の角度が約49度で、上底と下底の比は3.6でした。これに対し、最近撮影した時(図10)は、円錐台の稜線の角度が約57度であり、上底と下底の比は2.9となっています。

 従って底面の直径が同じだとすると、図10に撮影した最近の向月台は図9の頃に比べて急な稜線を有し、高さも高くなったのだと思われます。この向月台、銀砂灘の白砂に比べるとかなり細かい砂粒で表面を圧縮して形成されているように見受けられますが、49〜57度の急峻な稜線を持つ円錐台を形成するには、砂の微妙な粒度配合、月の光をも最大に反射させる砂粒の形状までをも考慮した高度な粉体技術と経験が必要であろうと思われます。向月台の形成にバインダーは使っているのだろうか? また、向月台の中は中心部まで全て同じ粒度の砕砂で築かれているのだろうか? 砂の反射を維持するためには、砂の洗浄なども行っているのではないだろうかなどと初歩的な疑問を抱きつつも、私は訪問するたびに、作庭する方の匠の技の深さを感じつつ鑑賞しています。


図11 法然院の白砂壇は斜面の稜線が緩やかなカーブを描いている
(2007.11.22,筆者撮影)



 銀閣寺の近くの法然院には、山門を入ったところに白砂壇(びゃくさだん)が設けてあり、その四角錐台状砂壇の斜面の稜線は、寺院建築の軒反りにも似た緩やかな曲線を描いて形作られています。印象的な造作なので、図11に示しておきます。白砂壇の上に描かれる意匠には季節感のある図柄が選ばれ、時の移ろいを感じさせてもらえます。こうしてみると、安息角を巧みに利用した砂の造形は美しいものを築く要素の一つとして私達の生活に取り入れられてきましたし、これからも続いていくであろう事を確信させてくれますね。枯山水庭園をこのような視点で拝観すると、庭園もまた拝観者を招き入れ、対座する空間を与えてくれるのかも知れません。

 なお、このコラムに執筆した京都の寺院の庭園写真は全て私が撮影し、作庭物と私達の生活の結びつきを粉体工学的見地から見つめるための資料として載せたものであり、商業目的の掲載ではないことを申し添えます。

 引用1):伊藤均,乾式粉砕法による微粒子化技術と最近の応用事例,各種微粒子調製方法と製品応用,(株)情報機構,P409,(2007)


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第4回 [安息角・その2〜安息角を測定して物造りに活かす](2008/10/14)


 4−1.[安息角の実用例・その1〜粉砕のコンピュータシミュレーションに利用する]
 前回は簡単に測れる割に利用分野が広く、奥行きも深い集合体としての粉体物性:『安息角(あんそくかく)』について、測定方法や概念をお話ししました。
 今回はその『安息角』の測定結果を具体的に、開発や物造りに活かしておられる事例をご紹介したいと思います。最初は、ボールミルによる粉砕の生成粒度をコンピュータシミュレーションで予測する際に、粉砕する材料の安息角を測定して解析に利用するというものです。

 ボールミルによる粉砕は装置作りが簡単で、消費動力が少なく、微粉砕できて、湿式でも乾式でも操作できます。更に、粉砕操作の大敵である装置摩耗の発生や、摩耗した成分の製品粉末への混入防止(あるいは低減対策)がとり易いというメリットがあるので、古くから粉砕手段として使われてきました。

 しかしその高い汎用性ゆえ、ある材料をボールミルで粉砕した実績を他の材料の粉砕計画に利用しようとしても、操作パラメータの数が多いので、生成される粉末の粒度の予測が困難だったのです。ボールミルによる粉砕を行なう時の主なパラメータには、砕料の粒度、硬度、脆性、強度や、円筒容器に対する砕料充填率、ボールの径やそのサイズ分布の有無、ボールの真密度、容器に対するボール充填率などがありますし、円筒容器のプロポーション(内径と長さの比)や円筒容器の回転速度も操作条件の一つです。これが湿式運転ともなれば、分散媒液の種類と量、そのアルカリイオン濃度や粘性までもがパラメータに加わるので、操作パラメータの組み合わせは膨大な数に上ります。
 しかも実験用小型ボールミルで粉砕する時と、処理量の増大を計画して大口径の円筒容器ボールミルで粉砕する時の比較では、大型機の円筒内で持ち上げられたボールが落下して内部滞留層のボールとの間にある粒子に与える衝撃力が小型機の時に比べて大きくなるため、粉砕の際に加わる応力そのものも円筒容器の内径に伴って変化し、他のパラメータを固定しても生成粒度が異なってくるのです。この点は特に鉱工業材料のスケールアップ粉砕を計画する時にネックとなっていました。

 結果、ボールミルによるスケールアップ粉砕計画の歴史は、材料側のパラメータを固定し、出発機種である小型テスト機で各種パラメータを組み合わせながら粉砕し、小型機で得られた範囲のデータを元に中型のテストを重ね、更に大型へと進め、逐次校正法的に粉砕結果を外捜で予測しつつ大型機にたどり着くしかなかったのです。
 このために膨大な量の砕料を調製し、長時間の粉砕テストと物性評価を何度も繰り返し、マンパワーを費やさなければなりませんでした。乱暴な言い方をすれば、「ボールミルによる粉砕は、どのような粒度の生成物が、どれぐらいの処理量(1バッチ、あるいは単位時間当たりの、目標産物生成量)でできるかは、やってみなければわからない」という状態だったのです。これでは、安価に素早く最適操作条件を求めなければならない物造り用の粉を造る“粉末メーカー”、あるいは粉を加工して最終製品を造る立場の“粉末ユーザー”は困ってしまいます。まして最近のように材料開発が急速に進展するのに伴って粉の生産量が急激に拡大あるいは縮小し、しかも粉体物性が大幅に変化していく中では、技術的対応と生産管理の両面で早急な解決策が必要でした。

 このような状況の打開策として、コンピュータシミュレーションによるボールミル粉砕時の生成粒度分布予測法が着目され、かなり精度の高い予測ができるようになりました。このシミュレーションの際に、重要なパラメータである砕料粉末の摩擦係数を求める手段として、簡便な測定法である安息角を測定し利用している、東北大学多元研・加納純也准教授らによる研究内容の一部をご紹介します。

 粉砕過程のシミュレーションの中で、ボール同士あるいはボールとミル壁間に作用する力を求め、ボールの運動方程式から、ボールの加速度,速度,変位を計算し、そのボール群の動きから、実際に粉砕されて粒径変化を生ずる過程を予測することに成功しています。この時のボール全体の挙動を解析する離散要素法:DEM(distinct element method)と呼ばれる解析手法があります。このDEMによる粉砕シミュレーションに際し、重要なパラメータである砕料粉末の摩擦係数を定めるのに安息角の測定結果が使われているのです。

 ボールミル内部での粉砕はボールに粉末が付着した状態で推移し、運動に伴うボール間の接触応力は、弾性力、付着力、摩擦力の3種類の力が作用していると考えられますが、この内、粉砕シミュレーションの進行に影響を及ぼすボールの挙動のほとんどを支配するのが摩擦力です。従って粉砕シミュレーションに影響を及ぼすパラメータとして砕料粉末の摩擦係数を適切な値で入力することが正確なボールの挙動シミュレーションを可能にする条件であり、精度の高い生成粒度予測につながる訳です。


図12 試料粉体の安息角とシミュレーションにおける最適摩擦係数の関係(引用2) 

 加納准教授らはこの摩擦係数を求める簡便な手段として安息角に注目し調査した結果、図12(引用2)のように、乾式のボールミルで各種試料を粉砕する時の試料粉体の安息角と、シミュレーションにおける最適摩擦係数の間にはパラメータとして採用するに足る高い相関関係があることを見出しました。これにより、砕料の安息角を測れば適切な摩擦係数を定めてシミュレーションを行うことが可能になり、迅速・簡便に、粉砕生成粒度の予測ができるようになったのです。以上が鉱工業用材料の乾式ボールミル粉砕における生成粒度予測シミュレーションに、安息角測定値が役に立っているという最近の事例でした。このシミュレーションも、単に安息角だけでなく、安息角を成す稜線の情報を安息角と組み合わせた関数関係で代入すれば、パラメータの絞込みが更に進み、精度の高い生成粒度予測につなげることが期待できるのではないかと私は考えています。

 4−2.[安息角の実用例・その2〜美味い蕎麦を喰おう]
 上杉藩の城下町として栄えた山形県米沢市の中心部、旧町名『粡町(あらまち)』に、蕎麦屋:Kはあります。『粡』とは籾(もみ)の別名で、米座として栄えた余韻を感じさせる町名であり、米沢6町の一つとして繁栄したとびっきり古い商人町です(引用3)。

 この蕎麦屋「K」は屋敷神である地元のお稲荷の様の名を店名の一部に冠し、文化10年(1813)の創業以来そば一筋に歩んでこられた老舗です(引用4)。

 私は今年の春に所用で米沢を訪れた際、40年近く前に訪れた事がある蕎麦屋「K」を思い出して行ってみたのです。そもそもこの「K」は、私が現在勤務する会社に就職して3年ほど経ち、出身地である米沢にお盆休みで帰省して友人に会った際、「ちょっと変わった美味い蕎麦があるからおごるよ」と言われ連れて行ってもらったお店でした。そのちょっと変わったそばが『割子そば(わりこそば)』と言うのだということはメニューを見て知りました。塗り物の美しい器が5段ほど重ねてあり、その中に各々蕎麦が入っています。その脇には天ぷらや季節の野菜を入れた薬味皿があって、蕎麦との取り合わせを変えながら様々な味わい方が楽しめたのです。薬味の中でも身欠きにしんが一切れ付いていたのが印象に残っていますが、京都でも“にしんそば”が有名なように、にしんと蕎麦の組み合わせは味の相性が良いのでしょうね。蕎麦といえば掛けか盛り、良くてざる蕎麦ぐらいにしか思っていませんでしたから、根が食いしん坊の私は『割子そば』の味の広がりにビックリして感激したものでした。人間、美味しいものは忘れないようです。

 さて、懐かしさもあって訪れた「K」で今回、蕎麦を食べたのはもちろんでしたが、店の格子窓越しに大通りを眺めつつ、「昔の米沢は自転車に乗った人の往来が賑やかだったが、今は車が行き交うだけになり、時代と共に風景が変わったな」などと感慨にふけっていたところ、店の一部に風変わりな臼が展示してあるのに気付きました。図13に示します。


図13 昔、蕎麦殻を剥ぎ取るのに使った木摺り(きずり)臼:「K」にて筆者撮影

 近付いてみると『木摺臼(きずりうす)』と書いてあります。こうもり傘を開いた時のような円錐状の丸太の斜面に放射状の溝が切ってあり、その上から虚無僧がかぶる深編み笠のような形に似た上臼をかぶせるようになっています。円錐状の斜面と溝との間に蕎麦の実を挟んで、摩擦力で殻をはぎ取る作用をさせるものと考えられます。材料に過度な力を加えず目的を達成する木製の臼のメカニズムは良くできているなあと感心したものでした。

 この時点で既に私は蕎麦にはまっていたのかも知れませんが、蕎麦粉と美味しさの関係を、粒度を始めとする粉体物性の観点から確かめてみたいと虫が騒いだのです。
 そこで私はご主人のK.Kさんにお声を掛けました。私が40年近く前にこのお店に来たこと、学生時代は米沢で過ごしたが上京して粉体工学関係の仕事に就き、粉の物性測定器や粉砕機の開発に従事してきたことをお話しした上で、蕎麦の美味しさを蕎麦粉の物性から分析してみる機会を与えて頂けないかと協力をお願いしたのです。
 恐る恐る打診しましたが、ご主人は次のように応えてくださいました。「いやー、伊藤さんの話を聞いて嬉しかったですねえ。確かに40数年前、当店が割子そばをメニューに出す際は本当に悩んだんです。実はですね、私がお客さんに、美味しくてその上楽しんで頂けるものをお出ししたいと考えてメニューに割子そばを考えた当時は、ラーメン1杯が60円でした。そんな時代にいくら美味いからといって、350円もする蕎麦を、お客さんは食べてくださるのだろうか?」と考え、1年も悩んだそうです。家業を守ってこられたご主人のお祖母さんにも相談したところ、「お願いだからそんな危ない冒険はやめておくれ」と懇願されたそうですが、最終的には、充分調査して手応えをつかみ、お客様はきっと喜んでくださるはずとの信念を持って発売に踏み切ったのだそうです。初めて店のメニューでお出しする日は、どうなることかと朝から気が気ではなかったそうですが、お昼前に、割子そばを始めるという新聞広告を見たという農協さんから20杯の電話注文を頂いたのを皮切りに、沢山のお客さんから注文が続き、今度は嬉しい悲鳴と共に材料仕入れや作るほうの心配をしなければならなくなった想い出があるのだとのお話しでした。

 この話を伺った私も、これは間違いなく商品開発と営業判断(経営判断)の原点だなと同感したものでした。そしてご主人からは、「40年も前に当店の割子そばを食べて美味しいと思って下さったこと、その時の味を覚えていて下さって、再び足を運んでくださった事は本当に嬉しいんです。しかも伊藤さんのお仕事が粉砕機製造や粉の分析だとおっしゃる。協力しますから是非、美味い蕎麦と粉の関係を調べるのに取り組んでみましょう」〜と快諾いただいたのです。これを受け、「K」で使っておられる蕎麦粉の中から4品種の蕎麦粉をお預かりし、粉体物性を評価してみました。そしてそれらの蕎麦粉を使ってお店で提供しておられる蕎麦についてのご主人のコメントを比較してみることにしたのです。食品の味のランク付けは一般に官能試験をして定量し、評価する難しいものだと思いますが、今回私は、老舗蕎麦屋のご主人のコメントと粉体物性の相関、あるいは差異に着目して、粉体物性による蕎麦の味覚への影響を大まかに評価してみたものです。測定結果は表1に示します。

表1 4種類の蕎麦粉の物性とご主人のコメント 


   これらの蕎麦粉の測定に当たって、私は全てのサンプルの産地や銘柄、粉砕加工をしている外注先を伺いましたが、測定結果の作表に際しては、銘柄をアルファベットで表示しました。価格(蕎麦粉の仕入れ値)は粉ごとにかなり異なり、お店で出されるメニューごとに使い分け、また粉同士を配合する割合も異なるそうです。

 測定結果とご主人のコメントを照らし合わせ、私なりに面白いことに気付きました。
 一番美味しいとご主人が自信を持ち、お客様からもそのように評価を受け、毎日限定枚数しか提供できない『板そば』用の粉Mは安息角が一番小さいのです。また、その蕎麦粉は粒子の形状評価をした結果、大きな差ではありませんがアスペクト比(蕎麦粉の粒子の長短度)が4種の中では一番大きいことがわかりました。更にMのかさ密度がIやDに比べてかなり大きいことも特徴的であり、これは一定体積に対する充填率が高いことを意味し、密度の高い蕎麦を作れる要素につながっていると推測されます。

 平均粒径がほぼ同じなのに銘柄Mのかさ密度がかなり大きく、その一方安息角が一番小さいということは、銘柄Mの粉体物性が他の3銘柄といか大きな差があるかの証左であり、ご主人が美味い蕎麦作りにこだわる時の、蕎麦粉に対する要求要素を敏感に反映していると考えられます。

 この銘柄Mは、産地が他の3銘柄とは異なり、粉の挽き方も他の3種類とは全く違うとのことでした。確かに平均粒径では普段店で多く出しておられる銘柄IやDとそれほど違いませんが粒度分布の傾きの値がかなり大きいのです。これはIやDに比べ細かい粉も多いが粗い粒子も多く広い粒度分布であることを意味します。この銘柄Mは、粉の仕入れ値も他の3種に比べて比較にならないぐらい高いが、それだけの差=価値はあるとのコメントでした。

 その一方、店で多く提供する蕎麦の銘柄IやDに対しては、それだけでは物足りなさを感じるのでAという銘柄の粉をある割合で配合して蕎麦を打っておられるそうです。
 IやDにAを配合することで喉越しが良くなると共に、蕎麦つゆの絡みも良くなって、つゆの美味しさも味わっていただけるので腕の見せ所なのだとおっしゃいました。銘柄Aは平均粒径もIやDに比べて粗く、粗い粒子がかなり多い蕎麦粉です。このことは粒子撮影画像でも確認できましたし、広い粒度分布となって現れています。

 これらを総合してみると、蕎麦の美味さと食感は、全体的に弾力があって滑らかであることを細かい蕎麦粉が担い、その中に粗い粒子がほど良い割合で存在することによる喉越しと、出汁(だし)の効いた蕎麦つゆを巧みに口に運ばせる、つゆの絡みの良さにあるようです。人間の食感とは実に精細なものですね。物性測定値の比較表の中には粒度(平均粒径と分布の傾き)、かさ密度と共に安息角を示しましたが、安息角も優れた判断基準になることを示すことができた一例でした。

 いさめるお祖母さんを拝み倒し、充分調査した上で自分の信ずる仕事に踏み込んだ『割子そば』は、今風に言えば『蕎麦屋のプロジェクトX』だったのではないでしょうか。ご主人のK.Kさんは伝統を守りつつも粉の分析を進め、より美味しい蕎麦作りを目指して蕎麦粉配合の工夫などを重ねておられます。その追求に、粉体工学はまだまだお手伝いできる余地があるように思われます。

 2009年のNHK大河ドラマは直江兼続が主人公となる『天地人』が予定されているそうですが、直江兼続ゆかりの街米沢を訪れる機会があったら、観光の傍ら伝統の蕎麦の喉越しや蕎麦つゆの絡みを味わうのも一興かもしれませんね。

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引用2)加納純也,先端粉砕技術と応用,図7,P529,(社)日本粉体工業技術協会編,発行所:(有)エヌジーティー,(2005)
引用3)小山内鴻,米沢今昔「街あるき」読本・その1,P24,製作・印刷:(株)ケムシー,発行:米沢商工会議所,平成16年度山形県中心市街地街づくり活性化支援事業,2005年2月発行
引用4)小山内鴻,米沢今昔「街あるき」読本・その2,P27,編集・製作:鈴木弘子,
発行:米沢商工会議所,平成17年度山形県中心市街地街づくり活性化支援事業,2006年3月発行



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第5回 [ループ型ジェットミルの分級機能依存度](2008/10/28)

5−1.[ジェットミルの特長と普及の背景]
 今回は代表的な乾式微粉砕機の一つであるジェットミルの分級機能依存度についてお話します。

 我が国にジェットミルが導入され始めたきっかけは、1960年代から70年代前半にかけての高度経済成長期に合わせ、農作物の単位面積当たり収穫高を向上させるために農薬水和剤、除草剤、殺虫剤などが大量に消費されるようになり、それらの農薬原体や増量剤を微粉砕するのが目的でした。

 ジェットミルの代表的な特長には、
  ・ 乾式で超微粉砕ができ、生成物の粒度分布がシャープである。
  ・ 安定した粒度分布の粉砕生成物が、瞬時に、連続して得られる。
  ・ 解砕能力に優れ、良く分散された乾式微粉末が得られる。
  ・ 流体に圧縮空気を使った場合などでは、低融点弱熱性物質を温度上昇させること無く粉砕できる。
  ・ 不活性雰囲気粉砕、乾燥、混合、コーティングなどとの複合操作が容易。
〜などが挙げられますが、一般的に弱熱性で、付着や凝集の多い農薬原体の製剤用に最適だったわけです。これ以外では欧米で、塗料やフィラー用に使われる酸化チタンの粉砕にジェットミルが採用されている実績を受け、我が国でも酸化チタンや類似物質粉砕用に数台導入されたのがジェットミル黎明期の動向でした。

 しかし農薬製剤関係のジェットミル需要が一巡し、また減反政策などの影響もあって、1970年代後半からは農薬の生産が急激に減少したので、ジェットミルの特長を活かせる新たな市場を模索することになりました。流通量の大きな産業分野としては、文書コピー用のトナーの粉砕と、電子材料の母材であるチタン酸バリウム等の解砕用に使われるようになりましたし、産業界全体が粉体工学的な観点から材料開発や加工に乗り出し、鉱産物や化学薬品類、ファインセラミックス、あるいは食品も含めた幅広い分野で微粉化が志向され、材料が粉砕されることによってもたらされる高機能・高付加価値を求めて、粉砕が試みられるようになったのです。

5−2.[団塊が団塊を粉砕する]
 そのような流れに乗って私は、全国各地の工業試験所にジェットミルを納入させて頂きました。中でも仙台市にあるT工業技術試験所にジェットオーマイザー0202型(以下JOM−0202と表記)というループ型のジェットミルを米国から輸入して納入した際には、貴重な経験をしました。

 ジェットミルの導入を担当されたT部長から、材料を微粉砕することは物造りへどのように役立つか、そしてジェットミルをどのように活かすべきかについて、設置作業の合間や、食後の休憩時などの会話の中で様々なアドバイスを頂いたのです。

 T部長が担当しておられた課題は、ハワイやグアム島、小笠原諸島などを中心として、赤道付近の太平洋深海底に広く存在する、“マンガンノジュール(manganese nodule)”という岩石の固まりを採取し、その中に含まれるマンガンや鉄、ニッケル、その他の有価金属を回収するためのご研究だったのです。大量に存在しているから、これが活用できれば炭酸カルシウムなどを除いては自国で調達できない日本にとって、資源確保につながる宝の山だとおっしゃるのです。マンガンノジュールはマンガン団塊と和文表記するそうです。
 ちょうどその頃、堺屋太一の『団塊の世代』が発表され、話題となっていたのですが、団塊という言葉はこの時初めて知りました。私が団塊の世代に属し、また扱う材料がその当時科学トピックスだった団塊ですから、T部長からは『団塊さん』などと呼ばれるまでになったのでした。

 マンガンノジュールは太平洋の深海底に膨大な量が存在するといっても、深度1000〜2000メートルといった海底からの採取ですから容易ではありません。どのような採取手段なのかを伺ったところ、現在は調査段階だから、大きなバケツのようなものにロープを付けて海底に届くまで投げ入れ、船を走らせて海底をバケツで引きずって、バケツの中に転がり込んでくるマンガンノジュールを回収しているのだとのお話しでした。
 それにしても、新婚旅行の車の後ろに引きずる空き缶よろしく、あるとき突然天からバケツが下りてきたかと思うと自分の横をガラガラと通り過ぎ、自分達にしてみれば珍しくもない小石を回収して行くのですから、深海魚もさぞびっくりしているでしょうね。

5−3.[ジェットミルに直結した分級機構の効果]
 粉砕設備の検収運転では、握りこぶしぐらいの大きさのマンガンノジュールを1個、お預かりしました。黒に近い灰色で、かなり重い塊でした。月の石とまでは言わないものの、大層貴重なサンプルだと聞いていましたので、そろりとハンマーを振り下ろしたところ意外に簡単に砕け、全体的に5mmぐらいの破片に出来ました。割れて出来た破片の面は鈍い光沢を放って輝いて見えました。それをピンミルにかけて粗粉砕した後、300μm目開きのふるい通過成分を砕料としてJOM-0202型で微粉砕しました。
 結果は平均粒径が6μmほどの生成物が得られ、I部長が希望していた粒度に達したとのご判断でした。これをアルカリ溶液に分散させ、PHを段階的に変化させながら逐次有価金属を回収していくのだとのご説明でした。

 また、その分散と有価金属の効果的な回収のためには、出来るだけシャープな粒度分布に粉砕された粉末が欲しいのだが、ボールミルで粉砕した生成粉末に比較してジェットミル生成粉末はかなりシャープな分布なので、その点でも優れているとの評価でした。


図14 JOM-0202型粉砕装置(T工業技術試験所) 

 そしてJOM−0202型による粉砕の様子を見ておられたI部長は「ジェットミルは圧縮空気を使うからランニングコストの問題があるかも知れないけれど、付加価値の高い材料の微粉砕機として大いに活用できますね。私が観たところ、粒子同士が衝突して粉砕が進行する粉砕ゾーンと、それを分級して粗粉を循環し再度粉砕させる分級ゾーンに分かれていますが、このジェットミルを使って生成される粉砕結果の内、微粉化や粒度分布のシャープさがどの程度、分級機能によってもたらされているかを調べ、分級機能の向上を目差すと、更に良い粉砕機に出来ますよ」とおっしゃったのです。

 次いで「粉砕ゾーンに関しては気流の速度を測定し、最も効率の良い角度で粒子を衝突させた上で、より高速衝突するように改良すれば一段と粉砕性能は向上するでしょうね」と付け加えられたのです。

 この時頂いた2つのアドバイスは、私がその後ジェットミルを国産化し、改良していく大きなきっかけとなりました。最初に手掛けたのはジェットミルによる粉砕結果が、どの程度分級機構に依存しているかを確認することでした。図15に、ループ型ジェットミル:JOM-0608型の標準セットアップと、その0608型から分級機構である上半分を取り外したセットアップでの状態を示します。


図15 分級機構をつけたJOM−0608型と、はずした時のセットアップ比較 

 粉砕テストは平均粒径11.6μmのタルクを砕料とし、テーブルフィーダーで供給速度を変えながら粉砕して生成粒度を比較しました。図15中、1〜6の数字で示されているのは粉砕ノズルで、口径は同じものです。また圧縮空気の元圧や風量などの操作条件は同じにして、分級機構の有無による影響だけを調べたところ、表2のような結果が得られました。




 表2に示す粉砕テスト結果の比較から、遠心力分級を利用した分級機構が付いているセットアップでは生成平均粒径が小さくなっており、粗粉が循環して再粉砕されていることが確認されました。また生成粒径は分級機構が付いている場合も、取り外した場合も砕料供給速度に比例して大きくなることが分かりました。

 次いで粒度分布のシャープさについても、累積75%粒径を同25%粒径で除して比較してあります。この分布のシャープさは数値が大きいと分布が広いことを示すのですが、今回の実験結果では、分級機構無しが2.84〜2.85であるのに対し、分級機構が付いている方は2.72〜2.76を示し、シャープな生成粒度分布になっています。

 この実験はループ型ジェットミルによる一つの事例ではありますが、材料が粉砕ゾーンを一度通過しただけでもある程度の粉砕効果はあること、分級機構が内蔵されることで、より微粉砕された粉末が連続生成されることが定量的に確認されました。従って粉砕ゾーンの粉砕能力を高める一方、分級能力の優れた分級機(あるいは機構)を直結することで、よりシャープで微粉砕出来るジェットミルの開発が可能であることを確信した事例でした。

5−4.[美味い茄子]
 全国各地にジェットミルを設置して回った私は、根が食いしん坊なので、その土地の美味しいものを食べるのが楽しみなのです。
 T工業試験所がある仙台は塩釜や石巻などの漁港が近いので、設置工事で宿泊した時に、さぞかし美味い魚が食べられるのではないかと期待して和食屋の暖簾をくぐったのです。確か刺身を食べようと思ってオーダーしたのでしたが、壁にぶら下がっているお品書きの最後に『美味しい漬けもの』と、流麗な文字で書いてあります。それでその漬物も頼んだところ、食事と一緒に茄子の漬物が出てきました。
 実は茄子の漬物に関しては、私の故郷である米沢(広くは山形県)でほぼ集中して栽培されている『出羽小なす』こそが、漬物用茄子の王者だと信じて疑わなかったのです。小ぶりで硬く、口の中でパチンと皮がはじけ茄子の味が広がる瞬間は、「ああ夏が来た」と感じるぐらいですから、その思い入れは半端ではありませんでした。

 ところが、この仙台の和食屋で出てきた茄子は、仙台の長茄子の超小型版といったところで、小指ほどの大きさであり、色艶もよく、へたが付いたまま出てきたのです。茄子の漬物が好物の私は、刺身のことなどすっかり忘れて見入りました。紫色のへたをめくってみると女性の白いうなじのようにきれいです。「長茄子はぐにゃぐにゃして美味くないワイ」などと思っていた私でしたが、意外にシャキシャキした歯ごたえ、素朴な味で、あっという間に出された分を食べてしまいました。
 これは追加で食べておかないときっと後悔すると思った私は、追加に追加を重ね、食事が終わるまでには、お店がその日用意していた漬物一瓶分全部を食べてしまったのです。女将さんはこんなに茄子が好きな人は見たことがないと言ってケタケタ笑っていました。

 ジェットミルの設置工事では3泊ぐらいしたのですが、この茄子のとりこになった私は食事を全部この店でとることにし、通い詰めたのです。女将さんがこれまたいい人で(いい女(ひと)だと何やら急に演歌っぽくなって、切ない青春の思い出ができたのかも知れませんが、そのようなことは起きず、普通のいい人だったので)、半ばあきれながらもにっこり笑って茄子漬けを出し続けてくれました。

 仙台・ジェットミルとくればT工業技術試験所・茄子の漬物がすぐに思い浮かびますから、食べ物の印象は強いものですね。
 これからも出張に出ると思いますが、いつ何処で思いもかけぬ美味しいものに出会って幸せを感じるかも知れません。素朴なものにこそ新鮮な驚きがあるのです。心して旅に出るべし。




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第6回 [ジェットミルの内部静圧を測って品質管理に役だてよう](2008/11/11)

 6−1.[第6回コラム序文:喫茶店それいけ]
 手回しのタイガー計算機が商工業分野を問わず使われていた昭和40年代の半ば、電卓が登場して爆発的普及以降、この40年ほどで、パソコンが個人にまで行き渡りましたし、電子メールや携帯電話などの高速大量通信手段が充実の一途を辿ると同時に、OA機器群も改良が進み、私達の生活は随分便利になりました。エアコンの効いた快適なオフィス内で事務や設計作業を進め、図面や写真まで付いた文書がきれいに印字されて、サクサクと出てくる様子には感動してしまいます。

 さて私の母は生前、さる地方都市の新聞社に勤務していました。高度経済成長期でしたから世の中全体に活気があり、女性の職場進出も華々しかったのです。とはいえ、女性は入社間もない若い女の子と、その上司役の私の母の二人しかおらず、日常の雑務から電話応対、お茶の用意、来社される方の接客、集金、そして記者さん達の手伝いや連絡取次ぎまで何でもやらなければならず、二人とも髪振り乱しての大奮闘だったようです。

 ある日、記者が近々開店する喫茶店の広告を頂いてきてそそくさと原稿を書きあげ、「頼むよ」と言い残し、汽車に乗って(電車でないところが当時らしい)県庁所在地へ日帰り出張に出かけて行きました。広告の版下作りを頼まれた女の子は、「へえ、《それいけ》という名前なのか。随分元気のいい名前ですねえ」などと思いながらも、白い扉の洒落た喫茶店だと小耳に挟んでいたので、開店したら自分も行ってみようなどと楽しみにしつつ版下を仕上げて印刷部へ廻したそうです。

 夕刻、その記者が出張から帰ってきました。そして夕刊の、自分がとってきた広告ページに目を通したとたん、「ありゃ〜参った!」といって目をむいたそうです。「おい、何だよこれは!《それいけ》なんていう喫茶店がどこにあるんだよ」と言って、夕刊を手に女の子に詰め寄ったそうです。事務の女の子にしてみればお店の名前が《それいけ》と原稿に書いてあったので泣きべそです。渡された原稿通りに版下を作ったつもりでしたから大騒ぎとなりました。皆で集まって頭を突合せ、よくよく記者の書いた元原稿を見直してみると、なるほど《それいゆ》とは書いてあるが、《それいけ》とも読めるような走り書きの筆跡だったそうです。
 「《それいゆ》だよ、《ソレイユ》!フランス語の“太陽”転じて“ひまわり”の意味のソレイユなのに、よりによって、それいけ(行け)かよ〜」と言って、頭を抱え込んでしまったそうです。間の悪いことに、お店の名前を、外来語でありながら平仮名で表記するのが洒落た感覚だともてはやされた時期でもあって、《ソレイユ(soleil)》が《それいゆ》になり、伝言ゲームのように《それいけ》になってしまった顛末でした。

 翌朝、女の子の上司の立場で事務方責任者だった母は、社長と共に菓子折りを持ってお詫びに伺い、誤解の事情をご報告して神妙にお叱りの言葉を待っていたところ、「いやー《それいけ》ですか、ハハハハ。確かにそうですなあ、参った参った」とおっしゃって、広告主のご主人も、“ゆ”と“け”を指でなぞり、笑いながら許して下さったお蔭で一件落着したそうです。手書き文字が当たり前で、万事が現在よりもスローモーションだった少し懐かしい時代のお話でした。書くことが仕事のプロでも殴り書きだと読み間違えるんですね。それにしても1字違いでこうまで印象が変わりますかねえ。

 私も、当コラムの原稿締め切りが近付いてくるたびに、冷や汗をかきながら滑り込みセーフで間に合わせていますが、校閲の原稿がメールで届くと、母から聞いたこの《それいけ》事件をよく想い出します。パソコンがすっかり浸透し、漢字変換機能も充実していますが、私達が書く文章には同音異義語が結構多く、異なった意味の用語でもそれなりにスムーズな文章でつながってしまうことがあるので誤変換には注意しなければなりません。表意文字である日本語の文章を大切にしたいですね。

 6−2.[固気混合雰囲気の静圧を連続で測る]
 前回のコラムでは、深海に眠る資源:マンガンノジュールの粉砕用にジェットミルを納入し、その研究を担当されたT工業技術試験所のI部長から二つのアドバイスを頂いた話をしました。一つは、分級機構内蔵型ジェットミルにおける分級機構が生成粒度分布に及ぼす影響を調べることであり、もう一つはジェットミル内部の粉砕ゾーンの気流速度を測るべきだとの内容でした。今回の当コラムでは、後者のアドバイスに関してお話してみたいと思います。確かにジェットミルの粉砕能力は、粒子同士の衝突確率が同じなら、衝突速度の大きいほうが微粉砕されるであろうという推測を確かめてみたかったからです。

 ジェットミル内部のような高速の旋回気流速度を測定し、かつ、その気流に、粉砕する材料粉末が飛び込んでくる【固気混合気流】を測ることは有意義で必要とはわかっていても、連続的に測定出来る簡便な方法がありませんでした。ここで“固”は材料粒子、“気”は搬送用気体の意味であり、混合気流とは分散された粒子を含む気流のことです。何せ摩耗性のある硬い材料や付着性のある材料粉末を粉砕することが多いので、ちょっとした圧力センサーなどは瞬時に摩耗して破損してしまいますし、単なる圧力検出孔(一般に圧力タップという)に圧力計を接続するだけでは、これもほぼ瞬間的に閉塞してしまって圧力を検出することが出来ません。まして数kPaから数百kPaまで、高感度でレスポンスよく検出出来る装置などありませんでしたから、私は次のような圧力検出プローブ(以下、単にプローブと略記)を考案し、実用化に成功しました。 固気混合気流の静圧を連続検出出来るプローブの構造図を図16に示します。

 
 
 図16 固気混合気流の静圧検出プローブ断面図

 このプローブの特徴は、測定するフィールドである固気混合気流に向かって、パイロットエアーと称する空気を常時プローブ内から噴き出すことでプローブ上流(圧力計側)への粉末の進入や圧力計測用チューブの詰まりを防ぐようになっていることです。
 計測対象固気混合気流が到達する最大圧力よりも若干高めのプローブ内部圧力が保たれるよう、パイロットエアーに送り込む圧縮空気のノズル元圧を調整します。このことでプローブから固気混合気流に向かって常時空気が流れ出ていくことになり、固気混合気流からの逆流を防げるのです。そして静圧は、プローブ内筒を固気混合気流に向かって流出していくパイロットエアーを側方から計測することで検出します。プローブの動作は、プローブ内の静圧検出室に設けられた開孔から圧力を検出しますから、その開孔から固気混合気流域までのわずかな距離には、つねに空気のクッションがあることになりますので、測定フィールドの気流の静圧を正確に反映しているかを確認する必要がありました。

 図17はSTJ−400型という中規模のジェットミルの最大半径内壁(R=200mm)に静圧計測孔を設けて、ミルのノズル元圧を0.1〜0.7MPaまで0.1MPa刻みで変化させつつ発生させた旋回気流の静圧を直接計測した静圧値と、その圧力計測孔に取り付けたプローブを介して測定した静圧値を比較したグラフです。気流に粉砕材料の粉は含んでいません。

 
 
 図17 旋回気流の直接計測静圧とプローブで計測した静圧の比較

 この結果を見ると、プローブを介して計測した静圧値のほうが、直接計測した静圧値より若干高めの傾向がありますが、両者は良好な直線回帰性を示しており、特に精密な測定をする時以外はプローブによる測定値も補正係数無しで直接測定相当値として扱って良いと思われます。
 STJ−400型ミルに静圧検出プローブを取り付けた部分断面平面図を図18に示します。更に図18のセットアップで、電子材料用母材原料を5時間連続して粉砕した直後、ミルの蓋を開けてプローブの閉塞状況をチェックした写真を図19に示します。

 
  


 このように、この静圧検出プローブは固気混合気流の中でも閉塞することなく、静圧を高い精度で連続して測定できますので、粉体プロセスを伴う物造りの中で活用性が大いに期待出来ることがわかりました。

 6−3.[ジェットミルの旋回気流静圧から粉砕状況を知る]
 6−3−1.[旋回気流速度]
 STJミルなどを始めとする旋回気流型ジェットミルの、気流速度がどれぐらいなのかは、ピトー管による総圧と静圧の差、すなわち動圧を求め、動圧と気流速度の関係式から求めました。ただしジェットミル内の気流は高速なのでピトー管による動圧と速度の関係式に大きな誤差を生じます。そこで特別な風洞を製作してデータ採取し、動圧と速度の関係式の補正係数を求め、それを乗じて風速を求めました。表3にジェットミルの、粉砕室半径及び粉砕室高さ(渦の軸方向)ごとに、接線方向気流速度を作表して示します。

 
 

 この気流速度は材料粉末を供給していない最速状態です。旋回気流型ジェットミルは西洋皿を裏表にして重ねたような平べったい円筒型をしていますが、その内部の旋回気流は高さ方向の中央部が最も高速で、最大半径である200mmに位置する内壁近傍では134m/sec前後であることがわかりました。そして粉砕室の円板状底板と天井に近い部分では、共に底板・天井板との摩擦によって、気流速度が低いこともわかります。排気出口がある天井側はかなり速度が減衰しており、渦の縦断面にも流れの速度分布があることがわかります。
 これらのことからジェットミル内部の気流は平面旋回と縦(断面)方向の旋回が合成されたスパイラルの流れが存在して粉砕され、分級作用にも複雑に影響していると考えられます。もう少し詳しくは成書(引用5)をご参照下さい。T工業技術試験所のI部長からいただいたアドバイスのお蔭で、ジェットミル内部の気流速度調査に乗り出し、気流速度が微粉砕能力と直結していることがわかってきました。今後の性能向上の余地がまだありそうです。

 6−3−2.[固気混合気流の静圧と生成粒度の関係]
 ジェットミルで粉砕される生成粒度をコントロールする影響度の大きいパラメータに、砕料の供給速度(処理量、kg/hr)があります。ジェットミルの粉砕エネルギー源である圧縮空気などの圧力、消費空気量等のパラメータを最適条件で固定すれば、通常の粉砕は砕料供給速度だけで生成粒度が決定されます。そこで、ジェットミルで砕料供給速度を変化させつつ粉砕し、その生成粒度(代表として平均粒径)を求め、あわせて各粉砕条件ごとにミル内の静圧を測定しました。表4に一つの実施例を示します。

 
 

 表4から、砕料供給速度、旋回気流静圧、平均粒径の三者間には非常に高い相関性があることがわかります。従来の生成粒度は、砕料の供給速度(計量型フィーダか、フィーダのモータ回転数など)を管理することで間接的に管理していましたが、ミル内静圧の検出でも充分管理し得ることが相関係数から判断できます。フィーダからの切り出し量や、フィーダ用モータの回転数などは、あくまでフィーダの機能の管理であって、その下流に位置するジェットミルがフィーダからの材料切り出しを正確に受けているか否かは保証の限りではありません。
 極端な話、フィーダの出口シュートが詰まってミルに砕料が流れなくなっても、フィーダのモータは黙々と廻り続け、下流のことは我関せずというトラブルが起きます。その点、ミル内部静圧は、砕料が規定の供給速度で入ってきているか? 負荷のむらは無いか? エネルギー源の空気は規定どおり粉砕室内に流入しているか? など、粉砕ゾーンの出来事そのものを反映し、出力してくれます。これは非常に優れた機能といえます。

 6−4.[静圧検出の応用]
 このようにして誕生した固気混合気流の静圧測定用プローブは、気流を使う粉砕機や分級機、乾燥機に取り付けることによって、それぞれの装置内部で、粉砕、分級、乾燥操作が行なわれるまさにその瞬間の状況を、リアルタイムで圧力情報として取り出すことが出来ます。しかも連続型ですから、医者が連続して脈を測り、聴診器で患者の心音などを聴いているのに匹敵します。レスポンスが良いのでその瞬間にミル内部で起こっていることを検出し、表示し、警報を出し、記録することももちろん可能です。粉砕などに伴う音も重要な情報ソースにはなり得ますが、不安定な騒音による外乱が多いので生成粒度との関連付けをするパラメータとしての採用には適しません。その点、ジェットミルを始めとする気流を使う粉体機器に静圧検出法を採用すれば、生産する粉末の全数検査に匹敵する履歴表示が可能であり、物造りの品質管理ツールとして大いに活用できると考えられます。

 更に付け加えれば、この静圧検出プローブを、ジェットミルや分級機などの円運動をする粉体機器に、回転軸を中心に対称な位置にマルチで配置し、多元検出・多元制御してきれいな渦を作り出すことが出来るようになります。ミルに対する供給むらや、供給位置の偏在があっても、直ちに検出し、補償する制御が出来るようになりますので、活用範囲を広げていきたいと私は考えています。

 この静圧検出プローブを使って実験していて観察した現象の一つに、同じ砕料供給速度(すなわち負荷)で操作しても、砕料ごとに定常静圧に達するまでの時間が大幅に異なるということがありました。ジェットミルの定常静圧とは、無負荷・最高速で旋回している気流中に砕料を供給した時、ミルの内部で粉砕と分級が進み、ホールドアップと呼ばれる一定量の砕料の滞留がミル内にできて安定した状態の時の静圧を称して私が名付けた呼び方ですが、砕料供給開始から定常静圧に達するまでの時間はその砕料の粉砕されにくさ(長時間掛かるものほど粉砕性が悪く、粉砕されにくい性状)に比例していることが、この現象の原因であると私は推定しています。この推定が正しければ、物造りの際に、自分が粉砕しようとしている材料の定常静圧到達時間が従来の材料と大きな開きがあった場合、粉砕生成物は大きな物性の相違を有して砕製されると予測するための判断材料にできると期待しています。このような使い方も物造りのヒントになるはずなので、今後の応用が楽しみです。

 物造りには、出発原料である良質の粉を造ることが基本であり、そのためには粉砕機の内部で起きていることを正確・迅速に把握することが大切です。固気混合気流の静圧検出プローブは空気ほかの流体を使った粉体機器の静圧検出に活用の場を広げつつあります。

 夏の日に小ぶりな長茄子漬けを食べながら、ちょっとしたアドバイスを忘れずにいたおかげで、ジェットミルにおける粉砕生成物の物性管理が出来るまでに進展しました。杜の都仙台を想い出しつつ I部長に感謝している今日この頃です。
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 引用5):伊藤均,乾式粉砕法による微粒子化技術と最近の応用事例,各種微粒子調製方法と製品応用,(株)情報機構,P389〜391,(2007)

 


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第7回 [車窓看板](2008/11/25)

 7−1.[車窓看板]
 今年の6月末、私は札幌から上野へ向かう寝台特急『北斗星』の乗客となっていました。札幌出張の最終日が土曜日とわかっていたので、切符発売開始日の朝1番で取ってくれるよう、旅行会社に頼んでおいてようやく切符を入手できたのです。長距離の移動手段が飛行機に取って代わられてからは、寝台列車は鉄道旅行そのものを楽しむ人が利用するようになって人気が沸騰しているようです。
 17時12分に札幌を出発した『北斗星』は洞爺湖サミット開催を記念するペインティングの車両達とすれ違いながら、約1100km先の終着駅、上野を目差して順調に南下します。夏至を過ぎて間もなくのせいか夕刻でも陽射しが強く、18時40分頃に停車した登別でさえ、プラットホーム表面に立ち昇る陽炎のなかにブルートレイン先頭車の車体が揺らいで見えました。駅員さんの白い制服も鮮やかです。北海道の短い夏の盛りを感じた一瞬でした。東室蘭を過ぎ、残照に映える内浦湾の水面を眺めつつ、グランシャリオと名付けられた食堂車で夕食を採って21:40分頃に函館に着きました。夕食を食べたばかりなので、さすがに大食いの私も森駅の『いか飯』までは食べられませんでしたね。

 
 
 図20 東室蘭にて。 暮れなずむ光の中でもブルーの車体は鮮やかだ

 
 
 図21 函館では電気機関車に交代する

 函館では重連のディーゼル機関車から、真紅の交流電気機関車の牽引に切り替わります。この機関車の交換は鉄道ファンにとってセレモニーのようなもので、多くのファンがカメラを片手に記念撮影していました。機関車の付け替え後、函館を出発する時は列車の進行の向きが逆になります。動力を持たぬ客車が連結された列車は、先頭の機関車が発車すると連結器を通して牽引されるショックが順番に後方の車両に伝わって来るので、各車両が一斉に走り出す電車とはまた一味違った懐かしい乗り心地です。津軽海峡線の木古内から海底トンネルを抜け、青森県の蟹田で乗務員の交代を行なって更に南下します。寝台列車ではありますが、今どの辺りだろうと、時折窓の外を通り過ぎる暗闇の中の駅名を確かめつつ過ごすので、うつらうつらするのがやっとです。朝6時福島に着いたとき、車窓には小雨がぱらつき始めました。

 さてここからが大事。実は福島から20分ほどの東北本線・安達駅のすぐ側に、“酒は大七(だいしち)”の車窓看板があり、これを我が『北斗星』から写真撮影したかったのです。
 鉄道が主な移動手段だった昭和中期ごろまで、沿線は様々な製・商品の広告看板で賑わっていました。建物の屋上に掲げた大きな看板から農家の蔵の白壁に貼り付けられたホーロー看板までサイズは様々でしたし、商品も石油会社、銀行、信用金庫や農協さんの貯金愛称、キャラメルやチョコレートや地方の銘菓、胃腸薬や化粧品や蚊取り線香、ランプ・蛍光灯の類から自転車、そして何故か多くの学生服や足袋の広告まであって、看板だけで生活に必要なものの情報は一通り揃いそうな賑やかさでした。これらをまとめて、列車の車窓から眺めるので、鉄道ファンは『車窓看板』と呼んでいます。

 大学までを山形県の米沢市で暮らした私は、春・夏休みなどを利用して奥羽線・東北本線経由で東京へ行き来しましたが、その往復の車窓でひと際目立っていたのが“大七”看板でした。ほとんどの看板が駅の周辺を中心とした人家のあるところに設置されているのに対し、家並みが途切れ田畑の風景にも飽きた頃、流れ行く景色の中で、山の中に真白い切り抜き文字の“大七”が忽然と登場するのです。白一色だから良いのです。背景の緑とのコントラストが素晴らしく、ハッとして、同時に美しいと思ったのです。美意識は驚きの念に発すると言いますが、確かにハッとすることには訴える力があるものですね。
 “大七”看板はテレビなどの広告媒体が未発達だった当時、かなり効果的でセンスの良いPRの仕方だったと思いますが、広告の原点としてシンプルであり、情報過多な現在、この看板に出会った人はむしろ新鮮さを感じるのではないでしょうか。
 『北斗星』から安達駅を通過する時の“大七”看板は、小雨模様ながら何とか撮影できて良い記念になりました。そして終着駅の上野に向かいながら、安達駅の“大七”看板の存在を最近改めて知ることになった、“大七酒造”さんとの技術交流について私は思いを馳せていました。

 
 
 図22 『北斗星』車窓に安達駅脇の大七看板が見えてきた

 
 
 図23 列車は高速で通過し、あっという間に看板前を過ぎる

 7−2.[米の形状調製粉砕と工場見学]
 そもそも私が形状調製粉砕に行き当たったのは、鉄道ファンの私が懐かしい思いから“大七”看板について、最近どうなっているか調べてみようと思いインターネットで検索したことがきっかけでした。同社のホームページにアクセスしたところ、大七酒造は江戸時代中期に現在の二本松市に創業し、オーソドックスな醸造法である生(きもと)造りといわれる製法を守って全製品を作っている優れた酒造会社であることを知りました。創業後の三代目以降、七右衛門を襲名してきたことから、名前の七を取り、代表銘柄名を“大七”とし、社名も大七としたこともわかりました。
 念のため他のページも見ておこうとチェックした最後に、『大七テーマパーク』というコンテンツを開いたところ、“扁平精米法”というキーワードが見えたのです。粉砕技術屋の端くれを自認している私ですから、慌ててホームページを開いていきました。結果、清酒の製造をする出発原料である精米の時に、形状調製粉砕をする話ではありませんか。読み進めるに連れ、清酒の品質を決定付ける味・香りを大きく左右する不要成分(胚芽(はいが)や蛋白成分や油脂を多く含む部分)を極力取り除く精米をすると同時に、酒造りに必要なでんぷん成分は歩留まり高く回収できるよう、ベストプロポーションの砕製物を作る高度な粉砕技術の紹介である事がわかりました。

 そこで私はどうにもじっとして居られなくなり、大七さんへ連絡を取って工場見学させていただけないかと打診してみたのです。私が副代表幹事を努めている、(社)日本粉体工業技術協会・粉砕分科会の会員にも、是非この素晴らしい技術の存在を紹介したいと考えていること、また、懐かしい大七看板のことも申し述べた上でのお願いでした。待つことしばし、品質管理部の奥田さんから回答があり、工場見学を受け入れて下さるとのご返事だったのです。奥田さんは“酒師(ききさけし)”の資格もお持ちです。

 私は事前調査に伺い、精米、酒造工程を含む工場見学もさせて頂きました。詳細は大七ホームページにアクセスして頂く事として、ここでは私なりに理解した大七さんが実施しておられる扁平精米技術の要点をまとめます。

 清酒は米を主原料とし、精米後、醸造して製造されます。大七酒造では生造りと呼ばれる正統的な醸造法による酒造りの中で、原料となる米を精米する過程で、酒の品質を落とす原因となる不要成分は徹底して取り除く一方、必要な部分は歩留まりよく回収できるように米粒の形を整えつつ粉砕する超扁平精米技術を採用しています。これはまさに粒子形状調整の粉砕ですね。図24を参照してください。

 
 
 図24 従来の精米法と超扁平精米法の比較図

 従来の精米法は短時間で迅速に精米するために、精米機のロール(と石)の回転速度を上げ、同時に米が割れたり砕けたりするのを少なくするために、粉砕機内部の粉砕ゾーンに占める原料(米)の密度を低くして運転されるのに対し、大七の超扁平精米法では、精米機のロールの回転を低速にし、粉砕ゾーンに入る原料(米)の密度を高くするという工夫をして、もともと扁平な米粒の皮をはぐのに近い、超扁平粉砕を実現しているのだそうです。通常の精米方式では、粉砕ゾーンのなかで、米の短軸(つまり幅や厚さ)を回転軸として回転しつつ胚芽(はいが,俗に言う“ぬか”の部分)を含む不要部分を取り除くように精米するのだそうです。

 しかしこの方式では、細長い米粒の長軸の両端が取り除かれ、仕上がり形状が球形に近く粉砕(精米)されることになるので、不要な胚芽部分は取り除かれるものの、長軸上の胚芽と反対側に位置する、必要な白米デンプンの部分までも取り除いてしまうことになって、大層歩留まりが悪いそうです。品質の高い酒造りのためには、普通精米では重量基準歩留まりを35%前後に精米しないと品質を維持するための不要成分除去が出来ないとの事です。

 それに対し米粒の長軸を中心に回転しつつ表面から皮をはぐような形で精米する超扁平精米は、いわば米粒の長短軸の比例関係をほぼ保ちつつ、立体相似的に小さくなるように精米し、更に不安定に分布する雑味原因の蛋白や粗脂肪分をも取り除くために超扁平に米の厚さを削り取るように仕上げる粉砕技法だそうです。超扁平精米法は、従来の精米法では極限まで精米しても到達困難だった酒造り品質を実現するのが目的で、その目的を達するのに、所要時間は余計にかかるものの、歩留まり50%で明白に従来法の35%を凌駕しているとのご主旨でした。
 このほか、精米機ロールの周速を、その年の原料米の出来具合や粉砕の進行に合わせて調節し、目的とする精米に仕上がるようにモーター回転数で制御しておられることや、粉砕過程で流れて行く米を取り出し、手の平での感触や温度を感じ取りながら、扁平に仕上げるための粉砕ゾーン内の米粒へのロール圧力を微調整しておられることなども、精米工場を見学しつつ私はご担当の精米部:高橋さんから伺いました。これは味の探求に関する製造技術追求であると同時に、今盛んに叫ばれている省資源、省エネルギーに直結する思想と実践です。全てを機械に頼るのではなく、自身の目や感触の全てを通じて加工する匠の技は美しいものですね。

 確かに粉砕作業に従事していて言えることは、原料の粉作りをしているわけですから、その時点で不純物が入っては駄目だという事です。出発原料純度が低いとその後にいくら高度な加工を施しても、出発原料に含まれる不純物が物理・化学的に邪魔をして、高度な物造りの達成を阻害するのです。この、《粉砕と摩耗》、《粉砕と不純物》の問題は、大七さんの精米に限らず、純度の高い粉作りを目差す粉体、粉砕機業界の最重要課題と言っても過言ではないことを再認識しました。

 7−3.[普通精米と扁平精米の形状をイメージアナライザーで評価した]
 大七さんの工場見学後、参考までに頂いた精米済みの米粒の形状と寸法を、イメージアナライザーで測定してみました。対象の米は、兵庫県産の山田錦という、酒造りに最も適した高級品種で、従来の普通精米をしたものと、超扁平精米したものです。
 精米の程度によって形状・寸法は変化しますので、普通精米・超扁平精米共に、見掛け精米歩合(砕製される白米重量を、玄米重量で除した割合:%)が50%のもので比較しました。更に私は、市販の食用精米との差を見てみたいと思い、見掛け精米度は不明ですが近所のスーパーで購入してきた魚沼産コシヒカリの米粒も参考までに測定対象に加えてみました。品種の違いが有るとはいえ、市販食用米は見るからに粒が大きい感じです。
 試料数は普通精米・扁平精米されたものが各50粒、コシヒカリが35粒です。いずれも平面画像をCCDカメラで撮像し、次いで側面の画像を取り込みました。その上でイメージアナライザーにより画像を2値化(対象物と背景を白と黒いずれかで描画するように表現すること)して投影像としました。任意に抽出した各試料5粒ずつ図25に示します。

 
 
 図25 普通精米/扁平精米/食用精米の平面・側面2値化図形

 図25からわかるように、3種の精米された試料は、寸法にも形状にも大きな差があります。この2値化画像をもとにして、試料の平面画像における最大長を計測し、その米粒の長さと定めました。これは長軸:Lと呼び、米の長さ方向と一致します。同時に最大長と直角な方向で粒子をはさむ二面の寸法を計測し、幅(短軸):Wと定めました。次いで平面と直角な側方から撮像した、長さ方向と平行な2面で挟まれる寸法(厚さ):t を計測しました。このようにして求めた全粒子計測結果の、長さと幅の寸法分布を図26に、幅と厚さの寸法分布を図27に示します。

 
 
 図26 普通精米と超扁平精米の、長さ・幅寸法分布(山田錦,見掛け精米度50%)
      および市販食用精米(コシヒカリ)の長さ・幅寸法分布


   
 
 図27 普通精米と超扁平精米の、幅・厚さ寸法分布(山田錦,見掛け精米度50%)
      および市販食用精米(コシヒカリ)の幅・厚さ寸法分布


 図26から、酒造り用に精米されたものは、いずれも幅が2.4〜3.0mmに収まっていて差がありませんが、長軸で見ると、従来の普通精米の大半は3.6〜4.2mmであるのに対し、超扁平精米は3.9〜4.5mmと、長軸寸法が長めに粉砕されている(ここが大事:有効白米部分が残っていて歩留まり向上に役立っていることを意味する)のがわかります。参考までに測定したご飯で食べるコシヒカリは、幅が2.8〜3.3mm、長さは4.4〜5.3mmの範囲に大半が入り、酒造用の精米とは全く異なって、長さ・幅共に大きいことがわかります。

 図27に目を転じ、精米された厚さに着目すると、形状の差は一層明確になります。
 従来の普通精米法では精米の厚さが1.8〜2.2mmの間に分布し、食用精米コシヒカリもほぼ同様です。これは言い換えれば、従来の酒造用普通精米といえども、食用精米コシヒカリと同様に、厚さ方向の表皮に近い成分は含まれていることを意味しますから、その表皮に近い部分に雑味の原因となる不要成分(蛋白や粗脂肪など)が多いのであれば、酒造りの出発原料の段階で、ある程度の不要成分が残っていることになります。
 その点、超扁平精米で厚さ方向も1.5〜1.8mm程度の仕上がり寸法になるように、表面近くを削り取って精米することで、不要成分は一層除去され、清酒造りの目的に叶った純度の高い出発原料精米として仕上がることが推定されました。まとめとして表5に、3種類の試料のプロポーションと、長短度、および扁平度を示します。
 なお、長短度とはその物体の投影像において長軸:Lの寸法を、長軸と直行する短軸:Wの寸法で除した値〜どれぐらい細長いかを表現するもので、L/Wの数値が大きいほうが細長いことになります。扁平度とは物体を3次元で捉えた上で、その物体の幅:W(長さではない点に注意)を、厚さ:t で除した値〜どの程度平べったい形状であるかを表現するものです。W/t の大きいほうが平べったい形状だということになります。長短度、扁平度共に物の形状を表現する定量形態学上の用語です。以上のように今回の測定結果から超扁平精米は従来の普通精米と大きく異なる形状・寸法に精米され、測定値に有意差があることが認められました。

 
 


 7−4.[愛される看板、愛される企業を支えるもの]
 見学会に先だって大七酒造を私が訪問し、お忙しい中面談してくださった社長の太田さんに大七看板が私の訪問のきっかけですとお伝えし、看板の由来を伺ったところ、社長さんはニコニコしながら我が意を得たりとばかりに教えてくださいました。先代が昭和の始め頃、発売間もないダットサントラックを購入し、お酒を配達して廻ったのを記念して大七看板を建て始めたのだそうです。自動車自体が珍しい頃のことでしょうから、もうもうと土煙の立つ未舗装道路を配達用トラックが駆け抜け、その後を追いかけていく、着物姿の子供達の様子が目に浮かぶようですね。

 看板を建てるには法的な規制を守り、立地を検討し、地主さんとも交渉しなければなりませんし、何せ大多数の設置場所は山の中ですから成長する木々の伐採、下草刈りなどの保守が大変なのだそうです。しかし看板が永年続いてきていることで地元に定着し、案内の目印にもなるので、是非継続して欲しいとの要望が強いとの事でした。地元の人に、そして鉄道で旅する人に愛される看板は、企業の象徴とも言えるものであり、いかに“大七”という企業と製品が愛されているかが伝わってきます。

 今回のコラム執筆で大七酒造さんを詳しく知り、私が強く印象付けられたのは、大七さんの企業としての、社員が一丸となった強い精神性です。正直なところ形状調製粉砕などという狭い技術的視野からのアプローチでしたが、取材を進める中で、酒造りはこんなにも奥深いものかと感嘆しました。あえて一言で言えば、大七さんの社員が目差しておられるのは、究極の酒造りを目差す美意識の追求なのではないでしょうか。その思いは社屋や工場の佇まいにも現れ、訪れる人に心地よく伝わって来ます。
 
 
 図28 大七酒造エントランス。今年も間もなく鮮やかな杉玉が飾られるのでしょう

 7−5.[コラム第7回エピローグ]
 大七さんで学んだ扁平粉砕技術の思想と実践の様子は、私達が扱う他の材料の粉砕技術にも応用できるのではないか、物造りのヒントにも出来るのではないかとの思いが膨らみ、私は嬉しくなりました。見学した大七さんを辞し、郡山に向かうタクシーの中では運転手さんが色々な話を聞かせてくれました。「安達太良山はね、若い女性が横たわった悩ましい姿をしてるんですよ。山の稜線を見るときれいでしょ?」などと運転手さんが言うのです。タクシーを停めて下り立ち、穏やかな晴れの日でしたので、手をかざして眺め入っていたところ、「左のはずれの方はね、坊主山というんですよ。あちらは拝んでおくと霊験あらたかですよ」などとのたもうので、あらぬ妄想は吹き飛び、いっぺんに現実に引き戻されてしまいました。再度乗車し郡山に向かいましたが、何と運転手さんは、大七さんが忙しかった時、木枠に入ったお酒を載せ、トラックで県内一円へ配達して廻るのを手伝ったことがあるんですよと話してくれたのです。そしてこう続けました。「造り酒屋は町の誇りですからね。昔、こんな語呂合わせ広告があったんですよ。『酒は大七、美味さは第一』ってね」と。

 この私のだいしち(第7)回コラム〜というより見聞録も、そろそろ紙幅が尽きましたのでお開きとさせて頂きます。見学を許可して下さり、丁寧にご案内して頂いた大七酒造の皆様に対し心よりお礼を申し上げ、益々のご発展をお祈り致します。

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 【特記事項】私のコラムは企業名称、民間団体名称、氏名等はイニシャルで表示することを原則としておりますが、今回のコラムでは対象とした企業、同社看板そのものが記述内容の最重要な位置を占め、表現上実名表示が不可避であることから、取材先責任者のご了承を得て、企業名、人名、商品名等を表記させて頂きました。




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第8回 [タップ密度で粉末の流動性・付着力を評価する](2008/12/09)

 8−1. [観察眼]
 東京郊外、奥多摩の自然と風物を愛した日本画家、川合玉堂の作品に《長閑》と題する絵があります(引用6)。樹齢を重ねた梅の木のそばに筵(むしろ)を広げ、その上で老人が臼の目立てに熱中しています。老人の背中には春の光が優しく踊っています。絵は墨と淡彩のコンビネーションですが、老人のロイドめがね、目立て専用の斧が数本、そして修理される臼の摩擦面には、8分画で法線から45度の角度で目立てしている様子がしっかり描かれています。私は粉砕にかかわる仕事をしているせいか、粉の文化の象徴として、臼を見聞きするとことのほか嬉しいのです。

 玉堂の観察眼の精細さは驚くばかりです。完成した玉堂の絵は、鑑賞者に自然の風物とかかわる人々の生活が優しく伝わってきますが、作品作りの過程である事象の捉え方は非常に細やかで、鋭い観察眼が注がれています。それが自然現象であれ、生活のために作られた乗り物、建物、道具のような人の手で形作られたものであれ、物の形状や構造を正確に捉えるとともに、水の流れ、霧や雨、雪などの流体としての変化が見せる光と影の一瞬を切り取って描写しています。
 さらには雲間から差し込んでくる日差しや穏やかな光の乱舞といった、不定形で細やかな連続事象の表現がとても巧みです。和絵の具を使いこなすことは画家として当然の資質としても、色相や彩度、明度をきめ細かい階調で使い分け、動きのあるものには緩急を感じさせる、太さを使い分けた動線表現を駆使しています。とらえどころのないぼんやりしたものをはっきり描画してみせる手腕にはただただ驚くばかりですね。

 私は以前、青梅市御岳(最寄り駅はJR東日本、御嶽(みたけ)駅)にある玉堂美術館で、玉堂が15歳の頃から描き始めたという草花や静物のスケッチを見たことがありました。大層細密で、質感や量感を伴って生き生きとしていたのを想い出したのです。
 こうなったら、もう一度スケッチを見てみたいという衝動に駆られ、晩秋の一日、鑑賞に行ってきました。

 
 図29 玉堂美術館は多摩川の清流に臨み、まるで玉堂の絵の一部のような佇まいを見せています

 玉堂美術館で再会したスケッチは、モチーフを捉えた喜びと情熱にあふれ、それ自体が作品のように感じられました。玉堂は鑑賞者に対して安らぎを与える非常に叙情的な作品を描いていますが、完成度の高さを支えているのは、対象に対する優しさを伴う科学的な観察眼の鋭さと、絵として表現する卓抜な技法の両輪ではないかと思われます。

 玉堂が山野に出てスケッチを開始した時点で、己に課した絵を上梓するための観察の基準は私達の想像を絶するほどの高みにあり、一切の曖昧さや妥協を許さなかったのではないでしょうか。玉堂の作品はスケッチ段階の正確さ、水準の高さに支えられているのであり、精神的にはスケッチの段階でその作品のほとんどが完成しているのではないかとさえ思わせます。

 この作品:長閑は大正15年作とありました。これに関連するのかどうかはわかりませんが、やはり玉堂が昭和13年に描いた《一樹之蔭》と題する作品があります(引用7)。木蔭で休んでいる老人に好奇心旺盛な3頭の子牛が近づいてくる構図ですが、頭の形といい、頬ひげに続くあごひげといい、この老人の風貌が《長閑》で石臼の修理をしていた老人と同じ人物のよう感じるのは私の思い過ごしでしょうか。玉堂の愛した日本の原風景がここにはあり、作品に残されているようです。
 私達が様々な開発・設計にかかわる時にも、分野こそ違え、高度なモチベーションの維持と、対象を充分に捉える観察眼や考察が、完成度の高い物造りのためには不可欠なのだということを、この一幅の絵を見て改めて感じ取った次第でした。

 8−2. [木摺臼(きずりうす)の目立て]
 私のコラム第4回[安息角の実用例・その2〜美味い蕎麦を喰おう]でご紹介した蕎麦屋:Kを再度訪問しました。木摺臼の上臼の摩擦面がどんな構造になっているか、もう少し詳しく知りたかったからです。ご主人のKさんにお願いしたところ快諾して頂き、せっかくだから上臼を下臼に重ねてみようということになったのです。

 
 図30 木摺臼・上臼の摩擦面。目立ては放射状である

 
 図31 受け皿・下臼・上臼を組み立てたところ
     上臼には取手が彫られている。直径約400mm、高さ約950mm。


 図30は、コラム第4回の見学のときには見ることができなかった、上臼の摩擦面です。ニスも何も塗られておらず、木肌そのままでした。直径は400mmで、上臼の摩擦面には、下臼の摩擦面と同様に、66本の溝が刻まれていました。溝の幅は5mm程度、溝の深さは2.5mm程度でした。この溝幅や深さは、殻の付いた蕎麦の実を下臼の溝との間に挟みこんで、せん断力を加えて殻をはぎとるのに合わせてあると思われました。そしてこの上臼重量は、思ったより軽かったのです。せいぜい5kgといったところだったでしょうか。考えてみれば、そばの殻を剥ぎ取るのが目的ですから、重すぎて、殻と実を一緒に摺りつぶしてしまっては用を成さない訳であり、上手くできていると思いました。

 下臼からは直径45mmの心棒が立っていて、この心棒に上臼を通しながら降ろしてセットします。上臼の上端は材料の蕎麦の実を投入できるように、ホッパー状の凹みがあり、目測で3〜4リットルほどは投入できそうでした。上臼の中に開いている穴は直径95mmほどですから、心棒の周囲には半径方向に25mmの幅の円筒空間ができ、この心棒の周りの空間を蕎麦の実が順次降りていって摩擦面に到達し、殻を剥がれて、上臼と下臼の摩擦面の外周部分から排出されるメカニズムとなっていました。

 図31が受け皿の上に下臼を置き、その上から上臼を通して、動かすのに備えた状態です。三輪茂雄先生のテキスト:『粉の文化史』(引用8)で調べたところ、この上臼の動かし方は、上臼の円周に紐をかけ、向かい合って座った二人の作業者が交互に紐を引っ張ることで、上臼が半周ずつ反転し、粉砕(もみすり)効果が得られた様子のイラストが描かれていました。
 蕎麦屋Kで拝見した木摺り臼もそのようにして動かすのかと思い、念のためご主人のKさんに聞いたところ、「いや、うちの場合は向かい合った人同士が上臼に彫りこまれた取手の部分に手を差し込み、紐などを使わずに直接、反転させて粉砕していたんじゃないでしょうか」とおっしゃるのです。なるほど、上臼には、上から見ると90度ずつ4等分した円筒側面に取手のような溝が彫られていました。溝の深さは手が充分入り、取手の握り棒にあたる部分もほどよい太さです。蕎麦屋Kのこの木摺り臼は、工業的なものではなく、臼をはさんで対座した二人、それも、爺さんとお孫さんなどが、なにやら楽しそうに話しながら作業した家庭用のものかも知れませんね。

 木摺り臼は摩擦面を交互に半回転させながら粉砕やもみすりをする機械ですから、目立ては放射状ですが、一定方向に回転させる石臼の多くは、摩擦面を6等分、あるいは8等分し(これをそれぞれ6分画、又は8分画という)、法線から30度、あるいは45度の角度を持たせた枝目という目立てがしてあります。これは摩砕による粉砕効果とともに、粉砕された粒子を臼の外側の方向へ移動させ、次々に新しい材料粒子が摩擦面に入って来て効率よく連続粉砕できるように工夫してあるのです。
 すり鉢も見落としがちですが、すりこぎ棒が上臼の役目を果たしているだけであり、下臼に相当するすり鉢には立派に石臼と同じような目立てがしてあります。放射状の目立て(溝)でないことは、図32で確認してください。ちなみに、すりこぎ棒ですり鉢内を逆回転すると物凄い摩擦抵抗があり、調理の材料が飛び出してしまいますから御注意を。

 
 図32 すり鉢の目は、約30度の枝目である

 8−3. [粉体の物理物性を見直す:タップ密度]
  8−3−1 [タップ密度測定の有用性]
 物造りをする材料が粉体の形態をとる場合、その粉体物性を詳しく分析して新しい機能の発現や品質の向上に役立てようとする動きが活発化しています。特に材料形態が粉体であるものは、多くが成型、焼成の工程を経て製品になって行きますから、グリーン密度(焼成する前の成型体の密度)や焼成体密度を決定付ける、粒度分布、粒子形状、集合体特性であるかさ密度、タップ密度(タッピング操作による単位体積あたりの重量。単位:gr/cm3)、私のコラムでも採り上げた安息角などが極めて重要なパラメーターです。

 物造り工程の後半が湿式になる製造プロセスであっても、出発あるいは中間で乾粉の状態を経る場合は、遡って乾粉の物性を管理すること、都合よく調製することが、望む物造りの決め手となります。中でもタップ密度は、グリーン密度、焼成体密度との相関が高く、出発粉体原料の管理項目として有用性が強く認識されています。

 タップ密度は粉体工学上、むしろ古典的な測定項目とされるぐらいポピュラーな物性ですが、今回の本コラムでは、タッピング容器(シリンダー)のプロポーション〜内径:Dと深さ:Hの関係が適切でないと、測定値から、正しい流動性指数や付着力指数が求められなくなる可能性があるので注意しなければならない点について述べます。

  8−3−2 [タップ密度で流動性と付着力の指数を求める]
 タップ密度測定法は大別して2つあります。一つは円筒容器に粉末試料を注入し、容器の底部をテーブルなどに一定の高さで打ち付けて充填し、それ以上そのシリンダーに入らなくなるまで試料追加の操作を繰り返して求める“定容積法”です。もう一つは透明な円筒容器にできるだけ疎な状態で試料を注入して摺り切り(この時の密度を、最疎充填かさ密度といいます)、容器の底部を一定のストロークでテーブルなどに打ち付ける操作を繰り返す際に、円筒容器の中で圧縮されていく粉体層の様子を、円筒容器の外側から観察することにより、試料の体積減少過程としてデータ化し、粉体の流動性や付着力として指数化しようとする“定重量法”です。ここでは“定重量法”について円筒容器プロポーションの影響を述べます。図33に、タップ密度測定装置構造模式図(KYT−4000型)を示します。

 
 
 図33 タップ密度測定装置構造模式図(KYT−4000型)

 一定ストロークでタッピング操作を繰り返しても、それ以上円筒容器内の試料体積が減少しなくなった状態の密度を、“最終タップ密度”といいます。この密度は、試料粉末を、粒子破壊を伴わずにその円筒容器に最も密度高く充填した状態と考えます。

 ここで、タッピングによる試料粉末の体積減少過程から、粉体物性としての流動性指数と付着力の指数を、川北のタッピング圧縮式を用いて求めます。 川北の式は、
     
 

であらわされます。ただしNはタッピング回数、Cはかさ減り度(かさべりど)、a,bは定数です。かさ減り度とは、加圧またはタッピングなどによって粉体のかさ体積が減少する度合いを表し、粉体の初期充てん体積をVo 、タッピング後の体積をVとすると、
 
 

で示されます。

 一般にかさ減り度の大きい粉体は流動性が悪く、Cが0.25以下になると流動性は良くなるといわれます(引用9)。また定数aはその試料の流動性を、定数bは付着力に相当する数値を表すと考えられています(引用10)。

   さて、川北の式を用いた特性評価の例を表6(引用11)に示します。表6は各種粉体試料におけるせん断法による付着力測定値と、同一試料のタッピング密度測定結果に川北式を適用し、1/bを求めて比較したものです。粉体の組成や粒度分布の異なる各種試料が対象となっていますが、せん断法による付着力と川北式の1/bの間には強い相関があります。
 各種材料ごとに見て、平均粒径の小さな試料のほうがせん断法による付着力が大きく、同時に川北の式の1/bも比例していて、相関性があることがわかります。したがって試料のタップ密度を測定し、指数1/bを求めることで、その試料の大まかな付着力を推定でき、1/bが付着力のパラメーターになるという応用の好例といえます。

 
 

  8−3−3 [付着力指数は円筒容器形状の影響を受ける]
 前項ではタッピングで粉末試料の体積減少過程を測定すれば、川北の式を適用して、その粉末の流動性や付着性を指数化でき、物造りに活用できることを述べました。しかし、タッピングする円筒容器の形状(内径と深さの比)が異なると、容器内部での粉末の体積減少速度が異なることから、指数にも影響が出てくることがありますので、一例を示します。

 表7は、各種ファインセラミック粉末のタップ密度測定実験データの中から、測定に使用したアクリル製シリンダーの内径:Dと、高さ:Hの寸法比をパラメーターとして抽出し、川北式の定数a(流動性を表す定数),b(付着力を表す定数(表中では1/bを記載)について着目してまとめたものです。この表からタッピングに使用する容器(シリンダー)のプロポーションがタッピング圧縮に及ぼす影響を調べました。

 
 

 テストに供した試料は、アルミナ、炭化ケイ素、窒化ケイ素の3材質のファインセラミックスであり、各々粗粉と微粉があります。窒化ケイ素の微粉は、造粒加工して流動性を向上させたものです。

 まず、シリンダー寸法比H/Dが約2〜8まで変化しても、6試料相互の定数aの値には明らかに差が認められるものの、ばらつきはほとんどないことがわかります。 各測定値の標準偏差も極めて小さいことがわかりました。定数aは初期充てん空隙率に関係が深く、流動性を表す指数として扱われます。aの数値が大であれば流動性が悪くなりますが、6点とも流動性に関しては定数aのばらつきが小さく再現性があることから、各試料の流動性の良し悪しをかなり正確に反映していると考えられるので、定数aに関しては、測定値はシリンダーの内径と高さの寸法比に影響されないと判断してよいと思われます。

 そして、6点の試料の流動性の比較と言う点では、窒化ケイ素B試料の定数a が0.24前後であり、他の5点の試料のa が0.45〜0.61の範囲に分布している事と比較すれば、流動性が良いと判断する根拠になります。これは窒化ケイ素゙B試料が流動性向上を目的として造粒してあったことが敏感に反映されたといえるでしょう。

 これに対し付着力を表す定数である1/bはシリンダー寸法比の影響をかなり強く受けることがわかりました。表7は1/bであらわしているので標準偏差σxの数値自体も大きくなっていますが、bについての標準偏差をとり、かつ、aと比較するために変動係数を求めて比較しても、6試料のbの変動係数は12〜30%の水準であって、aの変動係数の0〜3%に比べてかなり大きな値を示し、有意な差であるといえます。

 したがってタップ密度の測定データを付着力の判定をするために実用化する際には、測定に使用したシリンダー内径と高さの寸法比を明示しなければなりません。そして測定値の1/bの比較の際には、同一寸法比のシリンダーで測定されたものであるかに注意する必要があります。

 物造りのための材料粉末評価手段として、タッピング測定結果に川北の式を適用して流動性指数、付着力指数を求めることは便利で有用な取り組みですが、シリンダーの形状が指数に影響を及ぼすので、慎重に取り組むべきとの一例を示しました。

 8−4. [かさ密度やタップ密度の測定器を開発していて思ったこと]
 今回ご紹介した、タップ密度の測定結果でその粉末材料の流動性や付着力指数を求める装置化は、水平振動を与えて再現性の良いかさ密度を測定する研究と共に、故、川北公夫法政大学教授のご指導を得て完成したものです。円筒容器に粒度分布を有する粉末材料を充填しその単位体積あたりの重量を測ることや、タッピングすることで体積が減少していく過程を読み取ることで、その粉末の流動性や付着力が評価できることが、物造りの基本的な物性として役に立つことを教えて頂いたことになります。

 川北先生のご指導を受けてかさ密度測定器の開発をしていたのは昭和44年でしたが、44年の夏の出来事といえばやはりアポロ11号の月面着陸でしょうね。7月の良く晴れた暑い日でした。仕事の手を休め、私も何としても中継を見たいと思いましたが、会社にはテレビがありません。そこですぐ近くの食堂に飛びこんだのです。物凄い人だかりでした。鯵のたたきの昼飯なんかを注文して、やっと席を確保し、テレビの前にへばりついて観ました。ちょうど12時頃だったと記憶していますが、記念すべき人類の月着陸第1歩が中継されました。モノクロで、しかもややゆがんだ、目の粗い中継画像でしたが、イヤァ、感激しましたよ。正直、さすがにアメリカは凄いと思ったし、技術力を尊敬しました。

 と、同時に月面に記された足跡や、ぴょんぴょん飛び跳ねていく宇宙飛行士の足どりを見てふと思ったのです。月面で、かさ密度やタップ密度を測定するとどうなるのだろう? 重力は小さいし、ほとんど真空に近くて、当然空気もなく湿度の影響も無いのだから、地球上とはまったく粉体の挙動が異なって、科学的な、あるいは工業的な意味も異なってくるのだろうなということでした。

 あれから40年近く経った現在、国際宇宙ステーション建設が進み、わずかずつですが無重力環境下での様々な研究が行われています。私たちが扱っている粉体も、無重力環境下での挙動のメリットやデメリットが解明されて、物造りに反映される日がそう遠くない内にやって来るかもしれませんね。

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 引用6)長閑(四幅対の一つ),『画集 川合玉堂の世界』,P35,発行者:油井一人,
 発行所:(株)美術年鑑社,企画・編集:高岡忠雄,平成15年1月14日第1版第2刷
 引用7)一樹之蔭,同上画集P47
 引用8)三輪茂雄,「粉の文化史」,P33−34,NHK市民大学,
 発行:日本放送出版協会,昭和60年10月1日発行
 引用9),10)粉体工学用語辞典,日刊工業新聞社,初版,P56,P226(1981)
 引用11)川北公夫;化学装置,No.8,P130−132(1985)

【出典】
 本コラムのタッピング密度測定の際の容器形状が付着性指数に及ぼす影響は、(社)日本ファインセラミックス協会が実施した、[セラミックス系新素材の工業標準化に関する調査研究(1991)]において私が担当した区分の実験および調査内容から抽出し、今回のコラム用に加筆編集したものです。



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第9回 [物造りに影響する粒子を詳しく観察する](2008/12/24)

9−1. [コラム第9回序文] 
 粉体材料を使った物造りにおいては、粉体を構成する個々の粒子が新機能や思いがけない効果をもたらすこともある一方、害を発生することもあります。今回のコラムでは害をもたらす例として、“とび粉”と呼ばれる粗大粒子を、効果をもたらす例として尖った形状の粒子を課題として採り上げ、その評価法について述べてみます。

9−2. [害をもたらす“とび粉”]
 原料が粉体である材料を使って物造りをするときに、製品にとって障害を引き起こす粉体物性があります。粒度分布や粒子形状分布、あるいは比表面積(単位重量あたりの、粒子の表面積:u/gr)は物造りの品質を決定付ける代表的な粉体物性ですが、粒度分布の中でも特に、“とび粉(とびこ)”と呼ばれる粗大粒子の存在は、生産ラインにおいて、重大な欠陥や規格外の製品・部品の発生につながる原因になります。

 原料粉末を作る粉砕や分級工程で発生する粗大粒子は “とび粉”あるいは単に“とび”と呼ばれ、古くから粉砕や分級作業の現場用語として使われてきました。JIS、あるいは業界ごとに規格として定められている訳ではありませんが、多くの粉体技術者が経験的にその存在を認識しています。“とび粉”の概念を作業に従事する方々から伺って最大公約数的にまとめると、
 
『圧倒的に多数の微粒子の中にごく微量存在し、
 その粉末を使った時、あるいは製品を作った時に
 不良品が発生する原因となる、かけ離れて大きい粒子のこと』


 〜という定性的な定義になります。図示すれば図34のようになります。

 
 図34 “とび粉”は大多数の微粉の中に存在する不都合な粗大粒子

 この時注意しなければならないのは、原料となる粉末の最大粒径が必ずしも“とび粉”ではない点です。物造りのためにある一定量の粉末材料(母集団材料)を用意した場合、その材料の最大粒径が何ミクロンかということは、サンプリングの問題や粒度分布評価方法、更には、そもそも最大粒径粒子を正確に検出することができるのか? という粉体工学上の問題とも関係のあるところですから今回は取り上げませんが、物造りをしたときに不良の原因となる粗大粒子であることが“とび粉”と判断する分岐点であり、粉を使った物造りのための品質管理基準であるといっても過言ではありません。

 幸いにして、通常の粒度分布の傾きを持った粉末材料に含まれる、粉体の属性として統計的にあり得る範囲のばらつきに入る最大粒径近傍の粒子径よりも、“とび粉”の粒径はかなり大きいのが一般的なので、“とび粉”の管理も、検出も、除去(減少)対策も可能であると考えて差し支えありません。

 もちろん“とび粉”は成型品などのように形のある製品作りの現場だけに発生するのではなく、塗料分野などにおいては塗膜が製品ですから、『良好な仕上がりの塗膜を損ねるような不良箇所を発生させる粗大(顔料)粒子』が“とび粉”ということになります。表8(引用12)に“とび粉”が原因となって不良・不具合が発生する代表的な事例を、業界ごとに分類して示します。

 


 粉体材料を使った加工においては表8に示されるような障害が発生するので、 “とび粉”の混入が嫌われますが、“とび粉”として扱われる粒径と許容含有割合は業界ごとに異なります。その一例を塗料で見てみます。 

 表9(引用13,著者の了解を得て一部編集済み)は塗料において、塗装対象物あるいは塗装部分ごとにその膜厚が異なる事例と、塗装膜厚に相当する厚さを有する身近な品物の例を、私達の生活の中から示したものです。ひと口に塗料といっても、その用途は多岐にわたり、成分も異なります。しかも塗布する対象物、対象箇所によって塗膜の厚さは大幅に異なってきます。したがって、その材料成分である顔料粉末中に許容される粗大粒子の大きさと量も、用途に応じて異なることになります。

 


 表9で言えば、橋梁や地下道内部に塗布するための塗料では粗大粒子も膜厚に比例してある程度大きくてもかまわないが、アルミフィンや缶の内面塗装、サッシの塗装用塗料などでは、粗大粒子のサイズが少なくとも膜厚を超えることが無いように、厳しく制限されることになります。当然それらの顔料の粉砕方法、分散方法もふさわしい方法が選択されますし、コストにも影響を及ぼすことになるのです。

 このように、業界ごとに同じ材料でも用途別に異なる“とび粉”の許容粒度ですが、それでも大まかには共通した管理粒径というものが存在します。具体的には、超音波分散を併用しつつ、45μm,38μm,20μmなどの湿式ふるいでふるい分け、網上残分を乾燥し、計量し、重量分率を求めて“とび粉”として判定されることが多いのです。必要に応じ、75μmの目開きのふるいも採用されています。

 一方の“とび粉”含有量の許容値は、粉体材料の種類と用途によりますが、サンプリング重量に対する重量分率で、数10〜数100ppm程度が多く見受けられます。厳しい原料管理をしている業界では、単位サンプリング重量当たりの、ふるい網の上に残った“とび粉”の個数も重量分率許容値と併せて管理している業界もあります。
 粉体材料分野ごとの管理粒径の例や、その材料の“とび粉”の測定方法の事例については必要に応じ、成書(引用14)をご覧ください。

9−3. [“とび粉”を避ける、少なくする]
 さて物造りに不都合な“とび粉”が存在することはわかりましたが、それが何故、どのように発生し、どのような対策で“とび粉”をなくす、あるいは安心して物造りできる程度まで減少させることができるかについては、各業界作業現場のノウハウでした。

 粉を使う物造りの工程には、粉砕・分級・混合・造粒・成型、そして貯槽・供給・輸送や集塵といった、多くの粉体工学的単位操作が組み合わせられて加工が進んでいきます。したがって物造りごとに粉末の物性変化や挙動を把握し、原因と対策を立てなければなりませんが、“とび粉”を防ぐ(あるいは減少させる)ために、共通して言える次のような対策・ヒントがあります。それは、

    ・ 機器の回転数の『むら』をなくせ!
    ・ 材料の偏在をなくせ!(特に遠心力、慣性力が作用する機械は注意)
    ・ 負荷の均一化を図れ!(粉末の供給速度、輸送速度の精度を上げろ)


 〜ということに集約されます。
 粉体機器の中には、プランジャフィーダーのように往復運動をする機械もいくつか存在しますが、ほとんどの機械はモーターを動力とする回転運動をしています。モーターから減速されて動力が伝達され、回転体であるスクリュやリボン、ディスクやアームが回転して粉体加工に作用しています。これらの動力伝達系統と、末端の粉体に作用する回転体の回転数にむらを生じないように点検、改良すべきです。特に粉体機器の中で作用する回転体の角速度のむらが無いかにも注意したほうが良いでしょう。

 さらに、空気輸送や気流粉砕、気流分級がプロセス中にある場合は、遠心力、慣性力、重力の影響で、各機器の中で材料がどのような挙動をしているかに充分な注意を払う必要があります。機械内部の材料の偏析・偏在は、流体力学上の原理に基づく、粉砕や分級(分離も含む)、混合などの粒子加工精度に非常に大きな影響を及ぼし、“とび粉”発生の原因に直結すると考えられます。

 また、上記粉体機器内の粉体材料偏在や量によっては回転数のむらにもつながる原因の一つですが、意外に見落としがちなのが粉末材料の次工程への供給精度です。3.6kg/hrと60gr/minと1gr/secは、単位時間が各々、時間・分・秒なので供給速度としては等価ですが、3者の供給精度は同じとは限りません。フィーダーの機器選定の時には単位時間の短いフィーダーでテストし、秤量値の偏差が小さいフィーダーを選定することが、下流の粉体機器である粉砕・分級・混合機などにむらなく材料を供給し、粉体機器内の材料の偏在を回避し、“とび粉”をなくす(低減する)事につながります。粉体加工ラインの中で制御するフィーダーは1箇所で安心するのではなく、要所数箇所で、通過する粉体材料の流量制御をして、下流への濃度むらの影響をなくしてやることがポイントです。これは『粉体加工は一瞬一瞬が勝負だ』という、物造りのためのヒントです。

 このほかには、細かい観点ですが、優先粉砕要素の有無についても念頭に置く必要があります。優先粉砕とは、2成分以上の組成の材料を粉砕するときに、粉砕されやすい成分が先に粉砕され、粉砕されにくい成分が遅れて粉砕されるので、粉砕機から排出される生成物の粒度分布や組成比が一定しない様子の粉砕をいい、選択粉砕とも言います。ある粉砕事例では、一方の組成が脆性破壊される材料で、他の一方が延性破壊される材料であるような組成組み合わせの材料を、衝撃や衝突などの応力が主体の脆性材料粉砕に適した粉砕機(ジェットミル、ハンマーミル)で粉砕したところ、脆性材料成分はどんどん粉砕されて排出されてくるが、ミルの中には延性材料成分が滞留し、作業後半では粉砕があまり進行しなくなったことがありました。粒径の極端に異なる原料の組み合わせによる粉砕も、粉砕に関係した空気輸送や気流分級場などで成分分離を起こし、均質な混合粉砕が行われにくいという傾向が見受けられます。参考までに念頭に置かれると良いと思います。

 また、ハンマーミル、ピンミル、ジェットミル(ループ型や旋回気流型)などに代表される連続型粉砕機による粉末生成全般についていえることですが、これらのミルに砕料を供給開始し、安定した生成粒度の粉末が排出されるようになるには、ある程度の時間がかかり、それまでに排出される粉末は、粒度が安定せず、あるいは予定している粒度よりも粗かったり細かかったり、分布のシャープさが異なったりすることが多いので、生産管理上注意しなければなりません。

 連続型粉砕機で安定した粒度分布の粉末が一定の速度で生成されるのは、ミルの内部に粉砕作用を受けている最中の材料が一定量滞留していて、ミルに供給されてくる新たな砕料の流入速度と、粉砕されてできた微粉末の排出速度が一致しているからです。この時ミルの内部に滞留している粉末の量をホールドアップと呼びますが、ホールドアップが形成されるまでには、材料の粉砕性の良否や処理量により、数分(長ければ10分以上)を要することがあり、その間の生成物粒度は不安定になります。ミルに対する砕料供給を終え、生成微粉が全て排出されるまでの時間も、相当の時間がかかり、生成粒度が不安定になることが多いので、物造りの粒度管理上の不安定要素になり得ることに留意する必要があります。

 “とび粉”を避けるためのこれ以外の方法では、直接的になりますが、“とび粉”を含んでいる可能性のある粉砕あるいは分級生成物を、ふるいを通して仕上げるという手段があります。この時のふるい分けは、“とび粉”の管理粒径にあわせたふるいを通すことになりますが、“とび粉”の粒径は本来生産しようとしている粉末の最大粒径よりもかなり大きいのが普通なので、材料粉末のふるい通過抵抗が小さく、それほど困難な操作、負担の大きな操作ではありません。確実性の高い、付加価値の大きな材料粉末を得るための仕上げ加工として、一部の業界では採用されています。

9−4. [研磨材の形状を測る]
 私のコラム第1回では、PET樹脂をリサイクルしたペレットから粉体塗料を製造し、その塗料としての性能を発揮するためには塗料粒子が球形に近い形状であることが大切な粉体物性の一つであることについて述べました。そして粒子の形状を評価する方法としてイメージアナライザーを使用し、粒子像を投影した図形の円形度から塗料粒子の球形度を推定する方法をご紹介しました。それに対し今回は、粒子の形状がどの程度尖っているかについて評価する粒子の例をご紹介したいと思います。

 粉末材料の中には、粒子の形状が尖っていること、角(かど)張っていることが大切な物性であるものがあります。研磨剤はその最たるものですね。研磨剤を構成する粒子は砥粒(とりゅう)と呼ばれ、粒子の角が対象物を削る役割を果たします。非常に細かい粒子で削って仕上げる場合は、磨くという表現をしますが、本質的には同じ工程です。砥粒も使い続けると角が取れて丸みを帯び、いわば刃物の刃がなまって切れ味が劣ってくるのと同じですから、粉砕・分級して再生し角張った砥粒にします。このような研磨材粒子がどれぐらい尖っているかを評価することは、切れ味(研摩の性能)の評価につながるわけです。

 イメージアナライザーは分散させた個々の粒子の画像を撮影し、定量形態学と称する学術分野の形状を分類する定義に従って評価する測定器です。その分類の、形状に関するパラメーターは、当コラムの『PET粉体塗料』、『世界の砂の形状』の評価で使用した“円形度”や、『超扁平精米』で使用した“長短度”あるいは“扁平度”などが多用されますが、研磨材(砥粒)の場合は、どれぐらい尖っているかを評価・分析することが必要ですから、粒子の画像に角があるか? あれば何箇所か? 角はどれぐらい尖っているのか? を表現できなければなりません。

 このような、鋭い角を持った粒子の評価に取り組んだ例として、ウイスキーのビンを破砕して試料とし、粘着テープに固定し、その上を円筒状に保持したゴム風船を滑らせて破裂するまでの回数で粒子の鋭利度を実用的に測定・評価した、佐野らの研究報告があります(引用15)。この研究では、大量に生産し消費されている各種ガラス瓶のうち、瓶の形態のままの再利用ができないものについて、破砕して建材用の骨材などに利用する際、破砕粒子が作業者に対して危険な形状で無いかどうかを判断するための『鋭利度』を評価しているのです。しかも廃ガラス瓶の破砕品は、資源リサイクルとしても役立っているので、ガラス片が鋭利であるか否かを判断する基準となる『風船破裂法による粒子の鋭利度評価』は、工業的に実用的な評価法として価値が高いと考えられます。

 更にこの研究では、風船破裂法の実験に並行してイメージアナライザーを使って風船破裂法と同一の試料の測定を行ない、風船破裂法による鋭利度とイメージアナライザーによる円形度の評価値は、ほぼ直線回帰する相関関係が認められています。  鋭利なガラス片に接触する作業者の安全の観点から、作業者の手や肌に匹敵するゴム風船を連想し、その傷つきやすさから鋭利度を測定することを考え、かつイメージアナライザーによる粒子形状評価と結びつける評価法を確立したことは、鋭利な材料の評価法を大きく前進させたものと言えるでしょう。

   この研究報告を観て私が思ったのは、風船破裂法による測定結果とイメージアナライザーによる測定結果の比較評価の際、イメージアナライザー側のパラメーターに、粒子の極座標表示を併用すれば、より評価の精度が高まるのではないかということでした。そこで研磨剤(アルミナ)粒子を入手してイメージアナライザーで測定してみました。

 
 図35 イメージアナライザーによる研磨材粒子2値化画像表示の様子(右モニター)

 
 図36 対象粒子の画像を印字し、説明のため頂点にa,b,cを付した

 
 図37 粒子像を極座標表示した例。三角形粒子の3つの頂点がきれいに表示された

 図35の写真のモニターには、ほぼ三角形をした研摩材粒子(アルミナの粒子)が撮像され、2値化表示(白・黒いずれかで対象物の輪郭形状を表現する画像処理の方法)されている様子がご覧いただけます。図36はこのコラムの説明のために、図35の画面を印字し、三角形粒子像の3つの頂点に私がアルファベットでa,b,cの記号を付したもの、図37は、イメージアナライザーから出力された2値化粒子像の極座標グラフを示します。図37の極座標グラフは、2値化された粒子の画像の重心を極とし、3.6度ごとに100分割された100本の半径方向に、極から粒子像輪郭までの寸法を順にプロットしてつないだものです。このような表現の結果、オリジナル画像で捉えられた三角形の3つの頂点は、半径方向の3箇所のピークとして明瞭に表現できています。

 図37の輪郭グラフの頂点のa,b,cは、図36の頂点a,b,cに各々対応し、説明のために私が測定後に記入したものです。

 このように極座標を使用すれば、その粒子像の角の数、更には各々の角の角度までわかることになり、どれぐらい尖った角が何箇所あるかが表現できるので、『鋭利度』はより定量的に表現できるようになります。このイメージアナライザーでは、個々の粒子の重心から輪郭までの半径分布だけでなく、測定した複数粒子全体がどのような半径分布の粒子の集合体であるかも表現でき、その試料粉末全体がどれぐらい尖った粒子の集団であるかを評価できます。画像処理法による粒子評価技術を活用し、物造りや、本事例のように安全対策の一環として役立ててはいかがでしょうか。

9−5. [倍率の異なる対物レンズによる撮像データ処理の課題] 
 CCDカメラの高解像度化、大容量化が進行するに連れて、微小粒子の手軽で精密な描写が可能になってきました。イメージアナライザーも歩調を合わせて進歩しており、現在では数ミクロンの微粒子の撮像も可能となってきています。しかし光学顕微鏡とCCDカメラを組み合わせて測定器化している粒子形状・粒度測定器においては、測定レンジを広くしようとすると、一つの対物レンズで鮮明な画像取り込みをすることが可能な範囲が限られるため、倍率の異なる対物レンズを数個、クロスレシオ(撮像可能な寸法の交差領域)を持って組み合わせ、測定範囲をカバーすることになります。そして撮像、評価した形状や粒度分布のデータを接続して最終的に一つの測定データとして出力することになります。

 この時問題なのは、CCDカメラのピクセル(画素)の大きさは決まってしまっているので、対物レンズの倍率が異なると、カメラの1ピクセルに相当する寸法が変化し、分解能が変わってくるということです。端的に言えば、倍率5倍の対物レンズで撮像した粒子の画像と、倍率10倍に切り替えて撮像した画像を接続して、例えすべての対象粒子の画像データを取り込んだとしても、粒子形状分布上は、接続点を境として、異なる分解能で測定されたデータがつながれて、見かけ上一つのデータになっているのに過ぎないという点に注意しなければなりません。

 粒子形状のアスペクト比(長短度)などを評価する場合は、この対物レンズ切り替えによるピクセルの分解能の影響は少ないのですが、最近のイメージアナライザーによる粒子形状評価は、粒子の輪郭、ひいては粒子表面の微細な凹凸、粒子の表面粗さを評価するツールとして採用しようとする動きが活発なので、分解能の影響が大きい研究課題に対しては、この影響を充分念頭に置いておく必要があります。このことは、どこまで細かい粒子が撮像できるか、そしてその粒子像の分解能がどこまで高いかということとは、まったく異なる課題です。
 なお、粒子の表面粗さを評価するパラメーターして、マイクロラフネス(micro roughness)があります。これは粒子像の輪郭を、ピクセルサイズを利用した微小単位でなぞり、その図形をフーリエ展開して指数化した値です。数値が大きければ粒子表面が荒れている、あるいは毛羽立っていることを意味することを表現できますので、表面粗さを評価する手段として便利ですが、大きな粒子と微粒子が混在する粉体材料を対物レンズ切り替えで撮像・測定した時に、分解能の異なるデータ間ではマイクロラフネスの直接比較ができなくなるので注意しましょう。これからのイメージアナライザーは、幅広い粒度域を有する粉体材料も同一の高い分解能で測定できるよう、ハード的な要素の改良も進むと思われますが、統計学を利用したソフトによる課題解決にウエイトを移しつつあるようです。

9−6. [NHK大河ドラマ『篤姫』を観て]
 話題はがらりと変わります。私のコラムは粉体技術に関して、物造りのヒントにして戴くことを念頭に置いて書いていますが、年末でもあり、ちょっと一息入れて、今年観たNHK大河ドラマ、天璋院篤姫の感想を書いて今回の結びにしたいと思います。

 NHKの大河ドラマ:『篤姫』が先日最終回を迎えました。一昨年の山内一豊、昨年の山本勘助も面白いと思いましたが、今年の篤姫は出色でした。次回が楽しみで待ち遠しかったテレビドラマは久し振りでした。今回の篤姫は宮崎あおいの熱演・好演によるところが多いと思いますが、同時にこのドラマが宮崎あおいを更に大きな女優に育てたのではないでしょうか。篤姫のような立場の主人公は、戦国時代の女性ということもあって、動きが少なく、自身が合戦に出て行くわけでもないのだから、中弛みするのではないかなどと要らぬ心配までしましたが、まったく杞憂であり、一気に1年間を駆け抜けた感じがします。

 そしてドラマの中には心憎い会話や演出、印象深いシーンが沢山ありましたが、一つだけ挙げろと言われたら私が間違いなく挙げるのは、篤姫が江戸城の無血開城に同意し、城を出る時を迎える日々のシーンでした。ドラマの中では、姑である本寿院が城を出るのを嫌がって駄々をこねるのを諌め、女中やお付きの女性と共に花を活けて慰めることで懐の深さを示しました。そして開城の日、東征軍の兵士が江戸城に入って目にしたものは、今でも大奥のその場に主がいるかのように、大きな投げ込みの花達が、あでやかに、幾鉢も活けられている光景でした。もちろん、このシーンはドラマとしての演出なのでしょうが、篤姫に言わせたかった事、脚本家が一番言いたかったこと、すなわち『与えられた時代に生きる美学』を無言の活け花であらわした、このドラマを最も象徴するシーンだったのではないでしょうか? 

 ドラマの中の登場人物の会話も、その場面々々で、次のせりふが全てといっていいほど先にわかり、しかも予想通りに登場人物が話すのを私は何度も経験しました。
 これは脚本家のすごい手腕ですね。恭順の姿勢であれ、裏切りであれ、視聴者の思う通り、予想通りに登場人物にせりふを言わせるシナリオを描けることは、まさに視聴者の心をわし掴みにし、視聴者をドラマの中に参加させて共感を得る能力に他ならないのではないでしょうか? 大河ドラマ『篤姫』の時代考証を担当した原口泉著、『篤姫』も併せ読んでみましたが、時代考証は大変な作業ですね。脚本家が、主人公を中心とする登場人物の生き方や思想の筆を振るうためにも、時代考証の土台がしっかりしていなくてはなりません。脚本家が時として架空の人物をバイプレイヤーとして登場させ、史実を損なわぬように注意しながら主人公を引き立てたりできるのも、信頼できる、そして息の合う時代考証担当者の協力があってこそ可能になるのだと思うのです。

 篤姫は類まれな運命に翻弄されたけれど、媚びることなく、流されず、あきらめず、常に自分の信念を持って、時代の波の中を柔軟に生きた姿勢が共感を呼んだのだと思います。その強さはもはや美学です。昨今の不況の中大変勇気付けられました。
 今年後半からの景気後退で国内外を問わず未曾有の不況感が漂っていますが、こんな時こそ創意工夫で難局を乗り切りましょう。どうぞ良いお年をお迎えください。

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引用12):伊藤均,粉砕雑学から超臨界流体による微粒子加工まで,粉体と工業,Vol.39, No.1,p37(2007)
引用13):瓦家正英,酸化チタンの分散・塗布と応用,(社)日本粉体工業技術協会主催、第38回粉体工学専門講座[粉砕]テキスト,2006年5月30日,東京(住友金属鉱山(株))
引用14):伊藤均,各種微粒子調製方法と製品応用,(株)情報機構,p413−414(2007)
引用15):佐野茂,粒子形状の評価,(社)日本粉体工業技術協会・2005年度第2回電池製造技術分科会・混合成型分科会講演会,2005年10月28日,岩手県南技術研究センター(一関市)




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第10回(最終回) 『ディスカバージャパン』の頃 (2009/1/13)

10−1. [コンタミネーションと、その防止策]
 [コンタミの功罪]
 私が少年だった頃読んでいた雑誌の中に、発明王や発明で社会貢献した人々を紹介する記事が連載されたことがありました。些細な出来事を見逃さずに、考えるヒントにすることが大きな発明成果をもたらし、あの時あの人がこの発明をしなかったら、今の私たちの便利な生活は無かっただろうとか、たいていの発明は発明者が貧乏だったり、悲運のどん底にあるような中でなされたし、その成功によって世の中に認められ光り輝く頂点へと駆け上っていく様子が、紙芝居のようなイラストと共にドラマチックに描かれています。時には成功に慢心した人の没落談までが戒めとして書かれていました。

 純真で感化されやすかった私は、鼻息荒く、すぐその気になり、夏休みの工作に、『自動卵割り機』があれば大きな発明になるだろうと考えて秘密裏に構想を練ったのです。その大発明になるはずだった構想も、母が所要で外出した昼食時、父が珍しく(それしかできなかったからかもしれませんが)目玉焼きのおかずを作り、「卵の殻は手で割れば済む事よ」などと、いとも簡単に言ってのけ、憎らしいことにヒョイヒョイと卵割りをやってのけているではありませんか。
 今風に言えばへこんだ私でしたが、同時に、経済性(採算性)・簡便さが大切だということも言われたのだと、その目玉焼きごはんを食べながら思ったことが『発明』にまつわる話として私の記憶に強く残っています。
 そしてちょっとした出来事でも、普段から注意心があれば発見・発明につながる例として、その雑誌に紹介されていたのが『加硫ゴム』の発明で、大筋、次のような内容でした。

 タイヤメーカー:グッドイヤー社の名前のもととなった、チャールズ グッドイヤーが生ゴムを使う作業場で仕事をしていた時、幼い息子が傍で遊んでおり、誤って生ゴムの入った缶をストーブの上に落としてしまいました。その時一緒に落ちた別の缶から硫黄粉末が飛び出して生ゴムの中に入り込んでしまい、グッドイヤーは大慌てしたそうです。しかし子供を助けた後、ストーブの所に戻ってみると、生ゴムは燃えもせず大きな塊となってその上にあったといいます。硫黄粉末を含んで加熱された生ゴムは適度な硬さと弾力があって、しかもべと付くことの無い塊となっており、『これは工業材料に使える!』とピンと来たと言うのです。
 その後、最適条件を見つけて改良を重ね、工業用ゴム材料の基礎を築いたとの事でした。この記事が書かれた当時でさえ、150年ほど昔のグッドイヤーの加硫ゴム発見談紹介ですから、どこまで状況が正確か?まして少年向け雑誌に興味を持って読んでもらえるように多少の脚色もしてあるでしょうから若干相違点もあるだろうと思いますが、ハプニングで生ゴムと硫黄粉末が混ざり、ストーブの上に落ちて加熱されたこと、混合比や温度がまさに天の配剤で、使用に耐えるゴム材料の元が焼きあがった〜という要素だけは間違いないのでしょうね。
 そして事故に慌てるだけでなく、その焼きあがったゴムの塊をみたときに、ごみと思わず一歩踏み込んで観察してみた警戒心、あるいは好奇心、善意的に言えば日常の研究心が、工業生産の元となった点もまた間違いないところだと思うのです。

 この加硫ゴムの発明(偶然性から言えば発見か)で登場する“硫黄”は主材である生ゴムに意図したものでないのに入ってきた、いわばコンタミです。コンタミとは、コンタミネーション:Contaminationを短縮した粉体の現場用語であり、一般に異物の混入による母材料の汚染を指します。
 しかし異物の添加が必ずしも害を及ぼすものではない、新しい機能をもたらすこともあるという、功罪の功の点を忘れてはならないのでここに引き合いとして出しました。
 もちろん、専門的には、電子材料開発や医薬、農薬開発等における、母材に対する異種成分の微量添加(この場合はドープ(dope)と言います)が電気的特性、薬効の発現・制御に多用されていることは言うまでもありません。

 [粉砕現場のコンタミ話]
 長いこと粉砕に携わり現場を廻っていると、自らが様々なトラブルに遭遇し、また遭遇したという方の経験談をよく耳にします。やはり多いトラブルは、摩耗と付着にかかわることですね。粒度をもっと細かくとか、分布をシャープにといった要求は、粉砕機や分級機の操作条件を探ることで達成できることが多いので、予備的な試験を充分すれば実稼動ではあまり大きな問題になることはありません。
 しかし摩耗や付着は大型機による実証テストを長時間行えるケースでもない限り、事前に定性・定量的(特に定量的)に発生を予測することが困難なのです。粉砕機には多種多様のメカニズムがあり、様々な応力が作用して粉砕は進行しますが、それらの応力は粉砕される材料だけに加わるのではなく、粉砕機そのものに、反作用として相当な応力が加わっていると考えて差し支えありません。
 ハンマーミルにおいては破砕するハンマーに、ボールミルにおいてはメディア同士やメディアと内壁に、媒体攪拌ミルにおいてはメディアと攪拌羽根、そして粉砕容器内壁に大きな応力が加わります。ジェットミルにおいては高速の気流に乗った材料粒子がミル内壁に吹き付けられます。これらの応力は、粉砕産物の生成と同時に、粉砕機自体を削る力として作用していると言い換えても過言ではないのです。粉砕機は“粉砕され機”でもあるのです。

 このように、粉砕機それ自体の内部から発生する可能性がある摩耗に対しては、各種粉砕機とも、アルミナ、ジルコニア、窒化珪素などのファインセラミックス材料を使った部品化によって、生成粉末が使用に耐え得る純度を維持できる程度の摩耗粉混入量に抑えた粉砕ができるようになって来ました。図38に、参考までにファインセラミックス製のジェットミルのパーツ例を数点示しておきます。

 
 図38 粉砕機に使われている耐摩耗性を有するセラミックスパーツ例
(同寸法で、白はアルミナ、黒は炭化ケイ素製)



 ところが粉砕における摩耗や異物混入の問題はそれだけで解決するわけではありません。微粉砕プラントは、少なくとも輸送・供給・貯槽・集塵・計量・包装などの単位操作と組み合わせて稼動します。この一連のプラントのどこかから異物が混入しても最終的にパッキングされた製品にとってはコンタミになるわけです。粉の加工工程が長いと、それに比例して粉の流路は長くなり、断面積の変化やカーブがありますから、機器内壁への粉末の付着や閉塞が発生しやすくなります。
 生産現場ではこれをメンテナンスするために、機器ラインの各所に開口部を設け、点検や、詰まった粉の剥離作業を頻繁にしなければならないので、密閉構造にできないのです。この開口部が曲者。作業規準を作り、作業者が遵守しているつもりでいても開口部の閉め忘れ、異物挟み込み、開口部の閉め方不十分といった事態は発生し、それらの箇所から異物が粉砕ラインに入り込むのです。

 私が勤務する会社(以下、当社と略記)の工場や、お客様の粉体加工工場を訪問している際に聞き取った話として、次のようなコンタミ事例がありました。

 


 こうしてみると実に様々なものが、情けないぐらいに異物として混入しています。私も実際に目にし、手にとって見せて頂いたものの中には、びっくりするようなものもありました。製品粉末を回収しているときに出てきた、その作業員の方がおっしゃる“不思議なもの”を私も見せて頂きましたが、こけし人形の頭のような形です。そしてその一端には金属製の軸が付いています。散々考えた挙句ようやくわかったこと、その正体は木製ドライバーの柄の部分だったのです。ミルの中を回転しているうちに成形され、木製なので余り粉砕されずに丸く仕上がり、一方鉄製のドライバー部分は順調に粉砕され磨り減って、細い軸になったという次第のようでした。

 また、機械部品が多いので、ナットがミルに入り込むことも多いのですが、これはボールミルでもジェットミルでも球形に仕上がるようです。ほとんどのナットは六角形ですが厚みがあるために丸くなるんですね。まるでパチンコ玉のように磨かれたものが出てきます。その中央部には、元、ねじ山だった箇所が、らせん状に細い穴となって向こう側を見通せますからナットだったとわかるのですが、まるで数珠がほどけて玉がばらばらになったようにも見えて、何とも奇妙なものでした。

 更に驚いたのは、ゴム長靴が回収されたことでした。食堂の給食賄いのおばちゃんが履いているような、あの白いゴム長です。プラントは農薬粉砕用の大型ジェットミルだったのですが、常時開口しているジェットミルの2次空気吸引口から吸い込まれたものと思われました。しかしジェットミルの中では、基本的にはゴム材は粉砕されませんから、そのまま空気輸送され、集塵され、集塵機下部のロータリーバルブのところで切断されながら、ほぼ原形を保って排出されたものと思われました。「やっぱりジェットミルの中ではゴムは粉砕されないんですねえ」などとお客様がおっしゃられ、妙なところで意見の一致を見ましたが、これがたまたま農薬粉砕であり、生成粉末の粒度も成分も異常がなかったから良かったものの、こんなことが有り得るのかと肝を冷やした異物混入の事例でした。

 医師が手術のメスやガーゼを体内に置き忘れたというような医療事故のニュースを耳にすることがありますが、他人事ではありません。そのような医療事故を擁護はしませんが、非常に気を使って、器具などの置忘れがないように複数の人数で慎重に進めている医療現場でさえ事故は発生しているのです。長時間、連続で稼動する粉体加工の工場では、そのようなうっかりミスから発生する、ラインへの異物混入のケースが結構多いように思われます。
 異物混入は粉砕機をはじめとする機械の破損を招くだけでなく、その時の加工材料を無駄にし、振り替え材料の粉砕に追われたり、時には不良となった材料の補償にまで発展します。作業者への教育、作業規準の遵守、そして少しでも異物混入を回避する技術的対処の推進が求められるところです。

 [異物混入を防ぐ]
 異物混入には、粉砕機内部で構成部品やメディアが摩耗することによって生ずる、現場用語で言うコンタミと、粉砕ラインの周辺から不規則に取り込んでしまう外来異物があることをお話しました。粉砕機自体はセラミック化対策などが功を奏していることをお話しましたので、ここでは外来の異物が粉体加工ラインへ混入することを防止する方法について少しご紹介します。

 粉体加工ラインで最も安価で効果的な対策は、これも現場用語ですが“馬鹿除け(ばかよけ)”と呼ばれているものを設置することです。フィーダーやスクリューコンベアなどの出口、あるいは粉砕機の材料投入口のいずれにでも良いのですが、粉末を輸送するシュートの要所各々々に、傾斜した、目の粗い金網を設ける事を言います。流しについている水きりごみ除けと同じことですね。ただし乾式粉砕ラインでは、狭い通路でも自由に流れてくれる流しの水切りとは違って、“馬鹿除け”金網の目の大きさ並びに網の角度は非常に重要です。
 網目の大きさは、それを設置する箇所より上流から流れてくる加工材料粉末は楽に通過するが、異物である大きな物体(上記のごとく、ボルトナット、工具、布、繊維など多種多様です)は確実に通さないサイズでなければなりません。異物を寸法で捕捉し排除しようとすると、必然的に網目が細かくなりますが、肝心の原料粉末の通りが悪くなり、網の目詰まりやシュートの閉塞を引き起こしたりするからです。“馬鹿除け”を傾斜させて取り付ける理由は、網の上に捕捉した異物が傾斜を利用して転がり落ちるようにし、運転を停めずに異物除去・回収ができるようにするためです。
 この時、網が傾斜して取り付けられることで、網の、見かけの目開きが小さくなることも念頭に置いて目開きの選定をしなければならないことは言うまでもありません。

 またこの“馬鹿除け”は、粉砕の進行に合わせて、粉体の粒度にあわせて、上流から下流に向かい、徐々に細かい目開きになるように、数段階用意するのが理想的です。基本的に、比較的大きな異物、あえて一言で言えば、数ミリメートル以上の異物が粉砕機の中に入らないようにする補助具と考えて採用するのが効果的です。

 次に、“馬鹿除け”を通過した微細な異物については、別の除去方法を講じなければなりません。異物の検出・除去には、寸法選別、形状選別、密度(比重)選別、材質選別など、沢山の方法がありますが、ここでは主に鉄分の除去に使用できるロータリーキャッチャーという、マグネット(磁選)式異物除去装置を簡単に紹介しておきます。

 マグネット式金属除去装置[ロータリーキャッチャー]は粉体材料の中に混じりこんだ鉄分を強力な磁石で吸い付けて取り出し、除去するトラブル防止装置です。粉体加工ラインの前段(粉砕機に材料を供給する手前)、粉砕した粉をホッパーなどに輸送する輸送管、ホッパーにたまっている粉を小分け袋詰めする手前や、物造りのために粉を使用する機械の直前に設置し、粉がロータリーキャッチャーを通ることで、磁石に鉄分が吸いつけられて除去される、付加価値の高い機械なのです。
 外観写真を図39に、内部の鞘管とマグネット棒を図40に、作動原理を図41に示します。上流から流れてきた微粒鉄粉の混入した粉体材料がロータリーキャッチャーに入ると、内部には鞘管(さやかん)に包まれた希土類コバルト磁石(13000〜15000ガウス)のマグネット棒が同心円状に配列されて回転しているので、粉末が落下するときに鞘管外周で分散されつつ、鉄粉を吸い付ける鞘管外面の接触面積を最大限に利用でき、効率的に鉄粉を捕捉します。ロータリーキャッチャーの出口からは鉄粉の除去された材料粉末が排出されます。鞘管に捕捉された鉄粉は、コンタミとしての量にもよりますが、粉体加工ラインの停止時、鞘管付きローターを抜き取って、回収、処分します。異物として捕捉された鉄粉は鞘管からマグネット棒を抜き取ることで磁力による吸引力を失うので、容易に鞘管から剥離・回収できます。この鞘管からマグネット棒アッセンブリを抜き取る作業の様子を、図42図43に示します。

 なお、どの程度の微粒鉄粉までマグネット棒で吸引、捕捉できるかという事例ですが、最頻度1ミクロンで8重量%、平均粒径0.7ミクロンの鉄粉を使用した混入試験において、ほぼ100重量%の回収結果が得られています。このように微粒子鉄粉の混入除去に対してロータリーキャッチャーは威力を発揮するので、粉体ラインの上流に“馬鹿除け”を設けた直後、その下流に設置することで、大きな異物から微粒子鉄粉までの除去ができる異物除去システムが形成されます。

 
 図39 ロータリーキャッチャー外観(MRC−150A型)


 
 図40 ロータリーキャッチャー内部の鞘管(右)とマグネット棒(左)


 
 図41 ロータリーキャッチャーの作動原理図


 
 図42 鞘管表面には鉄粉が沢山捕捉されている


 
 図43 マグネット棒を抜いた瞬間、異物(鉄粉)が鞘管から剥離する


 混入した金属異物の除去の方法として、マグネットは以前から各産業で使われていました。また、マグネットメーカーも国内には数多くありますが、当社が金属異物除去装置開発の必要性を考え始めたのは、携帯電話の電源として膨大な流通量となったリチウム電池が何らかの原因で発火してしまい、世界各地で問題になり、大量のリコールに発展したニュースを観た事がきっかけでした。
 発火原因の1つに、リチウム電池の原料の中に異物として細かい金属片が入ってショートしたのではないかと言う推定がありました。
 当社としてもリチウム電池の原料や電子材料の原料を受託粉砕加工していましたので金属除去対策は必要不可欠だったのです。当社の受託加工は細粉(平均粒径数10ミクロンの砕料)を超微粉(平均粒径数ミクロンの生成物)にする加工が多く 又、粉体加工時には多くの粉末が高い付着性を示します。従来多く見受けられた固定式のマグネットによる異物捕捉装置では、付着によって磁石で吸い付けた粉体層が厚くなると磁石表面からの距離に反比例して急激に磁力が低下しますので、充分な異物捕捉ができないという欠点がありました。
 そこで超微粉の連続加工、あるいは長時間運転が出来る金属異物除去装置の開発を目差し、マグネット棒が入った鞘管が回転して異物捕捉面積を拡大する、紹介したような製品化に漕ぎ着けたのです。

 鉄は生活、産業に不可欠な素材ですが、これが不純物として混入すると厄介な問題を起します。特に電池材料、電子部品や各種機能性素材あるいは食品、化粧品などに許容量以上に鉄が混入すると、商品の機能低下、不良品の発生 最悪の場合発火事故や消費者クレームに至ってしまいます。素材メーカー、製品メーカーに関わらず除鉄のニーズは今後増加の一途を辿ると見込まれ、マグネット式金属除去装置・異物除去装置の採用が進んでいくものと思われます。

 10−2. [不況下の営業を考える]
 [ノルウェイの森]
 海外・国内を問わず、政治・経済の不安定期が続いてきた過去数年のなかで、遠くなりつつある“昭和”を懐かしむ動きがあります。もちろん大半は第2次大戦後の高度経済成長期以降が対象となっていますが、シャッター通りと化した商店街を、昭和レトロの懐かしい商店街に改装して町興しにしたり、西岸良平のコミックを映画化した『三丁目の夕日』や、リリーフランキーの『東京タワー』がベストセラーになったりしたことも、ブーム形成に一役買っているようです。私も私なりに感じている“昭和”の出来事、記憶に残っている情景について少し触れてみたいと思います。

 初版が出版されてまもなく読んだことがあった、村上春樹の『ノルウェイの森』を、2年ほど前に文庫版で再度読んでみました。村上春樹の作品に接したのは、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞したときに重版がすごく早かったので私も買い求めて読んだのが最初でしたが、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(The catcher in the Rye)』の主人公、ホールデンを髣髴とさせる感受性の細かさと、大人の社会への不安、嘘を見抜く青年らしい視線が感じられて圧倒されました。まるで現代のピテカントロプスのような、原始的で素直な視線や感情を持った主人公が、その精神的スタンスを持ち続けながら成長していく様子を羨ましくも思い、日本にもこのような作家が台頭してきたかと感心したものです。
 読者は作品の緻密さ、心地よさからためらい無く作品の中に入り込んでいきますが、村上春樹作品は引き付けが強いので、主人公の間近に迫った読者はいとも簡単に調理されてしまい、とりこになるのも頷けます。これは、長編小説を一人称で破綻無く描ききる能力と無縁ではないような気がしますね。

 さて、再度『ノルウェイの森』を読んでいて昭和を感じたのは、随分電話にまつわるシーンの描写が多く、しかも固定電話、共同の呼び出し電話、公衆電話が何度も登場することです。大学で同じ授業を受けている女の子から、講義のノートを貸してくれと頼まれて、アイヨと貸してあげる。その子の実家は下町で小さな書店を営んでおり、電話番をしなければならないから遊びに来ないかと誘われていったら、近所の家がぼやになって消防車が数台駆けつけてきた。その様子を3階の物干し台に登って二人で眺めた。煙が流れてくる中ビールを飲みながらフォークソングを沢山唄ったが、アメリカンフォークのはしりの曲だった(引用16)なんていうのは、P.P&M、ブラフォー、ジョーンバエズ、ボブディランなんかを一気に思い出させてしまうじゃないですか。主人公と女の子の距離は一気に縮まってしまう訳ですが、私などは、電話待ちの留守番だけでこれだけのドラマ進展があるなんて、何て平和だった、いい意味の“間”があったんだろうと羨ましく解釈してしまいますから、人間贅沢なものです。みんなが携帯電話を持つようになった現在では、このような展開はまったくあり得ないのでしょうね。

 そう言えば『ノルウェイの森』はエンディングにも電話が登場します。主人公の“僕”が、講義のノートを貸して付き合い始めた女の子に、“公衆電話ボックス”から電話を掛け、長い沈黙のあと電話口の彼女が、「あなた、今どこにいるの?」と問い返すシーンで終わりますが(引用17)、「どこのいるの?」の「どこ」は、電話を掛けている主人公の場所と、主人公の探しているもの、生き方そのものをも問いかけている巧みなレトリックなのではないでしょうか?この辺りも村上春樹ファンが多い要因の一つかも知れません。

   現実的な私達が進めてきた仕事の中でも、家庭への(固定)電話が普及し、携帯電話が登場して、音声のみならず文字や画像が交信されるようになりました。テレックスが文字通信の主体だったオフィスに、昭和50年代には業務用FAXが普及しましたし、その後瞬く間にOA環境が整ってEメールでの画像を含む交信が可能になりました。ライフスタイルの一変は、このようなパソコンを含めたコミュニケーションツールの発達に最も顕著な気がします。

 [エヌサン]
 戦後の昭和を振り返ると、車の面でも大きな変化がありました。もちろん、現在のハイブリット車あるいは電気自動車の登場という意味もありますが、やはり、家庭に自家用車が入ってきた時代、若者でも車を持てるようになったこと、国民皆免許と言われたほど車社会へと変貌した点が、わが国の経済成長を支えたという面も含めて大きな出来事ですね。

 中でもやはり印象的なのは、モータリゼーションの魁として、コストを抑えて普及を図る軽自動車が、昭和40年代初頭に登場してきたことです。当時社会人になったばかりの私達ですが、やはり車と音楽の素養が無ければ若者ではないとまで考えて、何とか車を手に入れたいとがんばったのです。普通車などは手が出ませんから裕福な大人に任せておけば良い、自分たちは、ともかく車輪が4個ついて、エンジンとハンドルと屋根がついた箱であれば御の字だったのです。本当はカー雑誌などに載っている、小さくても完成度の高いモーリスミニクーパー、それもモスグリーンのやつなんかが欲しかったのですが、とても手が出ませんでした。そこへ、猫にマタタビのようにカラフルな軽自動車が登場しましたから喜ぶまいことか。私が手に入れたのはホンダのN360というモデル、排気量360cc、36馬力のツーリングタイプでした。白いピカピカのボディに銀メッキのモール。真っ赤なテールランプカバー、そして車内には漆黒のセパレートシートがコーディネートされていてね、まるで出来たてのプラモデルみたいでしたよ。若者はみんな『エヌサン』と呼んでいました。

 エヌサンを手に入れてからは嬉しくて、夜になると露天の駐車場に行って車の中で寝たこともたびたびでした。なに、毛布の1枚もあれば充分なんです。カーラジオをつけていると午前零時の時報の直後、ジェット機の離陸音、パイロットの交信音声にかぶせて、エコーの効いたジェットストリームの番組タイトルコールが流れ(最後のコールはエコーがかからず、生の声になるので現実感がぐんと増すのがミソ)、フランクプウルセルグランドオーケストラの『ミスターロンリー』でスタートするのです。機長役のパーソナリティーは城達也でイージーリスニングの曲を流します。当時は『ラブサウンズ』なんていう、ちょっとくすぐったいカテゴリーの表現をしていたような気がしますが、選曲も、音質も良かったのです。ナレーションの一言々々に、「かー、気障だねえ」などと独り言で応えながらも海外旅行の広告に耳を傾けましたから、やはり根はJALの海外旅行にあこがれていたんですね。たっぷり1時間、いい音楽を聴けるのは耳のご馳走で、FM番組普及の黎明期でもありました。
 現在機長役は伊武雅刀ですが、長く続いて欲しい番組ですね。ちょっと首をひねって、エヌサンの窓から見上げるといくつか星も見えて、東京の夜空もまんざらでは無かったです。車は足の提供と共に、車で過ごした想い出もくれるものですね。

 [食糧確保とコンビニ]
   私が就職するために上京した昭和40年代初頭は、高度経済成長期の真っ只中にあったとはいえ、庶民の暮らしも、まして若者の暮らしも豊かではありませんでした。アパートの畳1枚が1,000円、つまり6畳間が6千円で借りられる時代だったのです。社会人になったといっても羽を伸ばしたい盛りだった私は、毎月給料をもらうと、先ずは米を10キロほど買うのです。それから大塚食品のボンカレーを20個ぐらいまとめ買いしました。パッケージには松山容子が微笑んでいました。もちろん、味噌・塩・醤油も買った。まるで篭城に備える戦国時代の武士のようですが兵糧確保というわけですね。これで、最悪、食糧は確保できるというもんだ。あとはビン詰めのお徳用いちごジャムも買ったのです。いちごはビンの上の方に数粒浮いているだけで、下のほとんどは、色こそ真っ赤ですがビンの向こうが透けて見えて、寒天かゼリーのようでしたけどね。それでも食パンにマーガリンをつけて、このいちごジャムをこってりつけて食うと美味いんです。日東のティーバッグなんて言うのを買ってきて、2回も3回も出して飲みましたよ。こういう経験、生活の知恵はほかの友達はどうなんだろうと思って聞いてみると、結構おんなじ様なことを考えているんですねえ。大学生も似たり寄ったりで、昭和40年代後半は四畳半フォークそのものの生活でキャベツばかり食っていたとか、おふくろさんから仕送りがあると、先ずはインスタントラーメン30袋入りを段ボール箱入りのまま1箱を買ってくるというのです。それも出来るだけ安くと思い、大学の生協で買って下宿へ持ち帰ったそうです。初めは日清のチキンラーメンが御用達だったらしいのですが、飽きてきて、また、少しは生活に変化をつけるべきだと熟慮して、東洋水産の『出前一丁』や、エースコックの『ワンタンメン』などに切り替えながら楽しいラーメンの食生活を送ったんだそうです。確かに『出前一丁』なんかは胡麻油の香りが効いて、しばらくはリッチな気分にもなったらしいのです。しかしそんな生活も、長くは続かなかったそうです。2週間ほどインスタントラーメンだけを食べ続けていたところ、顔や皮膚が黄色身を帯びてきたというのです。それでも続けていたら、目までかすみ始めたというではありませんか。これはいかんと思って、なけなしの金を払って実家に辿りつき、飯を食わせてもらったら嬉しくて泣けてきたといいますから、やはり片寄った生活はいけませんね。

 コンビニエンスストアが登場し、その便利な存在はあっという間に全国にチェーン展開して国民生活の中に定着しました。そして食生活の面でも大きなライフスタイルの変化をもたらしたと感じています。同時に、調理済み食品が商品化されたことで、消費期限、賞味期限を守らなければならないのは制度としてはわかりますが、期限切れの食品類は時間が来たことで棚下げされ、廃棄処分されたり一部は家畜飼料に回ってしまっているということを耳にすると、もったいない体制ではないかという気がどうしてもぬぐえません。生ものはともかく、塩昆布のおにぎりや、おかかのおにぎり、パンや揚げ物など(個人的にはまったく問題が無いのではないかと思われるものも多く)、食べる側の責任において食べられるようにするなど、もっと食べ物を大切にする気持ちを失ってはならないし、そのような制度、規準、規制も無駄を出さなくて済むように対処できないものかと思うのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか?廃棄された食品をバイオマスとして捉え、工業的な資源と捉えて技術開発し、利用することなどは今後の社会的命題でしょうが、それ以前にできるだけ食料の無駄を出さないということを心掛けたいですね。

 [ディスカバージャパンの頃]
 元気だった昭和の行動の象徴の一つとして、1970(昭和45)年に開催された大阪万博の後を受けた、『ディスカバージャパン』キャンペーンを挙げるべきではないかと私は思っています。
 主催者の予想を大幅に上回る6千万人以上の入場者を得て、大きな黒字を残して閉幕した大阪万博でしたが、その人員輸送の大半を担ったといって過言でない国鉄も万博終了に伴って訪れる旅客減少を何とか食い止め、収入の確保に努めようと、様々な試みをしたそうです。その中で電通の藤岡和賀夫が国鉄に対し、ポスト万博キャンペーンとして『ディスカバージャパン』の提案をしたことを、私は関係書籍(引用18)で知りました。
 その中には、藤岡がキャンペーンのプレゼンテーションの後配布した企画書の中に、「旅は見る旅ではなく、自分を創る旅です。日本を発見し、自分自身を発見する心の充足です。『DISCOVER JAPAN』と呼んでみましょう」〜と文章で訴えたそうです(引用19)。
 国鉄という巨大な官営組織の中で、このような企画を提案し、実行へ移すには様々な障害や反論もあったことは想像するに難くないのですが、本質が優れているこの企画は通りました。そして大きな旅行ブームを迎え、国鉄の旅客数アップと収入増につなげたのです。

 このキャンペーンは確かに、旅を文化として捉える一面を持っていました。もちろん、私が鉄道ファンであることも理由の一つではありますが、仕事としての精神性を訴えるキャンペーンがこれほどまでに人の心を駆り立て、旅へといざなう事ができた、もちろん利益計上にもつなげることができた例として、『ディスカバージャパン』キャンペーンポスターが懐かしくなり、もう一度全体像を眺めてみたいと思いました。しかし40年近くを経過した今、まとまった資料(例えば写真集のようなもの)として残っているものは見当たりませんでした。
 そこで私は、その当時(昭和40年代、すなわち1970〜1975年ごろ)の本を古本屋で探してみることを思いついたのです。そうすれば当時の様々な流行が見えてくると思ったのです。そしてやっと、以下の表11に示す範囲のグラフ誌:『太陽』の中に、狙い通りのディスカバージャパン・キャンペーン広告を見つけたのです。

 このディスカバージャパンという、国鉄の広告キャンペーンはセンスが良く、今見ても非常に新鮮です。まとまりも良いです。キャッチコピーも素晴らしいです。コーヒーを飲みながら眺めて居ると、当時の様々なことが思い出され、時間が経つのを忘れてしまいます。国鉄がただ単に、足としての鉄道を提供しただけでは大きな成果にはならなかったと思われます。
 やはり、全国のお寺とタイアップし、安い料金で宿泊でき、希望すれば座禅などの行にも一部は参加でき、背筋を伸ばして自分に向き合ってみるという、精神性の高い旅行行動の提案をできたことなどが、多くの人々の共感を得て、旅行者の大幅増加につながったのではないでしょうか。この企画は、お寺の宗派を超えて実現したし、希望しない人には行の強制などはしなかったという柔軟性にも、企画の高度な配慮が伺えます。ミニ周遊券を作るなど、その併売も怠り無く手を広げ、拡販(旅客収入の増大)につながったことも、当然の成果といえるのではないでしょうか。

 


 『男の一人旅』というシチュエーションでは、お守り袋を下げ、らくだの胴巻きをして、ねじがどこか1本緩んだような感じの寅さんタイプの男などを連想するか、逆に過去の傷を背負った暗く寡黙な男などが連想されて、いずれにしても、あまり魅惑的な旅の動機になるとは言い難いところですが、『女の子が自分探しの旅に出る』というシチュエーションならば、何か緊迫感や決意が感じられて良いのでしょうね。
 もちろんそれを捨てては置けず、守ってあげたい男心も刺激するわけですから、旅客動員は大いに期待できるわけです。現に大阪万博終了に歩をあわせたかのように、“アンノン族”が登場し、女性が旅にでるのが普通になったのは、ディスカバージャパンの企画なしにはありえなかったような気がするのです。
 これらのポスターには懐かしい思い出と、行動しようという勇気の両方をもらえて大変感謝しています。キャッチコピーの一つ一つが物語の始まりを感じさせ、これは人を動かす力、何かを始めようとする気力と期待を持たせてくれます。ディスカバージャパンのキャンペーンポスターは1970年から届いた、現在の私たちを元気付けるための応援メッセージなのかも知れません。

 [不況の中でも何か企画はあるはずだ]
 ここまでに、日本が電話、FAXなどの通信機器やOA機器の充実、車社会へ踏み出したこと、ディスカバージャパン当時の懐かしいことなどをいくつか採り上げました。これ以外にも戦後の高度経済成長期の日本では、東京タワー建設、東海道新幹線の開通、東京オリンピック開催、名神高速道路開通や大阪万博の開催、超高層ビル建設の時代を迎えたこと等々のビッグプロジェクトが目白押しで実現されていきました。

 しかし単に懐かく昔話をしているのではありません。共通していえるのはオイルショック、為替危機、バブル崩壊などの大きな危機を経ながらも、我々は克服してきた。現に今、ここにいるじゃないかということです。しかも少々の不平不満を言いつつも、生活は便利になり、豊かになり、質的にはずいぶん向上してきたじゃないかということです。
 2008年アメリカ合衆国の金融恐慌に端を発する経済危機が世界を覆っていますが、不況の中でもやれること、企画すること、創出することは方法を考えればあるはずです。それを今の私たち日本人はやってきたという実績を思い出し、経費を切り詰め、時には我慢し、姿勢を低くしながら産業界全体で乗り切ろうじゃありませんか。元気だった昭和、懐かしくいとしい昭和からその精神を学ぶとすれば、振り返ることは決して後ろ向きの姿勢ではないと思います。

 10−3. [結語]
 本稿執筆の現在、私達の経済環境はこれまでにない不況感の中で推移しています。だからこそ過去の高度経済成長期から学び、経験則から元気をもらう事ができればと願い、少し技術論とは離れた観点からも見つめてみました。
 粉体技術の当コラムではありますが、最終の今回、どんなに優れた機械も、技術も、それを人に伝えるのは人であり、そこに営業があるとの考えから、後半は営業視点に重点を置いた執筆とさせていただきました事、ご了承願います。

 コラムの執筆は回線を通じた、読者の皆様とのおつきあいだと考えております。4ヶ月にわたる閲覧ありがとうございました。少しは皆様の物造りのヒントになりましたでしょうか。また、10回の連載紙幅を許してくださり、支援してくださった(株)情報機構の編集スタッフの方々にも心より御礼申し上げます。

 当コラムのまとめとして、清々しい写真1枚をお届けして締めくくりたいと思います。新春の鎌倉・七里ガ浜、少年たちが輝く海に向かって一心にサーフボードで漕ぎ出して行きます。そこには何のためらいも、何のけれんみもありません。がんばれ日本!私たち社会人も力を合わせて前進しましょう。ではまた。

 
 図44 少年は海を目差した


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【引用】
 16):ノルウェイの森(上),村上春樹,発行者:野間佐和子,発行所:(株)講談社,
    P105−165要旨抜粋,2004年9月15日第1刷発行
 17):ノルウェイの森(下),村上春樹,発行者:野間佐和子,発行所:(株)講談社,
    P292−293,2004年9月15日第1刷発行
 18):「ディスカバー・ジャパン」の時代,森彰英,発行者:上地啓理,発行所:交通新聞サービス(株),発行元:(株)交通新聞社,平成19年2月10日第1刷発行
 19):上記18)書籍のP23
 20):太陽,編集人:馬場一郎,発行人:影森敦文,発行所:(株)平凡社,1971年1月号P26,2月号P44,3月号P72,4月号P35,5月号P37,7月号P34,8月号P38,9月号P59,11月号P91,12月号P51、1972年1月号P44,2月号P44,3月号P72,4月号P30,5月号P80





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伊藤先生のご紹介


[ご所属]
(株)セイシン企業 取締役,プラント技術開発部長 伊藤 均(イトウヒトシ)先生

セイシン企業HPはこちら→

[講師ご略歴]
1949年 山形県に生まれる
1967年 山形大学工業短期大学部入学
1968年 同大学を中退し、(株)セイシン企業入社
    以後一貫して、粉体物性測定機器の開発製造および
    粉砕を中心とする粉体プラントの開発に従事。
現職:(株)セイシン企業 取締役,プラント技術開発部長
   (社)日本粉体工業技術協会 粉砕分科会副代表幹事

[特許・文献]
特許(いずれも発明者):
特許第3562643号,ジェットミルの砕料供給装置
特許第3532173号,固気混合雰囲気中の静圧検出方法及び静圧検出装置
特許第2084535号,粒度分布測定器の検定基準用固定標本の製造方法
特許第1286383号,粉粒体真密度測定用分散媒供給装置
                               ほか
文献:
伊藤均,水平型ジェットミルのスケールアップ性について,粉体と工業,Vol.19,No.9,P53-59(1987)
伊藤均,乾式粉砕法による微粒子化技術と最近の応用事例,各種微粒子調製方法と製品応用,(株)情報機構,P361-427(2007)
                               ほか
編集及び執筆(共著):
先端粉砕技術と応用,(社)日本粉体工業技術協会編,発行所:(有)エヌジーティー,(2005)
韓国語版先端粉砕技術と応用(編集),(社)日本粉体工業技術協会編,監修:金海斗,SUNG AN DANG Co.,韓国(2007)


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