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講師コラム:寺川 貴也 氏


『それで、データ・プライバシーとは何ですか?』



コラムへのご意見、ご感想がありましたら、こちらまでお願いします。

第3回 信頼(Trust)と懸念(Concern)(2020/2/14)



1)Thanks for being my friend!

 以前私の会社でアルバイトをしてくれていた留学生がいます。名前を仮にJudyとしておきます。Judyは母国での仕事を辞めて日本の社会人大学院に留学してきました。2年間で晴れて卒業し、今は東京の会社で就職しています。今でも連絡を取っていて、東京出張の折に時間があった時は一緒にランチをしたりしています。
 ある日、彼女に”I enjoy talking with you. Thanks for being my friend!” (君と話していると面白いよ。友達でいてくれてありがとう!) と、メッセージを入れました。実際、Judyは知的好奇心が強く、デジタル・マーケティングの世界で仕事をしながらプライバシーの問題を含めて様々な話題を提供してくれます。私にとっても刺激をもらえる貴重な話し相手です。
 私のメッセージへのJudyの返信は”You made my day!” (感動!)でした。

 人を勇気づけるポジティブなメッセージ(encouraging message)は、たった一言二言でも大きな違いをもたらすことがあります。「ありがとう」という言葉でも、「話せてよかった」という言葉でも、「本当にそうだね」という一言でも、時に言葉は大きな力を持つものです。

 こういった言葉は口にだして言いにくいものです。だから人は、昔からメッセージ・カード等を使って伝えてきました。映画『ラブ・アクチュアリー』のマークがジュリエットに送ったメッセージ・カードのシーンは感動的ですが、私も妻にクリスマス・プレゼントと一緒に感謝の気持ちをメッセージ・カードに添えて渡したことがあります。その後、カードは捨てられるかと思いきや数年たってもリビングの収納の一画に飾られています。

 今はインターネットのおかげでメッセージ・ツールやemailをつかえば簡単に言葉を送ることができます。身近な人や仕事をする仲間に、こんなメッセージをより手軽に、いつでも思いついたとき送付してみたらどうでしょうか。欧米の人たちと仕事をすると、”thank you” (ありがとう)や”agree (そうだね)”といった肯定的な言葉が多く飛び交います。せっかく手軽にメッセージを送ることができるのですから、彼らに倣ってできるだけ相手が元気になるような言葉を選んでメッセージを送りたいものです。

 「憎しみのあるところには愛を、いさかいのあるところには赦しを(where there is hatred, let me sow love / where there is injury, pardon)」といったのは聖フランシスコですが、ぜひ身近な人に感謝や愛情を伝えてください。「きれいだね」、「よくできたね」、「素晴らしい」、「頼んでよかった」といったそんな言葉が相手の一日を気持ちの良いものに変えてくれるのですから。


2)Alexa、録音しているの?

 私の家にはAlexaが2台もあります。出張時に子どもたちとの電話代わりに使う他、普段は音楽を流すために使っています。その他、AlexaではAmazonで買い物をすると配送物と配送予定日が通知されます。クリスマス・シーズンには配達内容物を伝えないようにする配慮もあって、なかなか粋なはからいもしてくれます。
 Alexaを使っていると急に「すみません、よく聞き取れませんでした」とAlexaがいうことがあります。とくに会話をしていると反応する可能性があるため、家で会議をする場合はマイクをオフにしておかなければなりません。

 マイクが常にオンになっているというのは少し気持ちが悪いものです。もしマイクが拾った音声をすべて第三者が聞ける状態になっていたとしたら、家というプライベートな空間での会話の内容がすべて筒抜けということです。常にだれかが話を聞いていると考えると自由に話すことができないと考える人も多いでしょう。
 Alexaにこう聞いてみました。

 「Alexa、録音しているの?」

 回答はこうでした。
 「ボタンを押して私に話しかける時だけ録音しています。私はウェイクワードを聞き取った時だけ音声データをアマゾン・クラウドに送っています。詳しくはAlexaプライバシー規約をご参照ください」

 Alexaをはじめとするスマート・スピーカーと呼ばれるデバイスは、音声でコントロールするため、常にマイクがオンとなっています。そして、「Alexa」だとか「okay google」といった「ウェイクワード」というものを聞き取った時に録音機能を開始してやり取りを記録します。Alexaのプライバシーに関するFAQによると、記録した音声情報は次のように活用されるということです。

 『機械学習を通じた音声認識および自然言語認識機能のトレーニングに利用されます。幅広いお客様からの日常生活を通じたリクエストを用いてAlexaをトレーニングすることは、お客様によって異なる会話のパターン、方言、アクセントや単語およびお客様がAlexaをご利用される際の音響環境に対してAlexaが正確に応答するために必要となります』(Alexa、Echoシリーズ端末及びプライバシーに関するFAQ)

 ここからは読み取れませんが、Amazonに関しては音声データをアマゾンの従業員が聞いてタグ付け等をしていると報じられています。すべてのデータではありませんが、Alexaで録音されクラウドに保管されたデータは見知らぬ誰かが聞いているようです。実は、Amazonに限らずAppleやGoogleも同様の作業を行っていることがわかっています。
 残念ながらタグ付けをすることで精度を向上させるというのは、機械学習結果を向上させるためには欠かせないプロセスです。(文字での検索結果についてもGoogleは人の手によるタグ付けをして調整を行っています。)変化と競争が激しい時代、各社はスマート・スピーカーの精度向上を目指してしのぎを削っています。開発スピードを向上するための企業努力が行われるというのは理解できることです。
 データ・プライバシーでは、そういう時代背景を理解しつつ個人が許容できるバランス・ポイント(happy balancing point)を模索しています。


3)信頼(Trust)と懸念(Concern)との間で

 データ・プライバシーとは私たちの得る利益と私たち個人の幸福との間でのバランスをとることです。
 冒頭のテキスト・メッセージのように、テクノロジーは私たちに新たな可能性ももたらし、うまく使うことでよりよい世界を生み出すことさえも可能です。二つ目の話題として取り上げたAlexaにしても、スピーカーと会話ができるというのはなかなか愉快な発想です。私の子どもたちはAlexaと会話を試みてトンチンカンな回答を聞いて大笑いしたりしています。
 忘れてはいけないのは、Alexaにしても、前回取り上げた睡眠アプリにしても、私たちは問題があると知っていても使い続けているのです。

 結局、私たち消費者にできることとはデータを使用する企業や組織、政府を信頼(Trust)することだけです。悪意を持ったことはしないだろうと思うから、企業や組織、政府に自分のデータを渡すのです。ところが、データを使用する側はしばしばその期待を裏切り、「行き過ぎた」ことをしてしまいます。しかも、その「行き過ぎた」行動をそうとは認識していないことがよくあります。アウシュビッツの監囚が家庭では良き父親であり母親であったということはよく知られていますが、当事者になると状況に慣れてしまい、何が「良いこと」で何が「行き過ぎたこと」であるのかが判断がつかなくなるのです。企業の不正会計やコンプライアンス違反のほとんどは「こんなものだ」、「これくらい大丈夫」という感覚でなされ、大した罪の意識もなく行われていることを忘れてはいけません。

 消費者が使用する側の逸脱に対してとれる行動は懸念(Concern)を示すことでしょう。残念ながら身を護るためには使用する側を規制しなければならないのです。方法の一つが、私たちが選んだ代表からなる政治家による立法です。法律によって使用する側を規制することで、私たち個人の幸福を確保するのです。GDPRをはじめとするデータ・プライバシーの法律はこういった文脈で理解しなければ正しく理解できません。
 この文脈を正しく理解したならば、データを使用する側が最も重視すべきものは消費者の信頼(Trust)となることは当然の帰結かと思います。データ・プライバシー対応は、したがって「コンプライアンス」対応という画一的なものとなるべきではありませんし、「セキュリティ」対応という技術面を重視したものであってもいけません。データ・プライバシー対応は、消費者から信頼を得るために何ができるかを問い、実行するための行動となっているのがあるべき姿です。個人的には、GDPR対応以来の日本の企業や弁護士さんたちには、この点を再検討する余地があるように感じています。



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第2回 気付かぬうちに失うプライバシー(2020/1/30)



1)私の寝息を録音するのはだれ?

 2019年5月のことです。アメリカのポッドキャストを聞いていると奇妙な相談が寄せられていました。それは、アップル・ウォッチでダウンロードした睡眠アプリについての相談でした。睡眠アプリには「オーディオ記録」というメニューがあり、開くとメールの未読数を通知するメッセージとよく似た表示で「音声ファイルが298件あります」というメッセージが表示されたそうです。音声ファイルの再生ボタンを押すと「プレミアム会員のみ」の機能であることが通知され、「各睡眠セッションでの重要なオーディオ記録を聞いてみましょう。今すぐプレミアム会員に登録」というメッセージが現れたといいます。

 睡眠アプリは、ベッドの中でユーザーの眠っている間の音を録音し、しかもユーザーは、自分の睡眠中の音を聞くために料金を払わなければならないというわけです。


2)気付かぬうちに失うプライバシー

 自分が何をしているかわからないもっとも無防備な睡眠中の音声を録音されるというのは、受け入れがたいプライバシーの侵害です。

 「録音されたファイルは誰がもっているのだろう?」
 「誰か録音を聞いた人がいるのだろうか?録音を聞くことができるのはだれだろう?」
 「何が録音されたのだろう?恥ずかしい内容や聞かれたくないことが録音されていないだろうか?」

 たとえば、こんなことを考えただけでも落ち着かなくなります。

 アプリ業者は、「音声ファイルは安心なところに保管しています。誰も聞くことはありませんし、中身を知られることもありませんから安心してください。」と言うかもしれません。しかし、これではまるで業者に「人質」を取られているようです。録音されている音声は自分のデータなのですから、ユーザーの立場からすると、そもそも勝手に録音をしないでほしい、ということになります。

 百歩譲って、音声データを業者が持つことを認めるとしましょう。
 業者は、ユーザーが要求すればファイルを完全に破壊してくれるでしょうか?
 残念ながら、それも定かではありません。データの削除さえ業者次第なのです。

 この状況では、ユーザーは自分自身の情報について完全にコントロールを失ってしまっています。睡眠中の音声は、間違いなく個人のプライバシーの領域です。ユーザーは、アプリを使うことでいつの間にかプライバシーを失っていました。同様のことは睡眠アプリにかかわらず、あらゆるアプリ、IoTデバイスで発生していると考えられます。
 プライバシーの侵害はもはや有名人の特権ではありません。私たち一般人の生活の中でも生じるものなのです。データ・プライバシーとは、他でもない私たちに関わる問題です。


3)説明はしたし、同意の上でやっている

 それにしても、なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか?知らないうちに眠っている間の音声を録音されることを防ぐ方法はあるのでしょうか?それを理解するには、プライバシー・ノーティス(Privacy Notice)について説明することから始めなければなりません。

 データ・プライバシーには透明性(transparency)の原則というものがあります。これは、組織が個人データを処理する場合、具体的にどのように取得、使用、開示、保管、廃棄するのか説明しなければならないというものです。簡単に言えば、個人データを使うからにはしっかり説明しなさい、ということです。

 個人データの処理方法を説明するために使われるツールを、プライバシー・ノーティスといいます。プライバシー・ノーティスは通常、ウェブサイトの下部(フッター)にリンクが貼られていて、どのページからもアクセス可能となっています。ウェブサイトによってはプライバシー・ポリシー(Privacy Policy)と記載されていることもありますが、プライバシー・ノーティスと同じ意味で使われています。

 さて、先ほどの睡眠アプリに戻りましょう。アプリが睡眠中の音声を録音することは、プライバシー・ノーティスに書かれていなければなりません。アプリのダウンロード・サイトについているリンクから実際のプライバシー・ノーティスをみてみましょう。(アプリの名前と運用会社名をそれぞれXYZ、ABCと置き換えています。)

<引用はじめ>
 モーションセンサー&マイクデータ
 XYZを睡眠のトラッキングに使用する場合、お使いのデバイスのモーションセンサーとマイクにより記録されたデータへのアクセスが求められます。そのデータへのアクセスを許可した場合、XYZはデータを処理し、その結果をXYZを実行しているデバイス上に睡眠分析レポートとして保存します。

 XYZでオーディオ記録機能を有効にすると、XYZの使用中、XYZがデバイスのマイクで記録された音声を処理する場合があり、1つ以上のオーディオ記録がデジタルオーディオファイル形式でデバイスに保存されます。このデータの処理はすべてXYZを実行しているデバイス内でのみ行われます。XYZがモーションセンサーデータおよび生のオーディオデータを、ABCまたはその他のサードパーティが所有する外部サーバーに保存および送信することはありません。”

<引用終わり>

 果たして説明がされていました。このアプリは、「マイクへのアクセス」を許可し、「オーディオ記録機能を有効」とすると「XYZがデバイスのマイクで記録された音声を処理する場合があり」、「オーディオ記録」を「デジタルオーディオファイル形式」で「デバイスに保存」するということです。もっとはっきりと「プレミアム会員であるかないかに関わらず睡眠中の音声を録音し保管する」と書いていればいいのですが、そこは大人の事情で類似の内容で代替しています。
 もう一つ注意したいのは「マイクへのアクセス」です。マイクへのアクセスを許可しなかった場合、「睡眠分析レポート」は生成できないことになります。マイクへのアクセスは、「睡眠分析レポート」生成の前提条件となっているため、アプリを利用したいのであればユーザーに選択肢はありません。ユーザーはアクセスを許可するしかないのです。
 このノーティスのグレーな部分は、「XYZがデバイスのマイクで記録された音声を処理する場合があり」という部分でしょう。「処理」とは具体的に「眠っている間に音声を録音する」ことですが、はっきりとそうは書いていません。また、「場合があり」という言葉をつけていることで、常に「処理」しているわけではないような印象をユーザーに与えます。しかし、データ・プライバシーでの「処理」とは録音する他にも音声を「検知」することも含まれているため、厳密には常に「処理」を続けています。
 用語の曖昧さも気になります。「デジタルオーディオファイル形式」とはmp3などの音声ファイル形式を意図しているのでしょうが、わかりづらい表現になってしまっています。

 このように、世の中のプライバシー・ノーティスは「嘘ではないけれども本当でもない」わかりづらい内容となっていることが数多くあります。睡眠アプリに戻れば、アプリ会社はプライバシー・ノーティスで処理の内容を説明したし、マイクで記録されたデータにアクセスすることについてもユーザーの「同意」を取ったと主張することでしょう。確かにそれらしい説明はして、「同意」らしきものも取っています。(念のためコメントしておくと、今回のようにユーザーに選択肢がない同意は無効となるため注意してください。)しかし、プライバシー・ノーティスは会社を護ることを目的に作成され、アプリを通じて合法的にマネタイズすることを可能とするためのツールとして使用されているのですから、現状ではユーザーもよほど注意して付き合わないと言わざるを得ないでしょう。

 今回の睡眠アプリ会社に関していえば、先に録音して、録音したファイルをユーザーに見せ、料金を請求するという方法をとっている点が狡猾です。こういう悪質なマネタイズ手法をダーク・パターンと呼んでいますが、研究によると、インターネット上には実に1818種類ものダーク・パターンが確認されています。インターネット企業は気付かないうちにデータ利用をユーザーが許可するよう巧妙にウェブサイトやアプリを設計し、課金を実現するための仕組みを作り上げているのです。


4)プライバシーを護るためにできること

 このような時代、私たちはどのように自分のプライバシーを護ることができるのでしょうか?
 残念ながら、私たちにできることはそれほど多くありません。それでもあえて挙げるのであれば、次の三つのことに気を付けるとよいでしょう。

 一つ目は、アプリをダウンロードする前、インターネット上に自分の情報を入力する前に、プライバシー・ノーティスを確認し、自分の情報をどのような目的で処理し、誰に開示しているかを確認することです。納得がいかない場合は、そのアプリやサービスを利用すべきではありません。二つ目は、むやみにアプリをダウンロードせず、自分の端末へのアクセスも許可しないことです。スマートフォンには各アプリがどのような情報にアクセスするか(e.g.位置情報や写真情報)を確認できる方法があるので、定期的に確認して意図しないアクセスがない状態を実現することです。三つ目は、声を上げること。残念ながら、企業や組織は圧力がなければ動きません。日本であっても個人情報保護委員会に苦情を申し立てることができます。苦情申し立ての窓口に連絡することで企業の欺瞞的な行動への取り締まりが強化され、よりプライバシーを重視する環境を整備できます。Noということは、今の時代とても大切なことです。

 私たちは、優れた企業や組織を称賛することで自分たちの生きたい社会を形作ることができます。問題は何をもって「称賛」するかです。今の日本では「ビジネスを成長させた会社」や「成功」した人を称賛する傾向が強いですが、優れた価値観を示し、実行した人を称賛することで形成できる価値観があることも忘れてはなりません。データ・プライバシーとは、最終的には倫理の問題に行きつきます。私たちが今取るべき行動は、単に経済的に成功したからとAIベンチャーやネット企業を成功者としてほめそやすことではなく、新たな技術の上手な活用の仕方と誠実な取り組みを促進している企業や組織を称賛することだと思います。日本のインターネット社会にバランスの取れた倫理観をもたらすのは、官僚でも弁護士でも企業でもなく、私たち市民です。自分たちが住みたい社会はどのようなもので、未来世代に何を残したいのかを考え、ぜひ賢明な行動をとっていただきたいと思います。


第1回 インターネットはいいもの?悪いもの?(2020/1/15)



1)私たちが生きる時代

 1999年10月、世界で初めてインターネットでのストーカー被害による殺人が起きました。この時殺害された女性、エイミー・ボイヤー(Amy Boyer)の家族はウェブサイトを立ち上げ、次のように綴っています。

 「インターネットは瞬く間に普及し、日常生活の大きな部分を占めるようになりました。今、私たちは立ち止まって、一歩下がり、自分たちが何を創り出したのか、この技術が私たちをどこへ連れて行こうとしているのか考える時が来ているのではないでしょうか」

 この事件から20年がたち、インターネットはビジネス界だけではなく日常生活にも深く浸透しました。インターネットは私たちの生活に欠かせないものとなっています。AIの活用、「つながる車」(connected car)の実用化、IoT製品の普及は、この傾向をさらに加速することでしょう。しかし、「この技術が私たちをどこへ連れて行こうとしているのか」私たちは本当に考えてきたのでしょうか?SNSを通じた犯罪の発生や企業が人々のデータを人権侵害といえる方法で利用している事例が報告されるのを見ていると、残念ながらまだまだ検討すべきことは数多くありそうです。

 私たちは個人的な空間を必要とする存在です。それは一人だけの場所かもしれませんし、心を許した相手との時間かもしれません。自分だけの「スペース」があることで気持ちに余裕が生まれるのです。私が専門にしているデータ・プライバシーは、わずか25年ほどで実現したインターネットでつながる世界に、人が人らしく生きる上で必要なバランスを取り戻すことを目指しています。

 現代はだれもがネット上でのストーカー被害(cyber-stalking)やいじめ(cyber-bulling)といった犯罪にさらされる可能性のある時代です。犯罪でなくても、インターネット技術の発達によって、利用しているサービスや家電製品を通じて公表するつもりのないことを気付かないうちに誰かに知られてしまっています。そんな時代には、自分だけの「スペース」を持つことは特別な努力なしには不可能です。

 このコラムでは、私たちの問題としてのデータ・プライバシーを日常の視点から紹介し、必要な対策や私たちにできることについて紹介します。コラムを通じて、私たちが直面している課題を知り、どのような社会に生きていたいのかを共に考えていただければ幸いです。


2)インターネットはいいもの?悪いもの?

 20年以上連絡を取っていなかった相手に中国で再会できたという友人がいます。友人は知人が中国に移住したらしいと噂で聞いていました。そこで中国で仕事が入った際、試しに相手の名前を検索してみたのです。果たして同じ名前の人物が見つかり、友人はその会社の代表連絡先にメールを送りました。会社の担当者から知人に連絡が行き、二人は孫文が通ったという北京のレストランで20年ぶりの再会を、紹興酒を手に果たしたのです。

 これは、私が大学生の頃の話です。あの頃はトム・ハンクスとメグ・ライアンが主演をつとめた『ユー・ガット・メール』(You’ve Got Mail, 1998)がヒットした時代でした。だれもがインターネットについて楽観的で、その可能性に胸を膨らませたものです。インターネットは出会いを、時にはロマンスさえももたらします。閉鎖的になりがちな私たちの生活に風穴を開けてくれる存在です。

 現在、私はTwitter、Facebook、LinkedInといったSNSを利用していますが、ここでは世界中の友人とつながることができます。日本では見られないようなダイナミックな活動をしている人とつながることもできます。思わず笑ってしまうようなジョーク、元気をくれる言葉、かわいらしい動物の写真、美しい風景の写真といった心のサプリメントを得ることもできますし、つながっている仲間との情報共有も可能です。遠く離れた、会ったこともない相手と新規プロジェクトを立ち上げることさえあります。

 インターネットが素晴らしい場所だということは、疑いの余地のないことでしょう。しかし、インターネットには負の側面が存在することもよく知られています。たとえば、ネット上に出た情報を削除することはほぼ不可能です。これが大きな問題になることもあります。アメリカの政治家が顔を黒塗りメイクで大きな非難を浴びることがありますが、人として未熟な時代に思慮を欠いた行動を行ってしまうことは、程度の多少はあれ、だれもがあるものです。今は就職活動で採用担当者がSNSで候補者を検索する時代なので、過去に行ったネット投稿が思いもよらない形で採用担当者の目に留まり仕事の機会を失うことも起こり得ます。インターネットが、チャンスを奪いかねない凶器となる瞬間の一つでしょう。今回のコラムの冒頭で紹介したサイバーストーキングは命を奪われるという、あってはならない事件となってしまいました。学校ではネット上の陰湿ないじめで不登校になる子どもや自ら命を絶つ子どももいます。ビジネスの世界では、詐欺メールで億単位の資金を失う事件ハッキングによる風評被害を招く事件が報道されています。
 事件性はなくても負の効果をもたらすこともあります。携帯電話やラップトップがあればどこでも仕事ができる時代となったおかげで、帰宅後もe-mailをチェックしまうことはないでしょうか?そのような状態になると週7日24時間仕事をしている状態となり、心が休まりません。インターネットでつながっていることが、心理的ストレスをもたらすこともあるのです。

 インターネットは文明の利器なのでしょうか?それとも人類にもたらされた凶器なのでしょうか?

 答えは人によって異なるでしょう。
 私は、インターネットは自動車のようなものだと思っています。自動車は私たちに移動や物流の面で大きな恩恵を与えてきた反面、交通事故のリスクももたらしました。しかし、私たちは自動車を使い続けています。大切なのは、リスクをコントロールすることだからです。
 実際、社会は長い時間をかけ、様々な痛みを伴いながらリスクのコントロールに成功してきました。日本の2018年の交通事故による死者数は3,532人でピーク時の1万6,765人(1970年)から比べると約5分の1となっています。一方で、日本の自動車の保有台数は1970年の1,758万台だったのが2018年ではその約4倍、7,829万台です。自動車の数が4倍に増え、死亡事故が5分の1に減少しているのですから、車社会の成熟と自動車そのものの安全性能が格段に向上したことが推測できます。
 注意したいのは、リスクがゼロに近づいたというわけではないことです。交通事故は依然として多く発生しています。統計によると2018年の日本の交通事故数は43万0,601件で、1分に1件の交通事故が発生している計算となります。重大なリスクを抑え込むという面では成果を出しているものの日常的なリスクに関してはまだまだといわざるを得ません。

 インターネットの世界でも同様の道をたどることでしょう。私たちはもう、文字を打ち込むだけで情報を検索でき、コミュニケーションを行えるこの素晴らしい技術を手放すことはできません。取り組むべきは、リスクをコントロールすることです。自動車がたどったように、まずは重大な事故が発生する確率を低下させ、安全性を格段に向上することです。リスクをゼロにすることはできませんが、許容できるレベルまで低減することならば可能なはずです。そのためには、私たちはインターネットに潜むリスクを理解し、有効な対策を行う必要があります。

 インターネットはまだ生まれたばかりの技術であり、社会はその発達のスピードに追い付けていないというのが現状です。仕組み、制度、法律とあらゆる面で社会的基盤の整備が遅れています。
 YouTubeにビル・ゲイツにデービット・レターマンがインタビューをしている番組の録画が残っています。ここではインタビュアーのデービット・レターマンが「インターネットで野球の試合が見られるって?」と質問をしています。この番組が録画されたのは、わずか25年前の1995年のことでした。100年前、自動車ができた時に、「馬がいないのに荷台が勝手に動くというのかい?」と質問した人がいたかどうかはわかりませんが、自動車が社会に浸透するスピードと比べるとインターネットの普及に要した時間はわずか4分の1程度でしかありません。車社会が安定しているのは、100年という時間をかけて社会が技術に適応したからでしょう。
 私たちは、インターネットのある世界に社会をあわせる途上にあります。GDPRやCCPAといった斬新なデータ保護法も、その一環と理解できます。今年改正される予定の個人情報保護法も同様です。私たちは、新たなスタンダードの下で運営される社会を創造しつつある過程にあるのです。私たちがどのような社会に生きていたいのか、どのような社会を子どもたち、そして将来の世代に残したいのかを考え、形にしていくことが、私たちの世代の責任であり、仕事だと私は考えています。これは読者の皆さんを含め、今という時代を生きるすべての人の大切な仕事なのです。



【寺川 氏のご紹介】

寺川 貴也(てらかわ たかや )氏

世界のデータ・プライバシー対応を専門とするコンサルタント。プライバシー・マネジメント・プログラムの導入や、世界のデータ保護法動向、プライバシーとテクノロジーとの接点に関して強みを持つ。世界最大のプライバシー専門家協会であるIAPPが発行する欧州法の専門家認証CIPP/Eおよびプライバシー・マネジメント・プログラムの専門家認証であるCIPMを保有する他、JETROの専門家として中小企業を中心に50社以上にデータ保護法に関するアドバイスを提供してきた。また、子どものオンライン上での安全を護るために必要な知識とノウハウを普及するNGOであるCyberSafety.orgの国際アドバイザーも務めている。
会員制データ・プライバシー情報サイト:https://m.technica-zen.com/
2020年には情報機構からデータ・プライバシー対応の基本を解説した『データ・プライバシーの教科書』を出版予定。

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