第18回_EU Universal PFASの規制について
§1 EU Universal PFASとは
PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、炭素とフッ素の非常に強力な共有結合を有しており、高い耐熱性や化学的安定性、優れた撥水・撥油性を備えています。この特性により、調理器具のコーティングや防水衣類から、半導体製造プロセスのフォトリソグラフィ、自動車、医療機器といった先端産業まで、現代の暮らしや産業を幅広く支えてきました。
一方で、その分解されにくさから「永遠の化学物質」とも呼ばれ、環境中や体内への蓄積性、コレステロール値の上昇や免疫機能の低下、発がん性といった健康影響のリスクが強く懸念されています。
PFASのリスクは、極めて高い「環境残留性」「生物蓄積性」、「人への健康影響」の3つが絡み合うことで、世界的な問題となっています。 EUの化学物質規制は世界のデファクトスタンダード(事実上の世界標準)となりますので、EUのPFAS規制についてご説明します。
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§2 予防原則と予防的アプローチ
PFASは、POPs条約、EU規則、アメリカの連邦法および州法、日本の化審法などで規制されています。1992年のリオ宣言第7原則にある地球の生態系を守るための国際協力と「共通だが差異ある責任」に基づき、国や地域により規制内容や速度に差異が存在します。 また、リスク評価においてどの有害性エンドポイント(毒性指標)を採用するかで基準値の厳しさは大きく変わります。
この差は各国の「リスク評価ポリシー」や「予防原則の適用度」の違いに由来します。EUは免疫毒性や小児の抗体価低下などヒトの疫学データを重視しており、極めて厳しい基準を設定しています。
アメリカは動物実験と疫学データの双方を精査し、発生毒性や発がんリスクなどにより非常に厳しい規制を展開しています。日本は再現性と因果関係が明確な動物実験データを中心に、肝臓毒性や脂質代謝への影響を評価する中立・堅実な姿勢を採っています。 さらに、EUの「予防原則」とアメリカなどの「予防的アプローチ(リスク評価型管理)」には根本的なスタンスの違いがあります。
EUの予防原則は「疑わしきは規制・使用禁止する」という考え方です。科学的因果関係が完全に証明されていなくても、環境や人体に深刻で不可逆的な被害が生じるおそれがある場合、先手を打って規制措置をとることを正当化します。リスクの証明責任は企業側に課されます。
一方、アメリカ等の予防的アプローチは「科学的・経済的合理性に基づくリスク管理」を重視し、被害の発生確率や規制コストを密に検証した上で明確な証拠が得られた段階で強い規制をかけます。
言葉の響きとしても、EUが用いる「原則(Principle)」には法的拘束力を持つ環境法上の基本原則としての強いニュアンスがあるのに対し、「アプローチ(Approach)」には経済発展との調和やコスト配慮を含ませる柔軟なニュアンスが含まれています。
§3 EUの既存のPFAS規制
EUにおける既存のPFAS規制は、主にEU POPs規則とEU REACH規則の2つの枠組みで実施されています。
まず、EU POPs規則(Regulation (EU) 2019/1021)(*1)による主要な規制対象物質は以下の通りです。
・PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸、その塩及び関連物質)
・PFOA(ペルフルオロオクタン酸、その塩及び関連物質)
・PFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸、その塩及び関連物質)
・LC-PFCA(長鎖ペルフルオロカルボン酸:炭素数C9~C21、その塩及び関連物質)
次に、EU REACH規則 附属書XVII(制限)(*2)による主な規制対象は以下の通りです。
・Entry 68:長鎖ペルフルオロカルボン酸C9~C14、その塩及び関連物質
・Entry 79:PFHxSペルフルオロヘキサン酸、その塩及び関連物質
・Entry 82:泡消火剤中のPFAS
ここで採用されているPFASの定義は、「少なくとも1つの完全にフッ素化されたメチル基またはメチレン基の炭素原子を含み、かつ、その炭素原子に水素、塩素、臭素、ヨウ素のいずれの原子も結合していないあらゆる物質」とされています。これは広範なUniversal PFAS制限案の中から、環境排出リスクの高い泡消火剤用途だけを先行して完全に切り離し法制化した先行規制と言えます。Universal PFAS制限案におけるPFASの定義も同様であり、OECDの定義に基づくすべてのPFASが対象となっています。
§4 PFASの規制-POPs規則とREACH規則の違い
POPs条約の決定に基づくEU POPs規則への正式追加に伴い、REACH規則 附属書XVIIのEntry 68の制限条項は削除、または重複回避のための適用除外規定が追加され、EU POPs規則 附属書Iへ一元化整合されます。これはREACH規則第67条2項の法的整合の基本原則に基づいています。第一に、すでにPOPs規則等で製造・上市・使用が制限・禁止されている物質については、REACH規則の制限を適用しない、あるいは見直すという重複防止規定が存在します。第二に、EUの法令体系では「POPs規則 = 最上位の全廃・原則禁止規定」として扱われるため、同一物質が両規則に重複掲載され続けることによる法的な混乱を回避します。許容閾値(UTC)や用途別適用除外の整合も行われます。REACH規則Entry 68からPOPs規則への移管にあたり、許容閾値(25 ppb、C9~C14合計260 ppb)は同等基準でPOPs規則へ移植され、半導体や医療機器等の用途別猶予期間も国際基準に合わせて整合・組み替えられます。基本としてPOPs規則はREACH規則に優先します。
§5 Entry 82 PFAS制限
REACH規則の制限Entry 82におけるPFAS制限の内容は、Universal PFAS制限案のうち消火泡用途に限定した先行規定です。2030年10月23日以降は、すべてのPFASの合計が1リットルあたり1 mg(1 ppm)以上の濃度で、泡消火剤に使用または上市させてはならないことが主要な制限要件となっています。PFASは高い耐久性や熱・薬品安定性、優れた撥水・撥油性を有しており、代替化は容易ではありません。そのため、上市・販売の制限日や使用制限日には用途に応じた多段階の移行期間(猶予期間)が設定されています。EUは極めて厳しい規制を敷く一方で、産業や防災上の現実も十分に考慮した制度設計を行っています。
§6 EU Universal PFASの制限提案
EU Universal PFAS制限提案(*3)の対象は、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物です。ペルフルオロアルキル化合物とは、アルキル鎖(炭素骨格)に結合するすべての水素原子がフッ素原子に置換された構造を持つ有機フッ素化合物の総称です。ポリフルオロアルキル化合物とは、アルキル鎖に結合する水素原子の一部がフッ素原子に置換された構造を持つ有機フッ素化合物の総称です。対象の定義は「少なくとも1つの、完全にフッ素化されたメチル基またはメチレン基の炭素原子を含み、かつ、その炭素原子に水素、塩素、臭素、ヨウ素のいずれの原子も結合していないあらゆる物質」と定められています。
なお、制限提案の例外規定として「装置洗浄後のコンタミネーション(交差汚染)」に関する特例があります。既存のフッ素入り消火剤からフッ素フリー(F3)消火剤へ切り替える際、既存の配管やタンク等の装置を最良利用可能技術(BAT)に基づいて洗浄したにもかかわらず、残留物から全PFAS合計で1リットルあたり50 mg未満のコンタミネーションが生じる場合は特例として許容されます。BAT(Best Available Technology:最良利用可能技術)とは、環境への負荷を全体として最小化・防止するために技術的・経済的に適用可能で、最も有効かつ高度な活動段階および運営方法を指す法概念です。化学の専門家以外にとって、上記のPFAS定義だけでは具体的イメージが湧きにくいため、ECHA等のウェブサイトで例示リストが公開されています。
§7 EU Universal PFASの定義
EU Universal PFAS制限の対象は、少なくとも1つの「完全にフッ素化されたメチル基またはメチレン基の炭素原子」を含み、その炭素原子に水素、塩素、臭素、ヨウ素のいずれも直接結合していない物質です。炭素原子(C)は結合の手を4本持っています。「完全にフッ素化されたメチル基の炭素原子」とは、4本の手のうち3本にフッ素(F)が結合し、残り1本の手が様々な元素や炭素鎖に繋がっている構造(-CF3)です。
「完全にフッ素化されたメチレン基の炭素原子」とは、2本の手にフッ素(F)が結合し、残りの2本の手が様々な元素等に繋がっている構造(-CF2-)です。
完全にフッ素化されたメチルまたはメチレンの炭素原子が1つしかない構造において、フリーの手(1本または2本)に水素、塩素、臭素、ヨウ素のいずれも結合していないものが規制対象となります。この定義に該当する物質は数千種以上に及びます。具体的な該当・非該当の例示リストは、REACH規則制限提案文書(*4)やEU委員会のWebページ等で確認することができます。
§8 PFASの基本
REACH規則の制限Entry 68では「長鎖ペルフルオロカルボン酸(C9~C14 PFCAs)」が対象となっています。ここでPFASに関する基本的な用語構造を説明します。
・「長鎖」:アルキル基(炭化水素から水素を1つ除いた原子団)が鎖状に一定以上つながっている部分を示します。
・「フルオロ」:水素がフッ素に置換されたアルキル鎖を指します。
・「Per(ペル/パー)」:アルキル鎖の炭素の自由な結合手がすべてフッ素と結合していることを意味します(PFASのPはPer and Polyを指し、「Poly(ポリ)」は結合手の一部にフッ素以外の原子が結合していることを意味します)。
・「カルボン酸」:長鎖の末端にカルボキシ基(-COOH)が結合した化合物です。
・「C9~C14」:炭素数が9~14であることを示します。この炭素数の数え方は、アルキル鎖の炭素数に末端カルボン酸の炭素1個を加えた合計値です。
なお、末端に炭素を含まないスルホン酸が結合している場合は「PFSAs」と呼ばれます。末端置換基の違いにより、規制対象となる炭素数の数え方や閾値の基準が異なります。代表的なPFOAとPFOSを例にとると、PFOA(パーフルオロオクタン酸)は総炭素数が8で末端がカルボン酸のためアルキル鎖炭素数は7です。PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は総炭素数が8で末端がスルホン酸のためアルキル鎖炭素数も8となります。
§9 検討セクター
Universal PFAS制限案を共同提出したのは、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、およびEEA加盟国のノルウェーの5カ国です。5カ国の当初の提案における検討セクターは以下の通りでした。
1.繊維製品、室内装飾品、皮革、アパレル、カーペット(TULACセクター)
2.食品接触材料および包装材
3.金属めっきおよび金属製品の製造
4.化粧品
5.消火用泡(消防用発泡剤)
6.スキーワックス
7.特殊な医療機器
8.電子機器・半導体
9.エネルギー分野(バッテリー等)
提案を受けたEU委員会およびECHAでの検討過程において、さらに影響の大きい以下のセクターが追加され情報収集が行われました。
・印刷アプリケーション
・シーリングアプリケーション(パッキン、Oリング等)
・機械用途(潤滑油等)
・医薬品の即時包装や賦形剤などの医療用途
・軍事用途および爆発物
・テクニカルテキスタイル
・溶剤や触媒などの幅広い工業用途
PFASが現代のあらゆる産業分野で極めて広範に利用されていることが分かります。
§10 制限案を検討するときに考慮する事項
制限案を審議・検討する際には、多角的な情報と影響評価が考慮されます。
1.リスクの特定とハザード性:人の健康や環境に対するリスクの性質、発がん性・生殖毒性などの固有有害性、ライフサイクル全体での暴露評価。
2.リスク管理の妥当性と必要性:EU全体で一括措置を講じる必要性および他法令との関係性。
3.社会経済的影響:制限導入によるプラス面(環境・健康リスク低減の便益)とマイナス面(産業界の代替コスト、代替不可による廃業・市場縮小リスクなど社会全体への経済負担)の比較評価。
4.代替可能性:代替物質や代替技術の有無、その技術的・経済的実行可能性。
5.適用除外と移行期間:直ちに代替できない不可欠な用途に対する期限付き適用除外(Derogation)や、サプライチェーン切替のための移行期間(猶予期間)の設定。
6.利害関係者からの情報:パブリックコンサルテーションを通じて事業者や市民団体等から提供されるデータや意見の反映。
§11 ポジティブリスト(エッセンシャルユース)
EU Universal PFAS制限案において議論されているRestriction Option 1(RO1)とRestriction Option 2(RO2)は、ECHAの科学委員会等で検討されている規制オプション(規制手法の選択肢)の違いを指します。これらは、原則一律禁止とする方針の中で、特例としての「適用除外(エッセンシャルユース)」をどのように取り扱うかによって分類されています。
§12 RO(Restriction Option)1
Restriction Option 1(RO1)は例外のない全面禁止オプションです。一切の適用除外を認めず、原則として規制発効後18ヶ月の移行期間を経た後に、PFASの製造・上市・使用を全面禁止する内容です。環境・健康リスク低減の観点からは最も高い効果が期待されますが、代替技術が存在しない産業分野への影響が大きすぎるため、現実に管理・実行するのは極めて困難とみなされています。 ただし、代替品が比較的容易に存在し、エッセンシャルユースの基準を満たさないと考えられる消費者向け製品セクターに対しては、原則通り18ヶ月後に禁止される可能性が高いとされています。 主な対象製品群: ・化粧品 ・消費者向けの混合物(防水スプレー等) ・スキーワックス ・食品接触材料(紙・段ボール製パッケージ等) これらは人と環境への暴露が懸念される身近な製品群です。
§13 RO(Restriction Option)2
Restriction Option 2(RO2)は期限付き特例を伴う禁止オプションです。基本的にはPFASを原則禁止(18ヶ月の移行期間あり)とするものの、代替技術が直ちに存在しない特定重要用途に対し、主に5年または12年の「期間限定の適用除外(Derogation)」を設けて猶予する手法です。半導体、医療機器、エネルギー分野など産業界への激変緩和措置としての現実的アプローチであり、メインの議論対象となっています。猶予期間経過後は原則として使用禁止となります(※例外なし完全禁止がRO1、期限付き例外を認める禁止がRO2。さらに厳格な排出管理下で継続使用を認めるRO3も議論されています)。
§14 永遠の化学物質とは
PFASは、コレステロール値の上昇、免疫系への影響、発がん性との関連が指摘されています。個人の健康被害や有害濃度の明確な基準については現在も研究が進められていますが、EUは科学的証拠が完全に揃う前であっても重大な被害を防止するために先手を打つ「予防原則」に基づき環境保護方針を明確にしています。「永遠の化学物質」と呼ばれる理由は、炭素とフッ素(C-F)の結合が極めて強く自然界で分解しないことに由来します。C-Fの結合エネルギーは1モルあたり約485~490 kJ(1分子あたり約8.1 × 10⁻19 J)です。自然界の太陽光(UV光)のうち地表に届く最小波長280 nmの光子エネルギーをプランクの公式で計算すると約7.1 × 10⁻19 Jとなり、C-F結合を切断するエネルギーに届きません。このため太陽光では分解できず環境中に永続します。
化学物質法規制研究会 松浦技術士事務所 松浦徹也氏
*1:EU POPs規則
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2019/1021/oj/eng
*2:EU REACH規則 附属書XVII
https://echa.europa.eu/substances-restricted-under-reach
*3:EU Universal PFAS制限提案
https://echa.europa.eu/registry-of-restriction-intentions/-/dislist/details/0b0236e18663449b
*4:REACH規則制限提案文書
https://echa.europa.eu/registry-of-restriction-intentions/-/dislist/details/0b0236e18663449b
免責事項:当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。
