電池関連の最新動向~リチウムイオン二次電池が抱える課題と新規な電池理論~:情報機構 講師コラム
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トップ講師コラム・取材記事 一覧> 電池関連の最新動向~リチウムイオン二次電池が抱える課題と新規な電池理論~:情報機構 講師コラム


講師コラム:佐野 茂 先生


『電池関連の最新動向~リチウムイオン二次電池が抱える課題と新規な電池理論~』


<関連図書>
最新リチウムイオン二次電池 ~安全性向上および高機能化に向けた材料開発~


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第1回 [自己紹介・コラム執筆予定](2008/11/4)


 初めまして。財団法人ファインセラミックスセンター(略称JFCC)の佐野茂です。

 今年もあっという間に過ぎ、紅葉の季節になりました。見栄を張って我慢していたのですが、遂に遠近両用眼鏡に変えました。我が人生も枯れ落ち葉、濡れ落ち葉にはならないように気を付けています。

 JFCCは名古屋市の熱田神宮の傍にあり、20余年前にセラミックスの研究開発を目的として、産・官の支援で設立された公益団体です。特殊法人ではないので、産・官から研究を受託して、自分の給料は自分で稼がなければならないという厳しい研究環境で運営されています。電池の正極・負極の多くはセラミックスで構成されているので、電池とセラミックスとは縁がありますが、普段の私はJFCC研究者の知的財産の管理をしており、電池の研究開発に関しては副業(アンダーテーブル)として進めています。

 中学2年の時に将来の夢を聞かれ「電池の研究者」と答えて以来、数十年電池の研究開発に携わって参りました。電池メーカーでは鉛蓄電池から始まり、多くの電池について研究させていただき、最後はリチウムイオン2次電池の量産工場の立ち上げにも携わりました。メーカーの研究者は商品化に成功した時に発表するべきであると考えていたので、成功したことがない私は対外発表を引き受けたことがありません。しかし、この度編集者よりこのコラム執筆の依頼があり、次の理由でお引き受けしました。電池について日頃考えていることを書く機会をいただき心より感謝しています。

① ITバブル崩壊の煽りで電池メーカーを退職してから8年が経過し、新製品開発情報以外であれば、電池メーカーに迷惑がかかることもないであろう。
② 一昨年からリチウムイオン二次電池で発熱・発火事故が多発しました。電池メーカーを退職している私のような立場の者の方が、安全性については正しい情報公開をし易いはずであるから、発言するべきであると感じました。
③ 一昨年から提唱していた革新的な電池が開発できる「新規な電池理論の研究開発」が、(独)新エネルギー・産業技術開発機構(略称NEDO)の「次世代自動車用高性能蓄電システム/次世代技術開発」の公募に採択され、この理論を多くの方に知っていただきたいと思った。

 電池の研究開発においては世界一失敗例を多く持っていると自負しており、この経験を書くことが社会ニーズの高い電池開発に少しでもお役に立てると考えております。従って、電池メーカーの技術者であれば、良く知っている知見でありながら、学会などでは発表されていない技術情報を執筆します。執筆経験がない私が書く文章です。読みづらい箇所が多々あると思いますが、ご容赦願います。
 以下のような10回の掲載を予定しておりますが、読者の皆様のご意見・ご要望により、リアルタイムで内容を合わせていきたいと考えております。

 第1回:自己紹介・コラム執筆予定
 第2回:乾電池の特徴と課題
 第3回:自動車用バッテリー(鉛蓄電池)の特徴と課題
 第4回:リチウムイオン2次電池の市場動向と特徴
 第5回:同電池が抱える課題
 第6回:同電池の安全性
 第7回:ハイブリッドカー・電気自動車用電池の特徴と課題
 第8回:新規な電池理論の紹介
 第9回:同理論の開発状況と課題
 第10回:まとめ(愛する電池の将来)

 ところで、この原稿を皆様がお読みになるのは11月上旬と伺っていますが、「11月11日」は何の日だかご存じですか?11を漢数字で書くと「十一」、つまり「プラス・マイナス」と書けます。日本乾電池工業会が1986年に、この日を「電池の日」と定めました。

 昨年(2007年)度の経済産業省機械統計によると、国内では電池は57億3千万個=7,725億円生産されました。次回はその内40億7千万個と数では圧倒的な一次電池、特に最も身近な「乾電池」について記載します。



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第2回 [身近な乾電池の特徴と課題](2008/11/18)


 私が住んでいる愛知県江南市で、珍しい秋の花火大会が開催されました。暑さに弱い老母にも木曽川土手の上で見せることができました。東京とは違い地方都市の花火大会は間近で見られるのが素敵です。

 花火大会で足下を照らしていた懐中電灯には、充電することができない「一次電池」が使われています。40億7千万個と数では圧倒的な一次電池の内、最も多く生産されているのは「アルカリ(マンガン)乾電池」=12億6千万個=です。国民一人当たり10個ということになります。腕時計に入っている「銀電池」、携帯ゲーム・デジカメなどで使われている「リチウム電池」も一次電池です。

 一次電池は、時計のように非常に小さな電力で長期間(数年)使う場合、あるいは懐中電灯のように偶に(年に数回)使うような用途に適しています。このような使い方では、長期間の保存性、つまり電池自身で放電しないことが大切な機能です。

 「冷蔵庫に保管した方が良いのか?」と聞かれることがあります。電池自身が放電する自己放電の反応は、温度10℃で約2倍になります。従って、室温20℃で保存するよりは、冷蔵庫の0℃中で保存すれば、4倍長く保存できることになります。
 しかしながら、アルカリマンガン乾電池で通常2年、リチウム電池では10年程度保存できます。4倍も長く保存することにメリットがあるとは思えないので、冷蔵庫で保存する必要はないでしょう。-20℃以下になる冷凍庫での保存は、逆にプラスティックスの変形をもたらすことがあるので止めるべきです。
 ただし、40℃で保存すれば、アルカリマンガン乾電池であれば、半年程度でかなり容量が減ってしまう可能性があります。従って、包装食品に書かれてあるように「冷暗所保存」が適当だと思います。

 「秋葉原で乾電池充電器を売っていたよ。」と言われることがあり、この種の充電器で10回程度充電できたという話を聞きます。正極が二酸化マンガン、負極が亜鉛という組み合わせで、電池反応から考えれば、充電・放電を繰り返すことができます。実際に、私も乾電池を充電したことがあります。
 二酸化マンガンも亜鉛も水を分解しにくい性質を持っていますが、誤使用などで水を分解し酸素と水素を発生させることがあります。気体が発生すると、電池が破裂する恐れがあるので、電池には必ず安全弁(ガスケット)が付いています。充電器で充電をすると水分解が避けられず、この安全弁が働きます。安全弁は復帰できないように作られているので、小さな孔が開いた状態になり、アルカリ性の電解液が染み出ることになり、機器内部を錆びさせ、皮膚に付着すれば炎症を引き起こすことになります。

 また、負極の亜鉛は放電すると一度溶けて亜鉛酸化物として析出します。充電をすると亜鉛酸化物が一度溶けて亜鉛として析出します。この時に元の亜鉛と同じ形には戻りません。実験室で観察すると丁度木の枝のように成長します(デンドライト成長)。
 実際の電池では、負極と正極とが接触しないように挟まれているセパレータ(隔離版)の微細な孔を埋めるように析出します。孔が埋まると絶縁できなくなり、正極と負極とが直接接触し、大きな電流が流れます。発火することはありませんが、発熱します。場合によっては火傷をする程の発熱になる可能性があります。

 このような理由で、乾電池の充電は絶対に止めるべきです。
 3個以上直列で使われている機器で履歴の解らない電池を混ぜて使うと、劣化が進んだ電池は他の電池で充電された状態になることがあります。従って、前項と同じ理由で履歴の異なる電池を混ぜて使うことも勧められません。

 日本では乾電池の「無水銀」が当たり前ですが、外国ではまだまだ水銀入りが売られています。前述のように亜鉛極は水分解をして水素を発生させることがあります。この特効薬として水銀を混ぜることが行われていました。無水銀化の社会ニーズが研究開発を推し進め、1990年代に日本では水銀を乾電池から追放できました。亜鉛の純度を上げ、非毒性の微少金属を添加し、有機防食材料を開発し、亜鉛本来の水分解を起こしにくい性質を十分に引き出すことに成功したのです。

 このように環境対応の成果においても、日本の電池技術は世界一と誇れます。
 スーパーで束になって安売りされているマンガン乾電池では国産品は減ってきています。最近ニッケル系の一次電池もデジカメ用として売り出されています。これらの機種選択は使用方法で決まりますが、乾電池は長く使うか、たまに使うかの用途が適しています。頻度多く買い換えるような用途では二次電池を使うべきでしょう。

 ところで、「水の分解電圧は何ボルトでしょう!」
 厳密に熱力学的に定義され、大気中室温で1.23Vです。電極を介して1.23V以上の電圧をかければ、必ず水は分解します。しかし、1.5Vの乾電池の中で電極を介しているのに水は分解しません。実に不思議なことで、この現象を過電圧と呼んでいます。本来なら分解する電圧よりも高い電圧でも分解しないこの現象を理解するのが「電池の科学」で、「電気化学速度論」と読んでいます。私が唯一会得した学問で誇りに思っています。

 次回は、毎朝キーを差し込んで、ブルルンとエンジンをスタートさせている自動車用バッテリーの鉛蓄電池について記載します。



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第3回 [自動車のエンジンスタート用バッテリーの特徴と課題](2008/12/02)


 紅葉真っ盛りの今頃、私が住んでいる名古屋北西部には、伊吹山を越えて湿った寒い風=伊吹颪(いぶきおろし)=が吹き、みぞれではないが冷たい霧雨が降ります。地元の言葉で「しぶちがする」と言います。この地方独特の気候を的確に表現しています。他に「もうやっこする」が、気に入った名古屋弁です。母親が小さい子供達に、お菓子を分けて食べなさい、遊び道具を皆で仲良く使いなさい、という場面で言います。標準語には該当する言葉はないと思います。

 寒くなると、車通勤の方はエンジンスターターが気になります。キーを差し込んで、ブルルンとエンジンをスタートさせている電池は自動車用鉛蓄電池(バッテリー)です。乗用車のボンネットを開けると左右の手前、つまりエンジンの熱から遠い所に装備されています。日本自動車連盟(JAF)の出動は2007年度274万回あり、その内95万回(35%)がバッテリートラブルです。もちろん断トツの1位です。2007年度鉛蓄電池は日本では3,000万個、1,500億円生産されています。世界の電池機種別生産額では、鉛蓄電池が第1位だと思います。バッテリーという語は一組という意味があり、自動車用鉛蓄電池は2Vの単電池(セル)が、6個一組12Vになっていることからバッテリーと呼ばれるようになったようです。

 連載の第1回目に11月11日=電池の日=を紹介しましたが、では、「12月12日」は何の日でしょうか?
 野球の守備位置の表記として、1は投手、2は捕手を示しています。「12」は投手と捕手つまり「バッテリー」です。日本蓄電池工業会が1985年に12月12日を「バッテリーの日」と定めました。スポーツニッポン社と共催でセ・パ両リーグから投手・捕手を各1名表彰し、賞金は一人100万円です。今年も12月12日のスポーツニュースを楽しみにして下さい。

 鉛蓄電池は1860年フランス人のガストン・プランテ氏が発明し、㈱ジーエス・ユアサコーポレーションの創業者島津源蔵氏が日本で最初に製造しました。35年前、私の最初の電池の研究は、ドイツ・ファルタ社、アメリカ・グールド社、ジョンソンコントロール社、デルコ社等のバッテリーを解体し、構造・組成を調査・解析することでした。欧米の技術を真似することで、日本の電池技術も進歩しました。
 その後、利便性と軽量化の要求が高まるに連れて、日本技術は欧米を急速に追い越しました。このように鉛蓄電池は非常に古い歴史を有し、用途に適するように仕様を変えることで、優れた性能を発揮しています。長所については電池の書籍に沢山書かれているので、本稿では負の部分について記載いたします。

   負極が鉛金属、正極が鉛過酸化物、電解液が希硫酸で構成されています。鉛は非常に重い金属で、嘗めると甘みがあります(有毒ですから絶対に確認しないで下さい)。鉛酸化物は白、赤、黄色の非常に綺麗な原色をしています。江戸時代には白粉(おしろい)にも混ぜられたようです。美人薄命は、白粉の鉛毒で花魁が早死にしたことから言われたという説もあるようです。硫酸は劇薬で、電池で使われる濃度でも皮膚は炎症を起こします。目に入れると失明の恐れがあります。私も若い頃に保護眼鏡をせずに実験をしていて、飛沫が目に入り、我が子が寄りつかなくなる程のお化けのような顔に腫れたことがありました。バッテリーをメンテナンスする時には、必ず保護眼鏡をして下さい。
 バッテリーを充電し過ぎると(過充電)、水が分解します。以前は、補水という自動車のメンテナンス項目があり、バッテリーの水面レベルを確認し、蒸留水が補充されていました。今は、以下の理由で水はほとんど減りません。

 ① 充電の制御が非常に良くなり、過充電されないようになっている。
 ② 鉛合金の成分・組成を変え、水が分解しにくくなっている。(前回記載した過電圧)
 ③ 正極で発生した酸素を負極に吸収させている。(酸素リサイクル)

 しかし、これらの機能に不具合が発生すると、水が分解し液面が下がります。露出した電極間で静電気の火花が発生し、電槽内に溜まっている酸素・水素に点火して爆発事故を起こすことがあります。点検の時にはバッテリーの液面を点検して、液面が大きく下がっているようなら電池を交換した方が良いと思います。なお、ご自分で点検する場合には、懐中電灯で横面から照らして透かしてみる方法が簡単・安全です。

 昔からバッテリーはガソリンスタンドなどで回収され、故鉛を再生し再利用されてきましたが、上記②の理由で再生鉛の利用が難しくなり、1994年に故鉛相場が大幅に下落し、回収率が下がりました。その後日本蓄電池工業会が中心になり、蓄電池メーカー各社を回収責任主体として「下取り方式」を導入し、積極的に回収・リサイクルをしており、現在では、100%に近い回収ができています。ただし、輸入品が増えてきた場合には、国内メーカーが支えているこのシステムにほころびが生じるかもしれません。

 放電時には、鉛は一度イオンとして電解液中に溶解し、直ぐにその場で析出します。充電時には逆が起こります。この溶解・析出反応では全く同じ形状には戻れず、負極では粒子が凝集し、正極では逆に微粉化します。いずれも徐々に充電・放電の電池能力が低下し「寿命」となります。鉛蓄電池に限らず二次電池には、人間と同じように徐々に性能が落ちる「寿命」があります。機器を損傷したり、発熱発火したりせずに、静かに使えなくなるように、寿命を制御することが電池設計においては最も重要です。

 正極の集電体である鉛合金は表面が徐々に腐蝕し、鉛合金と腐蝕生成物との密度の差で、鉛合金が徐々に伸びる方向に引っ張られ、ついには電槽を損傷することがあります。電槽にひび割れが生じると、希硫酸が染み出て、周囲を腐蝕し、配線をショートさせ、発熱・発火など最悪の事態を引き起こします。鉛合金太さや錫添加量等を最適設計して、この原因で寿命になることは絶対に避けています。腐蝕を促進するのは温度と硫酸濃度ですので、高温・水枯れ・乾燥雰囲気は避けるべきです。

 自動車用バッテリーは発電機と並列に接続され、少しでも放電をすると、それに見合う充電が直ぐにされるようになっています。このような使い方をフロート仕様(充電)と言います。停電時のバックアップ用電池もフロート仕様です。フロート仕様では充電・放電の回数が決まらず、常に充電された状態を維持されるので、鉛合金の腐蝕が異常に進まないように設計してありますが、ライトの付けっ放しのような深い放電に対しては耐久性がありません。
 一方、身障者用電動車椅子・バッテリーフォークリフトでは、充電し終わると、充電ラインとは切り離して自走・放電します。自走・放電後に改めて充電器に接続して充電します。このような使い方をサイクル仕様と言っています。サイクル仕様では作用物質の形状変化を抑制し、数百サイクルの充放電ができるように設計されています。いずれにせよ、けっして暴れることなく静かに寿命になるように設計されています。

 スタンドで販売されているバッテリー添加剤はほとんど効果ありません。たまに効果があり電池寿命が伸びた場合には、逆に前述の最悪な事態での寿命を引き起こすことになる可能性があります。電解液添加剤は、電池メーカーに問い合わせてからお使いになるべきでしょう。
 前述の正極集電体である鉛合金表面は電池性能を大きく左右します。この鉛合金表面に電子電導性がある物質、例えば錫酸化物、を付着させることで、電池性能が大幅に改善されます。筆者は30年前にこの効果を発見しSH法と名付け、製品化の開発をしましたが、錫酸化物の溶解のためにその効果を長期に維持させることができず、製品化は断念しました。今でも、鉛蓄電池の性能改善には最も有効な手段と考えています。

 JAFの出動回数で不名誉な第1位ですが、実際にバッテリーの残存容量が解らず不便を感じている人は多いのではないでしょうか? バッテリーの放電中は電解液である希硫酸は徐々に薄くなり、比重1.28から1.08まで下がります。充電はその逆になります。多くの電池がある中で、鉛蓄電池の優れた特徴です。電解液の物性変化、つまり比重が下がることを正確に測定することで、電池の充放電量=残存容量を知ることができます。他の電池では電流・電圧・抵抗を測定し、マイコンで補正をかけて電気的に推定するだけですからその残存容量は信用できません。
 一方、硫酸比重の変化という物理現象を測定できる鉛蓄電池では信用できる残存容量計が実用化できる可能性があります。昔はガソリンスタンドで電解液比重の測定をサービスにしていたことがありました。筆者はこのスポイトを用いた浮き子式比重計の代替として、連続自動測定可能な水晶振動子式比重計を開発しました。時流に乗らずお蔵入りになりましたが、ブレーキ時の回生電流の回収を目的とするマイルドハイブリッドなどの付加価値の高い用途では、残存容量計の必要性が再認識されると確信しています。

 今回は長過ぎました。すみません。次回からは、主題であるリチウムイオン二次電池について簡潔に連載します。

[追記]
 最近のニュースについて、簡単にコメントします。

 1)ソニー製電池の不具合で、パソコン用10万パック回収。
   2004年10月から2005年6月つまり3、4年使用した電池を回収していることに着目してください。第6回で解説します。

 2)パナソニックが三洋を買収。電池事業が理由。
   3年程前に韓国某社が、淡路島を買いに来たという噂が流れました。淡路島は三洋電機の電池開発・製造の拠点です。淡路島以外は買い取らなかったので破談になったようです。
   パナソニック・トヨタ自動車グループが独占していたハイブリッド車用の電池を、三洋電機がホンダ自動車に供給することになっていました。





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第4回 [リチウムイオン二次電池の市場動向](2008/12/16)


 間もなくクリスマスです。昨年のことですが、85歳の老婆を木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)河口近くにある「なばなの里」に連れて行き、イルミネーションを見せました。白色と青色の発光ダイオードが豊富に使われていて、幻想的な光の川に童女のように喜んでいました。親孝行にお薦めのスポットです。光半導体は日本のお家芸です。同じくリチウムイオン二次電池も日本のお家芸です。

 皆様は毎夜携帯電話を小型充電器に載せたり、コネクターを接続したりしていると思いますが、その充電している電池がリチウムイオン二次電池です。充電して繰り返し使えるので、一次電池ではなく二次電池です。裏蓋を開けて取り出すことができます。約40×35×厚さ5mm(大き目のチョコレート)の扁平な角形電池です。電池メーカーが電池を作り、携帯電話メーカーが保護回路などを組み込んで電池パックに加工しているので、製造元には携帯電話メーカー名が記載されています。携帯電話に電池が占める重量・体積の割合が大きいので、電池の性能は非常に重要です。
 現在は電話として通信に使われるよりも、ゲームをする、テレビ映像を見る等の液晶画面を見るための電源として、電池の重要性が益々増してきています。

 20年程前の携帯電話は、ドコモの前身のNTTが開発し、肩ひもで釣り下げて持って歩いていました。その時の重量・体積からすると夢のような進歩です。携帯電話に幾つもストラップがぶら下がっているのを見ると、携帯電話メーカーから1gでも軽く、1ccでも小さくと攻められて悩んだのが虚しくなる時があります。

 ノートパソコンはデスクトップの小型版として机上で使用されていますが、本来は電源のない所で仕事ができるように、電池を電源として動作するように作られています。持ち運びに便利なように、小型・軽量は非常に重要な機能であり、電池が重要な部品です。電池だけで8時間仕事をしたいという要求は、特に欧米で根強いものがあります。

 1980年にイギリス・Goodenough氏がコバルト酸リチウム、1981年に三洋電機㈱池田氏が負極であるグラファイトの特許を出願し、1985年旭化成㈱吉野氏がリチウムイオン二次電池の完成品としての基本特許を出願しています。1991年にソニー㈱が初めてハードカーボンを用いて商品化に成功しました。

 吉野氏の特許はリチウムイオン二次電池の基本特許として有名です。私もこの特許を逃れるために調査・検討をしましたが、正極の集電体にアルミニウムを使うという請求項だけは逃れようがないと判断しました。酸性雰囲気になる可能性がある正極の集電体として、安価で、自身の酸化物が腐蝕保護膜となるアルミニウムは最適で、兜を脱がざるを得ませんでした。

 経済産業省工業機械統計では、日本の電池メーカーによるリチウムイオン二次電池の2007年度販売実績は、数量では11億個、金額では3,300億円です。添付図は2001年6月から7年間の月毎の販売実績を示しています。棒グラフが販売総金額(億円/月)で、折れ線グラフの実線は総販売数量(百万セル/月)、破線が輸出数量(同)です。この間、販売数量は年率換算18%程度、約3倍の伸びを示していますが、金額では6%程度、約1.5倍程度しかなく、この間電池単価が下がり続け、電池メーカーは余り儲かっていないことが良く解ります。2本の折れ線グラフの差が国内販売数量であり、この間ほとんど変わっていません。つまり、国内ではパソコンも、携帯電話も飽和状態にあり、海外での普及が携帯電話の市場成長を支えています。

 以下の世界データ及び用途別・メーカー別データは、電池業界のアナリストであるインフォメーションテクノロジー総合研究所(略称IT総研)の竹下氏から資料提供を受けました。竹下氏は当初からリチウムイオン二次電池の将来性を感じ取り、アナリストとして市場動向を論説されています。電池メーカーだけでなく、材料メーカー・機器メーカーに対しても解り易い解説をすることに定評があり、リチウムイオン二次電池を普及させた功労者の一人と思っています。

 世界生産は、2001年から2008年の間に4倍伸びています。日本メーカーのシェアは75%から50%に下がっており、韓国、中国の伸びが著しく、特にサムソンSDI社は15%のシェアとなり、第3位であったパナソニック㈱を抜き、第2位のソニー㈱を抜きつつあります。決して安売りではなく、技術的にも日本メーカーに追い付いています。日本メーカーへの特許使用料の支払いが終了すれば、価格競争においても優位になり、更に脅威が増すはずです。サムソングループは10年前に、「半導体、液晶、電池」を戦略部品として掲げていましたが、着々と成果を上げて来ています。

 中国メーカーも急進し、猛烈な安売りでその伸びに脅威を感じた時期もありましたが、技術的にはまだまだ差があり、中国国内マーケットに限定された強さで、日本メーカーの顧客が奪われることはないと考えています。

 激しい市場競争に勝ち残れるのは、第3位までという鉄則からすると、第4位のパナソニックは勝ち残れない可能性があります。まだ確定はしていないようですが、パナソニック㈱がシェア22%第1位の三洋電機㈱を買収できれば、一躍シェア30%を握ることになります。リチウムイオン二次電池の世界競争が、今回の買収の動機になったという報道もうなずけないことはありません。

 現在は半分が携帯電話に使われていますが、今後その成長は頭打ちになり、より小型のノートパソコンが伸びると見込まれ、10年後の市場規模は現在の2倍になり、自動車関連が大幅に伸びて20%を占めると予測されています。ここ数年で電動工具での採用も進み、性能的にはパワー用途にも十分使えることが実証され、自動車用途でもこの点の能力は既に達成できています。
 次世代自動車では、電池が最重要部品になり、巨大産業である自動車産業の命運を握ることになります。ハイブリッド自動車では世界を征しているトヨタ自動車ですが、10年後、30年後にも引き続き勝者でいられるためには、電池の開発競争で勝つ必要があります。

 このように大きな成長を遂げてきたリチウムイオン二次電池に関し、その長所については多くの書籍が出ているので本稿では省略します。次回には、リチウムイオン二次電池が抱えている重大な課題について記載します。

 
 

 [追記]
 第3回の拙文に、昔の電池仲間からコメントがあり、以下のように補足・訂正させて下さい。

 1)バッテリー上がりがJAFの出動回数では断トツの1位ですが、バッテリーが寿命になったのではなく、ライトの付けっぱなし等の使用上の誤りが原因であることがほとんどだと思います。

 2)バッテリー添加剤は、電池反応が表面反応ですから、良くも悪くも何らかの効果(影響)はあります。ただし、その効果が電池あるいは電池メーカーが望む効果になるとは限らず、その場合には予測していない原因で寿命になる可能性があります。従って、電池メーカーに問い合わせるべきと思います。



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第5回 [リチウムイオン二次電池の抱える課題](2009/1/13)


 新年おめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしたか?
 ここ名古屋のお雑煮は、正月菜またはもち菜と名前を変えた小松菜と、角餅を焼かずに白醤油のすまし汁に入れ、食べる直前に鰹節を掛けただけの非常に質素なお雑煮です。行きつけの床屋のご主人は貧乏臭くて情けないとこぼしていましたが、味の濃いおせち料理には良く合うから名古屋らしく合理的であると言う人もいます。
 名古屋メシが東京でも流行と聞きますが、名古屋料理は、天むす・小倉トーストのように、組み合わせの奇を狙った物が多く、美味しいと積極的にお薦めする気にはなれません。
 ただし、八丁味噌を使った料理は流石に上手に出来ています。「トンちゃん=豚の腸」を串に刺し、甘くした八丁味噌で煮込んだ「どて」は名古屋メシの真骨頂です。特に名駅近くの「N屋」は何時行っても混んでいて、地元では評判の店です。上品とは言えないが、とにかく安いので私も常連の一人です。
 以前、衆議院議員K氏と隣り合わせになり、仕事上の顔見知りと間違えて声を掛けてしまい、大笑いになりました。閑話休題。

 携帯電話に内蔵されている電池がリチウムイオン二次電池で、該当する一次電池がないので、単にリチウムイオン電池と呼ぶこともあります。リチウム一次電池はリチウム金属が負極ですが、リチウムイオン電池ではリチウムがイオンのままで、正極と負極の間を行き来しているので、リチウム金属電池と区別するためにリチウム「イオン」電池と呼んでいます。リチウムは金属の中で最も軽く、反応性が高いので、小型・軽量の電池材料です。リチウムイオン電池が高性能である基本的な理由です。

 しかし、反応性が高い故に電解液として水を使うことができません。水よりもリチウムとの反応性が小さい有機電解液を使用しています。この有機電解液が曲者で、リチウムイオン電池の抱える最大の課題=欠点=です。
 有機電解液がリチウムイオン電池の高電圧という特徴を支えていますが、水の理論分解電圧1.23Vに相当する理論的に分解されない電圧は2.5~3V程度と考えられ、それ以上の電圧で充電すれば理論上は分解します。分解して生成した難溶性の反応生成物が電極の表面を覆い保護膜となり=過電圧=、以降の電解液の分解を抑制します。この過電圧のお陰で、実用上ほとんど有機電解液は分解することなく4.2Vで充電することができます。

 しかし、この難溶性の保護膜も少しずつ電解液中に溶解します。一度溶解した保護膜は電解液中に分散して元の保護膜には戻りません。この溶解した分はまた電解液が分解して保護膜を再形成します。この保護膜の溶解、再形成を繰り返して、電解液は徐々に分解し、電池性能を劣化させます。温度が高いと溶解度が上がるので、早く劣化が進みます。充電時には、通過する電流のために保護膜が発熱するので、やはり劣化が早くなります。

 リチウムイオン電池に限りませんが、電池の劣化には簡単な法則があります。1回の充電で劣化してZ%の性能になったとして、最初を1として、X回ではどのくらい劣化(Y)するかを、単純な計算で示した結果が添付図です。例えば、Z=0.998とすると

 Y=0.998×0.998×0.998×・・・・・・・・×0.998    (X回)

 Yが50%を切るのは約300回です。携帯電話用電池ではこの程度の劣化は仕方がないと考えています。電気自動車用のように、1000回の要求に対しては、Z=0.999以上である必要があります。
 電池メーカーは沢山ある劣化モードの中から、一つの劣化モードを選定し、このZを用途に合わせて設計します。想定した使用条件と違う条件になるとZが変わってしまい、著しく早く寿命になってしまいます。時には劣化モード自体が変わってしまうようなことも起きます。電解液分解もこの劣化モードの一つです。電解液の内の反応し易い成分が減少すると、リチウムイオン移動が遅くなります。携帯電話で言えば、待ち受け時には電池不足の表示はでないが、通話すると急に電池不足の表示が出て、実際に通話が切れてしまうような状態です。

 水系の電池でも水の分解は起こり、この劣化は起きますが、①以前自動車用バッテリーで行われていたように水を補給することで、元に戻す(Y=1)。②半密閉状態で正極から発生した酸素を負極と反応させて、水に戻す。③電池の外装を通して空気中の水分を吸収することで、極端な減少を抑える。このように水系電池では、電解液減少が致命的にはならない上手い仕組み(①、②、③)が成立しています。

 一方、有機電解液は①完全に密封されていますから補充はできません。②分解して生成した炭酸ガス、水、メタン等の炭化水素の気体は電解液には戻れません。③分解して生成したリチウム含有の有機、無機化合物はやはり電解液には戻れず、電解液の粘度を上げます。このように有機電解液は水とは異なり、一方通行(①、②、③)で劣化が進みます。
 携帯電話、電動シルバーカーのように電池使用時つまり放電時には、電池が充電器から切り離されて、充電と放電を交互に繰り返すような使い方をサイクル使用と呼んでいます。このサイクル使用の時には、例えば、1日1回の充放電3年間の使用であれば、約1000回で起こる劣化を予測し、劣化するモードを特定することで、寿命を設計することができます。

 一方、自動車用バッテリー、デスクトップの代わりに卓上で使われているノートパソコン、停電時に動作する非常用電源では、放電時にも充電器に接続したままで、放電した分を直ぐに充電して、いつも満充電状態を保っているような使い方をします。フロート使用と呼んでいます。この使用では、充電・放電の回数が莫大な数になり、予測できません。つまり、劣化するモードを特定できても寿命を予測することはできません。

 リチウムイオン電池は電解液分解が一方通行で進みますから、劣化モードを電解液の分解と特定できても、フロート使用では劣化度合いが予測できず、非常に短い期間で寿命になる電池が出てきてしまいます。ノートパソコンでは、本来携帯電話のように持ち運んで使用するサイクル使用での設計ですが、実際はデスクトップパソコンの代用で使われているので、フロート使用になっています。1年間卓上で使って、ある時持ち運んで使用したら、電池が劣化していたというのは仕方がないのでしょう。

 携帯電話の充電について、電池の容量不足の表示が付くまでは充電を我慢した方が良いのかと聞かれることがあります。上述したように、電解液分解を劣化モードとして電池の寿命が設計されていれば、充電の全時間あるいは充電の回数が寿命を決定していますから、少ない方が良いと言えます。しかし、電池切れを我慢して通話をしても落ち着きません。二日に一度位なら3年間はこの原因では寿命にならないので、充電を我慢する必要はないと思います。ただし、ストーブの傍、車のダッシュボードのような温度の高い所に置くのは想定外ですから止めるべきです。また、充電器の設計によりますが、頻繁に載せたり外したりするのも止めた方が良いと思います。

 12月24日に㈱東芝が300億円でリチウムイオン電池の新工場を建設すると新聞発表しました。この電池は、負極に現行のカーボン系材料ではなく、チタン酸リチウムを使っており、従来の4.2Vでなく、3V以下で充電します。蓄えられるエネルギーは半分になります。この材料は私も分解しやすい電解液の評価をする実験で採用したことがあります。充電電圧が低くなるので、電解液分解は非常に少なくなり、前述のZは0.9999以上になり、3000回以上の充放電ができます。長寿命が望まれる用途では、ある程度普及すると思います。

 次回は、リチウムイオン電池の安全性について記載します。

 
 



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第6回 [リチウムイオン二次電池の安全性](2009/1/27)


 生まれも育ちも東京の私が、名古屋に住んで7年半になります。東京は全国から多くの人が集まって成り立っており、農水産業が乏しいので、他県から兵糧責めにあったら、直ぐに白旗を揚げなければなりません。従って、他県出身者も歓迎され、溶け込んでいます。8年住んだ大阪も他県に対しては東京と同じような雰囲気です。
 名古屋、正確には愛知県、は違います。名古屋人は、名古屋で生まれ、名古屋で育ち、名古屋で働くのが普通と思っています。万博の時に地元向けのパスポートを乱発して、遠方からの御客様に迷惑をかけたのは、地元を大切にする名古屋人気質の悪い例です。
 お米の生産こそ全国第23位ですが、農家数は6位、耕地当たりの生産農業所得は1位、野菜は5位、花木は1位、鶏卵は2位、アサリの漁獲量は1位、うなぎは2位というように農業・水産業が盛んです。自動車産業を中心に工業県と思われがちですが、実は農業県です。従って、兵糧責めを怖がりません。農業国デンマークのチボリ公園の雰囲気を味わえるデンパークという洒落た公園もあります。これが、「名古屋は独立国である」と私が思う所以です。
 もちろん、昨年来の不況で工業県としての苦しみはありますが、回復は他県よりはるかに早いと思います。閑話休題。

 リチウムイオン電池の発熱・発火事故による回収が多発しています。日本メーカーはリチウムイオン電池の開発初期に安全性に関して膨大な努力をし、「日本製であれば安全」という技術評価を確立しました。しかし、今日の性能競争の中でその技術哲学が疎かにされているのではないかと懸念しています。

 リチウムイオン電池に限らず二次電池の安全性に関して、2つの大原則があります。
 原則1:安全性と性能は相反することが多く、電池メーカーはユーザー(通常は機器メーカー)と対話を尽くして、性能を犠牲にすることを納得してもらわなければならない。
 原則2:二次電池には寿命があり、静かに永眠してもらわなければならない。性能劣化・動作不良は構わないが、破裂・発火で寿命にしてはならない。

 また、所定の安全性試験に合格しているリチウムイオン二次電池が、発熱ではなく破裂・発火する場合には、必ず次のような状態が起きています。
 現象1:過充電等により、正極酸化物から酸素が解離している。
 現象2:負極表面上にリチウム金属が析出している。
 現象3:セパレータが破断して、正・負極の活物質同士が直接接触している。

 多くの破裂・発火例では、現象2または3が起き、それによって現象1が引き起こされ、その酸素による燃焼反応が瞬時に起きて破裂・発火しています。円筒型リチウムイオン電池18650(容量2.6Ah)では50気圧に相当する酸素量があり、負極あるいは電解液と反応し、大きな爆発力となります。
 大型の自動車用電池で、現行の正極材料コバルトの代替として、蓄電量は少ないにも拘わらず、リン酸鉄が活発に研究されています。価格だけでなく、酸素が放出されにくいと言う性質が、安全性の面で高く評価されているからです。
 発熱・発火の原因は無数にありますが、電解液分解に関連する場合に限って記載します。

 前回記載したように電解液が分解すると分解生成物により電解液の粘度が上がり、リチウムイオンの移動が妨げられます。電極は多孔体で電解液が充ちているトンネルが沢山あり、このトンネルの壁で電池の反応が起きています。トンネルの途中でリチウムイオンの移動が妨げられると、リチウムイオンは奥まで行けなくなり、トンネル奥は濃度が薄くなり、入り口とトンネル奥とで濃度差による過電圧が生じます。充電時にこの過電圧が140mVを越えると、トンネル奥でリチウムイオンの本来の挿入反応が起こるより、トンネル入り口つまり電極表面でリチウム金属析出反応の方が起こり易くなり、デンドライトと呼ばれているリチウム金属の析出が起こります(現象2)。放電時にはその金属は一度溶解しますが、次の充電ではトンネルを塞ぐように析出し、これを繰り返す内に負極表面に敷き詰めたように黒灰色に広がって、正・負極のショートを防いでいるセパレータの孔を介して一気にショートして、大量の発熱をし、現象1が起きてしまいます。

 電解液の分解による粘度上昇を避けるためには、
 1)分解しにくい環状構造の有機溶媒の成分割合を増やす。
 2)電極の反応表面積を小さくする。
 3)電極の粒子の表面活性を下げる。
 4)電極のトンネルの幅を狭めない。
 5)高温で充電・保管しない。
 これらのことが対策になります。

 パルス充電であれば充電効率が向上すると主張する電気技術者がいますが、電気化学的には根拠無く、交流成分が活物質/電解液界面でジュール熱を発生させているだけです。反応表面を加熱していますから、充電し易くなりますが、同時に電解液分解は助長されます。「10℃で2倍」の法則はこの場合にも成立し、さらに60℃を超えると、この法則よりはるかに加速されます。この点を十分に説明してパルス充電は止めさせなければなりません(原則1)。

 電解液の粘度が時を経るにつれて上がる理由は、電解液分解の他にも、電槽のシールが悪く粘性の低い電解液成分が揮発する場合にも起こります。逆にこのシール不良は、大気中の水分を浸入させ、水分による電解液の分解を促進します。
 シール不良は非常に初歩的な製造不良ですが、量産時には難しい問題です。ラミネート電池の場合にはシール時の加熱不足による接着不良、角形電池の場合にはゴミ付着によるレーザー溶接不良、円筒電池の場合には応力不足・不均一によるかしめ不良等が発生します。また、機器組み込み後にも、かしめ部に応力がかかると、シール不良が発生する可能性もあります。
 シール不良による水分混入は非常に僅かなので、エージング中の内部インピーダンス変化には現れず、非破壊での全数検査方法がないので、出荷時に不良選別ができず、市場に流出してしまいます。シール不良の電池は僅かに電解液の臭い、丁度パイナップルの缶詰を開けた時のような臭いがするので、亡くなられた東京工業大学の江原先生と、臭いセンサーを用いてこのシール不良検知装置を開発しました。実験室レベルでは成功しましたが、3秒に1個という量産に対応できる検出速度は達成できませんでした。

 シール不良電池では時間の経過と共に、水分が混入し電解液の分解が進行します。この時リチウムイオンはリチウム酸化物として固定され、充放電できるリチウムイオンは徐々に減少します。極端な場合には、放電後に負極にはリチウムイオンが残っていないのに、正極には元のリチウムイオン量よりはるかに少ない量しか戻っていない状態になります。この状態で充電すると、負極が元の満充電と同じ電位にならず、より正極に近い電位になることがあり、正・負極の電圧を検知している過充電制御、同様に保護回路も役に立たず、正極はさらにリチウムイオンを放出し、過充電試験をしているのと同じ状況になり、現象1が起きてしまいます。
 このケースが頻繁に起きるとは考えていませんが、量産品ではこのような可能性がある訳です。日本メーカーあるいはNTT山木氏(現九州大学教授)他の機器メーカーの技術者が考案した各種の安全性試験は、ユーザーの使用条件を十分に考慮して作成されました。一昨年11月にも、ソニー㈱の不具合事例を参考に、金属片が混入したことを想定した試験が追加されています。これらの厳密な試験を通過したリチウムイオン電池は決して出荷時には発熱・発火しません。
 発熱・発火の事故の多くは、2年以上経過した電池で起こっています(原則2)。劣化に伴う安全性の低下に加えて、市場では安全性試験では代表できない条件で使用されることがあり、寿命末での安全性の予測をより困難にしています。

 自動車部品メーカーの技術者と話をした時に、釘刺し試験で破裂・発火しないような極端な仕様は不要で、取説で釘刺し禁止を明記すれば良いと言われました。破裂・発火する可能性のある部品を開発した経験がないこの種の人が電池を開発・製造したら、大衆週刊誌に書かれたように爆弾電池が市場に出回ることになると空恐ろしくなりました。
 いかなる使用方法であっても破裂・発火に至らない安全性を最優先することが、電池の安全性確保の非常に難しい点です(原則1)。電池技術者は知見の積み重ねに基づき、想像力を精一杯働かせて、いかなる状況でも破裂・発火しないリチウムイオン電池を市場に提供できるよう日夜励んでいます。

 次回は、今話題の中心である次世代自動車用リチウムイオン電池について記載します。


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第7回 [ハイブリッドカー・電気自動車用電池の特徴と課題](2009/2/10)


 自動車関連の話題として、「名古屋走り」という交通ルールをご存じですか?
 名古屋は独立国ですから国が決めた道路交通法を名古屋人らしく「改良して」運用しています。

 1)方向指示器は滅多に出しません。方向指示器の主目的は自分の進もうとする方向を回りの運転者・歩行者に知らせることです。名古屋人は自分にとって必要な場面でしか方向指示器は出しません。
 2)黄色はおろか赤信号でも交差点に突っ込んで行きます。黄色で止まると後続車が警笛を鳴して非難します。
 ある新聞の投書欄、「直進していて信号が変わった。横から直ぐに飛び出してきた子供がいて引きそうになった。親の教育が悪い。」子供は信号が青に変わってから飛び出したのです。この投稿者が見ている目の前の信号は赤です。赤に変わってから横断歩道を横切っているにもかかわらず悪いとは思っていません。青に変わっても、一呼吸おいて発進する名古屋走り「対策」がやっと私にも身に付いてきました。
 3)右折専用車線を走行し交差点で右折せずに直進する。方向指示器は元々点灯していません。対向の右折車線で信号待ちをしていて右折専用信号が出てから、この直進をされると本当に怖い思いをします。
 もちろん、どの地域にも交通ルールを守らない危険運転をするドライバーはいますが、「名古屋走り」は一般の名古屋人が何気なく使っている交通ルールです。しかし、「名古屋走り」はやはり「改良」とは言えず、交通事故の死者は全国第1位という不名誉な記録となっています。閑話休題。

 10月31日の総合科学技術会議で、日本が今最も重要な政策課題を実行するための開発テーマとして、「蓄電池」が最上位に位置づけられました。日本の製造業の中心である自動車産業の命運を握る部品として注目されています。二つの重要なターゲットがあります。現在トヨタ自動車㈱が一人勝ちを続けているハイブリッド自動車用ニッケル水素蓄電池の高性能化をするためのリチウムイオン二次電池の開発であり、もう一つは将来の電池だけで動く電気自動車に搭載される新型電池の研究開発です。

 第3回の自動車(スターター)用バッテリーの時に記載しましたが、自動車用バッテリーのように、放電すると、直ぐに回復充電できるように充電装置が接続された状態で使われている電池を「フロート仕様」と呼んでいます。
 携帯電話のように夜に充電して昼間使用=放電=し、充電と放電とが切り離されて使われている電池を「サイクル仕様」と呼んでいます。

 ハイブリッドカー(HEVと略されています)用の電池は「フロート仕様」です。走行中モーター駆動のために放電し、その後回復充電します。つまり、充電の回数は莫大な数になり予測不可能です。同様に充電時間も推定できません。現行のハイブリッドカー(トヨタ・プリウス)は水系のニッケル水素電池を使用しています。過充電時に電解液の水は水素と酸素に分解されても、元の水に戻る工夫がされています。従って、電解液分解は致命傷にはなりません。電池容量の全てを使い切るような深い放電をされることは少ないので、電極の形状変化での劣化も余り進みません。
 結論として、ニッケル水素電池はハイブリッドカーには非常に適した電池です。

 ニッケル水素電池はノートパソコンあるいは携帯電話用で製品化されましたが、数年でリチウムイオン二次電池に置き換わったために、海外の電池メーカーは開発を中断しています。従って、ニッケル水素電池搭載のハイブリッドカーを商品化するためには、パナソニック、三洋電機、GSユアサの3社と組む必要があります。パナソニックはトヨタ自動車と合弁会社を作っています。数年前にはホンダ自動車(インサイト)もその合弁会社から電池供給を受けていました。現在は三洋電機から電池の供給を受けていますが、三洋電機がパナソニックの配下になってしまうと、またトヨタ自動車の影響は避けられなくなります。
 最近ハイブリッド用のリチウムイオン二次電池の開発を目的として、ホンダ自動車とGSユアサが合弁会社を設立するとの新聞発表がありましたが、ニッケル水素電池の調達も目的ではないかと深読みしています。日産自動車は親戚関係にある日立グループとの共同開発の可能性が残っています。他の国内自動車メーカーあるいは海外の自動車メーカーは、ニッケル水素電池搭載のハイブリッドカーには全く手が出せない状況になっています。

 ハイブリッドカー開発の方向は、自動車業界も国の政策もリチウムイオン二次電池の搭載です。しかし、第5回リチウムイオン二次電池の抱える課題として、充電時の電解液分解を説明しました。ハイブリッドカーは充電時間・回数が決められない「フロート仕様」ですから、電解液分解による劣化が一方的に進むリチウムイオン二次電池にとっては、致命的な課題です。1)分解しない電解液を開発する。2)分解しても水のように元に戻れる電解液を開発する。いずれも容易ではないと思います。最近東芝が発表したチタン酸リチウムを負極にするリチウムイオン二次電池は、電解液分解を実質的に無視できる量にできる可能性がありますが、蓄えられるエネルギー量は少なくなるので、ニッケル水素電池とは価格勝負をすることになるはずです。

 エンジンを搭載せず純粋に二次電池だけで走行する自動車(PEVまたはBEVと略されます)は排ガスのない、CO2対策としては理想的な自動車で、多くの自動車会社が開発を進めています。米国には電気自動車開発のベンチャー企業が30社もあり、ノートパソコン用のリチウムイオン二次電池を数千本直並列で接続して搭載しているようです。数千本の電池を温度などの環境条件を均一にして使用することは非常に難しいので、容認できる使用方法ではありません。

 電気自動車用リチウムイオン二次電池が開発できるのは、民生用のリチウムイオン二次電池を製品化した経験のある日本の7社(三洋電機、ソニー、パナソニック、日立グループ、GSユアサ、NECトーキン)と韓国の2社(サンセイSDI、LG化学)であり、さらに大型の開発経験を考えると、3社(パナソニック、日立グループ、GSユアサ)が有利であると思います。韓国ではLG化学と現代自動車が共同開発に乗り出したと聞いています。日産自動車は現在NECトーキンと合弁会社を作っていますが、親戚関係にある日立グループとの共同開発を始めるまでは、製品化は大分遅れると思います。

 前述の「サイクル仕様」ですから、夜間充電と昼間放電が繰り返されて使用します。毎日使用し3年で交換とすると、電池寿命は約1000回になります。初期の60%まで劣化した時を寿命とすれば、第5回で記述した劣化率は、0.9995になります。電解液の分解だけでも非常に高い開発目標になります。形状が変化する電極ではほとんど不可能ですから、金属系の負極は望みなく、膨張収縮する現行グラファイトも難しいかも知れません。しかしながら、致命的ではなく、前述のチタン酸リチウム負極など克服できる可能性はあると思います。

 さて、電気自動車用の二次電池はどの程度の実力が必要でしょうか? ガソリンを電池の蓄えるエネルギーの単位で換算すると12,700Wh/kgになり、現在のリチウムイオン二次電池の100倍のエネルギーです。国の政策で進めている開発目標値に対しても20倍の差があります。今後研究開発が進んだとしても、この差が大きく埋まるとは思えません。

 GSユアサの電池が搭載される三菱自動車の電気自動車(iMiEV)は、コミュニティカーと呼ばれており、特定のユーザーが特定の地域で移動するために使用されることを前提にしています。一日の走行距離が決まっており、企業のイメージアップ等の付加価値で車体価格の高さを補えるような限られたユーザーが購買することになります。私が昔関わり、実現しなかった鉛蓄電池を搭載した電気自動車も同じコンセプトでした。
 リチウムイオン二次電池は鉛蓄電池よりは3倍の性能を発揮すると思いますので、以前とはかなり違った評価を得られるとは思いますが、一般のユーザーが買い物用のセカンドカーとして購入するようになるのはまだまだ先のことと考えています。正に次世代電池がその市場を切り開いていくと思います。

 電池はベンチャーが簡単に開発できる性格の技術あるいは製品ではありません。第6回「リチウムイオン二次電池の安全性」で強調したように、あらゆる劣化モードを想定し、破裂・発火しない電池は初期性能の開発だけではできません。初期性能向上だけで安全性を無視した電池が一般道路を走り、電池が原因の事故を起こしてしまえば、折角盛り上がった電気自動車の機運が一気に冷えてしまいます。このようなことが起こらないことを祈るばかりです。

 次回は、次世代電池として思い付いた「新規な電池理論」について、ご紹介させていただきます。

 以上




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第8回 [新規な電池理論の紹介](2009/2/24)


 私の研究所は熱田神宮の近く、神宮東公園に面しています。名古屋は土地に余裕があるので、市の中心部にあるこの公園も広い敷地があり、熱田区の木「クロガネモチ」等の木々が沢山植えられており、メタボ族の昼休みの散歩には最適の条件を備えています。
 4月には桜が咲き、JFCCでは新入所員歓迎会を兼ねて花見大会をします。5月には小さな藤棚が満開になり、さらに1000本はある熱田区の花「花菖蒲(はなしょうぶ)」が咲きます。昨年は、花菖蒲・杜若(かきつばた)・菖蒲(あやめ)の見分け方に懲りました。

 この季節には80本程の紅梅と白梅が順番に咲きます。紅梅は早咲きと遅咲きが植えられており、2~3月の長い期間甘い香りと一緒に楽しむことができます。昼休みに観に行くと、小さな可愛らしい黄緑色の鳥が花の中に嘴を突っ込んで、チィッチィと鳴いています。昨年まで、「梅に鶯」という言葉からこの小さな鳥が鶯だと思っていました。知人に、この小さな黄緑色の鳥は「メジロ」であると指摘され、早速グーグルで調べてみると、「ウグイス」は綺麗な声でホーホケキョと鳴くが、茶と黒の混じった緑色、むしろ茶褐色で、梅の蜜を吸いに来る習性はないとのことです。一方、「メジロ」は黄緑色で、梅の花の蜜には目がないようです。私は「鶯色」自体を間違えて覚えていました。暖かい日には、大きなレンズを装着したニコン製最高機種のデジカメを肩に提げた年配の方が、「梅にメジロ」を撮影しに来ています。

 東海地区では岐阜市の梅林公園、安八町の百梅園が有名です。特に、岐阜市の街中にある梅林公園は1300本程の白梅・紅梅が見事に咲き、裏庭ではリスが木の枝を駆け抜けていくのが見られ、芝生の日だまりでコンビニ弁当をのんびり食べられるお奨めの場所です。

 昼休みに公園の散歩をしているお陰で、アルコール惚けの頭脳が生き返り、新鮮な視点で新素材を見つめることができたようで、電池に関して新しい考えが浮かびました。閑話休題。

 4年程前に、財団法人ファインセラミックスセンター(JFCC)に出向し、現在は名古屋大学に移られた楠教授が発明した、炭化ケイ素の表面を分解して作製したカーボンナノチューブの写真を目にしました。丁度密度の濃いブラシに見えました。通常の金属触媒から成長させるカーボンナノチューブに比べると、触媒が使われていない、密集して垂直に林のように直立していることから、電池の電極材料に適していると感じました。
 ただし、多くの方が失敗しているように、初充電時に起きる内・外壁での電解液分解により、カーボンナノチューブの狭い筒の中は分解生成物で直ぐに埋まってしまうことが容易に想像できました。しばらく眺めていて、筒の内部に電解液が入れないようにすれば筒内部が埋まることはなく、リチウムイオンだけが中に入れるような孔を開ければ、電荷が貯蔵できるはずだと思い付きました。添付の模式図のように、
 「先端にリチウムイオンだけが通過でき、電解液分子は通過できない孔を開けたカーボンナノチューブを負極材料にする。」
というのが、私の考えた「新規な電池理論」です。ソニー㈱が最初に商品化に成功した時に使われていたハ-ドカーボン系負極は、この理論が無秩序に成立した構造になっていると考えました。また、現在の携帯電話用電池で使われているグラファイト負極もこの条件を満たしています。

 早速、リチウムイオン電池を最初に商品化した元ソニー㈱常務の西美緒氏に話しました。西氏は半信半疑という顔付きでしたが、実証するための協力を約束してくれました。グラファイトのようにカーボン層に挟まれた状態でリチウムイオンは安定に存在し、片方のカーボン層だけでは支えることはできないとほとんどの相談した方は否定的でした。ただし、ハードカーボンで高容量がでることがあると考えている方は、この理論の可能性に関心をもたれました。また、実際には模式図のような孔を開ける実験は容易にはできないのであるから、計算科学で検証してみることを進められました。

 私はJFCCでは日頃特許の管理をしており、いわゆる職権乱用で、実験で成功もしていないのに、特許出願を希望し、上司を含め特許審査会では大目に見ようという雰囲気で、出願させていたただきました。
 今から思えば、この特許出願がこのテーマの進展に大きく寄与しました。特許を出願することで、自分の考え自体も整理され、正に「新規な電池理論」が理論として確立しました。その後、孔を開けるのでは、リチウムイオンが入る確率が低いので、電解液分子が通過できず、リチウムイオンだけが通過する「篩」を被せることを、改良特許として出願しました。

 2年程経って、私の元部下の相原氏から、京都大学に計算科学の専門家で好奇心の強い教授がいるから逢ってみないかと誘いを受けました。半ば諦めかけていた時でしたので、藁をも掴む気持ちでお訪ねしました。立花教授は興味深く、真剣に私の話を聞いてくれ、スパコンで計算する価値がある内容と思えたが、京都大学のスパコンを使うための利用料があると進め易いと言われました。もちろん私はそのような資金を提供できる立場ではないので、行き詰まってしまいました。
 丁度その頃、上司から経済産業省、具体的には新エネルギー・産業技術総合開発機構=略称NEDO=のある部署に電池関連で提案して欲しいと言われ、員数合わせで調査テーマとして提案をしました。適切な部署ではなかったことを差し引いても、電池のプロに対する回答としては余りに淡白で驚かされました。それではと一念発起して、電池開発を担当し、開発テーマを募集している燃料電池・水素技術開発部に相談しました。計算だけの提案にも拘わらず思いの外丁寧に応対されたので、この時点で応募することを決意しました。

 「理論は正しくないかも知れないが、計算はしてくれるか?」と立花教授に再確認すると、「今更、計算により理論が違っても、私自身は傷付かない。」と言われ、大いに勇気付けられました。カーボンナノチューブの楠教授を加え、3人の共同提案の形で提案書をまとめました。理論と計算だけの実験・実用性が見えない提案ですから、採択されるはずはないと思っていました。また、採択されればとてつもなく忙しくなるから、この歳で今更辛いなと言う感じも正直な所でした。しかしながら、立花・楠両教授に資料作成の協力をいただいたり、西氏、名古屋大学で電池の研究をしている佐野充教授に協力をお願いしたりしている内に、いわゆる「欲」が出てきました。
 そこで、リチウムイオン電池の神様である「西氏」を全面に押し立てる戦術にし、評価委員が簡単には否決しにくいような提案書にしてしまいました。西氏には私の勇み足には目を瞑ってもらいました。この戦術が功を奏し、NEDO担当者の指摘に基づく修正はしましたが、最終的には提案通りに採択されました。予算も確定し、無事スパコンによる計算が始められました。

 次回も、「新規な電池理論」を引き続き説明します。

 
 



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第9回 [新規な電池理論の紹介-2](2009/3/10)


 春と秋に東京から86歳の老母が遊びに来ます。楽しみにしているのが朝9時過ぎに近所の喫茶店に行くことです。老母と同年齢のお婆さん・お爺さんがボックス席で、おしゃべりをしています。ボックス席同士も声を掛け合っています。丁度、井戸端会議の雰囲気です。老母は話の輪に加わろうとはしませんが、楽しそうに羨ましそうに眺めています。

 名古屋近郊の県道沿いの田畑の中に、明るい色彩の2階建ての洋館がポツンと建っているのがよく見られます。自動車でなくても、5分も歩けば大抵あります。広々とした内装で、マスター・ママが個性的な内装に飾っています。コーヒーを頼むと、必ず東京で言うモーニングセットが出てきます。1杯350円で、10枚綴りの回数券もあり、1回お得になります。トースト・ゆで卵またはプレーンオムレツ・野菜サラダ・「小豆あん」が定番です。「茶碗蒸し」が出るお店もあります。お年寄りには十分な量です。私が出掛ける土日はどの店もほぼ満席で、お互いが知り合いになり会釈をして入れ替わっています。

 親しくさせていただいている、畑を耕している94歳のお婆さんも、毎朝畑仕事を終えてから喫茶店に行き、仲間と話をし、マスターが用意してくれる小説を読むのが楽しみだそうです。このお婆さんの元気の源は喫茶店です。ちなみに趣味はカラオケで、市主催のカラオケ大会には必ず招待され、最高齢だから必ず入賞するそうです。

 東京での老母にも友人はいるのですが、お互いの家を訪問することになるので、やはり遠慮があり、しばしば会うことは出来ません。途中の公園で待ち合わせて話をすることもあるようですが、天候に左右されます。複数の友達が集まるとなると、わざわざ集まる○○会の形式となり、結局面倒になるので、滅多に会うことはないようです。安価で簡単に会話の場が設けられる、この名古屋の「喫茶店文化」は、孤独を紛らわせることができ、ボケ防止にもなる非常に優れた文化だと思います。

 この喫茶店で、600円~800円でコーヒー付きランチ定食が食べられます。日替わり弁当・刺身定食・焼き魚定食とメニューは豊富で、レストラン顔負けです。ケチャップ味のスパゲティは薄焼き卵が敷かれた鉄板に乗っています。ファミレスには全く行く必要がなくなりました。
 閑話休題。

 第7回で記述したように電気自動車の普及には、高性能な二次電池の開発が不可欠です。次世代自動車の命運を決する次世代電池に要求される、体積・重量当たりの蓄電エネルギー・パワー、安全性、寿命、コスト等での圧倒的な性能向上のためには、現行品の延長線上にある技術ではなく、新たな電池構成材料レベルでのブレークスルーが期待できる新しい原理・構造の技術開発が不可欠です。
 正に「新規な電池理論の研究開発」は革新的な理論であり、現在新エネルギー・産業技術総合開発機構=略称NEDO=の事業に採択され、京都大学立花教授によりスパコンを動かして、先ずは計算でその正当性・妥当性を検証しています。計算科学が全く解らない私にとっては、完全にブラックボックスになっており、計算結果を待っているところです。

 現在の携帯電話用電池で使われているグラファイトでは、カーボン6個に対し、1個のリチウムイオンが貯蔵できているのに対し、この理論が正しいとすれば、添付図「仮想グラファイト中のリチウム」のように、カーボン1個に対し、1個のリチウムイオンが貯蔵できる、つまり6倍の電気が貯蔵できるはずです。ただし、正極および他の構成部品を考慮すると、負極が6倍になることで、電池全体の性能としては、2.5倍に性能向上できることになります。
 さらに非常に乱暴な飛躍ですが、正極にも「新規な電池理論」を適用すると、電池として5倍の性能になります。この推定値は、経済産業省およびNEDOが進めている新電池開発の目標値500Wh/kgを達成することになります。

 有識者にこの理論についての意見を伺うと、現行のグラファイトの中では、カーボンの層に両方から挟まれた状態で1個しかないから、リチウム同士が凝集することもなく安定に存在し、非常に狭い層間であるからカーボンとの電荷のやりとりも容易にできる。この理論のような広い空間では安定に存在できない。との意見がほとんどでした。
 しかしながら、マイナスに帯電した上下のカーボンに挟まれて、プラスに帯電したリチウムイオンが、その真ん中で引っ張られている状態を思い浮かべていて、大岡裁き「手を離したほうが本当のお母さん事件」を思い出しました。両方から静電力で引っ張り合って、両方共が全く均等ということがあるのだろうか、重力場があったり、熱勾配があったりしても、均等な力なのだろうか? 両方で引っ張り合うバランスは、少しでもどちらかに崩れれば一方に引き付けられてしまうはずだと考えました。むしろ、このような非常に狭い空間では、カーボンおよびリチウムイオンの回りにあるマイナスに帯電した電子同士の反発力、上下のカーボンから反発された力で真ん中にリチウムイオンが存在できているのではないかと考えました。
 くどいようですが、引き付け合う力ではなく、反発する力のバランスで安定に存在すると考えました。現行のグラファイトでもリチウムイオンが層間に入ると膨らむ、あるいはリチウムイオンが入ったカーボンの6員環は膨らみ隣には入れないという事実があります。リチウムイオンとカーボンが引き合うのなら、狭くなる、小さくなる方が自然と思います。反発力であれば、広い空間でも閉じた空間であれば、周囲のカーボンおよび複数個のリチウムイオンが相互に反発し合って、安定な位置に存在できるはずで、条件によれば、前述の6倍のリチウムイオンの存在も可能性があると考えました。複数個のリチウムイオンが回りのカーボンから電子を受け取り中性になると、リチウム原子になるはずで、この空間での複数個のリチウム原子と、電解液中でのリチウム金属とのどちらのエネルギーが高いかでこの理論の正当性を判断できるはずです。
 この電子のやり取りに可逆性があれば、複数個のリチウム原子がバラバラに存在しても、凝集して金属として存在しても、この理論にとっては問題にならないはずです。この反発力で安定であるという考えに行き着いて、益々計算科学で検証をしてみたくなりました。

 実験にて実証するべきであるのは百も承知ですが、理論通りの材料は高度な技術で人工的に造る必要があり、私が現在置かれている情況では全く可能性がありません。最近は計算科学が進歩して、実験をする前に計算科学でその合成が可能かどうかを予測しているような話を聞きました。早速、パソコンでできる量子化学入門「分子軌道法で化学反応が見える」という本を買ってきました。非常に読み易く書いてあり、頷きながら読み進めたのですが、読めば読むほどに学生時代に勉強をしなかったつけが回り、ちんぷんかんぷんになってしまいました。元来が不精者ですから、一度行き詰まると、もう先は読めなくなりました。しかしながら、神様は見捨てることなく、前述のように立花教授と巡り会うことができました。

 現在、NEDOのプロジェクトでは、次世代電池開発として2030年期限で22件の研究開発プロジェクトが進められていますが、大昔に研究開発をしたが、実用化できなかったテーマが大半です。形状が変わる金属系負極は、充放電での形態変化、それに伴う劣化を引き起こします。形態変化を補う仕組みが重量・体積を犠牲にしなければならず、結果的に性能向上は望めないという以前の結果を覆すのは難しいと考えています。
 空気極は、補聴器用として実績あり、金属の亜鉛板を機械的に交換するメカニカルチャージのシステムは実証できています。しかしながら、亜鉛板供給のインフラ整備、放電生成物の取り扱い、充電するとすれば、金属負極の形態変化の従来からの問題を解決することはやはり難しいと考えています。

 「新規な電池理論」に基づく電極活物質は形状変化がありませんから、充放電での劣化は起こらず、長寿命の電池を開発できます。また、編み目の細い篩膜を用いて充電放電をすることで、過電圧も小さくでき、パワーあふれる電池が開発できるはずです。

 私の思い入れで着飾った「新規な電池理論」です。

 本当にこのような次世代電池ができるのか? 先ずは計算科学により検証し、その後に実験により実証します。計算科学による理論そのものの検証を2009年中に済ませ、数年程度で実験による実証を完了させたいと考えています。理論の正当性が証明されたこの段階になれば、多くの研究機関の参加により、2030年より前に次世代電池が実現するはずです。

 次回=最終回=は、これまでに書き残したことと、リチウムイオン二次電池の基礎を造られた方々の思い出話を記載します。

 
 



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第10回 [まとめ(愛する電池の将来)](2009/3/24)


 遂にコラムの最終回になりました。連載を引き受けた時には気軽に考えていたのですが、段々と納期遅れになり、今回は掲載日前日に投稿ということになりました。この間友人から、一体何が言いたいのか? 主題が解らないとの意見をいただきました。編集者からの元々の依頼は、もちろん電池について書いて欲しいとのことでした。
 しかし、電池に関して書くことにはほとんど魅力を感じないので、日頃思っていることを世間話のように書きたいとの希望を出しました。妥協の産物として、コラム全文の1/4以内であれば構わないとのお許しを得ました。従って、私にとってのコラムの主題は世間話です。電池に関しての解説書としてご覧いただいた方には不満の多い内容であったと思います。
 電池に関しては、パソコンに向かった時に思い付いたことを、その時の勢いで一気に書いた感じです。もし、整理して書くとすると、紙面は不足するし、要点をかいつまんで書ける程の筆力がないから、今以上に全く理解できないことになると思いました。できるだけ発散をさせずに書いたつもりでしたが、もっと工夫をするべきであったと反省しております。

 今年は例年よりは桜の開花が早まり、平年より9日早く、3月19日に名古屋市でも開花宣言が出ました。
 桜の名所百選に選ばれている五条川の桜は名鉄犬山線での通勤途中にあり、全長27kmに渡り、約4000本のソメイヨシノが咲き誇ります。満開の桜の花を積もらせた枝が川の中央に向かって両岸から重なり合う様は、本当に見事です。
 毎年、最寄り駅から二駅分位をコンビニ弁当とお酒をぶら下げて歩くのが楽しみです。満開を過ぎると、花びらで川面が薄いピンク色に染まります。小さな花びらがひしめき合って流れているのを眺めていると時を忘れます。
 鯉のぼりを川に浮かべて糊を落とす伝統的手法は「のんぼり洗い」と呼ばれ、春の訪れを告げる五条川の風物詩です。今年は桜の開花が早いので、4月4,5日に予定されている実演の時には、鯉のぼりが花びらに埋まってしまうのではと、いらぬ心配をしています。

 宇野千代氏の小説「薄墨の桜」では、作者自身と高級料亭の女将・養女が登場人物ですが、主人公はその名の通り、古木「薄墨桜」です。
 樹齢1500年余、樹高16.3m、幹回り9.91m、枝張り20~27mの彼岸桜の巨樹です。この老桜は、何度も人の手によって蘇っています。伊勢湾台風により被災し、痛々しい無残な姿になった老桜に心打たれた宇野千代氏が、小説にも書かれているように、保存の呼び掛けをし、国・県の補助を受けられるようになり、多くの人の尽力で満開の花を咲かすようになりました。雪が残っている寒々とした国道を抜けて初めて訪れた年は、開花時期には早過ぎてまだほとんどが蕾でした。生憎小雨も降っていました。パンフレットには不死鳥のように蘇ったと書かれており、鮮やかな桜の大樹を思い描いていたのですが、坂道を登って現れた眼前の巨木は、今にも倒れそうな朽ち果てた老木でした。その巨大さには心底圧倒されましたが、私には決して威風堂々とではなく、それこそ今にも倒れそうに、弱々しく立っているように見えました。多くの支柱は、この老木の命綱でむしろ哀れさを感じさせ、惨めな姿に目を背けたくなりました。この老木のイメージが、復活を呼びかけた宇野千代氏にしても、女将の運命を悲劇の結末にさせたのでしょうか? 翌年からは満開の時に訪れています。周辺に植えられた桜の木とは切り離され孤立しています。見事に咲いてはいるのですが、やはり最初のイメージが強すぎて、華やかな気分は沸きません。しかしながら、来年も再来年もこの老木を訪ね、「どうか長生きして下さい」と手を合わせなくてはという気持ちになりました。
 閑話休題。

 薄墨桜が多くの方の尽力で蘇ったように、リチウムイオン電池の開発にも多くの方の努力が重ねられています。今日の隆盛の基礎を作られた方々のエピソードをリチウムイオン電池開発の一面としてご紹介します。

 リチウムイオン電池を最初に世に出されたのは、ソニー㈱の西美緒氏です。多くの著書がありますから、西氏の電池の技術的な話は遠慮します。とにかく好奇心の強い、博学な方です。私の現在の「新規な電池理論の研究開発」でも有識者として加わっていただき、電池全般について広く、多くの助言を頂いています。私の理論については、半信半疑と思われていますが、可能性に期待して積極的に関わっていただいています。
 リチウムイオン電池の正極に使われているコバルト酸リチウムは、1981年にGoodenough氏が発明していますが、ソニー㈱も半年遅れで同じ考案をしていたとのことで、半年早ければと残念がっておられました。リチウム(金属)二次電池ではなくリチウムイオン二次電池という名称を考え付いたのも西氏達、当時のソニー㈱の開発陣です。金属でなくイオンであるということで、安全であるというイメージ作りに成功しました。
 円筒型のリチウムイオン電池で先行し、ビデオカメラ・パソコンに採用され独占状態で、先行者利益を得ていましたが、携帯電話用の薄い角型電池の開発は三洋電機㈱に遅れを取りました。技術的には決して遅れていた訳ではなく完成していたが、円筒型電池でNo.1であったが故に、事業部サイドからは新製品開発に消極的な意見が多く、三洋電機㈱に先行されてしまわれたそうで、とても残念がっておられました。ビジネスでは油断は禁物で、トップを維持し続けることはなかなか難しいようです。

 西氏を私に紹介してくれたのは奥藤氏です。1980年代後半に小規模な太陽電池システム用の鉛蓄電池について相談に来られ親しくなりました。
 リチウム金属を負極、二硫化モリブデンを正極にした二次電池がカナダで開発され、三井物産㈱の出資でその電池の開発・製造・販売をするために設立された日本モリセル㈱に所属していました。このリチウム金属二次電池はDocomoの前身のNTTが最初の携帯電話を開発した時に採用されました。
 しかしながら、リチウム金属のデンドライトは止められず、発火事故を起こして生産中止になりました。この金属リチウム電池の電気回路の設計をされ、現在のリチウムイオン電池の充放電制御回路・保護回路の思想・基本設計を確立されました。当時、電気制御でリチウム金属のデンドライトを止めようとして大変な苦労をされていました。
 電気回路で止められる現象ではないので、随分無茶苦茶な事を考える人だと私はあきれていました。彼からは、電池技術者は電池の欠点を電気回路技術者に正確に、正直に説明していないとしばしば怒られました。
 確かに電池技術者は電池の欠点について、意識的ではないにせよ隠す習性があり、そのために的確な制御ができず、不具合が発生してからお互い後悔することがありました。電気制御の説明をする時に、発表用のスライドは全く持ち歩かず、いつも白板に蛍光ペンで複雑な回路を書きながら説明してくれました。その場で空で掛けないような技術者は偽物だと言っていたのを思い出します。

 当時のNTTには後に大学教授になられた、Y氏、T氏、S氏のように、リチウムイオン電池を採用するために、非常に熱心に安全性に関する試験方法を検討された方々がいて、NTT仕様と呼んで、安全性試験の標準になっていました。
 また、パソコン業界でも日本IBM㈱のM氏は電池の破裂・発火の写真を常に持ち歩かれていて、私も何度も見せていただきました。富士通㈱の小澤氏は、最初にパソコンにリチウムイオン電池を採用した勇気ある方で、釘を刺すスピードにより釘刺し試験の結果が変わることに気付かれた方です。これらの方々は、安全性について電池メーカーの技術者と同等の知識・経験をお持ちでした。
 このように、開発当初は、リチウムイオン電池は破裂・発火する可能性があることを踏まえて、電池メーカーとユーザーである機器メーカーとが一体となって、安全性に神経を尖らせていました。この電池メーカーと機器メーカー技術者同志のコミュニケーション不足が、最近頻発する不具合の原因の一つに上げられると考えています。

 旭化成㈱の吉野氏はグラファイト系リチウムイオン電池の先駆者で、正極集電体にアルミニウムを使うという特許を保有しており、各社がその実施料を納めています。リチウム一次電池ではプロピレンカーボネート(PC)が電解液で使われていますが、グラファイト系二次電池ではPCは分解してし使えません。
 しかし、エチレンカーボネート(EC)を混合すると実質的に電解液の分解が止まることを見出され、グラファイトを負極で使うための重要な技術を開発され、基本的な電池構成を提案し、実用化に成功されました。週刊誌でノーベル賞候補と紹介されたこともあります。いかにも学者肌の風貌で、電池屋ではないことが、電池の常識にこだわることなく、新鮮なアイディアを豊富に持たれている理由かもしれません。今も新しい蓄電素子、ハイブリッドキャパシタに挑戦されています。

 電解液分野には、この業界で今や知らない人がいない程に有名になられた宇部興産㈱の吉武氏がいます。この話は吉武氏に聞いたのではなく、私の想像ですが、開発当初、リチウム一次電池の電解液で使われているPCは、三菱化学㈱が独占状態でした。二次電池は、一次電池より水分の悪影響がはるかに大きいのですが、PCにECを加えるようになって水分量が増えてしまいました。
 三菱化学㈱のM氏がECをPCと同じ工程・装置で作ると水分が減らないから、違う工程・装置で作る必要があることに気付き会社に提案しました。三菱化学㈱は電解液でNo.1であったが故に、電池メーカーの要求に本気に取り組まず、M氏の提案も社内採用されずECの含水率は改善されませんでした。
 一方、この話を学会などで聞いた吉武氏は、リチウムイオン電池の将来性を感じ取り、水分の少ないECを製造する工程・装置を開発し、それをニュービジネスとして会社に提案し採用され、電池メーカーの要求使用を満たした含水率の低い電解液を見事に量産供給し、電解液でトップシェアになったと想像しています。先程のソニー㈱の薄い角型電池の開発と同じように、三菱化学㈱はNo.1であったことが災いをしたようです。
 その後吉武氏は種々の電解液添加剤を発明し、一躍有名になられました。現在では非常に高収益なビジネスになっていると言われています。非常にお忙しいにもかかわらず、私が相談に伺うと必ず時間を割いて下されるハンサムな方で、事業家として非常に優れた才能をお持ちです。これからもきっと新しいビジネスで成功を収められると思います。

 リチウムイオン電池の開発分野で影の力として活躍されている方が、宝泉㈱の田川社長です。実験用の装置、器具、治工具、材料を広く取り扱っており、初めてリチウムイオン電池の開発を始める方に非常に重宝がられています。間口広く、奥行き浅くの小さな商社の社長に特有のアクの強さが売りで、誤解を呼ぶこともあるようですが、普段は非常に腰が低く義理堅い方で,情報網はピカ一で、私も随分助けられました。直接的に電池開発に関わっていた訳ではありませんが、田川社長もリチウムイオン電池の基礎を作られたお一人です。
 第4回に紹介したIT総研竹下氏も直接的に電池開発には携わっていませんが、今日の隆盛の基礎を作られた一人で、最近ではシンポジウムには欠かせない講師になられており、ご存じの方も多いと思います。多数の取材先でガセネタを含めて聞いた情報を組み合わせて、正しいデータを導き出されます。お話を聞いていると、電池業界での動きをまるで推理小説を読み解くかのように切り開いて行かれます。素晴らしい推察力・考察力をお持ちです。先読みが的確すぎるために、電池メーカーにとっては空恐ろしい予言もされ困惑することもあります。私が職務上講演会に出られなくなってからも、いつも貴重なデータをお貸しいただいています。感謝感激です。

 私がお世話になっている方々の一部の方を紹介しましたが、このように素晴らしい方々がリチウムイオン電池の開発当初におられて、今日の隆盛が築き上げられました。
 民生用(携帯電話・パソコンなど)の分野では、韓国勢の追い上げが急で、コストダウンと高容量化の開発スピードを緩めることはできない情況ですが、安全性つまりは破裂・発火で寿命にならない設計だけは、技術者として譲れないと言う強い信念を持って改良を進めるべきです。

 次世代自動車の命運は高性能二次電池の開発が握っています。欧米は電池の研究開発の歴史的継続性がありませんから脅威に感じる必要はありません。韓国も後発で、物真似レベルです。
 しかし、No.1であることが次世代の開発には災いになることもあります。決して、油断することなく、あらゆる可能性を追求して、日本のお家芸の高性能二次電池の開発を進めるべきでしょう。現行品の延長線上ではなく、革新的な概念に基づく次世代電池が日本初で実現して、合理的な性能・価格の電気自動車が開発され、一般のユーザーにも受け入れられる日が必ず来ると信じています。

 私事になるかも知れませんが、私が提唱している「新規な電池理論」が計算科学で検証された場合には、その有力候補に躍り出ることは間違いありません。中学からの夢として電池研究者になることは実現しましたが、今まで何一つ成功していません。職業人の最後にまた大きな夢を見ることができる幸せを味わっています。

 最終回は益々まとまりのない、主題のない話になってしまいました。編集者の高田さん・大場さんには毎回大変ご迷惑をお掛けしました。文章を書いたことのない私に、このような機会を与えて下されたことに心より感謝いたします。

 拙文をご笑覧いただいた方で、電池についてご質問があれば、遠慮なくお尋ね下さい。何でもお答えします。


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 第5回で名古屋のお雑煮に必須の「正月菜」のことを書きましたが、名古屋人から訂正を求められました。正月菜(もち菜)は小松菜とは違い、各家で先祖伝来の種を蒔いて自分の畑で造ります。
 小松菜より柔らかくて甘みがあり、餅と鰹節を包んで食べるとものすごく上手いそうです。名古屋人の多くは畑を持っており、やはり名古屋は農業地区で羨ましい限りです。畑を持たない者は、やはりスーパーで正月菜と称する小松菜で我慢する他はないようです。

 


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佐野 先生のご紹介


【ご所属】
 財団法人ファインセラミックスセンター 材料技術研究所研究統括部 担当部長 主席研究員 佐野 茂


【学位】
 [授与機関] 1972年3月 東京工業大学工学部電気化学科卒
 [学位]    工学士

【研究開発の実務および管理経歴】
 昭和48年  湯浅電池㈱(現ジーエス・ユアサコーポレーション)入社。中央研究所配属。
 同年-56年  鉛蓄電池の研究開発。
 昭和60-63年  光半導体検査装置及び電池周辺機器の開発。
 昭和63-平成4年 リチウム金属ポリマー二次電池の研究開発。
 平成8-13年  リチウムイオンポリマー二次電池の研究開発、同量産化開発。
 平成13-17年 日本特殊陶業㈱入社、リチウムイオンポリマー二次電池の研究開発。
 平成17年 財団法人ファインセラミックスセンター出向。研究統括部配属。
 平成17-20年 知的財産の管理、研究発表会の運営。現職。

【過去に担当した国プロジェクト】
 平成4-8年 石油産業活性化センター助成事業「新規蓄電素子の開発」のサブリーダー。
 平成17-18年 NEDO委託事業「スーパーしゅう動部材/高配向CNT調査研究」の研究員。

【現在参画している国プロジェクト】
 平成20年7月-22年3月 NEDO委託事業「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発
 /次世代技術開発/新規な電池理論の研究開発」の研究開発責任者。

【現在参画している国プロジェクトに関連する最近5年間の主要論文,研究発表,特許等】
 [著 書]
 1)“最新リチウムイオン二次電池/材料から見たリチウムイオン二次電池の安全性とは?
 第一章第3節”㈱情報機構偏,2008
 [特 許]
 1)佐野茂、楠美智子“電極材料およびその利用“特願2005-330431”
 2)佐野茂、楠美智子“二次電池用電極材料およびその利用“特願2007-013906”



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